或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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ハミルトンがフェラーリ移籍・・・・・・マジすか


scene.93 簡単なこと

 「・・・目、閉じて

 

 メインキャスト同士で先ずは親睦を深めるためにと、お忍びでお台場へ遊びに行った日の最後に乗った観覧車。

 

 「・・・こう・・・ですか?

 

 その観覧車の中で、俺は“ぐっとっぱ”をして一緒のゴンドラに乗ることになった堀宮からキスをされた。もちろんそのキスは本心ではなくて、“不意にキスをされたときの表情がどんな感じなのかを見たい”という、劇中で純也から告白前にキスをされるときの雅の表情を知りたい堀宮なりの役作り。

 

 「・・・・・・もう、いいよ

 

 体温の感触が唇から離れ、暗闇の向こうで聞き慣れた声が聞こえてきて、俺は目を開ける。

 

 「・・・ごめん憬。びっくりした?

 「・・・蓮・・・なんでここに?

 

 だけど目を開けた視界の先で座っていたのは、堀宮ではなくて蓮だった。

 

 「だって、憬が連れて来たんじゃん・・・ここに・・・

 

 

 

 

 

 

 「ッ!!・・・・・・・・・夢か」

 

 親友に記憶を“置き換えられた”ことで心の動揺が限界に達した瞬間、俺の視界はゴンドラの景色から俺が住んでいるワンルームの天井に変わった。どうやら今さっきまで目の前に広がっていた現実は夢の中の出来事で、俺はベッドの上で横になりながら色々と考え事をしているうち寝落ちてしまったみたいだ。

 

 「・・・んだよ・・・今の」

 

 眠気が覚めて夢だったことを完全に理解したら、訳もなく独り言がこぼれた。悪夢を見た後とはまた違う、見てはいけないものを見てしまった後のような説明のつかない何とも言えない気まずい感覚。どっちにしろこういう夢を見た後の寝起きは、あまり気分は良くない。

 

 「・・・それは違うっつってんだろ」

 

 自分に言い聞かせる意味合いで、俺は自分自身に喝を入れる。こんな気まずい夢を見てしまった原因は、間違いなく一色から昨日言われた“あの言葉”のせいだ。

 

 

 

 “『サトルがレンちゃんに抱いてる“それ”は、“友情”なんかじゃない』”

 

 

 

 「はぁぁぁー・・・」

 

 一色から言われた言葉(こと)を思い出したら、自分でも引くほどの大きなため息が出てきた。あの王子の言っていたことが正しいとなれば、俺は蓮のことが・・・いや、俺はつい昨日まで雅を演じることになる堀宮のことを好きになろうとしていた。もちろんあくまで“役同士”としてだが。

 

 テレレーテレレテレレーテーテレレーレレー♪_

 

 そのとき、充電していた携帯が一件の着信を知らせる。

 

 「(どうせ“あの人”だろうな・・・)」

 

 カチャッ_

 

 『_おっはーさとる!今日の本読みよろしくね!_』

 

 「朝からテンション高ぇなこの人・・・」

 

 充電していた携帯を開くと、相手は案の定の堀宮だった。もうすっかり慣れたけど、この人のメールは基本的にテンションが高い。

 

 “『_はい。こちらこそお願いします。_』”

 

 とりあえず内容から察するに“恋愛モード”ではなく普段の“ビジネスモード”なのは分かったから、それを察した俺はひとまず普段通りに返信した。

 

 テレレー♪_

 

 “『_(^_-)-☆_』”

 

 「・・・はぁ」

 

 たまにめんどくさくなる先輩とのメールを終えて、普通に“めんどくさい”と思ってしまっている自分に対する溜息を吐き出す。つい一昨日まではこの人からのメール1つで心を高揚させることができるぐらいには完璧に感情を作れていたはずなのに、台本を渡され一色の術中に嵌り作り込んだ“感情”をぐちゃぐちゃにされてからは、すっかり心が高揚しなくなってしまった。

 

 “・・・でもなんで俺は堀宮(あの人)のことを疑おうとしなかったんだ?”

 

 そんな堀宮からのメールを閉じて、俺は再び考え込む。台本を読んだときの違和感といい、会えない中で好きという感情を途絶えさせないための“秘策”といい、よく考えてみればおかしい点はいくつかあった。なぜ俺はそれにずっと気づけなかった?結局のところ、あれからずっと寝落ちするまで自己分析を続けてみたけれど、答えは何一つ分からないままだ。

 

 “純也と俺の境遇は、ある意味でとてもよく似ている”

 

 ある意味、俺と純也の境遇は似ている。小さい時から仲の良い女子の幼馴染がいて、高校に上がっても変わらず親友の関係で仲良くやっている。でも俺は純也とは違って、蓮に対して“そういう”感情なんかは全く持っていなくて、ただ純粋に親友としてあいつとはずっと接してきたし、それはこれからも変わらずに続いていくつもりだった。

 

 でも、だからと言って心当たりが全くなかったわけじゃない。

 

 

 

 “『じゃあ・・・・・・繋いでみる?』”

 

 

 

 『ロストチャイルド』を観た後にあいつが仕掛けた即興劇(シミュレーション)。もちろん最初から最後まで芝居だったとはいえ、本当に一瞬だけど俺はあいつに“その気があるんじゃないか”と本気で勘違いした。今のところあいつから好きという感情を向けられたのはあの一回だけでおまけに芝居だったけれど、成す術なく騙された俺にとっては役者以前に親友として置いてかれてしまったかのようなショックがあった。

 

 

 

 “ただの親友、本当にそれだけか?

 

 

 

 「いや・・・親友に置いていかれるのは普通にショックだろ」

 

 それから春になって俺は蓮と同じ高校に進学して再びクラスメイトの関係になり、早くも俺たちはそれぞれメインキャストと助演で共演することになった。ただしメインは俺で、あいつは助演。

 

 

 

 “『もしも“親友”っていう存在がこれからもずっと女優を続けていく私にとって邪魔な“障害物”だとしたら・・・・・・私は親友なんていらない』”

 

 

 

 寮の近くにある公園で待つ俺の前に現れた見慣れないショートヘアの蓮が言い放った、“ライバル”としての宣戦布告。でもそれが本当の覚悟ではなくて、先輩女優からちょっと挑発されただけで揺れるぐらいの強がりだと分かった、数日後の昼休み。俺はまだあいつとの距離は思っていたほど離されていなかったことを知った。

 

 

 

 “『うん。私は全然大丈夫』”

 

 

 

 だけれどそれも束の間、堀宮との“二手勝負”をきっかけに自分が演じることになっている凪子のようにまたひとつ心が強くなったあいつを見て、再び距離が開いてしまったことを知った。俺が一歩を進むごとに、あいつもまた一歩、二歩を進んでいるという、距離が縮まりそうで縮まらない感覚。

 

 

 

 もしかしたら俺は、蓮のことをもっと分かりたくて、いつまでも蓮にとって一番近いところにいたいから、芝居をしているあいつが前に進んでいく姿を見て、俺もまた芝居で進み続けているのだろうか・・・

 

 

 

 “『サトルさ、いま完全に“レンちゃん”のこと意識してるでしょ?』”

 

 

 

 「・・・じゃあどうしたらいいか教えてくれよマジで

 「おっす夕野っち」

 「!?・・・新井?何でここに?」

 「夕野っちこそどうした?さっきからずっとぶつくさ1人で喋ってたけど?」

 「あぁ、これは・・・独り言」

 「独り言にしちゃすげぇ長くね?ひょっとして熱ある?」

 「いや、多分平熱」

 「多分かい

 

 急に部屋のドアのほうから声がして顔を向けると、どういうわけか新井がいた。そして新井の顔を見た瞬間、自問自答にのめり込みすぎて我を忘れ誰もいない壁に向かって独り言をずっと呟いていたことに気付いてどっと恥ずかしさが込み上げる。

 

 「それよりみんなもう1階(した)で朝飯食べてるぜ?」

 「マジで?もうそんな時間?(そういや目覚ましかけたっけ俺?)」

 

 ちなみに新井はいつまで経っても下に降りて来ない俺の様子を見に来たらしい。ふと枕元の目覚ましを見ると、いつの間にか朝食を食べる7時を過ぎていた。ついでにどさくさに紛れて目覚ましのアラームのセットをし忘れていたけれど、もう起きた以上はどうでもいい。

 

 「悪い。仕事のこと考えててボーっとしてた」

 「ボーっとしてた割にはご乱心に見えたけどな?」

 「いやあれは」

 「にしても基本ポーカーフェイスな夕野っちでもあんなに“おかしくなる”ことってあるんだ?」

 「“おかしい”って言うな」

 

 とにかく俺はいま、役者になってから一番と言ってもいいくらいに取り乱しているのかもしれない。そりゃあ一色から顔合わせと本読みの前日に“あんなこと”を言われたら、こうなるのは無理もない。

 

 「ああそうだ、今までずっと言ってなかったけど俺も出ることになってるから。夕野っちが出るあのドラマ」

 「・・・・・・マジ?」

 「大マジ。ずっとバレないように隠してたけど台本も貰ってる。ちなみに“奥田(おくだ)”な」

 

 と、本番までに解決すべき問題を考えているうちに完全に取り乱していた自分を恥じて冷静になったところで、今度は新井がいきなり曇りひとつすらなさそうな満面の笑みで『ユースフル・デイズ』に演者で出ると打ち明けた。

 

 「そっか・・・じゃあ今日からよろしく」

 「え、反応薄っ・・・結構びっくりすること言ったつもりだったんだけど俺?」

 「大丈夫。驚いてはいる」

 「完全にうわの空にしか見えないんですが・・・?

 

 けど正直、心境的にはそれどころじゃないから新井が共演者になるということにはあんまり驚けなかった。

 

 「どうせ言うなら今日の本読みまで黙っておけば普通に驚いたのに」

 「うわ~そっちのパターンかぁ~・・・はぁ、ったくこういうところがあるから俺はチャンスを掴めないんだろうな」

 「そんなことないから安心しろ」

 「で?さっきは何でぶつくさ壁に向かって喋ってたん?」

 「マジで何でもねぇから気にすんな」

 

 ひとまず腹が減っては戦も出来ないから、俺は様子を見に来た新井の後に続いて自分の部屋を出て、寮母さんが作ってくれたバイキングが用意されている1階へと足を進める。

 

 「・・・まぁよく分かんねぇけどあれだ。芸歴だけは先輩の俺から言えるのは、“メインキャスト”だからって必要以上に気張る必要はないってことよ」

 

 その途中の階段で、前を歩く新井は背中を向けたままいきなり真面目な口調になってアドバイスを始める。声のトーンからして、役作りが上手くいっていないことで俺が取り乱していたことには様子を見ただけでとっくに気が付いているみたいだった。さすが、子役から芸能界で仕事をしているだけあって勘は鋭い。

 

 「“どんな形”であれ、せっかくメインの大役を勝ち取れたんだから、もっと馬鹿になって楽しもうぜ。夕野っち?」

 「・・・新井お前」

 「おっと、言っとくけど俺は何も“知らねぇ”から夕野っちが聞いたところで無駄だぜ?

 「・・・おう

 

 振り返ることなく、新井は俺にエールという名のアドバイスを送る。実際に新井はどこまであの“オーディション”の実情を聞かされているのかは、はっきり言って本人の口からカミングアウトされるまでは聞くつもりはない。

 

 「馬鹿になって楽しむ・・・か

 

 けど、新井は裏事情を知っていてもなおも本心から今日から始まるメインとそれ以外の“駆け引き”を純粋に楽しみにしている。

 

 「そう。馬鹿になって楽しむ・・・・・・役者だったら“簡単なこと”だろ?

 

 

 

 “『“俯瞰型だろうと憑依型だろうと“やるべきこと”は同じ”・・・これ、“超重要”だから・・・』”

 

 

 

 「・・・あぁ。そうだな

 

 そんな前を歩く新井からのアドバイスでふと一色から言われた言葉を思い返してみたら、昨日からずっと1人で考え込んでいた時間は何だったのかと思うほどの勢いで、ひとつの“結論”が頭の中で思い浮かんだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 今日は5月15日。夕方にテレビ局の会議室で控えるドラマ『ユースフル・デイズ』の第一話の読み合わせが始まり、撮影に向けて一気に動き出していく。脚本が中々届かない状況でも自分なりの役作りを各々続けて、メインキャストの俺たちはついにこの日を迎えた。この1,2ヶ月、俺は身体も心も純也に近づけるため、やれるだけのことをやってきた。後は、本番に向けて最終調整・・・

 

 「・・・夕野っち?」

 「?」

 

 したいどころか、本読み前日に俺が地道に立てていた“プラン”は全部ひっくり返った。

 

 「相変わらず緊張しちゃってる?」

 

 通い慣れ始めた高校の昇降口で靴を履き替えI組の教室へ歩く俺を横目に、隣を歩く同じクラスの新井がいつもの調子を装いながら気に掛ける。

 

 「緊張・・・そりゃあ多少ね」

 

 

 

 “『馬鹿になって楽しむ・・・・・・役者だったら“簡単なこと”だろ?』”

 

 

 

 「けど・・・どうにかなると思う

 

 気に掛けてきた隣を歩く新井に、俺は強がりでも何でもない本心の自信を伝える。

 

 「てか、どうにかなってこその“メインキャスト”様だけどな?」

 「さっきから俺を緊張させたいのか落ち着かせたいのかどっちなんだよ?

 

 でも実際に、“どうにかなる”やり方は少しだけ考え方を変えてみたら意外にも容易く思いついた。それは今まで俺が役者としてやってきたことと同じことだった。

 

 

 

 Q. もしも相手がレンちゃんじゃなかったらサトルはここまで怒らなかった?

 

 A. YES

 

 

 

 「まぁ、ここまで来たらやってやるけど

 

 俺は蓮のことが好きだ。もちろん親友として好きなのは当たり前だけど、同時に“異性”としても好きだ・・・というこの気持ちを認めること自体は、自分の気持ちに気付いてしまった今の俺ならきっと簡単なことで、この好きという感情を素直に受け入れたら心は幾分かは軽くなるかもしれない。

 

 「おっ、いいねぇスイッチ入った」

 「唐突にロボットか俺は?」

 

 だけど俺は、この“好き”という気持ちを認めたくない。受け入れたくもない。その理由はただ一つ、これを受け入れ認めてしまったら最後、蓮とは二度と親友には戻れなくなってしまうことを分かっているから。現実で恋愛はしたことなんてないけれど、“彼氏と彼女”という関係は親友という関係に比べると脆くて不安定なのは、原作を読んで学んでいる。もちろんそれが恋愛の全てじゃないのだろうけれど、俺は“いまの関係”を捨ててまで蓮と近い存在になりたいとは思わない。

 

 「新井こそ準備は出来てんのか?台本読んだ感じだと奥田って1話からちょいちょい出番ある役だけど」

 「余裕よ。何せ俺はやるときはやる男だからな」

 「それはまた随分と自信がおありなことで」

 

 でも、親友だからと今までのままで居続けようとした結果、俺は未だにあいつの隣に立てないでいる。あいつが突き放そうと走る度に俺も“ライバル”になって追いついてみても、追いついたら追いついたであいつは突き放すように走り始める。その繰り返しがこれから続いていくのは、ライバル以前に親友としてあいつに並べられていない気がして、それはそれで嫌だ。

 

 「自分に自信がなかったら今でも続けてねぇよ。役者なんて

 

 そして俺が縮まらない距離を前に足踏みをしている隙に、違う役者(誰か)がヒロインになったあいつの隣に俺より先に立ってしまうのは・・・もっと嫌だ。

 

 

 

 “『次はちゃんと“カメラの前”でこんなふうに芝居が出来たらいいよね・・・私たち?』”

 

 

 

 あいつにとっての“主人公(ヒーロー)”になりたい俺と、ただの“親友”のままでこれからも変わらずにいたい俺。どっちもまごうことなく本心で、出来ることならその両方を叶えたいとさえ思ってしまう。だけど友情と恋愛を両立することなんて無理な話で、どちらかを得るにはどちらかを捨てなければいけないという究極の取捨選択。そんなの、容易く決められるわけがない。

 

 

 

 “『サトルこそいい加減受け入れろ・・・・・・じゃないと“お前”はただ一人置いてかれるぞ?』”

 

 

 

 結局俺は、そのどちらかを決めることさえ出来ず、一日経っても心はアタフタして惑い続けている。でもそれは、純也も雅に対して同じように感じていた。雅と新太が仲良く話しているところを見て、“それ”を自覚して、だけど2人との関係は壊したくなくて、人知れず悩みに悩んだ末に、3人で仲良く“友達でいよう”という選択をする。そして純也は友達という関係が保たれたことに安堵をするが、完全には受け入れ切れないまま1年が過ぎて、“4人”の物語が始まる冒頭へと繋がる。

 

 

 

 “『“オレたち”にも・・・“親友”のレンちゃんにも・・・』”

 

 

 

 純也が抱えていた“好き”という感情は、ただの疑似体験で作り上げた恋愛感情じゃ到底辿り着けない、想像していた以上に辛く苦しいものだ。そして俺はいま、堀宮と一色による“策略”を通じてようやく本当の意味で雅に対する“好き”という感情に辿り着いた。もちろん、 “こんな形”で気付きたくなんてなかったけれど、おかげでようやく純也の気持ちに気付くことができた。ならば役者として“やるべきこと”は、もう分かっている・・・

 

 

 

 

 “『あたしが演じる雅のこと、本気で“好き”になってよ』”

 

 

 

 いま抱えているこの感情をそのまま純也に落とし込んで、雅のことをもう一度“好き”になる・・・・・・そうやって役の感情を読み取ってきた俺にとっては、“簡単なこと”だ・・・

 

 

 

 「おーい、聞いてんのか夕野っち?」

 「?あぁ悪い、何か言った?」

 

 不意に肩をとんと叩かれ、俺は現実に戻る。俺としたことが、またボーっと我を忘れてしまっていたみたいだ。案の定、何か言っていたのは何となく意識の片隅で把握はしていたけれど、そのまま聞き逃してしまった。

 

 「いや、何でもねぇ」

 「そっか・・・ごめんな朝っぱらから色々」

 「気にすんな夕野っち。やっぱメインは何かと注目されるから、集中したいってのは俺も分かるよ」

 

 罪悪感から謝る俺を、新井は何も気にしていないと言わんばかりに気さくな態度で気遣う。そういえば初めての撮影現場だった月9のときも、こんなふうに新井から励まされたことがあった気がする。

 

 「ありがとう・・・今日から“ライバル”になるけど、こういうときに励まされると本当に心強いわ」

 「ライバルだとか関係ねぇよ夕野っち。一緒に“最高の思い出”作ってこうぜ」

 「・・・おう」

 

 気を取り直して感謝を伝える俺の背中を、新井はエールと一緒に軽く叩く。気が付いたら、I組の教室はもう目の前まで近づいていた。

 

 「うぃーす」

 

 機嫌よく教室へと入って行く新井に続いて、俺は無言で教室の中へと入り新井と同じように自分の席へと足を進める。

 

 「おはよう憬」

 

 席に着こうと教科書など諸々が入ったリュックを机の上に降ろした俺に、ちょうど左隣の席に座る蓮がいつもと変わらない調子で声をかける。

 

 「おはよう、蓮・・・」

 

 既に教科書の類を机の中にしまい込んだであろう蓮を横目に見ながら、俺もまたいつもの調子で・・・

 

 

 

 “・・・あれ?(こいつ)ってこんなに可愛かったっけ?

 

 

 

 「ん?なにフリーズしてんの?」

 「いや、何でもない」

 「ホントに?」

 「“ホントのホント”だわ」

 

 隣の席に座る親友から怪訝な顔をされて、俺は無意識のうちに蓮の表情を凝視したまま“フリーズ”していたことに気付いて、平然を装いながら座る。

 

 「・・・・・・怪しい」

 

 だが時すでに遅しか、蓮は早速疑い始めて座ったまま隣に座る俺のことを凝視するようにじっと見つめる。

 

 「何が?」

 「だって、どっからどう見ても様子が変だし」

 

 怪しむ視線に、“謎の動揺”を悟られないように目を合わせる。つい昨日までは何とも思っていなかったのに、目が合った瞬間に今まで感じたことのない独特な緊張が走る。

 

 「別に、いつも通りだろ」

 

 その緊張に耐えかねて、素っ気なく返答して視線を黒板のほうへと向けて気分を落ち着かせる・・・って、さっきからどうした俺?なんで蓮と普段通りに接しているだけなのに緊張しているんだ?俺?

 

 「・・・“いつも通り”にしては、さっきから妙によそよそしくない?

 

 視線を逸らしてしまった俺の隣で、蓮は少しだけトーンを落として一気に問い詰めてくる。そのほくそ笑むようなニヤリとした視線と表情に、俺は再び横目で視線を合わせる。

 

 「・・・何だよ」

 

 まず大前提として(こいつ)は小学校でも中学校でも常にクラスの中心にいた“マドンナ”的存在だったから、“可愛い”のは当たり前だった。でも俺の中にある認識ではこいつの良さはただ可愛い以上に“”があることで、そもそも俺がこいつと仲良くしようと思えたのは外見ではなくてこいつの内面と俺の波長が合ったことだ。だから俺はこいつに対して、シンプルな意味で“可愛い”と思ったことは一度もなかった。

 

 そう。一度もなかった・・・

 

 

 

 “『憬が連れて来たんじゃん・・・ここに』”

 

 

 

 「・・・憬」

 「悪い。俺ちょっとトイレいくわ」

 「ちょっ、このタイミングで行く普通?」

 「リュック背負ったまま行くのは嫌だろ」

 

 夢の中にいた蓮の姿が脳裏に浮かんで、俺は堪らず一旦気持ちを落ち着かせるために席を立ちトイレへと早足で向かう。もちろんトイレに行きたいのは嘘じゃなくて、本当だ。

 

 「環さん。夕野っちのやつ、今日“あのドラマ”の本読みあるらしくて朝からすっげぇ緊張してるっぽいから、今日はそっとしといたほうがいいぜ?

 

 教室を出る間際で、新井が蓮につかさずフォローを入れているのが微かに聞こえてきた。多分内容からして、変な誤解はされないで済むだろう。と、信じたい。

 

 「夕野さんおーはー」

 「あっ、おはよう初音さん」

 「多分もうすぐHR(ホームルーム)だけどどこいくの?」

 「ちょっとトイレ」

 「遅れないようにねー」

 

 その途中で新井と一緒に何かとクラスで話す機会の多い初音からすれ違いざまに話しかけられて軽く答えながらいなして、半ば駆け込むようにトイレに入りとりあえず洗面器で顔を洗い深呼吸をして、鏡に反射(うつ)る自分の顔を凝視してみる。

 

 “・・・なんつー表情(かお)してんだ、俺”

 

 鏡の前に反射っていたのは、雅への気持ちを抑え込んで友達のままでいようとしていた純也が1人になるときに見せる綻びと、全く同じ表情をしている俺の姿・・・

 

 

 

 “『サトルがレンちゃんに抱いてる“それ”は、“友情”なんかじゃない』”

 

 

 

 「・・・ぶっ壊れたら責任とれよ・・・・・・一色

 

 親友のままでいられるはずだった蓮との関係を壊してしまう“爆弾”を置いていかれた怒りと、純也というキャラクターの本質をようやく掴むことができた喜びが同時に襲い掛かってきてキャパオーバーしかけた心を、鏡の向こうにいる自分を一色に見立てながら静かに解放して、寸でのところで自我を保つ。

 

 

 

 “やっぱりこの感情(想い)を完全にコントロールするのは・・・・・・“簡単なこと”じゃないな・・・

 

 

 

 キーンコーン_

 

 「やばっ」

 

 廊下のほうからHR(ホームルーム)の時間を告げるチャイムが聞こえ、俺は走り幅跳びの練習で鍛えた脚力をフルで使った全速力のダッシュで教室へと戻った。




やるべきことは、ひとつだけ_



勘が鋭い人はもうお分かりかもしれませんが、時系列的な意味で景ちゃんがようやく生まれました。と言っても、過去の視点での話ですけどね・・・・・・はい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【人物紹介】

・新井遊大(あらいゆうだい)
職業:俳優
生年月日:1985年6月14日生まれ
血液型:AB型
身長:168cm
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