九条 空 読み:くじょう そら
年齢:18歳
身長:175cm
誕生日:7月10日
好きなもの:SNS
嫌いなもの:つまらないこと
イメージカラー:ゴールド
「クジャクが空を飛んだら綺麗でしょ? ……あまり飛ばないみたいだけど」
TRIGGERのメンバーで九条天とWセンターを務めている。
口数が少なくドライで取っ付き難い性格で売っている。
空、というより空くん、って感じ。
TRIGGERのSNS担当。よく写真映えする写真をあげる。
世間的には美しいとか幻想的とか宝石とか言われている。お人形さん。
ソロ曲は『Xotic-エキゾチック-』、『夜七時から九時までの魔法』など。
某テレビ番組収録前、楽屋――。
「ちょっと遅れるから先行っといて、って空[そら]は言ってたけど……」
正直、乗り気では無い。
何もかもこの間の打ち合わせのせいだ、どうもモヤモヤしてしまう。
空が遅れる理由は姉鷺さんのチェックが入るからだろう、多分クリア出来ないだろうけど。
……天はTRIGGERの楽屋の前に立って深く息を吸って吐いた。
「おはようございます」
天は楽屋のドアを開ける。
龍之介の脚の日焼け跡の話題で盛り上がっていたようだが、天の登場でシーンと楽屋は静かになった。
天の挨拶に龍之介はニコリと笑いかけた、反対に楽は仏頂面でそっぽを向く。
この二人がいがみ合うのはいつものことだが、何も理由無くいがみ合う訳では無い。
龍之介が気になって楽に聞いて見るも、「別に」と返されてしまう。
……別に何も無い訳ないだろうに。
「ライブの構成の打ち合わせで揉めたんだ。楽、挨拶しろとは言わないけど、自分の仕事に自覚があるなら、カメラの前で不機嫌な顔は見せないで」
「しねえよ! ライブの件は俺だって納得した。文句があるのは、お前のその態度だ!」
「何が不満? かしずいて、靴を磨いて欲しい?」
※かしずく=人に仕えて大事に世話をする
「裏では刺々しいくせに、ライブでは客に媚びて、俺に馴れ馴れしく絡んできやがって……二重人格のクソガキに、これ以上振り回されてたまるか」
「ボクはお客さんに媚びたことは一度も無い」
「俺と絡みに来たのはなんだよ」
アイドルTRIGGER、数々のライブをこなしている。
そのときの天の態度と楽屋での態度の違いに楽は半ばお怒り状態だ。
「……っ、また揉め事?」
一方、姉鷺チェックを見事クリア出来なかったTRIGGERのメンバーである九条空は楽屋の前で立ち止まった。
天と楽の揉める寸前になりそうな雰囲気を、楽屋前で早速感じてしまった。
コレは二人だけの問題だと空は楽屋に入らずドアの前で聞き耳を立てる。
……本音は単純に巻き込まれたくない、ということは龍之介の前で絶対に言えないが。
「絡みに行くなんざ、ファンサービス以外の何物でも無いだろ」
「楽……キミと歌って、キミと踊って、ボク等は最高の時間を分かち合った。だからこそ、キミに対する信頼と感謝が溢れて背中を預けたんだよ。精一杯のボクの気持ち、楽には伝わらなかったの?」
「……天……別に……俺だって、その……お前にはいつも感謝……」
「今みたいな奴を媚って言うんだよ、八乙女ジュニア」
「……っ! このガキ、おちょくりやがって……!!」
「楽……! 楽、落ち着けって! 天も意地の悪いことするもんじゃない!」
「楽が先に無視した」
「気にしてたんじゃないか……」
天くんだって悪い奴ではないんだよな、とフォローしたところで楽の前では意味もなさそうだ。
空は心の中で苦笑する。
「楽、ボク達の不仲は誰も喜ばない。ボク達が並んで笑い合うのは、媚でもファンサービスでもなく義務だ。納得できないなら、仕事を変えたら?」
「俺はな……!」
「天も言い過ぎだ! 楽はカメラの前で笑い合う前に、ちゃんと仲直りがしたかったんだよ。ほら、今ちゃんとして。握手して仲直り」
「握手?」
「こいつと?」
天と楽は一斉に龍之介の方を向く。
予想もしなかった提案に目を丸くしている。
「そうだ。しないなら、保護者に相談の手紙を出す。楽は社長に、天は九条さんに」
「九条さんの連絡先知ってるの?」
「知らないけど、緊急連絡先くらい事務所が持ってるだろ。あとは空くんに聞くとかさ。兄弟なんだし」
「……空は関係ないから。いいよ、はい」
適当に手を出した天を見て楽のお怒りゲージは破裂寸前だ。
「はいじゃねえだろ……ちっ……」
楽は渋々手を出す。
もう少しで触れそうになるところを、龍之介が両方の手をがっしり掴む。
「良かった、良かった! いい仲直りだ!」
「もういいでしょ」
「もういいだろ」
「駄目だよ。二人で一緒にごめんなさいって」
「「……ごめんなさい」」
「偉い偉い!」
お兄ちゃん流石、と聞き耳を立てていた空は楽屋のドアを開けようとしたそのとき頬を急に摘ままれた。
横目で摘まんだ人物を確認して……。
「げ」
……空は思わず声を出した。
***
ガチャ
楽と天が謝った時、楽屋のドアが開かれる。
「お待たせ。ついでに楽屋の前で聞き耳立てていた子も連れてきたわよ」
身支度を整えてきた姉鷺と、姉鷺に頬を摘ままれた空がやってきた。
空は痛そうにしながら姉鷺の服をクイクイ引っ張る。
ちょっと経ってから、仕方ないわねと手を離してくれた。
「聞き耳?」
「……空、もしかして最初から聞いてたの」
ジト目で聞いてくる天の威圧に耐えられず空は横目で、天くんが媚する真似したあたりから、と小さい声で言う。
「殆ど聞いてたってことだよね」
「それを大体最初からって言うんだよ」
「指相撲してたの? SNSあげていい?」
「空くん最初から聞いてたんだよね?」
苦笑しながら龍之介はスマホを構える空の方を見る。
正直、空くんにも仲介に入って欲しかった……と何度も思っているが、大抵タイミングよく居ない。
「マネージャー、用件は?」
天は話を切り替えるように姉鷺に話しかける。
そろそろ出番だと伝えた姉鷺に、準備は出来ていると天と楽は即答した。
「楽、天、空、龍。あなた達TRIGGERに敵はいないわ。今この瞬間に結成されて、今この瞬間に名付けられるグループが幾つあったとしても……並み居るベテランも、生意気な新人も、TRIGGERの放った銃弾に撃ち抜かれてあなた達の足下に倒れていく」
「たとえが物騒」
「うるさいわよ空。ゼロの次に伝説になるのはTRIGGERよ! いいわね!?」
TRIGGERは返事をしてスタジオへ向かった。
「あんたは帽子! 本当に髪伸びるの早いんだから、もう!」
「はーいごめんなさーい」
因みに姉鷺チェックとは、髪の毛の生え際がちゃんと染まっているかどうかのチェックである。
***
一方、小鳥遊事務所。
7人のアイドル達のグループ名が決まったところだった。
「IDOLiSH7! 素敵ないい名前ですね」
マネージャーになった紡から教えても貰った名前を聞いて、万理は嬉しそうに はにかむ。
「ただ、デビューはまだまだ先ですよ。ライブを重ねて知名度をあげてから、大々的にデビューのお披露目をするんです。そのために今は何が出来るか……あとはお任せします。SNSのアカウントも作っていきましょうね」
「わ、分かりました! 頑張ります!」
「ほら、TRIGGERの空くんが先程あげたところですよ」
「ほんとだ~! 空くんってドライな性格ですけど、SNSは頻繁にあげてくれますよね」
「出演情報を伝える役割をしているから、仕方なくかもしれませんけどね」
万理はパソコンの画面を紡に見せる。
画面には呟きアプリのPC版で、名前には"九条空"と書かれてあった。
九条空 @TRIGGER-Official-
八乙女事務所 所属TRIGGERの九条空です。
本人かつ公式です。出演情報などをお知らせしていきます。宜しくお願い致します。
公式ということでフォロワー数がえげつない。
他の3人は表立ったSNSをやっていないため、TRIGGERファンはこぞって彼をフォローしている。
「これは……4人で手を合わせている奴でしょうか?」
九条空 @TRIGGER-Official-
今夜○時より●●局にてTRIGGERが出演します。
よろしくお願いします。気持ちを高めあっていたところです。
[写真]
「私たちも円陣組んでるところ撮って載せたいです!」
「それはいいですね! やりましょう!! その日が訪れることを祈って!!」
テレビに出ているTRIGGERのトークが始まった。
忙しさを乗り越える秘訣は何かというトーク内容に、それぞれ答えていく。
「ファンの皆の笑顔です」
「……お昼寝?」
「秘訣……? 蕎麦?」
「海を見ることですね」
司会者がそれに続くコメントに龍之介が苦笑いをした。
苦笑いのまま止まりそうだ、と判断した天は「彼はよく泳ぐんだ」と助け船を出す。
「どんどん黒くなっちゃって」
「アレ酷いよな、日焼け跡。見せてやれよ」
「ここで? いいけど」
湧き上がる女性客の歓声に、次は司会者が苦笑いしながらステージへと促す。
スタンバイをして、CMが開け、イントロが流れ……TRIGGERが動き出した。
「さ、流石……」
紡はTRIGGERのダンスと歌、パフォーマンスに釘付けになった。
冷たそうな外見とは裏腹に熱っぽく視線をリードする
抱かれたい男No.1 八乙女楽
絶対的なプロ意識と圧倒的な存在感で一目見た人の心を掴んで離さない
小悪魔×天使 九条天
まるで宝石が人間に化けたような幻想的美しさをもつ
高嶺の宝石 九条空
長身を活かし色気あるダンスで見る人を魅了する
ワイルドビースト 十龍之介
「これがTRIGGER……」
この完璧を具現化したようなグループも、実は仮面を被っていたことを当時の紡は知らなかった。
***
「会場は満席! グッズ売場も長蛇の列! 最高のコンディションよ」
本日、TRIGGERのライブ。
もうじきスタートするライブの最後の激励に姉鷺は嬉しそうに語る。
これくらいのキャパでも満足するなと社長の伝言を添えて。
「では、失礼するわ。楽、龍、それに空。頑張ってちょうだい。天の分まで」
「よろしくお願いします」
「……」
TRIGGERはWセンターだ。
九条天と九条空……"天空コンビ"と世間では言われている。
最も、事務所としては九条天を強くプッシュしている、対して九条空はおまけのような扱い。
Wセンターなのも、4人体制だとWセンターにした方が見栄えが良いという理由だけだ。
天がセンターなのは変わりないが、楽と龍之介に比べ少し背が小さい空も前にした方が良いと言うだけ。
そのことは楽も龍之介も聞いていた。
「……空、貴方には重荷かもしれないけど……」
「別に。お気にせず」
ヘッドフォンをしたまま、姉鷺を横目でチラリと見て、空は画面に視線を戻す。
画面にはTRIGGERのPVが映っている、今この場にいない天の立ち位置や振りの確認をしているようだ。
この状況でも変わらず平静で自分の仕事にまっとうに立ち向かう姿は、肝が据わっているというべきか……。
楽はそんな空を感心して、半ば哀れみの目で見つめた。
あの九条天の代わり、センターが一人という重圧……しかも今日いきなり言われたことだ。
……真剣な表情だ、邪魔しない方が良いだろう。
「龍、天はどうしたんだ? ライブに穴開けるなんて、プロ意識の塊のあいつらしくないだろ」
「昨夜、土砂降りだっただろ。他の日にずらせない撮影だったから、だいぶ無理したみたいだよ。緊急入院だって」
「入院?」
「大事をとって、らしいけど」
天の入院は突然のもの。
つまり土壇場でセンターを空にすると上から言われたことが容易に想像できる。
「ふん、俺が喉を枯らしたとき、自己管理が悪いだのプロの自覚だの……弟の空はこっそり喉飴くれたってのにな。散々言ってたアイツにメールしてやる」
「空くん喉飴あげたんだ。優しいね……なんて天にメール送るつもりなんだ?」
「……ライブは心配いらない。ゆっくり、休んでろってな」
「はは。楽はいい男だな」
「まあな」
楽が携帯をとりだし、メール画面を開いた途端だった。
「……っ、あなた達! 天から何か連絡あった!?」
慌てた様子の姉鷺がすぐに戻ってきた。
これ以上に見たことの無い焦りように楽が理由を尋ねた。
「それが……」
病院を抜け出した!?
楽と龍之介は顔を見合わせた。
***
「……オレ、双子の兄さんが居るんだ」
一方、こちらは結成して僅かだというのに歌もダンスも禁止されていた7人の新人アイドルグループIDOLiSH7。
TRIGGERのライブチケットを片手にライブ会場へと足を運んでいた……3人行方不明だが。
「二卵性だから似てないんだけど、優しくて、ダンスが出来て……特に、歌とダンスが上手だった」
七瀬陸の両親はお店を経営していた。
ショークラブを経営していた両親の店はお客さんの笑顔が絶えない店だった。
その両親が夜忙しい分、弟の自分のために兄はいつも構ってくれていた……まるで、自分だけのスターだったと。
「だけど中学に入った頃、お店の経営が悪化して同業者に奪われそうになったんだ」
その同業者はとても大きな企業だった。
芸能界とも繋がりがあり、ショービジネスの世界に顔が利くほどに。
奮闘空しく店を明け渡すことになった陸の両親に、男は言った、兄を欲しいと。
「でも兄さんは……オレの手を離してこう言ったんだ。あなたと行きます。あなたの下で勉強させてください」
怒る父、塩をまく母、手を握る自分。
家族の反対を押し切って兄は男のもとに行ってしまった。
その手を離して行ってしまった兄の名前は……。
「TRIGGERのセンター、九条天」
今まさに見ようとしていたグループのセンターだった。
「隠しててごめん……オレは分からないんだ。天にぃが何を考えているのか、あの時何を考えてたのか……」
何故家族を捨てたのか。
そんなにステージに立つことが大事だったのか。
……未だに分からないままだ。
「天にぃと同じ場所に立って、天にぃが見てるもの、その手に選んだものを知りたいんだ」
「……あの、ちょっと待ってください七瀬さん。話を遮るようで悪いんですけど。双子って言いましたよね?」
「 ? うん」
「三つ子ではなく?」
「……え?」
「あ、そうだよね。じゃあ……どういうことなんだろう。陸くんの言うことが正しいのなら……双子、なんだよね?」
「はい、そうですけど……」
「なあ陸……」
九条空って一体誰なんだ?
「っ!」
3人の単純な質問に、陸は怒ったように言う。
「っ、知らない! あんな奴、知らないっ……!!」
天にぃの弟は、オレだけなのに……!!
***
***
***
「Bメロ入ったら僕が後ろに回るから、二人は前に出てほしいかな。距離感変わってくるからお互い気をつけよう」
「了解。こっちの曲はどうする?」
「流れ的に龍が歌った方が良いだろ。天のパート」
「そうしてもらえると助かる。そのまま僕が上で被せてから楽さんに回して、また龍さんに。ハイトーンは全部僕がやる」
「分かった。想像以上に変更があるな。しっかり覚えていかなきゃ……」
天が不在の初めてのライブは歌割りから立ち位置まで、あらゆる事に変更が入ることになる。
基本ハモリの担当でソロで歌うことが滅多に無い空が、天の代わりに歌うパートが多くなることになった……空の歌声が大勢に聞かれることになる。
最もファンの一部は、ボーカル抽出ソフトを使って空の歌声を堪能しているらしいが……。
空のハモリが入ることで曲に重みや深みが入るが、今回ばかりはそうもいきそうにない。
あの裏方に回っていた空がメインになることはTRIGGERにとっても初めてな話、今日のライブは何もかも初めてづくしになりそうだ。
口数が少なくドライな性格の空がここまで喋るのも久々に聞いたのかもしれない。
仕事になればちゃんと自分の意見を言ってくれる男だ。
「フォローする。それに3人で完璧にやれなくたっていい。俺たちは4人でTRIGGERだ」
「はは……楽のそういうとこ好きだな。俺たちを認めてくれてる気がする」
「当然だろ。あいつはどう思ってるか分からないけどな。空だって、アイツのオマケじゃないんだから。あまり退かずに堂々としてろ」
「う、うん……」
「大丈夫、俺たちのこと認めてくれてるよ」
龍之介が優しく声をかける。
巷ではセクシー&ワイルドと言われているがそんなことはなく、温厚で優しい兄のような存在だ。
女性の手を握ることを躊躇うほどに女性慣れしていない。
楽だってクールという扱いだが実際のところ全くの真逆で、とても熱い漢のような人だ、それに繊細。
ここにいない天も天使ではなくて小悪魔であるし、端から見れば冷たい人間と思われるだろう。
……そう、TRIGGERのイメージは全て作り物、本人の本質や性格とは全くの逆なのである。
「そうだ、今回グッズで俺たちのTシャツ出てるだろ?」
「俺たちの顔が写ってる奴だろ」
「せっかくだから、どこかのパートで天のTシャツ着ないか? みんなで歌ってる気分になれるかも」
「悪くないな! あの冷血漢も病院で感動するんじゃねえか?」
「だよな! どのパートにする? 空くんどう思う?」
「やめた方が良いかも。らしくない」
「ええ!?」
「空の言う通りよ。やめてちょうだい」
話を聞いていた姉鷺が割って入る。
TRIGGERは"高級感"……ハイパフォーマンス&ハイビジュアルを"売り"にしている。
泥臭い、汗臭いパフォーマンスは不似合いだと、イメージを損なうと、姉鷺は続けた。
「じゃあ4人で天のTシャツを着て励ましのメッセージ送ろう!」
「それはちょっと……」
「うん……ちょっと、ねえ……」
「何で?」
「死ぬまで笑いのネタにされるぞ」
「ダシに使われるね」
通知の入ったスマホを見ると、トップニュースに通行規制のことが載っていた。
通行規制ということは、客の入りに遅れが出るだろう。
"悪天候のため飛行機の遅延があったので開始時刻を遅らせた"ライブが、"自分が前世で生きていたとき"にあったことを空は覚えているが……。
「無事に会えると良いな。俺も今夜、ファンの子達に会えるのをずっと楽しみにしてたから」
「そうだな……危険物撤去のために緊急避難……物騒な世の中だ」
「開始時刻ずらすことは?」
「お客さんの入り次第になるわ」
「とにかく、俺たちのやることは一つだ。俺たちと一緒の夜くらい、煩わしいことは忘れて楽しんで欲しい。全力で楽しませようぜ!」
「ああ!」「うん」
決意改め、楽屋から出ようとしたとき、空のスマホに別の通知が入った。
その画面を少し眺めた空はスッと立ち上がり楽屋のドアに手をかける。
「ちょっとお手洗い」
***
「……うっわ、本当に来た。どうやって来たの? 通行規制あったんでしょ」
いずれ会うことになるとは知らずIDOLiSH7の3人(大和、環、ナギ)と別れた天は、ライブ会場の裏口から会場入りする。
出入口のドアには空が腕を組みながら寄りかかっていた。
「王様プリンメーター21個のタクシー」
「意味分かんな」
空の手には今回のライブで天が着る衣装があった。
ありがと、と天がその手に持っている衣装を貰おうとしたとき、空がクイッと衣装を上に上げた。
天の手が空くうを切る。
時間がないのに悪戯に付き合わせないで、天の目がそう語っている。
「……やれんの」
「やるよ、ファンのみんなが待ってる」
「うわ即答。そう言うならハナから全部通せよ。その覚悟で来たんだろ。あとで医者スタッフその他諸々に土下座しようね」
「もちろん。土下座にも付き合ってくれるんでしょう?」
「仕方ないなあ」
空は天に衣装を渡す。
その場で脱ぎ始めた天の私服を受け取り適当なバッグに詰めておく。
会場の座席からはファンの会話が聞こえてくる。
「……」
粗方着替えた天はドアを開く。
スタッフが驚いてザワザワとし始めた。
間違いなく、TRIGGERの九条天がそこにいたのだから。
「氷、簡易ベッド、酸素、冷えたタオルの準備お願いします。当初の予定通り、インターバル長くしましょう。僕のフルートソロで時間を稼ぎます。あとこれ洗濯出来れば」
スタッフの脇を素知らぬ顔で通り過ぎる天と、落ち着いた表情でスタッフにお願いしながら天に付いていく空。
二人の姿を見つけた龍之介がパアッと顔を綻ばせ、楽はまんざらでもない表情で天を迎えた。
「天!」
「おせーよクソガキ共」
「そう? 時間通りでしょ」
「ごめん迷っちゃった」
TRIGGERの4人が中央のステージ下へと移動する。
最初の曲は恋の曲であるSECRET NIGHT。
徐々に上へと上るステージを使い、それでファンが目視できるようになるメインステージに立ち、そこからライブが始まるのだ。
セクシー&妖艶な雰囲気からスタートしたTRIGGERのライブを、IDOLiSH7の7人とマネージャーの紡は観客席に座って参戦していた。
数曲歌ったTRIGGERはMCのコーナーに入る。
「こんばんはー! 今夜はボクたちのライブに来てくれてありがとうー! 今夜は最後まで、一緒に楽しもうね!」
まずは九条天の明るい声が観客に行き届く。
「まだまだ行くぞ……! 踊りまくれ!」
続いてリーダーの八乙女楽が。
「今夜はありがとう! 皆と楽しい時間が過ごせて幸せです!」
そして十龍之介へと続く。
「……足下、気をつけて」
九条空も小さい声で観客に注意を促した。
それを観ていた面々は初めて目の前で直接観たTRIGGERのライブに興奮し、時には分析しながら眺める。
TRIGGERは4人が全員歌がうまいこともあるが、個々が魅力的なことも強みになっている。
3人がMCで喋っている中、頷いたり相づちを打ったりしているだけの空が気になった環は、あいつ何であんまり喋んないの? と呟いた。
「アハハ……代わりにSNSで沢山喋ってますから。空くん喋るのって本当にレアなんですよ。ビックリするくらいテレビでは喋らないんですよね」
「Oh、彼が喋ったら運気上がります!?」
「それはどうなんだろう……?」
「……」
「七瀬さん、顔が怖いですよ」
「おい、空くんと目が合ったぞ」
「このレベルのキャパで目ぇ合うなんて滅多にねーって」
九条天は七瀬陸の双子の兄だ、決して三つ子ではない。
ならば九条空は何者だろうか?
陸は分からなかった、九条空という人物の全てが。
アイツは天にぃに近づき、天にぃを兄と慕い、天にぃと腕を絡ませている。
陸は許せなかった、九条空の立場が本来は弟である自分の立場だったと考えると、距離が近い九条空が許せなかった。
考えられるとなれば、天にぃの養父となった九条という男の息子だろうか。
陸は今すぐこの場で大声で叫びたかった、九条天と九条空は全く血が繋がっていないニセモノの兄弟なんだと。
……いつの間にかライブは休憩時間が終わろうとしていた。
「そろそろ始まりそうね」
自分の後ろに座っていた女性客がポツリと呟いた。
それからすぐに会場が暗くなる。
観客のサイリウムの波がキラキラと光っていた。
メインステージの足下がボンヤリとライトアップされる。
そして……素敵な音色が響いた。
「~♪」
煌びやかな衣装に身を包んだ空が、フルートを吹きながらステージの袖から中央へと歩いてきた。
SECRET NIGHTのフルートVer.だった。
本当は「きゃあああ!!」と黄色い声援で叫ばれていたかもしれない。
にも関わらず観客席が静かだったのは、あまりの幻想的な雰囲気に思わず見とれてしまったからだろう。
およそ3分ほど、別の曲もやって合計10分ほど、吹き終わった空は観客席に向かって大きくお辞儀をした。
そして微笑むと衣装を早着替えし彼のソロ曲を披露し始める。
観客席からは、前の会場ではフルートソロやらなかったのに……と声が聞こえた。
ソロ曲を披露した後は後ろから3人が登場してTRIGGER名義の曲を歌い始める。
……ライブの最後になってしまうのは、本当に早かった。
「また会おうね!」
皆がステージから降りようとした時、空がある行動をとる。
「きゃああああ……!!」
「空くんこっち見てない!?」
「嘘!? お姫様抱っこ!?」
天を空がお姫様抱っこしたのだ。
「……」
「七瀬さん顔が怖いです」
「オレが天にぃを抱っこしたかったのに……」
「変に対抗心を持たないでください」
一織の声も届かぬまま、陸は空を見つめた。
陸は九条空が気にくわなかった。
……それでも、憎めないのは……いや、逆にもっと気にくわなくなったのかもしれない。
九条空の実力が、自分よりも優っていることを、陸は気に食わず……けれども認めてしまった。
3人に隠れているようであまり目立たない存在ではあるが、九条空も"あの"TRIGGERのメンバーだ。
アイツを超えなければ天にぃにすら届かない。
アイツよりも上手くなければ天にぃに追いつかない。
アイツよりも、九条空よりも、上を行かなければ。
そう決意して、陸は会場を後にした。
***
SNSにて。
九条空 @TRIGGER-Official-
本日のライブ、ありがとうございました。フラスタとても綺麗ですね。また会いましょう。
[フラスタの写真]
[ライブキービジュアルの写真]
「これで良し、と……」
空はスマホを構えてフラスタの写真を撮り、SNSにアップする。
アカウントには早速ファンの人々がコメントを送ってくれた。
空は特に興味が無かったのでそれを流しながらスクロールし、少し反省する。
……お姫様抱っこはやりすぎだったかな。
奥の方では簡易ベッドに倒れ込んだ天が荒く呼吸を繰り返しながら楽と龍之介から介護を受けている。
「……一歩も歩けなくなるまで無理すんじゃねえよ、クソガキ。心配するだろうが」
「君って実は優しいよね」
「おまえは逆だけどな」
「うん……楽、龍、ありがと。さりげなく、ライブ中フォローしてくれた」
「メンバーなんだから当たり前だろ。もっと頼って、助け合っていこう」
「はは……愛してるよ、君達のこと」
「気色悪いこと言うな。今、空の奴が病院に電話してくれてるから。タクシー来るまで安静にしてろ」
「あー、いい気分……お星様が見える……」
「天……言いにくいけど、それは一周まわって本当は悪い気分なんだよ……」
「熱で脳までいかれてきたか」
天の容体が良くなるには時間がかかりそうだ。
SNSを更新した空は、楽が言ったとおり天が抜け出した病院に電話をかける。
病院側は怒ることなく心配してくれていた、こちらを気遣ってくれたのだろう。
いつでも受け入れOKだというので、病院に丁寧に謝り倒してからタクシーの手配をする。
交通規制は解除されたようだが、ライブ帰りの客で捕まりにくいかもしれない。
時間がかかるようならスタッフの車を借りた方が早いのかもしれない。
「なんて良識のない奴らなの!? 事務所は何処!?」
空がスタッフに車を借りられないか話しかけようとしたとき、姉鷺の怒号が響いた。
鬱陶しそうに姉鷺の方を見ると、声から分かる その苛つきよう。
怒っているのが明らかに分かる。
どうやらライブが終わった後の客を掴まえて宣伝活動をしているグループがいるようだ。
怒る楽を見て、空は興味なさそうにスマホをしまう。
「小鳥遊プロダクションに所属してるデビュー前のグループ、IDOLiSH7よ!」
姉鷺は持っていたボールペンを折る。
無惨にも折れてしまったボールペンを眺めたあと、空は そろりそろりと車を運転できるスタッフに声をかける。
普段なら姉鷺に車を出して貰うところだがこの状態の姉鷺に声をかけるなんて出来るわけない。
かけたところで車の中でブツブツと文句を言うに違いない。
病人に聞かせるのも気が引けるし、自分だって聞きたくない。
姉鷺の怒号にスタッフが対応に追われ、メンバーの楽が今に飛び出しそうなこの状況、こんな煩い空間で横になるのなんて苦痛でしかないだろう。
運良く手が空いてそうな車の運転を出来るスタッフを見つけた空は、楽を抑えていた龍之介に一言声をかけて天を抱き上げる。
スタッフの車に天を寝かせ、後ろに乗り込んだあと姉鷺が言っていたことを思い出す。
――IDOLiSH7よ!
「アイドリッシュセブン……? 確か前にフライヤー貰ったような……」
自分の私物バッグから一枚の紙を取り出した。
たまたま歩いていたところで貰った新人アイドルの初ライブのフライヤーだ。
結局仕事と被って行けなかったし、行く気もサラサラ無かったのだが。
スマホのライトで照らしながらフライヤーを見てみる。
この人たち、確かライブに……?
しかもこの赤髪の奴……。
「ななせ、りく……」
自分の中で全てが合致した。
***
天は聞こえてきた歌声で目を覚ました。
熱にうなされていた体はすっかり冷え、だいぶ良くなったようだ。
匂いと雰囲気で分かる、陸と何度も足を運んだ場所……病院。
いつの間にか病院に運ばれていたらしい、腕には点滴が刺さっていた。
「一人じゃねぇんだよ分かんだろ? お前が俺の心の奥ごと攫ってくんだよ……」
ゆっくり体を起こしボンヤリと灯るテーブルライトの方を見れば、椅子に座っている空が動画を見ながら鼻歌を歌っていた。
空の歌声で目を覚ましたのか。
……空の歌声はとても澄んでいて、聞いてて心地が良い。
音域が広く、クセがないから取っつきやすく、かつ優しい歌声。
この素敵な歌声をハモリだけで終わらせるのが勿体ないと何度も思うほどに、密かに彼の歌声に惚れているのだ。
「……薄暗いところで動画見てると、目悪くするよ」
「っ、ビックリした……」
声に気付いた空は歌うのを辞めた。
「……起きてたの」
「今起きたばかりだけどね。誰の曲?」
「天くんに言っても絶対に分からないよ。アングラ発のラッパーさんの曲。もしかして起こした?」
「ううん」
「具合は?」
「だいぶいいよ。今日はここに泊まるの?」
「また抜け出されたらたまらないからね」
空が指差したところにはソファが置かれていた。
一人寝るには大きさ的に丁度良さそうだった。
「ソファで寝られる? 一緒に寝る?」
「いいよ。ソファなかったら寝袋用意していたし」
「断られちゃった」
わざとらしく肩を竦めて見ても空は無反応だった。
そもそも、このベッドに二人寝られるほどのスペースは無い。
電気点けようかと言ってくれた空の提案を断り、テーブルの薄暗い明かりだけで会話を続ける。
「何か飲む? 水しかないけど」
「ちょうだい」
冷蔵庫からとってきたミネラルウォーターは冷たく、熱が冷めたとはいえ頬に当てると気持ちいい。
「ストロー欲しかった?」
「大丈夫……あのさ……今日のライブのことなんだけど、お姫様抱っこはやりすぎ」
「やっぱり? でも途中で倒れるよりマシだったでしょ」
「うん……ありがと、空」
「どいたま」
「退院したら菓子折り選ぶの手伝ってくれる? スタッフに渡したい。それからプリンも買わなきゃ」
「分かった。そろそろ寝ようよ。流石に眠くなってきた……」
ずっと見守っていてくれたのだろう、何回もあくびをしながら起きていたらしい。
ライトの逆行で空の表情はよく見えないが、ライトを消した空が立ち上がって洗面所に向かうのが見えた。
水が流れる音が聞こえたから、コンタクトレンズでも外しているんだろう。
天はベッドに横たわる。
ガサコソ着替え終わったらしい空はソファに寝転がったらしい、ボスンと音が聞こえた。
「天くん起きてる?」
「……うん」
「ちょっと話、してもいいかな」
「……何?」
病室の天井を見ながら、天は空の話に耳を傾ける。
「前々から思ってたんだよね、天くんの妙な気の使い方とか僕を見てる目の既視感に」
「……」
「……天くんさあ、弟くん、いるんでしょ」
「っ」
「今日ライブ来てたよね。ビックリしちゃった、結構似てたね。七瀬陸くんだっけか、誕生日も一緒だったね。双子? まあ双子だよねあんなに似てんだもん」
「……九条天の弟は空だけだよ」
「でもそれはTRIGGERの九条天のことでしょ? 本当は違う、確かにTRIGGERの天くんの弟"のような存在"はTRIGGERの空だけ、だけどさ」
九条天と九条空に、血の繋がりなんてこれっぽっちも無い。
血の繋がりがないとハッキリとメディアに言ったことも無い。
それでも兄弟だと言われるのは、九条空の顔があまりにも九条天に似ているから。
兄弟のように振舞っているから。
彼……九条空と名乗る男と出会ってから2、3年程しか経っていない。
日本に到着してあまり日が経たない頃に……それこそ、TRIGEER結成日のほんの数日前に出会ったのだ。
――天、この子が弟になる空だよ
――九条空です。初めまして、天くん。いずれは君のバックダンサーになります
初めて出会った時の彼は今の彼と何ら変わりない男だった。
今でも覚えている。
あまりにも自分の顔と似ていて、ドッペルゲンガーでも現れたのかと思ったくらいだったのだから。
出会ってからすぐに、一つ屋根の下で共同生活を始めることになるとも思っていなかった。
その共同生活の過程で彼の素顔……を不本意ながら見たことがある。
仕事で帰りが遅くなった自分の家で、知らない男がテレビを使っていた時があった。
――っ、不審者!?
――ああああ待って待って、ごめん天くん! 僕です空です!!
――え? 空……?
――……驚かせてごめんね、ビックリしちゃったでしょ? カラコンなんだ
……彼の瞳はまるで宝石かと思うくらい、綺麗で澄んだ真っ黒な瞳だった。
流石にカラコンをしながら寝るのは出来なかったらしい。
※カラコンしたまま寝るのは危険です
それからメイクしたまま寝るのも出来なかったらしい。
※メイクしたまま寝るのは肌トラブルを起こします
――流石にメイクもカラコンもしたまま一生過ごすのは無理だったや
彼の素顔を見てしまってからは、彼は諦めて素顔を天だけに晒している。
分かってしまった、彼と自分は全くの赤の他人だということを。
分かってしまった、彼のメイク技術が高レベルなことだということを。
彼が"八乙女事務所の九条空"を天以外の人たちに貫き通すのはどれだけ大変なことだろうか。
つまり常に演技しているのと同じようなものだ。
同じTRIGGERのメンバーである楽や龍之介の前ですらも"九条空"を作り演じきっている。
「出会ったのもここ数年の話なのに、兄弟扱いされてるのって面白いよね。それでも天くんは兄弟じゃないって否定しないんだもんね」
……血の繋がらない、同じグループのメンバーの彼の本名は。
「じゃあ僕と天くんは共犯者だ」
「……」
「ニセモノの兄弟なのにお互い隠して本当の兄弟のように振舞っているんだもの」
兄と扱われている天ですら知らないのだ。
九条 空
芸名。九条天にあわせて、空という名前にさせられた。
黒髪黒目だがイメージカラーのゴールドに合わせ、金髪(脱色)ピンクゴールド(カラコン)にしている。
姉鷺チェックが入るのは、脱色した髪の生え際の真っ黒い地毛が見えていないかの確認のため。
九条天の弟と扱われているが本人たちは「ご想像にお任せします。ね?」「うん。うふふ」と言葉を濁している。
「兄(のような存在/という設定の天くん)に敵いはしませんよ」と言う時もある。分かるわけない。
結構顔つきは似ているため(空が天に寄せるメイクをしている)兄弟説がだいぶ濃厚……と思われている。
アイドルらしいダンスを身体に覚えさせるために、九条鷹匡が天のおまけとして八乙女事務所に放り投げた。
あまりクセがなく聞きやすい声をしている。ハモリを主に担当。仮歌も担当しているけどメンバーには内緒。
主役よりも脇役、バイプレイヤーの方が向いているので天のおまけと言われても気にしていない。
また、空はクウ(実体・本質がない,何もない,空っぽ,嘘偽り)という意味もある
=元々"九条天"には兄弟がいませんよ、九条空は本名ではありませんよ、九条天がトップアイドルになったら九条空はアイドルを辞めますよ、九条空は芸名なので九条空という人は存在しないですよ
という意味合いも込められている。全部九条さんが意味を考えたよ。
九条空の本名は名波 理玖[ななみ りく]。実は人生二周目。
天も本名は知らない。
偶然にも七瀬陸と響きが一文字違いになってしまった。
イメージカラーはブラック。
最近の悩みは未成年という設定のため酒を堂々と飲めないこと。実は夏と酒が大好きなパリピ。
名波→ななみ→七海……海→夏
理
=すじ、筋目の模様。ことわり、物事の筋道。おさめる、ととのえる。自然科学。「玉を磨いて、美しい筋目の模様があらわれることをあらわす」という成り立ちを持つ。
玖
=黒色の美しい玉。九の代用字。