或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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気が付いたら、話数が原作の最終話に追いついてしまった。


#013. サプライズ

 “「・・・僕は行くよ・・・・・・“楽土”へ」”

 

 壇上に立つ京一が両手を十文字になるように真横に広げ、最後の台詞を呟くと同時に壇上は一瞬で暗闇に包まれる。しばしの静寂が続き、再び壇上を照らす照明がついた瞬間、舞台の中央に直立不動の姿勢で観客からの視線と注目を真っ直ぐに受け止める京一の姿が見えると、1秒ほどの僅かな沈黙を経て静寂は一瞬にして1000人の拍手喝采に変わる。家族という帰る場所を失った男が役者としての起死回生をかけた“一人芝居”は、割れんばかりの拍手の中で終わった。

 

 “・・・そうだ・・・・・・俺はずっと、“この景色”を見たがっていたんだ・・・”

 

 ただ1人で舞台の上に立ち、100分間ただ1人で台詞を紡ぎ、最後の台詞の後に暗闇が視界を覆い被して“ユキオ”の心が俺の身体からスッと抜けて、視界が再び光に包まれると、目の前に広がる1000の観客が、ありとあらゆる感情をその両手に込めた音を奏でる。ある観客は俺のことを“やはりあなたの演技は素晴らしい”と手放しで喜び、ある観客は“これだけの才能がありながら、もったいないことを”と無言で憤り、ある観客は“これからは地道に邁進していくのみだ”と無言の激励を込めて、拍手を送る。

 

 “何を泣こうとしているんだ?俺は・・・・・・こんなこと、許されてなどいないのに・・・”

 

 内側に秘めていた感情が眼から溢れ出そうになるのを必死に抑えて、俺はこの舞台を観に来てくれた1000人の観客からの拍手をお辞儀という形で受け止める。今ここに立つ俺は他人のために、そして自分のために涙を流すことすら許されない過ちを犯したというのに、我儘にもこんな男に向けられる喝采に底知れぬ喜びを覚え、崖の上から差し込む光を前に生意気にも希望を見出そうとしている。自らを甘やかすような真似など、許されないはずなのに。

 

 “・・・でも・・・この景色をまた見る為だったら・・・・・・俺は喜んで残された人生(しあわせ)の全てを捧げたっていい・・・”

 

 それらが許されないのならば、残りの“人生(しあわせ)”の全てを捧げてでも、俺はずっと役者で在り続けたい。そうすることでしかこの身体は生きられないということ。そして役者として生き永らえる意味というものを、先生はこの舞台を通して教えてくれた。

 

 “・・・先生・・・・・・俺は・・・”

 

 これから先、この命が果てる瞬間まで直視しなければいけない現実(ひかり)を受け止めることを誓い、溢れ出そうな感情を殺して俺は目の前から射し込む光に顔を上げる。

 

 「・・・・・・!?」

 

 その瞬間、一番前の客席に座っていた帽子(キャップ)を深々と被った女が壇上に上がり、右手に何かを持ちながら京一の身体を抱きしめる。

 

 「・・・・・・お前も来ていたんだな・・・零」

 

 抱きつかれた瞬間、深々と被っていた帽子が反動で落ちて、暫く会っていなかったあまりにもよく知る顔が露になる。俺の運命を狂わせた香りと身体と、壊れかけのその心。無論、彼女をここまで狂わせてしまったのは、俺の無様で汚れ堕ちたこの心。

 

 「やっと会えたね・・・・・・京一さん」

 

 据わり切った眼で笑う彼女の顔と声は、別れを告げた1年前と何一つ変わらず美しい。思わず、たったいま彼女からナイフで(はらわた)を刺されているこの痛みすらも、忘れてしまうくらいに・・・

 

 

 

 「カット。チェック入ります

 

 

 

 「(・・・ほんと・・・“役に入った”(おまえ)と対峙すると、ずっとハラハラしっぱなしだよ・・・)」

 

 撮影が佳境に入ってなお、心が慣れる気配すらない光の芝居。対峙をすれば常に胸の奥を締め付けられるような“ハラハラ”としたプレッシャーは、日が経てば飼い慣らせていけるどころか直接的に共演する最後の日になろうとも全く変わることなく、寧ろ更に高まっている。

 

 「光ちゃん。大丈夫か?」

 

 次のシーンへの準備の合間に、役から抜けてちゃんと現実に戻れているかを確認するため零の衣装を身に纏いドラマ本編では観客席がある方角を一直線に見つめる光に声をかける。ちなみにこれは余談だが、このシーンは事前にモデルとなった銀座にある劇場で1000人のエキストラを使ったロケを行い、そのときに撮った公演中のシーンをVFXで合成して舞台上を完全再現したセットの上で、カーテンコールで京一が零にナイフで刺されるシーンを撮影している。なぜこんな面倒なことをしているのかと聞かれたら理由はシンプルで、あの劇場はあくまで舞台公演を打つ為に作られているものであってドラマや映画の撮影用には作られてなどいないため、ベストなアングルで映像を撮れないからである。更に言っておくと、この特注の舞台セットは“完全再現”に拘るあまり制作に約3000万の予算が掛かっている。

 

 「はい。全く問題ありません」

 

 というドラマ制作の裏事情はともかく、感情をリセット出来ているかという俺からの確認に、光は横目で一瞥しながら限りなく無に近い表情で答える。一瞥する瞳が綺麗に光っているのを目視で把握した俺は、ちゃんと“飼い主に従順な子犬”に戻っていることを知って内心で安堵する。楽屋のときの様子からして今日は一段と役の感情に持っていかれていたからどうなるかと思ったが、ひとまず今のところその心配はなさそうだ。

 

 

 

 「では第9話シーン46。本番行きます

 

 

 

 そして監督からの合図で再びカメラが回ると、飼い主に従順な子犬は愛情を持って育ててくれた飼い主ですら何の躊躇もなく嚙み殺す“狂犬”へと変わる。

 

 

 

 「っ・・・・・・!!」

 

 1年前と驚くくらいに何もかも変わることなく自分を愛し続けている零の表情とその姿を見て安堵したその瞬間、腸にマグマで焼かれるような熱い痛みが襲い掛かり、全身の力が抜け落ちて俺の身体は壇上の床へと力なく崩れ落ちる。

 

 「大丈夫。急所はちゃんと外してあるから・・・」

 「・・・なっ・・・」

 

 仰向けに倒れる俺を見下ろし、零は微笑みながら消え入りそうな声量で言葉を投げかける。見下ろす零に言葉を返そうとするが、上手く呼吸が出来ず思うように言葉が出ない。

 

 

 

 日を追うごとに、演じている役同士で台詞という言葉を交わすごとに、零への役の理解度が深まっている。こうやって零の感情をもろに向けられると、本当に零からの重く歪んだ愛を喰らっているかのような気分になり、ついつい俺もそれに飲まれそうになって、内側の感情がハイになって暴走しそうになる。

 

 

 「れ・・・い・・・」

 

 

 

 それをどうにか理性と意識で抑えて、俺はカメラの前で京一(主演)の役割を全うし続ける。

 

 

 

 「これで私は・・・・・・何度でも京一さんに会いに行ける・・・」

 

 

 

 「(まさかここまでやるとはな・・・光・・・)」

 

 零が京一に向ける、最後の台詞。濁り切った瞳で笑う光の表情はもはや零そのもので、役を演じることを通り越して“役を生きている”とさえ感じるほどだ。もちろん役に入り込んだときの光の凄まじさは従妹(あいつ)の舞台で観客として目の当たりにしていたときから知っていて、最初から侮っているつもりなどなかった。だけど最初の撮影のときから光は俺の予想を軽く超えてくるくらいには零の役と見事に感情が調和していて、最初の1テイクの時点で零そのものになっていた。そして最後の最後で、光は零にとって1年分の量となる“愛憎”を己の心に落とし込んで、一気に爆発させて、更に化けてきた。

 

 「(オイオイ、このままじゃ完全に喰われちまうぞ、俺・・・)」

 

 零に成りきる光と対峙する意識の片隅で、撮影現場の殺伐とした空気が薄っすらと伝う。カメラが回り、カメラの前で主人公とヒロインを演じる役者が2人、ただ自分の芝居をしながらバチバチと演り合っているだけの光景。それを分かり切っているはずなのに、現場はまるで本当に俺が光にナイフで刺されて倒れたかのような空気に包まれている。これが意味するものはただ1つで、俺は今、完全にヒロインに喰われかけている。こんな経験をしたのは、一体いつぶりになるのだろうか。“”ならこれまでに何度か演ってきたが、いざ俺が“喰われる”側になって、そして喰われそうになるのは、いつぶりになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 “『あんたらは役者として自分なりに正しいことをした・・・それだけのことだろ?』”

 

 

 

 

 

 

 「(けど・・・芝居はこうでないとな・・・)」

 

 そんなもの、俺が一番よく知っている。自分の存在が相手に飲まれ、消し去られていくという恐怖。消される恐怖の中で最善を尽くし、自分だけの芝居という“武器”で活路を見出し、“生き様”という名の経験値でこの世界を生きる人間の狂気をこの身で受け止め、自らの血肉にして、魅せる。

 

 「(さて、光がいなくなったら次は杏子か・・・ったく、毎度ながら気休めの暇もないな・・・)」

 

 絶対的な存在を脅かしにかかる狂気に“主演”として立ち向かうことは、ありとあらゆる役柄の中で最も困難なものだ。役者を志した人間の誰しもが先ずは主演に憧れ、1つしかない居場所に憧れを抱くが、主演ほど演じるのに労力を伴う厄介な役柄は存在しないと思う。もちろん俺も一時期はゲスト扱いの助演や所謂B級作品の仕事を片っ端から引き受けて首の皮を繋いでいた時期があって、その頃にはすっかり主演俳優としてなくてはならない存在となっていたライバルの活躍を見て、一日でも早くあの場所に戻りたいと強く思っていたこともあった。だけどいざ再び這い上がってかつて見ていた景色と同じ高さの場所に戻ってきてからは、助演として主演に立ち向かってばかりいた時期(とき)のほうが心は“ラク”だったことに気が付いた。もちろん助演として主演を脅かすことは今でも楽しいのは同じだが、気付いたところで戻ろうとは1秒たりとも思わなかった。

 

 「(燃えるね。“これ”は)」

 

 

 

 何故なら俺は、そういう“主演”ならではの受け止め続ける過酷さや牙を向けられ脅かされるスリルも全てひっくるめて、主演という作品唯一の役柄が好きで、自分を脅かしにかかるような存在(ひと)と生身の身体で喰い合うような芝居をするのが心の底から大好きな・・・根っからの役者だからだ。

 

 

 

 「待てっ・・・零っ・・・!」

 

 腸から衣装のワイシャツを赤黒く染みさせる血が滲む感触と薄れゆく意識の中で、俺は最後の力を振り絞って、駆け付けたスタッフたちに連れ去られていく零に手を伸ばす。

 

 「京一ッ!」

 

 零に向けて伸ばした手を、誰かが握る。この声は・・・凛子か・・・どうしてこんなところにいるのか・・・もう・・・考える気力もない・・・何かをずっと俺に伝えている、その声はシェルターがかかったようにロクに聞こえない・・・視界すらも・・・ほとんど視えなくなってきた・・・

 

 「・・・凛子・・・」

 

 それでも消えゆく意識の中で、凛子に伝えたい思いを伝える。それだけだった。

 

 「・・・零、を・・・・・・許して、やって・・・くれ・・・」

 

 意識を失う前に最後の力を振り絞って凛子に自分の思いを伝えた京一は、零に刺される一部始終を見て観客席から壇上に上がった凛子の泣き顔を霞んだ視界の中で捉えながら、静かに眠るようにその目を閉じた。

 

 

 

 「カット!キャストの皆さんお疲れ様です!本日の撮影はこれにて以上です!

 

 

 

 9月6日_17時55分_ドラマ『メソッド』第9話ラストシーン_撮影終了_

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「・・・あれ?誰もいないじゃない」

 

 第9話のラストシーンの撮影が終わってから約15分後、“急遽シーンの一部を撮り直すことになった”というスタッフからの伝言を受けた杏子がつい15分前まで9話の撮影をしていたスタジオに凛子の衣装を着たまま戻って来る。

 

 「え~なになに~?怖いんだけど~?」

 

 当然ながらただ1人この状況を知らないでいる杏子は、誰もいないスタジオをわざとらしく困惑した様子で見渡している。

 

 「もうバレてるっぽいんでそろそろ行きますか、皆さん

 

 もう言うまでもなくスタジオに向かう段階で“何かおかしい”と気付いていたかは定かじゃないが、明らかに自分が仕掛けられていることを知った上で“やるならさっさと始めてくれ”と言わんばかりにリアクションを取る杏子を舞台セットの上手(かみて)の影から花束を持って見守る俺は、今日のためにMSG内にあるレストランの“名物マスター”が特別に用意したバースデーケーキをスタンバイする光やスタッフたちに合図を送る。

 

 「ハッピーバースデートゥーユ~ハッピーバースデートゥーユ~ハッピーバースデーディアホリミィ~・・・ハッピーバースデートゥーユ~♪」

 

 軽くデコレーションをした台に乗せたバースデーケーキを舞台袖から運びながらバースデーソングを歌うスタッフたちと一緒に、軽くビブラートを効かせたちょっとだけ本気の歌唱で1日遅れの祝福を送る。ちなみにもの凄く控えめだけど、光もちゃんと歌ってくれた。

 

 「あははっ、やっぱりそんなことだろうと思った」

 「一日遅れだけどおめでとう、ホリミィ」

 

 そんなサプライズを仕掛けた“仕掛け人(俺たち)”を見つけた“ターゲット(杏子)”は、分かり切っていたかのように少しばかり呆れた表情で笑いながらも、嬉しそうに“17本”のロウソクの火が灯るバースデーケーキに駆け寄る。

 

 「じゃあホリミィ、早速34になった抱負を」

 「出来るならこれ以上年は取りたくないかな。以上っ」

 「いやそこはもっとちゃんとしたやつを頼むよ」

 「え~っ、いきなり言われても困るな~」

 

 ちなみにこのサプライズを考案したのは俺で、一番はただ単純に杏子のことを祝いたかったというのもあるが、それと同時に場の空気を入れ替えるという意味合いも込めている。そもそも今回のドラマの内容が基本的に常にシリアスで重苦しいこともあってカメラが回っている間はどうしてもさっきみたいにスタジオやロケ現場の空気がピリついてしまうため、キャスト・スタッフ含めてメリハリをつけてもらうという“座長”なりの気遣いだ。

 

 「そこを何とかよろしく。“本日の主役”さん」

 「もう、主役は十夜くん(あんた)でしょ?」

 

 なんて一色十夜(オレ)らしくない心の内を明かしてもダサく思われるだけなのは目に見えているから、俺はこの誕生日ドッキリの音頭をとりながら花束を杏子に渡す。月並みな感想になるけれど、こうやって誰かの誕生日を祝うというのは、ただそれだけで特に理由もなく明るい気分になれるからいいものだ。

 

 「えーっと、ちょっとこのタイミングで言いづらいんですが、実は昨日プライベートで主人の早乙女からマジのマジで盛大にお祝いされてしまいまして・・・というわけでわたしにとっては二日連続で“サプライズ”を食らう羽目になったわけなんですけど、こんなふうに祝っていただいくのは本当に嬉しいです。ありがとうございますほんとに・・・後はそうですねー・・・わたしが女優として有難いことに色んな作品にメインの役で出させていただいて忙しくなり出したのがだいたい17の辺りで、気が付けば昨日でその倍の年齢になってしまったのですが・・・外見は祝われた数だけ大人になっても心だけは17のときの初心を忘れず、もっともっと役者としての高みに向かっていけるよう頑張って参りたいと思いますので、よろしくお願いします

 

 こうして一日遅れの誕生日を祝うちょっとしたサプライズは、杏子による締めの言葉と共にスタッフたちからの盛大な拍手に迎えられながら17本のロウソクの火を消して、最後にバースデーケーキを前に『メソッド』の公式SNSに上げるための写真を撮って無事成功に終わった。

 

 

 

 “しかし・・・あれから17年か・・・

 

 

 

 「ホリミィ、時間とか大丈夫?」

 

 こうしてスタジオでのサプライズが終わった俺と杏子は私服に着替えて関係者専用のパブリックスペースへと移動してサプライズの続きを開き、監督を始めとしたスタッフ陣たちと手分けしてマスターが作ったバースデーケーキを美味しく頂く。これぞまさに、“この後スタッフが美味しく頂きました”っていうやつだ。

 

 「うん全然平気。っていうか見た目は大人しいけどマジで美味いねマスターの作ったケーキ」

 「めっちゃ気に入ってるじゃん」

 「今度緑山(ここ)に通うようになったらデザートで毎回頼も」

 「ハハッ、無茶言うなよ今回だけの特別メニューなんだから」

 

 それにしてもこのケーキ、一見するとごく普通のショートケーキをそのままホールにした感じで特別に豪華な素材を使っているわけでもないのに、相当美味い。きっとこれは数多くの芸能人の舌を唸らせたという噂の名物マスターの腕が一番の要因なんだろうけど、こういう類のケーキは見た目が派手なものより至って普通のほうが圧倒的に美味いってパターンは案外多かったりする。

 

 「光も遠慮しないでどんどん食べなっ。マスターが作ってくれたケーキ」

 「はい。ありがたく頂いてます・・・」

 

 そして俺と杏子が座るテーブル席には、いつもなら撮影が終わると一目散に帰ってしまう光も珍しく一緒に座ってケーキをちまちまと食べている。打ち上げ的なノリが大の苦手なこの子なりに気を遣っているのかはまだよく分からないけれど、馴れ合いを好まない光がこういう場に参加している姿を見るとなんだかホッとした気分になる。

 

 「にしても今日の撮影は今まで以上に芝居に気合いが入ってたよね。お2人さん?」

 

 小分けしたケーキを半分ほど食べた杏子が、隣に座る俺と向かいに座る光に今日の撮影についての話題を振る。

 

 「そうかな?いつも通りだよね光ちゃん?」

 「はい。今まで通りに一色さんのことを京一さんだと思って演じただけです」

 「2人してテンション低いな~、本番前に楽屋で2人きりになって語り合ってたくせに」

 「(そうだ咄嗟に誤魔化していたんだった)流石に光ちゃんの演じてる零とさっきみたいに直接会うのは今日が最後だからさ、それぐらいはするだろ普通」

 「十夜くんってそんな面倒見のいい人格してたっけ?」

 「“人格”って言い方はやめろホリミィ」

 「ねぇ光ちゃん。今更だけど十夜くんから何か変なことされたりしなかった?」

 「変なことって何ですか?」

 「ホテルに連れ込むとか

 「馬鹿言うな“劇中”の出来事じゃねぇかそれ

 

 いつも通りに演じた俺たちに、半信半疑な笑みで揶揄い半分に揺さぶりをかける杏子。ドラマの中では“危険な三角関係”としてバチバチに衝突を繰り返す3人も、カメラの外ではこの通りの団欒だ。

 

 「いいえ。寧ろ一色さんには今回のドラマで色々と役作りのことで相談にも乗ってくださいましたので、本当に感謝しています

 

 杏子の冗談交じりの揺さぶりに、すっかり役の感情が抜けた光は嘘偽りない感謝を俺に向けて伝えてくる。

 

 「別にオレは大したことなんてしてないけど・・・困ったときはお互い様だしさ」

 

 正直いきなり真正面からこんなふうに感謝されると、それなりに照れそうになる。特にこういう少し手の掛かるような子から言われると尚更だ。

 

 「作品にとって最良となる芝居をするためには、先ずは共演者を知ることが何より大切になってくるからね

 

 なんて感情を表に出すのは美学に反するので、この流れに乗じて俺は“後輩女優”に役者としてのアドバイスを改めて送る。こうやって適度に空気を明るくして和ませるのもまた、作品で主役を任された“座長”の役割だ。

 

 「・・・ふふっ、やっぱり十夜くんってスターズ辞めてからあからさまに変わったよね?」

 「そりゃ変わるでしょ。あそこ辞めてこれだけ年月も経てば」

 

 こんな具合に“スターズの王子様”だった頃と比べて年相応に身も心も大人になった俺を見て、17だった頃の奔放さはそのままに同じく17年分だけ身も心も大人になった杏子はフォークを片手に横目で優しく笑いかける。

 

 「変わるって言っても芝居の話よ。演じ方とか美学はスターズにいた頃の十夜くんと何ら変わってないけど、今の十夜くんの芝居は共演者(あいて)から牙を向けられたらただやり返すんじゃなくてそれを自分の身体で受け止めるような優しさが加わったって感じ・・・今日みたいに光ちゃんを“際立たせてあげる”ところひとつとっても、“王子様”だったときとは深みが全然違う」

 

 優しく笑いかけながら、初めて会ったときよりも美しくなった横顔で大人になってからの芝居の変化を容赦なく突いてくる。

 

 「本当に大人になったよね・・・“先輩”?

 

 

 

 

 

 

 “『当たり前でしょ。あたしは“天才女優”だから』”

 

 

 

 

 

 

 「ハハッ、何かホリミィから“先輩”って言われると妙に懐かしいわ」

 「あたしも霧生に通ってたとき以来だよ、こう呼ぶの」

 「嘘つけ去年撮った映画の打ち上げでオレのこと思いっきり“先パーイ”って言ってたじゃん」

 「酔っぱらってたから覚えてない」

 「酔ってたことを覚えてる時点で“確信犯”なんだけどね?」

 「あの、ところで一色さんと堀宮さんって本当に先輩後輩の関係だったんですか?」

 「そうだよ。高校が一緒で一年違いだからマジのマジで先輩と後輩だった」

 「なるほど・・・すごい偶然ですね」

 「と言っても霧生って芸能コースがあるから意外と有名な芸能人同士がクラスメイトだったり先輩と後輩の関係だったりっていうのは割とあったよね?今は知らないけど」

 「例えばレンとかはオレが3年のときに1年生で進学してきたしね」

 「“レン”・・・って、まさかあの環蓮さんですか?」

 「そのまさか。でも蓮ちゃんが大河の主演に抜擢されるくらいまで出世するなんてあのときは思わなかったなぁ」

 「子役から続けてるホリミィほどじゃないけど何気に遅咲きの苦労人だからねレンは」

 「そうなんですね・・・私にはあんまりそのイメージはないです」

 「そっか、光の世代からするとあんまり遅咲きってイメージはないか・・・ってか光って蓮ちゃんと共演したことないんだっけ?」

 「はい。共演どころか会ったことすらありません」

 「うっそマジで?」

 「まぁ光ちゃんとレンって“主戦場(ホーム)”が微妙に違うからな」

 

 ふと“先輩”と呼ばれて17だったときの杏子の姿がフラッシュバックして懐かしい感情が片隅でこだまする中で、テーブルを囲むメインキャスト陣3人のケーキを食べながらの団欒は光のテンションが俺と杏子に追いついてきたことでようやく盛り上がり始める。

 

 「しかし、今日の堂島さんの演技は凄まじかったですね

 

 すると遠くのほうから、スタッフたちの何気ない会話の一部が微かに俺の耳に入った。唐突に俺の耳に入ってきた話の内容からして“カクテルパーティー効果”のようなものかと思ったが、何故か“嫌な予感”がよぎった。

 

 「あー確かに、いつにも増して入り込んでいたな

 

 

 

 まだ俺が“あの人たち”と一緒に日本とアメリカを行き来する生活を送っていた頃から“こういうこと”が度々あったから分かることだが・・・俺の“嫌な予感”はだいたい的中する。

 

 

 

 「まるで“夕野憬”のようでしたね

 

 声からしてまだ若いスタッフが、“あいつ”の名前を口にした。10メートル以上離れた位置でそこまで声も大きくなかったから本当に囁き程度のボリュームだったけれど、確実にあいつの名前を口にしているのが分かった。

 

 「おいバカ!十夜さんと堀宮さんがいるところでその人の話題は出すなって言ったろ!

 「えっ、ダメでしたか?

 

 それを察した先輩らしきスタッフが、ギリギリこっちに聞こえないくらいの声量で若いスタッフを叱る。その声が微かに聞こえたのと同時に、和やかなお祝いムードで包まれていたパブリックスペースにピリッとした嫌な空気が流れ始める。

 

 「ねぇ?十夜くんはどう思う?

 

 俺と同じく自分たちに向けられた声を察して横目で鋭く一瞥する杏子が、不敵に笑いながら俺にだけ聞こえる声量で問いかける。幸か不幸か、残念ながら俺たち2人はスタッフや外野のひそひそ話に敏感な地獄耳なもので、今や暗黙の了解ですっかり“タブーな存在”になっているあいつの話題は、嫌でも耳に入ってしまう。

 

 「・・・“あほくさ”・・・って思う

 

 別にあいつ自身は何一つ悪いことをしたわけでもないのに、どこかの誰かがこれ以上傷つけないために要らぬ優しさで俺たちを遠ざけて、気が付いたら公の場では触れてはいけない存在のようになってしまった(あいつ)の現状をこうやって感じるたびに、“あほくさ”と言いたくなる。

 

 「今ここにいるみんなだけでいい・・・・・・これから“俺”が言うことをよく聞いて欲しい

 

 “おっ、久しぶりにキレてるね”とでも言いたげにチラッと微笑む杏子を尻目に、俺は席から立ち上がる。誓って言うが、俺は別に憬の存在をタブーのように扱う連中自体にはそこまで怒っているわけじゃない。

 

 「どこの誰が“オレたちの前で話すな”って決めたのかは知らないし、犯人のことなんてもうどうでもいいけどさ・・・・・・少なくとも“俺と杏子”はそんな10年も前のことなんてこれっぽっちも引きずってなんかいない・・・

 

 

 

 ただ・・・夢に堕ちる最後の一瞬まで、異端な世界で翻弄されもがきながらも自分らしくいようとした“たった1人の役者”がこの世界にいたという痕跡が、まるで無かったことのようにされてしまっているのが、俺にはどうしても解せない・・・・・・それだけのことだ。

 

 

 

 「だからさ・・・・・・もう憬のことを“タブー”にするの、やめにしようぜ

 

 ピリついた空気を断ち切るように、十夜はパブリックスペースにいるスタッフ全員に向けて“王子”としての仮面を取った“本音の感情(ことば)”で思いを伝えた。




キャラ紹介込みではありますが、原作の最終話となる123話に追いつきました。

今だから言える話ではあるのですが、実はこの小説を書き始めた頃は原作と同じ123話で完結させる予定で書き進めていました。しかし、10話辺りまで進めたところで「あれ?このペースだと123話までに終わらせるの無理じゃね?」となり、chapter2が終わる頃には完全に諦めました・・・・・・どうでもいい話ですね。はい。

とはいえ原作の話数に追いつくというのは、100話の大台を突破したときとはまた違った達成感があります。決して皆さまから愛されるような小説ではないかもしれませんが、123話までエタらずに頑張れて来れたのは、ここまでついてきて下さった読者の方々のおかげです。本当にありがとうございます。

というわけでchapter4-2はこれにて終わり、次回から再び物語は2001年に戻りchapter4-3が始まります。ではまた。
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