或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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2023年もあと半月・・・バカな・・・早すぎる・・・

※12/17追記、今後の展開を考慮し、一部内容を変更しました。


chapter 4-2.恋
scene.90 背中


 2001年_5月14日_芸能事務所スターズ・社長室_

 

 「“自由”になりたいとはどういう意味で言っているの?十夜?」

 「そのまんまの意味だよ。これからはオレの“自由”にさせて欲しい・・・ってこと」

 

 『ユースフル・デイズ』のクランクインを今週末に、そして初顔合わせを翌日に控えた5月14日の午後5時30分。午前中から昼にかけて青山のスタジオで行われたテレビ雑誌用のインタビューと撮影を終え、午後は学校で6限目の授業を受けた後にマネージャーの車でスターズに戻った十夜は、その足ですぐさま社長のアリサがいる社長室へと“ある話”をするために向かっていた。

 

 「・・・十夜」

 「もちろんあくまでこの事務所を辞めるつもりは全くないからそこは安心していいよ。だって早乙女さんの抜けた穴が完全に埋まってバブルに乗りまくってるこのタイミングで辞めたりなんて真似したらアリサさんどころか“あの人たち”にも迷惑がかかるだろうし」

 「・・・まさかご両親の存在(こと)をタブー同然で視ているあなたの口から気遣う言葉が出てくるとはね」

 「ま、オレはピーターパンとは違って身体が大人になれば心もちゃんと大人になるからな」

 

 応接間のテーブルを挟んでソファーに座るアリサからの鋭い視線に、6限目の授業を受けに行った関係で霧生の制服を着る十夜は1ミリも動揺も緊張もすることなく反対側のソファーで姿勢を崩した体勢のまま飄々とした態度で対峙する。

 

 「それよりも、人の機嫌を損なわせる前に本当に言いたいことは言っておくほうが身のためよ?

 

 そんな“スターズの王子様”の異名を持つ看板俳優の無礼で生意気とも取れる態度に、アリサもまた己の感情を心の内側にしまい込んで冷静に対峙しながら静かに諭す。

 

 「・・・言われなくとも

 

 自分の眼を凝視するかの如く捉えるエメラルドグリーンの瞳に映る感情が少しだけ鋭くなったのを感じ取った十夜は、アリサの眼が本気になったのを合図で感じ取り心の中にあるスイッチを切り替え、姿勢を前のめりにしながらアリサの眼を見つめ返す。

 

 「要するにアンタに言いたい“自由(こと)”っていうのは、スターズには残るけどこっから先はオレが心から演りたいと思える作品をオレの“思う存分”で演らせてほしいってことさ・・・

 

 飄々とした態度から一変していつになく真剣な表情を浮かべ独特な言い回しで“自由”の意図を伝える十夜に、アリサは十夜のその言葉と意思が質の悪い脅しではなく“本気”だということを察する。

 

 「・・・もし私が駄目だと言ったらどうするつもり?」

 「ダメかぁ・・・ん~、どうしよマジで・・・だってアリサさんに駄目って言われたらオレはこのまま“ただの王子様”として悪戯に消費されていくだけだしなー・・・」

 

 目の前に座るアリサに“本気”だということがはっきりと伝わったと対峙する微妙な感情の変化に気付いた十夜は、再び飄々とした態度でわざとらしく考え込む仕草して、何かを思いついたかのような笑みを浮かべる。無論ここまでの展開は、十夜にとっては“想定通り”のことだった。

 

 「だったら逆に聞きたいんだけど・・・・・・もしオレが前言撤回してスターズを辞めるって“馬鹿”なことを言い出したら、アンタはどんな手を使ってでもオレを引き留める?

 

 そして意味深に笑みを浮かべた十夜は、アリサへ自分の今後を左右する問いかけをぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 4時間前_

 

 「うっわ敦士じゃん」

 「“うわ”じゃねぇっつーかそれはこっちの台詞だわ」

 

 午後1時半。青山にある撮影スタジオで行った“テレビジョン7月号”のインタビューと撮影を終え、藤井の車でスターズから歩いて1分ほどの真新しいビルの中に2か月前にできた“会員制”のトレーニングジムに登校前の“暇つぶし”で行くと、同じ芸能事務所なのにも関わらず“共演NG”の1コ上の先輩がちょうどトレーニングを終えたのか個室から出てきたことろに出くわした。

 

 「それよりこんなとこにいて大丈夫かお前?一応学校あんだろ今日?」

 「へぇ~、敦士でもオレのことちゃんと心配してくれるんだ?」

 「ちげぇよ。お前が遅刻したら学校に迷惑がかかんだろっつー意味だ」

 

 ロッカーで制服から自前のトレーニングウェアに着替えてきた俺を、ジャージ姿の敦士は露骨に“嫌っている”雰囲気を出しつつもぶっきらぼうに心配する。

 

 「心配せずとも大丈夫だよ。時間潰すのは30分だけだから」

 「だからお前の心配なんかしてねぇつんだよ。つか時間潰すだけならもっと他に場所あんだろ?」

 「何となく身体を動かしておきたい気分なんだよ今日は」

 「そんなの俺に聞かれても知らねぇよ」

 「で?そーいう敦士は何でここにいんの?もしかして暇人?」

 「は?暇なわけねぇだろこっちはこの後蒲田で撮影だ」

 

 山吹敦士。結果的に俺と入れ替わるような形で星アリサの元から離れた早乙女さんと同じく事務所の創立時から所属しているスターズのイケメン俳優で、正統派というよりはミクスチャーバンドのフロントマンにいそうな強面な顔立ちと独特な存在感を武器に不良や影のある役柄を多く演じていることからついた異名は、“スターズの異端児”。

 

 「あーなるほど、昨日からクランクインしたって噂の月9ね。いいね、頑張ってんじゃん」

 「お前に労われたところで1ミリも嬉しくねぇんだよ」

 

 もちろんその実力はアリサからヘッドハンティングされただけあって折り紙付きで、7月から放送される月9で主演を射止めたりするくらいには業界でも高く評価されている。

 

 「も~なんで“あっくん”はオレにだけそんなに冷たいの~?」

 「その名前で俺を呼ぶなや・・・っつか何だよその気持ち悪い言い方?」

 「“マキリン”の真似」

 「1ミリも似てねぇ上にあいつは俺のことをそんな名前で呼んだりしねぇの知ってんだろ殺すぞ

 「おぉこわっ

 

 ただ俺にとって敦士は事務所の先輩というよりは、日本とニューヨークを行き来するような生活をしていたときから良くも悪くもつかず離れずを繰り返しながら続く1コ上の腐れ縁の仲だ。ついでに言っておくと俺は別に敦士のことは全く嫌ってなんかいなくて、異端児と呼ばれている世間のイメージ通りの口の悪さに反して根はめちゃくちゃ真面目で、少しでも暇があればこうしてストイックに鍛錬に励む絵に描いた努力家な姿勢は、“努力”するのが苦手な俺からしてみれば“ちょっと”だけ羨ましく思えるし、本人に言うつもりはこれっぽっちもないけれどそういうところは同じ役者として尊敬もしている。

 

 「言っとっけどここでお前と長話する暇はねぇから俺はもう出るわ」

 「何だよせっかく“幼馴染”のオレが来たってのにつれないなぁ」

 「お前が“幼馴染”とか反吐が出るわ

 

 一方で敦士は、俺のことを“共演NG”にする程度には割と本気で嫌っている。その理由は何か俺が悪いことや嫌がらせみたいなことをしたというわけじゃなくて、ただただ初対面のときから絶望的に“馬が合わない”だけのこと。それでも俺たちの腐れ縁が続いているのは、共通して意識しているひとりの“女優(やくしゃ)”のせいだ。

 

 

 

 

 “『オレも尊敬してるよ。星アリサ』”

 “『・・・意外だな。他人にまるで興味のねぇお前に尊敬できる人がいたなんて』”

 

 

 

 それぞれ“尊敬”に込められた意味は違えど、俺と敦士は星アリサという“女優”を子供のときから知っていて、国民的女優とまで呼ばれた星アリサに導かれる形で芸能界(この世界)に入った。もし仲が良いとは言えない中途半端な腐れ縁をしぶとく繋ぎ止めている“何か”があるとするならば、きっとそういうことだと思う。

 

 「あっそ。じゃあオレも人様に“殺すぞ”とか言うやつと幼馴染になった覚えはないから今日からただの顔見知りな山吹くん?

 「ああ是非ともそうしてくれ俺は大歓迎だ

 

 

 

 ま、本当にそうだとしても俺の人生にとって敦士は1パーセント程度の影響しか及ぼしてないただの“無害”な腐れ縁(ともだち)だから、どうでもいいことだけど・・・

 

 

 

 「つーわけで応援する気は1ミリもねぇけど、7月のドラマはせいぜい周りの足引っ張らねぇようにしろよ

 

 俺に向かっていつもの憎まれ口を叩いた敦士は、去り際に当てつけのように“あのドラマ”の初顔合わせと本読みを明日に控える俺に労いの言葉をかけながらシャワールームへと歩いていく。恐らく俺と顔を合わせることも嫌な敦士のことだから、このままシャワーを浴びたらロッカーに直行して撮影をするという蒲田か、あるいは適当にカラオケルームでも借りて台本(ホン)の読み込みにでも行くのだろう。

 

 「敦士・・・・・・ありがとう

 

 けれどもそれだけ嫌っているはずの相手にも何だかんだで優しさを捨てきれない不器用なその背中に、俺は“幼馴染”として声をかける。

 

 「勘違いするな。これはお前のための言葉じゃねぇ」

 「“スターズのみんな”ってことぐらいは分かるよ。お前は不器用だけどめちゃくちゃ優しいやつだってのは知ってるからな」

 「・・・ったく、マジでお前のそういうところだけは今すぐにでも顔面ぶん殴ってやりてぇぐらい気に食わねぇわ」

 

 もちろん俺は、例え本人が反吐が出るほど嫌っているとしても、敦士のこういうどこまでも不器用なところは小さいときから“友達”として好きだ。

 

 「主演(メイン)を演る以上、スターズの看板に泥を塗るような真似だけはすんじゃねぇぞ

 「・・・“ウィームッシュ”

 

 激励に答えた俺に“『レストランの厨房じゃねぇんだよボケ』”とでも言いたげな鋭い視線で一瞥すると、敦士はそのままトレーニングルームを出て行く。

 

 「・・・敦士(おまえ)は気楽でいいよな・・・・・・“追うべき背中”が手の届くところにあって・・・

 

 そんな小さいときから良くも悪くも何も変わらない“あっくん”の背中が通路の死角に消えるのと同時に、歩き去って行った方向を見たまま独り言をわざと口からこぼし、余計な感情を身体から吐き出す。

 

 

 

 “・・・なら俺にとっての“背中”は、誰になる?・・・

 

 

 

 “『芸能界は嫌いじゃなかったのかよ?一色?』”

 

 

 

 己の中にある“目指すべき場所”というものが、ハッキリとした形として目の前にある。目の前にある誰かの背中に、人は必死になってついていく。誰が言ったか、それを“憧れ”、もしくは“尊敬”と呼ぶ。例えば芽が出ずに燻っていた自分に“憧れの人”が手を差し伸べてくれた恩を返すために世界の“歯車”となって我武者羅に己を高める努力を続けていくように、自分の目の前にそういう存在がいるということは、それだけ憧れに近づいたときに自分の成長というものを自覚しやすい。

 

 

 

 “『あぁ・・・大嫌いだ』”

 

 

 

 2年前。俺は敦士と同じスターズに入り芸能界へと足を踏み入れた。でも純粋に星アリサに憧れていた敦士とは違って、俺にとっては表舞台を降りてしまった今のアリサに憧れはない。かと言ってこのまま普通に一般人として無難に生きようとしても、“一色家の人間”として一括りにしようとする一部の大人達がそれを許さなかった。だから俺は単なる“二世(サラブレッド)”として終わらないために、あの人たちから長い年月をかけて背中へと強力に植え付けられた“見えない十字架”を破壊する選択をした。もちろん、よりによって一番やりたくなかったその選択をしたことを後悔したこともあった。

 

 

 

 “『嫌いだよ。俺にとって苺は“劇物”を口に入れるに等しいから』”

 

 

 

 だけどその選択が正しかったことがはっきりと分かるまで、そう時間はかからなかった。“一夜(兄さん)の生まれ変わり”という言葉に苦しめられ、それでも憧れ尊敬もしていた“2人の役者”はもう表舞台にはいない。“追うべき背中”なんてどこにもいない。かと言って追ってくる者は大人達の都合で脇に追いやられていく。こうなることは最初から分かっていたはずなのに俳優(やくしゃ)として足を踏み入れた愚かな俺に、(あいつ)は“生きる意味”を与えてくれた。俺の選択が決して愚かなものじゃなかったことを、“糸のない芝居”で証明してくれた・・・その“生き様”が、勝利もなければ敗北もない現実に晒されてすっかり冷え切っていた心に一気に“”をつけた。

 

 

 

 俺もああいう人間になりたいと・・・・・・本気で想った。

 

 

 

 “・・・俺にとっての“背中”は憬なのか?

 

 脳内時間の換算でだいたい1分ほどその場で立ち尽くして自問自答をして、俺はひとつの答えに辿り着く。

 

 「・・・いや、“それ”だけは違うだろ」

 

 1分の自問自答で辿り着いた答えを自分ですぐさま否定して、ほんの数コンマとはいえ“憧れそうになった”弱い自分を振り切るように俺は個室のトレーニングルームに入り軽くストレッチをしてランニングマシンのスイッチを押して6限目に間に合うギリギリのタイミングになるまでひたすら走った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 同日_午後3時30分_霧生学園_

 

 キーンコーンカーンコーン_

 

 「はい。では今日鑑賞したホルストの『火星』の感想をまとめて提出してくださいねー」

 

 「伊織ー、まだー?」

 「もうちょい待ってすぐ終わるから!」

 

 午後3時30分。チャイムを合図に6限目の選択科目(音楽)の授業が終わり、私はA4用紙の鑑賞文に書いた『火星』の感想を先生に提出して教科書を片手にまとめ、まだ感想文を書いている伊織を待つ。

 

 「ごめんお待たせ!」

 

 チャイムがなってから約30秒後、何とか感想文を書き終えた伊織と一緒に周りのみんなより少し遅れる形で一緒に音楽室を出る。

 

 「ねぇタマ?」

 「ん?」

 「唐突に聞くけどさ・・・わたしたちって本当に芸能コースなのかな?って思ったりしない?」

 「・・・いや、何で?」

 

 音楽室から1年I組の教室へ戻る途中で、隣を歩く伊織がふと私にこんなことを聞いてきた。

 

 「だってわたしたちって芸能コースって言ってもさ、他のコースの人たちと同じように授業をこうやって普通に受けたり購買とかでお昼買ったりとかしてるわけじゃん。もちろん仕事が入って学校行けないってこともあるけど・・・なんか“ここ”にいると受けてる授業が普通過ぎて自分が声優だって思わなくなったりするんだよね。まぁI組で声優やってるのはわたしだけなんだけど」

 「・・・あー、言われてみれば芸能コースって割には“特別”って感じはしないからね」

 「でしょ?芸能コースだからってお芝居の稽古が授業で組まれるとかもないしさ」

 

 今までほとんど意識したことなかったけれど、言われてみると伊織の言い分も理解ができる。芸能活動との両立または優先を前提にした特殊なカリキュラムを組まれている芸能コースといえど、今日みたいにスケジュールがオフの日は他のコースの生徒と同じく6限もしくは7限の授業を普通に受けて、課題も提出する。

 

 「もしかして伊織ってもっとレッスンとか芝居に集中できる時間が欲しいって感じ?」

 「ううん。レッスンは週4で通ってる稽古と不定期でやってるワークショップでこと足りてるし、どんなに演じることが好きでもずっと演り続けるのは疲れるからこの“ザ・普通科”って感じはむしろ好きだよ。感情も一旦リセットできるし」

 

 もちろん芸能コース故の制約も色々あるけれど、一日の流れは3月まで通っていた中学校と何ら変わらないからあんまり“芸能コースにいる”っていう実感は感じないっちゃ感じない。

 

 「だから逆に言えばあんまり特別な感じがしない普通の学校って感じがわたしたちにとってはかえって良いんだと思う」

 「・・・伊織ってさ、急に真面目なこと言い出すよね?」

 「“急に”とは失礼な」

 「ハイスイマセン」

 

 いつもみたいなちょっとした愚痴だと思って適当に聞いていた伊織の話が結構真面目なやつだったことはさておき、この学校の芸能コースの一日というものは普通の高校と何ら変わらない至って普通なものだ。

 

 「で話を戻すけど、タマの場合は尚更そうじゃない?」

 「どうして?」

 「多分、3年に上がるころには超がつくぐらい有名な女優になってると思うから」

 

 だけど伊織の言う通りってわけじゃないけれど、こんな感じの普通の一日が“戻る場所”となってちゃんと残っているってことは、それがカメラの前だろうと客席の前だろうとマイクの前だろうと他人になりきる生活をしている私たちにとっては重要なことだ。

 

 「いやいやさすがにそれは“まだ”でしょ?」

 

 特に週末からクランクインが始まる“あのドラマ”のように、大きな仕事が控えている“”みたいなときは、尚更。

 

 「分かんないよ?見てくれる人はちゃんと見てるし、脇役でも端役でも“光る演技(もの)”を魅せることができたらたった一日で世界が変わることだってあるのが役者の世界だからね」

 「・・・“光るもの”かぁ・・・それがあれば苦労しないんだけどね」

 

 いつもはどこか抜けてる伊織がたまに見せる役者としての頼もしさに、まだまだ“発展途上”な私は弱音まではいかない半ば自虐的な本心を吐き出す。

 

 「少なくともタマは“光るもの”をちゃんと持ってるよ・・・芽が出るのは明日じゃないかもしれないけど、タマならきっとそう遠くないうちに絶対に咲かせることができるって、わたしが保証してあげる

 

 その自虐に、伊織は励ますための演技なんかじゃないのが一瞬で分かるくらいの純粋な笑みと真剣な眼つきで大袈裟なくらいのエールを私に送る。

 

 「じゃあ、卒業までに開花できなかったら責任取れる?」

 「それは無理。そこはあくまで自分の頑張り次第だから努力はしなさい」

 「たははっ、冗談だよ冗談」

 

 ただ大袈裟なエールはあくまで“私が頑張らないと意味がない”ということが大前提ところは、何だかんだでちゃんとすべきところはちゃんとする伊織らしさがあるけれど、ライバルだとか関係なく純粋に応援してくれる友達がいるというのは、一番の親友が撮影現場の“(ライバル)”になったいまの私にとっては大きいことだ。

 

 「大丈夫。どっかのメインキャストさんにはまだまだ私の後ろで走っててもらうから・・・

 

 

 

 ドラマ『ユースフル・デイズ』のメインキャストが発表されてから1ヶ月と少しが経ち、このドラマのクラインクインも今週末に迫った。メインキャストに抜擢されたことで学校中から注目されていた憬も、一旦ドラマの話題が少し落ち着いたことに比例するように今じゃ私と何ら変わらない感じでオフの日には授業を受けて、放課後は役作りの一環で陸上部の練習に参加したりして撮影に向けて演じる役に身と心を近づけている。当然それは私も同じことで、“台本(ホン)”がまだない中で自分のやれることを時間のある限り精一杯にやってきた。

 

 数日前、屋上にて_

 

 “『あのさ、台本がいつ届くかって蓮は聞いてる?』”

 “『憬が聞いてないってことは、まだ誰も分かってないってことだよ』”

 “『マジで?大丈夫かそれ?』”

 “『いや私に聞かれても困るし、逆に聞きたいくらいだよ』”

 

 だけど問題点は、先週の時点で肝心の台本がまだない状態だったということ。何日か前に仕事の話をするときの“密会場所”と化している屋上で昼休みに憬からもそれを聞かれた。私みたいにそんなに出番は多くないであろう助演とは違って、“メイン”は出番が多い分だけ台詞も増えるから負担も半端じゃない。

 

 “『静流が言ってたけど、締め切りがギリギリになるまで台本が仕上がらない脚本家はそう珍しいことじゃないらしいよ。もちろん演者としては早く仕上げてくれるに越したことはないけど、早く書ける脚本家(ひと)が優れてるとも限らないことだから、ってさ』”

 

 もちろん2歳から芸能界で生きている静流を通じて色んなことを教わってきた私は締め切り間近になるまで台本が上がらない脚本家がいることは理解しているから、15日に迫る顔合わせに間に合わない可能性すらも、一応覚悟はしていた。

 

 “『まさか“メインキャスト”ともあろうお方が、これぐらいのことでビビッてなんかいないよね?』”

 “『ビビるわけねぇだろ・・・どんな状況だろうと演るべきことを最大限に演るのが役者だってのは、俺でもわかる』”

 

 それは憬もまた同じことだったが、昨日になってようやくマネージャーの中村さんから“『15日の顔合わせに向けて読んでおくように』”と1話の台本が手渡された。最悪のパターンになる覚悟はしていたけれど、ひとまず顔合わせに間に合ったことで私は一安心した。

 

 

 

 「・・今日はいつになく燃えてるね?」

 「えっ?そう?」

 

 友達からの真っ直ぐなエールについその気になって隠しておかないといけない感情が湧き出てしまった私に、伊織は“無自覚”な核心を突いてきた。この際に言っておくと、メインキャストの4人以外のキャストは『ユースフル・デイズ』の放送直前に情報公開される関係で、共演者以外には一切情報を明かしてはいけない決まりになっている。だから当然、このドラマと何の関係もない伊織は『ユースフル・デイズ』に私が凪子役で出演する話は全く知らない。いや、知られてはいけないのだ。

 

 

 

 “『分かってると思うけど、ドラマのことは絶対バレないように気を付けろよ』”

 “『憬こそ気を付けたほうがいいんじゃない?嘘つくの超下手だし』”

 “『・・・お前こそ初音さんにうっかり口滑らしそうで心配なんだけど』”

 

 

 

 ちなみに憬と屋上で話しているのも、要するに“そういうこと”。だけどいざ普段から話している友達にもオンエアまで隠し通すというのが、これまた難しい。というか、既に弓道部のみんなを巻き込んで堀宮さんと二手勝負とかしちゃっていたりと、これまでまあまあバレるかどうか危ないラインのことを何回かやっては来ているけど。

 

 「そりゃあ、“ライバル”には負けたくないからさ」

 「・・・ふ~ん」

 

 そんなこんなで今日も今日とて、ついつい伊織を前に余計な感情が出かけてしまってそれっぽい本音で誤魔化す。まぁ、それだけ普段はリラックス出来ているって考えれば悪いことじゃないんだろうけど、やっぱり心を許している友達相手に隠し事をするのは、何だか私の性に合ってない。

 

 「ふ~んって、何?」

 「別に?ただ相変わらずタマはどこまでも負けず嫌いだな~って」

 「・・・まあ、私は“役者”だから」

 

 

 

 憬ほどじゃないかもしれないけれど、私も自分に嘘を吐くのは嫌いだから。

 

 

 

 「えっ?嘘?

 「あれって本物だよね?

 「ていうか何でこの学校にいるの?もしかして撮影?

 「いや、噂だとここの生徒らしいよ?

 「マジで!?でもなんで1年の教室に?

 

 「ねぇタマ?わたしたちってこんなに注目されるような有名人だったっけ?」

 

 いつものように伊織と話ながら渡り廊下を歩いて1年I組の教室が目と鼻の先にまで近づいてふと前に意識を向けると、ちょうど廊下にいた何人かのクラスメイトが私たちのほうを向いてざわつき始めたのをきっかけに、それがクラスの中にも伝染(うつ)っていって教室の周りの空気が一気に独特な緊張感に包まれ始めていく。見慣れない光景に、伊織は困惑を隠せないでいる。

 

 「いや・・・違うと思う

 

 この異様なまでの注目が明らかに自分たちへ向けられた視線じゃないことをすぐに理解した私は、背後からただならぬ気配を感じて後ろを振り返る。

 

 「・・・・・・すごい、実物、初めて見た

 

 振り返った瞬間、あまりのオーラに隣にいる伊織は一周回って無の境地になって私の斜め後ろで固まるように呆然と立ち尽くす。

 

 “伊織じゃないけれど・・・いざ正面に立たれると釘付けにされそうになる“何か”がある・・・

 

 同じ学校の制服を着ている同じ学校の生徒のはずなのに、まるで“この人”の周りだけは常に映像作品の世界みたいに華やかで、ただそこに立っているだけであまりにも綺麗で私は思わず目を離せなくなる。この感覚を分かりやすく例えるなら、“メデューサに石にされる”・・・みたいな感じだ。

 

 “・・・やっぱり・・・ただ顔が整っただけのイケメンってだけじゃなくて、オーラが尋常じゃない・・・

 

 ちなみに私はこの人の実物を月9の現場で一度だけ見たことがある。でもそのときは遠巻きでしか見ていなかったからあまり実感はなかった。だからこうやってこの人と真正面で対面するのは初めてだけど、“絶世の美少年”と呼ばれるそのルックスは1コンマでも視界に入ると目を離せなくなる“魔力”みたいなものを持っている。

 

 “・・・この人が・・・一色十夜・・・

 

 “歩く社会現象”と呼ばれるほどのカリスマ性で私たちの世代の中だと静流と肩を並べるかそれ以上の影響力を持つ“スターズの王子様”、一色十夜。ドラマ『ユースフル・デイズ』ではメインキャストの1人で原作でも一番人気のキャラクター・神波新太を演じる共演者・・・・・・すなわち、本番で私はこの人とも比較されることになる。ついでに言っておくと、静流とは従兄妹の関係でもある。

 

 「君たちのクラスって、1年I組だよね?

 

 目の前で対峙する恰好になった私と伊織は、早速スターズの王子様から声をかけられた。ただ立ち位置的には私が前のほうにいるせいで、必然的に王子様の意識は私のほうへと向けられる。

 

 「うん・・・そうだけど

 

 普通の学校の感覚だと、学年が上の人には信頼関係がない限りは敬語で話すのが基本だと中学のときに教えられてきた。でも私たちが生きているのはあくまで“芸能界”で、芸能界という世界では年齢よりも芸歴が優先されるから、学年が上だろうと芸能界の“先輩”として謙遜はしない・・・と言い切れたら様になるんだろうけど、それプラスで“君呼ばわり”されたのがなんかムカついたから、私は王子様にタメ口で返してやった。

 

 「そっか

 

 まぁ、そんなどうしようもなく下らないプライドが王子様に通用するわけもなく、普通にスルーされた。多分私のことを知らないってだけだと思うけど、あまりにも呆気なく受け流されたから一瞬だけ心がムッとなったが、表情(おもて)に出る前に押さえ込んで平然を装う。

 

 「伊織、大丈夫?」

 「ごめん・・・生で見る一色十夜がカッコ良過ぎてそれどころじゃ・・・」

 「分かった。気が確かなうちに下がってて」

 「・・・かたじけない」

 「(なんで古語?)」

 

 ちなみに仕事柄の関係で今をときめく系のキラキラしたイケメンへの耐性が低い伊織は“ただの女子”と化してパニック寸前になっていたから、ひとまずは後ろに下がらせた。

 

 「じゃあ手短に聞くけど、“サトル”は今日学校に来てる?」

 「・・・それは夕野憬のこと?」

 「そう。だって君のクラスに“サトル”は1人しかいないじゃん」

 

 そして私と1対1の構図になると、目の前の王子様は一呼吸を置き、飄々とした笑みで憬のことを私に聞いてきた。何で憬のことをいきなり聞いて来たかは分からないけど、もしかして共演者同士で何か話したいことでもあるのだろうか?

 

 「“サトルくん”になにか用?」

 「いや、用があるってよりは久しぶりに学校に来たからついでで寄ってきたって感じかな?」

 「ついで・・・そっか、『ユースフル・デイズ』ってドラマで共演するからご挨拶って感じね」

 「まーそんなとこだよ。でも、よく知ってるね?」

 「あのドラマのことは芸能コースでも有名だからさ」

 

 という推測は外れたみたいで、どうやらこの王子様はただ共演者の憬についでで会いに来ただけらしい。ていうか、“スターズの王子様”って話して見たら結構チャラい感じなんだ・・・

 

 「・・・っていうか君・・・こないだ2年生の堀宮って人に弓道で勝負挑んで勝った子でしょ?

 

 なんてほんの僅かに油断していた次の瞬間、王子様は前触れなくいきなり声を1トーンほど落として図星を突く。

 

 「・・・どうしてそれ

 「嘘で誤魔化さなくても分かる。オレは君のことを知ってるからね・・・環蓮さん?

 

 そしてあまりに急に図星を掴まれた私に、王子様は後ろに伊織たちがいることなんてお構いなしに私の両肩を優しく掴んで顔を近づけ、私の眼を真っ直ぐに凝視する。少女漫画のワンシーンみたいなシチュエーションに後ろのほうから黄色い悲鳴のような声が聞こえてきたけれど、そんなの全く眼中にないと言わんばかりに王子様は私の眼をじっと見つめる。

 

 「へぇ~・・・私の名前、知ってたんだね?

 「だって君の名前ってちょくちょく耳にするし

 「ま、“スターズの王子様”には負けるけど

 「ハハッ、それはどうも

 

 見つめられている私も、王子様の距離感がおかしい以前に自分という存在を喰らうように見つめる琥珀色の瞳と底知れない感情に吸い込まれそうになる己に鞭を入れ、意地(プライド)を盾に持ち応えるのが精一杯で、周りを見る余裕なんてない。それどころかさっきまで音楽の授業でホルストの『火星』を鑑賞してたせいか、頭の中で戦争を連想させる禍々しいメロディーが駆け巡る始末。誰がどう見ても、主導権を握られ翻弄されているのは“メインになれない”私だ。役者としては、私のほうが先輩で実力だってまだ上なはずなのに・・・

 

 “・・・これが、主演に選ばれる人の存在感・・・ってこと?

 

 

 

 全く、どうして主演に選ばれるような人はみんな立ち振る舞いひとつだけでこんなに“違う”んだろう・・・どうして私にはそれが“無い”んだろう・・・

 

 

 

 “いや・・・私にだって・・・

 

 

 

 「・・・ところで君は

 「オイ!

 

 私の感情を間近で見つめる王子様が何かを言いかけるのと同時に、甘いマスクの後ろから憬の声が聞こえた。

 

 「何やってんだよ・・・一色

 

 王子様(ライバル)を静かに制止するその声と表情は、目の前に広がる光景に少しだけ戸惑いながらも珍しく本気で怒っていた。




主演同士、ひと悶着_



というわけで、ユースフルデイズ編・第二幕の始まりです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【人物紹介】

・初音伊織(はつねいおり)
職業:声優・女優
生年月日:1985年6月24日生まれ
血液型:B型
身長:151cm
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