或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.88 らしくない

 「憬・・・1つだけ提案があるんだけど・・・・・・7月のドラマの撮影が終わるまで・・・こうやって話すのやめにしない?

 

 昼休み。屋上へと繋がる階段の途中にある踊り場。普段とは違って余裕がない蓮から背中越しに告げられた、2年前と同じ“弱った”ときのサイン。

 

 「何で?

 「・・・だってほら、そもそも純也と凪子ってクラス違うし別に仲が良いわけでもないじゃん・・・・・・だから、こんなふうに憬と話してると何だかスイッチがイマイチ入らないんだよ・・・

 

 そのサインに気付いている俺はすかさず問いかける相槌を返すと、蓮はややバツが悪そうに言い訳がましい理由をつけて、5段下から立ち去ろうとする。

 

 「それ・・・本当に“必要”か?

 

 頑なに堀宮と何があったのか“ノーコメント”を貫く“あの日と同じ”感情をしたその背中に、俺は最後の“意思確認”をする。

 

 「・・・うん。私にとっては

 

 背中を向けたままの蓮から返ってきた言葉は、俺の想像していた通りの言葉だった。

 

 「・・・お前が本気で腹を括ってまで覚悟して決めたなら何にも言わないけど・・・・・・“無茶”はしすぎんなよ

 「・・・・・・

 

 そんな無意識なまま冷静さを欠いて自暴(やけくそ)になりかけている蓮に、俺はライバルではなく“親友”としてアドバイスを送ると、蓮は言葉を返すことなく階段を降りていく。

 

 

 

 “・・・どの口が言ってんだ?

 

 

 

 そして無言で階段を降りていくその背中を踊り場で立ち尽くしながら見届けた俺は、ここまで来るのに何度も“無茶”をしてきた自分の心に問いかけた。

 

 

 

 “・・・でも・・・・・・蓮も俺と同じなんだ・・・

 

 

 

 自分の心に問いかけてみたら、俺はひとつのことに気が付いた。

 

 

 

 “・・・・・・らしくない

 

 

 

 シーン_

 

 気が付くと、さっきまで降っていた雨はすっかり止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日_午後6時40分_

 

 王賀美先輩との走り幅跳びの練習を終えた俺は、学校から見て通りを挟んだ向かい側に位置する総合グラウンドのロッカールームで制服に着替えて帰り支度を済ませていた。

 

 「おっつー、さとる」

 

 そして寮の最寄りへと向かう大通りのバス停へと足を進め通りへ出ようかというところで、ふと目の前から聞き馴染みのある声に呼び止められた。

 

 「・・・杏子さん。まだ帰ってなかったんですね?」

 「あたしもついさっきまで部活やってから」

 「確か弓道部でしたよね?」

 「うん。残念ながら本業が忙しくてあまり顔は出せてないけどね」

 

 視線を向けると、同じく部活を終えた堀宮がいた。確か今日は、珍しく丸一日オフだったと言っていた気がする。

 

 「はいこれ」

 

 と、昼休みの屋上での一幕のことを頭の中で考えていると、堀宮はスクールバックの中から何かを取り出して目の前の俺に差し出すように投げてきた。

 

 「っと・・・シェアウォーターだ」

 「そう。部活終わりで疲れてるかな~って思って」

 「まぁ、はい・・・ありがとうございます」

 

 練習終わりの少し疲れた身体で、俺は毎度お馴染みの先輩からの“奢り”をキャッチする。にしても堀宮からの“奢り”で2,3回に1回のペースで必ずシェアウォーターが出てくるのは、単純にこの人がこの商品を好んでいるからなのか、スポンサーの事情で外だとシェアウォーターしか飲めず飽きてきたからなのか、はたまた俺が美味しいと言ったからなのかは未だに教えてくれないから分からない。

 

 「あれ?あんまり嬉しくなさそうだね?」

 「嬉しくなくはないですけど、ちょうど“アクアリウス”を飲んできた後なんで」

 「マジか・・・もしかしてさとるって“アクアリ”派?」

 「どっちもいけます」

 「じゃあ有難く受け取りたまえよさとる君」

 「ずっと気になっているんですけど杏子さんってたまに武士みたいな言葉遣いしますよね?

 

 ただ、今は“ライバル企業の商品”を飲み干した後だからかあまり飲む気にはなれない。別に俺はどっちが好きとか嫌いとかはないけれど、アクアリウスを飲んだあとに塩味が強いシェアウォーターを飲む気にはあまりなれないし、そもそも俺はスポーツ飲料も特別に好んでいるわけでもない。

 

 「もちろんありがたくいただきますよ。世話になってる“先輩”からの奢りなので」

 

 まぁ、色々と気に掛けてくれている“事務所の先輩”からの奢りだから、普通に有難く頂くことには変わらないが。

 

 「ありがと。そう言ってもらえると奢り甲斐があるよ

 

 なんて本音と建前が半分ずつの感謝をかけると、すっかりいい気になった堀宮が敷地内を照らす照明の明かりの下で白い歯を見せるように優しく微笑む。

 

 「・・・それはどうも」

 

 もうすっかり慣れたつもりでいたけど、こんなふうに不意打ちでこの表情(かお)を向けられると、調子が狂う。

 

 「・・・ねぇ、この後ちょっとだけ時間いい?

 

 その瞬間を図っていたかのようなタイミングで、堀宮は明らかに意味深なことを俺に問いかけてきた。

 

 「時間・・・言っときますけど寮暮らしなんで門限が」

 「大丈夫。ちゃんと20時までには間に合うように絶対するから」

 

 当然いきなりこんなことを言われてやや混乱している俺は一旦断ろうと首を横に振る言葉をかけようとしたが、堀宮はそれを遮り“門限までに間に合うようにする”と念を押してきた。

 

 「部活動の時間によって“門限が変わる”の知ってたんですね?」

 「当たり前でしょ。だってあたしは霧生(ここ)の学生だし」

 「まぁ・・・そりゃそっか」

 

 ちなみにこれは余談だが、霧生学園の寮ではどのコースだろうと関係なく門限が定められていて、原則として芸能コースでは“スケジュールの都合で止む終えない場合”を除いて19時までに寮に戻ることになっている。しかし部活動によっては18時30分まで活動時間があるところもあるため、それに該当する部活に所属している生徒は“部活動に参加した日”に限り20時まで門限が延長される。

 

 「あ~あ、さとるが“寮暮らし”じゃなかったらもうちょい時間を気にしないで済むのにな~」

 「悪かったですね俺が“寮暮らし”で

 

 ついでに言っておくと堀宮は寮ではなく自宅から通っているため、もちろん“門限”は該当しない。ただし“補導”があるためどっちにしろ遅くまでは出歩けない。

 

 「それで、俺に何の用ですか?」

 「何となくちょっとさとると“1対1(イチイチ)”で話したくてさ。ほら、バス停まで行く途中に公園あるじゃん?ちゃんと時間は考えるからそこで話そ?」

 「なに勝手に俺が行く前提で話進めてんだ

 

 という事情なんか関係ないと言わんばかりに、堀宮は“途中にある公園”に俺を勝手に誘う。もしも仮にこの誘いに乗ったとして、果たして俺は門限までに帰れるのだろうか・・・というか、そもそもこの人が何を考えているのかがまるで視えない・・・

 

 

 

 “『マジのマジでごめんなさいだけどちょっと蓮ちゃんと“話したいこと”があるからさとるは先に降りてもらっていいかな?』”

 

 

 

 「・・・じゃあ、俺が屋上から降りたあとに蓮と2人で何を話していたかを教えてくれるなら、杏子さんの“ワガママ”に付き合います

 

 いつもの揶揄いを食らって幾分か冷静さを取り戻した俺は、咄嗟に屋上で蓮としていた“女子トーク”を約束の引き換えにして堀宮に条件を突き付ける。

 

 「しょうがないなぁ・・・ホントは教えたくないけど、それで付き合ってくれるんならあたしはいいよ

 

 あれだけ“マジ”な感情で“降りろ”と言っていたから、7割ぐらいの確率で適当な言い訳を返されて断られるんじゃないかと頭の中で予想していたが、意外にも堀宮は俺の“我儘”をすんなりと受け入れてくれた。

 

 「“マジのマジ”ですよ?」

 「分かってるってば」

 「あと、なるべく余計な話は“ナシ”でお願いします。時間ないんで」

 「ガッテン承知」

 「(・・・ホントに大丈夫だよなこれ?)」

 

 とはいえ信用はしきれないところもあるから少しばかり揺さぶりをかけてみたものの、こうやって相手を探る時間も勿体ないからどうなるかは一旦置いて、俺はひとまず堀宮を信じることにした。もし最悪長引きそうなら、鍛え始めたこの“”で逃げ切ればいいだけのことだ。

 

 「てなわけで行きますか。時間もないし」

 「人の時間割いてるアンタがそれを言うな

 

 こうして俺は、途中で“少しだけ”寄り道をしながら大通りのバス停まで堀宮と一緒に歩いて帰ることになった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「“二手勝負”?」

 「そう。“ついに、助演の環蓮がメインキャストに牙をむく・・・一体、どうなってしまうのか!?”・・・みたいな?」

 「いや、そんなどっかで聞いたことあるようなフレーズを使って“みたいな?”って言われても全然分かんないっすよ・・・」

 

 歩くこと大体3分。バス停のある大通りまであと少しというところにあるこじんまりとした公園のブランコに座り、俺は堀宮から蓮のことを聞いていた。

 

 「まー簡単に言うとあたしと蓮ちゃんって弓道やってるじゃん?そしてウチらの演じる役ってお互いライバルじゃん?だから一緒に“射詰”でもやって仲良くしようってワケよ」

 「・・・まず“いづめ”って何ですか?」

 

 ちなみに俺は、弓道の知識は全くと言っていいほどない。

 

 「ウソでしょそこから説明しないといけないのあたし?」

 「俺、弓道とか全然知らないんで」

 「はぁー・・・“時間ない”っつったのはどっちよ全く」

 

 そんな弓道のルールや専門用語を全くと言っていいほど知らない俺にあからさまに呆れるような様子で、堀宮は蓮との顛末を“射詰競射”の説明(こと)と一緒に話してくれた。

 

 「えっ、蓮が勝ったんですか?」

 「うん。四本目であたしが外した」

 

 堀宮曰く、蓮とは“あるもの(※さすがにそれは秘密)”をかけて“射詰競射による二手勝負”という方法で対決をして、その勝負になんと蓮は勝ったという。言っておくがこの人は、中学のときに弓道で都大会3位を獲ったことがある(※実際に表彰状を見せてもらった)実力者だ。

 

 

 

 “『そう言えば雅って弓道部ですけど杏子さんは弓道やったことあるんですか?』”

 “『中学からずっと続けてるよ。自慢じゃないけど去年の都大会で3位』”

 “『マジですかそれ?』”

 “『“マジのマジ”。何なら事務所で次会うとき表彰状持ってこよっか?』”

 

 

 

 ちなみに堀宮が“経験者”だということを知ったのは、『ユースフル・デイズ』のオファーが正式に決まって原作を読み出した後のこと。言うまでもなく、普段の雰囲気や振る舞いとのギャップが凄くて都大会3位の表彰状を見るまで俺は信じられなかった。

 

 

 「外したのはわざとですか?」

 「うーん、ある意味“わざと”かもしれないね。あくまであたしは“本気で狙って”外しただけだけど」

 

 たださすがに勉強もスポーツも“何となく”で何でもできてしまう蓮を持ってしても、都大会3位になったこともある経験者には“忖度”をしてもらわないと勝てなかった・・・というところだろうと俺は予想した。

 

 「でも、4射全部ノーミスで決められたのはちょっとだけ予想外だったよ」

 「4本とも全部当たったんですか?」

 「そうそう。弓道なんて授業でやったことあるってことを踏まえても昨日今日で習い始めた子が4連続的中させられるほど甘くないし・・・ホントは中学から習ってたりしてたの?」

 「いや、マジで中学の授業でやったことがあるぐらいですよあいつ」

 

 そんな堀宮だが、さすがに蓮がいきなり4連続で的に矢を当ててきたことは想定外だったらしい。

 

 「うっそでしょ・・・じゃあ何?蓮ちゃんってもしかしてマジのマジで“凪子”みたいな根っからの天才タイプ?」

 「少なくともスポーツに関してはそうですね・・・あいつ、じゃんけんもそうですけど運動神経も抜群でどんなスポーツも“何となく”って感じで何でもできるタイプなんで」

 「あ~、言われてみたら確かにスポーツ出来そうって感じしたわ~。まず体幹がすごくしっかりしてたし」

 

 もちろん勉強は当然のこと、運動神経に加えてセンスも抜群でどの科目をやってもクラスで1番だった蓮のことを親友としてよく知っている俺からすれば、そこまで驚くような話じゃない。確かに堀宮の言う通り、あいつはこと“勉強とスポーツ”においては類まれな才能を持っている天才なのかもしれない。

 

 「・・・やっぱり・・・“役作り”が目的ですか?

 

 そしてこれには“裏がある”ことが分かり切っている俺は、脱線しかけた話を早々に終わらせて容赦なく核心に迫る。

 

 「あ~、やっぱりそう来ちゃう?」

 「やっぱりも何も、杏子さんだったらきっとそうするだろうなって思っただけです」

 「・・・・・・ちぇっ、さとるは無駄に勘が良いんだから」

 

 核心を問いかけてみると、堀宮は観念したかのようにそれが“本当”だということをあっさり認めた。

 

 「・・・でも珍しいですね。極度の負けず嫌いな杏子さんがわざと人に“勝たせる”ような真似をするのは」

 「もちろん“負けてあげる”っていうのが良い気分じゃないのは変わんないよ・・・でも、雅の感情(こと)をもっと深く知るには“敗北”のひとつやふたつは噛みしめておかないとだからね」

 

 原作の劇中で主将の座を争うことになる、弓道部の2人。1人はひたむきに練習に明け暮れて天才の隣にまで並んだ健気な“努力家”で、もう一人は中学時代から名が知られていた鳴り物入りの“天才”。

 

 「それに・・・・・・負けるからこそ“得られる”ものもある

 

 そんな2人を演じるのは、才能に恵まれつつもそれに満足なんかしない“2人の努力家”だ。

 

  「・・・・・・そうですね

 

 自らを天才女優だと名乗る努力家の真剣な眼差しに、俺は素直に言葉を向ける。蓮にどのような言葉を使って焚きつけたのかまでは知らないが、この人が自分の為なら手段を厭わないのは知っているから、“何か”があったことは聞かなくともわかる。

 

 「さとるは分かって言ってるの?」

 「分かってますよ・・・俺もこうしてメインを張れるようになるまで何回も“負けて”来ましたから」

 

 俺たち役者は、みんながみんな“負けず嫌い”の集まりだ。負けた経験を糧にして、勝ちに繋げる。今まで芸能界(この世界)で会ってきた人たちはそれこそそれぞれで違う人間性を持っていたけれど、根底にあるものはみんな同じだ。

 

 「・・・“利用”しましたね?蓮のこと?

 

 もう聞かなくても分かり切っていたが、俺は頭に浮かんだ言葉をそのままの形で右隣のブランコに座る堀宮に問う。

 

 「ごめんね。悪気はないんだ」

 「でしょうね。杏子さんが“そういう人”なのは後輩として知ってるんで」

 「ひょっとして怒ってる?」

 「いえ、全く」

 

 別に俺は、自分の役作りのために親友が“利用”されたことには、本当に1ミリも怒ってなどいない。

 

 「ただ・・・」

 「ただ?」

 

 

 

 “『お前が本気で腹を括ってまで覚悟して決めたなら何にも言わないけど・・・・・・“無茶”はしすぎんなよ』”

 

 

 

 「俺は(あいつ)を・・・・・・“血肉”にはできませんでした

 

 ただ、俺にはそれが出来なかった。互いの役柄を考えればあいつの“言い分”は理にかなってはいるから、お望みどおりに利用すれば良かった話でもあった。もしも相手が隣にいる堀宮だったら、俺は何の躊躇いもなくそうしていた・・・とは今更言い切れないけど、やろうと思えばやれていた。

 

 「あの後、急に雨が降り出したから心配で屋上に向かって・・・その途中で階段を降りてきた蓮とバッタリ会いました・・・・・・あいつは分かりやすく“弱って”ました・・・そんなあいつを見ていたら・・・とてもじゃないけど“ライバル”として言葉をかけることは出来なかった・・・

 

 

 

 けど、弱っている親友の背中を見た俺は・・・“ただの親友”に戻って言葉をかけた。

 

 

 

 「・・・でも、弱っていても無理して強がるあいつを見て・・・心配したのと同時に“安心”した

 

 

 

 相手は“敵”なのに、無理をしているのは“お互い様”なのに、どの口が言ってんだ?と、自己嫌悪に似た感情に襲われた先にあった・・・“安心”という感情。

 

 

 「俺は・・・自分が思っていたよりもあいつと“近い”ところにいるって・・・俺なんかよりもずっと先を歩いている思っていた存在(ライバル)が、今でも“ただの親友”だってことを実感できて・・・・・・“嬉しい”って思った

 

 

 

 親友が弱っている姿を見て“嬉しさ”を覚えてしまう、“らしくない”自分・・・・・・でも、想像していたよりは親友から“突き放されていない”ことを知って、相も変わらずあいつは何も変わっていなくて・・・俺は“安心”した。

 

 

 

 「・・・意外と“クズ”っぽい一面もあるんだね?さとるって

 

 気持ちを切り替えたくて頭の中から“排除”していた記憶を掘り起こして、屋上で話した後に蓮と階段の踊り場で会ったことを打ち明けた俺に、堀宮は小さく笑いながら星空のない空を見上げて呟くように俺のことを“クズ”と言った。

 

 「“クズ”・・・・・・そうかもしれませんね

 

 堀宮の言う通りだ。自分自身を俯瞰して振り返ってみれば、人に利用されて弱っている親友の姿を見て心の中で安心している俺という奴は、“クズ”と言われても何も言い返せない。

 

 「否定しないんだ?」

 「親友が弱ってる姿を見て“安心”してるような奴に、それを“否定”する資格はないですよ」

 

 

 

 “『蓮と同じように俺も役者になる』”

 

 

 

 2年前と同じ、弱っている背中。それを見て、あの日から俺たちは何も変わってなんかいないという現実(しんじつ)にもう一度だけ気が付いて、確かな嬉しさを覚えた・・・・・・少なくともこんなこと、2年前の俺は毛頭にも思わなかったはずだ。

 

 

 

 

 俺の中でゆっくりと・・・・・・“らしくない自分”が芽生え始めている。

 

 

 

 「でも・・・そんな人間が好き勝手に生きることが許されるのが、芸能界って世界(ばしょ)だってあたしは思う

 

 半分ぐらいの冗談のつもりで言った自虐に、堀宮は左隣のブランコに座る俺を横目で見ながら優しく笑う。

 

 「・・・・・・

 

 ありとあらゆる気持ちが複雑に入り交じったこの感情を“浄化”していく優し気な笑みに、俺は言葉を失う。

 

 「それにさ、どこかの誰かが言ってたけど人って自分の気持ちが一番分からない生き物らしいよ・・・でもそれが分からないと、あたしたち人間は役者にはなれないって・・・

 「・・・どういう意味ですか?

 

 相変わらず、堀宮は時々何を考えているのか全く分からなくなる瞬間がある。いまこうして俺に向けている言葉は果たしてこの人の“本心”なのか、それとも“気まぐれ”なのか・・・全く読めない。

 

 「・・・だからこうやって自分の気持ちに気付けたさとるは、自分が思ってる以上に役者として成長できてるよ

 「・・・・・・

 

 ただひとつだけ確かなことは、こうして堀宮から肯定の言葉をかけられた俺の心は、これ以上ないくらいに“喜んでいる”ということ。

 

 「もちろん。“親友”に負けないくらいにね?

 

 

 

 未体験の感情が血肉となって身体中を駆け巡っていく感覚・・・それは、新しい自分の発見という、“不知の知”の喜び・・・

 

 

 

 

 

 “もし俺が蓮にこの感覚の“全て”を言ってしまったら・・・・・・俺たちはどうなってしまうんだろう?”

 

 

 

 

 

 

 「・・・門限が迫ってるので俺はこれで帰ります」

 

 ふと我に返り冷静になって、俺は門限のことを思い出してブランコから立ち上がる。何だかよく分からないが、堀宮と一緒に蓮のことを話していたらいつの間にか“心の奥に閉めていた感情”が出てきてテンションがおかしくなりかけていた。とにかく門限を破ったら問答無用で反省文を書く羽目になり内申点にも影響してくるから、破るわけにはいかない。

 

 「うそもう帰るの?せっかくイイ感じに盛り上がってきたところなのに」

 「こんなところで盛り上がったら本末転倒もいいとこですよ」

 「蓮ちゃんとのこともっと知りたくないの?」

 「もう十分聞きましたよ。てかこっちはマジで時間に追われてるんで」

 「なんか今日いつも以上に冷たくない?」

 「そんなことないですよ・・・じゃあ、今日はありがとうございました」

 

 引き留めようとする堀宮の声を尻目にして、俺は素っ気なく返事を返して公園の出口へと歩き始める。正直言うと堀宮から蓮のことをもっと色々と聞きたかったが、これ以上この場所にいると我を忘れて“ハイ”になりそうな危険を感じたから、とにかく今は1秒でも早くこの場から離れてさっさと寮にある自分の部屋へと戻って頭を冷やしたい気分だ。やっぱり“あの感情”は、そう簡単に思い起こすものじゃない。

 

 “・・・どうしたんだ、今日の俺は・・・

 

 「・・・さとる!

 

 そのとき、堀宮が突然俺の名前を大声で呼んだ。普段の感じとは“微妙に違う”雰囲気を感じ取った俺は、無意識に背後のブランコへと振り返る。

 

 

 

 『ジュン』

 

 

 

 「もしこのあいだの休みで2人きりになれなかったら・・・・・・ここで“する”つもりだったから

 

 ブランコに座ったまま、帰ろうとする俺を呼び止めて脈略なく観覧車でやられた“キス”のことをいきなり打ち明ける堀宮の姿が、“”とリンクして見えた。それを自覚した瞬間、俺の心拍数が音を立てて上昇し始めた。この感覚が一体何なのか・・・感情の正体は分からないけれど、俺の身体と心はこの感覚をちゃんと覚えていた。

 

 

 

 “『あたしが演じる雅のこと、本気で好きになってよ』”

 

 

 

 「・・・今さらそんなこと言われても・・・俺は知らないです

 

 そして最後に向けられた言葉でぐちゃぐちゃになった感情を1秒でも早くリセットさせたくなった俺は堀宮から逃げるように公園の外に出て、そこから大通りのバス停まで全力でダッシュした。

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・こっわ

 

 公園の外へ逃げるように歩き、そのまま走り去っていく憬をブランコに座ったまま見送った堀宮は、憬の姿が見えなくなるのと同時に自らの感情に動揺した後輩へ向けた独り言を呟いて静かに笑った。




向けられた感情は、あまりに強く_



俳優デビューした鳥谷の記念すべき初台詞が最高に口悪くて笑った
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