或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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先日、某民放のドラマにおける原作者とテレビ局側のトラブルが原因による痛ましい事件が起きてしまいました。この事件との関係は一切ないのですが、本作におきましてもオリジナルの要素や展開が非常に多く、また今現在進めている長編が漫画原作のドラマ化というものを題材の一つとして取り上げていることもあり、二次創作とはいえ今後のことも踏まえて色々と考えなければならないと受け止めております。

ストーリーの都合上、賛否の分かれる展開は今後も続いてしまうと思いますが、これからも自分なりに原作に対する最大限のリスペクトを持って或る小説家の物語を執筆していくことをお約束しますので、よろしくお願いいたします。


#010B.《幕間》 モノクロ

 2001年_5月14日_芸能事務所スターズ・社長室_

 

 「だったら逆に聞きたいんだけど・・・・・・もしオレが前言撤回してスターズを辞めるって言い出したら、アンタはどんな手を使ってでも引き留める?

 「・・・・・・いいえ。私は十夜を引き留めるようなことはしないわ

 「へぇー・・・てっきりオレはアリサさんのことだから“広告塔”のオレを使える権力を全て使うくらいの勢いで止めてくると思ったぜ

 「残念ながらいまの私にはそれほどの力はないわ・・・・・・ただし・・・“時と場合”によっては、一色十夜に俳優としての“価値”を見出して“投資”をしてくれた全ての関係者(人たち)の恩を仇で返すということはどういうことかをあなた自身の身を持って“勉強”してもらうことになるけれど・・・・・・その覚悟はあるのかしら?

 「ハハハッ・・・そんなの、覚悟があるから言ってるに決まってんじゃん・・・・・・もちろん、“今のところ”はスターズ(ここ)から離れる気はこれっぽっちもないけどね?

 

 

 

 

 

 

 「・・・あれ藤くん。何でここにいんの?」

 

 社長室でアリサとの話し合いを終えてフロアに戻ると、どういうわけか事務所の玄関前に車を止めているはずのマネージャーの藤井が、俺をお出迎えでもするかのようにフロアに立ち待っていた。

 

 「十夜さん。実は急な話になってしまうのですが、どうしても十夜さんにお会いしたいというお方が事務所の前にいらしています」

 「事務所の前?オレこの後何にも予定とかないから帰るところなんだけど?」

 「いえ、軽く挨拶をするだけでも構わないと仰っていますので、ご安心を」

 「挨拶・・・」

 

 “・・・来やがったな・・・

 

 「真夜子(まやこ)さん”でしょ。オレに会いたいって言ってる人?

 

 藤井の姿が目に留まったあたりから“これは何かあるな”という予感はしていたが、“挨拶だけでも構わない”という言葉(ワード)が出てきた瞬間、俺は確信した。

 

 「左様です。“お母様”とお伝えすると十夜さんは挨拶すら拒否すると思いましたので敢えて名前は伏せさせて頂きましたが」

 「藤くんがアリサさんからどういうふうに家族のことを聞かされてたかはどうでもいいけど、少なくともオレと“あの人”の仲が悪いとかそんなのじゃないから藤くんは要らない心配なんかしなくてもいいよ」

 「分かりました。肝に銘じておきます」

 

 アリサからの入れ知恵を鵜呑みにして珍しく普段以上に気を遣ってきた藤井に注意までは至らない程度の忠告をして、俺は気持ちを整えながら事務所の玄関前に出る。

 

 「久しぶりね・・・・・・十夜

 

 事務所から出てきた俺を出迎えるように、しばらく会わなくなっていた“あの人”は礼服のような黒一色のサイドプリーツワンピースの出で立ちで、後部座席のドアを開けたまま通りに停まるホワイトカラーのプレジデント(見覚えのあるセダン)の前に立ち俺が来るのを待っていた。

 

 「・・・5年ぶりくらいだね・・・“母さん”

 

 

 

 一色真夜子(いっしきまやこ)。俺にとっての実の母親にして、“20世紀最後の現代美術”の異名で世界的に知られている芸術家だ。この母親の生い立ちを軽く説明すると、日本を代表する名門と呼ばれている交響楽団で長らくコンサートマスターとして活躍していたヴァイオリニストの一色真嗣(いっしきまさつぐ)を父に持つ裕福な家庭に育ち、そんな父の影響もあり真夜子は物心がつく前から必然的に音楽に触れていたことが後に彼女にとって大切な趣味でもある音楽鑑賞やピアノに繋がることになる。ちなみに真嗣は俺にとっては祖父にあたる人だけれど、彼は姉さんが5歳のときに亡くなってしまったから当たり前だが面識は全くない。

 

 しかし真夜子が音楽以上に興味を持ったのは“美術(アート)”の世界のほうで、家族で訪れた避暑地の景色や夢の中で見た景色をスケッチに描くことから始まり、そこから独学でひたすら絵を描き続け、ときには寝ることすら忘れたり絵を描きたいからと学校を休もうとするほど創作に没頭して小学校時代にはいじめを受けたり学校の先生から“問題児”として扱われたこともあったが、その仕打ちに臆することなく小学校からミッション制の女子高を卒業するまでに1000枚を超える絵を描き、16歳のときに制作して初めて展覧会で入選した絵は、後に彼女の名を世界に知らしめることとなる作品と共に美術の教科書に載るほどの代表作になった。

 

 それから“どんな道を進んでも構わないが、せめて高校までは勉学もやり遂げなさい”という両親の教えを守り高校を卒業した真夜子は都内各地の画廊や百貨店で個展を開きながら生計を立て、真夜子の理解者でもあった医師の邸宅の一部屋を間借りしながら変わらず絵の創作を続ける生活を送っていた。そんなある日、真夜子の個展を偶然訪れていた劇団を主宰する1人の青年と出会い、真夜子の作品に感銘を受けた青年の伝手で“アングラ演劇の伝説”と呼ばれる劇団に入団することになり、以降は自身の創作活動と並行して劇団の“美術作家”を担うことになる。

 

 真夜子にとって転機となったのは23歳のとき。劇団の舞台で劇中のオブジェとして使われた直径3メートルの球体を200色の白と黒のグラデーションで塗りつぶした球体アートを、既に業界では名前が知られていた1人の写真家、もとい俺の父さんでもある一ノ瀬道重(いちのせみちしげ)が一枚の写真に収め、日本のアンダーグラウンド文化を題材にした写真集の表紙にしたことをきっかけに話題を呼び、真夜子本人から“モノクローム”と名付けられたオブジェは公演終了後に主宰の知り合いが経営する画廊に展示されたのちオークションにかけられ、最終的にニューヨークで美術館を運営している大富豪のコレクターが4億円相当の値で買い上げたことが世界的なニュースになり、一色真夜子の名前が世界に知られる大きなきっかけとなった。

 

 そしてこの作品をきっかけに父さんと知り合った母さんは、27歳のときに劇団が解散するのと同時期に父さんと結婚し、新たな活動拠点となるニューヨークへと一緒に渡米して・・・・・・そこから先は“20世紀最後の現代美術”と呼ばれるほど芸術家として世界に多くの衝撃を与え続けた・・・とでも言っておこう。

 

 

 

 とまぁ、ここから先のことはあんまり思い出したくないから省かせてもらうけど、ざっくり言うと俺が生まれる5年前に亡くなった祖父だけが凄いくらいの普通の家系で終わるはずだった一色家を、誰もが羨む“華麗なる一族”に変えてしまった母親(ひと)だ。

 

 

 

 「それで、“”に何か用?」

 「2泊3日とはいえせっかく日本へと帰れたのだから、せめて十夜にも挨拶ぐらいはしておかなければと思ってね」

 「父さんは?」

 「残念ながら帰国直前に急用が入ってしまって・・・代わりと言っては難だけど、十夜宛てに国際郵便を送ったと聞いているから返事はよろしくね」

 「あぁ・・・わかったよ」

 

 事務所の玄関前で交わす、5年ぶりの再会とは思えないほど淡々とした母さんとの会話。俺と全く同じ色をしたボブカットの髪も、外出するときは必ず掛けている愛用の縁のないラウンドフレームのサングラス越しにうっすらと見えるこれまた俺と全く同じ色をした琥珀色の瞳も、実年齢より10歳以上は若々しく見える顔も無駄に透き通った声も、まるで5年前から時が止まっているんじゃないかと思うくらいに全く変わっていない。

 

 「久しぶりに十夜を見てるけど、随分と大人になったわね?」

 「当然だよ。あれからもう“5年”も経ってるから」

 

 いや、5年経って大きく変わったことが1つだけあった。俺より少しだけ高かったはずの母さんの背丈が、今じゃ目視で20センチほど小さくなっている。考えてみれば5年前の俺はまだ12,3で、そこから中学の間に成長期が来て一気に背が伸びたわけだから、当然っちゃ当然だ。

 

 「“5年”・・・ということはもう高校3年生ね」

 「そうなるね」

 「制服、とても良く似合ってるじゃない」

 「それはどうも」

 

 まぁ、だからと言って感傷に浸るとかそういう“センチ”なことはしないけど。

 

 「そんなことより、母さんは本当に挨拶をするためだけにわざわざここに来たの?」

 「いいえ違うわ。実はこれから小夜子の家に行って孫の千夜子に会いに行くのだけれど、もしこの後時間が空いているならば十夜も顔ぐらい見せに行くのはどうかしらと思ってね」

 「なるほどそういうことね。でも今日俺がこの時間帯に事務所にいるってよく分かったな?」

 「今日の予定は“アリサちゃん”から聞かせて貰っているわ」

 「うん、そんなことだろうと思ったよ。あまりにタイミングが良過ぎるし」

 

 わざわざスターズの事務所にまで運転手付きの車で寄り道をしてまで何しに来たかと思えば、姉さん夫妻と孫に顔を見せに来ないかという“おばあちゃん”らしいお誘いだった。アリサから予定を聞いているということは今日この後のスケジュールが空いているのは知っている。

 

 「ちなみに姉さんのところに顔を見せたいところだけど、残念ながらそんな時間すらないくらいには暇じゃないんだよね。ドラマの台本早く覚えないといけないしさ」

 

 もちろん俺の答えは“ノー”一択だ。ただし誤解して欲しくないのは、俺たち親子は仲が悪いとかではなくて、俺は母さんや父さんのことを人間的に嫌ったことは一度たりともない。

 

 「だからごめん・・・千夜子にはまだ会えない

 

 

 

 俺はただ、“一夜(兄さん)の生まれ変わり”のまま一色家の歯車となっていくような生き方だけはしたくない・・・

 

 

 「・・・分かったわ。でも謝らなくたって十夜が忙しくしているのは私も重々分かっているから、無理に連れて行くようなことはしないわ」

 

 俺が“ノー”と言うことを最初から分かっていたのか、静かに微笑みながら淡々と自分の息子に言葉をかける母さんはこれ以上説得するようなことはしなかった。

 

 「はっ、相変わらずそういうところも変わらないな。母さん」

 

 俺が子どもだったときから何も変わらない母さんの様子に、思わず一瞬だけ笑ってしまった。この人は昔からそうだ。姉さんのことも含めて身体の健康のこと以外においては基本的に放任主義で、止められるようなことも窘められるようなことをされた記憶は少なくとも俺の中にはない。

 

 「だって、変える必要はないじゃない・・・小夜子と同じく自分の道を進んでいる十夜(あなた)のように・・・

 

 

 

 

 

 

 “『お前らのせいで俺は・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・そうだね

 

 俺が“この人たち”の家から出て行ったあの日も、さすがに決意を問われこそしたが最終的には“あなたが決めたことだから”と俺のことを無理に止めるようなことはしなかった。俺の母親は、そういう人だ。

 

 「どうする十夜?小夜子の家には行けないにしても、十夜のマンションまでならあなたが構わないのなら送ってあげれるけれど?」

 「悪いけどいいよ。本当のこというとこの後マネージャーの藤くんと来年のスケジュールのことで相談しておきたいこともあるし」

 「そう・・・でも、元気そうにしているあなたの顔を見れただけでも今は満足だわ」

 

 そんな人柄のおかげなのかは分からないが、母さんとの会話は傍から見れば5年ぶりに会ったとは思えないほど淡々と進んでいった。

 

 「そうだわ十夜、俳優のお仕事は不規則になりがちだからどんなに忙しくてもちゃんと3食は食べること」

 「分かってるよ」

 「それから千夜子の写真、十夜にも郵便で送ろうと思っているけどいる?」

 「んー、母さんに任せるよ」

 「分かったわ」

 

 こうしてどこか和やかながらも当事者同士には5年の距離感をヒシヒシと感じる淡々とした会話はあっという間に終わり、母さんは運転席に座る付き人に手で合図を送りながら後部座席に座るのと同時に、付き人は後続車が来ないことを確認しながら運転席から出て空いている後部座席のドアのほうへとスッと歩いてそのドアに静かに手を掛ける。

 

 「母さん

 

 付き人が後部座席のドアを閉める寸前、俺は後部座席に座る母さんに声をかける。俺が何か伝えたいことがあると察した付き人は、半開きのドアに手を添えたまま制止して母さんに確認を取って閉めようとしていた後部座席のドアを再び開ける。

 

 「・・・目の調子はどう?

 

 最初は聞くつもりなんて全くなかったけれど、次に面と向かって顔を見るのがいつになるのか全く分からないと考えたら、最後にどうしても聞いてみたくなってしまった。

 

 「そうね・・・この5年10年で左目はほとんど見えなくなってしまったけれど、右目は変わらずピンピンよ

 「・・・そうか

 

 まだ視界だけはちゃんと残っている右目で辿るように、後部座席に座る母さんは顔を左側に向けて愛用のサングラス越しに俺の表情を捉えるようにハンデを負っている目の現状を話す。

 

 「もう、十夜は私のことなんか心配しなくたっていいのに」

 「心配はしてないよ。ただ、現状を知りたかっただけだから」

 「そう。でも、私は十夜が元気でいてくれたら、後は何も要らないくらい幸せよ」

 

 心配されていると感じ取られたのか、母さんは俺を安心させるために少しだけおどけて見せる。もちろん、心配なんかこれっぽっちもしていない・・・

 

 「“何も要らない”なんて言うなよ母さん。あんたにはこれからもあんたにしか創れない作品(モノ)でこの世界を彩ってもらわないと困る・・・」

 

 6歳のときに家族旅行で訪れていた真嗣(父親)の休暇先で不発弾の暴発事故に巻き込まれた母さんは、そのときに負った傷の後遺症で白と黒以外の色を失った。そんな“モノクロ”の視界に映る5年の月日が経った分だけ大人に近づいた俺を見て、この人が何を思い何を感じているかなんて俺には分からないし、はっきり言って分かりたくはない。

 

 「・・・“オレ”が役者になって色んな人間を演じ続けるようにさ

 

 

 それを“認めてしまう”と・・・過去を捨てていまここにいる“オレ”を殺すことになるから・・・

 

 

 「・・・ふふっ・・・そんな表情も出来るようになったのね?十夜?

 

 不意に心の奥から沸き上がりかけた感情に蓋をしてわざと“スターズの王子様”として自分の気持ちを伝えると、それを見た母さんは控えめながらも本当に心の底から嬉しそうに笑う。

 

 「“オレ”は役者だからね

 

 その心からの言葉に、俺は“一色十夜”のままで言葉を返す。

 

 「じゃあ、どうか元気でね。十夜

 「うん。母さんも元気で

 

 そして最後にもう一度“本当の自分”に戻って別れ際の言葉を交わして離れると、付き人は後部座席のドアを静かに閉めてやや早歩きで運転席へと戻り、静かにドアを閉めると母さんを乗せたプレジデントはそのまま姉さんと夫の千里さんの住む“城原邸”へと静かに走り去って行った。

 

 「・・・ご一緒にならなくてよろしかったのですか?十夜さん?」

 

 プレジデントが走り去った方向を見て立ち尽くす俺に、背後でずっと見守っていた藤井が声をかける。

 

 「あぁ。これでいい」

 

 気に掛ける藤井に、俺は何食わぬ表情(かお)で綽綽と返す。せっかく5年ぶりに会ったのだから、1日ぐらい家族水入らずを楽しんで過ごしたっていいじゃないかと言われてしまえばそれまでの話だ。

 

 「“オレ”の芝居に・・・・・・“俺”の心は必要ないからさ

 

 けれども俺とあの人たちの間を隔てている“”は、そう容易くは壊せない。

 

 「つーことで、オレらもボチボチ“おうち”に帰りますか」

 

 

 

 “オレ”が生き続けている限り・・・・・・永遠に・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピッピッピッ、ピッピッピッ、ピッピッピッ_ピッピッピッ、ピッピッピッ、ピッピッピッ_ピッピッピッ、ピッピッピッ、ピッピッピッ_ピッ

 

 「・・・・・・」

 

 誰かに押さえつけられているかのように重くなった瞼を目いっぱいの力を込めて半分ほど開け、半ば手探りの状態で午前4時半を知らせるアラームを止めてベッドの上で上半身を起こして座禅を組み、その体勢のまま再び目を閉じ1分間の瞑想に入り眠っていた脳を徐々に動かして、ゆっくりと目を開ける寝起きのルーティン。

 

 “・・・懐かしい夢を見たな”

 

 目を開けた瞬間、4時半にセットしたアラームに叩き起こされるまで見ていた18歳のときの“光景(ゆめ)”がバッと脳裏に蘇る。家族に縛られることを過度に恐れて、王子様という名前の“虚飾”で塗り固められていた18歳の自分(こども)。こうやって大人になった今になって思い返すと、アリサさんの元にいた頃の自分は本当に生意気で恥ずかしくて、それでいて愛しくも感じてしまう。

 

 “「昔を振り返る暇があるなら芝居に集中したらどうなの?“おっさん”?」”

 

 そして俺が(かつて)の自分を思い起こすたびに、心の奥でずっと飼い慣らしている霧生の制服を着た大人になる前の“オレ”が今の自分(おれ)に語りかけてくる。

 

 “「(まだまだ“お子ちゃま”なお前には、過去を振り返ることの重要さは分からない、か・・・)」”

 

 と、このまま話を進めると俺がただ単に頭がおかしい奴のように見えてしまうから言わせてもらうけど、これは俗にいうイマジナリーフレンド“その1”のようなものだ。ただし、このイマジナリーフレンドはフレンドにしては挑発的でいちいち当たりが強いのが玉に瑕だが。

 

 “「(けど、“大人”になるってことはそういうことだぜ?)」”

 

 ベッドの上で座禅の姿勢で座る三十路半ばの俺を“おっさん”呼ばわりして見下ろす制服姿の“オレ”に、心の中で話しかける。

 

 “「ったく、大人ってやつはどいつもこいつも都合の良いことばかりだな」”

 “「(それで気がまぎれるなら好きに言えばいいさ。そう遠くないうちにお前も分かるはずだから)」”

 

 “オレ”という奴が俺の心に住み着いた年月は、気が付いたら人生の半分を超えてしまった。もちろん俺が大人になるにつれて自分の中で変幻自在にコントロールできるくらいには飼い慣らせることが出来たが、今でも時折こうやって俺の身体から飛び出してくることがある。

 

 “「(ま、その瞬間に今度こそお前は俺の身体(こころ)から出られなくなるだろうけどな?)」”

 “「それで困るのはそっちじゃね?」”

 “「(ははっ、そうかもな)」”

 

 だけど偶にはこんなふうに“自由”に解放してあげるのもまた、役者という精神をすり減らす日常を送る中で自分を保つために重要なことの1つだ。

 

 “「・・・また“あの人”の夢を見たのか?」”

 “「(あぁ・・・また見ちまった)」”

 

 俺を見下ろす18歳の“オレ”が、あの人との夢をまた見てしまった自分に問いかける。

 

 “「人様に“大人とはこういうものだ”って偉そうに言ってるくせに、“おっさん”はまだ後悔してるんだね・・・・・・役者だったらいい加減捨てちまえよ、“そんなもの”・・・」”

 

 

 

 

 

 

 “『・・・ごめん・・・・・・泣いてもいいかな?わたし・・・』”

 

 

 

 

 

 

 “「(・・・いつまで経っても過去と決別することに固辞してる“王子様(おまえ)”には、一生分からないよ・・・)」”

 

 心の中で問いに答えると、“オレ”の姿はどこかへと消えていた。というか、結局これは早い話が昔の自分との対話という名の“自問自答”だ。

 

 “・・・後悔、か・・・

 

 “後悔”・・・あのときもっとこうしていればとか、もっとちゃんと向き合っていればとか、同じテーブルで同じ料理を食べたり休みが取れたら世界中の色んな場所に連れて行ってあげたり、もっと一緒にいる時間を増やしていたら・・・と、数を上げれば普通にずっと心に残っている後悔(もの)はいくつもある。そんな甘えは、芝居を生業にする人間にとっては最も邪魔な“贅肉”のようなものなのかもしれないが、“6年”が経とうとしても性懲りもなく俺は“この感情”を心に留めている。

 

 

 

 “『今日からよろしくね。十夜さん』”

 

 

 

 不意に“食卓同盟”を結んだ日の千夜子が、一瞬だけ脳裏をよぎる。“百城千世子”として世間がよく知る天使の笑みよりも可愛くて愛おしい姪っ子の悪戯だけど着飾らないありのままの笑顔(すがお)

 

 “・・・本当に似てるよな・・・千夜子(おまえ)

 

 もしかしたら俺は、あの人へのせめてもの“贖罪”のために千夜子の面倒を見ているのかもしれない・・・と、“あの人がいた”頃の記憶を夢で見るたびに思う。別に俺は神様の存在を信じているわけじゃないが、もしもこれが俺にとっての贖罪ならば、どちらの親にも似なかった千夜子の姿が大人へと近づいていくたびにまるで“生まれ変わり”のようにあの人とそっくりになっていくことも、俺と同じ道を選んだことによっていつかはお互いを“喰い合う”時が来てしまうであろうことも・・・

 

 

 

 

 

 

 “『・・・やっぱり・・・泣くんじゃなかった』”

 

 

 

 

 

 

 そして、千夜子が背負う必要のない“後悔”を背負ってしまったことも、全てはあの人と向き合う勇気がなかっただけの自分を認めきれなかった俺に科せられた“罰”・・・とでも言うのだろうか。

 

 

 

 “いいさ・・・それで千夜子の心が軽くなるならば、この俺が身代わりになっていくらでも神様からの“罰”を受け入れよう・・・

 

 

 

 大人になって過去を“認める”ことが出来た今なら痛いほど分かる・・・・・・“モノクロの視界”に隠されていたあの人(母さん)の悲しみと、“生まれ変わり”という言葉に隠されていた本当の想い・・・

 

 

 

 

 

 

 “『ほんとうに十夜は・・・一夜の生まれ変わりね』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・っとあぶね。千夜子にモーニングコールしないと」

 

 自問自答を終えて我に返った十夜は寝室の照明を付けながらスマホを立ち上げ、映画の撮影で1時間後にはマンションを出なければいけない“千世子”にモーニングコールの電話をかけた。




憬か蓮か十夜のうち誰を掘り下げようか悩みましたが、タイミング的に今しかないという理由で今回は十夜を掘り下げました。

これまで名前しか明かされていなかった十夜の母親にして千世子にとっては“おばあちゃん”にあたる真夜子が登場して、ざっくりとですが生い立ちも語られましたが、はっきり言って彼女と一色家の生い立ちはまともに掘り下げると一本の長編になってしまうくらいには濃ゆい感じなので、結果的に今回はダイジェストっぽくなってしまいました。ごめんなさい。

十夜、そして千世子を始めとした“一色ファミリー”の話については本筋の話と並行して徐々に掘り下げて行く予定ですので、多少時間はかかりますが楽しみにしてくれると幸いです。

というわけで物語は2018年に一瞬だけ戻りましたが、次回から本筋に戻るため再び2001年に戻ります。





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