或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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 驚異の新人、彗星の如く現る。


scene.9 突然

 「なぁ夕野、幽体離脱って知ってるか?」

 

 放課後、帰り支度をする俺に前の席に座る有島がどこか自慢げなテンションで話しかけてきた。

 

 「知ってるよ。自分の魂が勝手に肉体の外に出るみたいなやつだろ」

 「そう。それでさ、この間の金曜にマジで幽体離脱したんだよ俺」

 「・・・マジ?」

 

 幽体離脱なんてそう易々と出来るものではないのでにわかには信じ難いと思いつつ、俺は有島に話の波長を合わせる。

 

 「『須賀(すが)マサヨシ 愛のリクエスト』を聴きながら漫画読んでたらそのまま寝落ちしちゃってさ。そしたらフッと身体が宙に浮く感覚がして、目が覚めたら机に突っ伏して寝てる俺がいんだよ」

 「・・・ほう、それで?」

 「それでふと寝てる俺に触れようとしても触れらんねぇんだよ。んでもって周りを見渡そうとしたら急に下に吸い込まれて、“あ、死んだわ”って思った瞬間目が覚めたわ」

 「いや紛らわしいけど普通に夢だよねそれ」

 

 ちなみに今こうして俺に絡んでいるのは有島龍太(ありしまりゅうた)というクラスメイトで、クラスでは基本的にこいつと話していることが多い。

 

 「それでさ、これもう一回寝ればまた幽体離脱できんじゃね?って思ってまた寝たわけよ。そしたらさ・・・・・」

 「・・・何?」

 「・・・普通に爆睡したわ」

 「だと思った」

 

 中学に上がると小学生の時より周りの奴らと連むことが多くなり、気が付けばこんな俺にもクラス内で何人かの友人が出来ていた。そのうちの1人が音楽と映画と漫画に詳しい有島というわけだ。

 

 「なんだよつれねぇなお前は。そういう夕野は幽体離脱したことあんのか?」

 「幽体離脱は流石に無理だけど“俯瞰”ならできるぞ」

 「何だよ“フカン”って?」

 

 俯瞰。個人差はあるが人間は皆、この“俯瞰”という第三の眼を持って生きているらしい。『自分がどう見られているか』とか、『服が似合っているか』など、人は無意識のうちに自分を俯瞰して周りの視線を気にしているという。

 

 「取りあえず有島、まず目を瞑って見ろ」

 

 有島は「えぇ・・・」と半ばウザがりつつも目を瞑る。有島(こいつ)のようなタイプの人間には、言葉よりも行動で覚えさせた方が手っ取り早い。

 

「目の前に何が視える?」

「何って、真っ暗で何も視えねぇよ目ぇ瞑ってんだから」

「当たり前だ。目が開いていると想像して答えてみろ」

 

 

 

 数日前___

 

 「やっぱりまだ映りが悪いな」

 

 カメラに映るイメージと違う自分の姿に、俺は相変わらず戸惑う。

 

 俺はこの日、教育係として海堂が連れて来た元劇団員という異色の経歴に茶髪パーマと律義な口調のギャップがトレードマークのマネージャーである菅生(すごう)と共に、事務所の一室を借りて“養成プログラム”の一環である“俯瞰”を身に付けるトレーニングをやっていた。

 

 「迫真の芝居が出来るということは素晴らしいことです。でもそれ以上に大切なことは自分の力を出しつつ、監督から自分に求められている芝居を常に頭の中で考え、逸脱しないように自身を俯瞰(コントロール)できるか。俯瞰するということは“自分の芝居”をする上でまず重要なことです」

 

 迫真の芝居というものは観る者の心を惹きつけるのと同時に、それが行き過ぎてしまうと周りから浮いてしまい物語としてのパワーバランスが崩れてしまうリスクもある。

 

 「芝居をする中で自分がどう見られているか、カメラにはどう映っているか、表情や仕草は間違っていないか。どんなに他を圧倒する芝居をしたとしても、圧倒し過ぎて世界観を壊してしまっては元も子もありません」

 

 故にこの世界では実力もそうだが、どれだけ監督や演出家、果てはスポンサーから求められる芝居に適応できるかといった“器用さ”も試される。

 

 良くも悪くも、これがメディアを主戦場とする“大手芸能事務所”と己の芝居を貪欲に追い求める“劇団”の違いである。

 

 

 

 「想像も何も真っ暗で何も見えないことに変わりはねぇぞ」

 「だから想像しろっつんだよ」

 

 幾ら想像しろと言っても有島という奴は目の前が真っ暗の一点張りだ。確かに目を瞑っているから真っ暗なのは正しいことだが。

 やはり行動ではなくちゃんと分かりやすく説明するべきだと俺は思った。

 

 「・・・例えば周りからどう思われてるかとか、今日の服装は似合ってるか、寝癖が付いてないかとかさ。自分が今どう見られているかって思ったことはあるだろ?」

 「あぁごめん。俺そういうの考えたことすらないわ」

 「いや流石に一回はあるだろお前でも」

 「いやないわ。マジで。これだけは断言する」

 「自信満々に言うことじゃねぇぞそれ」

 「そんなことはねぇよ。何も着飾らず何も演じずありのままの自分をさらけ出して、そんな自分を受け入れてくれる友達(ダチ)と出会う・・・最高じゃねぇか。夕野、人っていうのはよ、フカンなんてしなくても生きていけるんだぜ」

 「・・・確かに有島にとっては俯瞰なんて必要ないものかもしれないな。下校時刻になっても寝癖を直そうともしない奴に振った俺も馬鹿だったよ」

 

 少年漫画の主人公を彷彿とさせるイカした決め台詞のような持論を展開しても、シワだらけの制服とウニのように尖りきった寝癖のせいで説得力はまるで皆無だ。

 

 そんな有島を一言で表現すると、“天才と馬鹿は紙一重を地で行くような奴”というところだろうか。

 

 「話変わるけどさ、環って最近すげぇ活躍してるよな」

 「あぁ・・・何てったって月9のレギュラーキャストの1人に選ばれたんだからな」

 

 “環が月9のレギュラーキャストの1人に抜擢された”

 

 当然この情報が正式に解禁されるや否や、学校中が環の話題で埋め尽くされた。同じクラスの生徒があの月9に“毎週”出演するということで、中でも俺と環のいる2組ではお祭り騒ぎのような事態になった。

 CM撮影の帰り道でこのドラマのプロデューサーでもある上地から教えられた情報だと、環が今月から放送されている月9ドラマでレギュラーの1人に抜擢された理由は、このドラマの脚本と演出を手掛けている月島という男の意向らしい。

 

 「毎週観てるけど普段の環とはまるで別人でさ」

 「そりゃあ“別人”を演じてるわけだから当然だろ」

 「さすが“女優”は違うよなぁ。もうすっかり“芸能人”じゃん」

 「そうだな」

 「でもさ、何か寂しくないか?同じクラスで仲の良かった奴が有名人になっていくのってよ」

 「そうか?俺は素直にあいつのことを応援してるけど?」

 「いや俺だって応援はしてるし女優として活躍して欲しいさ。でも、環が有名になればなるほど、俺たちから遠ざかっていくっていうかさ」

 「・・・確かにそれは言えるな」

 

 今日も環はドラマの撮影で学校を休んでいる。撮影が始まってからはスケジュールの関係からか授業を早退したり欠席する日も増えていき、ここ1ヶ月以上は環とロクに話していない。

 そして来週から夏休みが始まるが、それまでに顔を出せるのはせいぜい1日あるかどうかぐらいだろう。

 一方で肝心のドラマは初回で視聴率16.4%と月9にしてはまずまずのスタートを切るが、それからは回を重ねるごとに少しずつであるが視聴率は上がっている。

 ついこの間まで一緒に下校していたようなクラスメイトが、月9に毎週出ているという非現実のような現実。

 

 物理的にも、心理的にも、環の存在はクラスの連中から徐々に遠ざかり始めている。

 

 これは余談だが、俺が来月にOAが予定されているCMに出演することは、環はともかくこの時点では目の前にいる有島も含めまだ誰も知らない。

 

 「だからせめて俺たちだけでもさ、変にドラマのことを祝わずに普段通りに映画の話でもしようぜ。有名人と一般人じゃなく、同じクラスのダチとして」

 「言われなくてもそうするよ。あいつがどんなに有名人になろうと、俺たちにとっては2組の環蓮だからな」

 「あぁ、当たり前だ」

 

 それでも、どんなに距離が離れようと、環が親友であるという事実は何一つ変わることはない。

 

 “俺が役者になろうとも”

 

 「有島ってさ、割と良いこと言うよね」

 「そうか?」

 

 気が付くと教室の中にいたのは憬と有島の2人だけになっていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 あれからあっという間に1週間が過ぎ、学校は終業式当日を迎えた。毎日のように課されていた宿題や日誌から解放されたクラスの間では案の定、夏休みムードが漂っていた。

 

 「あー海行きてぇなー」

 「今週だけで5回目だぞその台詞を聞いたの」

 「つーか藤沢とか茅ヶ崎にいる奴ってマジで羨ましいよな。目と鼻の先が湘南だし」

 「藤沢と茅ヶ崎に住んでる人全員がそうじゃないと思うぞ」

 

 無論、前の席に座っている有島(こいつ)も例外ではない。

 

 「ところで夕野はどうするよ?この夏休み」

 「俺か・・・さぁ、今のところ何も考えてねぇわ」

 

 何も考えていないと言うと、それは嘘になる。

 

 

 

 “『夕野、念のためここから1ヶ月は予定を空けておいてくれないか?』”

 

先日に海堂から『詳しくはまだ言えないが割と大きな仕事が入るかもしれない』という連絡を貰ったが、まだ確定した訳ではないらしく詳しい話は聞かせてもらえなかった。

 

 

 

 「あ~湘南あたりで暮らしたいな割とマジで」

 「勝手に行ってろ」

 

 こんな感じで他愛のない馬鹿げた話をしているうちに、担任の浅井(あさい)が教室に入るのを合図にするかのように終業式の後に控えるHR(ホームルーム)を告げるチャイムが鳴る。

 

 「結局来なかったな、終業式」

 「・・・あぁ」

 

 あれから1週間、環はとうとう一度も学校に姿を見せることなく、1学期は終わった。

 

 「もしかして女優としてこのまま売れちゃったらもう二度と会えねぇのかな、俺たち」

 

 独り言のように有島が憬に呟く。環が今いる世界というのは、実は周りの奴らが生きている世界とは全く別の世界なのではないかとふと思うことがある。

 

 「芸能界なんてそんなもんだろ。ここにいるみんなとは生きている世界が違いすぎる」

 「・・・意外とドライなんだなお前って」

 「違げぇよ。本当のことを言ってるだけだ」

 

 契約上だと俺は既に事務所に所属している俳優であるが、CMの仕事が終わってからの1ヶ月は養成プログラムという名のレッスンばかりで、今のところ環と同じ芸能界(せかい)を生きているという実感はない。

 

 「突然の報告になってしまったが、今日はみんなに1つだけ残念なお知らせをしなければならない」

 

 そんな終業式の余韻と次はいつ会えるかという期待は、浅井が苦渋の表情で生徒に向けて放ったある言葉によって音を立てて崩れていった。

 

 「今日をもって環さんは大倉中学校を離れ、東京都内の中学校に転校することになった」

 

 浅井曰く、転校する理由としては環が女優としての活動により専念できる環境に移る為だという。本来であれば環は終業式に参加して自分の口で転校することをクラスの全員に伝える予定だったが、撮影スケジュールの変更により学校に来れなくなってしまいこのような形での報告になってしまった。

 

 一連の経緯を説明した後、浅井は前日に環の母親から預かったという環が2組に宛てたメッセージをここにいない本人に代わって代読したが、その内容は頭に一切入ってこなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 HRを終えて帰りの挨拶を済ませた瞬間、憬は周囲に目もくれず環の家へと全力疾走で向かっていた。

 

 “やはり、無理やりにでもタイミングを作って話を聞くべきだった”

 

 妙に周りを避けるような“らしくない”態度をとっていた環のことを、俺は“仕事が大変だろう”と気遣い、こっちからは何の行動(アクション)も起こさずにいた。ドラマの撮影が全部終わってまた学校に来るようになったら、聞きたいことを全部聞こうと思っていた。

 

 そんな考え自体が浅はかだった。

 

 “そういう真似をされるのが一番ムカつくんだよ・・・”

 

 あの時と同じだ。あの時も俺は環に対して下手に気を遣い、返って(あいつ)を苦しめてしまった。結局俺は・・・

 

 「あぁクソっ!」

 

 自分に対する怒りが、叫びとなって溢れ出す。

 ついさっきまで晴れていたはずの空は、憬の気持ちをそのまま表していくかのように次第に曇っていく。

 

 “もう二度と会えねぇのかな、俺たち”

 

 何気なく言ったであろう有島の言葉が、こんな形で現実になってしまうとは思ってもみなかった。

 転校したとしても9月いっぱいまでは少なくとも環の姿は毎週テレビで観れるし、転校先も東京都内だからその気になれば会うことは可能だ。

 

 でもこんな別れ方は俺もそうだが、何より環にしてみればあまりにも辛すぎる。どんなにこれから女優として華々しい活躍をしたとしても、失った時間というものは二度と取り戻すことはできないのだから。

 

 “芸能人(スター)になんてなるんじゃなかったよ”

 

 渋谷に環と映画を観に行ったあの日にチンピラから俺たちを助けてくれた天知が言っていた一言と、己の実力不足に悩んでいた環。煌びやかな芸能界の裏にある有名人にしか分からない苦しみや葛藤、そして有名になるということが必ずしも幸せになるとは限らないということを垣間見た気がした。

 

 先生もいなければ、生徒もいない。大人も子供も対等に扱われる世界で環は今日も他人として架空(フィクション)の世界を生きている。

 

 “とんでもない世界に入っちまったな、俺も”

 

 そんな世界に、俺は少し遅れて足を踏み入れた。いつしか俺も環のように、有島たちや周りを取り囲む“普通の世界”と少しずつ離されていくのだろうか。

 

 “・・・芝居で勝ってみせろ”

 

 いや、きっと環は最初からそういう覚悟を持ってこの世界に飛び込んでいったことだろう。だとしたら俺は、その覚悟に全力で応えるまでだ。

 

 ライバルとして。親友として。

 

 気が付くと環の住む家まで歩いて数分ほどのところにまで来ていた。2車線の通りを抜け2つ目の十字路を右へ曲がってすぐのところに、環の住む家がある。

 点滅する信号にせかされるように勢い任せに横断歩道を走り抜ける。ギリギリ間に合ったことで一瞬だけ気が抜けたのか、憬は目の前にあった数センチの段差に気付かず、足をすくわれ勢いそのままに派手に転ぶ。

 

 「ぐっ・・・!」

 

 咄嗟に受け身を取ろうとしたが、アスファルトで思い切り膝を擦りむいてしまい焼けるような痛みが一瞬だけ襲う。制服のズボンには穴が空き、膝小僧の辺りには血が滲んでいるが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 痛む足をもろともせず再び立ち上がって憬は目的地へと走り出す。

 

 “とにかく環と会って話さなければ”、その一心だった。

 

 

 

 学校から走り出して10分と少しで環の家に着いた。家が視界に入った瞬間、それまで放出されていたアドレナリンが切れ出したのか膝小僧にジリジリとした痛みが走る。

 

 「・・・思ったより派手にやったな・・・」

 

 母親から文句を言われるのはともかく、海堂が今の俺の有様をみたら確実に“蹴り”を入れられることだろう。自らの身体が商売道具のようなこの仕事においては、掠り傷1つで“何億”もの金が飛ぶと教わったばかりだと言うのに。

 強いて言うなら見た目こそ派手だが顔には何ひとつ傷がつかなかったことが不幸中の幸いといったところか。

 

 痛む足を少しだけ庇いながら、憬は環家のインターホンを押す。

 

 『はい環です』

 

 インターホン越しに女性の声が聞こえてくる。環の母親の声だ。

 

 「蓮と同じ2組の夕野憬です」

 『えっ?憬くん?ちょっと待ってて』

 

 するとインターホンの音声がプツンと途切れ、それからほどなくして玄関の扉が開いた。

 

 「ごめんごめん、声が随分と大人っぽくなってたから一瞬誰だかわからなかった」

 「いえ、大丈夫です。すいません急に」

 「・・・ちょっと待ってどうしたのその傷?大丈夫?」

 

 最初はにこやかに話していた環の母親だったが、膝から血が滲んでいる憬の様子を見るなり彼女の顔が一気に凍り付いたかのような表情になる。

 

 「あぁ大した傷じゃないので気にしないでください」

 「これのどこが大した傷じゃないのよ。ほら、上がって。早く消毒とかしないと危ないから」

 「いや本当に大丈夫なんで」

 「大丈夫じゃないでしょ。とにかく上がって」

 

 こうして俺は『蓮はいつまで横浜(ここ)にいるのか』という用件だけを玄関先で聞くはずが、環の家に上がって母親から応急処置を受けることになった。

 




※前書きの一文は本編とは一切関係ございません。


今から丁度1ヶ月ほど前、夏休みの終わりにふと聴きたくなるあの曲を作業用BGMにして書き殴っていたのは、良い思い出です。

ある意味深夜テンションみたいなテンションで書いてました。気持ち悪いですね。

しかし転校というイベントは何でこんなにも切ないのでしょうか。僕にはわかりません。

でもそうやって切ないと感じる人はきっと、その分だけ充実した思い出を過ごしてきたことでしょう。

あまり切なさを感じないような人だって、切なさが吹き飛ぶくらい充実した思い出を過ごしてきたことでしょう。


収集がつかなくなってきたので今日はこれで失礼します。
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