2001年_5月13日_新宿・歌舞伎町_
「おつかれホリミィ」
「あははっ、こんなところで先輩が1人ぼっちであたしを待ってるとかマジのマジでウケるんだけど」
5月13日、日曜日の夕方。
「てゆーか先輩って今日はオフな感じ?」
「いいや。つい30分前まで
「それはまた大変なことで」
「ホリミィもお仕事お疲れ」
「ありがと先輩」
少しだけ狭い部屋の扉を閉めて、正体を隠す意味合いの“裏原系”のストリートコーデを着こなす先輩から見てテーブルを挟んだ向かいのやや固めなソファーに座る。部屋に入っても黒いニット帽と薄色レンズのサングラスを外さない先輩と同じく、あたしも変装代わりで被っている
「で、先輩のところにもちゃんと台本は届いた?」
「見ての通り、もちのろんだよ」
それでも何やかんやで様になってしまう先輩の“変装”は置いといて、挨拶的な意味合いでほんのちょっとだけ会話を交わしたあたしと先輩は“歌いたくなる”衝動に駆られる前にさっさとお互いのバッグから台本を取り出して“本題”へと移る。最初に言っておくけど、あたしたちは遊ぶためにわざわざ“
「ではぼちぼちやりますか。って言っても、新太と雅が1対1で絡んでるシーンはそんなになさそうだけど」
もちろんここへ来た理由の“ひとつ”は、ついさっき事務所で受け取った
『コウって亜美ちゃんと前から知り合いだったんだ?』
『うん、何なら小6まで一緒だった』
『そうなんだ。どおりであっという間に打ち解け合ってたわけね』
『一応幼稚園から一緒だったからね。でも中学に上がるタイミングで亜美が引っ越してからずっと会えてなかったからさ、正直すげぇ驚いてる』
まぁぶっちゃけると何もこんなところでわざわざこんなことをする必要は、ないっちゃないかもしれない。じゃあどうしてあたしと先輩はここに集まっているかと言うと、カラオケボックスなら偽名と変装さえすれば容易に予約を入れて入ることができ、尚且つここなら同じ個室でもカフェみたいなところとは違ってある程度なら大声を出しても怪しまれることもない上に、ドアさえ閉めれば完璧な“密室”が完成するからお忍びで話し合いをするにはカラオケボックス以上に好都合な場所はない。と、あたしは思う。
『コウは嬉しい?』
『なにが?』
『なにがって、それは亜美ちゃんに会えて嬉しいかに決まってるじゃない』
『・・・嬉しいよ。そりゃあ』
ちなみにあたしの演じる雅と先輩が演じる新太の2人は、中学のときに同じクラスになったことで知り合うことになる。そして小学校からの幼馴染の純也との3人組の関係が出来上がり、やがて同じ高校に上がることを決めたタイミングで3人の中で“とある約束”をする。
『ねぇ、まさかとは思うけどコウって』
『別に“そういう”のは思ってないから、大丈夫だよ』
その“約束”があったからこそ、3人は仲の良い友達同士のままで平穏に過ごしていた。
『ふっ、まだ私なんにも言ってないのに急にどうしたの?』
『いや・・・あんな言い方されたら誰だってそう思うでしょ』
『そう思うってなに?』
『・・・とにかくそういうところホント気を付けたほうがいいよ千代さん』
だけど2年に進級した1学期、県外の高校から転校してきた亜美が3人のクラスメイトになったことをきっかけに、ずっと友達のまま卒業して大人になっていくはずだった“私たち”の関係がゆっくりと変わっていくことになる。
「・・・やっぱ何だかんだで先輩上手いわ。おかげであたしも演りやすかった」
「そう言って貰えて何よりだよ。でも台本読んでる時点でホリミィも順調そうなのが分かってオレも安心した」
部活終わりの帰り道でばったり会った新太と2人で話す場面を重点的に読みながらの本読みは、はっきり言ってめちゃくちゃ順調に終わった。一色先輩とはこれまで先輩が主演を務める“学園探偵モノ”の映画で一度だけ共演しているから分かっているけど、こうやって1対1で演り合ってみると本当に演技が上手いのがよく分かる。
「当たり前でしょ。あたしは“天才女優”だから」
「ハハッ、それは心強いな」
先輩が演っている芝居はあたしみたいに役に入り込んで演じ分けるというわけではなく、あくまで“
「けどあたしからすれば先輩みたいな役者が共演者にいることも心強いよ」
「心強いか・・・ホリミィは随分とオレのことを高く評価してくれるんだな」
「別に評価してるってワケじゃないけど、一緒に演ってて面白いなって感じ。だってみんながみんな同じタイプだったらそれはそれで味気ないし」
「ほんとホリミィは素直じゃないよなー」
「先輩には言われたくないね」
世の中の声に耳を傾けると、そんな先輩の演技を“何を演じても王子様”だと言う人も中にはいる。確かに先輩は決して役を演じ分けるのが上手いタイプの役者じゃない。でもそれはあたしから見れば外面しか知らないのに全てを知ったかぶったような薄っぺらい評価でしかなくて、そもそも“
「けど先輩も“天才”だってのはちゃんとあたしは認めてるよ。少なくともあたしにはロクに役を作らなくてもどうにかなっちゃうような“先輩みたいな芝居”は演ろうと思ってもできないし」
しかも先輩の場合はそれを役作りなんかほとんどしなくても何食わぬ顔で完成させてしまうから、あたしは純粋に凄いと思っている。けれどもその凄さを味わうたびに、これがどれだけ努力しても追いつくことの出来ない本当の“天才”なんだと突き付けられて悔しさのような何かが込み上げたりもする。まぁ、こんなことをイチイチ気にしてるようじゃ芸能界はやっていけないのだけど。
「それを言うならオレにも無理だよ・・・ホリミィみたいな芝居をするのは」
本音と建前がちょうど半々になったあたしの言葉に、先輩は無音でミュージックビデオが流れるブラウン管のモニターを見ながら珍しく弱音にも似た言葉を呟く。
「あら、“スターズの王子様”が珍しく弱気に」
「そういうことじゃないよ。だってオレの芝居とホリミィの芝居は根本的に違うからね」
さり気なく揺さぶりをかけようとしたら、それっぽい言葉で逃げられる。さすがは“スターズの王子様”なだけあって、連絡先を交換している程度には近しい関係のあたしにもこの人は本当の感情を見せる真似はしない。
「オレがホリミィの代わりになれないように、ホリミィもオレの代わりにはなれない。だからこの世界にはみんなが“主役”になれるチャンスがある・・・」
“『ホリミィは芝居やってて楽しい?』”
「・・・って、オレはホリミィに言いたかった」
「めっちゃ哲学すぎてわけわかめだけど先輩が言いたいことは分かったわ」
「いやどっちだよそれ」
ただ先輩は“王子様”になるために芸能界に入ったわけじゃないっていうことと、主役だけが求められ続けている現実にちっとも満足していないことだけは、当の本人は一度たりとも打ち明けたことはないけれど“女優の勘”であたしは分かっているつもりだ。
「じゃあ軽く本読みを終えたところで“本題”に入りましょうか、先輩?」
「そうだね。特段オレらは問題なさそうだから、“そっち”の進捗の話を始めよう」
明後日の顔合わせに向けたウォーミングアップを兼ねた本読みを終えたところであたしは目の前に座る先輩に声をかけると、先輩はそれに応じるように台本を自前のバッグの中にしまい込む。
「単刀直入に聞くけど、サトルのほうは順調?」
ちなみに今日、あたしと先輩がここに来たのには“もうひとつ”の理由がある。というか、何ならこっちのほうがメインだったりする。
「うーん・・・大方あたしの“予想通り”ってところかな?」
「なるほど。つまりは“あんまり上手くいってない”ってところだね」
「そゆこと」
あたしからの近況報告に、先輩はすぐさま“予想通り”の意味を察してほくそ笑むように核心を突く。もちろんあたしにとっても、さとるがこうなることはある程度は予想できていた。
「やっぱり、あたしはこうなると思ってたんだよねー・・・」
“『さとるはどう思う?このシナリオ?』”
つい数時間前、あたしは海堂さんからようやく脚本家の人が完成させたというドラマ『ユースフル・デイズ』の第一話の台本を同じく事務所に居合わせていたさとると共に受け取り、お互いにこの後のスケジュールが空いていたこともあって早速読み合わせをしようと小会議室を借りた。
“『読んでみて思ったんですけど・・・・・・
すると台本を一通り読み終えたさとるは、台本に書かれていた純也の人物像が自分の想像しているものとズレていると言い始めた。
“『あたしは原作の純也とこの
だけどあたしには原作の漫画に描かれている純也とドラマ版の台本に書かれている純也の人物像は、雅の視点から見ると“全く同じ人”に思えて特に違和感は感じなかった。
“『確かに杏子さんの言う通り、雅と純也の関係性は原作と何ら変わってないのは分かるんですよ。分かるんですけど、何というか・・・・・・俺には雅との距離感が原作と微妙に違うように感じるんですよ』”
どうやらさとるには純也の視点から見ている雅の姿が自分の中で作り上げていたものと比べると少しだけ違って見えていたようで、それがただ単にドラマとして見映えするようにオリジナルの要素が幾らか付け加えられたとかいう問題じゃなさそうなのはさとるのリアクションだけで十分に分かった。
“『まあドラマ化するにあたって多少オリジナルな要素は組まれてるとは感じたけどね・・・・・・でも、さとるにとっては“そーいう問題”じゃないっぽいみたいね?』”
もちろんあたしはドラマの脚本がどんな形になろうとも、さとるが役作りで壁にぶち当たることになるだろうとは予想していた。というより、さとるが純也を完璧に演じ切るためにはどうしても演じる役と全く同じ感情を“追体験”させる必要があった。
“『あたしが演じる雅のこと、本気で好きになってよ』”
“『はい・・・何だかここにきて振り出しに戻ってしまった気分です・・・』”
だからあたしは、この1ヶ月の間さとるへ“アプローチ”をかけ続けていた。あくまでそれはさとるに“完璧に演じてもらうため”だったけれど、先輩にも秘密にしているあたしが提案した“秘策”の効果もあってさとるは見事にあたしと先輩の思う壺に嵌ってくれた。
“『うん、それはマジのマジでヤバいんじゃない?』”
“『はい。はっきり言ってヤバいです・・・・・・けど、どうにか明後日の顔合わせまでには最低限の形にして、本番に間に合わせる必要がありますね』”
それは同時に、この“壁”を乗り越えられなかったら冗談抜きでさとるの
みんなの期待を超えるためだったら・・・・・・あたしは手段を択ばない。
“『まーそうやって四の五の言ってウジウジ悩むよりさ、もう一回このまま読み合わせてみようよ?何か分かるかもしれないし』”
“『・・・そうですね・・・まずは読んでみましょう』”
結局あの後もあたしとさとるはとりあえずやってみようと普通に読み合わせをしたけれど、純也の感情が分からなくなってしまったさとるは最初から最後まで不調のままこれといった解決策も出ず、あたしが“この後予定がある”と事務所を出て解散になった。
「そっか・・・やっぱりサトルのように実体験から共通点を探して直に感情を引っ張り出す“感覚派”の
あたしから事務所でやった本読みの経緯を一通り聞いた先輩は、ニット帽からチラッと出ている襟足の髪を指先でいじりながら正面に座るあたしを見ながら静かに笑う。どうやら無駄に勘の鋭い先輩は詳しい話をしなくとも、さとるが役の感情を掴めなくなってしまった原因を勘づいているみたいだ。
「・・・先輩ってさ、環蓮って女優は知ってる?」
「環蓮・・・あ~、ホリミィの映画に助演の中にその名前あったわ」
「へぇ~、先輩も知ってるんだ」
「あの子の名前はたまに聞くからね。それにオレらにとっては今や同じ学校の“後輩”だし」
そんな先輩に、あたしは1人の女優の名前を聞いてみる。
「・・・あぁそうか。つまりはサトルにとってその環蓮ちゃんがリアルで“雅のような存在”だから混乱してるってことか」
「先輩のその推理力の高さはなんなの?凄いを通り越してキモいんだけど」
何となく予感はしていたけど、この王子様と来たら自分の勘だけで容易く真実に辿り着いてしまった。てゆーか、マジのマジでエスパーなんじゃないのこの人?
「まあ先輩の推理の通り、要するにそーいうことよ・・・基本的に異性の友情なんてふとしたことがキッカケで破綻して“恋愛対象”になっちゃうぐらい脆いものだから。ましてやあたしたちがこれから演じる役がそうみたいに、仲が良ければ良いほどそんな関係に陥りやすい・・・それが今のさとると蓮ちゃんの関係性なんだなって、この1ヶ月であたしは分かったからさ」
なんて先輩の“名推理”はさておき、さとるが純也の感情を分からなくなってしまった原因は間違いなく蓮ちゃんの存在。さとるはあたしが演じる雅のことを本気で好きになろうとしているが、その好きの感情と純也が雅に感じている“好き”という感情は微妙に違っている。
「だけどさとるはその感情をまだ“自覚”出来てなかった・・・・・・だから、純也のことをずっと誤解したまま解釈してた」
問題は、その違いに当の本人はまだ気づけていないということ。
“『今さらそんなこと言われても・・・俺は知らないです』”
「果たしてサトルはただ鈍感なだけか、それとも恋愛感情が何なのかを知らないだけか」
「いや、どう考えてもさとるは後者だよ」
観覧車でキスをしたときや、ちょいちょい思わせぶりを装ったアクションを起こしたときのリアクションからして異性をちゃんと異性として見ているのは明らかで、“恋愛感情”自体はちゃんと意識の中に持ち合わせている。
「さとるが今までの人生で“恋愛”っていうのをしてこなかったのに加えて、そういう役をこれまで一度もやって来なかったから人を好きになる感覚が何なのかを自分の中で把握しきれてない・・・だから台本が来ていざあたしを相手に芝居をしようとした途端に純也のことが分からなくなったんだよ、さとるのやつ」
でも芝居抜きで“人を好きになる”という感情を経験してこなかったさとるは、今の自分が雅に向けている“好き”と純也が雅に向けている“好き”の違いに気付けなかった。
「・・・じゃあ、サトルは雅のことを好きになるためにまずはホリミィのことを好きになろうとしたけれど、いざ台本が出来上がって感情移入してみたらそこにいたのは雅じゃなくて環蓮ちゃんだったってことか?」
「さとるが思い浮かべていたのが蓮ちゃんだったのかは本人に聞かないと分かんないけど、あたしを相手にして初めて純也を演った瞬間にようやく自分がしてきたことが間違いだったことに気付いたのは確かだね・・・」
そして違いに気付けないでいる状態のまま純也の人物像を作ってきたさとるは、目の前に広がる景色が“文字”に変わって話し相手が雅から“あたし”に変わった瞬間、ようやくその違いに気が付いた。
「だって“恋”っていうのは好きになろうって必死に頑張れば巡り会うようなものじゃなくて、“気がついたらそこにある”的なものだからさ・・・・・・ま、“ガキンチョ”のさとるもこれでようやくスタートラインに立てたってところよね_」
純也にとって雅は、小学校からの幼馴染。最初はただの友達同士だったけれど中学に上がってしばらくしたある日に同じクラスメイトになって知り合った新太が雅と楽しそうに話しているのを見てから、心の中で人知れず雅に対して好意に似た気持ちを持つようになる。でもこの気持ちを伝えてしまったら新太や雅との関係が壊れてしまうことに悩んだ純也は、同じ高校を志望すると決めた日に2人へ“ある約束”を持ちかけたことでこれからも“友達”のままで居続けることを選ぶ。
『_“どうしよう・・・・・・俺、雅が好きだ”_』
だけど高校2年の1学期に新太の幼馴染だった亜美が転校してきてクラスメイトとなったことがキッカケになって3人の関係がゆっくりと変化していくにつれて、心の奥で長い間蓋をしていたはずの感情が徐々に抑えられなくなっていく。
“『杏子さんからの喧嘩は・・・同じく“10年に1人の天才俳優”、夕野憬が引き受けます』”
だからさとるが純也を演じるためにはたかが数か月程度の準備なんかじゃ全然足りなくて、何年もかけて蓄積された“友情”が必要だった。でも何よりも幸運だったのは、さとるにとっての雅になり得る“
本人同士に自覚こそないけれど・・・さとると蓮ちゃんの
「・・・で?ホリミィはここからどうしたい?」
さとるの話を一通り聞き終えた先輩は、意味深そうに静かに笑いながらテーブル越しに座るあたしへ問う。
「あたしに出来ることはもうないわ・・・後はさとるの頑張り次第」
とにかく撮影までにあたしのほうでやれることはやったから、もう後は本人次第。
「・・・そっか」
本当のことを言えばもう少し踏み込んだところまでまだ出来なくはないけれど、ここから先はあたしがやるより別の誰かに“アシスト”してもらうほうがきっと効果があるから。
「ねぇ、明日のサトルのスケジュールって聞いてたりする?」
“『明日?普通に一日中オフですけど?』”
「?・・・あー、明日はオフだって帰り際に言ってたよ」
何も出来ることがないと言ったあたしに、先輩は唐突にさとるのスケジュールを聞いてきた。
「・・・実は奇遇なことにさ、ちょうどオレも明日6限だけ授業受けることになってるんだよね」
「マジ?てゆーかあたしより忙しい先輩に“休み”なんてあったんだ?」
「仕事の合間で授業受けるからオフってわけじゃないんだけどね・・・」
先輩がさとるのために何かを“企んでる”のは一瞬で察せたけど、敢えてあたしは正直に本人から聞いていたスケジュールを伝えて泳がせてみる。
「じゃあさ・・・もしオレがホリミィに代わってサトルに直接伝えて“自覚”させてくるって言ったら、ホリミィは止める?」
“・・・恨まないでね・・・・・・さとる・・・”
「・・・好きにすれば?あたしは別に先輩を止める気はないから」
考えるまでもなくあたしの答えはもう決まっていた。さすがにこればかりは自分で言うとあまりにクズすぎるから心の中に留めておくけど、さとるに先輩に蓮ちゃん、そしてあずさを一遍に“踏み台”に出来るチャンスに恵まれた
「てことはいいんだね?サトルに言っちゃって?」
目の前でクールに笑みを取り繕うあたしを見つめるレンズ越しの琥珀の眼が、獲物を狙う肉食動物のようにギラつく。
「うん・・・いいよ」
もちろん答えを決めているあたしは、純也にとってはライバルとなっていく
「・・・やっぱりホリミィはちゃんと“吹っ切れてる”から助かるよ」
さとるが無意識に張っている“境界線”を壊してくることにOKを出したあたしに、先輩は優し気な口ぶりと表情で感謝を言う。
「本当にありがとう。ホリミィ」
実際のところあたしたちは人の心を全て読み取れるエスパーなんかじゃないから、さとるが蓮ちゃんのことをどこまで本気で想っているのかとか、その想いを自覚したことで本人の心がどんなダメージを受けるかまでは分からない。きっとこれで先輩がさとるのために何かしらの手を打つとしても、与えられるのはパズルでいうとたった1ピースぐらいのヒントだけだろう。
「ははっ、のらりくらりしてる先輩が素直にありがとうって言うなんてどういう風の吹き回し?」
だけどみんながみんな最高の演技をして欲しいと思っているからこそさとるの苦悩は本当によく分かるし、
「マジのマジで信じてるよ・・・一色先輩」
“それはさとるも同じでしょ?”
「・・・それで、あずさは最近どう?」
「あずさ?あぁ、“役作り”の話ね」
顔合わせを直前に控えてさとるに立ちはだかった課題にまつわる話がひと段落したのを見計らって、あたしはさとるのことを教える“交換条件”として約束していたもう一人の話題を始める。
「心配しなくともあずさのほうは順調だよ・・・“そっち”とは違ってね」
どうやら挑発気味にほくそ笑む先輩の様子からして、あずさのほうも順調みたいだ。
「・・・そう。じゃあ残りの時間をかけて、あたしに詳しく聞かせてよ」
こうしてあたしは、予約を入れていた残りの時間をフルに使って先輩からあずさの役作りのことを聞き出した。
「聞いて驚くなよ・・・」
“『私。静流さんと友達になりました』”
「・・・聞いておいて大正解だったよ。あずさのこと」
そして先輩から明かされたことで、あたしはあずさのことを“友達”だからと見くびっていたことを思い知ることになった。
“『うん・・・負けたくないのは、私も一緒だから』”
「ちょっと前まで何かあったらすぐあたしに甘えてくる引っ込み思案の弱虫だったくせに・・・・・・いい度胸じゃん」
後ろを歩いていたはずの幼馴染に、何を思う_
というわけでここからscene93に行く前に、補足にあたる幕間話を3話ほど挟みます。