「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
学校から一直線に海岸線まで下りていく一本道を、制服を着た主人公の少女は下校する生徒たちを追い抜くように全力で走る。
カンカンカンカン_
海岸線の前を遮るように立つ踏切が鳴り、電車が遮断機の下りた踏切を横切る。それを見た少女は更に力を込めて走る。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
電車が踏切を通過してその先にある駅に向けて減速し始めたのと同時に、少女は線路に沿って駅まで続く歩道に入って、電車が入線した駅のホームを目指してなおも全力で走る。
「ヒロ!」
電車が着いてドアが開くのと同時に改札を抜けて駅のホームについた少女は、そこで電車を待っていた男友達の名前を呼ぶ。
「?」
少女の声が聞こえて男友達は声のする方へと振り向く。呆気にとられる男友達の右手にはシェアウォーター。
「一緒に帰ろ!」
ナレーション:『水がメグル、アナタとシェアする』
「・・・お前、先帰ってたんじゃなかったのかよ」
「も~ひどいな~」
息を切らしながら笑いかけるクラスメイトに、先に帰っていたと勘違いしていた男は少しだけ呆れたように笑いながらシェアウォーターを片手に持ったまま少女のほうへと近づいていく。
『ヒロ!・・・・・・一緒に帰ろ!』
「はいカット!いいね最高の笑顔だよあずさちゃん!」
「・・・いえそんな、恐縮です」
「じゃあこのままラストシーン本番撮っちゃおうか。あずさちゃんもヒロくんも行ける?」
「俺はOK」「はい。お願いします」
2001年_4月12日_午後2時50分_江ノ島高校前駅_
「
4月12日。昨日までの曇天とは打って変わり天気は見事な
「狩生さんのほうこそ、お疲れ様です」
オフィス
「てか“シェアウォーター”のCMってホントに春から撮影してたんだな。季節は“夏”なのに」
「はい。大体シェアウォーターのCMは早ければ3月あたりから撮影を始めるのがセオリーみたいなので(“シェアウォーター”の発音はネイティブじゃないんだ・・・)」
そんな相手役の狩生さんと現場で会うのはこの“シェアウォーター”のCMが初めてだけど、私にとって狩生さんは同じ高校に通う1学年上の先輩で高校生と役者の“二足の草鞋を履く者同士”として何度も会っているから、この人が“LA帰り”の帰国子女なのはとっくに知っている。
「3月?
ただ同時にこの人は芸歴的には私と同じ3年目で“同期”ということになる私にとっては、ちょっとだけややこしい“立ち位置”にいる人でもある。狩生さんはそんなこと1ミリも気にしてなさそうだけど。
「噓みたいな話だけど本当なんだよね~。だいたいCMは1ヶ月以上かけて作っていくのが基本だから」
「・・・Wow」
「あと2人とも、ラストシーン文句なしでOKだったよ」
「ほんとですか、ありがとうございます」
季節設定がオンエアされる時期に合わせた“夏”だということに驚きを隠せないでいる狩生さんに、映像のチェックを終えた監督さんが通りすがるついでに全テイクのOKを私たちに告げる。
「じゃあこの後は駅舎の前に移動してメディア向けのインタビュー撮るからよろしくねあずさちゃん!」
「はい」
「ヒロくんもありがとうね!」
「あざます」
そして最後に撮る情報番組に向けたインタビューの撮影を前にした私と出番を終えて後は帰るだけになった狩生さんの肩をぽんと叩いて、監督さんは次の準備へと取り掛かり始める。
「“人気者”はやること多くて大変だな」
「いえいえ、私なんてまだまだです」
ちなみに私たちがいま着ている衣装は夏用の制服(※流石に休憩中はスタッフ用のジャンパーを羽織ってる)で、もちろんその理由はついさっきまで撮影していたCMのオンエアが始まるのが6月1日からだからだ。これは事務所に入ってすぐの頃にアリサさんから教えられたことだけど、CMの制作は企画や脚本、撮影に編集、更にはタイアップ曲のオファーなどの工程を経るため大体の場合1~2か月は掛かるらしい。だから実際は半袖だとまだ肌寒い季節でも、相手役の狩生さんもエキストラの人たちもみんな夏の格好をして撮影している。
「なぁアズサ、ひょっとしていまの俺たちって何も知らない人から見たらすげぇ“ヘンテコ”に見えてんのかな?」
「“ヘンテコ”、ですか」
「だってフツーに考えて最高気温が摂氏20℃に届かないようなこの時期に夏服着てる集団が駅のホームに“わんさか”いるんだぜ?」
「・・・確かに。何にも事情を知らない人が見たら“何だこれ”ってなるかもしれませんね」
「ま~それ言えば“向こう”には真冬もタンクトップと短パンで過ごすような“イカれたおっさん”が近所にいたけど」
「本当ですか・・・」
「(あ、マジでドン引いてる)」
私にとってはすっかり当たり前になってしまったけれど、狩生さんの言う通り何も知らない人から見れば何だか少し“ヘンテコ”に見えるかもしれない。でもそういう感覚は、色んな現場で“初めて”を重ねていくうちに消えていった。どうやら私は、私の思っている以上に
“・・・少しは追いつけたかな・・・・・・杏子に・・・”
「・・・俺さ、何気にCM撮ってる現場に行くの人生初なんだよね」
ロサンゼルスにいたという“イカれた近所のおじさん”の話で軽く引いてしまった私に、狩生さんはホームの向こうに広がる海を見ながら呟く。
「そうなんですね」
「なんつったっていまの俺は所詮、クラスの
少しだけ癖のあるオレンジがかった明るめの茶髪に、爽やかさとワイルドさが合わさったキリっとした顔立ち、モデル顔負けのスタイルの良さからなるただの二枚目には留まらない独特なオーラを放つ立ち姿・・・もし狩生さんがアリサさんからのスカウトを蹴らないでスターズに入っていたら、間違いなく“ライバル1号”の十夜さんや夏の月9で主演に抜擢された山吹さんと同じくらいの場所には、きっともう立てているはず。
「そんなことないですよ・・・狩生さんは十分に“一軍”です」
「あくまでそれは“学校”に限った話だろ?」
その証拠かどうかは分からないけど、私が通っている学校での狩生さんの人気はすさまじく、校内に非公認の“ファンクラブ”らしきものが存在するほどだ。もちろん当の本人は、そんな現状なんて1ミリたりとも満足していない。
「俺はアズサみたいに、“学校の外”でも認められるような人間になりたいんだよ・・・」
“・・・私は“学校のみんな”に好かれている狩生さんのほうが・・・・・・よっぽど羨ましいですよ・・・”
「・・・スターズに入るという選択肢は、最初からなかったんですか?」
何気ない一言がきっかけで浮かんだ本音を心の奥にしまい込み、私は分かり切った質問を隣に立つ狩生さんにぶつける。
「“NO”だね。だってスターズ入ったら“バイク”乗れねぇし」
言うまでもなく返ってきた答えは、案の定とっくに本人の口から聞いたことのあるものだった。ちなみに所属俳優の怪我を防ぐという理由で、スターズでは原則として“撮影等の止むを得ない場合”を除いて自動二輪車の運転や所有は禁止されている(※なお免許自体は取っても構わない)。
「あずさも適当に時間作って免許ぐらい取ればどうよ?世界変わるぜマジで?」
「いえ、転倒する自信しかないのでお断りします」
「そこに自信もってどうすんだオイ(こーいうところが可愛いんだけどさ)」
ついでに私はバイクなんて恐くて乗れる気がしないので、特に不満はない。
「・・・多分だけど、こんな俺が“アズサやトーヤんとこ”に入ってたらとっくにやる気なんかなくして役者辞めてたよ」
「・・・そうなんですね」
「あ、今のは全部“ジョーク”だから真に受けなくていいぜ」
「今のが全部ジョークだとしたらタチが悪すぎますよ」
なんて“バイク”のことはともかく、アリサさんが“オーディションなし”で直接スカウトしたほどの素質を持っていながら狩生さんがスカウトを蹴った理由はきっとこれだけじゃない。もしもスターズに入っていたら・・・と簡単に“タラレバ”は心の中でいくらでも唱えられるけど、それは本人にしか決められないことで、結末なんて本人でさえも分からない。
「それにさ・・・みんなが揃ってアズサみたいに“有名なとこ”に入ったからといって、“一軍”になれるとも限んないじゃん?」
でもひとつだけ確信していることがあるとするなら、狩生さんは“もっと高いところへ行ける”役者だということ。
「だから俺は俺のやり方で、“
「・・・私も応援しています。同じ役者として」
もちろんこれも・・・勘という名前の“タラレバ”だ。
「つーことで“7月のドラマ”もよろしくな。“
「あ、はい・・・・・・えっ?半井?」
こうして一足早く今日の仕事を終えた狩生さんは、帰り際に私のことを7月から始まるドラマの“役名”で呼んだ。
「それって、どういうことですか?」
今ひとつ言われたことを整理出来なかった私は、さっさと帰ろうとしていた狩生さんを呼び止めた。
「俺、“
「・・・・・・“
「
そして狩生さんの口から明かされたのは、私が“亜美”として出演することになっているドラマ・『ユースフル・デイズ』で物語の“キーパーソン”となる“傑”役に抜擢されたという、驚き以外の何物でもない知らせだった。
同日_霧生学園・1年I組_
「また早退とは人気者は大変だな、夕野っち?」
「別に言うほど人気じゃねぇよ俺は」
「火10のメインに選ばれてる奴のどこが人気じゃねぇんだよオイ」
4時限目が終わり、周りのクラスメイトがこれから昼休みに入るというタイミングで、俺は午後から行われる音楽プレーヤーのCMの撮影(※2パターン)に行くために帰り支度を始めていた。
「帰る前に俺に教えてほしいんだけど、陸上部の王賀美岳っていうイケメンアスリートに喧嘩売ったって話を通りすがりで聞いたんだけどガチ?」
「は?何で俺が」
という事情があってさっさと支度を済ませている俺に、右隣の席にいる新井が早退する俺を揶揄うついでに何だかよく分からないことを聞いてきた。俺が王賀美先輩と喧嘩?どういうことだそれ?
「移動教室のときに違うコースの女子が噂しててさ、“芸能コースの夕野憬って俳優の人が走り幅跳びの練習中に王賀美先輩へ向けてガン飛ばしてたのを柵越しに見た”ってよ」
“『俺を選んでくれた人と、選んでくれたことを受け入れてくれた人たちの期待に、俺は“役者”として応えないといけないんですよ』”
「いや、普通にアドバイス聞いてただけだし・・・ってか進学コースの人もなに人様の練習を覗き見してんだよ」
「要はそれぐらいモテてるらしいって話だぜ。ったくさすがは霧生学園スポーツコース屈指の“
「だから売ってねぇっつの」
確かに言われてみれば、思い当たるような節は確かにあった。けど断じて言うが、王賀美先輩とは喧嘩なんてしていない。
「まぁ王賀美岳って人はこの学校じゃ俺のような生半可な芸能コースの奴とは比べ物にならないくらい女子からの人気が高ぇからな・・・てか芸能コースの立場よ」
「そういや昨日の練習でいきなり1年の女子からラブレター貰ったとか言ってたわあの人」
「はぁ!?・・・・・・俺はちょっと顔が良いアスリートにも負けるのかよ」
「別に“人気”で張り合っても虚しいだけだろ。それに王賀美先輩は何気に1年でインターハイ出てる“超人”だから、そりゃあ一目置かれるわけだわ」
「マジかよ!?・・・・・・あれ?俺って根本的に負けてる?」
「安心しろ。いくら王賀美先輩といえど“芝居”は出来ない・・・これは俺たちだけの“特権”だ」
「・・・だよな~夕野っち。さすがは“心の友”だ」
「どっかで聞いたなその台詞」
そして下手な芸能コースの男子よりも圧倒的に学校の女子からの人気が高い王賀美先輩にあらぬ嫉妬を抱く新井を、俺はクラスメイトとしてどうにかして宥める。もう言うまでもないが、新井は俺が陸上部に入ったことを知っている(※というか寮に入ったその日に入るつもりだとは打ち明けた)。
「ていうかあのグラウンドって外から普通に覗けたの?」
「おう。見学で俺もあのグラウンド行ったけど意外とあそこって場所によっては外から普通にトラックが見えるとこが多いぜ」
「マジか、全然そんなの意識してなかった」
「まーカメラマンにとっては隠し撮りし放題ってとこだな。とーぜん警備員みたいな人がいたからその辺はちゃんとしてるっぽそうだけど」
「どっちにしろほぼプライベートなんてないようなもんじゃねぇかそれ」
その流れで明かされる、霧生学園が誇る無駄にハイスペックな総合グラウンドの落とし穴。言われてみれば何となく周りの景色に解放感を感じたから、きっとそれが正体だったんだろう。肝心の俺は走り幅跳びに集中しすぎて全く気にしてなんかいなかったが。
「やべぇ、あんまりゆっくりしてられないからこれで帰るわ」
「マジか、やっぱ“人気者”は大変だな」
「その“くだり”はもういいっつの」
本当は昼休みが終わるまでこうやって仲の良いクラスメイトと駄弁っていたい気分だが、撮影が迫っている以上は“目の前の仕事”が最優先だから、俺は早々にこのクラスから引き上げる。
「じゃ、撮影頑張れよ夕野っち」
「おう、ありがとう新井」
「今日はちゃんと俺の名前を言えたな」
「・・・うるせー」
ちゃんと“伊藤”と間違えることなく名前を呼んだことを得意げにツッコまれつつ、俺は新井に軽く手を振って教科書を入れたリュックを背負い1年I組の教室を出る。
「あれ?夕野さんもう帰るんだ?」
「うん。午後から仕事あるからね」
「いいなぁ~わたしも仕事で早退とか一度でいいからやってみたい」
「別に早退したくて“早退”してるわけじゃないんだけどね・・・」
教室を出た瞬間、購買で買ったであろうパンを片手に教室へと戻ってきた初音と鉢合わせた。
「・・・蓮もおつかれ」
「おつかれ」
その斜め後ろには、左隣の席にいる蓮もいた。
「今日は憬が仕事か」
「おう、CM2本撮り」
「それはまた忙しそうなことで」
「おかげさまでな。時間もあんまりないから俺はもう行くよ」
普段とあまり変わらないテンションを装って素っ気なく挨拶を交わして、俺は昇降口へと足を進める。
“『おはよ』”
“『おはよ』”
昨日から俺は、蓮の言う通りに学校の中で互いにあまり話さないようにすることを意識している。もちろん挨拶とか最低限の会話はするけれど、何だか随分と素っ気ない感じがするのは否めない。
“『“無茶”はしすぎんなよ』”
そうやって無茶をして強がる親友のことを心配する反面で、その強がりを見て2年前と変わらない親友を“喜ぶ”自分の感情に、昨日は翻弄された。一晩寝たことでだいぶ頭は冷静になって感情も元の落ち着きを取り戻したが、あの“らしくない感情”の対処の仕方は全くもって分からない。もしかしたらこれは自分の心の中が“変わり始めている”予兆なのかもしれない。だが、その心のもう半分が変化を全力で否定している・・・例えるならそんな状態だった。
“『もしこのあいだの休みで2人きりになれなかったら・・・・・・ここで“する”つもりだったから』”
そんな状態で“あんなこと”を言われたものだから、俺の感情は例の“キス”以来のキャパオーバーを起こして、とてもじゃないけどあの場所には留まれなかった。『ロストチャイルド』のときの“フラッシュバック”とも違う、まだ自分の中でも何が何だか分からない“戸惑い”にも似た謎の感情に、俺は堀宮をそっちのけにして公園を出て走り出した。
“『_昨日は無理やり帰るような形になってすみませんでした。_』”
“『_全然気にしてないから大丈夫よん♫_』”
さすがに一晩が明けて自分の振る舞いに“無礼すぎた”と冷静になった俺は、せめて気持ちだけはと堀宮に謝罪のメールを送った。本当は面と向かって直接謝るのが一番だとは思うが、かといってそこまでして謝るほどのことでもないし相手は俺以上に忙しいからという理由で最終的にメールという形で気持ちを伝えたが、どうやら当の本人は全く気にしていなかったらしく、絵文字付きのメールが帰ってきた瞬間に一安心した。
“・・・自分を見失うのは・・・“自分”に自信がないからだ・・・”
そうして昨日から今日を振り返ってたったいま辿り着いた結論が、ざっとこんなところだ。結局は蓮や堀宮を相手に自分の感情に振り回されていたのは、それだけ自分に自信がないことの裏返しだ。俺の中では自信を持っていたつもりでも、意識していないところだとまだまだボロが出ていたみたいだ。そういう“隙”を失くしていかないと、俺はメインキャストを名乗れる資格はない。
“『覚悟しとけよ。憬』”
いい加減、俺も覚悟を決めなければ・・・・・・
「憬!」
他のコースの昇降口とは別の場所にある“芸能コース専用”の昇降口に着いて、自分の名前が書かれているロッカーから愛用のスニーカーを取り出して“下履き”に履き替えたところで、さっきまで初音と一緒に教室へ戻っていたはずの親友の声が聞こえてきた。
「帰る前に・・・・・・どうしても憬に言っておきたいことがある」
俺の名前を呼ぶ無駄に良く通る声が聞こえて振り返ってみると、教室からここまで全力で走って俺を追いかけてきたであろう蓮が少しだけ乱れた息を整えながら振り返った俺の目を真っ直ぐに見ていた。
「・・・蓮」
その表情には、昨日のような強がりの裏にある“弱さ”は全く感じられなかった。俺のことを真っ直ぐと見据える目が合った瞬間に、蓮が本当の意味で“覚悟”をしてきたことを理解した。
「・・・私が昨日言ってたやつ・・・・・・やっぱ“ナシ”で」
「・・・・・・」
こうしてどんなことを言ってくるのかと“身構えて”いたら、予想の斜め上を行くような
「・・・・・・いや、何か言えよ」
フリーズして何秒かして、蓮から案の定ツッコまれる。いま目の前にいるのは、紛れもなく“クラスの人気者”だったときから何も変わっていない、“ただの親友”。
「・・・・・・ははっ・・・ぁはははっ」
そんな親友が少しだけ悔しそうに“自分の間違い”に気付いたその表情が本当に微笑ましくて、つい俺は堪えきれずに笑ってしまった。
「ちょ、何がそんなに可笑しいんだよこっちは真剣に話そうとしてるのに?」
「あぁ悪い悪い・・・・・・なんか・・・無理して強がらないで自然体でいる蓮を見てると、“安心”しちゃってさ・・・」
「“安心”って・・・何それ気持ち悪っ」
「俺も思ったけど言うならもうちょいオブラートに言ってくれよ地味に傷つくから」
案の定、急に笑い出した俺は蓮からガチめに引かれた。もちろんこうなるのは当然で蓮が俺に対して容赦ないのも受け入れているけど、いざここまでどストレートに言われるとほんの少しだけダメージを食らうのが本音だ。
「急に笑い出すような人を見て“気持ち悪い”って思うのは自然でしょ?」
「まぁ・・・はい」
けれども、やっぱりあんな“らしくない”強がりで虚勢を張ってる背中よりも、こうやって何も飾らないありのままの感情で正直に俺のことを見つめる表情を見ているほうが俺は親友として好きだから、何だかんだで微笑ましさが勝ってしまうから、俺は蓮のことを憎めないで大目に見てしまう。
「それで?“学校ではあんまり話さない”ってルールを破ってまで俺に伝えたいことは?」
「別にルールは破ってないよ。だってこれは“事務連絡”だから」
「“事務連絡”・・・(もうちょい良い例え方あったろ・・・俺も咄嗟じゃ思いつかないけど)」
とは言っても、やっぱり偶に強がって突っかかって来るようなところも、親友として嫌いじゃなかったりする。
「今さっき私が言った通り、“学校で話さない”ってやつはナシ・・・・・・昨日から色々考えたけど、冷静になって考えたら特別仲が良いわけじゃないならわざわざ意識して避けるようなことしたって意味ないな・・・って思ったからさ」
“・・・そっか・・・・・・俺は蓮が・・・”
「・・・だから言ったろ。“必要か?”って」
親友を前に強がることを止めた蓮の表情を視て、突如として頭と心の中にひとつの “感情”が浮かんだが、それを奥にしまい込んで俺はいつもの調子で蓮に言い返す。
「・・・はぁぁ・・・よりによって憬に“分からさせる”のは“マジのマジのマジ”ぐらい悔しい」
「“だろうな”ってのが俺には“マジのマジのマジ”で伝わってくるわ・・・(何となくノったけど“マジのマジ”って流行ってんのか?)」
いつも通りに言葉を返した俺に、蓮もまたいつもの調子であからさまに正直な気持ちをわざとらしい溜息に乗せて態度にしてぶつける。
「でもありがとう・・・憬のおかげで色々と“気付けた”」
「・・・そっか」
そんな何気ない会話をして、俺はようやく昨日の蓮の背中を見て芽生えた“らしくない自分”の正体を自覚して、それを受け入れられる覚悟ができた。
「だから覚悟しなよ・・・・・・弱点に気付けたいまの私は、君の想像してる10倍は強くなってるから・・・」
「・・・お前のことを見くびったことは一度もねぇよ・・・・・・転校してきたときからずっとな」
でも、その“覚悟の全て”を蓮に打ち明けるのは・・・・・・“今”じゃない。
「行ってこい。憬」
「・・・おう」
腕を組んでまるで仁王立ちのような姿勢で何度目かの“タイマン”を売ってきた親友に見送られながら、俺は昇降口を出て“次の場所”へと向かった。
「やっぱいいよね“親友”って」
憬が昇降口を出て、声が届かないくらいの距離になったところで右のほうからよく知っている明るい“声”が聞こえて私は振り向く。
「・・・いつからいたんですか?」
視線の先には、昨日の屋上と同じように“トライアングル”の袋を片手にキラキラと私に笑いかける堀宮さん。
「さとるの笑い声が聞こえてきたあたりかな?」
「うっわそれ一番恥ずかしいタイミングじゃないですか」
「何気に2人とも結構声が通るタイプだから筒抜けだったよ」
「マジか」
「もちろん“マジのマジ”をあたしに許可なく“無断”で使ったところもね」
「あれって“許可制”なんですね?」
「嘘、たったいま思いついた」
「でしょうね」
それにしても
「はいこれ。あたしに勝った記念品」
会話をしながら感傷に浸り始めていた私に、堀宮さんは私が勝負に勝ったときの約束として“奢る”ことになっていたトライアングルを差し出す。
「はい。ありがたくいただきます」
そのトライアングルを、私は堀宮さんの目を見て感謝を告げて今度は堂々と受け取る。ギリギリ試合に勝って、勝負で惨敗したからこの人に“勝った”気は全くと言っていいほどしないけど、ボロボロに負けて泣いたからこそ得られたものも確かにあった・・・その成果が、“これ”だ。
「今さらだけどほんとにこれでよかったの?」
「最初から言ってるじゃないですか。“これがいい”って」
「あははっ、そういえば“奪い返したい”って言ってたもんね蓮ちゃん」
たかが150円で買えるこの学校の購買で売られているパン。でもそのパンを奪い返せたから憬とも“親友”でいられた。例えこれが全部掌の上だったとしても、その中でのせめてもの最善を私は尽くせた。
「当然です・・・取られたものは取り返して、追い抜かれたら追い返すのが私なんで」
その繰り返しが・・・私が“超えるべき壁”を超えていく糧になることを信じて・・・・・・
「じゃ、あたしは教室に戻ってこれから帰り支度するから今日はこの辺で」
「堀宮さんも早退ですか?」
「うん。なんてったって“メインキャスト”は忙しいからね~。てことでまた現場でね、蓮ちゃん」
私にトライアングルを渡すと、堀宮さんはスキップするかのような軽やかな足取りで2年I組の教室へ引き返していく。
「・・・・・・最後に“勝つ”のは私ですよ・・・堀宮さん」
さり気なく遠回しな皮肉を込めながら捨て台詞と共に颯爽と立ち去る“メインキャスト”の背中に、私は自分の中に渦巻く精一杯の感情をストレートにぶつける。
「・・・へぇ~、言ってくれるじゃん」
軽やかに一歩を踏む足どりが止まり、可愛さと美しさを兼ね備えた“清純派の微笑み”を浮かべながら、堀宮さんは振り向きざまに私の目を凝視するように見つめる。
「どうしても“勝ちたい”んならあまり先輩を刺激しないほうが身のためだよ・・・・・・“ピュアガール”」
「・・・・・・」
そして笑みを浮かべたまま数秒前までの明るい声からは想像できないほど冷めたトーンと“狂気”すら覚えるほどの強い視線で一瞥して、今度こそ教室へと戻って行く。
“『そんなんじゃ蓮ちゃんは一生勝てないよ』”
学校の屋上で選択肢を間違えた私に“失望”したときとは比べ物にならないほどの、相手を“敵”とみなした情け容赦のない感情。“良心”の部分で慰められたおかげで忘れかけていたけれど、堀宮さんは悪い意味でも“厭わない人”だというのを小さくなっていく背中を見送って改めて私は察する。
“・・・“ピュアガール”・・・”
口調こそ普段とあまり変わらなかったけど、堀宮さんが言い放った最後の言葉が間違いなく私に対する“侮辱”を意味しているというのはすぐに分かった。これが女優・堀宮杏子の、“もう一つの正体”・・・
“『いまの言葉がただの“強がり”で終わらないことを祈ってるよ。“ライバル”さん?』”
「・・・・・・“ピュアガール”ナメんな」
死角へと消えていった堀宮さんへ“侮辱”に対する言葉をぶつけて、私は1年I組の教室がある“逆方向”へと歩き出した。
2001年_5月19日_
「本日より一色十夜さん、夕野憬さん、永瀬あずささん、堀宮杏子さん。クランクインです。よろしくお願いします」
そして、2001年5月19日。4人のメインキャストと助演、それを取り巻く大勢の端役と見守る大人達のあらゆる思いが交錯する中で、“4か月限定”の“青い春”は始まった。
ついに始まる、もう一つの学園生活_
はい。というわけでユースフルデイズ編もといchapter4はようやく序盤が終わり、いよいよ撮影へと入っていきます。最後のほうはかなりダイジェストっぽくなってしまいましたが、“前フリ”がこれ以上長くなってしまうと流石に書いてる側もキツくなってくるのでやや強引ですが序盤戦はここで〆とさせていただきます・・・・・・相変わらず話を纏めるのがド下手ですみませんとくん。
そしてもう一つ、急遽とはなりますが今回からchapter4を“chapter4-1”として改めさせて頂きます。理由としてはこのままだと今やってる長編がかなりのボリュームになっていくため、だったら何分割かにしてキリ良く分けて行くほうが読者としては読みやすいし書き手としても進めやすいという作者なりに効率を考えた末の結論です。
というわけでchapter4改めchapter4-1は実質この回でラストとして、物語はここから“繋ぎ”として一旦2018年に戻ったあと、いよいよメインキャストたちが撮影へと入って行く“chapter4-2”へ進んでいきます。
明日という日が、今より明るい日になりますように。ではまた。
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【人物紹介】
・狩生ヒロ(かりうひろ)
職業:俳優
生年月日:1984年1月5日生まれ
血液型:AB型
身長:181cm(初登場時;175cm)
本名:狩生尋(※読みは同じ)