或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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#011. 選択肢

 「あまり思い出したくないとは思うが、沙貴ちゃんにとってお父さんはどういう人だったのかを教えて欲しい」

 「・・・どうしても教えないと・・・ダメですか?」

 「あぁ。本当に申し訳ないが・・・全ては沙貴ちゃんのことをお父さんから守ってくれたお母さんと、こうして1人取り残されてしまった沙貴ちゃんを救うためだ・・・・・・心から頼む」

 

 警察署の取調室。自分の母親が父親をナイフで刺し殺して逮捕されたことで心に更なる深い傷を負ってしまったであろう沙貴のことを、事件の真相を掴むためにこの事件を担当することとなった刑事の真宮(まみや)は、ただならぬ覚悟を持って “もう1人の被害者”である沙貴のトラウマに迫りながら事情聴取をしていた。

 

 「・・・本当に、“あいつ”はこの世界に生きている人間の中で一番嫌いでした・・・・・・ハッキリ言って・・・死んでくれて本当にありがとうって・・・そう心の底から思ってしまうくらいに_」

 

 そして言葉を紡ぐように重い口を開いた沙貴から打ち明けられた父親の人物像と“普通の家庭”を皮を被ったその家庭環境の実態は、捜査の過程である程度は把握していたとはいえ真宮にとっては思わず目を覆いたくなるほど悲惨なものだった。

 

 「_13のとき・・・あたしは“初めて”を“あいつ”に無理やり奪われました・・・・・・次の日の朝・・・あたしは普通に学校へ行く途中で、電車に飛び込もうとしました・・・でも、出来なくて、そのまま平気なフリをして学校に行って普通に授業を受けて・・・この身体を汚したあいつがいる家に、吐き気を堪えながら帰りました・・・帰ることしかできませんでした・・・・・・だってあたしが死ぬかどこか遠くに逃げたら・・・あいつからの“苦しみ”をお母さんが全部背負うことになるから・・・・・・この気持ち・・・刑事さんにわかりますか?」

 

 光が消え切り濁った眼を見開きながら、沙貴は真宮に自分が父親から“されてきた”ことの全てを打ち明ける。もういつ自ら命を絶ってもおかしくないほど追い詰められたような沙貴の表情を見て、真宮は意を決して“あること”をぶつける。

 

 「沙貴ちゃん・・・もしも逆に、あのときお母さんがお父さんから暴力を振るわれていたら・・・・・・沙貴ちゃんはそのナイフをお父さんの背中に刺したか?」

 

 実の父親から性的虐待を受けた過去を明かした沙貴に、真宮は敢えて心を鬼にして“父親を殺したのは本当に沙貴の母親なのか?”という疑念の核心に迫る言葉をぶつける。

 

 「・・・なにを言ってるんですか・・・刑事さん」

 

 すると真宮からの問いかけに取調室の机を挟んで対峙するように座る沙貴は、光の消えた眼で真宮を見つめたまま、不敵に作り笑いを浮かべる。

 

 「そんなことしたら・・・・・・お母さんを悲しませるだけですよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 『そんなことしたら・・・・・・お母さんを悲しませるだけですよ・・・

 

 「驚いたよ・・・“スターズの天使”と呼ばれている千世子さんが、こんなにも恐ろしい表情(えがお)をするなんて」

 

 9月6日、都心の外れにある映画スタジオ。篠田惇治(しのだじゅんじ)監督の映画『造花は笑う』の取調室で真宮が沙貴に事情聴取をするシーンのワンカットのVチェックをしていた真宮役の早乙女さんが、同じように自分のカットが映るモニターを見つめたまま隣のパイプ椅子に座るわたしに声をかける。

 

 「ふふっ、早乙女さんからそう言われると、自分で見ていても何だか自分じゃないみたいに思えてきます・・・これじゃあ、天使というよりまるで“悪魔”だわ」

 

 “イケオジ”と呼ばれている年相応に落ち着いた端正な顔立ちとモデル時代からほとんど変わらないスラっとした180越えの長身に見合うクールな口ぶりに反して、モニターに映る沙貴(わたし)を興味津々に凝視する真っ直ぐな瞳で心の中から溢れ出ている興奮を隠しきれないでいる早乙女さんに、わたしは謙遜で返す。芝居の演り方自体は今まで続けてきたことと何ら変わらないのに、同じ笑みでもコントラスト1つでここまで悪魔的に変わる“演出の綾”。自分で演じておいて難だけど、こういう思わぬ発見があるから芝居は面白くて、毎日が勉強になる。

 

 「“悪魔”か・・・・・・良い例えだね、千世子さん

 

 仮面で返した謙遜をどう捉えたのかはさすがに分からないけど、モニターに映っている沙貴を真っ直ぐ見つめていた“少年”のように純粋な瞳が、その純粋さを保ったまま左に座るわたしに向けられる。

 

 「良い例え、というと?」

 「千世子さんもどこかで聞いたことがある話かもしれないけど、キリスト教の言い伝えで“全天使の長と言われた大天使ルシファーが創造主である神の命に反し天を追放され堕天使、悪魔になった”って話があってさ。ただし、諸説はあるんだけどね」

 「へぇ~、面白そう」

 「つまりこれが何を意味してるのかというと・・・“天使と悪魔は同じ”ってことさ」

 

 そんな落ち着いたトーンのままわたしにキリスト教が由来の言い伝えを若干興奮気味に話すこの人こそ、日本の芸能界には収まらず更なる高み(ハリウッド)へと飛び立っていった“あの人”どころか“スターズ王子様”として全盛期を極めていたかつての十夜さんすら芸能界(この世界)にまだいなかったころ・・・すなわちスターズが芸能事務所としての船出を迎えて芸能界という大海に出始めたときに事務所の“広告塔”を担い、十夜さんが加入するまでのスターズを“日本で最も視聴率を稼ぐ主演俳優”として支えた誰もが一度は憧れとして通る“カリスマイケメン俳優”、早乙女雅臣。

 

 

 

 

 

 

 “『君が噂の百城千世子さん、か・・・・・・なるほど、スクリーン越しで視るより何倍も綺麗だ』”

 

 “早乙女雅臣と一色十夜がいなければスターズが芸能界を席巻するのは王賀美陸の登場まで待たなければならなかった”と今でも語り継がれるほど、かつて“スターズの王子様”と呼ばれていた十夜さんと並ぶスターズにとっての功労者でもある早乙女さん。だけどわたしにとって早乙女さんは、この映画が初共演どころか初対面だった。それはこの人のモデル時代も数えて四半世紀以上に及ぶ芸能生活の経歴を調べると無理はなく、俳優として人気絶頂だった最中に十夜さんと入れ替わるように突如スターズを辞めて独立し“本物の役者”になるために単身でニューヨークに渡ってからは、数年後に帰国してイケメン改め主役から脇役まで幅広くこなせて舞台も出来る“実力派俳優”として地道に評価を上げてカムバックした昨今まで、スターズ所属の俳優とは映画・ドラマ、そして舞台を含めて一度も共演してこなかった。もちろん一番の理由は隣人の十夜さんやハリウッドにいる“あの人”と同じで、アリサさんの元を離れた代償を払って、早乙女さん自らがスターズを遠ざけていたから。

 

 “『それでもやっぱり、実物を視ると君もちゃんと“人間”だ』”

 “『もちろん。だって私は“天使”じゃないので』”

 “『そりゃそうだ。人間は自分の身体だけじゃ空は飛べないからね』”

 

 だけど今回の映画で、20年近くもの間ずっと互いを隔てていた壁が壊された。アリサさんから直接聞いた話だと、“彼が私たちに対して課していた“条件”がこの映画で果たされた”ということだった。何を言いたいのかというと、早乙女さんがスターズの俳優と共演するという条件を満たしたのが、わたしだったということ。

 

 

 

 “『最後に言っておくけれど、次の撮影は“今までのようにはいかない”ということだけは心しておきなさい・・・・・・これからも千世子が“わがまま”を貫くと言うのなら・・・』”

 

 

 

 “『だけどね千世子さん。実は僕がいま千世子さんに言っている“人間”の意味はまた別にあるんだけど・・・どうやらその眼を視る限り、君はとっくに察していると見た』”

 “『あははっ・・・これはアリサさんが“忠告”してた通り、早乙女さんが共演者(あいて)となると本番は一筋縄じゃ行かなそうですね』”

 

 続けてアリサさんからは、“次の撮影は今までのようにはいかない”と忠告されていた。そもそもこの『造花は笑う』のオファーは“百城千世子に相応しくない”と一旦は断ろうとしていたアリサさんを説得して引き受けたもの。だからアリサさんは親の反対を押し切ったわたしに、“母親”として試練を与えた。それがかつてスターズを去った“早乙女雅臣との共演”だった。

 

 “『でも・・・私も“天使”のままで生きてくことにちょっと飽きてきたところだから、早乙女さんみたいな“役者”と同じカメラの前に立てるって考えたら、それだけで心がワクワクします』”

 

 これまでずっと百城千世子(わたし)の隣にいたのはみんなあくまで主演を引き立てるために用意されただけの助演で、『造花は笑う』で早乙女さんが演じる真宮の立ち位置もあくまで主人公の沙貴のことを調べ上げて真相に迫る叩き上げの刑事で、引き立て役であることは変わらない。ただし今まで周りにいた助演の共演者(引き立て役)との違いは、いまの自分と比べると演技力と技術のどちらもが格上で、下手な主演俳優が相手だと余裕で喰われてしまうほどの“存在感”を持っているということ。

 

 “『・・・良い心意気だ。“ミス・アンジェラ”』”

 

 もしオファーを受けたのが半年前までのわたしだったら、きっとアリサさんの言うことに従っていて、早乙女さんと共演することはなかったかもしれない。だけど・・・

 

 

 

 “『テレビで観たあなたも、いま目の前にいるあなたもとても綺麗で、なのにどちらもあなたの顔が視えないから・・・人間じゃないみたいだなって・・・』”

 

 

 

 だけど、“天使”として生きてきた百城千世子という偶像を真っ向から否定する存在(ともだち)が目の前に現れてから・・・わたしは明確に、“役者(にんげん)”になりたいと強く思うようになった。今までの百城千世子の生き方を自ら否定することになろうとも、10年の月日をかけてやっと手に入れた“幸せ”を捨てることになろうとも・・・

 

 

 

 “『アリサさん・・・“わたし”は“天使”なんかじゃなくて、“役者”になりたいんだよ・・・』”

 

 

 

 だからわたしは、百城千世子という名前を付けられてから初めてアリサさんの前で“仮面”を外して、百城千世子ではなく“城原千夜子”としてこの映画のオファーを引き受けたいと心の底からの“意思”を示した。

 

 

 

 “『私は“天使”なんかじゃないですよ?早乙女さん』”

 

 

 

 

 

 

 「ま、私はそのどっちでもないんですけどね?」

 「ははっ、そうだったね千世子さん・・・いやぁそれにしても、千世子さんにこんな役を演らせるなんて“シノさん”も悪趣味なことで」

 

 “天使と悪魔は同じ”だというかつてスターズにいた先輩俳優からの持論に軽く煽るくらいの気持ちで“どっちでもない”と言い返すと、早乙女さんはわざとらしく笑いながら観念したように頷き、再び視線をモニターへと戻してわたしたちの前で撮影した映像の編集をしている“シノさん”こと『造花は笑う』でメガホンをとる映画監督の篠田さんに揶揄い半分に言葉をかける。

 

 「悪趣味も何も、これはれっきとした百城さんとスターズからの要望なのは早乙女くんも知っているだろ?」

 「もちろん知ってるさ。だけど僕としては驚きだよ。少なくとも王賀美くんがいなくなってからのスターズは所属俳優にここまで挑戦的な役柄を演らせることは滅多にしてこなかったし、ましてや千世子さんは今やそのスターズの看板女優・・・時代は変わったとはこのことか」

 「それ、スターズに属してる張本人が隣にいるこの状況で話して大丈夫か?意外と本人は気にしてるかもしれないぞ?」

 「えっ嘘?ごめん。悪い意味で言ったつもりは全くないけど気に障ったかな千世子さん?」

 「ううん全然。早乙女さんが最初から悪い意味で言ってるわけじゃないのは説明されなくてもわかるから大丈夫ですよ」

 「そうか。なら良かったよ」

 

 日本に帰国してから初めて出演した映画で“監督と主演”という関係で一緒に仕事をして以来かれこれ10年以上の付き合いが続いているという篠田さんと共演者でこの映画の主演のわたしと談笑しながらも、ベージュ色のスーツ(真宮の衣装)を身に纏う早乙女さんはまるで考える人のような姿勢でパイプ椅子に座りながら篠田さんが編集しているモニターに映るわたしと自分の姿からほとんど目を離さず、ひたすらに自分の演技を客観的に振り返り研究する。こういうところに普段の気さくでどこかお茶目な人柄に隠された、早乙女さんのどこまでも芝居に対して真っ直ぐで貪欲な“努力家(ほんとう)”の人間性が垣間見える。

 

 「しかし本当に早乙女くん(きみ)という奴は喧嘩が大嫌いなくせに無自覚に喧嘩を売るようなことするよな?」

 「あははっ、それ嫁からもしょっちゅう言われるよ」

 「しょっちゅうかい」

 「嫁といえば、早乙女さんって昨日堀宮さんが誕生日でしたよね?」

 「おぉ、まさか千世子さんがご存じだったとは」

 「まだ共演したことのない私が言うのも変ですけど、おめでとうございます」

 「ありがとう千世子さん。帰ったら嫁の杏子に伝えておくよ」

 

 芸歴的にも実力的にもベテラン俳優の域に達するほど役者としての経験や地位と名誉を得てもなお、早乙女さんは共演する相手が芸歴の浅い若手俳優や子役だろうと吸収できるものは全て吸収して自分の芝居(なか)にインプットして、わたしみたいな若手と同じくらいかそれ以上の熱量でストイックに芝居と向き合い続けている。このどこまでも芝居や作品に対して誠実に向き合う職人気質な姿勢こそ早乙女さんが同業者や演出家たちから一目置かれ、単なる“イケメン俳優”からアリサさんとの出会いとブロードウェイへの挑戦を経てドラマ・映画・舞台と全てのフィールドで活躍する誰もが一度は憧れを抱く“本物の役者”になれた所以だと、過去作をいくつか観て歳を重ねる度に演技が深化し洗練されていく様をこの眼で視たわたしは思っている。

 

 

 

 “『(ほんとに負けず嫌いね・・・・・・わたしに負けず劣らず)』”

 

 

 

 そしてどんどんと芝居が上手くなり面白くなっていく早乙女さんの“歴史の一部”を視て、この人は十夜さんやあの人とは違ってわたしやアキラちゃんと“同じタイプ”の役者(にんげん)だと知って、ちょっとだけわたしは早乙女さんのことを人として好きになった。言うまでもなく、好きという意味は“役者”でっていう意味だけど。

 

 

 

 「・・・シノさん。真宮が沙貴に“もし自分だったらお父さんの背中にナイフを刺したか”って聞くところを試しにもう1テイク撮りたいって言ったら、怒る?

 

 ほんの少しの沈黙が流れると、これまでわたしや監督の篠田さんと談笑していた早乙女さんが急に真面目なトーンと眼差しで静かに笑いながら、監督に向かって容赦のない注文をする。その言葉に悪意が全くないのは、篠田さんとモニターに映る自分を見る純粋な表情の眼と語り口ですぐに分かった。

 

 「何だ?俺の演出が不満だって言いたいのか?」

 「そうじゃないよ。いまシノさんが編集してるシーンに映ってる真宮を視てたら、ちょっと試してみたいパターンが僕の頭の中にパッと浮かんできたってだけのことさ。もちろんどっちのテイクを使うかはシノさんの判断に任せるよ」

 「当たり前だろ。じゃなきゃ監督がいる意味がない」

 

 早乙女さんの中にある“スイッチ”が入ったことを察した篠田さんは、謙遜のない口ぶりで後ろに座る10年来の友人には目もくれずに編集している手を止めないまま言い返す。少しでも自分の中で新しい演技のプランが出てきたら例えOKを出された後でも容赦なく撮り直してほしいと口出しできる我儘でご法度にすら思える悪意のない自信と、その我儘を監督が文句を言いながらも受け入れるくらいには評価されている演技と実力。これもまた、早乙女さんが平凡な二枚目で終わらなかった理由・・・と言いたいところだけど、横で見ている限りだとこれは10年来で築き上げたただの信頼関係だっていうのは、2人の間にある監督と演者というより“友人”って感じの空気で察した。

 

 「それにこのシーンをもう1テイク撮るとなると、百城さんも付き合わせることになるぞ?」

 「それは本人次第でしょ?」

 「本人次第て・・・百城さん、嫌なら断るって選択肢もあるけど、どうする?」

 「いえ、私のほうからもお願いします」

 「あはは、ほんと付き合わせちゃって申し訳ないね百城さん」

 「だってこうでもしないと早乙女さんは止まらないと思うので」

 「おい、言われてるぞ早乙女くん?」

 「さすがこの映画の“座長”だ。僕のことをよく分かってる」

 「多分、褒めてはいないと思うぞ?」

 「(ま、わたしもちゃっかり昨日の撮影で篠田さんに一回撮り直してもらっているけどね)

 

 ちなみにわたしはわたしで、早乙女さんと同じようにOKが出たあとにもっと上手く沙貴を演じられる手応えを感じてもう1テイクをお願いして我儘を受け入れてもらっている手前、あんまり早乙女さんのことは言えないから平気な顔で撮影を引き受ける。無論こういう我儘を言えるのは篠田惇治という映画監督が、必要に応じて演者の意見を取り入れながら作品を作っていく稀有なタイプの映画監督として有名だからだ。

 

 「とりあえず今日撮ったシーンの“粗編の粗編”はこれで出来ましたが、手数ですが見せる前に取り調べの最後のくだりをやります」

 「おっ、ご協力感謝致します。“篠田監督”」

 「こんなときだけ監督呼びするな早乙女くん

 

 とは言いつつも篠田さんはこの業界だと“鬼才”と呼ばれている本郷監督や國近監督と並んで高く評価されている映画監督で、これまでに数多くのヒット作を送り出してきたヒットメーカーなのも知っているから、まだ早乙女さんほどの信頼関係を築けていないわたしはここまで堂々とした態度は取れないので昨日の撮り直しは頭を下げてお願いしているけれども。

 

 「・・・千世子さん」

 「ん?」

 

 こうして取り調べのくだりの終盤をもう1テイク撮ることになり篠田さんたち映画のスタッフ陣がモニターの向こう側でセッティングを始めるのを遠巻きに見ながら、ふと早乙女さんがわたしの名前を呼ぶ。

 

 「撮り直す前に、どうしても君に伝えておきたいことがある」

 「いきなり何ですか?急に普段のキャラを忘れて真面目になっちゃって」

 

 いつも以上に落ち着いたトーンの第一声からして早乙女さんが今から伝える言葉(こと)が“本気”だということを察した上で、わたしはわざとおどけて見せる。

 

 「あくまで“人生の先輩”からの一意見っていう認識で聞いてくれても構わないんだけど、一応ね・・・」

 

 そんな普段の早乙女さんみたいにおどけるわたしを意味深に微笑み横目で一瞥すると、早乙女さんはふっと笑ってその視線を再びモニターの向こうへと移す。

 

 「“選択肢”があるのは・・・若者の“特権”だよ

 

 

 

 

 

 

 “『あんたわざとやってんだろ?なんで俺の共演者はザコばっかなんだ?』”

 

 “『・・・それもあんたの掲げる“意向”ってやつか・・・馬鹿馬鹿しい』“

 

 “『白石サン・・・・・・思ったよりつまんねえ世界なんだな。芸能界』”

 

 

 

 “『・・・あ?何見てやがんだ、ガキ』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・それは私が早乙女さんや十夜さん、そして王賀美さんのようになってほしいって意味で言っているのですか?

 

 早乙女さんからかけられた一言で、アリサさんに連れられる形で“見学者(ゲスト)”として生まれて初めて訪れたとある映画の撮影現場で起こった主演俳優とアリサさんが取っ組み合い寸前の言い争いをしていた場面がフラッシュバックした。今でもたまに夢に出てくる、王賀美さんと出会った最初で最後の記憶。

 

 「どうしてそう思うのかい?」

 

 7歳のときの記憶(できこと)が頭の中で勝手に駆け巡る中で返した言葉に、早乙女さんは視線を前に向けたまま逆に問いかける。早乙女さん然り、十夜さん然り、“スターズ”を捨てた人間は、この2人のような時代の寵児(スター)を持ってしても完全に芸能界の表舞台へと戻ってくるのに10年の月日がかかった。そして王賀美さんに至っては日本人俳優の第一人者としてハリウッドでどれだけ活躍しても日本のメディアはチラッとしか扱わず、逆にドタキャンなどのトラブルを起こしたときに限って大々的に報道する現状が物語るように、未だに芸能界の表舞台には戻れていない。そうなる未来(こと)を分かっていながらもこの人たちはスターズで得た“幸せ”を捨て、“別の選択”を使って更なる高みを目指した。みんな、“本物の役者”になるために。

 

 「だっていまの私は、きっとこの3人がアリサさんと一緒に見ていた景色と同じ高さのところに立っているから

 

 わたしはいばらの道を努力だけで駆け上がった早乙女さんでもなければ、天性の才能だけで自分の道を切り開いた十夜さんや王賀美さんでもないし、先人たちの代わりになるつもりも後を追うつもりもない。それでも芸能界(この世界)に入って10年が経って、わたしはこの3人がかつて見ていた景色と同じ高さの“頂き”に辿り着いた。

 

 「でも私は“あなたたち”にはなれないし・・・なりたいわけじゃない・・・

 

 そして同じ高さの頂きに辿り着いたところで、わたしは気が付いてしまった。どんなに努力を重ねたところで、“作られた偶像(レプリカ)”は本物に近づくことさえ出来ても本物にはなれないということ。周りの人より少しだけ器用なこと以外はこれと言って取り柄のない“普通の女の子”には、どれだけのものを犠牲にしても辿り着けない領域があること。

 

 「だから・・・・・・早乙女さんの言う“選択肢”を使うか使わないかは、私が決めます

 

 

 

 それを“はいはい”と容易く受け入れるほど、わたしは利口じゃない・・・・・・だって“私”はこの世界に生まれ落ちた瞬間から、慈悲の心を持つ“天使”なんかじゃないことを知っているから。

 

 

 

 

 

 

 “『“千夜子”・・・・・・あなたは役者に向いてるわ』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・はははっ・・・・・・やっぱり良いよね。“若さ”っていうのは

 

 わたしに与えられている“選択肢”に対する自分なりの答えを伝えると、早乙女さんは静かに笑いながらこう言った。もちろん早乙女さんの言う“若さ”には20年以上に及ぶ役者人生を経てのあらゆる経験と感情が複雑につぎ込まれていることは、まるで昔を懐かしんでいるように見える瞳でわたしを達観する優しい視線で感じ取れた。

 

 「準備出来ました!」

 

 早乙女さんの言葉の余韻を掻き消すように、助監督がわたしたちにセッティングが終わったことを告げ、わたしたちはイスから立ち上がる。

 

 「なんか随分と準備がいいなと思ったら、シノさんってば僕がリテイクすることを見越して機材を捌けずにいやがったな」

 「ふふっ、本当に早乙女さんは篠田さんから信頼されてますね」

 「ここまで信頼されちゃうと逆に“めんどくさい俳優”って変な噂が立ちそうで心配なんだけどね」

 

 早乙女さんの助言が一体何を意味しているのかを聞こうと考えたけれど、すぐに“それを聞くのは違う”と本能的に理解したわたしはこのまま早乙女さんと一緒に本日最後の1テイクの撮影に臨んだ。

 

 「どうだい監督?僕のプランは使えそうかな?」

 「・・・こういうところがあるから早乙女くん(きみ)はタチが悪いんだよ」

 

 ちなみにこのシーンの最後のカットは、なんと早乙女さんがダメ押しで撮らせた“おまけ”のテイクが使われることになった。




作者がこんなことを言うのもアレですけど、このところ主人公サイドの話が半ばラブストーリーと化しているので、こうして千世子サイドの話を書いていたら久々にアクタージュを書いてるなって実感を肌で感じました・・・・・・正直なところ、第二部に入ってからの展開は演技バトルが醍醐味であるアクタージュが原作のくせになに恋愛を織り交ぜてんだって、そう言われても仕方ない部分もあると思います。

実際に僕自身も、原作では描かれなかった恋愛要素を取り入れるかどうかかなり悩みましたし、はっきり言ってこの路線で行くと腹を決めてからもずっと悩み模索しながら書き続けている状況です。そのせいもあって思うように筆が進まず、投稿頻度が不安定になってしまい読んで下さっている読者の皆様には申し訳なく思っています。

ただ悩みに悩んだ末、主人公に待ち受ける未来を書く上ではどこかのタイミングで絶対に必要になる展開だという結論に達し、現在に至ります。その待ち受ける未来が描かれるまでにはまだまだ時間は掛かりますし、拙作のヒロインは景ちゃんでもなければチヨコエルでもありませんが、どうかここまで読んで下さっている方には根気強くこれからも読んでもらえると幸いです。

長々と失礼しましたが最後に1つ。もうすっかり忘れてしまった人もいるかと思いますが・・・・・・早乙女がほぼ100話ぶりに登場してます。
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