女神寮の敷地の隅っこで居候する男   作:自由の魔弾

4 / 6
すてあちゃん、堂々登場でっす。でも、時系列的には女神寮のメンバーは既に何回か会っている状態です。だから、初対面なのは居候男だけ………あっ、今回の話で仮の名前が決まります。


第4話 改名、そして自制。

女神寮の居候生活を始めてから数日が経ったある日。それまで割とのほほんとした生活を送って来た俺を含めた住人たちに対して、それはそれは一筋の雷鳴の一撃のような緊張感が走っていた。その原因はいつものように孝士くんが中学から帰ってきた際まで遡る必要がある。とはいえ詳しい説明は省くが、それもこれも目の前の少女が深く関連している……らしい。いや、だって俺初対面だし。だからちゃ〜んと空気読んで、部屋の隅っこで大人しくしてますよーだ。

 

「えっと、すてあ……今日は何の用で来たんだ?俺、なんか頼んでたっけ?」

 

「何か用が無きゃ来ちゃ駄目なのかよ……はっ!まさか、おれにまだ隠してることとかあるんじゃないだろうな…?」

 

「あ、ある訳ないだろっ!?もう全部話したって!」

 

そう言って、孝士くんの胸ぐらを掴み上げて詰め寄る少女。ついさっきチラッと紹介されたけど、名前は香炉野 すてあというらしい。孝士くんとは保育所からの付き合いで現在も同中(同じ中学校)らしく、所謂“幼馴染み”の間柄だとか。にしても随分とツンツンしてる子だよな〜…よしっ、ツン子ちゃんと名付けよう。そんなことを考えていると、ツン子ちゃんの怒りの矛先がこちらに向き始めた。

 

「てか、あいつ誰だよ?この前来た時にはいなかっただろっ!」

 

「え、えっとあの人はすてあが女神寮に来た後に色々あって住むことになった、確か名前は………」

 

「おい、何でそこで黙るんだよ?まさか、名前知らないとかじゃないだろうな…」

 

あっ、これマズい流れだ。孝士くん、めっちゃ困ってるし……あっ!お、お前ら見て見ぬふりするつもりだな!?くっ、しゃーなしだな……元はと言えば俺が撒いた種だ。だったらきっちりケジメつけてやるぜ!

 

「まぁまぁ、その辺にしておきなさんなツン子ちゃん。孝士くんが悪いんじゃなくて、俺には本当に名前が無いんだ。だからあまり責めないであげて」

 

俺はツン子ちゃんの肩にポンと手を乗せて、説得を試みる。が、次の瞬間には俺の鳩尾目掛けて寸分の狂いもなくツン子ちゃんのコークスクリュー・ブローが決まっていた。がはっ…!?

 

「勝手に触るな、変態」

 

「す、すてあ!?あぁ!ごめんなさい!こいつ、すぐに手が出ちゃう性格で…ぐはっ!?」

 

「お前も触るなっ」

 

必死に弁解しようとする孝士くんだったが、志半ばでツン子ちゃんの追撃をまともに食らい1発KO。男が2人揃って中学生の女子に負けた……なんて情けない。とまぁそんなことがあってツン子ちゃんに若干の苦手意識を持ち始めた今日この頃、女神寮では“俺の呼び名”について住人会議が開催させれている……俺抜きで。いや、絶対本人同席した方がいいんじゃないのこういう話題って?そう訴えた所で談話室から追い出された事実は変わらない訳で、誰にも相手してもらえず完全に暇を持て余した俺は、女神寮の敷地内の庭にあたる場所で日課のトレーニングをこなすことにした。

 

「よしっ……ここをスタート地点として逆立ちのままぐるっと一周、これを合計で10回。その後は股関節の柔軟と逆立ち状態で腕立て100回だな」

 

その辺に落ちてあった木の枝を拾い、地面に横一線を引く。そして、軽々と逆立ちの体勢になり倒れないようバランスを保つ。体幹が重要なんだよな逆立ちって……それに視点の位置や腹筋も大事になってくる。要するに腕の力に頼るんじゃなくて、全身が連動した動きを意識するのが大切ってこと。特定のニーズに応じて全身を機能させる……それがポテンシャルを引き出すコツであり、いつでも全力を出せるように備える準備が求められるのだ。

 

「ゆっくりでいい……少しずつでいい……大きな目標を成し遂げるのに必要なのは、日々積み重ねていく小さな努力!行くぞゴラァアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あの子も追い出したところで……我々は大事なことを忘れてたことをみんなにも確認してもらいたいの。それは………“あの子の呼び名”を決めてなかったことよ」

 

あたしが談話室を緊急会議の場に設定し、みんなを招集してすてあちゃんに指摘されるまで有耶無耶にし続けてきた議題を提起する。あの子曰く自分の名前は無いの一点張りだし、一向にそれ以上のことは教えてくれそうにないんだよねぇ。最初の調書の件で空欄で提出してたことも未だに説明は無いし、かと言って無理に聞き出すのもなんだか気が引けるし……ってなわけで、この機会にみんなの意見と知恵を貸してもらおうっ。

 

「みねるちゃん……でもあの人が話してくれないと、私たちじゃどうしようもないんじゃないのぉ?」

 

フレイちゃんがあくまであの子が自発的に言う気になるまで待つべきという考えを示す。うーむ、確かにそれは真っ先に考えた。でもそれは客観的に分析した結果に基づく意見の1つでしかないのよねぇ。何よりもあたしがそうしたいって思いが強いのが原因かな?

 

「……いや、やっぱりしてあげたいなって思ってさ。みんなも知ってると思うけど、あの子ってみんなに渾名をつけて呼んでるでしょ?あの子はあたし達のことをよく知ってるのに、あたし達はそうじゃない。あの子とかあの人とかまるで他人みたいで。それってなんか……悲しいじゃん」

 

あたしが考えを述べると、みんなは少し黙ってしまった。やっぱり唐突過ぎたかな…?

暫く沈黙が続いた後、不意にせれねちゃんが切り出した。

 

「せれねは……その意見に賛成する。何故月の力を感じるのか、知りたい…!」

 

お、おぉ…?1番最初にせれねちゃんが賛成してくるなんて意外だったなぁ。それを皮切りに残りの子たちも口々に賛同の意を表明し始めた。

 

「そ、そうだねっ!それにボクたちばかり変な渾名つけて呼ばれるのもなんか癪だもん。ボクたちも何か良い呼び名がないか考えてみようよっ」

 

「あらぁ〜!それでしたら今ハマってるアニメの主人公の名前なんていかがかしら〜?素性の一切が不明だけど腕利きのスナイパー!確か名前は……デューク・東g」

 

「フ、フレイさん!?それ以上はマズいっす!何かよく分からないけど兎に角マズいっすから!!すてあ、お前も何か考えてくれよっ」

 

「な、何でおれがそんなこと……あんなの変態以外無いだろっ。100歩譲って変態紳士とかか?」

 

「あ、あのっ!だったらもっと親しみやすい方が良いと思います!ほら、ゆるキャラの“く○モン”とか“せん○くん”みたいな感じで!」

 

いつの間にかあたし以外のメンバーが率先して各々の意見を述べていた……な〜んだ、あたしが心配しなくてもみんな受け入れてくれてるんだ。何でかわからないけど、嬉しい反面ちょっと妬いちゃうなぁ〜。

負けてられない……無性にそんな気持ちがあたしの心の中に溢れてきた。気づけばあたしはその話題の中に飛び込んでいた。

 

「んふふ〜、だったらあたしにも良いアイディアがあるんだよねぇ♪まずこの白い紙に“はい”と“いいえ”とその間に鳥居を書いて、その下に数字と五十音を書くの。みんなで人差し指を十円玉の上に置いて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、もう一度言ってもらっていいか?今、何て言った…?」

 

「だから〜、君には2つの選択肢が残されてるの。1つは今日から君は“タ○リ”を名乗るか、もうひとつは“山田”を名乗るか。さぁ、男らしくビシッと決めてちょーだいっ♡」

 

みねるが妙にいやらしい笑みを浮かべて、俺に1枚の紙を手渡してくる。その内容に目を通してみるも、何か凄く納得いかない気がした。パッと見る限り名前の候補と思われるものが100個近く羅列してあるが、その殆どに斜線が引いてある。恐らく構想の段階で却下されたのだろうが、どれもこれも漫画やテレビドラマの登場人物みたいな珍妙な名前ばかりでほとほと呆れてしまいそうになる。これがみねる1人だけの犯行なら巫山戯るなの一言で一蹴するつもりだったのだが、どうやらさっきから一言も俺に言葉を投げかけようとしない女神寮の住人たち+ツン子ちゃんの静かな焦りようを見ると1枚噛んでいるらしいので、だからこそ対応に困っているわけで。中には完全に巫山戯ているのかオネェのようなミドルネーム付きのものまであっていよいよ対処が必要かと思ったくらいだ。

大体俺が庭先で逆立ち歩き10周と柔軟体操含め逆立ち腕立て伏せ100回こなすのだって相当時間かかってたはずだぞ?それだけの時間を要しても最有力候補はタ○リと山田なのか!?何で!?よりによって何で今そこォ!?というか今回はブレーキ役の孝士くんも同席してたはずなのにこの結果。俺は少しガッカリだぞ……いや、寧ろ孝士くんがいたからこの程度で済んだとも考えられるな?だったらきっちり感謝せんといかんな。

 

「と言うか、こんなの俺に聞くまでも無く答えは決まってるようなもんだろ?」

 

「そぉ?一応こっちでは満場一致でタ○リ派だったけど」

 

危ねぇ!あっぶねぇ!!気づかず素通りしてたら俺はいつの間にかタ○リの愛称を欲するがままにしていたのか!!

 

「ボ、ボクは反対したんだよっ!?でも、その……ひ、1人の時はす、好きに呼んでいいって、決まったから…」

 

赤毛ちゃんが何やら意味深なことを口走る。んっ?1人の時はって……今、そういう話じゃないの?面倒っちゃ〜ね、この感じ……当然ながら前者は却下だ、却下!偉大過ぎて俺にはその名前は重すぎるよ。というわけで、俺の名前は今日から山田改めてダーヤマだ。日本で動き回る分には申し分ねぇだろう、多分……。

 

「あっそ……んじゃ山田で頼むわ。もう片方のやつはサングラスかけてマイク持たされて“髪切った?”とかイグアナのモノマネとかやらされそうだし」

 

「オッケー♪じゃあ改めまして……新生“山田くん”に拍手〜」

 

みねるがツン子ちゃんを含む女神寮の住人たちに拍手を煽る。あぁ、その生暖かい視線がほぼほぼ乗り気じゃないことをビシビシと伝えてくる……お前らやっぱ適当なんじゃねぇかよっ!

 

「よしっ、じゃあ山田くんの問題も一応解決したことだし、今度の旅行について決めよっか〜」

 

「んな適当な………はぁ!?り、旅行ォ!?い、いつの間にそんなこと…!」

 

みねるが突拍子もないことを口走るのを、俺は聞き逃さなかったぞ!何だそれ!?俺はドタバタと足音を立てながら、テーブルの上で旅行のパンフレットを広げている女神寮のメンバー+ツン子ちゃんの元へ急いだ。

 

「ちょちょちょ!何がどうしてどうなってそういう話になってんのよ!?」

 

「あっ…ご、ごめんなさいっ!みんなで旅行したいって言い出したの私なんですっ!元々は孝士くんとすてあちゃんが女神寮に来るようになって、もっと仲良くできないかなって考えてて……イレギュラー的とはいえ、その……や、山田さんも女神寮に住むことになったので……勿論まだ苦手意識はありますけど、それでも今みたいななんとなくギスギスした感じは……やっぱりお互いにしんどいと思ったんです。相談しないで勝手に色々と決めちゃって、すみませんっ!」

 

俺が事の経緯を尋ねると、ピンクちゃんが発起人であることを告白する。しかし、それは女神寮の住人として新たに加わった孝士くんやその友達のツン子ちゃん、そしてついでであるはずの俺を含めた上で親睦を深めたいと企画を練ってくれていたのだという。大の苦手であるはずの男の俺や孝士くんの為に、自分のことを二の次にして必死に我慢してくれているのが伝わってくる。そこまでしてピンクちゃんを突き動かすものは一体何なんだろう?でも、その真摯さというか優しさだけはダイレクトに伝わってきて、どうしようもなく………嬉しかったんだ。今まで、そこまで誰かの優しさに触れたことなんか無かったからな…。

気づけば俺は嬉しさのあまり、申し訳なさそうにしているピンクちゃんの手を握っていた………超弩級の男性恐怖症であることを忘れて。

 

「ピンクちゃん、全然謝る必要ないって!そっかぁ……いきなりだったからちょっと驚いたけど、そういうことだったら俺も大歓迎だよっ!いや〜、旅行かぁ……そういうの初めてだから楽しみだなぁ!………ピンクちゃん?そんなに固まってどしたん…?」

 

「あっ……あああっ!?あああのあのっ、わわわ私……ふぎゅ!?」

 

『っ!?』

 

な、なんか俺以外に緊張が走った様子が……あっ!やべっ、そういうことか!?

なんて考えが頭によぎったが時既に遅し。ピンクちゃんは極度の興奮により鼻から鮮血を撒き散らし、それは当然ながら目の前に立っている俺の顔や服やその他諸々に隈なく浴びる羽目になってしまった。俺が手を握っていたおかげ(所為)でそのまま床に倒れることはなかったが、若干痙攣して力なくふらふら〜っと、ソファにぐったりしてしまった。

 

「あわわ、あわわわっ!?ど、どうしよう!?どうしよう…!?」

 

「いやいや、君も結構な事件に巻き込まれてるじょ?」

 

「へっ?うわぁ……」

 

ピンクちゃんの対応に困惑していると、みねるが俺の凄惨な現状をレポートしてくれる。運動の直後だったため白シャツ1枚のみで汚れが最小限で幸いだったのだが、露出していた腕やら首やら顔やらに満遍なく降り注いだピンクちゃんの鼻血が物悲しい事件だったことを物語っていた。

 

「あてなちゃんは孝士くんたちに任せて、君は先にお風呂入っちゃいなよ。どうせ服も洗濯しなきゃだしついでに身体も洗わないとねぇ…♪」

 

「んっ、いいのか?」

 

「あっ、俺なら全然大丈夫っす!あてなさん復活するまで暫く時間かかると思うんで、すてあと一緒に看病してるっすから「何勝手に決めてんだこの野郎っ」ぐはっ!?う、後ろから蹴りは無しだろ……がくっ」

 

「ほらほら〜、孝士くんもこう言ってることだしぃ♪さっさと行く行くっ」

 

今、完全にツン子ちゃんに打ちのめされてた気がするけど……まぁ、本人が大丈夫って言ってたなら、大丈夫なのか…?

そんな思いに後ろ髪引かれつつも、流れ的に風呂に入ることに。まぁ汗かいてたから手早くシャワー浴びて済ませようかと思ってたところだったから丁度いいっちゃ丁度いいんだけどさ。

 

『………ふふふ♪』

 

背後に聳え立つ怪しげな視線たちと思惑に気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………旅行か。どうしたもんかなぁ…」

 

俺は血で汚れた服を脱ぎ、洗濯用の籠に投げ入れる。けれども、その表情が晴れることはなかった。俺は衣服の一切を脱いでシャワーを浴び始めると、その理由について深く思考を始めた。

 

「何処に行くつもりなのかは知らないけど、その間は請け負えなくなるか。まだ手持ちがいくらかあるから大丈夫とはいえ、その期間の収益が見込めないわけだな…」

 

壁に手を付き頭からシャワーヘッドから出る湯をかぶる。滴る温水が俺の中の余計な考えや不安を流し尽くしてくれるような気がする。雑念を振り払えば自ずとどうすればいいのか見えてくる……遠い昔にそう教えられたことを思い出す。それは鏡越しに見える俺の背中に深く刻まれた一筋の傷跡と非常に深い関係があるのだけれど、今はその話はよしておこう。俺もあんまり思い出したくないことだ。

俺はシャワーを止めて、そのまま浴槽に浸かる。この瞬間だけはあらゆる束縛から解放されて、沈んだ気持ちも穏やかになる。

 

「はぁ……すっげぇ気持ちいいや…」

 

「あらぁ〜、たしかにとってもいい湯加減ですわぁ♡」

 

「だよなぁ………んんっ!?ド、ドドドドールちゃん!?何でここに…っ!?」

 

湯に浸かって全身が弛緩するほど浴びてやろうと意気込んでいたら、いつの間にか背後に迫っていたドールちゃんが俺に同調してきた。恥ずかしいとか関係なく今のはマジでビビったぞ…!

 

「えっとぉ、一応さっき声は掛けたんですけど〜…返事が無かったので入っちゃいましたっ♡」

 

「さ、さいですか……でも、俺入ってるの知ってたよねぇ?ドールちゃんって意外と大胆なのね……駄目よ、そういうことしちゃ」

 

「むぅ〜……山田くん!さっきからどうしてこっち見て話してくれないの?ほらっ、こっち向いてよっ」

 

「えぇ!?や、それマズいって……あぁ〜っ!駄目だって〜!?」

 

後ろから腕を回され強引にドールちゃんの方に向き直される俺。あぁ、これで俺も立派な罪人だぜ………って、あれ?

 

「んふふ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよぉ。ちゃ〜んと水着つけてますから〜♪それよりこの水着、どうですかぁ?」

 

ドールちゃんは黒のビキニタイプの水着をつけていて、どうやら知らずに焦っていたのは俺だけだったらしい。というか、薄々気づいてはいたけど……改めて見るとドールちゃんってスタイル良いよな。出るべきところはちゃんと出て締まるところはきっちり締まってる。趣味のコスプレの為なのか無駄な肉がある部分を除いてほとんど無いこともある意味努力の賜物なのかもしれない……って、いかんいかん!そんなことを聞かれてるんじゃなかったよな。

 

「えっと……凄く、似合ってる……と思う?いや、似合ってるよ!」

 

「……褒めてくれるのは嬉しいですけど、おっぱい見つめながら言われても素直に喜べないですっ。顔に似合わずエッチなんですねっ。そんなに気になるなら……触ってみます〜?」

 

俺の返答に初めは不満気或いは複雑な反応を示していたドールちゃんだったが、何か閃いたのか急に意地の悪い笑みを浮かべて俺を誘惑してきた。だ、駄目だぞ!?そんなことをしたら俺は一生を刑務所で過ごす羽目になる!だが……1人の男として考えればドールちゃんはとても魅力的な女性であることは間違いない。その当人が触りますかと尋ねているんだぞ?逆に言えば、触らない方が失礼という意見も一理ある。俺は……どうすればいいんだぁああああ!!!

 

「あの〜、それで結局どうしますぅ?」

 

「…ちょっと待って、今考え中っ」

 

「むぅ……別にいいですけどぉ。ほらほら〜、こんなにぷるんぷるんですよぉ〜♪飛び込んで来てもいいんですよぉ〜♪」

 

「はうっ!?そ、その両手を添えて揺らすやつ止めて……すっごい悪魔的な誘惑だから、それ。あぁ〜、触るか触らないか!?」

 

気を抜けば今すぐにでもかぶりついてしまいそうになるほど魅力的なドールちゃん。だが、良いのか俺の理性!確かに目の前には理想郷が存在するだろう。しかしそれは本来、無償で到達してはいけない領域であることに変わりはない。人はそこに至るべく出来るだけの努力を積み重ね最善を尽くした結果、その高みへ到達出来るのだ。しかし、人間の悲しい性なのかその努力無くして結果を得たいと思う悪しき考えが混在することも事実。気づけば俺はゆっくりと、だが確実に両手をドールちゃん目掛けて突き出し始めていた。やはり欲には勝てないのか…!

 

「んふふ♪やっとその気になったんですね……いいよ、山田くんなら…」

 

何処か妖艶な笑みを浮かべているドールちゃん。その目には既に受け入れる意思が表れているように見えた。ごめん、ドールちゃん……俺は、俺は…!

 

「俺は………何間違ってんだよ馬鹿野郎ォオオオオッ!!!」

 

俺はドールちゃんに迫っていた手を直前で止め、そのまま自分の顔面にグーパンチを右手左手合わせて2発分炸裂させる。突然の俺の狂行に驚くドールちゃんだったけど、おかげで最悪の一歩手前のところで踏み留まることができたようだぜぇ…!

 

「や、山田くん!?いきなり自分の顔……えぇ!?」

 

「ぐぼっ…!?あぅ…口ん中切った……でも、これでやっと目ェ覚めたぜ。ドールちゃん、大人の男を舐めたらあかんぜ……一時の快楽に身を委ねて破滅するほど柔じゃねぇ……くっ、くくぅ〜…!」

 

「山田くん……偉いっ!欲望に打ち勝つなんて中々出来ることじゃないよっ……頑張って我慢出来たから、ご褒美ね♡」

 

触りたい欲を死ぬほど我慢した俺に、ドールちゃんから不意打ちのキスが……!

 

「……そこは、ほっぺなのね」

 

「んふふ、とーぜんだよっ。そこは本当に好きな人のために大事にとっておくのですっ♡」

 

ドールちゃんに完全に翻弄されてしまった。くっそぉ……そんなんされたら惚れるしかねぇじゃんかよぉ〜!!こちとらバッキバキの童貞野郎なんだからよぉおおおっ!?あぁああああっ!?くそくそくっそ!俺の脆弱な精神よ、今すぐ消え去れぇえええっ!!心を燃やせェエエッ!!

 

「シャオラァアアアッ!!行くぞゴラァアアアアッ!!!」

 

「へっ…?わっ!?」

 

俺は自分への鼓舞と自責の念に駆られ勢い良く立ち上がると、その勢いのまま風呂場を飛び出していった。このままじゃ駄目だ!つい先日不覚にもみねるにときめいてしまうし、今日だって嬉しさのあまり男性恐怖症のピンクちゃんの手を握ってしまうし、今度はドールちゃんに惚れそうになってしまうし。俺自身、脆弱な自分から生まれ変わる必要があるんだ……旅行決行までに。

 

「行っちゃった……んふふ、意外と男らしかったなぁ♪中身も“それ以外”も♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ヤベェ、完全に眠れなくなっちまった。いよいよ明日だぞ、旅行……夜風にでもあたるか」

 

そうこうしている間にとうとう旅行が明日に迫ってしまい、俺の心の中のざわざわが治まらないでいた。結局、旅行先や内容については一切触れないでいたので、内心不安で仕方がない。その間俺は何をしてたかというと………筋トレ?不安や焦りを活力に日夜筋トレに励んでいたな。その成果なのかひもじい思いでホームレス生活してた頃に比べれば、その体躯の屈強さは歴然だろう。悲しいかな……んっ?どうやら先約がいるらしいぞ。

 

「こんな夜中まで起きてちゃ駄目じゃないか、不思議ちゃん」

 

「山田……お前に言われたくない」

 

談話室に入ると窓を開けて床に座りながら何かを眺めている不思議ちゃんの姿があった。名前を呼んでくれるようになったのはいいけど、未だにドライな対応をされるのは俺の努力不足かな。だから、この機会に色々話して不思議ちゃんと打ち解けられるよう頑張ってみようと思う。

 

「ははっ、そりゃそうか。まぁそれはそれとして……何眺めてたん?」

 

俺が質問すると、不思議ちゃんは眺めているものから視線を外さずにゆっくりと指さして教えてくれた。

 

「あれは……月?本当に不思議ちゃんは月が好きなんだねぇ」

 

「…月はせれねの力の源。その加護があればせれねはいつでも安心……でも、明日の旅行の前に煩わせてしまった」

 

そう言って、少し悲しそうな表情を見せる不思議ちゃん。その騒動のことはさっき寝る前の孝士くんから聞いたばかりだ。大学と女神寮の往復しかしてこなかった為に遠出するのが不安だった不思議ちゃんの為に、女神寮の住人たちが各々月に関連する物をプレゼントしたらしい。結局、ピンクちゃんが買ってきた内側に月のプリントが施されてる傘と孝士くんが補修した普段着の体操服が決め手になったらしいが……あれ、何もしてないの俺だけか?そりゃ対応がドライになる訳だ。しゃーなしだな……とっておきを出すか。

俺は不思議ちゃんの隣に座り込むと、今まで秘めていたとっておきの話を披露することにした。

 

「よっと……でも、みんなは不思議ちゃんのこと好きだからそこまでしてくれるんじゃない?勿論、その中には俺も含めてだけど」

 

「山田のは信じられない」

 

俺の言葉を即座に否定する不思議ちゃん。ぷいって首を横に振る仕草が小動物みたいで何か可愛らしくすら思える。おっと、脱線しそうになった。

 

「本当にぃ?じゃあひとつだけ面白い話してあげる。そしたら俺の言うことも少しは信じてくれる?」

 

「……内容によりけり」

 

淡白に答えながらも、どこかウズウズしてる様子の不思議ちゃん。ふふふっ、これは相当びっくりするぞ〜?

 

「実は俺、月に行ったことがあ〜る」

 

「………」

 

「……いや、無言はやめてよ。えっ、興味ない感じ?月だよ、月!ムーン!」

 

折角今まで内緒にしてきた秘密の1つを暴露したのに、疑いの眼差しを向ける不思議ちゃん。何なら真っ先に飛びつくと思ったんだけどなぁ…。

 

「嘘はよくない。仮に事実なら大ニュースになる」

 

「んっ…まぁ、そりゃそうなんだけど。でも本当のことだし……あっ、じゃあさっき月を見てたって言ったろ?だったら分かると思うんだけど、あのクレーターの横あたりに施設があるの見えるだろ?」

 

「………見えない」

 

必死に目を凝らして見ようとする不思議ちゃん。はははっ!そりゃそうだ。だってそれ専用の超長距離監視用の双眼鏡でなきゃ視認できる訳ないもの。俺は服のポケットからその小型双眼鏡を取り出して、不思議ちゃんに手渡して月を覗いてみるように促す。

 

「倍率は合ってると思うから、まずそのまま覗き込んでみて。多分デッカいクレーターが見えるでしょ?それは見えた?」

 

「……見えた。その施設は右側?左側?」

 

「えぇ〜っとね、確か……右側!白っぽいやつがあると思うんだ」

 

「……あった。何か文字みたいなのが見える」

 

「多分こう書いてあるはずだ……ス○ルムーンって」

 

「……合ってる。何で…?」

 

不思議ちゃんが驚愕の表情で俺に向き直す。漸く信じてくれたみたいね……長かった〜。

 

「だからさっきから言ってるでしょ。俺は月に行ったことあんの……非公式にだけど。だから今後は俺のことを信用して……って、どうしたん?急に目ぇキラキラさせて」

 

「月の話、もっと教えて」

 

さっきまでのドライさとは打って変わって、ずいっと俺に近づいてくる不思議ちゃん。そこまで月の話のストックないんだけど……まぁ、気が済むまで語り明かすか!

 

「よ、よ〜し分かった!じゃあお耳汚しに、さっきのス○ルムーン基地の裏側に螺○城っていうデッカい城があってな……その周りを人間が将来的に宇宙空間でも住めるように作られた大規模な大型宇宙ステーション“ス○ースコ○ニー”ってのがゴロゴロ設置されててだな……」

 

その結果……翌日の朝。

 

「よ〜し、それじゃあ出発するよ〜……って、山田くん何でそんなに顔白いの!?生気抜けてない!?」

 

「山田、平気。気にせず行こうっ」

 

「えっ、何でせれねちゃんが返事してるの?ってか、何で隣の席確保してるの!?な、何があったって言うのよ〜!?」

 

とりあえず不思議ちゃんには一応気に入ってもらえたみたいだ。そのかわり暫く不思議ちゃんの前で月の話はやめようと思った。だって、際限無く聞いてくるんだもん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フレイ
星間女子大学3回生。名前のフレイは所謂源氏名で本名ではない。普段はコスプレイヤーとして活動しており、自室が衣装部屋と化している。因みにコスプレはするのもさせるのも好きらしく、自作の衣装に合った人物を見つけ次第男女問わず脱がせにかかる癖がある。よくみねるとつるんで孝士にセクシーなちょっかいを出しているが、今回山田(居候男)がオリハルコンの意思で誘惑をギリギリ耐えたことで認識を改めた節がある。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。