或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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芥見先生。どうかお大事に。


scene.101 緊張

 「本日より一色十夜さん、夕野憬さん、永瀬あずささん、堀宮杏子さん。クランクインです。よろしくお願いします

 

 2001年5月19日。4人のメインキャストと助演、それを取り巻く大勢の端役と見守る大人達のあらゆる思いが交錯する中で、“4ヶ月限定”の“青い春”は始まった_

 

 

 

 

 

 

 2001年_5月19日_午前8時40分_東京都・日野市_

 

 「環蓮です。今日から撮影よろしくお願いします

 

 『ユースフル・デイズ』の舞台となる実丘学園高等学校の制服の衣装に着替え終えて、控え室へ戻る前に最初の撮影が行われる“教室”・・・もとい撮影準備が行われている講義室に向かい、準備をしているスタッフの人たちに撮影前の挨拶をする。

 

 「環さん、久しぶり。僕のこと覚えてる?」

 「えっと・・・あ~(げん)さんじゃないですか!『HOME』以来ですね」

 「良かった、覚えていてくれて」

 

 忙しくこの後の撮影への準備に追われるその教室に向かうと、2年前に初めて出演した連続ドラマで私の演じていた麻友という役の一番の見せ場のシーンでカメラを構えていた“元さん”という顔見知りの撮影監督が、月9以来2年ぶりに現場が一緒になった私を笑顔で出迎える。

 

 「にしてもしばらく会わない間に随分と大人っぽくなったね」

 「そりゃ2年前の私なんてまだ中2でしたから、大人っぽくなるのは当たり前ですよ」

 「ハハッ、これは今回も頼もしい存在になりそうだね」

 「なれるように頑張ります♪」

 

 些細なことかもしれないけれど、同じ作品に携わったことのあるスタッフの人が主演でもない私のことを2年経ってもちゃんと覚えていてくれていたことは、何だか自分の存在がちゃんと認められてるっていう気がして素直に嬉しい。

 

 「じゃあ今日の撮影、一発頼むよ」

 「はい。任せてください」

 

 なんて感情が表に出過ぎないように表情筋でコントロールしながら顔見知りの撮影監督との2年ぶりの挨拶を軽く済ませて、控え室として用意されているB棟の講義室へと足を進める。別に大した理由があるわけじゃないけれど、こんなふうに私は撮影現場ではなるべくスタッフの人に声をかけて話すようにしている。もちろんあらぬ“誤解”を生みたくないというのもあるから、共演者が周りにいないときだけにしているけれど。

 

 「(私のこと覚えてもらえてた・・・いやいや、大事なのはここからだろ)」

 

 そんなことよりも、今日は5月19日。ドラマ『ユースフル・デイズ』の撮影(ロケ)は、日野市にある神代(かみしろ)大学・日野キャンパスを丸一日貸し切る形で初日を迎えた。基本的に学校内のシーンの撮影は夏休み期間を含めた土日と祝日にこの大学を貸し切る形で、クランクアップとなる9月まで行われることになっている。どうしてロケ地となった学校が高校ではなく大学なのかは色々と“事情”みたいなものがあるのだけれど、ここのキャンパスは過去にもドラマや映画のロケで何回か使われたことがあるくらいにはロケに関して寛大なところで、実際にプロデューサーの上地さんもかつてプロデューサーとして携わったドラマでこのキャンパスでのロケをしたことがあったりするなど、何かと撮影をする上で好条件が多い・・・と私は聞いている。

 

 「(こうやって見るとほんとに高校に来てるみたい・・・)」

 

 もちろんこのドラマの舞台は原作同様に“高校”となるため、私たち演者や演出を始めとした制作陣が貸し切っているこの時間だけは“私立実丘学園高等学校”となる。その証拠に、本来だと講義室の番号が付けられている教室札には“2年1組”と記された札が特別に掛けられている。

 

 「(ここが2組か)」

 

 控え室に向かう途中にある2組の教室のある隣の講義室も、ちゃんと“実丘高校仕様”になっていることを目視で確認する。ちなみに今日の撮影では2組の教室は使わないため隣の講義室はスタッフ陣の機材置き場となっているからか、“凪子のいる教室(2年2組)”の中は少々殺風景だ。

 

 「・・・・・・」

 

 教室のシーンは大半が1組だからクラスが違う私にとっては仕方のない話だけど、こういう光景を見ると“また私は脇役なんだ”という気持ちが芽生える。

 

 「(・・・さて、切り替えますか)」

 「おはようレンちゃん。こないだぶり

 

 今日の撮影では使われない講義室の中を覗いて湧いて出てきた悔しさをしまい込み心の中のスイッチを入れて再び廊下に視線を戻して歩き出すと、いきなり背後から誰かに声をかけられた。

 

 「・・・一色さん」

 

 振り返ると、一色さんが軽く手を振る仕草をしながら微笑んでいた。月曜ぶりに聞く“スターズの王子様”の声と、月曜ぶりに見るどこか影を感じる感情の視えない王子様の笑み。何となく、嫌な予感みたいなものを感じる。

 

 「撮影前にスタッフと仲良く話したりするなんて、本当に君は健気で真面目なんだね?」

 「・・・ひょっとしてさっきの見てた?」

 「見たっていうか聞こえてた。本番が始まる前に挨拶でもしておこうって感じで控え室に行ったけどいなくてさ、だったら1組の教室にでも行ってるだろうなって思ってここに来たら、撮影監督の人と楽しそうに話してる声が聞こえたから」

 

 その予感が的中したのかは分からないけれど、一色さんは私が撮影監督の元さんと話していたところを盗み見てしまったことを馴れ馴れしい様子でご機嫌に話しかける。悪気があるのかないのか分からない声色が、あまり見られたくないところを見られてしまったことも相まって撮影前に落ち着かせようとしていた感情(こころ)を揺さぶる。

 

 

 

 “『ここにいるオレとサトル、それからメインで選ばれたホリミィとあずさで最っ高のドラマ作るから・・・・・・みんなよろしく』”

 

 

 

 「はぁ・・・こういうのってあんまり共演者とかに見られたくないんだよね。私」

 

 今日に向けて、自分の中で与えられた役割を全うすることを心に決めて、割り切ってきたつもりだった。でもいざ“選ばれた”人を前にすると、ついネガティブな感情が腹の底から渦巻く。特に主演俳優として必要なものを全て持っているこの“王子様”を前にすると、それらを持ち合わせていない自分を無意識に比べてしまって、その不公平さが嫉妬になって“悪い感情(ネガティブ)”に支配されそうになる。

 

 「ハハッ、君の声ってよく通るから分かりやすいんだよ」

 「ごめん、褒めてるつもりかもしれないけど1ミリも嬉しくない

 

 そうなる前に、私は心を鎮めるためにこの何を考えてるのか全く読めないエキセントリックな王子様に作り笑いで捨て台詞を吐き背を向けて、足を進める。

 

 「そんな怒るなって。スタッフの人たちとああやってコミュニケーションを取ることはとてもいいことじゃん」

 「別に怒ってないよ」

 「じゃあなんでオレから逃げるように早足になってんのさ?」

 「一色さんに盗み聞きされて気分が悪いから

 「結局怒ってんじゃんそれ

 

 振り切るようにB棟に続く通路へと早歩きで急ぐ私のすぐ後ろを、一色さんは付きまとうかのように同じペースで歩く。せっかく本番に向けて気持ちを整理しようとしたタイミングを邪魔されてイライラが抑えられなくなって、またそれが表に出てしまっているのが相手の術中に嵌ってる気がして、更にイライラが募るという悪循環。ただでさえ今日はこのドラマにおける演者の“事情”のこともあって、いつもの撮影より気が立っているのが分かるから今日だけは“メインキャスト”とは撮影まで顔を合わせたくなかったのに。

 

 「誰だって嫌でしょ。ただ自分が好きでやってることを“何にも知らない”赤の他人に見られるだけならともかく、それを勝手に都合がいいように解釈されて何にも知らないくせして上から目線で“偉いね”とか言われるの・・・・・・一色さんがどうかは知らないけど、私は人に嘘を吐かれる次くらいには嫌だね・・・

 

 

 

 “いつもの私だったらもうちょっと上手く立ち回れるはずなのに・・・なんでこうも上手くいかないんだろう・・・

 

 

 

 “『ごめん。明日だけは撮影が終わるまで話しかけないで欲しい_』”

 

 “『分かった。お互いに良い芝居したいしな_』”

 

 

 

 「・・・レンちゃん

 

 20分悩んだ末に憬に送った昨日のメールを思い出してつい正直な感情が表に出ていた自分に気付いてハッと我に戻ると、隣を歩いていた一色さんが歩くのを止めて数歩分ほど離れたタイミングで私の名前を呼んだ。そのトーンが普段の振る舞いからは想像できないくらい真面目だったから、つい振り返ってしまった。

 

 「学校でサトルのことを聞いたとき、恐い思いをさせるような真似(こと)して悪かったよ・・・・・・本当にごめん

 

 そして一色さんは何を思ったのか、いきなり“月曜のとき”のことを謝り出した。重くなり過ぎないように静かに笑みを浮かべながらも、真っ直ぐに私を見つめるその眼は間違いなく“本気”だった。

 

 「・・・あー、まぁ私はそんなに気にしてるわけじゃないから、月曜のことについては別にいいけど」

 

 同時に、もしかしたら初対面のときの一色さんや普段私がテレビで観ている王子様はあくまで“偶像”に過ぎなくて、これが本当の一色さんなんじゃないかとも一瞬だけ思った。

 

 「ていうか・・・急になんで?」

 「あ~これはアレね。どうせ謝るなら撮影が始まる前にレンちゃんに謝っておいたほうがお互い変なわだかまりもなく今日の撮影に臨めるんじゃないかって思って。ただそれだけ。じゃ、本番よろしくっ」

 

 そんな王子様の底の知れない振る舞いに困惑しながら無礼を許した私を他所に、一色さんは言いたいことを言えてスッキリしたとでも言うように軽くウインクをすると、そのまま私たち“助演用”の控え室の方角とは逆のほうへと背を向けて歩いて行く。

 

 「・・・待って

 

 伝えたいことを矢継ぎ早に伝えて背を向けた一色さんを、私は呼び止める。この人なりに何かの覚悟を持って撮影に臨んでいるのか、それともただただ現場を楽しんでいるのか。ふと見せた真剣な表情でますますこの人の考えていることが分からなくなった私は、無性に聞いてみたくなった。

 

 「一色さんはどんな思いで臨んでるの・・・このドラマ?

 

 頭の中に浮かんだ疑問をそのままぶつけると、一色さんは背を向けたままその場に立ち止まる。

 

 「もちろん・・・・・・“みんな”と同じだよ

 

 私から向けられた問いかけに一色さんは振り返らずにこう答えると、そのまま“メインキャスト用”の控え室へと歩き去っていった。どっちの一色さんが“本性”なのかは、まだ2回しか会って話していない私には全く分からないし、背を向けていたから表情すら分からなかったけれど、恐いくらいに優しい声色で放たれたその言葉の中に一色さんなりの“覚悟”を感じ取った。

 

 「そうだよね・・・一色さんも役者だもんね・・・

 

 そのおかげなのか、初めて魅せつけられた王子様の真剣さにネガティブに押され気味だった心は一気に落ち着きを取り戻した。“どっかの誰かさん”と一緒にされたくはないけど、私だって役者だ。オンオフの切り替えなんてお安い御用だ。

 

 

 

 “『あと、これは別に憬と顔を合わせたくないっていうわけじゃ■_』”

 “『■_』”

 

 “『サンキュー_』”

 

 

 

 「切り替えろ。私

 

 撮影に向けて気持ちを切り替えた蓮は、メインキャストを前にして感情的になってしまった自分自身に喝を呟き、“助演用”の控え室へと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「そうださとる。このドラマの主題歌って誰歌うか聞いた?」

 「えっ、もう決まってるんですか?」

 「そう。まだ公には明かせないんだけどね。誰だと思う?」

 「誰って・・・もしかして杏子さんがこの前俺に聴かせてた“ガジュマル”ですか?」

 「“ガジュマル”じゃなくて“GAJUMARU17”。いい加減覚えてよねさとる」

 「一応名前はちゃんと覚えてますよ(一字一句全部言わないといけないのかよめんどくせぇ・・・)」

 「だったらちゃんと言いなさい。あぁ、ちなみにさとるの答えは不正解ね」

 「違うんですか。杏子さんのテンション的にそこそこ自信あったんですけど」

 「ちなみに関係者以外にはマジのマジで放送開始(オンエア)までネタバレ厳禁だけど、“ミスチル”がやることになったんだって」

 「“ミスチル”・・・・・・なんか手堅く妥当なところをついてきましたね」

 「キャスト陣は攻めに攻めまくってるのに対して、主題歌を歌うアーティストは確実にヒットと注目を見込める王道ときた。ま、ちゃっかりヒットする要素をぶち込んでくるあたりが上地さんらしいけど・・・ていうかさすがにMステ観てないさとるでも“ミスチル”は知ってるか」

 「はい。ドラマの主題歌とかで名前を聞くんで」

 「ははっ、理由もまたさとるらしい」

 

 講義室の1つを貸し切った形の控え室の中で、衣装の制服に着替えた俺と堀宮は2人きりの状況で席に座って他愛もない話をしながらリハまでの時間を潰していた。

 

 「そろそろ永瀬さん呼びますか?」

 「ううん大丈夫。スタッフもあずさが中庭にいることは把握してるし、あたしたちが呼んできても“余計なお世話”だから」

 「・・・そうでしたね」

 

 4人のために用意された“メインキャスト用”の控え室の中で、蓮に月曜のことを謝りに行った一色と“撮影までは1人でいたい”という理由で中庭に行き1人で気持ちを整えている永瀬がいない中、主題歌を歌うアーティストの話でどうにか空気を明るくしようとするも、今日ばかりは天真爛漫さが売りの清純派女優でもある堀宮を持ってしても不発気味だ。

 

 「あ~空気重っも。さとる、なんか一発芸やって」

 「無理です。お笑い芸人じゃないんで」

 「うわ全国のお笑い芸人敵に回したさとるのやつ」

 「別に馬鹿になんてしてないじゃないすか・・・」

 

 この妙にギスギスとしたロケ地のキャンパスの空気にしびれを切らしたのか、堀宮が空気に愚痴りながらやけくそに一発芸を要求してきたから、それを軽くあしらう。特にこれといった諍いもまだ何も起きていないのにも関わらず、現場の空気がどことなく重い理由はメインキャストに選ばれた俺は分かり過ぎるくらい理解している。

 

 「・・・なんかさ、せっかくメインに選ばれたのにめっちゃアウェーな感じじゃない?あたしたち?

 

 そして俺と同じくいま置かれている状況を理解している堀宮は、とうとう無駄話で誤魔化すのを諦めて珍しく弱音のような愚痴を溢す。

 

 「珍しいですね。杏子さんが弱音を吐くなんて」

 「今のが弱音に聞こえる?」

 「じゃないんですか?」

 

 そのことを隣の席に座っている堀宮にそのまま言葉にしてぶつけてみたら、わざとらしいしかめっ面で返された。もちろんこれはいつもと何ら変わらない先輩女優の揶揄いだけれど、ほんの少しだけ普段と様子が違う堀宮に俺は違和感を覚える。

 

 「“じゃない”って言ったら・・・嘘になるかも」

 

 いつもだったらこういうときには“逆に燃える”ような役者(タイプ)の堀宮が、隠すことなく弱音を吐いたことを素直に認める。もしかしたらこういう現場は、今まで経験してきた撮影で一度たりとも無かったからなのだろうか。

 

 「・・・初めてですか?こういう現場?」

 「当然よ。10年この世界で女優やってるけど、本当に初めて・・・」

 

 頭に浮かんだ疑問を思い切って聞いてみると、ほぼ予想通りの答えが返ってきた。ただでさえ曰く付きのオーディションによって“メインキャストVS助演”の構図で撮影を迎えることになり、控え室もなるべく撮影のとき以外は鉢合わせしないようにメインと助演でご丁寧に別室ごとに分ける徹底ぶり。こんなふうに共演者同士が撮影以外では完全に分断された状況では無意識に対立意識も強くなり、それが“無言の圧力”となって壁をすり抜けて互いのところに押し寄せる。主要人物を演じるのに、こんなにもアウェーを感じるような現場なんて、堀宮にとっても初めてなのは無理もない話だ。

 

 

 

 “『ごめん。明日だけは撮影が終わるまで話しかけないで欲しい_』”

 

 “『分かった。お互いに良い芝居したいしな_』”

 

 “『サンキュー_』”

 

 

 

 昨日の夜に蓮から突然送られてきた無題のメールも、それを物語っている。例え相手が親友であろうと、ここではメインキャストと助演の関係。どんなにプライベートで仲が良くとも、カメラの前に立てば戦わなければならない。きっと堀宮も俺と同じような心境と不安を抱えて、ここにいるのだろうか。

 

 「黛さんからオーディションのことを聞かされたときは“どーにかなる”って思ったけど、やっぱり実際に目の当たりにすると弱音のひとつは吐き出さないとやっていけないよね・・・」

 「・・・・・・はぁ、言っときますけど“こんなこと”ばかりしてると肝心なときに誰からも信じてもらえなくなりますからね?」

 「あら、よく分かったねあたしが“”になってたの?」

 「普段の杏子さんなら絶対こんなこと言わないのは分かり切っているんで」

 「あははっ、ホントさとるってあたしのことめっちゃ好きだね?」

 「シンプルにウザいわこの先輩

 

 なんていう心配は杞憂だったみたいで、堀宮はいつの間にかのタイミングで雅の感情を乗せながらわざと隣の席に座る俺を揶揄っているだけということに気付いて、どっと安堵の溜息が出た。思い返すと、少なくともこの人が俺の前で弱音を吐いたことは今まで一度もなかったから、何かおかしいなとは内心で思ってはいた。

 

 「悪いけどあたしはくぐり抜けた修羅場の数が違うからね・・・寧ろ現場はこれぐらいギスってるほうが俄然燃える

 

 “”を解いた堀宮は、今度こそ時折魅せる怖い笑みを浮かべて改めて本心を吐き出す。何度か見ているから多少は慣れたが、役の感情に入ったり出たりを繰り返すというそれなりに心身に負担がかかる行為をまるで深呼吸をするぐらいの感覚で自在にやってのけてしまうこの人の精神の強さは、はっきり言って怪物じみていると俺は思う。

 

 「本当に心強いですよ・・・杏子さんみたいな人が“味方”にいると

 

 同時にこういう鋼のメンタルを持つ人が味方にいるというのは、それだけで今日から始まる4ヶ月間の撮影においてもの凄く心強い。

 

 「・・・やっぱりさとる、顔つきが本当に良くなった」

 「どういうことですか?」

 「なんか迷いがなくなったって感じ。この前の電話で“ようやく純也の気持ちを理解することが出来た”ってあたしに言ってたように、眼と表情に自信がみなぎってる・・・」

 

 そのことをありのままの形で伝えると、堀宮は純也を演じる覚悟を得た俺を横目でまじまじと見つめながらいつもの明るい笑みでその“成果”を称える。

 

 「読み合わせのときはどうなるかと思ったけど・・・何とか間に合ったね」

 「はい・・・ギリギリでしたけど、“選ばれなかった人たち”のためにも負けるわけにはいかないんで」

 

 無論求められているものは俺も同じで、誰かの力に依存するような演り方では“選ばれなかった人たち”を救えない。そのためにはメインキャストである俺たち4人が“その他大勢”の期待に応えて、超えて行かなければならないことは4人とも分かっている。

 

 「もちろん、その中には“蓮ちゃん”もいるんだよね?

 

 

 

 “『私が“いま好きな人がいる”って言ったら、憬はどうする?』”

 

 

 

 「・・・当たり前ですよ・・・(あいつ)もまた、“メインキャスト”に選ばれたくて『ユースフル・デイズ』のオファーを引き受けたんですから・・・・・・俺が下手な芝居なんてしたら、あいつをまた傷つけることになる

 

 問題は“この感情”を、クランクアップまでどうやって身体の中で飼い慣らしていくかだ。

 

 「あははっ、もう隠そうともしないんだね?」

 「何がですか?」

 「蓮ちゃんが“好き”だってこと」

 「・・・そうだ一色と“グル”だったわこの人」

 「ねぇ耳めっちゃ赤くなってるけど大丈夫?」

 「全部“アンタら”のせいだろドSコンビが

 「そして否定しないっていうね

 

 正直、こんなふうに揺さぶられると動揺を隠せなくなってしまうくらいにはまだ不安定で、今のところ足枷にしかなっていないけれど。

 

 「一色十夜、ただいま戻りました」

 「おかえり“座長”」

 「ハハッ、“座長”はやめてくれよホリミィ」

 「蓮にはちゃんと謝ったんだよな?」

 「おうよ。心配なら後で本人に聞けばいいさ」

 

 と、控え室の空気が少しだけいつもの調子に戻り始めたタイミングで、“蓮に一言謝りに行く”という理由で15分ほど控え室を留守にしていたメインキャストの中で“最年長”の一色が戻ってきてわざとらしく俺と堀宮に敬礼する。それにしても、たかだか蓮に謝りに行っただけの割には随分と長く時間がかかったように俺には思える。

 

 「・・・謝りに行っただけの割には時間かかったな?」

 

 どんな話をしてきたのかはともかく、何となく引っ掛かることがあった俺は堀宮を真ん中に挟んだ右側の席に座った一色に問いかける。

 

 「実はレンのところに行くついでに“寄り道”してきたんだよね」

 「寄り道ってどこだよ?」

 「気分転換で中庭」

 「中庭・・・」

 

 すると一色は、控え室に残っていた俺と堀宮に向けて“中庭に寄り道をしてきた”ことを明かした。確か中庭にはいま、永瀬がいる。

 

 「まさか永瀬さんと話してきたのか?」

 「そう。なるべく1人でいたいって言っても、全く放置するわけにはいかないでしょ共演者として」

 「けど永瀬さん、“撮影までは1人でいたい”って言ってなかったか?」

 「もちろん誤解のないように言っておくと、あずさはオレが話しかけてきたことは全く気にしてなかったよ」

 「そうか・・・とりあえず一色が変な邪魔をしてないことを祈るわ」

 「何でオレがあずさの邪魔をした前提なんだよサトル?」

 「普段の行いのせいだろ

 「ねぇオレってそんなに行い悪いかなホリミィ?

 「マジのマジで言うと先輩を良いとは思ったことは一回もない

 「ホリミィもサトル側につくかぁ

 

 もしかしたらこのいけ好かない王子がまた良からぬちょっかいでも出したんじゃないのかと不安がよぎったが、話を聞く限り“スターズ組”ではない俺が間に入る必要はないみたいだ。

 

 「てゆーか、一色先輩はあずさと普通に話しても大丈夫なんだ?」

 「それなら無問題だよ。だって“新太と亜美(オレら)”って幼馴染だし」

 

 それ以前に俺は読み合わせの前に堀宮から、今日までは永瀬に“なるべく話しかけないように”と釘を刺されている。

 

 

 “『そうだ。読み合わせの前に危うく言い忘れるところだったけど、あずさには19日の撮影まで話しかけないようにね』”

 “『・・・それはどうしてですか?』”

 “『何かあずさ曰く“なるべく転校生の気持ちで撮影に臨みたい”んだってさ。ちなみにあたしも含めて』”

 

 

 

 「・・・あ~、言われてみればそうね」

 

 メインの中でただ1人話すことを許されている一色の主張に、少しばかり間を空けて堀宮が頷く。考えて見れば幼馴染同士の新太と亜美というワケだからか、辻褄は合う。まだ永瀬とはメインの4人でお台場に行ってからは一度も会っていないからよく分からないところもあるけれど、きっと彼女も彼女なりにこのドラマに役者として賭けているんだろう。

 

 「もうほんっと“頑張り屋さん”なんだから、あずさは・・・」

 

 だけど俺には、真ん中の席に座って頬杖をつきながらどこかうわの空のように永瀬のことを呟く堀宮の様子が、さっきの“小芝居”とは違う意味で気掛かりに思えた。

 

 「なぁ、ホリミィ」

 

 

 

 “『なるほど・・・永瀬さんって役をガッチリと作り込んでくるタイプの役者(ひと)なんですね』”

 “『かもしれないね・・・大人しそうにしてるから分かりづらいところもあるけど、意外と燃えるときは燃えるタイプだったりして』”

 “『かもしれないって、杏子さんも知らないんですか?』”

 “『そんなのあたしも知らないよ。だって付き合いは幼稚園からだけど、女優(やくしゃ)になったあずさと同じカメラの前で芝居をするのは初めてだし・・・』”

 

 

 

 「どうしてあずさのやつはあそこまで頑張るんだろうな?

 

 気掛かりを感じた俺と同じことを思ったのか、一色は徐に席を立つとちょうど堀宮の座る席の真ん前のイスに座って天井を見上げ頬杖をつく堀宮と同じ視点に顔を近づけて、薄っすらと笑みを浮かべながら普段の雰囲気からは想像つかないほど優し気な表情で問いかける。

 

 「さあ?どうしてだろうね?

 

 本性なのか偶像なのか分からない王子の優しい笑みに、堀宮は頬杖をついたままいたずらな笑みで首をかしげる。せっかく助演のキャストからの見えないプレッシャーで重くなっていた控え室の空気が幾分か落ち着いてきたのが、互いを見つめ取り繕う表情だけは穏やかな“新太と雅”から放たれる見えない火花と化した感情のぶつかり合いで再び重くなる。空気感だけは比較的平穏なまま終わった読み合わせとは打って変わった、撮影前の緊張感。

 

 「(“みんな”余裕なフリをしているとはいえ・・・明らかに普段(いつも)より気が立っているな・・・)

 

 分かっていることは、少なくとも俺を含めたメインの4人と蓮にとってこのドラマは、今までで一番タフな撮影になるだろうということ。

 

 “・・・こんな状況で成立するのだろうか?・・・今日の撮影は・・・

 

 

 

 “『頑張れよ。夕野憬』”

 

 

 

 “いや、絶対に成立させてみせる・・・・・・俺たちは役者だからだ・・・

 

 

 

 「一色さん、夕野さん、堀宮さん。準備が終わりましたのでA棟のほうへ向かってください

 

 演者同士の間にそれぞれ蔓延る緊張がほとんど冷めないまま、ついに『ユースフル・デイズ』の撮影は始まった。




いよいよ対峙のとき_



※チラッと本編で某大物ロックバンドの名前が挙げられてますが、あくまでフィクションですのでご了承ください。

奇しくも週刊誌の件があり時事ネタのようになってしまいましたが、15年来のファンである作者としては週刊誌側の主張と事務所側の主張のどちらが真実であったとしても、引き続きいちファンとしてこれからも変わらずミスチルを応援していきたいと思います。
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