或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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一昨日に見た、アニメ化されたアクタージュでアキラ君と阿良也が舞台の上で上半身裸になって双炎の肖像を歌っていた夢が2日経っても忘れられない。


scene.96  異国 / 好きになったことある?

 東京都港区・お台場_テレビフジ7階・会議室B_

 

 「改めまして出演者の皆さま、日頃の撮影やお仕事お疲れ様です」

 

 『ユースフル・デイズ』を放送する大元となるテレビ局の7階にある会議室で、記念すべき第一話の顔合わせは独特な緊張感で覆われた青春の“せ”の字もないような空気の中で静かに始まっていた。

 

 「今回のドラマは高校生たちがメインとなりますので、これから暫くは撮影のない日は学校に通い、撮影がある土日は“別の学校”に通って頂くような慌ただしい日々が続いていきますが、高校生役の出演者様も先生役の出演者様も、先ずはたった4ヶ月しかない“学校生活”を大事にして頂くことを第一優先に、思う存分このドラマの撮影に臨んでいただければと思います」

 

 一通りの挨拶を終え、プロデューサーの上地さんが出演者の前に立ちまるで演説でもしているのかというような振る舞いで心構えを伝える中で、その先に座る出演者一同は“メインの4人”を先頭に各々の前に配られた僕の書いた第一話の最終稿が書かれている台本と出演者一同と長机越しに向かい合うプロデューサーの上地さん、演出の黛さん、そして脚本家の僕を中心としたスタッフ陣を交互に見るように、黙々と僕らに意識を向けている。まだ初めての顔合わせのせいか、メインとその他の間に緊張に似た距離感を感じる。

 

 “・・・やはりこうしてみると、演者の平均年齢の若さが際立つな・・・”

 

 上地さんの“演説”だけが響く異様な緊張感の中で、少しずつ場の空気に慣れて来たのかようやく第一話の出演者の全体像をはっきりと俯瞰出来るようになったが、新太役の一色十夜を始めメインの4人にある程度以上のネームバリューがあることはともかく、本当に高校生役のキャストを10代の少年少女だけで揃えてきたのはやはり衝撃的に思える。おまけに舞台となる2年1組の担任・佐伯(さいき)役に抜擢されているのは白石宗(しらいしそう)という、映画界では“素朴な役柄を演らせたら右に出る若手はいない”と評されていて脇役としてそれなりに有名な実力者だというが、まだ一般的に名前が知れ渡っているとは言えない“地味”な若手俳優ときた。ただ幸いなのは彼自身の雰囲気がどことなく原作の佐伯先生に“そっくり”なところで、撮影が始まる前の段階で“当たり役”になりそうな気配しか感じないところか。

 

 “本当に大丈夫なのだろうか・・・このドラマは・・・”

 

 とはいえ、そもそもドラマという畑に飛び込んだのが今回が初めてなのもあり信憑性は不明瞭だが、恐らく夜10時のドラマでここまで数字が二の次のような攻めたキャスティングをするのは、深夜ドラマでもあまり見ないほどだ。率直なところ現段階では不安のほうが僕は大きいが、上地亮という男にだけは“勝算”が見えているというのだろうか。

 

 「最後に草見さん。ご挨拶のほうをお願いします」

 

 演説まがいな挨拶を終えた上地さんが自分の席に座ったことを目視で確認した演出の黛さんが、僕に合図を送る。さて、いよいよ僕の出番だ。しかもよりによって“トリ”ときた。正直、こうやって大人数の前であーだこーだを言うのは昔から不得手で、出来ることなら僕の挨拶は省いてこのままさり気なくリハーサル室に移り読み合わせを始めて欲しかったくらいだが、名前を覚えてもらう為ならば致し方ない。

 

 「脚本の草見修司です。ついこの間までは舞台演劇一筋の生活に身を置いていましたので、全くの畑違いな場所にいる自分に戸惑うのと共に、これまでテレビ越しでしか観たことのないような顔ぶれがこんなに近くにいることに、大変緊張しています。ははは・・・」

 

 席から立ち、最寄りの駅からここに来るまでに歩きながら自分なりに考えた掴みの挨拶を思い切ってやってみたら・・・ごくわずかな苦笑いが起きた。ひとまず感触がよかったら冗談のひとつでも言ってやろうかとも思ったが、そうでもなさそうなので普通に挨拶を続けることにした。

 

 「とまぁ、僕という人間はここにいる皆さんとは対照的な小劇場というアンダーグラウンドな場所でずっと生きてきました。そんな無名も同然な自分が連続ドラマ、それも火曜10枠という名作揃いの枠で放送されるドラマの脚本を書く資格が果たして本当にあるのか、はっきり言って悩みました・・・それでもプロデューサーの上地さんからの“熱心な説得”や、演出の黛さん、そしてこの作品の原作を手掛けた逢沢先生からの応援もあって、此度のオファーを引き受けることにしました・・・・・・まだまだ脚本家として未熟な身ではありますが、この『ユースフル・デイズ』というドラマが出演する演者にとって“この作品に携われて本当に良かった”と心から思えるような作品となる脚本を届けられるよう、精一杯の誠意を込めて脚本家として皆さんを支えていくつもりですので、よろしくお願いします・・・」

 

 パチパチパチ_

 

 挨拶を一通り終えて軽くお辞儀をすると、盛大というほどではないが最初の苦笑いのリアクションからは想像できないくらいのちゃんとした拍手が第一話の出演者一同とスタッフ陣から送られる。ひとまず挨拶を終えた僕は、そのまま自分の席に座る。

 

 「では、これにてスタッフの挨拶も終わりましたので、出演者の皆様には同階にあるリハーサル室へ移動して頂き、読み合わせを始めます」

 

 こうして僕からの挨拶を最後に一話の出演者とスタッフが一堂に会する初顔合わせは終わり、黛さんからの指示で読み合わせへと移りリハーサル室へと移動する。ここから先は出演者とプロデューサーを含めた演出サイドで人数は幾分か減るから、こちらとしても勝手が想像つくので助かる反面、重要なのはここからとなる。

 

 「“見物”になるね・・・これから先の10年ないし20年を担う少年少女が、どのような演技を僕たち大人に魅せてくれるのか」

 「そうですね。ですが、20年も先の未来なんて誰も分からないですよ」

 「うん、それもそうだね。案外、メインの4人以上に助演の子が20年後には大活躍している・・・なんて未来も十分に考えられる。ま、その頃には果たして僕は生きているかどうか」

 「さすがに生きてるでしょ。だって上地さんまだギリギリ40代じゃないですか?」

 「はははっ、冗談だよ黛ちゃん」

 

 机の上に置かれた台本を手に取り僕らより一足早く会議室を後にするメインキャストを始めとする出演者を見送りながらリハーサル室へ向かおうとした僕の耳に、上地さんと黛さんの会話が入る。会話の内容から上地さん曰く、メインキャストを始めとした10代の子たちはこれから先の未来を担う存在(やくしゃ)になるらしい。

 

 「草見くんはどう思う?あの子たちの20年後の未来は?」

 

 その流れで得体のしれない不確かな未来予想図に対する考えを問いかけてきた上地さんに、僕は自分の率直な意見を返す。

 

 「黛さんの言う通り、僕も彼らの20年後の予想図なんて全く予想なんて出来ません・・・ただ、上地さん(あなた)の選んだ役者がどのような芝居をして、どのような未来に向かっていくのかは気になります・・・・・・僕みたいに“カメラのない劇場(ハコ)”でずっと芝居をしてきた人間には、あなたたちのいる場所はまるで“異国”ですので」

 

 顔も性格も生き様もよく知るいつもの仲間たちで時にぶつかり合いながらも劇を創り上げていく日常とはあまりにかけ離れた、同じ場所にいる仲間という概念に囚われない“もうひとつ”の芝居の世界。僕にとっては大海の向こう側にある“異国”にでも来たかのような感覚だ。

 

 「そういった意味でも非常に楽しみですよ・・・・・・“壇上”に立ったことのない人の芝居をこの眼でみるのは・・・

 

 “壇上の芝居”しかこの眼で確かめたことのない僕に、彼らの芝居はどう映るのか。読み合わせも目前になり心の中は少年のように高鳴っている。全くこの心ときたら、つい先ほどまでは二話の脚本のことや純也役の“”のことで頭が一杯だったはずなのに、本当に現金な奴だ。

 

 「“異国”か・・・・・・いいねぇ

 

 そんな僕の考えを気に入ったのか、上地さんは不敵にほくそ笑みながら賛同した。正直、何が“いいねぇ”なのか僕にはさっぱり分からない。百歩譲ってその後に言ったことに賛同するのであれば、まだ理解は出来るが。

 

 「やはり、君の脚本に決めた僕の眼に狂いはなかったよ」

 「・・・それはどうも」

 

  とはいえここ1ヶ月の付き合いでこの男もまた数多さんや透視さんとは違う意味で常識が通用しない人だということは理解した。やはりと言うべきか、どのような世界においても大勢の人たちの上に立つ人間というものは、大なり小なり基本的にタカが外れていないと務まらないのかもしれない。

 

 「では、我々もリハに向けて“大移動”を始めますか」

 「大移動と言うほど移動はしないんですけどね」

 

 会議室から出て行った演者を見送った僕は、上地さんの小ボケと黛さんのやや投げやりなツッコミを合図に続けてリハーサル室へと向かう。

 

 「リハ室へ入る前に草見くんに言っておくけど、今回のようにメインキャストの4人全員がこうやって揃うのは今日を含めてあと2回あるかどうかだよ」

 「そうなんですか?」

 「そもそも十夜くんはスケジュールが年末までほぼほぼ埋まってるし、杏子ちゃんもあずさちゃんも主演映画の舞台挨拶やPR関連の仕事で忙しくなるのに加えて既に別作品の映画への出演も内定していてこのドラマの放送が始まる7月からそれぞれ撮影開始(クランクイン)・・・嫌味な言い方になっちゃうけど、芸能人には君たちみたいに数か月も稽古場や劇場で缶詰になってじっくりと役作りをする暇はないんだよね。それに、今日みたいにここまでまともな形で台本を使って読み合わせをする機会があるのはむしろレアなんだよ」

 「なるほど」

 「だよね黛ちゃん?」

 「あくまで私は月島の現場で育った人間なのであまり参考になりませんが、多くの現場はそうだと聞いています」

 「ところで最近会えてないんだけどアッキーは元気してる?何度か息抜きでご飯誘ったりしてるんだけど毎回“忙しい”って言って断られてるんだよね~」

 「相変わらず元気にしてますよ。しかし月島はただでさえ根っからの仕事人間ですし、おまけに今は7月から放送される水沢令香さんと山吹敦士さんW主演の月9で忙しいので暫くは無理でしょう」

 「だよね~、まあ近いうちにまた新しい企画が通りそうだから久々に“ラブコール”でもしようかな。なんつって」

 「(これ・・・完全に僕だけ置いてかれてるな・・・)」

 

 プロデューサーと演出の会話で勝手に置いてかれた形になったことはともかく、同じ階にあるリハーサル室へと向かう途中で明かされる、僕らが普段行っている読み合わせとの違い。いくつもの仕事を掛け持ちしながら撮影をこなすとなるとスケジュールを合わせるのが難しく、読み合わせで全員が揃うことはあまり多くないという。無論これらは既に上地さんや黛さんから聞いている話だが、ドラマの撮影というものは常に時間との勝負で、特に出ずっぱりのような主役級の演者となると撮影が始まってしまうとじっくりと役作りを行う時間も取ることができない。そしてリハーサルも本番当日に立ち位置を決めて通しや演出付けをして直ぐに本番、そして場面によっては演出の指示で10秒にも満たないシーンでも何度もリテイクをしながらもロケ地のスケジュールを気にしながら撮影を進行する必要があり、ロケ地によっては天候にも左右されて撮影が急遽延期になることも決して珍しいことではないという。

 

 「あ、草見くん。“保険”のために言っておくけど、僕は君たち演劇人を馬鹿にしているつもりはこれっぽっちもないから怒らないでね??」

 「気にしてないので大丈夫ですよ。本当のことですから」

 

 こうして演者もスタッフもそれぞれ時間に追われながら視聴者という不特定多数の観客や支持をするスポンサーを納得させる作品を作らなければいけないということは、“リテイク”が許されない一発勝負の世界で生きる僕らが追い求めている演劇とはまた違う過酷さがある。当然ながら、何度もリテイクをさせられるような役者はよほどの素質がない限りどの世界でも一瞬で淘汰されていく運命(さだめ)なのだろうけども。

 

 「ちなみに僕の聞くところによると、憬くんも君の“師匠”にあたる本郷くんがコンタクトを取ってそう遠くないうちに“何かをやる”そうじゃないか草見くん?」

 「・・・えぇ・・・まぁ」

 

 と、ドラマ制作の裏側のことを話している中で、上地さんは僕と真後ろを歩く黛さんにしか聞こえないほどの声量で“突っ込んだ”質問をぶつけてきた。無論、彼の言いたいことが何なのかは考えを巡らすまでもなく“二つ目の条件”を提示した上でオファーを引き受けた僕は知っている。

 

 「・・・“彼の件”に関しては本当にお願いしますよ上地さん・・・そのために僕はこのオファーに乗ったんですから

 「もちろん心得ているよ草見くん・・・・・・僕だって気持ちは同じさ

 

 その核心に同じくらいの声量で念を入れた僕は、視線と意識を既に出演者が待機し始めているリハーサル室の中へと移し、何食わぬ顔で上地さんたちと共に中へ入った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 『雅、新太・・・・・・ちょっと話したいことがあるんだけど、いいか?

 

 

 

 

 

 

 「で、話って何なの憬?」

 

 第一話に出演するエキストラを除くキャストによる読み合わせを終えて基本的に忙しいメインキャストの面々と早々に解散した俺は、どうしても聞いておきたいことを思いついてちょうどリハ室に向かう途中にあった休憩スペースに蓮を呼び出した。

 

 「とりあえず今から俺が言うことは、あくまで“役作り”のためだってことを先に頭に入れてから聞いてほしい」

 「役作り・・・やっぱりそんなことだろうと思ったよ。だって今日ずっと様子が変だったからさ憬」

 「変・・・もうちょっと言い方あるだろそれ(まぁ、そう思われても仕方ないけど・・・)」

 「新井くんからは緊張してるって聞いてるけど、絶対それだけじゃないとは思ってたんだよねーずっと。それにさっきの読み合わせも憬にしては調子悪そうだったし」

 「・・・蓮にはお見通しか」

 「親友なめんな」

 

 そのことを伝えようとする俺を前に、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に座る蓮はいきなり核心を突くと、すぐ近くにあった自販機で買った“フォンスグレープ”という炭酸飲料の缶を開けてそれを一口運ぶ。やっぱり新井のフォローも虚しく、こいつには普通に緊張だけじゃないことは分かってしまっていたみたいだ。

 

 「ほら、また役作りでお困りならこの“環蓮先パイ”に何でも言ってごらん?ライバルと言えど、君が本番で良い演技をしてくれないと助演(こっち)も燃えないからさ」

 「お前は先輩じゃねぇだろ・・・いや、“一応”先輩だったわ」

 「フォンスぶっかけるよ?

 

 ただ幸いにも蓮は、またいつものように俺がただ役作りで悩んでいると完全に思い込んでいるようだ。もちろん、芝居的な意味では大正解だ。

 

 「というわけでもう一度だけ先に言うけど、これはあくまで役作りのことだから真面目に受け止めて欲しい」

 「何だよさっきから妙に畏まっちゃって・・・・・・あー分かった、もしかして恋愛感情が分からないとかそんな感じ?」

 

 と言いたいところだったが、この親友と来たらこうして俺の理解を容易く超えてくることが時々あるから油断ならない。

 

 「・・・まぁ、ある意味な」

 「やっぱりそうじゃん。どうしてこんなどこにでもいそうな役柄で君がこんなに悩んでいるのかって考えたら、理由はそれしか思い浮かばないからさ・・・だって憬、恋愛なんてしたことないでしょ?」

 「おう」

 

 何気なく、ただの冗談を言うような感じで、不器用な幼馴染を揶揄うみたいな感じで、こいつはサラッと俺の心を読み当ててくる。親友で互いをある程度以上は理解している関係であれど、こいつのこういうところは少しだけ怖い。

 

 「そのことで、お前にどうしても聞いておきたいことがある・・・」

 

 

 

 “・・・大丈夫・・・これはあくまで“役作り”だから、恐れることなんて何一つない・・・

 

 

 

 「蓮・・・・・・お前って人を好きになったことある?

 

 

 

 

 

 

 「夕野さん。この回想シーンの『雅、新太・・・・・・ちょっと話したいことがあるんだけど、いいか?』という台詞ですが、試しに腹を割って話しているように見えて本当は一歩引いて話しているという感じをもう少し出してみてください」

 「はい・・・・・・“雅、新太・・・・・・ちょっと話したいことがあるんだけど・・・いいか?”・・・・・・どうでしょう?」

 「なるほど・・・やっぱりここまでやると感情が重くなり過ぎてしまうので、通しのときと今の中間ぐらいのイメージでクランクインまでに役を作ってきてください」

 

 結論から言うと今日の読み合わせは、はっきり言って役の理解を深めたような手応えを殆ど感じられないまま終わった。

 

 『新太ぁ、久しぶりに会ったんだから恥ずかしがらずにもっと堂々と仲良くしてもいいんじゃねぇの?』

 『いやいや簡単に言ってくれるけどさ、正直久しぶりすぎてなに話していいか分かんないんだよね。亜美(あいつ)とは』

 

 もちろんロストチャイルドのときのように周りの足を引っ張るようなことはなく、傍から見れば読み合わせ自体は終始これといった問題も突っかかりもなく進んでいった。

 

 『久しぶりすぎるとなに話していいか分からなくなる・・・雅?人ってそういうもんなのか?』

 『いや私に聞いても分かんないってそんなの』

 

 それはきっと、メインに選ばれた俺以外の3人も含めてまだ完成形になっていなかったこともあるだろうけれど、3人は俺とは違って今日の時点で既に自分の役を自分の“モノ”にし始めているのが、一緒に演っていて俺には伝わった。

 

 『転校生、1組に入るんだ・・・』

 

 特に役作りをしているわけでもなさそうに台本に書かれた台詞をそれっぽく読んでいるだけなのに“異様な説得力”を覚える芝居で、一色は新太の役を自分の色に染めていた。演じる役を徹底的に作る俺からすれば見方によっては上っ面にも思える演じ方は気に食わないところはあるけれど、実際に芝居を目の当たりにして俳優・一色十夜の人気は決して“美少年”と呼ばれる恵まれた容姿や家族が揃って世界的な有名人だからということではなく、正真正銘の己の実力と才能によるものだということを知った。

 

 『半井亜美・・・名前からして間違いなく女子ね』

 

 普段から事務所で度々会っていてCMで共演している経験もある堀宮のことはもう言うまでもなく、さすがは1人だけ子役からずっと芝居をしてきたこともあってお得意の感情を掘り下げるメソッド演技でほぼ文句のつけようがないほどに雅の役を自分のものにしていた。まぁ、この人に関しては台本が届く前の“秘策”をしていた時点で雅になっていたから、読み合わせでの驚きは特になかった。

 

 『半井亜美です。前まで通ってた高校では陸上をやっていました。もちろんここでも続けようかなって思ってます。よろしくお願いします』

 

 一色や堀宮のようなインパクトはなかったが、永瀬もまた亜美の役をそつなく自分のものにしていた。正直演技のレベル的には偉そうな例えをするなら上手いけどそれなりには転がっている程度だったけれど、そういう突き抜けたものもこれといった特徴もない“普通に上手い芝居”だからこそ役に染まりやすく、どこかミステリアスで掴みづらいところがある亜美と上手い具合にリンクしていた。

 

 『絶好調じゃん雅。なんかいいことでもあった?』

 

 ちなみに蓮もまた、明るい性格の凪子の役を自分なりにキッチリと作り上げてきていて、演出の黛さんも好感触を受けた表情で台詞を読む蓮のことを見守っていた。このドラマに対して俺たちメインキャストに負けないどころかそれ以上なほど熱意を持っているだけあって、よく知る間柄だということを差し引いても流石と思えた。本人はきっと悔しさは残っているのだろうけど、今日の読み合わせの段階で蓮も永瀬もそれぞれ適材適所に収まった感はあった。

 

 『なぁ、お前らって彼女作ろうとか思わねぇの??』

 

 ついでに言っておくと、新井も子役から芝居をやっているだけあって安定感が凄かった・・・といった具合に、俺以外の3人や蓮などの周りはそれぞれ芝居の中身こそ三者三葉で全く違うが、それぞれの演り方で自分の役を掴んでいた。

 

 『半井さんって陸上やってたんだ』

 『うん。ただ園崎くんとは種目は違うけどね』

 『へぇ~なにやってんの?ちなみに俺は走り幅跳び』

 

 もちろん俺も、新太や亜美といる場面においてはまだ突き詰める余地はあれど一定の手応えは感じていた。

 

 『亜美ちゃんはどう?ちゃんと陸部に馴染めてる?』

 『どうって・・・それ俺に聞くか普通?』

 

 だけど、こと雅が絡んでくると、急に感情にリミッターが掛かって純也の感情が俺から遠ざかる感覚に襲われる。いつものように演じようとして、急に足がすくんで立ち止まってしまうような感覚と必死に戦いながら、どうにか最後まで演じ切る。こんな経験、今まで芝居をしてきて初めてだった。

 

 「どうされました夕野さん?何か納得のいかないところがあれば幾らでも私に言ってください」

 「・・・さっき黛さんが言った中間って、具体的にどれくらいのことを言っているんですか?」

 「あれは・・・もう少し分かりやすく例えると、自分の気持ちに嘘をつきたくない人が丸一日悩みに悩んだ末に自分の気持ちに嘘をつく・・・という感情です」

 「なるほど・・・撮影に向けて仕上げていきます」

 

 恐らく演出の黛も、その隣で無言を貫き淡々と読み合わせを見守っていた脚本の草見も、読み合わせの段階ではまだ不完全だということを理解した上で、俺が役を掴み切れていないことをきっと把握していた。

 

 「最後に、僕からも皆さんにひとつお伝えしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

 だからこそ、読み合わせの終わり際にようやく重い口を開いた草見という脚本家から言われた一言は・・・強烈に脳裏に残った。

 

 「黛さんをはじめ、僕たち演出側に出来ることは本当にごくわずかです・・・逆にその“ごくわずか”で僕たちは皆さんのような演者を使って観客、もとい視聴者が毎週楽しみに観てくれる作品を仕上げなければいけません・・・・・・先ずは改めて、その“重み”を理解してください・・・

 

 

 

 ドラマというものは映画とは違い常にスケジュールに追われながら課されたノルマをこなしていかなければならない。だから、もはや俺には悠長に悩んでいる暇もない・・・

 

 

 

 

 

 

 「蓮・・・・・・お前って人を好きになったことある?

 

 こうして思い至ったのが、蓮に直接聞いてみることだった。理由は至って単純で、純也を演じていくにあたって一旦気持ちを“整理”しておきたかったからだ。

 

 「・・・人を好きになったこと・・・・・・それって“恋愛的な意味”で、ってこと?」

 「そう」

 「・・・人を好きになったことねー・・・」

 

 またしても役作りで壁にぶつかる俺からの問いかけに、そのきっかけになっているとは知らない蓮は考え込む仕草をしながらフォンスを口へ運ぶ。1対1の沈黙が1秒ごとに進むたびに、平然を保っていた心臓がゆっくりと高鳴り始める。ついこの間まではそれが堀宮だったけれど、あのまま一色によって気付かされるようなことが起きなければ解釈を間違えたまま本番まで進んでいたかもしれない。そう考えると、これは寧ろ不幸中の幸いどころか役者としてまた一歩先へと進める大きなチャンス・・・と、簡単に“この気持ち”を堀宮のように‟たかが芝居”と割り切ることが出来たら、こんな苦労はしない。

 

 「・・・念のために確認するけど、本当に“役作りで困ってる”から憬はわざわざ呼び出して私に聞いてるんだよね?

 

 それでも俺は割り切らなければいけない。何故なら“蓮と雅”は根本的に違う人間だからだ。

 

 「あぁ・・・だから“親友”のお前にこうして聞いてる

 

 フォンスの缶に向けられていた蓮の視線がいきなりこっちに向けられ、俺はその問いかけに“親友”として答えを返す。俺の眼を真っ直ぐに見る金色の瞳から覗く感情は、冗談でも何でもなく“本気”に見える。

 

 

 

 

 

 

 “『やっと自覚したみたいだな。もうサトルにとってレンちゃんの存在は“ただの親友”では収まらないところまで大きくなってしまったことに・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ・・・・・・私が“いま好きな人がいる”って言ったら、憬はどうする?




どうする、憬_



顔合わせと読み合わせのところをガッツリやるかやらないかで相当悩みましたが、尺の都合とここから先に考えている展開的な意味でこうなりました・・・すいま聖闘士星矢。

そしてしれっと登場白石さん
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