或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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宇佐崎先生、ジャンプ新連載おめでとうございます!


scene.104 意地

 「ねえ、あずさについて2人はどう思ってる?」

 

 午後の撮影前の昼休憩の時間に入り、昼食が用意されているというカフェテリアへ行く前に、俺は一色と共に堀宮からメインキャスト用の楽屋となっている講義室へと呼び出されていた。もちろん堀宮が俺ら2人を呼び出した理由は、午前中の撮影での永瀬の様子について聞きたかったからだ。

 

 「明らかに緊張で演技が力んでいて安定感が欠けていたな。ま、終わってみればそれがイイ感じに“編入初日の転校生”って雰囲気を出してたから怪我の功名ってところだけど」

 

 講義室の机にもたれかかるように座る堀宮に、その隣の机の席に足を組んで座る一色が答える。亜美の幼馴染の役であり午前の撮影でお互いに目線を合わせる場面もあるからか、やはり一色も俺と同じように永瀬の芝居の綻びを見抜いていた。並みの人だと“むしろ緊張感がこっちにも伝わって上手かった”というふうにしか見えなかったあの芝居の本質に気づける鋭い感性が、“誰を演じても同じ”と一部から言われる一色が主演俳優として重宝されている理由があるように俺は思う。

 

 「やっぱさぁ、先輩が撮影前にあずさにプレッシャーをかけるようなことしたからなんじゃない?」

 「何でそうなるんだよホリミィ?」

 「だってあずさは1人になりたくて本番まであたしたちと距離を置いてたのは先輩も知ってたでしょ?」

 

 答えを聞いた堀宮は、揶揄うような口ぶりで本番前に永瀬と話してきたという一色をふざけ半分で責める。これに関しては俺も一瞬だけ思いかけたが、少なくとも撮影を止めてしまった永瀬のことを気遣っていた一色に悪意がないのはほぼ確実だ。もちろん心の中で何を考えているか基本的に読めない“王子”のことだから、全くのゼロだとも言い切れないが。

 

 「さとるも黙ってないで何か先輩に言ってよ」

 「いや、一色が原因じゃないのは確かですよ」

 「ねぇ今日のさとるいつになくあたしに冷たくない?」

 「思っていることをそのまま言ってるだけです」

 「今更だけどさとるって何で先輩のこと呼び捨てで呼んでんの??」

 「芸歴的には同期だからですよ。ってか今それはどうでもいいでしょマジで今更だな・・・)」

 

 どうでもいいことを逆に聞かれたことはともかく、俺は同意を求めようとする堀宮に対して我を貫く。

 

 「てことでそろそろ教えてもらいましょうか・・・“後輩くん”の見解を」

 

 永瀬が緊張していた原因が一色ではないことを当然ながらとっくに見抜いている堀宮は、ここぞとばかりに俺に意見を仰ぐ。“選ばれた側”の俺が言うのも思うのも難だが、この2人はメインに選ばれているだけあって恐ろしく勘が鋭い。

 

 「俺が視ていた限り、永瀬さんは俺たち1組の生徒と対面したとき、本当に転校生が初めて編入先のクラスメイトと顔を合わせるときと同じような緊張をしていた。そして1組の中で亜美が唯一知ってる幼馴染の新太とふと目が合った瞬間、ほんの一瞬だけど永瀬さんの芝居が解けた・・・多分このとき永瀬さんからは俺たちのことが“”のように視えてしまって、その中で唯一知っている存在の新太のことを無意識に“味方”のように感じていたから、2人の目が合ったその一瞬だけ緊張が解けて黛さんからNGを出された・・・・・・だからこれは永瀬さんが役のことを考えすぎるあまり、空回りした結果だと俺は思いました」

 

 俺もまた、永瀬がどうして緊張していたのかを自分なりに読み取っていた。読み合わせのときの感じを視るにあの人は明らかに俺や堀宮のように役の感情に入り込んで芝居をするようなタイプの役者ではなく、演じ方は典型的な俯瞰型だった。そんな永瀬がなぜ、演じる人物に寄り添うような演技をしたのか。

 

 「だけど、俺が視る限り永瀬さんの芝居は憑依型じゃない・・・なのにどうして役に寄り添う演技をしようとしたのか・・・」

 

 いや、しようとして逆に飲まれかけてしまった。午前中の撮影を視て、俺はそう感じていた。きっとそこには、メインキャストとして周りの期待を超えなければならないという“プレッシャー”が、永瀬をそうさせたのだろうか。

 

 「それだけ永瀬さんなりにこのドラマに対して賭けているってことなのか・・・距離を置かれていた俺には分からないです」

 

 だがそれらは全て、“自分は転校生だから”と距離を置かれていた俺にとっては憶測でしかならないことだ。

 

 「・・・だったらあずさのことをよく知らないさとるに、“みんなのアイドル”杏子様が1つだけ“良いこと”を教えてあげよう」

 「“天才女優”じゃなかったんですか?」

 「オレはもうどっちでもいいわ

 

 自分なりの見解を全て話し終えると、堀宮はスッと立ち上がって席に座る俺と一色に向けて小悪魔のような笑みを浮かべる。

 

 「さとるはあずさのことを自分の役のことを考えすぎちゃったばかりに役に飲み込まれそうになってたって解釈してるっぽいけどさ・・・・・・あずさはそこまで肝は据わってないよ

 

 そして不敵な笑みを浮かべながら、堀宮は俺に見解がただの憶測でしかないことを告げる。チャームポイントになっている綺麗な碧眼には、NGを出したときの永瀬を小声で応援していたときには無かった黒い感情が宿っていた。それが俺には、視線の先にいる自分ではなく永瀬に向けられているように思えた。

 

 「・・・永瀬さんは中庭にいると思いますか?」

 

 堀宮の眼に映る感情(もの)に“何か”を感じた俺は、何の前触れもなく思い立った言葉を永瀬へと向ける。

 

 「どうして?」

 「俺も知りたくなったんです。永瀬さんが何のためにこのドラマの撮影に臨んでいるのか」

 「マジのマジで?」

 「はい」

 

 はっきり言って、いまの俺に人の心配をする余裕なんてないのは自分が一番よく分かっている。それでも永瀬がどんな思いを抱えているのかを知らなければいけないと思った。

 

 「もう俺たちは“クラスメイト”です・・・・・・だから亜美を避ける理由なんてもうどこにもない

 

 

 

 そうしなければ、俺を含めたメインキャストは“超えないといけない壁”を超えられないような気がした。

 

 

 

 「あずさがいるって保証はできないけど、どうしてもって言うならさとるの好きにすればいいんじゃない?先輩もそれでいい?」

 「おういいぜ。その代わりすれ違いになっても文句は受け付けないからなサトル」

 「・・・ありがとう。2人とも

 

 杏子から遠回しにGOサインを出された憬は、軽く礼を言うと俺の隣の席を立ってあずさがいるという保証もない中庭へと急ぎ足で向かって行った。

 

 「・・・サトルのやつ。涼しい顔してるくせに誰よりも熱いよな」

 

 講義室を急ぎ足で出ていく背中に、つい心の中で思った声が言葉となって口から出る。どこか冷めたような普段の口ぶりに反して、どこまでも自分の気持ちに愚直で考えるより先に身体が動くように熱くて、大抵の人間は売れた途端に失ってしまうはずの“普通”の感覚をドラマのメインキャストに選ばれるようになってからも持ち合わせているからこその染まりやすさ。羨ましいとは別に思わないけど、こういう純粋な心をとっくに失っている俺からすればあいつの“等身大”な感性が時々眩しく映る。

 

 「うん・・・だってさとるは、あずさと同じくらい不器用なやつだから」

 

 憬の姿が眩しく思えた俺の思考を知ってか知らずか、杏子もまた憬が出て行ったドアのほうへ視線を送りながらそう呟いて、つい10秒前まで同じ事務所の後輩が座っていた席に座って俺を横目で見つめる。

 

 「ねぇ、先輩は気付いた?」

 「気付いたって何が?」

 「“カメラの向こう”」

 

 横目で視線を送りながら、杏子は午前中の撮影で起きていたもう一つの“出来事”について聞いてきた。

 

 「あぁ、レンのことね

 

 もちろんカメラの向こうの、ちょうど1組のみんなの邪魔にならない位置で自分の出番が終わっても本番の様子を見守っていた蓮のことを意識の片隅でずっと把握していた俺には、杏子の抽象的な問いかけの意味はすぐに分かった。俺たちの演技を視て何かを学ぶためにいたのか、それとも別の理由なのかは分からないけれど、3人を演じる俺たちのことを蓮はずっとカメラの死角から視ていた。

 

 「でもあずさが来た途端に戻って行ったよね。レンのやつ」

 

 だけどあずさの出番になった途端に、蓮は死角からそそくさといなくなってしまった。

 

 「そしてあずさは緊張で力んでNGを出した」

 

 俺の言葉に続けるように、杏子がもう一度あずさの出したNGに言及する。午前の撮影が始まったときはどうして蓮が急にいなくなったのか理由が分からなかったが、いつもより力んだあずさの芝居を見た瞬間に俺は確信した。

 

 「・・・やっぱりレンだったわけか。緊張の“トリガー”は」

 「さっすが先輩。ドラマと映画で探偵をやってただけあるね♪」

 「オレの勘は生まれつきだよ」

 

 恐らく、というかほぼ確実に蓮は亜美役を決めるオーディションに参加していて、実際に亜美を演じることになったあずさのことを意識していた。思い返せば読み合わせのときも、この後に撮る雅と凪子と亜美の三人でお昼を食べる場面のとき以外は、一度も蓮はあずさと視線を合わせなかった。そして本番も、あずさの演じる亜美を視ることなく蓮は控え室へ戻って行った。

 

 「しかし怖いな。“ライバル意識”ってやつは」

 「そもそも出来レースでもちゃんと勝負だけはさせていればって話だけどね」

 「いや、公平の“フリ”したオーディションを普通にやっても遅かれ早かれこうなってるよ。あずさはともかく、オレがスターズにそういう経緯(いきさつ)で入ったときは表に出てないだけで周りからは色々言われたし。つっても“実力と結果”でほぼ全て帳消しにしてやったけど」

 「“そういうところ”があるから敵を作るんじゃないの先輩は?」

 「ハハッ、そうかもな」

 「自覚あるんかい

 

 物語は基本的に主要人物とその他大勢がいるから成立している。その物語に出るために時に千を超える志願者がひとつの舞台に押しかけるが、用意されている席は1クラスと何がし程度で、メインを張れるのは僅か数人。ひとつの物語に出たいと願う人々は、みんなその数席に座るためにこの世界でもがいている。だからこそ、選ばれた俺たちをずっと視ている選ばれなかったその他の役者が、俺たちに見えないプレッシャーを与え続けている。

 

 「でも一番怖いのは、“大親友”が近くにいることに全く気付かないほど自分の世界に入り込んで芝居をする“ホンモノ”なんだろうなって、ホリミィも思わない?

 

 もちろんプレッシャーを与えてくるのは、何も“”だけだとは限らない。

 

 「そうね・・・あたし的には嬉しいような悔しいようなだけど、やっぱ役に入ったときのさとるの演技はマジのマジで油断できないわ

 

 まるで1人だけドラマの撮影(ロケ)ではなく物語の世界にいるんじゃないかというレベルで純也の感情を掘り下げて演技をする、一番近くにいる脅威。あんな“化け物”が味方にいることは頼もしいけれど、同時に3人まとめて喰われかねない懸念もある。

 

 「安心しろよ。オレはホリミィの芝居が“ニセモノ”だなんて言ってないし思ってもいないから」

 「言われなくても分かってるよ、先輩」

 

 

 

 案外俺も、少しは自分の心配をしたほうがいいのかもしれないな・・・

 

 

 

 「午後の撮影・・・何にも起きなきゃいいけど・・・

 

 左に座る俺に向けていた視線を前に移した杏子が、誰に言うでもなく独り言を呟くかのように愚痴に似た言葉を溢す。何も起きなければいいと言いつつ、起きたら起きたで2人まるごと喰ってやるとでも言いたげにギラつく内心が、憬のように正直なその瞳に映る。

 

 「もしかしたらその前に“ひと悶着”起きるかもな?“誰かさん”のせいで」

 「ふふっ。ホント先輩ってマジのマジで容赦がないよね?」

 「それはお互い様だろ?」

 

 そんな嘘を吐くのが人より少しだけ上手い杏子へ本音の好奇心を返すと、隣からは打って変わって本当の気持ちが返ってきた。やっぱり彼女は役者としてちゃんと“吹っ切れている”から、本当にやりやすい。

 

 「さて、いい感じに腹も減ったしオレらは先にカフェテリアに行くとしようぜ」

 「そうだね」

 

 憬が中庭へと駆けて行って少ししたタイミングで、俺と杏子は残りの2人より一足早くカフェテリアへと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「とっくにカフェテリアにでも行ってるのかと思ったら、“こんなところ”で何してるの?」

 

 午後から撮影が行われるカフェテリアにいなければきっと中庭(ここ)にいるだろうという読みが当たったのか、永瀬さんは中庭にある噴水近くのベンチの辺りで1人になって立っていた。

 

 「永瀬さん。だよね?」

 「・・・はい。環さん」

 

 近くまで来た私が声を掛けると、永瀬さんはやや驚いた様子でこっちに振り向いた。まるでスタンバイのときにふと私と目が合ったときに、どこか怯えたように軽く頭を下げたときのように。

 

 「私の名前、ちゃんと覚えてくれてたんだ」

 「えっ、はい・・・共演者の名前くらいは覚えておかないと失礼だと思ったので」

 「へぇ~、永瀬さんは真面目なのね」

 「・・・あの、環さんは私に何かご用でしょうか?」

 

 急に前触れなく二度も現れる恰好になった私に、永瀬さんはえらく畏まった様子で聞いてきた。もちろん私は、この人に言いたいことがあるから探していた。“こんな状態”で午後の撮影に臨まれちゃ、私が困るから。

 

 「うん。午後の撮影が始まる前にどうしても直接言っておきたいことがあったから・・・」

 

 

 

 本番前の永瀬さんと目が合った瞬間に視えた、亜美を演じ切るという自信が揺らいだ瞬間。それを視てしまったから、私はこの人の演技を見ないまま控え室に戻った・・・もしもあのまま私があの場所に留まっていたら・・・

 

 

 

 「永瀬さん・・・・・・もし亜美を演じる自信がないんだったら、私に役を譲って

 

 スケジュールとの勝負になるこういうドラマの撮影現場では、本来だったら円滑に撮影を進ませるためにも共演者同士がフラットな関係を築いて揉め事のようなことは起こすべきではない・・・と、初めて私が出たドラマで演出をしていた人は言っていた。それに揉め事が身内同士ならまだ自分たちでどうにかできるようなものだけれど、相手が違う事務所となると相手次第じゃ“ごめんなさい”で済むような話ではなくなってくることもある。

 

 「自信がない・・・そういうふうに見えましたか?」

 「その前にこんなふうに役を譲れって言われたら“嫌だ”って即答で返すのが普通なんじゃないの?」

 

 それでも私はいま正面で対峙している永瀬さんがどれだけの覚悟を持っていて、どれぐらいの“意地”を見せてくれるのかを確かめたかったから、心を鬼にしてこっちも“意地”をぶつける。

 

 「言っておくけどメインになれなかった人からしたら、選ばれた人がこんなに自信なさそうに萎縮してるのって超が付くぐらい屈辱的だからね?」

 「別に私はそんなつもりじゃ」

 「永瀬さんの“つもり”とか私にとってはどうでもいい」

 「・・・ごめんなさい」

 「だから“そういうの”が屈辱だって言ってるのがわからない?」

 

 どうにか本当に鬼になりそうな心を理性で保って伝えたいことをぶつけると、案の定申し訳なさそうな返事が返ってきた。もしかしなくても静流と出会う前の私だったら既にブチ切れてるくらいには、“ナメてんの?”という感情が身体を巡る。この程度のことで揺らぐようじゃ、亜美になれなかった現実を受け入れた私が馬鹿になってしまう。それだけはさすがに許せない。

 

 「・・・永瀬さんは事務所のゴリ押しなんかじゃなくて、『ユースフル・デイズ』っていうドラマの成功を託したスタッフに選ばれたからここにいるんじゃないの?

 

 永瀬さんが真面目で努力する人だというのが読み合わせのときの様子で分かっていたからこそ、ゴリ押しとかではなくちゃんと作品でメインを張れる実力を持ってる人だってことを知っているからこそ、頭に来るし何とかしてあげたいと思ってしまう。あくまでこれは敵への情けではなく、選ばなかった大人(ひと)を見返したい自分がただ“”をしたいっていうだけのエゴのようなものだ。

 

 「だったらせめて選ばれたなりの“意地”を見せてよ・・・永瀬さん

 

 そんな私も目が合った瞬間に自信が揺らいだ永瀬さんの芝居を見れなかった程度には、心が弱い。だからこそあんな状態で永瀬さんが納得のいく芝居が出来るわけがないってことに、私は始まる前に気付いてしまった。

 

 「さっきの撮影、どうせあんまり上手く行かなかったでしょ?」

 「・・・見ていなかったのにどうしてわかるんですか?」

 「浮かない顔してこんなだだっ広い中庭の真ん中に1人でポツンとしてたら、容易に想像がつくよ」

 「凄いですね」

 「今の永瀬さんみたいにすぐに顔に出るような分かりやすい性格してる友達がいるってだけで、凄くも何ともないけどね」

 

 いざ聞いてみたら、どうやら私の想像通り午前の撮影はあまり上手く行かなかったらしい。こうやって正直に認める素直さは、自分的には共感が持てた。

 

 「だったら、どうして見なかったんですか?

 

 するとそれまでどこか自信無さげだった永瀬さんの口から、核心を突く言葉が向けられる。つい数秒前までは私から向けられる言葉を受け止めるだけで精一杯の萎縮した感情が乗った眼は、迷うことなく私の眼を視ていた。

 

 「そうだね・・・」

 

 不甲斐ない芝居をした自分は責められて当然と言いたげだった永瀬さんの表情に“悔しさ”が滲み出てきたのを感じた私は、今が“本当に言いたかったこと”を言うタイミングだと直感した。

 

 「本当は亜美を軽く見届けてから戻ろうって思ってた・・・でも私と目が合ったときの永瀬さんの表情を見て、平常心で見届けられる自信がなくなったから、見なかった」

 

 どうして私は見なかったのか、それは本番を前に自信が揺らいでしまった永瀬さんとさも似た理由だった。本当に、親友に追い抜かされたこんなザマでよく私は人に対してズカズカと言える暇があるなってつくづく思う。

 

 「多分あのままあそこにいたら・・・悔しさで感情が“爆発”してたと思うから・・・」

 

 だけど、自分がそんなに強くないことを知っているからこそ、言えることがあるって私は信じてる。

 

 「私が言っておきたかったことは、私と永瀬さんは“一緒”ってこと・・・だから永瀬さんは周りからの視線なんて気にしないで正々堂々と亜美を演じればいい。ここにいる役者の中で亜美を演じられるのは永瀬さんだけなんだから・・・

 

 それを教えてくれたのは、私を芝居の世界に留めさせてくれた(あいつ)の存在。本当にもう“いい加減にしろ”と言いたくなるくらい、あの日からの私はあいつの言葉に振り回されっぱなしだ・・・

 

 「たかが助演から少しプレッシャーをかけられたくらいで萎縮するな・・・永瀬あずさ

 

 

 

 

 

 

 “『蓮と同じように俺も役者になる・・・・・・そうすれば、蓮の気持ちが少しは分かるかなって思ってさ』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・本当に、環さんの言う通りです

 

 これでもかというくらいに、私は環さんから心の内を暴かれてしまった。本当は変わりたいと願っている裏でずっと負い目のように感じていた、“私は他の3人より劣っている”という現実。そしていま目の前に立っているのは、亜美の役を演りたかったもう一人の助演。読み合わせのときから、環さんのほうが私なんかよりもよっぽど芝居に自信が満ちていた。目が合った瞬間に思ってしまった。もし亜美に選ばれたのが私じゃなくて環さんだったら、と。そのときに生じた迷いで、自分の芝居は崩れてしまった。

 

 「人から同情されるのって・・・・・・悔しいんですね

 

 だけど環さんもまた、私の演じる亜美をこの眼で視るのが恐くてあの場を離れた。そんな環さんを“臆病”だとは思わないし、“自分も恐がってた癖によく私のことを”なんて言える筋合いも私にはない。ただ、上手く言葉では言い表せないけれど、人からこうやって同情されることがここまで悔しいことだなんて、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 “『困ったことがあったら何でも聞いて。あたしはいつだってあずさの味方だから』

 

 

 

 

 

 

 「そう。私も芸能界で3年頑張って分かったんだけど、こんな世界で生きてると同情されたらされるほど悔しくなってくるんだよ・・・ライバルだと思ってた人から見下された気分になって、自分が惨めに思えてくるから・・・

 

 私が内側から湧いて出てきた気持ちをほとんどそのままの形で言葉にすると、環さんは少しだけ得意げな様子で返す。

 

 「もう一度聞くけど、もし亜美を演じる自信がないんだったら私に役を譲ってくれる?

 

 “私と自分は一緒だ”と言い切った環さんが、同じ要求をもう一度ぶつける。どうして私はここにいるのか、どうして私は選ばれたのか、選ばれた私がやるべきことは何か。そう簡単に弱い心を変えられる力なんて私は持っていないけれど、環さんへ言うべき“一言”はもう決まっている。

 

 「・・・嫌です

 

 今度こそ私は、答えを間違えずに自分の本心(おもい)を環さんへ伝える。はっきり言って今の私は“他の3人”には遠く及ばないことは、自分が一番分かっている。3人に追いつきたいと心を奮い立たせても、少しでもプレッシャーをかけられてしまったら揺らいでしまうくらい自分が弱いことも分かっている。たかが2年程度じゃ、杏子が芸能界(この世界)で受けてきた10年分の苦しみなんてまだまだ分からない。それを分かり切っていても近づこうとしている自分の無神経さ・・・自分の内側(こと)を考えれば考えるほど嫌いになっていくぐらいには、めんどくさくて弱虫な自分(わたし)

 

 「亜美を演じられるのは・・・私だけなので

 

 だけどここにいるのは私ではなくて亜美だから、そんなのは関係ない・・・と、メインキャストに選ばれた以上はたとえ割り切れない部分があるとしても、“ガワ”だけでもいいから堂々と表情を作って言い切ってみる。これがたったいま私ができる、女優(やくしゃ)としての精一杯。

 

 「・・・言えるんだったら最初からそう言ってよ。永瀬さん」

 

 精一杯に堂々とした態度を繕って思いを伝えると、ここまで怒っているような表情を浮かべていた環さんが控えめながらも笑みを浮かべた。対峙する私を見つめる眼に映る感情からは“同情”の気持ちが消えて、どこかスッキリとしている。これが言いたかったことを言えたから荷が下りたなんて安直な理由じゃないことぐらいは、私でも分かる。

 

 「じゃあ言いたいことは全部言えたから、私はカフェテリアに行ってるね」

 「あの、環さん」

 

 そのまま“言いたいことは言えた”とそそくさと昼休憩と午後の撮影が行われるカフェテリアに足を進めようとした環さんを、私は呼び止める。今までにないようなミスをした本番を経て、亜美の気持ちに自分を近づけるだけじゃ何も変わらなかった現実を目の当たりにしてようやく見えた、もっと根本的な変えるべき部分。

 

 「私も一緒に行っていいですか?・・・メインキャストとそれ以外のキャストが撮影以外で話してはいけないなんて、一言も言われてないので・・・

 

 みんなからすればこれは何気ない一言で済まされるかもしれないけど、スターズのオーディションですら杏子から“憧れの人に会えるんだったらいいんじゃない?”と勧められて決心するぐらいには誰かを頼って生きてきた私にとっては、自分から向かっていくのはそれなりに勇気がいることだ。

 

 「全然いいよ。だって私たち“共演者同士”だし」

 

 一緒にカフェテリアに行きたいと伝えると、環さんは“当然でしょ”と言わんばかりにクールに笑って受け入れてくれた。みんなにとっては本当に小さなことだけど、こういうことを繰り返していくのが、自分が変われるやり方だと思った。

 

 「・・・ありがとうございます」

 「もう、自分から聞いておいて遠慮しない」

 「いや、別にしてないんですけど」

 「申し訳なさそうにしてるのが顔に出てる」

 「あの、そんなに顔に出てますか?」

 「うん。出てる」

 「そうですか。じゃあ気を付けます」

 「(やっぱ永瀬さんって憬に似たところあるな・・・)ははっ、こうやって話してみると永瀬さんって結構面白いとこあるよね」

 「多分、良い意味で言われてると思うんですけど言われ慣れてないのでどうリアクションしたらいいか・・・」

 「そこは素直に受け取ってよ。ホントなんだから」

 「ですよね・・・ごめんなさい」

 「だから萎縮しなくていいっての」

 

 こうしてオーディションの一件のせいで敵対しているかのような関係になっていたメインキャストと助演の2人は、僅かばかりにぎこちない距離感を保ちながらカフェテリアへと向かった。




意地と意地がぶつかった先にあるもの_



9月の日を追うごとに夏がじわじわと終わり秋へと移っていく感じ、儚くて好き。
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