或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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もうドドンパには二度と乗れないのか・・・・・・無念。


scene.97 ありえない

 「じゃあ・・・・・・私が“いま好きな人がいる”って言ったら、憬はどうする?

 「・・・・・・え?」

 

 “人を好きになったことある?”と聞いた俺に、蓮は俺の眼を真っ直ぐに捉えるように見つめながら、心なしか普段より少しだけ小さめな声量でそう聞いてきた。いきなり親友の口から出てきた言葉があまりにも訳が分からなすぎて、俺は文字通りに言葉を失う。

 

 「・・・本当にいるのか?」

 「その前に、どうするかって答えるのが普通じゃない?

 

 その言葉が本当かどうかを確かめようとした俺の声に被せて、蓮は答えの続きを聞いてくる。普段からよく知っている、良くも悪くも飾り気がなくて誰よりも負けず嫌いで、実は意外と繊細なところもある頑張り屋で俺と負けず劣らず嘘を吐くのが下手なこいつの表情(かお)と声。いま俺の前に缶の炭酸飲料を片手に座っているのは、下らない話ひとつで馬鹿みたいに盛り上がれる小6のときから何も変わらない一番の親友。

 

 「で、憬はどうしたいの?

 

 そんな何も変わらない今の関係性を、身勝手だと言われようと蓮とは貫いていこうと思っている。それだけこいつのことを、俺は“大切にしたい”と心から思っている。これから先の未来で、こうやって共演者(ライバル)として凌ぎ合うような日々が何度来ようと、分け隔てもなくサラッと気軽に愚痴だとか本音を溢せるような“”が続いていくことを、心の底から願っている。

 

 「俺は・・・」

 

 だから、蓮に“好きな人”がもしも本当にいるとしたら、親友である俺がやるべきことはこいつのことを応援してやることが一番だし、互いに他人を演じる生き方をしている以上はなるべく演じていないときは平穏でいたい気持ちはある。

 

 「・・・分からない

 

 その気持ちと同じくらいに、その“続き”を見てみたいと思っている自分が俺の中で生まれつつある。そんな真似をすれば俺たちは二度と“”には戻れなくなるかもしれないことは分かっていて、こいつの口から出た言葉が“本当”だとしたら、それは絶対に許されないことだというのは恋愛をしたことがなくても分かっている。それでも何も変わらないこいつの表情と対峙しているいまの俺は、冷静な判断が出来ないくらいに葛藤している。

 

 

 

 役者だったらこの“葛藤”すらも昇華する・・・俺はその演り方で今日までやってきたはずだ・・・

 

 

 

 「どうしたらいいか・・・・・・分からないんだ

 

 心の中で渦巻く複雑な気分をどうにか整理して、やっとの思いで答えが出た。結局それは、何も思い浮かばなかったという答えだ。当たり前だ。何の前触れもなく親友からこんなことを聞かれても、俺が分かれるわけがない。

 

 「・・・ははっ」

 「・・・何がおかしいんだよ?」

 

 するとそんな俺を正面から見つめていた蓮は、いきなり静かに笑い出した。

 

 「初めて見たかも・・・こんなに弱ってる憬」

 「・・・・・・」

 「やっぱり君は“まだまだ”だね」

 

 どうやって飼い慣らして良いのかが分からない未体験の感情に弱った俺を見て“まだまだ”だと言うその表情は、心配しているというよりはどこか嬉しそうに悩める“1年後輩”の役者を微笑ましく見つめる、同じ学校の制服を着た同じクラスのただの親友だ。

 

 「私が静流と一緒に暮らしてすぐぐらいのときに、静流から言われたことがあってさ・・・“私は2歳の時に“芸能界(この世界)”に入っちゃったから “普通の世界”を知らない。それなのに私たちは“普通の世界で普通の人生を送る普通の女の子”を演じなければならない時が来ることもある”・・・って」

 

 そうして蓮はまた徐にフォンスを口に運び、まだ中2だったときに同居人の牧から言われた言葉を俺に打ち明ける。

 

 「そんな感じでずっと芝居をしてきた静流みたいに、私たちもいつかは経験したことのない感情で芝居をしないといけないときが来る・・・・・・憬にとってそれが“今”なんだよ。きっと

 

 

 

 “『“俯瞰型だろうと憑依型だろうと“やるべきこと”は同じ”・・・これ、“超重要”だから・・・』”

 

 

 

 「俯瞰型だろうと、憑依型だろうと、“やるべきこと”は同じ・・・か」

 「なんの話それ?」

 「何でもない。ただの独り言」

 

 昨日一色から言われた言葉が頭に浮かび、ほぼ無意識に口から出た。偶に出てくる心の声という、余裕があまりないときに出てくる自分の悪い癖。

 

 「・・・ぶっちゃけ私も恋愛的な意味で人を好きになったことがないし、憬の独り言もよくわかんないけど、“やらなきゃいけない”って分かってるならやり切るしかないんじゃない?」

 

 心の声を不意に溢した俺を、蓮は慰めながらも親友として鼓舞する。本当にこういうときに限ってこいつはちゃんと頼もしい“先輩”をやってて、そんなこいつにこうやってアドバイスを送られるたびに、俺はまだまだ“追いつけていない”ことを実感する。

 

 「・・・そうだよな」

 

 

 

 蓮に追いつくためにやるべきことは分かっていて、やるべきことをやればきっと俺は今度こそ追いつけるだろうけれど・・・果たしてそれが“俺たち”にとって正しいことなのか、それが俺たちにとって幸せなことなのか・・・

 

 

 

 「・・・あのさ、憬」

 

 アドバイスを貰ってもなおも覚悟が決まらないでいる俺の様子を見かねたのか、蓮は缶の中に残っていたフォンスを飲み干してどっと息を吐き、まるで何か腹を決めたように俺の眼を再び見つめ始める。

 

 「言おうかどうか迷ったけど・・・どうして雅役の堀宮さんじゃなくて私に聞いたの?

 

 何となく、蓮がどんなことを聞いてくるのかは予想出来ていた。もちろん、その理由はたった1つで、伝えるべき答えも決まっている。全ては自分の“役作り”のため、本当にそれだけだ。

 

 「それは」

 

 ヴゥゥ_ヴゥゥ_

 

 「ごめん電話来た。多分マネージャーだこれ」

 

 意を決して理由を伝えようとしたまさにそのときというタイミングで、蓮の携帯が鳴った。ごめんと言った後に呟いた独り言からして、恐らく相手はマネージャーだ。

 

 「お疲れ様・・・うん、わかったごめんごめん。すぐ下に降りるから」

 

 10秒ほどのやり取りで、蓮はマネージャーと思われる相手との電話を終わらせ画面を閉じて、小さな溜息を溢す。相槌からして、“まだ掛かりそうか?”とでも聞かれているのだろう。

 

 「ごめん憬。マネージャー下に待たせてるから私はこれで帰るね」

 「おう、分かった。こっちこそごめんな、急に付き合わせて」

 「ううん全然。むしろまた何かあったらいつでも呼びな。あんまり大した助言は出来ないかもだけど、フェアに戦うライバルってことで相談だけはちゃんと乗ってあげるから」

 「・・・それは頼もしいな」

 

 半分くらい無理やり付き合わせる形になったこともあり、当然引き留めるようなことは俺もしない。というか、俺も俺でマネージャーを待たせているからこれ以上はここに残るわけにもいかない。

 

 「・・・そうだ、どうせ憬もマネージャーさんが待ってるだろうから一緒に下降りる?」

 「いや・・・俺はあと5分くらいここにいるよ」

 「何それ、1人で気持ちを整理したいみたいな?」

 「(なんで毎回当ててくるんだよ・・・)・・・まぁ、そんなところ」

 

 だけどその前にもう少しだけ1人になって気持ちを整理したい俺は、一緒に下へ降りようという蓮からの誘いを断って先に帰る親友を見送ることにした。例によってこいつからはその魂胆を見事に当てられてしまった上に、せっかく言おうとしていた“本当の理由”も言えず仕舞いだが。

 

 「じゃあこれで次に会うのは学校か撮影かどっちかになるかは知らないけどお疲れ」

 「うん、蓮もお疲れ。お互い撮影頑張ろうぜ」

 「いまの君に人の心配する暇あんの?」

 「っ・・・分かってるわ言われなくとも」

 「あははっ、じゃあまたね憬」

 

 缶を自販機の隣のゴミ箱に捨てて、俺に手を振りテレビ局の通路を歩いていく呼び止められた理由までは知らないはずの蓮を見送り、1人になってどこに目線と意識を向けるでもなく思い耽る。結局、蓮を呼び止めて悩んでいることを打ち明けてみたものの、終わってみれば元気づけられただけでこれといった解決策は出ることなかった。あいつが思っている通りかは知らないけど、確かに普通に考えてみれば相手役の堀宮に相談したほうが理には適っている。それでも俺は、傍から見れば非効率で遠回りにしか思えない方法を選んだ。昨日から自覚してしまった気持ちを整理するには、現実的に“近しい”存在に聞いて“あくまで雅とは違う”ということをもう一度この意識に植え付けたかった。そうすればちゃんと割り切って純也の感情を受け入れることが出来ると思った。

 

 

 

 “『“いま好きな人がいる”って言ったら、憬はどうする?』”

 

 

 

 「・・・はぁぁ」

 

 そう思っていた自分の浅はかさとよりによってこんなタイミングで紛らわしいことを言ってきた蓮に対する溜息が、どっと漏れる。冗談だったとはいえ、言われた瞬間はさすがに頭の中がショートした。結局は冗談だったから良かったけれど、そのときの蓮の表情が妙に本気に見えたのも相まって何とも言えないショックを感じた。あいつと一緒にいてあそこまで心が揺れ動いたのはあいつと手を繋いだとき以来で、あのときの俺もまた、かなり本気で彼女役を演りきるあいつの演技につい“勘違い”しそうになった。

 

 

 

 

 

 

 “『別に緊張なんかしてないよ・・・“芝居”に決まってんじゃん』”

 

 

 

 

 

 

 いや・・・もしもあれが・・・

 

 

 

 「・・・ありえないだろ。それは

 

 ヴゥゥ_ヴゥゥ_

 

 センター街で手を繋いだあの日を思い出して自分でも予期せぬ方向へ思考が持っていかれそうになった瞬間、ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。

 

 「はい」

 

 誰からの電話なのか条件反射的に察して我に戻った俺は、携帯を開き連絡元を確認せずにそのまま電話に出る。

 

 「お疲れ様です。夕野君、もうそろそろ読み合わせも終わり解散する頃だと思うのですが、お戻り出来ますか?」

 「はい、今“ちょうど”終わったところですのでこのまま下に向かいます(嘘は言ってない・・・)」

 

 やはり、電話をよこしたのはマネージャーの菅生だった。まぁ、この携帯に登録している連絡先は両手でこと足りるぐらいしかいないから状況さえ考えれば誰からかは想像つく。とは言ってもマネージャーをこれ以上待たせるわけにもいかないので、俺はそそくさと椅子から立ち台本などを諸々入れているリュックを背負い裏口に繋がるエレベーターへ向けて通路を歩き始める。

 

 「戻る前に、急ではありますが夕野君に確認事項があります」

 「えっ、何ですか?」

 

 歩き始めようとしたところで、菅生は俺を一旦呼び止める。普段から畏まっている口調のせいでやや分かりづらいけれど、それなり以上に重要なのは電話越しの空気で察した。

 

 「実はつい先ほど本郷さんから私のほうへ連絡がありまして、“急な変更になってしまい申し訳ないがこちらの来週の都合が悪くなったため、もし良ければ夕野君との“面談”を明日にでも行いたい”ということですが、いかがしましょうか?」

 

 それは、ちょうど来週の水曜にスケジュールに組まれていた本郷という映像作家との“面談”、もとい顔合わせが急遽明日にずれ込んだという連絡だった。ちなみに明日は幸か不幸か、ちょうどスケジュールが丸一日空いている。

 

 「明日ですか・・・」

 

 頭の中で数秒ほど引き受けるか断るかを考えて、俺は決めた。

 

 「大丈夫です・・・是非とも明日でお願いします」

 「かしこまりました。ちなみに時間のほうは夕方の17時からですので学校の授業は普通に受けられるよう調整しています」

 「ありがとうございます、菅生さん」

 

 いまの俺には、引き受ける以外の選択はなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 “『蓮・・・・・・お前って人を好きになったことある?』”

 

 

 

 

 

 

 「はぁぁ・・・」

 

 シャワーから上がってダイニングも兼ねたリビングの椅子に座って、寝る前の1時間を使って今日の復習。あともう少しで暮らし始めてから2年になる、静流と一緒にいるこのリビングの景色。いまの私は多分、こっちに来て1週間もしないくらいのときに別のドラマの台本と睨めっこをしていたのと同じように、自分の椅子に座って台本に目を通しながら演出の黛さんから言われたことを復習している。

 

 

 

 “『私が“いま好きな人がいる”って言ったら、憬はどうする?』

 

 

 

 「私も私で何であんなこと言ったんだよもう・・・」

 

 復習しているところだけど、どっかの“芝居バカ”とそのバカが感染(うつ)って余計なことを言った自分のせいでちっとも身が入らない。

 

 「おぉ〜、今日は随分と荒れ模様だねレンレン」

 

 椅子から立ち上がりがてらに行き場がない自分への不満が溢れ出たまさにそのタイミングで、シャワーから上がって同じく部屋着に着替えた静流が背後から優しく話しかけてくる。そういえば2年前に出た月9でプレッシャーに押しつぶされそうになっていたときも、こんな感じでシャワー上がりの静流から話しかけられてた気がする。

 

 「・・・いまの独り言聞こえてた?」

 「うん、バッチリ。“私も私で何であんなこと言ったんだよもう”・・・ってね」

 「・・・最悪」

 「もしかしなくても何かあった?」

 「はぁ・・・ほんっと静流のそういうとこ嫌い」

 「も~怒んないでよ蓮ってば~」

 

 あのときとはまた違う意味で集中できていない私に、静流はいつものように後ろからギュッと抱きつき、ほのかなシャンプーの香りと背中に温もりと少し大きな胸の感触が伝う。

 

 「・・・前から思ってるんだけどさ、静流って意外と大きいよね?」

 「それ、地味にコンプレックス」

 「小っちゃいよりはマシでしょ」

 「胸があると何かと太って見えちゃうから嫌なんだよねー、おまけに私って蓮とは違って背も低いし」

 「あんまり背丈とかそういうの気にしない人だと思ってたよ。静流は」

 「女優はまず見た目が第一だからね。だから蓮みたいにスラっとしてる人ってほんとに羨ましい」

 「別にスラッとしてても静流みたいに役に恵まれなきゃ意味ないけどね」

 「そんなことないと思うけどなー。比べてる相手が悪いだけで」

 「分かってるよそれぐらい・・・でも、そういう問題じゃないっての・・・」

 

 もちろん静流からのスキンシップは同居を約2年も続けていたらすっかり慣れ切って日常の一コマみたいになっているけれど、こうやって甘えられるとそれだけで気分が不思議と何となく落ち着いていくのはずっと変わらない。

 

 

 

 

 

 

 “『私ってさ、2歳の時に芸能界(この世界)に入っちゃったから “普通の世界”を知らないんだよね』”

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず気分は落ち着いたかな?」

 「・・・まず身体離してくれない?じゃないと座れないから」

 「うん、分かった」

 

 私の背中から、静かに温もりと重みが離れる。静流は私とは違って、努力をしているようなところなんて誰にも見せない。その癖ひとたびカメラの前に立てば、自分の芝居1つで周りを蹴散らすくらいの勢いで視ている人たちを圧倒してみせる。

 

 「じゃあ私に話してくれる?蓮が荒れてる理由?」

 「荒れてるって言われると語弊があるな・・・」

 

 もちろん私も静流が台本と睨めっこしたり、必死でノートや自分のパソコンを使って演じる役のバックボーンを作っていたりと、そんなふうに努力している姿を見たことは一度もなく、私が知っているのはこうやって後輩女優を揶揄い半分で可愛がる可憐でミステリアスな1学年上の女の子。

 

 「・・・静流に話して何になるの?」

 「んー、ストレス発散?あるいは、感情の整理?」

 

 だけどこうやって2年間ずっと一緒に暮らしてきたからこそ、芸能界という世界に揉まれて翻弄されたからこそ、こんな世界で子役のときからずっと輝き続けている静流がどれだけ傷つきながら頑張ってきたのか、それだけは私でも分かっているつもりだ。

 

 「あのね静流。そうやって簡単に言ってくれるけど、それで済むくらいなら苦労しないって話」

 「でも誰にも話さないで溜め込んだまま本番まで放置するよりは吐き出しておいたほうが身のためだと思うけど?蓮だって中途半端な気持ちで本番なんて迎えたくないでしょ?」

 「・・・はぁ・・・」

 

 まぁ分かったつもりでそれを口にしたところで、静流にはのらりくらりとかわされるのがオチだろうけど。

 

 「単刀直入に言うと・・・・・・その・・・憬に“好きな人”ができたかもしれない

 

 “こうなったら”静流が止まらないのも知っている(というか半分諦めた)から、私は椅子にまた座って正直に理由を打ち明ける。ぶっちゃけ(あいつ)からあんな言葉が飛び出してくるなんて思いもしなかったから、思い返すだけで何だか気恥ずかしい。

 

 「・・・うん。それで?」

 「・・・それだけ」

 「ほんとに?」

 「ほんとに決まってるよ・・・」

 

 自分の中ではプライドを捨てる覚悟で理由を明かしたのに、静流は“そんなの知らない”と言わんばかりにテーブルを挟んだ反対側の“定位置”に座ってなおも掘り下げようとする。

 

 「・・・別に何でもいいじゃん。大したことじゃないから」

 

 私はそれにどうにかして対抗しようとするけど、一度“スイッチ”が入った静流の眼にはもうお見通しで、誤魔化す隙もない。

 

 「ううん。親友って呼べるくらい仲が良い、それも異性の友達に“好きな人”ができたってさ・・・それって自分がその友達にとっての1番から“2番”になるわけなんだから、普通に大事(おおごと)だよ」

 

 抵抗しようとしてやっぱり恥ずかしくなって“大したことない”と逃げようとした私に、静流は容赦なくその裏側を優しく突いてくる。相も変わらず、嘘が下手なくせに肝心なときに誤魔化そうとする自分は嫌いだ。

 

 「何があったかは知らないけど、もしも私が蓮だったら・・・結構“ショック”を受けてると思う

 

 そんな周りが思っているほど素直じゃない自分の本心に限りなく近い気持ちを、静流は目の前で頬杖をつきながら代わりになって私に伝える。

 

 

 

 “『お前って人を好きになったことある?』”

 

 

 

 「ショックっていうか・・・・・・私もよく分かんないんだよ

 

 俯瞰型だとか、憑依型だとか、憬が言ってた独り言は置いておいて、あいつが自分の演じる役に徹底的に入り込むタイプの役者だっていうのは知っている。

 

 「静流だったらわかると思うけど、憬ってモロに“入り込む”タイプだから、相手のことが好きになる役を演じるときは本気で相手のことを好きになって芝居をするようなやつなんだよ。もちろんカメラが回ってるときだけだと思うけど・・・だけど、あいつは静流ほどオンとオフを完璧に分けられるほど器用じゃない・・・」

 

 そして静流だとか週末から撮影が始まる今回のドラマで雅を演じる堀宮さんのように、オンとオフを完璧に分けられるような器用さはない。昨日と今日で何があったかはもう一度ちゃんと聞いてみないと分からないけれど、明らかに今日の憬はいつもと様子が違っていた。何とか平然を装ってはいたけど、読み合わせのときもどこか意識はうわの空で、役に“入り込めていない”感じがした。

 

 「ほら、憬って7月のドラマにメインキャストで出ることになってるじゃん」

 「そうだね。『ユースフル・デイズ』っていう学園モノのドラマで、原作では憬くんの演じる役は幼馴染のヒロイン“その1”に片思いをしていると」

 

 ちなみにこのドラマに私も出るという情報は本当だったら解禁まで共演者以外にはバラしちゃいけないことだけれど、静流にだけはボスと中村さんに許しを得た上で密かに明かしていて、もちろん本人も全部把握している。

 

 「その読み合わせが今日あったんだけど・・・何だか憬、全然役に入り込めてなかったように見えた」

 「へぇ~珍しい」

 「そうなんだよ・・・って言っても憬が読み合わせしてるところ見るのは初めてだったけど、初めてでも役に入れてないのが見ててハッキリ分かるくらい、集中出来てなかった・・・」

 

 

 

 

 

 

 “『蓮。ちょっといいか?』”

 

 今まで見たことのなかった芝居をみせた憬は、読み合わせが終わると早々にメインキャストの人たちと別れて私を休憩スペースに呼び出した。その表情は私にどうしても言いたいことがあるって感じで、分かりやすく悩んでいた。

 

 “『とりあえず今から俺が言うことは、あくまで“役作り”のためだってことを先に頭に入れてから聞いてほしい』”

 

 私はその原因を察してはいた。憬はこれまで恋愛というものを経験したことがない。だから恋愛感情がどういうものかが分からないから、雅のことを意識している純也の気持ちが分からない。だから、上手く感情移入が出来なくて思うように役作りが進まない・・・と、どうせまた役作りが上手くいかなくてどこぞの“のび太”みたいに私を頼ってきた。そう思って私はあいつの相談に乗った。

 

 “『お前って人を好きになったことある?』”

 

 でも、私の読みは外れた。少しだけ気恥ずかしそうに私の眼を見つめながらそう打ち明けた憬を視て、雅のことを恋愛感情で視れないから役に入り切れないってわけじゃないのが分かった。

 

 “『憬はどうしたいの?』

 

 むしろ実際は真逆で、憬は純也として雅のことを本気で好きになろうとして、相手役の堀宮さんのことを“異性”として意識するために陸上部に入って身体づくりをする裏で、私の知らないところで精神(こころ)を演じる役に近づける努力を続けていた。

 

 “『どうしたらいいか・・・・・・分からないんだ』”

 

 そうして心と身体を純也に近づけていった結果、役をガチガチに作り過ぎて堀宮さんのことを役としてではなく“本気”で好きになってしまった・・・という、私の見解。

 

 “『初めて見たかも・・・こんなに弱ってる憬』

 

 親友になってから初めて見た、憬の表情。今まで知らなかった一面を垣間見た嬉しさに似た面白さと、親友に“好きな人が出来たかもしれない”という現実に対する言葉にできない複雑な感情が同時に襲ってきた。

 

 “『ぶっちゃけ私も恋愛的な意味で人を好きになったことがないし、憬の独り言もよくわかんないけど、“やらなきゃいけない”って分かってるならやり切るしかないんじゃない?』

 

 初めての感情に自分でアタフタしている憬の様子を見て微笑ましく思ったのは本当のことだし、別に悔しいとかそういうことじゃないけれど、やっぱり内心では“少しだけ”ショックなところもあって、素直に頑張れとあいつを応援する気にはどうしてもなれなかった。仮にあいつが本当に堀宮さんのことを好きになっても、私たちの関係はずっと変わらないし壊れることもないはずだから、大して気にする必要なんてない。堀宮さんじゃなくて私に役作りの相談をしてきたのも、あの人が相手じゃ今の自分は冷静になれないから何でも話せるただの“親友”に過ぎない私に頼ったっていうのも、何となく分かっていた。

 

 “『あのさ、憬』

 

 分かっていても、私はどうしても憬に理由を聞いてみたくなった。

 

 “『どうして雅役の堀宮さんじゃなくて私に聞いたの?』

 

 

 

 

 

 

 「・・・それで?憬くんは何て言ったの?」

 「いや、聞こうとしたところで中村さんから“まだ終わらないんですか”って電話が来たから、それで今日はお開き」

 「うわ~なんでよりによってそのタイミングで電話してくるかなぁ中村さん」

 

 終わってみれば、また私は月9のときみたいに静流に顛末を話していた。

 

 「てことは結局、憬くんがどう思ってるかは分からず仕舞いか」

 

 静流の言う通り、理由を聞こうとしたタイミングで中村さんから“早く戻って来い”という電話が来たおかげでどっちつかずでモヤモヤしたまま先に帰ることになったけれど、家族とあいつの次くらいに私のことを知っている静流にこのことを話したおかげか、少しだけ頭の中は整理された。

 

 

 

 “『それは・・・』”

 

 

 

 「・・・そういうことになるね」

 

 もちろん、正しい答えが分からないままっていうモヤモヤはまだ残ってるけど。

 

 「でも別に相手が堀宮さんでもそうじゃなくても、“好きな人”ができたところで私は知ったこっちゃないけどね。だって私はあくまで憬とは親友同士(今まで)の関係でこれからもずっといたいし、きっと憬もそれを望んでる・・・」

 

 

 

 「(やっぱりあなたは、演技は上手くなっても嘘は下手くそなままね・・・)

 

 

 

 「・・・蓮はほんとにそう思ってるの?

 

 そのモヤモヤを別の理由をつけて無理やり吹き飛ばす私に、テーブル越しの正面に座る静流は私の言葉が本当か嘘かを確かめるかのような視線と感情を向ける。

 

 「当たり前だよ・・・・・・そんなの、朝になって目が覚めたら地球が滅んでましたってぐらい、“ありえない”話だから・・・

 

 静流の眼を真っ直ぐ見て、私は思っていることをそのまま言葉にする。例えモヤモヤが残っていようと、それだけは絶対に“ありえない”。だって私たちはお互いに“親友”でいることを望んでいて、求めているから。

 

 「“ありえない”話、ね・・・

 

 

 

 じゃあどうしてアンタは、(あいつ)の隣に違う誰かが立つことをこんなに拒んでいるの?

 

 

 

 “違う・・・私はそんなつもりじゃ・・・

 

 

 

 「そっか・・・分かった」

 

 心の奥に眠っている本心の“片割れ”が発した声を、静流の相槌が優しく掻き消した。

 

 「分かったって何が?」

 「だから、蓮の言ってることは本当だってことが分かったって意味」

 「・・・そんなに私が“嘘つき”に見える?」

 「ううん、ちっとも」

 

 私に向けられている表情は、“本当のことを聞けてよかった”と言わんばかりに“スイッチ”を切って納得している表情。これ以上は心の中を突っ込まれない安心感と、疑い深くて負けず嫌いな性格の静流が珍しくすぐに引き下がったことへの、若干の違和感。

 

 「蓮のことを疑ってるつもりはなかったけど、ごめんね」

 「うん・・・分かってくれたらいいよ」

 

 一緒に暮らしてからもうすぐ2年が経とうとしているけど、こんなふうに静流の考えていることが分からなくなってしまう瞬間は未だにあって、きっと私はまだ、“本当の静流”がどういう人間なのかをほとんど知らない。

 

 「そもそも私、嘘はつかない主義なんで」

 「“嘘をつけない”の間違いじゃなくて?」

 「そんなのどっちでも同じでしょ」

 「ふっ、何だか蓮ってますます憬くんと似てきた気がする」

 「あの“芝居バカ”と一緒にしないでくれます静流さん?」

 

 

 

 静流のことをちっとも分かっていないくせにこうやって都合よく甘えている自分も、芝居のことから離れてちょっと気を抜いたらあいつのことばかり考えている自分も、周りのみんなにどんどん置いていかれている気がして・・・嫌だ。

 

 

 

 「満更でもないくせに」

 「・・・うっさい」

 

 結局この後は、このまま台本を見て復習することなく眠くなるまでただ静流に愚痴を溢しただけで1日が終わった。




“似た者同士”ゆえに_



僕はアクタージュを書いているのか、それともラブコメを書いているのか・・・自分でもよく分からなくなってきた。そもそも僕は恋愛モノを書くことが大の苦手だというのに・・・・・・はい。

というわけで次回は原点に戻るわけではありませんが、原作ではお馴染み?の“彼ら”が出てくる予定です。
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