或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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まさか令和になってカクレンジャーの続編が発表されるとは思わなんだ


#012. チケット

 2018年_9月6日_緑山スタジオゲート(通称、MSG)

 

 「(京一・・・聞こえるか?)」

 

 リハーサル終わりの本番前の休憩時間。他の共演者と距離を置いて俺は自分用の楽屋で1人、座布団の上で座禅を組んで目を閉じ、まだ青く生意気な王子(こども)だったときの俺が“あいつ”を超えるために編み出した“対話”という名の役を理解し一つになるためのルーティンを行う。

 

 「(・・・お前にずっと聞きたかったことがある)」

 

 何色なのかもわからない暗闇の中で、暗闇の向こうにいる京一に心の内側から声をかける。ドラマ『メソッド』に主演として出ないかというオファーが来て、司波京一という役を任された日から俺はこの男がどういう役者でありどういった人物なのかを理解するために、こうして対話を重ねてきた。

 

 「(もし俺の声が聞こえたなら、答えて欲しい)」

 

 最初に分かったことは、京一という男は俺とは真逆の思想と価値観を持つ“宇宙人”だった。“役は役、自分は自分”とあくまで演技に境界線を作り他人を演じているという意識を片隅に残したまま芝居をする俺と、そもそも他人と自分の境界線という概念自体が存在しない京一。そして撮影が進むにつれて京一のことを理解すればするほど、この男がどうしようもなく救えない“クズ野郎”で、どうしようもなく“かわいそうな奴”だということに気付いて、逆にこの男の人間性を理解出来なくなってしまった。それでもこんな男とこうやって平然と対話を続けられているのは俺が京一とは全てが真逆で、ちゃんと自分と他人を割り切ったまま芝居が出来る役者(にんげん)だからだ。恐らくこの曲者は役そのものに憑依するタイプの役者だったら、自身の人間性が噛み合わない限り到底演じることは出来ないだろう。

 

 「(京一・・・芝居は楽しいか?)」

 

 そんな俺と京一にも、お互いが唯一共感出来る“価値観”があった。それは言うまでもなく、素の人間性がどうであろうと役者として生き永らえ死んでいくと決めた人間なら、誰もが持っている価値観だった。

 

 

 

 

 

 

 “『サトル・・・お前は芝居のために自分の心を捨てることは出来るか?』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・はぁ」

 

 京一との対話をしてしたら昔の記憶が蘇り、ルーティンを中断して溜息交じりに息を吐き、一瞬だけ乱れた精神を整える。前触れなくふと浮かんできたのは、いつかの“あいつ”に俺が問いかけた役者としての美学と覚悟。

 

 「そうだよな、憬・・・・・・お前も“同類”だったな」

 

 人物像の資料(プロット)を見せてもらったときから分かっていたことだが、俺がこのドラマで演じている京一という男は“あいつ”と同じ美学を持つ役者だった。人間性は違えど、他人を演じるという異端な世界で生きるにはあまりに純粋で愚直過ぎたが故に壊れていったところも含めて、ある意味で言えば人間性もどこか似ていて共通点も多かった。

 

 

 

 “だから俺は・・・京一(おまえ)のことを憎めずにいるんだな・・・

 

 

 

 「っと、“これ以上”は危ない・・・」

 

 危うく我を忘れて意識が黄昏かけたことに気付き、座禅を解いてゆっくりと立ち上がり、深呼吸をして半ば無理やり正気を取り戻す。芸能界という世界に飛び込んでから20年目にして初めての挑戦となる、“役者という役柄”。そして演じる役は俺が芝居で貫いてきたスタイルとは対極にある武器、すなわち“メソッド演技”を使って芝居をする。

 

 “京一のことを考えてると今みたいに(あいつ)の顔がたまに浮かんでくるから嫌なんだよなぁ・・・”

 

 ちなみにメソッド演技を用いて芝居をしない俺がどうやって役に憑依して芝居をする京一を演じているのかと言うと、分かりやすく説明するならば俺の場合は演じる役の背景(バックボーン)から役の人間性や癖をイメージし、それを“眼と顔の向きと声色”を駆使して表情に緩急を付けるなど自分の“画面映り”も意識しつつ、想像上の京一を“再現(コピー)”で具現化してあたかも京一の感情に入り込んでメソッド演技をしているかのように“魅せ”て芝居をしている。これはあくまで俺個人の見解だが、迫真の演技というものは何も憑依型の特権というわけではなく、俺のような俯瞰型でも“正しい魅せ方”さえ掴めれば映像だろうと舞台だろうと同等以上に張り合える程度の代物にはなる。これをもっと分かりやすく例えるなら千夜子・・・もとい百城千世子の芝居に“内面的”な要素を織り交ぜたようなもの、と言ったところだろうか。ついでにポイントとしてはあくまで“”というところだ。

 

 

 

 “『単純な“天性の才能”という点であれば、少なくとも十夜(あなた)夕野憬(あの子)よりも断然優れているわ』”

 

 “『出来ることなら・・・わたしも十夜さんみたいな“天才”に生まれたかった』”

 

 

 

 ただし、まだスターズにいた頃にアリサさんから“あなたは才能という点においては夕野憬よりも断然優れている”と言われたことがあって、千夜子からも“あなたみたいな天才に生まれたかった”と言われたことがあった・・・というくらいには“天才”だという俺を持ってしても、 今の境地に辿り着くまでにはそれなりに苦難は重ねた。どんなに才に恵まれていようとも鍛錬を怠ればあっという間に脅かされる演技の世界で生き続けるのは、当たり前だが簡単なことではない。大物だろうと大御所だろうと、確たる地位(ばしょ)なんて存在しないのがこの世界の恐ろしさであって、面白さでもある。

 

 “全く、油断も隙もありゃしないな”

 

 それにしてもこのドラマで俺が演じる京一という役柄は、俯瞰で生きる役者にとっては一番の“天敵”でもある生き方で芝居をする役者(にんげん)であるために今まで演じてきた役の中では一番と言っていいくらいに難しく、話が進むにつれて京一は現実と芝居の区別がつかなくなっていく特性上、持ち合わせている技術(パワー)をフル動員で使う時間も長くなる。そのせいでとにかく1日の撮影が終わるたびに3日分ほどのエネルギーを使ったんじゃないかという疲労と達成感を感じるくらいには、このドラマの撮影は俺にとって毎回タフだ。

 

 「・・・ほんと、憑依で生きてる連中は恐ろしいよ」

 

 だから前触れなく、ふと誰に向けるでもない本音が口からこぼれてしまうほど、京一という役者(おとこ)を演じるためには自分の中にある“当たり前”を捨てて演じなければいけないから、相応に労力は伴う。別に役の感情を直に掘り下げて入り込む演り方で芝居をしている役者のことを羨ましくは思わないが、話している相手の顔が共演者ではなく“演じている人(別人)”に視える世界を“当たり前”として受け入れられる精神(こころ)はずっと俯瞰で生きてきた俺は持ち合わせてはいないから純粋に凄いと思うのと同時に、カメラが回るか幕が上がるたびに自我が崩壊する危険へと自ら身を投げ出していくその生き様は、対峙していて時に恐ろしくも思う。

 

 “しかし、光と演り合うのも今日で最後か・・・”

 

 だからこそ彼らの演技は周りの共演者を本気にさせて、彼女らの演技は作品の世界をより深化させる。それは“演技法”というものが確立されるよりも前の時代から、本質は何一つ変わってなどいない。そして周りを動かすことが許されているのは、憑依で生きる人間だけではないのも変わらない。

 

 「寂しくなるな・・・これでしばらく“(おまえ)”と会えなくなるのは・・・

 

 

 

 だってさ、“芝居を楽しむ”のに俯瞰も憑依も関係ないだろ?

 

 

 

 

 

 

 “『分からない・・・でも、自分を捨てることが“この作品”にとっての正解だとしたら・・・・・・俺は出来る』”

 

 

 

 

 

 

 「一色さん」

 「?・・・光ちゃん?」

 

 楽屋のドアの辺りから今度は聞き覚えのある共演者の声が聞こえてきていきなり声をかけられた動揺を隠しながら平然を装い振り返ると、零の衣装に着替えた光が俺の楽屋のドアを開けて中に入っていた。

 

 「どうした?ノックもしないで入ってきて?」

 「ノックはしました。でも反応がなかったので倒れてるんじゃないかって心配になって・・・」

 「(マジか全然気付かなかった・・・)あー、なるほど。多分オレが全然気付かなかっただけだわそれ」

 「そうですか・・・倒れてなくて安心しました」

 「なんかごめんね心配かけて」

 「いえいえ」

 

 少し現代っ子なところはあるけれど礼儀はちゃんとしている光にしては珍しいなと思ったが、どうやらノックをしても俺からの反応が全くなかったから心配になって失礼を承知で楽屋のドアを開けたらしい。とりあえず彼女には変な心配をさせてしまったみたいだから、これ以上気にさせないために軽く謝って事を解決する。。

 

 「それで光ちゃんはオレに何か用があってここに来たのかな?」

 

 それにしてもどうして光は本番が始まる前というタイミングで俺の楽屋を訪ねてきたのか、いくつか予想は頭の中で浮かんでいるけれどまずは1つ理由を聞いてみる。

 

 「はい。一応」

 

 反応を伺う限り、ほぼ無表情で真っ直ぐに俺の眼を見つめる視線からしてどうやらこれはもしかしなくても何かしらの“ワケ”がありそうだ。

 

 「あぁ、もしかして本番が終わった後にやる“サプライズ”の相談とか」

 「違います

 「違うのは分かったけど無表情で言われると怖いよ光ちゃん・・・

 

 その中で可能性的にも一番考えられそうな予想で返してみたが、無表情とキリっとした口調で“違います”と返されて思わず面を食らう。撮影に向けた役作りを目的に台本を片手に喫茶店で落ち合って互いの役について話し合って相手への理解を深めたりして、何だかんだで光とは半年近くこうやって1対1で話す機会を何度か設けていたからすっかり慣れたものの、相変わらず役に入り込んでいないときの光は表情の起伏というものが本当に少ないから、話しているとほぼ毎回のように調子が崩されそうになる。

 

 「分かりました。次からは気を付けます」

 「うん。素直でよろしい(そしてこういうところも可愛い)」

 

 まぁ、表情は基本ポーカーフェイスだけど眼に映る感情は割と豊かなところが何となく子犬に通ずる可愛さがあって俗に言う母性本能が働いて、つい甘やかしてしまう俺が全部悪いってだけの話だ。ちなみに光が子犬だとすれば、千夜子は子猫ってところだろうか・・・・・・って、どんな例えだよそれ。

 

 “にしても杏子の誕生日を祝うサプライズの段取りじゃないとしたら何だ?割と自信あったんだけどな俺・・・”

 

 「その・・・昨日言いそびれたことを、どうしても伝えておきたくて」

 「昨日・・・」

 

 

 

 “『あの・・・どうしても一色さんにお願いことがありまして』”

 

 

 

 「・・・ひょっとしてあれか?言いかけたところで助監に邪魔されたやつ」

 「はい」

 

 と、頭の中で他の理由を考えていたら、光の口から発せられた“昨日”というワードで全てが繋がった。

 

 「本当は本番の撮影が終わってから話そうと思ったのですがそれだと一色さんを待たせてしまうのと・・・この後に撮るシーンは京一と零が直接会う最後の場面になるので、それまでに余計な感情は捨てておこうという、私からの我儘です」

 「我儘・・・」

 「ごめんなさい。幾らなんでも自分勝手が過ぎますよね?」

 

 昨日、このスタジオの前室で言いかけようとしたところで助監督のありがた迷惑が入ったことでタイミングを乱され言いそびれてしまっていた、光からの“お願い”。それがどんなものかなんて想像すらも出来ないが、最初は相手役の俺にすらどこか壁を作っていた孤高の彼女が役を抜きにして完全に心を開いてくれた“サイン”だというのは、光が“お姉様”と慕っている俺の従妹と話しているときと同じ眼をしていたことで気付いた。

 

 「いいよ。役者っていうのはお利口さんよりも自分勝手なほうが良い芝居をするってオレは思ってるから」

 

 もちろんそんな光の我儘で前者と後者の理由のうち本音に近いのが後者だということ、それが彼女にとっての役者の在り方であることを知っている俺は、光の我儘を二つ返事で許して受け入れる。

 

 「では・・・改めてお願いします」

 

 我儘を受け入れた俺に、光は畏まった様子で社交辞令のようなお辞儀で返す。もう少し肩の力を抜いてもいいんだよと言ってあげたいところだけれど、本番直前というデリケートなタイミングで下手に刺激すると本人に悪影響が出るかもしれないから、俺は優しく笑みを作り黙って頷く。

 

 「いきなりこういうことを聞くのは無礼なのを承知でお聞きしますが・・・・・・一色さんは9月29日の予定って、空いていますか?

 

 一回の深呼吸を挟んで、光はやや緊張気味な面持ちで恐る恐る伺うように、目の前に立つ俺に予定を聞く。零が着ている服を身に纏っているせいかは分からないが、少しでも油断するといま目の前にいるのが果たして光なのか零なのか分からなくなってくる。もうこの世界で20年弱ほど役者をやってきたから分かることではあるけれど、憑依型の役者が“ハマり役”に出会ってしまったときほど、俯瞰型にとって恐ろしい瞬間はない。

 

 「29日か・・・・・・午後なら空いてる」

 

 9月29日。ちょうどの日は7年連れ添った相棒の“マーちゃん”ことDB9*1とお別れし、新たな相棒を迎い入れる云わば“納車”という芸能人でもそうでない人にとっても人生においてはそれなりの“ターニングポイント”となるイベントのためだけに仕事は空けていた・・・と考えること2秒、俺は光に“午後なら空いている”と伝える。無論そこにはワケがあるということは、わざわざ楽屋を訪ねてきた時点で予想はしているから驚きはない。

 

 「けど、なんで?」

 「あの・・・その日は私もオフなんですけど・・・・・・今回のドラマを通じて一色さんには役作りで色々とお世話になりましたので・・・何というか・・・私のほうで何か“恩返し”のようなことをしたいなって」

 「・・・恩返し?」

 

 言葉を紡ぎながら、光は無表情のまま恩返しがしたいと言って、耳を赤くする。その瞬間に“第六感”という名の芝居勘が働いて、俺は気付いた。

 

 「もし一色さんがよろしければ・・・・・・9月29日、“役作り”を抜きにして私とどこかへ行きませんか?

 

 

 

 “「どうしてですか・・・・・・京一さん」

 

 

 

 「光ちゃん・・・・・・それはいま自分が何を言っているのか分かった上で言ってる?

 

 ほんの一瞬だったが、光は完全に“零が京一のことを見つめる”ときと全く同じ感情で俺の眼を視た。『メソッド』の撮影を通じて分かっているのは、彼女は同じ憑依型(タイプ)の芝居を武器としている杏子と比べると現実と演技の切り替えが不得意で、普段は特段問題はないがたまに役に入り過ぎてしまうとその影響でつい感情が役側(そっち)に引っ張られてしまう傾向(ところ)があるということ。

 

 「はい・・・そのつもりで」

 「違うね

 

 そしてまさに今、彼女はその状態にある。こんなふうに役者が演じている役の感情に引っ張られているときの対処法はたったひとつ・・・とにかく相手を“我に返させる”こと。

 

 「オレが“光”に昨日言ったこと、もう忘れた?

 

 人にとっては本番に向けての“ウォーミングアップ”の意味合いが強いリハーサルから常に全力投球で零に入り込んでいた余波が残っていたのかはさておき、俺は光の名前を呼び捨てして、演じている役の感情に引っ張られかけている彼女の口元に優しく右の人差し指を当てて、眼に感情を乗せてかつていた事務所で良くも悪くも世話になった恩人が言っていた“言葉”と同じ意味を持つ言葉をぶつける。

 

 「“自分を見失うほど役にのめり込まない”・・・・・・これを守れないやつに、舞台の上に立つ資格はない

 

 

 

 

 

 

 “『よく見ておきなさい、十夜・・・・・・自分を見失うほど芝居にのめり込んだ役者が、そこまで自身を追い込んでしまった“あの子”が、今からどうなるかを・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「分かったかな?光ちゃん?」

 「・・・はい」

 

 口元に当てていた人差し指を放して改めて優しく問いかけると、光は正気に戻っていつもの表情を浮かべながら静かに頷く。自分がいま彼女に言った言葉(こと)と同じ意味を持つ言葉を隣に立つアリサさんから聞いたあの頃の俺は、“こういう思考回路をした“進化を諦めた大人”が、“次の世代(オレたち)”の才能を殺すんだ”と本気で思って、真っ向から歯向かっていた。

 

 「よし、いい子だ」

 「あんまり頭は撫でないでください。恥ずかしいので」

 「あぁ、ごめんごめん」

 

 それが今となってはどうだ?すっかり正気を取り戻した光の頭を優しくポンと撫でようとして、正気に戻った彼女から手であしらわれて、その様子を見てすっかり安心しきっている。こんな本番前なのに緊張感の欠片もなく笑っている俺は、あの頃の“オレ”にはどう映っているのだろうか。

 

 「それに、私はもう子供じゃないので」

 「分かってるよ。光ちゃんは立派な大人だ」

 「やっぱり子供扱いしてませんか?」

 「そんなことないよ」

 

 なんてことを考えても仕方ないけれど、あれからすっかり大人になった今ならあのときのアリサさんの心境が理解出来るようになって、この世界が正しく廻る為にはアリサさんのような存在も必要だということも一理あると認められるようになった。もちろん、演技の世界に飛び込んだ時点で俺自身もまたアリサさんと“同じ穴の狢”だということも。

 

 「まぁそれはいいです。とにかく、一色さんのおかげで助かりました。ありがとうございます」

 「うん。どういたしまして」

 

 だとしても俺は、せめて芝居をしているときだけはもうあと2,30年くらいは“尖らせて”もらうけど。

 

 「ですがそれはそれとして、29日の件は“本気”で考えています」

 「本気?」

 「ちなみに今の私は“シラフ”です」

 「うん。見ればわかるなんでちょっと誇らしげ?)」

 

 もっと砕けた言い方をするならば、光じゃないけど“それはそれ”、“これはこれ”ってやつだ。

 

 「もちろん私は一色さんに対して“そういう”気持ちは全くないので、今までやってきた役作りの延長線上だと思ってください」

 「“そういう”って?」

 「分からなければ詮索しないで大丈夫です」

 「そう、じゃあやめとく(何となく意味は分かるけどさ・・・)」

 

 さて、自分を取り戻したことが余程嬉しかったのかはさておき、光はいつものポーカーフェイスを貫きながら正直な感情で俺を見つめる。完全に正気に戻ったのはいいけれど、そう言えば彼女にとっての問題はまだ何一つ解決していなかった。幸いなのは、あくまで彼女には“零”とは違って俺に対して“そういう感情”はないということか。

 

 「・・・やっぱり駄目ですか?」

 「ん~、駄目ってわけじゃないんだけど・・・オレってちょいちょいパパラッチにマークされるんだよ昔っから」

 「どうしてですか?」

 「“カッコ良過ぎる”から」

 「なるほど。確かに一色さんほどのレベルになると納得です」

 「いやボケたつもりで言ったんだけどねこれ?

 

 ひとまず杏子といういざというときのまとめ役がいない状況で自爆を前提に座長なりにボケをかましてどうにか話題を逸らそうと足掻いてみるも、どうやら恐いくらいに純粋な彼女には全く効き目がないらしい。まぁ、こうなるだろうなとは想像していたが。

 

 「とにかくさ、この業界にはただ女の人と歩いているだけで見えないところから勝手に写真撮って、裏付けもしないで週刊誌にやれ“熱愛”だとかほざいた根拠のない馬鹿げた記事乗っけてお金を稼ぐような野次馬(バカ)が一定数いるんだよ・・・・・・おかげで一挙手一投足をいちいち好奇的に見られる芸能人(こっち)はプライベートなんてありゃしねぇって話よ(蓮とただバーで飲んでたってだけの写真(やつ)とか2年経った今でもたまに千夜子から弄られるし・・・)」

 「一色さんは実際にそういうことがあったんですか?」

 「あるよ。まぁ、あんまり人に話したくはないけど」

 

 別に俺自身は、芸能界に入るずっと前から不特定多数の大人達からカメラを向けられて育ってきたから良い気分にはならないけれど、“こういう”のは自分が大人になったらすっかり心の中で割り切れるようになった。

 

 「ですよね。心なしか言葉遣いが普段より乱暴になってますし」

 「マジかごめん。そんなつもりはなかったんだけど」

 「いえいえ。あいにく私はそういうのには今のところ無縁なので何とも言えないのですが、心中お察しします」

 「ハハッ、こういうのは無縁に越したことはないよ」

 

 とはいえ、誰かと一緒に歩いていたところを撮られて根拠のない記事を出されることによって、ただひたむきに芝居と向き合ってきた役者(ひと)がたった1つの記事で世間から間違ったイメージを植え付けられてしまうようなことだけは、決してあってはならないと思っている。

 

 「それに実際さ、プライベートで普通に夕飯とかを買いに行くにしても“見られてないか”どうかを気にするような日常(せいかつ)は・・・慣れても窮屈だから・・・

 

 特に光のような硝子のように繊細な心を持つ子は、尚更そういった脅威から守っていかなければならない。

 

 「そうですか・・・では、一色さんが迷惑になるのであれば止めておきます

 

 言い訳じみた俺なりの優しさを、光は“言葉”ではちゃんと受け止める。もちろんそれは“言葉”というだけで内心では納得していないのは、“そうまでして私と一緒に居たくないんですか?”とでも言いたげな眼を視ればすぐに分かる。役作りのときは少しの変装はすれど平然と喫茶店で落ち合うくらいには共演者として親睦を深めていたから、光が納得していない気持ちも痛いくらいに分かる。

 

 「ごめん・・・でも、悪く思わないで欲しい

 

 分かるが故に、従妹(あいつ)と出会ってしまった光にはもうこれ以上“壊れて欲しくない”から、俺は彼女のために距離を取る。零を甘やかしてしまったことで取り返しのつかない事態へと堕ちていくことになる、京一とは違って・・・

 

 

 

 “『“演劇界の巨匠”である巌裕次郎に“演劇界のカメレオン”の明神阿良也という“鬼に金棒”な組み合わせに加えて、追加キャストで星アキラも参加・・・今までの劇団天球の舞台とは一味違うことは明らかだ。それに、“日劇”の撮影を終えてひと段落したタイミングには丁度いいかと・・・』”

 

 

 

 「・・・そうだ」

 

 コンコン_

 

 「十夜くんそろそろ本番始まるよ~?」

 

 ほんの一瞬だけ魔が差したかのように、一昨日の帰りに神出鬼没な心一から“プレゼント”と言わんばかりに手渡された28日に初日を迎える舞台のチケットのことが頭の中をよぎったが、それを遮るようにノックの音と杏子の声が扉の方角から聞こえてきた。

 

 「ってあれ?なんで光もそこにいるの?」

 「あっ、えっとこれは」

 「この後の本番に向けてちょっと話し合ってた。みたいな」

 「みたいな?」

 「そう。だよね光ちゃん?」

 「えっ?あぁ、はい」

 

 とりあえず楽屋の扉を開けた杏子が光の存在に気付いたことを一瞬で察した俺は、あらぬ誤解を掛けられないように咄嗟の判断でそれっぽい理由を付けてどうにか乗り切る。

 

 「ま、お2人さんが一緒なのは今日で最後だから、どうぞこのまま好きなだけ語り明かしてくださいませ」

 「すぐ出るって言ってんじゃん」

 「でも遅くてもあと5分くらいしたらスタジオに戻ってきてよね。じゃ、本番よろしく」

 「おうよ・・・・・・ったく、どっちなんだよ杏子のやつ」

 

 昨日でめでたく34になったとは思えないくらい相変わらず奔放な杏子を先にスタジオへと見送ると、再び楽屋の中は俺と光の2人きりになる。

 

 「一色さん」

 「ん?今度はどうした?」

 

 2人きりになったタイミングを図るかのように、光は俺の名前を呼ぶ。

 

 「最後の本番・・・よろしくお願いします

 

 俺のことを真っ直ぐ見つめる光の眼は、さっきまでの納得のいかない戸惑いとは打って変わった迷いのない“覚悟”を映している。その瞬間、俺は彼女が“たったいま”感じた感情を零に落とし込んだことを理解した。

 

 

 

 “堂島光(ひかり)・・・・・・本当にお前って(やつ)は、どこまで行っても“役者”だな・・・

 

 

 

 「あぁ・・・“会心の一撃”を期待してるよ。“光”

 

 こうして互いに心の中にある“スイッチ”を押した俺たち2人は、目を合わさずにセットが組まれたスタジオへと足を進めた。

*1
イギリスの自動車メーカー・アストンマーティンが2004年から2016年にかけて製造していた2ドアクーペ。パワートレインは5.9LV12自然吸気(6AT/6MT)で駆動方式はFRである。ちなみにエンジンに関しては前期・中期・後期モデルでそれぞれ最高出力が異なっており、後期モデルでは中期モデルまであった6MTのグレードがなくなり、6ATのみとなっている。また、このモデルにはDB9ヴォランテというオープンカータイプのモデル(パワートレインや駆動方式等はDB9と共通)も存在する。




注釈の内容がどう考えてもアクタージュではない件。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【人物紹介】

・堂島光(どうじまひかり)
職業:女優
生年月日:1994年7月3日生まれ
血液型:AB型
身長:161cm
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