或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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ルリドラゴン、大復活。


scene.95 たかが芝居

 草見が自ら執筆した脚本を背にテレビ局へと向かっている頃、学校で5限までの授業を終えた憬は霧生の制服を着たまま裏口にある駐車場からマネージャーの車に乗り込み、道中で新宿から程近い場所にある撮影スタジオで撮影終わりの杏子を拾い、読み合わせが行われるテレビ局へと向かっていた_

 

 

 

 

 

 

 「空を飛べない僕たちに♪通り雨が一筋、落ちる♪」

 

 お台場にあるテレビ局へと向かう道中の後部座席。余計な緊張と余計な感情を何処か彼方へ飛ばす意味合いで右側の景色に目を向ける俺と、左側でイヤホンを付け音楽プレーヤーで聴いたことのないフレーズをご機嫌に口ずさんで自分の世界に浸る堀宮。ちなみにいま堀宮が使っているのは、自身がイメージキャラクターを務めているSONNEY社の携帯音楽プレーヤーだ。本人に言ったことはないが、外に出ているときは必ず自分のスポンサーとなっている企業の商品を積極的に身に付けるようなところに、堀宮の根元にある真面目さが伺える。

 

 「さっきから何ですかその歌は?」

 「“GAJUMARU17(ガジュマルセブンティーン)”の“人鳥(じんちょう)の唄”」

 「・・・曲どころか歌手の名前すら今ここで初めて聞きましたよ」

 

 別に興味があるわけではないけれど、イヤホンをしている堀宮にスポンサー先の音楽プレーヤーで聴いていた曲を聞いてみたら、案の定全く知らない曲名とアーティスト名が出てきた。

 

 「歌手じゃなくて“バンド”ね?」

 「バンドなんですね。その・・・ジャガイモみたいな名前の」

 「おまえの耳はちくわかコルァ?

 「とりあえずジャガイモと間違えたのは謝りますまぁ、俺も自分で絶対違うって思ってたけど)」

 「ったく、ほんっとさとるは流行りに無関心なんだから・・・・・いまあたしが聴いてたのはGAJUMARU17。略して“ガジュマル”・・・言っとくけどこのバンドぐらいは知っておかないとクラスの話題について来れなくなるよ?」

 「そんなに有名なんですかその・・・“ガジュマル”ってバンド?」

 「ガジュマル“セブンティーン”な?いい加減覚えなさいさとる」

 「“ガジュマルセブンティーン”。略して“ガジュマル”。これでいいですか?(いつもに増してめんどくせぇなこの先輩・・・)」

 

 俺が絶対ありえない間違い方をして思った以上にガチめにツッコまれたことはともかく、堀宮が音楽プレーヤーで聴いていたのは“ガジュマルセブンティーン”というバンドの曲らしい。もちろん、俺は1ミリも知らない。

 

 「明らかに“めんどくせぇな杏子さん”って顔してるけど、今回は大目に見てあげる」

 「そんな顔に出てますか俺?」

 「ガッツリ出てるよ。もうメンドクセーってのがさ・・・ま、そういうところもあたしは“好き”だけどね?」

 「好き?」

 「あぁ勘違いしないでチェリー君。あくまで“後輩”としてだから

 「別に勘違いはしてねぇですチェリーて・・・)」

 

 そんな1ミリも知らない俺を相手にして半ば呆れる感じで揶揄う堀宮。どうやらこの人はよほど俺にガジュマルの曲を聴かせたいらしい、というのはとりあえず分かった。

 

 「てか、そもそも杏子さんってもう専属のマネージャーが別でついてますよね?」

 「あぁ“セーラ”のこと?大丈夫、事情はもう話してるから」

 

 ちなみに堀宮には4月から“セーラ”こと世良さんという女性の専属マネージャーがついているのだが、どういう気まぐれか昼になって“どうしても今日だけはさとると一緒に行きたい”と無理を言ったらしく、本来はテレビ局で合流するはずだった先輩はいま、俺の隣でイヤホンをつけながらリラックスをしている。

 

 「だいたいそこまで無理言ってまで俺と現場入りしたい理由は何なんですか」

 「だって初めての顔合わせだし、こうやって“クラスメイト同士”で行ったほうがなんだか気分もそれっぽくなって気が乗りやすくならない?」

 「・・・まあ、杏子さんの言いたいことは分かりますけど」

 

 だけどおおよそ俺と一緒に行きたいって無理を言っておきながら肝心の俺をほったらかすように自分の世界に浸る堀宮を見ていると、はっきり言って“随分とお気楽だな”としか思えない。ただ、初めての顔合わせに向けて少しでも気分を“それっぽくしたい”というこの人の主張は、俺も分からないことはない。

 

 「それより四の五の言わず聞いてみ?曲聴けばさとるも“ガジュマー”になれるから」

 「(まだ四の五のも言ってないんだけど・・・)・・・“ガジュマー”って何ですか?」

 

 なんて俺の感想など知ったことかと言わんばかりに、堀宮は話題を再びバンドの話に戻す。もちろん俺は開き直って、その話に乗っかる。

 

 「“ファン”の愛称。誰が決めたとかはないけど、暗黙の了解でガジュマルのファンはこう呼ぶようになったらしいよ」

 「へぇー・・・にしても、そんなに有名なんですかガジュマルってバンド?」

 「有名なんてもんじゃないよ。少なくともあたしらの世代で知らない人はいなんじゃないかなってくらい_」

 

 そこから始まった堀宮による“初心者でもわかるガジュマル講座”的なものによると、GAJUMARU17は沖縄出身の3ピースロックバンドで、去年の秋に発売した『JUNK(ジャンク)』というアルバムのリード曲が発売後に全国CMのタイアップで流れたことや、ラジオでヘビーローテーションされたことをきっかけにロングヒットして一躍有名になり、その流れで先月にあの“Mステ”で地上波初登場を果たすとついにオリコン1位を記録し、アルバムはミリオンヒットを達成。ジャンルはいわゆるオルタナティブロックというものでアルバムに収録されている14曲のうち半分にあたる7曲は歌詞が英語だが、堀宮曰くこのバンドの真骨頂は日本語の歌詞で書かれている曲のほう(※堀宮の見解)だという。ちなみにバンド名の由来はメンバーが通っていた高校に植えられているガジュマルの木と、バンドを結成したのが高校2年生の文化祭のときだったからだという。

 

 「てゆーかさとるって“Mステ”とか普段観てる?」

 「いや、名前と音楽番組だってのは知ってるレベルでまともに観たことは一回もないです」

 「マジで?言っとくけど今どき高校生にもなって生まれてこのかたMステをまともに観たことないなんてマジのマジで“化石”だからね??」

 「何でまともに観てないだけでそこまで言われないといけないんすか・・・」

 

 余談だが、俺は母ちゃんの影響もあって“Mステ”どころか“紅白”ですらまともに観たことは一回もない。

 

 「・・・まあ、杏子さんのおかげでとりあえず凄いバンドだっていうのは十分伝わりましたよ」

 「うわ露骨に興味なさそう」

 「だって曲知らないから」

 

 とりあえずこんな感じで俺が理解できたところだけを抜粋したが、堀宮からの“ガジュマル講座”は約10分に渡って続いた。どんなバンドなのかはともかく、熱意だけはこれでもかというほど伝わった。

 

 「でもそれ以上にぶっちゃけ意外でした。杏子さんがこういうロック系が好きだなんて」

 「そうかな?」

 「何となく歌姫みたいな女性歌手の曲とかを好んでそうな感じなのに・・・俺初めて知りましたよ」

 「って言ってもマジな話するとあたしもガジュマルにハマったのは“Mステ”きっかけだからさとるどころかあずさとかも知らないよ」

 「確かに杏子さんの話を聞く限り知られるようになったのは最近ですからね」

 「最近って言ってもハマってからはマジのマジで週の半分はヘビロテしてて超詳しくなってるからそこんとこヨロシク」

 「何がヨロシク何すか・・・

 

 とはいえ、堀宮がこのバンドにハマりだしたのはここ1ヶ月の話だが。

 

 「それより俺に聴かせたいんなら早く聴かせたほうがいいんじゃないですか?あとちょっとでレインボーブリッジですよ」

 「うっそもうそんなとこまで来てんの?ちょっと飛ばし過ぎじゃない将大さん?」

 「いえ、私はずっと制限速度を厳守しています」

 

 そうこうしていたらマネージャーの菅生が運転する車の車窓からレインボーブリッジが見え始め、それに気づいた堀宮が運転席の菅生にジョークを飛ばす。正直バンドの話で思った以上に時間の流れが早くなってしまった感が強いが、何やかんやで堀宮の機嫌も良くなったし、これで却って余計なプレッシャーは吹き飛んだ気はする。

 

 「はぁ、本当は3、4曲は聴かせてあげたいところだけど時間がないなら仕方ない・・・ではこのあたしが、いまのさとるにピッタリなとっておきの一曲を聴かせてあげよう。ってことでイヤホンつけて」

 

 レインボーブリッジが見えたことで我に返った堀宮は左耳につけていたイヤホンの片側を外して俺に手渡して、左側のイヤホンを耳につけるように促す。俺はそれに応じて、堀宮のイヤホンを左耳にはめ込む。

 

 “・・・やっぱり何も感じない・・・”

 

 もちろんついこの間まで感じていたはずの感情は、全く湧いてこない。何故ならいま隣に座っているのは雅ではなくて、ただの堀宮だから当然のことだけれど。

 

 「で?俺に“ピッタリ”なとっておきの一曲は何ですか?」

 「さっきあたしが聴いてた“人鳥の唄”って曲」

 「あー、杏子さんが口ずさんでた曲ですね」

 「ちなみに人鳥はペンギンの和名ね」

 「それは中学の授業で聞いたことがあります」

 「こういうことは知ってんのね?

 「何だろう、いますげぇ馬鹿にされた気がする

 

 俺がイヤホンを左耳にはめたのを横目に見て、堀宮は音楽プレーヤーを操作して曲の頭出しをする。

 

 「そうだ、聴いてもらう前に豆知識を言うとこの“人鳥の唄”は『JUNK』ってアルバムの11曲目に入ってるどっちかっていうとマイナーな曲なんだけど、この曲を作ったギター・ボーカルのシュースケ曰く歌詞のモデルは高校生のときによく読んでた『ユースフル・デイズ』に登場する純也なんだって・・・ま、俗にいう“インスパイアソング”ってやつよ」

 「ユースフルデイズ・・・・・・“とっておき”ってそういうことなんですね」

 「そゆこと」

 

 どうしてわざわざ俺に名前も知らないバンドの曲聴かせようとしているかと思ったが、これで合点がいった。もちろん俺はこれから初めてGAJUMARU17の曲を聞くのだけれど、これから自分が演じることになる役をモデルにしているとなると、少しだけ興味が湧いてきた。

 

 “それに・・・気持ちを“リセット”するには好都合だ・・・”

 

 「後は・・・ガジュマルの中であたしが一番好きな曲ってところかな?」

 

 右耳にイヤホンをつけたまま横目で俺にいたずらな感じの笑みを見せた堀宮は、そう言うと音楽プレーヤーの再生ボタンを押す。

 

 「この明るいけどなんだか切ないイントロがいいんだよね~」

 「・・・ですね」

 

 左耳から聞こえてくる、遅くもなければ早くもない程よく落ち着いたリズムで鳴る乾いたエレキギターの音色。きっと音楽的な意味で言うと明るいメロディーのはずなのに、堀宮の言う通りどこか切なく感じる独特な音色が左耳で鳴り響く。

 

 【僕が嘘を伝えた日 君は淋しそうに笑った 青く染まった空の下 僕たちは痛みを分け合った】

 

 ギターの音色が流れる中で、ボーカルの素朴で真っ直ぐだけれどその中に何とも言えない“儚さ”を感じる癖のある歌声が入り、ワンフレーズが終わるのと同時にベースとドラムが加わり3ピースの音が左耳で完成する。

 

 【壊れることが怖くて 逃げた僕を嘲笑う あの日の景色の中に もう一度手を伸ばしてみる】

 

 普段あまり音楽を聴かないような素人の耳でも“抑えきれない衝動”のようなものを感じる少し荒削りな演奏と、万人受けするというよりどちらかというと好き嫌いが分かれそうなボーカルの個性的な歌声が、絶妙なコントラストになってひとつに纏まる独特な心地良さ。落ち着いたテンポで流れる明るくて爽やかなメロディーと、それと相反する内向的でどこか不穏な歌詞。直接的ではないけれど、まるで原作にもある純也が心に抱えている後悔と対峙しているかのような情景が脳裏に浮かぶ。

 

 【君を知りたくて】

 

 

 

 “『おはよう憬』”

 

 

 

 【空を飛べない僕たちに 通り雨が一筋落ちる 羽を持たない僕たちは 打たれたままただ立ち尽くす】

 

 心に溜めていた気持ちが一気に音となって解放されていくようなサビが左から聴こえてきて、我に返る。俺としたことが、“君を知りたくて”という歌詞で(あいつ)のことを思い浮かべてしまった。せっかくいま流れている曲に集中して完全に忘れかけていたのに、俺は何をしているんだ。

 

 

 

 少なくともいま思い浮かべるべき人は、雅じゃなければいけないはずなのに・・・

 

 

 

 「さとる・・・目的地に着くまでに1つだけ聞いていいかな?」

 「・・・なんですか?」

 

 曲に集中出来なくなったことを察したのか、はたまた単なるいつもの気まぐれか、1番のサビが終わったタイミングで堀宮は普段より1トーン低い声で前を向いたまま静かに聞いてきた。

 

 「いま、あたしじゃない“誰か”を思い浮かべたでしょ?

 「・・・どうして?」

 

 左から向けられる視線が、一気に強くなる。咄嗟に“なわけない”としらを切ろうとして、言い逃れ出来ない図星を突かれて頭が真っ白になった挙句、どっちつかずで曖昧な相槌を返す。

 

 「誰なのかは敢えて聞かないでおくけど、“天才女優の眼”は誤魔化せないぞ?」

 「・・・相変わらず自分に自信がおありなようで」

 「ホントに否定しないんだね、さとるって」

 

 精一杯な相槌を返した俺に、堀宮は半ば挑発するかのように横目でウインクを見せびらかしてキラキラと笑う。自分でも分かってはいるけれど、きっといまの俺は堀宮じゃなくても、誰がどう見てもそう感じるぐらいには分かりやすく動揺しているんだろう。

 

 

 

 “『役者だったら“簡単なこと”だろ?』”

 

 

 

 「まぁ、小さいときから嘘をつくのは嫌いなんで・・・」

 

 蓮への感情をそのまま堀宮の演じる雅に落とし込む。言葉にすれば簡単なことで、それはこれまで俺がしてきたいつものことと何ら変わらないことも分かっている。だけど、この感情をどうやって扱えば良いのかが、分からない。

 

 「ははっ、もうほんっとさとるは馬鹿正直で可愛いんだからっ」

 「(また始まった・・・)頭を撫でたからってどうにもなりませんよ杏子さん」

 

 案の定今回も愚直に否定をしなかった俺の頭を、堀宮は優しく撫でる。何となく曲は既に2番に入っているのは分かるが、はっきり言って全く意識に入って来ない。

 

 「・・・何があったかは知らないけど・・・・・・たかが芝居にそんな“マジのマジ”になってどうすんの?

 

 そして俺の頭の上に掌を置いたまま、堀宮は笑みを浮かべつつも真剣な眼差しを向けて“たかが芝居”と言い放った。

 

 「“たかが芝居”・・・

 

 

 

 【空を飛べない僕たちは 雨が止むのを待たずに走る 羽を持たない僕たちを 通り雨は止めどなく撫ぜる】

 

 

 

 「・・・選ばれた俺たちの中で誰よりも真剣に芝居と向き合ってきたはずの杏子さんが、それを言うんですか?

 

 元々堀宮がその場のノリで主張をコロコロと変える人だというのは知っている。だけど、心の底から敵視している子役時代からの“ライバル”に負けたくなくてここまで這い上がってきたはずの努力家でもあるこの人から“そんな言葉”が出てくるとは思わず、心の声がそのまま口から出た。

 

 

 

 

 

 

 “『牧静流なんてスッと追いついて、グッと一気に突き放してやるから』”

 

 

 

 

 

 

 「もちろん“雑な芝居”をしろとは言わないよ・・・・・・あたしがさとるに言いたいのは、そんな難しいことじゃない

 

 次の言葉を紡ぐ前に、堀宮は俺のほうへと顔を向けて静かに微笑み、徐に右耳につけていたイヤホンを外す。

 

 “・・・堀宮・・・?

 

 イヤホンを耳から外したのを合図に、俺を見つめる堀宮の眼と感情が微妙に変わる。

 

 「大丈夫だよ。“私”たちなら絶対

 

 隣に座る堀宮の姿が、およそ清純派で売っているとは思えない普段の後輩にダル絡みすることが好きなめんどくさい先輩から、“純也(おれ)”のよく知っている強がりで健気な頑張り屋の“幼馴染”に変わる。

 

 「“ジュン”もそうでしょ・・・

 

 

 

 次の瞬間、左側に座る“雅”は俺に抱きつくように身体を近づけ、右耳にもう片方のイヤホンをはめながら戻り際に左頬へ優しくキスをした。

 

 

 

 【空を飛べない僕たちは 雨が止むのを待たずに走る 羽を持たない僕たちを 通り雨は止めどなく撫ぜる 空を飛べない僕たちは 光芒(ひかり)の中へこの手を伸ばす 羽を持たない僕たちに 通り雨が一筋落ちる】

 

 

 

 “どうして俺は・・・冷静なままなんだ?

 

 

 

 【僕が想いを伝えた日 君は嬉しそうに泣いた (あか)く染まった空の下 僕たちは笑い合っていた】

 

 

 

 「2人とも分かっているとは思いますけど、“スキャンダル”だけは起こさないようお願いしますね?」

 「もちのろんだよ将大さん。いまのはあくまで“芝居のうち”だから」

 「何が“芝居のうち”だよマジで・・・あと、言っときますけど俺はただ巻き込まれただけですからね菅生さん?」

 

 曲が終わったタイミングで、運転席の菅生はバックミラー越しに後部座席に座る俺と堀宮を注意する。言うまでもなく俺は完全なとばっちりだし、おまけにマネージャーに思いっきりいちゃついたところも見られてしまった。何を考えているのか本当に分からないけれど、堀宮的にはこういうことは世良さんの前じゃできないことなのだろうか。もちろん、どっちにしろ意味が分からないのだけど。

 

 「それよりイヤホン返してくれない?もう曲が終わったところだと思うから」

 「よくタイミングが分かりましたね」

 「何回もヘビロテしてるからねこの曲は」

 「・・・はいはい」

 

 文句を言う間もなく、堀宮から促されて両耳につけていたイヤホンを俺は返す。初めて聞いたガジュマルの曲の感想は・・・隣に座る誰かさんが“邪魔”をしたせいで断片的にしかもう覚えていない。

 

 「それであたしの勧めた曲はどうだった・・・って聞かれても分かんないか?」

 「当たり前でしょ・・・今日は一段と何がしたいのか分からないですよ杏子さん・・・」

 

 いつもの“先輩”に戻った堀宮が、俺にいつも通りの感情で話しかける。本当にこの人の言う通り、曲自体の具体的な感想というものはどこかへと飛んでしまった。

 

 「けど、演奏も歌声も荒削りですけど、変に飾らず真っすぐに訴えてくるあの感じは嫌いじゃなかったです・・・歌詞は誰かさんのせいであんまり入って来ませんでしたけど」

 「あははっ、ごめんごめん」

 

 けれども初めて耳にした聴き心地はどっちかというと俺的には好きな感じだった。ただ正直いまは、そんなことはどうでもいいのが本音だ。

 

 「でもこれでガジュマルってバンド、さとるもちょっとは気に入ったでしょ?」

 「・・・えぇまあ、“ちょっと”ですけど」

 「だったらこれでお互いに“好きなもの”がひとつ増えたね?さとる」

 

 惰性で初めて聴く音楽のことを正直に話した俺に、堀宮はそう言って白い歯を見せて“にっ”と笑いかける。思えば堀宮のこの表情を見るのは、何だかんだで久しぶりだ。

 

 

 

 

 

 

 “『さとるのそういうちょっと“冷めてる”ところ、あたしは“らしく”て割と好きだよ』”

 

 

 

 

 

 

 でも、お台場(ここ)にある観覧車でキスされたときのように、俺の感情は高鳴らない・・・純也という人物の“本質”自体は掴めているはずなのに、雅の感情で俺の左頬に2回目のキスをした堀宮を・・・俺は“純也”として視ることが出来なかった・・・

 

 

 

 「・・・ですね」

 

 久しぶりに見た堀宮の笑顔に、俺はまた曖昧な相槌を打って視線を右側へ移す。どうやら車はもう既に首都高を降りていたみたいで、窓の外には高層マンションとゆりかもめの高架、そして1番の歌詞にあった“青く染まった空”というフレーズがよく似合う快晴の午後の空が広がっている。

 

 「にしても、今日ってこんなに晴れてたんですね・・・」

 

 まるで蓮への感情に向き合うフリをして無意識に逃げているこの俺を、嘲笑うように。

 

 

 

 「(やっぱり。一色先輩から“発破”をかけられた今のさとるに、あたしの揺さぶりはほとんど届いてない・・・)

 

 

 

 「さとる・・・最後にひとつ、あたしからアドバイスしてあげる

 

 歌詞に書かれていたような空を見て思わず口から溢れた独り言に、堀宮は最後のアドバイスを送る。

 

 「もしも今日の読み合わせでさとるが純也の気持ちをちゃんと掴めたとして、それで週末の本番で完璧に演じ切れるとしても、それが作品にとっての正解だとは限らない・・・逆にもし今日がダメで、週末になっても自分の中でまだ掴みきれていない部分が残っていてダメなままだとしても、ダメだからこそ見つけられるものもあって・・・ダメだったときの自分の演技がむしろ作品にとっての正解だったなんてことも起こりうる・・・・・・それが芝居の本質だって、あたしは思ってる

 

 

 

 “『あたしたちはただ仲良くクラスメイトを演じ切るだけじゃなくて、“共犯者”になってあたしたちのことを視ているみんなを演技で黙らせないといけないってわけ・・・もちろん“仕掛け人”のプロデューサーも含めてね?』”

 

 

 

 「自分がメインに選ばれたからって思い上がって難しく考えてちゃ、何も見つけられないよ・・・・・・あたしたちが演ることは、“たかが芝居”なんだから・・・

 

 テレビ局に着く前に教えられたそれは、観覧車に乗っていたときに言われたアドバイスとは真逆のような持論だった。

 

 「・・・分かってますよ・・・言われなくても

 

 結局俺は演じる役の本質は掴めたものの、それを意図的に出すことが出来ない不完全な形のまま、読み合わせに臨むことになった。




空を飛べない僕たちは_



前回に続いて補足ですが、後部座席の憬と杏子はシートベルトを着用していません。(※後部座席のシートベルト着用が義務化されたのは2008年のため、本編の時系列である2001年時点では合法となっています。しかし現在の道路交通法では違反となるためご注意ください)
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