或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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メリクリ


scene.91 タイプ

 “・・・妙に騒がしいな・・・”

 

 選択科目(美術)でついさっきまでいた美術室に置き忘れた教科書を取りに行き、1人廊下を歩いて自分の教室へと戻る途中、1年I組がある階に繋がる渡り廊下の向こうから独特な騒がしい空気を感じた俺は、歩くスピードを速めた。

 

 “・・・一色と、誰?”

 

 渡り廊下を渡り切ってI組の教室がある左へ足を進めると、そこには霧生の制服を着た一色が廊下の真ん中で誰かと対峙するように話しかけている後ろ姿がまず目に留まった。その次に、やや後ろで滅多に学校へは姿を見せない“スターズの王子様”をときめくように見つめている初音と、I組の教室から野次馬のように一色の一挙手一投足に注目するクラスの連中(みんな)

 

 “・・・蓮?”

 

 そして王子の話し相手が蓮だというのが顔は見えずとも背丈とスカートで理解したその瞬間、一色が真正面に立つ蓮の両肩に手をやり抱き寄せるように自分の顔を近づけ、それを見守る何人かの女子が悲鳴に近い黄色い声を上げる。

 

 「オイ!

 

 どうして3年の一色が1年の教室の前にいるのか、というか本当にあの一色も霧生に通っていたのか・・・と考えを巡らすより前に、俺は蓮を抱き寄せようかという勢いで距離を詰めた一色に声をかける。

 

 「何やってんだよ・・・一色

 「・・・なんだ。まだ教室に戻ってなかったのか

 

 俺の呼ぶ声に、一色は抱き寄せる一歩手前の姿勢のまま目の前にいる蓮へ顔を向けたまま俺に言葉を返すと、そのままフィギュアスケーターのように身体をクルっと回して蓮の肩を組む。“王子の死角”でよく見えなかった表情が露になり、余裕そうに振る舞いながらも少しばかり動揺している蓮が俺の眼に映る。

 

 「久しぶり。ティザーの撮影以来だね」

 「そんなことよりさっきから蓮に何してんだよ」

 「あぁこれ?実はちょうど彼女にサトルが学校に来てるか聞いてたとこでさ」

 「俺に用があるなら関係ない奴を巻き込むなよ

 

 もちろん、一色という役者(にんげん)が“こういうやつ”だというのは初対面のときに理解はしていたから、要はあのときと同じようなことを何らかの理由で一色は通りすがりの蓮にやっていたのだろう。

 

 「マジで殴るぞ・・・

 

 それでも親友が雑に扱われているように見えた俺は、心の奥から湧き上がった感情をそのまま言葉にして一色へとぶつけ続ける。芝居をしているとき以外で、それも家族ではない赤の他人に本気で怒りを覚えてそれを表に出したのは“いつぶり”かは分からないが、きっと役者になってからは初めてのことだ。

 

 「・・・演技じゃ、ないっぽいな

 

 芝居ではない本心の感情を見て、一色はようやく蓮の肩から手を放す。

 

 「えっと、“レンちゃん”だっけ?ごめんね急に色々聞いちゃって。後ろにいる彼女とみんなも迷惑かけてごめんね。久しぶりの学校でついついテンション上がっちゃってさ、ちょっと舞い上がってた・・・」

 

 俺の眼を吟味するように一瞥しながら蓮から離れると、一色は王子の“本領発揮”と言わんばかりの爽やかさで蓮とすぐ後ろで見ていた初音、更には教室の外に出て見守っていたクラスのみんなに謝ると、その流れで機嫌よくスキップをしながら俺ところに歩み寄って無理やり肩を組んできた。

 

 「ちょっ、いっし」

 「そのお詫びってわけじゃないけれど、ここにいるオレとサトル、それからメインで選ばれたホリミィとあずさで最っ高のドラマ作るから・・・・・・みんなよろしく

 

 そして俺を勝手に巻き込んで“お詫び”として勝手に俺たちが出るドラマの番宣しながら空いてるほうの左手をクールに振ると、蓮と初音以外の取り巻きのみんなが俺たちに向けて拍手をし始めた。ひとまず今は蓮とのことについて色々と問いたい気分だが、こういう光景を“同じ視点”で見ると一色は芸能界(この世界)で生きている人たちからも一目置かれる存在(カリスマ)だということを余計に思い知る。

 

 「さっきから何がしたいんだアンタは?」

 「帰りのHR(ホームルーム)が終わったら第二音楽室に来てほしい

 

 拍手が鳴る中で何を考えているか分からない王子を問い詰めると、一色はI組のみんなに手を振りながら俺にだけ聞こえるほどの声量でそれに応じる。

 

 「は?何で?

 「どうしても今日この後、サトルと2人で話がしたい。ちゃんと音楽室は貸し切ってあるから、邪魔は誰も入らない

 「今日は部活に出ることになってるから無理だ

 「30、いや20分だけでいい。頼む

 

 何を言い出すかと思ったら、俺と2人で話がしたいからと第二音楽室を貸し切ったということを小声で告げられた。色んな物事が俺の知らないところで勝手に進み、ただでさえツッコミたいところが多い。おまけに今日は陸上部の練習に参加することにしているし、20分とはいえ自分のための時間はなるべく避けたくはない。

 

 「・・・どうしても“今日”じゃなきゃ駄目か?

 「あぁ。今日を逃すと次に学校行けるのは低く見積もってドラマの撮影が終わった後になるし、出来れば明日の顔合わせの前に話しておきたいことだからな

 「・・・・・・分かった。乗るよ、あんたの提案

 「ありがとう

 

 ただ、俺を視る琥珀色の瞳から向けられる感情の限りもう俺が断るという選択肢はないことを悟り、“不安材料”を取り除くという意味で俺は妥協することにした。

 

 「その代わり時間は20分までで、“次会うとき”にはちゃんと(そいつ)に謝るってことは絶対だぞ

 「“レンちゃん”ね。もちろんだよ

 

 無論、これからの撮影(こと)を考えた条件はちゃんと付け加えた。

 

 「じゃあね1年生のみんな。芸能活動ばかり優先してないで学校の勉強もちゃんとしとけよ

 

 小さく頷いた一色は俺の肩から右腕を離すと、そのまま捨て台詞のような言葉を最後に言って颯爽と上の階にある3年の芸能コースの教室へと戻っていく。しかしながらこの王子は、ただ自分の教室に戻って行く後ろ姿でさえ美しさすら覚えるほど華やかで様になっていて、そのあまりの浮世離れした独特なオーラにざわつきはするが後を追いかけようとする人は誰もいない。俳優だろうとアイドルだろうと芸能人なら誰でも感じてしまう、憧れや尊敬と同時に持っている“隣に立つと自分が霞んでしまう”という恐怖。

 

 

 

 その隣で直接比較される立ち位置に・・・・・・俺はいる。

 

 

 

 “・・・さすが一色、色んな意味で格が違うな”

 

 一色の姿が死角に消えて、ようやくI組の周りは静まり返る。たかが久々の学校にテンションが上がり俺の顔を一目見たいなんて理由で1年のところに来ただけでこれだけの騒ぎを起こされるのは、メインキャストに選ばれた俺が言うのも難だがいい迷惑にも程がある。

 

 「・・・蓮。大丈夫か?」

 

 少しの余韻を残しながらも目撃していたクラスのみんなが静かになる中、あの独特な距離感の“餌食”になった蓮を俺は気遣う。

 

 「うん。私は全然大丈夫」

 

 いくら常識の枠から外れた人間が多い世界だとはいえ、あれだけの存在感を放つ一色を相手にしたわけだから多少以上の動揺はしていたはずなのに、蓮はさっきの動揺が嘘のような何食わぬ顔で大丈夫と答える。

 

 「むしろ憬のほうが動揺してたんじゃないの?内心?」

 「・・・そりゃあ動揺はするだろ。いきなりあんな場面に出くわしたら」

 

 それどころか一色を止めた俺が逆に助けたはずの蓮から心配されて、蓮以上に動揺していたことを正直に俺は打ち明ける。当たり前だ。渡り廊下を曲がったらいきなり“スターズの王子様”が同じ学校の女子に抱こうかという勢いで距離を詰めている場面(ところ)に遭遇したら、相手が誰だろうと動揺はする。しかもそれがよりによって蓮だったから、動揺した以上に俺は一色に対して怒りを覚えた。

 

 

 

 “でも、もし仮に相手にされていたのが蓮じゃなくて初音とか別の人だったら、俺はあそこまで・・・

 

 

 

 「とりあえず今日のことで一色さん(あの人)のことを悪く思うなんてことはないから、憬は気にしないで

 

 一色とのコンタクトを思い出して自問自答を始めようとした意識に、目の前の教室へ振り向きながら話しかける蓮の声が届いて寸でのところで現実に戻る。

 

 「・・・本当に蓮はそれでいいのか?」

 「いいよ。ていうか役者はあれぐらいぶっ飛んでるほうが演り甲斐もあって面白いし、何より“アレ”と直接対決する憬こそ自分の心配をするべきなんじゃない?」

 「別に周りが焚きつけてるだけで対決するわけじゃねぇだろ・・・(一色をアレ呼ばわり・・・)」

 

 それにしても蓮のやつは、1ヶ月前に堀宮とやった弓道の“射詰め競射”を通じて何かを掴んだのか、少しずつの変化ながらも着実にメンタル自体が強くなった。きっと俺がメインキャストに選ばれた直後の(こいつ)だったら、今日と同じ場面に遭ったらしばらくは強がりで動揺を隠すので精一杯だった。それが今は、直後でも俺に対して強がることなく平然と気持ちを切り替えている。

 

 「でもぶっちゃけ助かった。ありがとう

 

 そしていつもの揶揄いの後にさり気なくぶつけられる親友の本心と、ライバルとして近づいたと思っていた実力差がまた少しだけ離されつつある感覚。

 

 

 

 “『じゃあ・・・・・・繋いでみる?』”

 

 

 

 このままだと俺は、また“あのとき”と同じように突き放されて置いていかれる・・・

 

 

 

 「・・・どういたしまして

 

 今や俺のことをすっかり“ライバル”として割り切れるようになった蓮がただの親友に戻る一瞬に、俺はそのまま親友として言葉を返して、教室へと足を進める。

 

 「あの一色十夜が目の前にいても平気でいられるよね2人とも・・・」

 「あぁ、芸歴的に俺は同期で蓮に至っては先輩だからな」

 「一応この中だとわたしが一番先輩のはずなんだけど・・・」

 「ていうか憬って一色さんのこと呼び捨てで呼んでんの?」

 「ダメか?一応芸歴は同期だけど?」

 「いや、なんか意外だなって」

 「わたしから見れば一色十夜と普通に話せてたあなたたちが意外だけどね・・・」

 

 そして教室の前で一色のあまりのオーラに茫然としていた初音が加わり、学校で揃えば必ずと言っていいほど一緒にいるいつもの面子でI組の教室に戻る。

 

 「でも“ゆーだい”くんは残念だったよね?」

 「新井?」

 「うん。いつもは仕事がないからほぼ毎日学校来てるけど、よりによって一色十夜が霧生(がっこう)に来た日に限って仕事だなんて」

 「とりあえずいま言ったことは本人には言ってやるなよ初音さん?

 

 ちなみに幸か不幸か、“仕事の少ない”新井は今日に限ってスケジュールが入っていて学校を休んでいた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 午後4時05分_霧生学園・第二音楽室_

 

 “・・・ここだ”

 

 帰りのHR(ホームルーム)を終え、I組の担任に陸上部の練習に30分ほど遅れることを顧問と王賀美先輩へ伝えるように伝言をして教室を出た俺は、駆け足で4階にある第二音楽室へ向かう。本当はメールを使って直接伝えたいところだったが、“親族同士を除き芸能コースの生徒とそれ以外の生徒同士の連絡交換は原則禁止”という校則があるおかげで急用ができた場合はこのような形で伝えるしか方法はない。

 

 「やあサトル。さっきはお騒がせして悪かったな」

 「・・・ひとまずあんたが渋谷を“ジャック”できた理由がよく分かったよ」

 「ハハッ、ありがとう」

 「褒めてねぇ

 

 第二音楽室に辿り着き扉を開けると、黒板のすぐ近くに置かれたグランドピアノに寄りかかるような姿勢で一色が俺を機嫌よく出迎える。

 

 「で、早速だけど俺に話したいことっていうのは何だ?」

 「開口一番でそんな畏まるなよ。お互いに約1か月ぶりの会話だ、もう少し“ラフ”に行こうぜ」

 「久しぶりの学校でテンション上がってるのかは知らないけど、俺がさっき言ったことはちゃんと守ってもらうぞ」

 

 さっさと用件を済ませたい俺と、久しぶりに会った俺と1分でも長く話をしたいであろう一色。しかし、“スターズの王子様”としてメディアで見ない日はないほどの大スターが俺と全く同じ制服を着ているのは、同じ学校に通っているから当たり前のはずなのに今一つ現実感が湧かない。

 

 「大丈夫だよ。“あの子”には明日、顔合わせでちゃんと謝るから」

 「・・・絶対だからな

 

 まぁ、こっちとしても顔合わせ前に聞きたいことを聞ける機会を設けられたわけだから、一言二言だけ交わしてすぐに戻るつもりはない。

 

 「さて、先ずは何から話すか・・・忙しくてサトルはおろかみんなともロクに会えてないしな~」

 

 もう一度蓮にちゃんと謝ることを約束した一色は、独り言を言うかのように俺へと呟きながらピアノに寄りかかったまま天井を見上げ、静止する。

 

 「・・・役作りは順調?

 

 天井を見上げて考え込むこと約10秒。天井を見上げたまま、一色は俺に問いかける。

 

 「順調・・・

 

 と言いかけたところで俺は一瞬だけどう答えるか否か惑ったが、思い切ってありのままの現状を一色に伝えることにした。

 

 「・・・と言いたいところだけど、正直クランクインまでにギリギリ形にできる・・・ってところだよ

 「なるほどね。それ、言える範囲でいいからもう少し詳しくオレに聞かせてよ・・・

 

 

 

 メインキャストの情報解禁から1ヶ月。契約している企業のCM関連と、恐らくドラマの撮影と同時進行でこれから進めていくことになるかもしれない“別の仕事”に纏わる話し合いと並行して、台本が届かない中で地道に俺は純也の役を作ってきた。

 

 “『夕野、お前はまず空中で足を漕ぐ動作を意識するあまり着地姿勢が雑になる癖がある。いいか、重要なのは跳んでからも頭の中で絶えず乱れずリズムを刻むことだ』”

 

 身体は専門のトレーナーに加えて、霧生学園“随一”の走り幅跳びのスペシャリストである王賀美先輩からの指導のおかげか、まだ完全とまではいかないがフォームも安定するようになった。厳密にはここまでして身体を純也に近づける必要はないかもしれないが、決して器用な役者じゃない俺にとって役の感情を理解するということは、文字通り“身も心”も演じる役に近づけること。

 

 

 

 “『これからも“芝居”と共に苦しみもがき続けなさい』”

 

 

 

 もちろんこれは、ただ己の感情を武器にするだけじゃ芝居は出来ないということを家族の過去と向き合ったことを通じて身を持って学んだ末の演り方であって、俺がメインキャストとして相応しい役者であることを証明するための覚悟・・・みたいなものだ。

 

 “『“忙しい”あたしからさとるに提案があります』”

 “『提案?(どうせまたロクでもないやつを・・・』”

 “『何かロクでもないこと言いそうだなって顔してるねさとる?』”

 “『だって杏子さんの考えることって、こないだの観覧車然り蓮との一件然り大抵“ロクでもない”じゃないですか?』”

 “『ブチ殺されたいのかなさとるくん?』”

 

 一方で身体が純也に近づくと、今度は心が純也から離れ始めた。肝心の台本が昨日になってようやく届いたことに加えて、俺以外の3人はスケジュールがタイトなせいでこの1ヶ月で同じ事務所(カイプロ)の堀宮とですら丸一日オフだった日とスケジュールの合間で俺に会いに来た2日だけで、堀宮との間で交わしている“秘策”があるとはいえ役として雅との正しい関係性を築くという部分においては今日の段階でも不安材料が俺の中にはある。

 

 “・・・思っていたのと違うな・・・

 

 中でも大きな“しこり”として残っているのは、昨日ようやく完成した台本を一通り読んで純也の感情に入り込んでみたら、ここまで俺が作り上げてきた純也の人物像と、脚本家が書いた純也の人物像に微妙な“差異”を覚え、ここにきて純也の気持ちがまた分からなくなってしまったことだ。演者である以上は何としてでも本番までに形にしてみせると心で誓ってはいるが、万全かと言われればそうではない。

 

 

 

 “『だから・・・・・・あたしが演じる雅のこと、本気で“好き”になってよ』”

 

 

 

 現状で確かなのは、このままだと俺は堀宮の演じる雅のことを好きになれないかもしれないということ・・・

 

 

 

 「そっか・・・苦労してんだな

 

 一瞬だけ悩んだ末にお世辞にも役作りが順調に進んでいるとは言えないことを打ち明けた俺に、一色は天井に向けていた視線を正面に戻して慰めに近い言葉をかける。

 

 「まぁしょうがないよ。そもそも台本(ホン)がオレたち演者のところに届いたのがつい昨日のことで、おまけにこの学校は“情報漏洩の観点”から台本の持ち込みも禁止ときた・・・ほんとさ、この学校の校則は変なところで超がつくほど厳しいから嫌になるよね?」

 「・・・それより一色は順調なのか?役作り?」

 

 ピアノに寄りかかり手振りでジェスチャーをしながらクールに弁を振るう一色に、俺は聞かれた問いをそのままの形で返す。

 

 「もちろん順調だよ。だってオレ“天才”だし」

 「理由になってんのかそれ?」

 「なってるよ。じゃなきゃこの世界に天才がいる意味が破綻する・・・」

 

 そっくりそのまま言われたことを仕返した俺に一色は自信満々に独特な言い回しを使ってそう言ってのけると、寄りかかっていたピアノから立ち上がって徐に黒板へと向かい、ちょうど置いてあったチョークを使って箇条書きで何かを書き始める。

 

 「ではここでひとつ、サトルに問題(クイズ)だ。世の中には大きく分けてふたつのタイプの“役者”が存在するんだけど・・・それは一体なんだと思う?

 

 何を書くかと少しだけ身構えていると、一色はいきなり俺へ問題(クイズ)を出してきた。

 

 「ふたつ・・・」

 「ちなみにヒントはナシ」

 

 考え始めた俺に、“ヒントは無し”という追い打ちがかかる。ただこれでも俺は2年間も役者をやってきている身で、それなりに経験は重ねてきたからこの問題が何を意味するのかはすぐに分かった。

 

 「・・・役に入り込むタイプと・・・“そうではない”タイプ

 

 5秒ほど頭の中で正しい答えを考えて、それを口に出す。正直言うと、これはこの問題における100点満点の正解だという確証はなくあくまで俺の“持論”みたいなもので、役者の種類というのは“ふたつのタイプ”に分けられるほど単純なものなんかじゃないのは分かっている。

 

 「“100点”・・・・・・なのかはオレも判断できないけど、それも正解の“ひとつ”だよ。サトル

 

 そんな俺の持論も同然の答えはどうやら一応のところは正解だったみたいだが、やはり答えはまだ他にもあるみたいだ。というか、俺は相手がどういうタイプなのかを考えるかなんて演技中は考えず役の感情に入り込んでいるから、そんなのはあまり関係ない。

 

 「正解の“ひとつ”?」

 「ちなみにオレがこのクイズの答えを書くとしたらこうだ」

 

 1つの持論を答えた俺をクールに褒めた一色は、箇条書きの問題文の下に“持論”の答えをチョークで書き始める。

 

 「大きく分けるとするなら、役者は“憑依型”と“俯瞰型”のふたつに分けられる。当然これはあくまで“大きく分けた”話なわけだから、正確にはもっともっと色んな人種(タイプ)役者(にんげん)が世界には存在するわけなんだけど、そんなの数えてたらキリがないって話よ・・・」

 

 一色曰く、この世界には“憑依型”と“俯瞰型”のふたつのタイプが大きく分けると存在するという。

 

 「というわけで今回は役者のタイプをこのふたつにざっくり分けて説明するけど、例えば憑依型は文字通り自分が演じる役に身も心も徹底的に入り込むタイプの役者だ。もちろん憑依型と言っても一括りじゃなくて、じっくり時間をかけて泥臭く役の思考や生き方をインプットして感情に落とし込む人もいれば、台本に目を通したらその瞬間に役作りをすっ飛ばしていきなり自分の演じる役の感情に入り込んである程度“モノ”にしてしまう人もいる・・・・・・ただ憑依型で一貫して共通してるのが本人の精神状態が左右されやすく、おまけに少しでも演じる役と自分の間に同調できない“差異”が生まれると途端に思うように役を作れなくなって、最悪の場合は監督の意図に上手く答えられず迷走する危険も併せる“諸刃の剣”の持ち主でもあるってわけさ・・・ま、言うまでもなくサトルやホリミィがこのタイプになるね」

 「杏子さんか・・・確かにあの人は役に入り込んだ没入度の高い芝居が武器の役者(ひと)だからな」

 「他人事みたいに言ってるけどサトルも同じだからな?」

 「それぐらい自分でも分かるわ

 

 先ずは憑依型とはどういう役者なのかをチョークを使ってフローチャート形式に書きながら、俺はまるで生徒のように相槌を打ちながら一色の話を聞く恰好になる。

 

 「で、次が俯瞰型になるけどこれはサトルが言っていた通りで簡単に言えば“役に入り込まない”タイプの役者だ。もちろん監督や演出家からの指示に合わせて喜怒哀楽を表現する点においては一緒だけど、こっちはあくまで演じる役の感情に入り込むようなことはせずに“役は役、自分は自分”と距離を置いた状態を保ちながら演技をする・・・・・・ただし俯瞰型の人は台本を読んだ瞬間に役の感情を理解するなんて化け物じみた真似は出来ないし、演技の迫真さは憑依型にはどうしても及ばない部分もある・・・その代わりに憑依型以上に常に自分自身を俯瞰で視れているわけだから監督からの急な演出変更にも柔軟に対応できる融通の利く器用な役者が多いし、中には憑依型に迫るような表現力を併せ持ってる人もいるから意地悪な言い方をすれば映像舞台問わず“演出家に好かれやすい”タイプとも言えるわけ・・・今回のドラマで言うなら、あずさがそうかな?」

 「じゃああんたは?」

 「オレは“天才”・・・って言いたいとこだけど、ご覧の通りサトルとは正反対の“俯瞰型”だよ」

 「“天才”じゃないのかよ」

 「“俯瞰型の天才”だよ

 「・・・天才かどうかで張り合う気はないからそれでいいよもう

 

 解説付きで黒板にフローチャートを書き終えた一色は、得意げな様子で自分が“俯瞰型”だということを俺にカミングアウトする。無論、一色(こいつ)の演技を“視聴者”として何度か観てきている俺にとってはとっくに分かり切っている。

 

 「ていうか・・・あんたって意外と理論的に芝居を考えているんだな?

 

 ただ意外だったのは、特に深く考えるようなこともせずに己の感覚だけで生きているようなこのエキセントリックな王子が、意外にも芝居に対しては“理論派”寄りな考えを持っていそうだということだ。

 

 「ハハッ、別にそんなことないよ。いまオレがサトルに言ってることはあくまで芸能界の“先輩たち”から学んだ受け売りに過ぎないからね」

 

 とは言うものの、黒板にフローチャートを書いて自分で掴んだ芝居の理論を同世代のライバルにマンツーマンで教える一色の思考回路は、華やかだけれどどこかミステリアスな“スターズの王子様”の雰囲気の如く全く読めない。

 

 

 

 “『誰かを演じる時に余計な感情が入っていると何かと不都合でしょ?』”

 

 

 

 “やっぱり・・・・・・芝居のタイプは真逆だけど、牧と似てる

 

 

 

 「というわけでここからが今日の本題。ハイそこ注目」

 「ずっと注目してるわ」

 

 不意に本当の感情が視えない王子に“デジャブ”を感じていると、俺の注意を引くように一色は“憑依型”と“俯瞰型”を箇条書きで分けたフローチャートの横に本題となる“2問目”の問題を書き始めた。多分これから書かれる問題(クイズ)が、わざわざ今日というタイミングで俺に聞いておきたかった話なんだろうと、俺は思った。

 

 「では“感覚派”のサトルに最後のクイズだ・・・・・・いまのサトルにとって、“役作りの足枷”になっている人はいったい誰でしょう?

 

 2問目の問題を黒板に書き終えるのと同時に、一色は琥珀色の瞳をギラつかせながら目の前に立つ俺へと向かって不敵に微笑んだ。




求められる、ファイナルアンサー_



突然ですが皆さんにとって2023年はどんな1年でしたか?

ちなみに僕にとって2023年は今までで一番短い1年でした。社会人生活も3年目になり責任を伴う機会が増え、その反動で書きたいことリストも増えて執筆のモチベが安定したはいいものの、結局は同時進行で書くものが増えた(※近々またひとつ増える予定)せいで思うように更新が進まないし、かといって普通に本業の仕事があるから執筆に割り当てられる時間も下手に増やせないというジレンマと戦っているうちに、あっという間に年末になりました。

きっと来年も、また再来年も、特に変化することなくこんな感じで仕事と執筆をして、まとまった休みが取れたら息抜きに一人旅して・・・そうだな、一度やってみたいのが箱根の旅館で文豪のごとく2泊3日ひたすら部屋に籠って小説を執筆したらどんなアイデアが思い浮かぶのか、やってみたいな・・・と言いながら、結局めんどくさくなって特に何もやらずにこの季節を迎えるんだろうな・・・・・・独り言ですごめんなさインデペンデンス・デイ。

というわけで年内の投稿はこれで最後になります。少々気が早いですが、よいお年を。
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