「ごめんナギ、遅れた」
お昼休みのカフェテリア。凪子が先に座って待つテーブル席に家から持ってきた弁当箱を片手に持ちながらやや早足でやってきた雅が、顔の前で両手を合わせながら謝る。
「おそ~い。かれこれ5分くらいは待ってるよアタシ?」
購買で買ったパンをテーブルに置いて頬杖をついて待っていた凪子は、わざとらしく溜息をつきながらイスに座ったまま雅のほうを向いて遅れてきたことを揶揄う。
「ほら、この子が私と同じ弓道部のナギだよ、半井さん」
ついこの間までクラスメイトだった凪子からのいつもの揶揄いを慣れたことと受けることなくスルーして、雅は隣を歩く亜美に凪子のことを雑に紹介する。
「・・・ほぉ~、ひょっとして隣にいる君が噂になってる転校生?」
転校生の亜美の名前を雅が口にしたのをきっかけに、凪子はイスから立ち上がってちょうど雅の左隣に立っていた亜美をなめるように見つめながら軽くちょっかいを出す。
「うん、そうだけど・・・」
いきなり真正面で見つめられた亜美は、ただただ困惑する。
「こらナギ。今日来たばかりの転校生にそんなことしない」
それを見かねた雅が、まるでやんちゃな子供を躾ける母親のように凪子を軽く叱る。
「あははっごめんごめん。怖がらせるつもりはこれっぽっちもなかったんだけどさ」
“これが合図”とばかりに、凪子は亜美に両手でごめんなさいのジェスチャーをして謝る。
「もう、ナギはいつも初対面の人との距離感がおかしいんだから」
「え~いいじゃん。転校生だって同じ学校に来たらその日から友達みたいなもんだし」
「どういう理論それ?」
そしていつものように場を掻き回す凪子とそれを冷静にツッコんで受け流す雅の様子に、次第に亜美の緊張も解けていく。
「2人とも本当に仲良いんだね?」
緊張が解けた亜美は、ふざけながらも仲睦まじい2人の様子に表情を綻ばせて微笑む。
「さっ、みんな揃ったから食べるとしよう」
「あ、雅がごまかした」
「カット!3人ともOKですのでチェックが終わり次第で次のシーン撮ります」
「レンちゃんってさ、意外と良い芝居するんだね?」
カットがかかり、メインキャスト2人と蓮を映すカメラの外側にあるバミリが貼られた撮影で使用するテーブル席の“隣”にあるテーブル席に座り、“女子組”の撮影の見物がてら俺と奥田役の新井と一緒に“男子組”として自分たちの出番を待つ一色がカメラの先でメインの2人と黛の4人で次のシーンについて話し合っている蓮をじっと見つめながら右隣の席に座る俺に話しかける。
「本人に言ってやれよ、それ」
「嫌だよ。ほら、こういうのはクラスメイトの役目ってやつじゃない?」
「聞いたことないんだけど」
「じゃあ代わりに俺が伝えてやろっか?」
「新井が言ったら一番ややこしくなるからやめろ」
珍しく嘘偽りなく感心した様子の一色に直接言うように促してみたら、凪子が劇中で唱えたばかりの“友達理論”とさも似たレベルでわけの分からない理論じみたことで返されて、それに新井が便乗して乗っかるという、傍から見ると新太と純也の“立ち位置”が逆転しただけの男子3人の昼休みの光景の出来上がり。まぁ、それを直接言ったところで“生意気”と言われるのがオチなのは明白だ。
「そういや十夜サンと夕野っちっていつの間に仲良くなったん?」
「なってねえ」
「ああオレとサトル?だいたい仲良くなって一ヶ月ってところかな?」
「なってねえ」
「そう冷たいこというなよ夕野っち。共演者じゃん俺ら?」
「そうだよサトル。だってオレたち“
「とりあえず新井と一色が何でそこまで気が合ってるのか俺には謎過ぎるんですが・・・」
ちなみに撮影とはあんまり関係ない話だけれど、どういうわけか昨日まで全く接点がなかった新井と一色が意気投合した。別に性格や価値観が全然違くても話してみれば意外と馬が合うのは割とよくある話かもしれないが、まさかこの2人がいきなりここまで息が合うほど仲良くなったのは、言っちゃ悪いけど俺にとっては謎だ。どうでもいいと言われたら割とどうでもいいことだけれど。
「でもさ、芝居が上手いかは別で俺的には環さんみたいな人が撮影現場に1人でもいると、何というか“助かる”んだよね・・・って思わね?」
なんて具合に一色と一緒に“俺たち友達だろ理論”を俺へと唱え始めた新井が、ふと我に返ったように真面目なトーンになって話を本筋に戻す。
「確かに、新井の言いたいことは俺も何となく分かる」
そのトーンに合わせるように、俺と一色もトーンダウンして蓮たち女子組に目をやる。
「典型的な“ムードメーカー”、ってやつ?」
「“ムードメーカー”、か・・・」
蓮による雅役の堀宮との息の合った芝居で順調な滑り出しを見せた午後の撮影。良い意味で目立とうとする野心を出さずに“
「主役には主役にしか出来ない芝居があるように、助演には助演にしか出来ない芝居があって、俺たちメインキャストは芝居の上手い助演がいるからこそ一番上に立つ意味がある・・・そういう意味のムードメーカーだとしたら当てはまるかもな」
「遠回しに言ってるけど要するに“オレらは
「誤解を招く言い方すんなってかそもそもそんな邪悪な意味で言ってねえよ(やっぱこの“王子”とはそりが合う気がしねぇ・・・)」
「水を差す感じで悪いんだけどまずそれ“助演”が目の前にいる状況で話す内容か?」
「あ、悪い。もしかして新井ってそういうの気にするタイプか?」
「いやいや、俺は別にそーいうのは全然気にしないからいいんだけどね?」
「それは良かったけど何かごめんな新井」
「あ~あ、やっちまったなサトル☆」
「どっからどう考えても“
目の前に助演“その2”がいる状況でさり気なく失言じみたことを言ってしまったが、主役を“正しく”引き立てることを求められる助演はそもそも主役を演じる役者の芝居と同等程度に上手くないと引き立て役の役割すら果たせない。ちなみに助演にまつわる“知見”は、幼少の頃から観続けてきたいくつもの映画やドラマたちが俺に教えてくれた。
“【私ってさ、人を愛せないんだよね・・・】”
「とにかく俺が言いたいのは・・・そういう“ムードメーカー”がいるおかげで、主演の人たちは助かってるってことだよ」
もちろんずっと見て追ってきたブラウン管の先に映る蓮からも助演の大切さを教えられ、俺もまた端役を含めて助演を何役か演じて学んできた。中心にいるのは自分よりも名前が売れた主演俳優。だけどそんな主演俳優も周りを固める助演の役者がいるからこそ自らの良さが引き立ち、主演の芝居を引き立てるためには助演が上手く空気を作らなければならず、そうして作られていった空気が作品全体のクオリティーにも繋がっていく。
「だったら最初からそう言えよ夕野っち」
「あぁ、自分でもぶっちゃけ言いながら思ったわ」
「あれ?やっぱ悪いのサトルじゃね?」
「
助演はまさに、1つの作品を創る上では欠かせない“ムードメーカー”だと俺は思う。今回の『ユースフル・デイズ』においては、まさに蓮がそうだ。メインに選ばれなかったことに気持ちを腐らせることなく、原作の凪子に合わせて髪を短くしたりと自らが演じる役に対して本当に心の底から向き合いながら芝居をしているから、普段の余裕な振る舞いに反したこいつの誠実さがそのまま演技に現れて、堀宮と永瀬を刺激して3人の空気をより自然にしている。
“本当に芝居が上手くなっていくな・・・蓮のやつ・・・”
「で?サトル的にはどうなの?レンちゃんの芝居?」
これ以上は“爆弾”を落とされたくないと黙らせた傍から、一色が核心を突く。正直言うと、あまりに照れ臭いから他人にも本人にも言いたくない。
「・・・まぁ、一色と“同意見”。ってことで」
かと言って隠すのは素直に感想を言った一色から“アンフェア”を指摘されてまた余計な言葉の爆弾を投下されそうだから、絶妙に弄られないラインで本当のことを俺は2人へ言う。
「やっぱ一色サンと夕野っち仲良いじゃん」
「たまたま意見が一致しただけで別に良くはねえよ」
本音を隠さず言うなら、蓮の芝居は本当に良い。場数を踏むたびに、どんどん上手くなっているし、女優としての華もそれに比例して増して来ている。
「では今から雅、亜美、凪子の3人でお昼を食べるシーンの撮影を始めます」
次のシーンの撮影が始まることを告げる黛の声で、ほんの一瞬だけぼーっとしていた意識が現実に引き戻される。親友の芝居に関心をしている暇は、俺にはない。
「結局、行った意味はなかったな?」
そうやって隣と前に気付かれないようにそっと息を吐き出して気を引き締めたタイミングで、一色が俺にだけ聞こえるくらいの声量で“永瀬”のことを聞いてきた。
「あぁ、そうだな・・・」
“『どうしてもって言うならさとるの好きにすればいいんじゃない?』”
午後の撮影までの昼休憩のとき、永瀬がどんな思いでこのドラマに臨んでいるのかを知りたくなった俺は堀宮と一色から“好きにすれば?”と背中を押される形で永瀬がいると直感した中庭へと早足で向かった。
“・・・蓮?”
そのまま中庭へと向かうと、噴水のオブジェがある中庭の真ん中あたりで永瀬が誰かと向かい合うように立って何かを話していた。話していた相手が蓮だというのは、遠目でも後ろ姿を見て1秒足らずで分かった。
“俺は一体、何をしているんだ?”
どうすべきか考えた末に、俺は噴水の周りを取り囲むように茂っている木の一角に隠れて、2人の会話を盗み聞きした。正直、これをやっているときはどこからどう見ても自分がストーカーにしか思えず自己嫌悪が尋常じゃなかったが、噴水のあたりで立つ2人の空気に何とも言えない“重さ”を感じた俺は、良くないことを承知でどうにかしてその会話を聞こうとした。
“『もし亜美を演じる自信がないんだったら、私に役を譲って』”
どうにかギリギリ声が届くほどの距離にある中庭の木の死角に隠れて耳を澄ますと、永瀬に“自信がないなら役を譲ってくれ”と静かに訴える蓮の声が聞こえた。聞こえてきた第一声がそれだったからどうして永瀬が蓮に怒られているのか全く分からなかったが、盗み聞いていた話が進むにつれて俺もその理由を理解した。
“『本当は亜美を軽く見届けてから戻ろうって思ってた・・・でも私と目が合ったときの永瀬さんの表情を見て、平常心で見届けられる自信がなくなったから、見なかった・・・・・・多分あのままあそこにいたら・・・悔しさで感情が“爆発”してたと思うから・・・』”
そして俺は、午前の撮影をしていたときにカメラの外で蓮が俺たちの演技を見ていたことを知る形で、永瀬は役に入り込むようなことをして墓穴を掘ってしまったのではなくて、プレッシャーに押し負けてしまっていただけだったということを理解した。結果的に言えばそれで永瀬はNGを出してしまったのだけど、平等にメインキャスト4人へと与えられている“プレッシャー”を考えると、少なくとも俺はNGを出した永瀬の芝居は責められない。
“『私が言っておきたかったことは、私と永瀬さんは“一緒”ってこと・・・だから永瀬さんは周りからの視線なんて気にしないで正々堂々と亜美を演じればいい。ここにいる役者の中で亜美を演じられるのは永瀬さんだけなんだから・・・』”
だけれど、自分が演じたかった役を他の誰かに萎縮した芝居で上書きされると一言二言は言っておかないと気が済まなくなる蓮の気持ちも俺には分かる。そりゃあ本当に演りたかった役を他の誰かが演るというなら、その誰かにはなるべく良い芝居をしてもらいたいという思いは、俺も同じだからだ。
“『たかが助演から少しプレッシャーをかけられたくらいで萎縮するな・・・永瀬あずさ』”
役者として根底にある価値観が同じだからこそ、蓮が代わりに言ってくれているなら“大丈夫だ”と親友の優しさを信じた俺は、永瀬へ聞き出すことはせずにそのまま音を立てず気配を消して先に堀宮と一色がいるはずのカフェテリアへと向かった。ちなみに既に着いていた2人には、永瀬が蓮と何かを話していていたから結局聞けなかったということにした。
“『何してたのあずさ?』”
“『“偶然”中庭にいた環さんと、ちょっとだけ話してた』”
それから程なくして俺を含めたメインキャスト3人で昼食を食べるテーブル席に合流してきた永瀬は、“偶然”を装って蓮と会ってきたことを俺たちにカミングアウトした。何食わぬ顔でらしい理由を明かすその表情には、午前中には見られなかった自信のようなものを感じた。
「カット!」
カットがかかり、女子組の3人は黛の声を合図にして演技を解く。午後の撮影が始まってからというもの、ここまでNGは3人合わせてゼロだ。
「やっぱ上手いよなあ、あの3人」
その様子を一緒に見物している新井が、感心した様子で3人のほうに視線だけを向けながら俺と一色に呟く。昼休みのときに蓮と1対1で話し合った効果があったのか、永瀬も調子を取り戻しているのが“外野”から視ているだけでも分かる。どうやら中庭に向かった俺は本当にただの無駄足で終わってしまったみたいだが、調子を取り戻したのならひとまずは良かった。
「これは俺たちも負けてられないな?」
完璧に撮影をこなす女子組から俺と一色のほうへと視線を移したテーブル越しの向かいの位置に座る新井が、そう言って俺たち2人へ笑いかける。クールそうに笑って見せながらも素の明るさが隠しきれない新井もまた、新太と純也の2人を語る上では欠かせない“悪友(※いい意味)”ポジションの奥田のように、無くてはならない“ムードメーカー”だ。
「ハハッ、そんなの言われなくても当たり前だよな?サトル?」
それにしてもメインキャストとそれ以外という見えない壁を容易く超えて、自分だけじゃなくて周りにも良い影響を与える蓮は、相変わらず自分のことで手一杯な俺なんかよりも役者としても人間としても全然上だ。
「・・・あぁ」
右隣からの一色の声に相槌を返して、女子組のメイン2人と何かを話し合いながら次のカットへと入る蓮へと意識を向ける。今更だけど、蓮がカメラの前で演技をしているのを同じ場所で見るのは初めてだ。
「俺たちだけじゃなくて・・・・・・ここにいる“全員”が、きっとそうだろうよ」
“『どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ』”
初めて一緒に映画館で観た映画に映っていた、芝居にまだ拙さの残る蓮。初めて出演した月9で観た、思っていた以上に芝居が上手くなっていた蓮。俺が助演で出演した映画を観に行った帰りに、即席の“恋人ごっこ”で本気で感情が揺り動かされるほどのアドリブを魅せつけてきた蓮。
“『弱点に気付けたいまの私は、君の想像してる10倍は強くなってるから』”
そして初めて俺と同じ撮影現場に立つ、いまの蓮。こうして幾つもの作品をこなしていく中で垢抜け大人びていっても、少し生意気な揶揄い好きの“親友”という中身だけは静岡の学校から転校してきたクラスのマドンナだった小6のときから何も変わらない。
“『おはよう憬』”
その相変わらずの変わらなさと華やかさを保ったまま、季節が一周するたびに可愛くなっていく
「カット!ではこれで雅、亜美、凪子は一旦休憩でーす」
黛がカットをかけて、順調すぎるほど順調に進んでいた女子3人の撮影は一旦終了して蓮たちは黛の指示で休憩に入り、スケジュールではここから入れ替わるように俺たち男子組の撮影へと入って行く。
「そういえば蓮ちゃんってお化けとか大丈夫なの?」
「どうしてですか?」
「だって文化祭のとこでナギのクラスお化け屋敷やるじゃん。もし本当に原作再現でドラマもいくんだったらどうすんのかなあ~ってさ」
「そんなの余裕ですよ。役に入れば」
「てことはお化け駄目ってことじゃん」
「役に入れば関係ないんで」
「ホントのホント?」
「ホント。いやそこは“マジのマジ”でしょ流れ的に」
「あの、その前にお化けが苦手なのは否定しないんですね環さん?」
「え?まぁ~別にこんなことで嘘ついたって仕方ないし」
「ははっ、もうお化けが駄目なのマジのマジで超カワイイ~!」
「ちょっ、頭撫でるな恥ずいから!」
「確かに、ギャップがあって可愛いかも」
「永瀬さんも乗らなくていいって!」
撮影が終わった女子組はお化けの話題で盛り上がっているらしく、堀宮から俺も結構な頻度でやられている“頭なでなで”をやられてお手本のようなリアクションで困惑する蓮を中心に、撮影が行われているテーブル席に座りながらわちゃわちゃと盛り上がる。にしても、蓮ってお化け苦手だったのか。何気に知らなかったし、地味に意外だ。
「女子3人、セッティングするのでそこから離れてください」
休憩時間になってもなかなか撮影で使うテーブル席から離れないでいる3人に、黛が少しだけ語気を強めて“見物用”と化している周りのテーブル席に移動するように促すと、蓮たち女子組は休み時間の終わりと同時に先生が教室に入ってきたかのようにスッと話を終わらせて椅子から立ち上がる。何となくこういうところを見ていると、芸能人だろうと高校生は高校生なんだなと“現役”の俺は思う。
「・・・・・・」
と、無意識に耽りながら何気なく撮影を終えて休憩に入る3人の様子を目で追っていたら、別のテーブル席に移動しようと席を立ちあがった蓮と不意に目が合った。
「・・・・・・」
俺と目が合うのと同時に、蓮も一瞬だけ立ち止まった。
それは1秒にも満たないほどの一瞬だったけれど、その瞬間だけは今いる世界に
「・・・・・・!」
ハッと我に返って、俺は蓮から視線を外す。それと同時に、蓮もまた少しだけ気まずそうに視線を逸らしてすぐに堀宮と永瀬の2人と一緒のテーブル席へと足を進めていく。いつもと少しだけ様子の違う親友に一瞬だけ頭が混乱しかけたが、昨日メールで“明日だけは撮影が終わるまで話しかけないで欲しい”と言っていたことを思い出して冷静になる。考えてみれば根っからのムードメーカーな蓮と言えど初日はそれだけ緊張するという、たったそれだけのことだ。
“『私が“いま好きな人がいる”って言ったら、憬はどうする?』”
本当に、それだけなのか?
「サトル」
我に返ったばかりの俺に、撮影のときと同じく右隣のイスに座る一色が声をかける。分かっている。とても自分1人ではコントロールの出来ない疑心暗鬼に似た感情を心の奥で抱え続けながらここに立つ俺が、メインキャストの中で一番余裕がないということ。
「オレたちもそろそろスタンバるぜ」
「・・・おう」
だけど俺は役者だから、必ず“これ”を芝居にしてみせる。
「では続いて新太、純也、奥田のシーンの撮影に入ります」
黛の声を合図に俺はイスから立ち上がり、撮影に向けて少しずつ意識を“純也の感情”へと落とし込んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「本日の撮影はこれで以上です!キャストの皆さまはお疲れ様でした!」
17時35分_ドラマ『ユースフル・デイズ』初日_撮影終了_
「お疲れさま~男子諸君」
時間は午後の5時半を少し回ったあたり。初日の撮影を終えてスタッフたちが撤収作業に入る中で、Vチェックも含めた撮影が終わった俺と一色のところに堀宮と永瀬がやってきた。
「初日にしては順調な滑り出しだったんじゃない?」
「まあな。つってもオレらにかかれば楽勝だよなサトル?」
「勝手に俺を巻き込むな一色」
絡んできていきなり今日の撮影を軽い口ぶりで褒める堀宮と、わざと乗っかる一色に撮影終わりの俺は早速翻弄される。とりあえず初日の撮影に関しては“楽勝”と言われると語弊があるものの、堀宮の言う通り“男子組”も順調に最後まで進めることができた。
「それより、俺たちにかかれば楽勝だって言うなら新井も忘れんなよ?」
「ハハッ、分かってるって」
もちろん今日の撮影が上手くいったのは俺と一色だけじゃなく、新井というもう一人のムードメーカーがちゃんと良い芝居をしてくれたおかげもある。
「ユーダイ!マジで最高だったぜ!」
「あざす!」
「さとる、この2人っていつの間に意気投合したの?」
「さあ?俺には分からないんで直接聞いてください(なんで本人が目の前にいるのに直接聞かないんだこの人?)」
そのことを直接言ったら、一色は素直にその場で助演組に屯している新井へ親指を立て大声で感謝を告げる。芝居の“巧さ”はともかく、相変わらずこの王子は言動も行動も高慢かつエキセントリックじみていて何を考えているのか全く読めない。ただ共演して見て今日分かったことは、自分なりとはいえこいつはちゃんと人のことを気遣える“大人”だということだろうか。
「あの・・・」
そんな具合で一日の撮影が終わって気分がいつもより開放的になっていたところに、至って真面目なトーンの永瀬がこれまた真面目な顔をして話を始める。表情を視た瞬間から、言いたいことは何となく予想できた。
「午前中の撮影のときはNGを出してしまいましたが、自分なりに亜美の役を最後まで演り切ろうって気持ちだけは本気なので・・・そこも含めて明日からもよろしくお願いします」
軽く頭を下げながら、話を聞く俺たち3人をそれぞれ見つめながら永瀬は改めて自身の心意気を告げる。言われるまでもなく、少なくとも俺はこの人が本気でこのドラマに臨んでいることは知っている。
「あははっ、今更言わなくたってあたしたちには分かるよ。あずさが真剣にお芝居をしてるってこと」
その気持ちを代弁するように、堀宮は永瀬へいつもの明るい表情を向ける。今更ながら、よくこんなにも個性がバラバラな4人がメインキャストに選ばれたなと、俺はふと思う。
「うん。ありがとう杏子」
ただ気になるのは、読み合わせのときからどことなく堀宮と永瀬の2人に何とも言えない“距離感”を感じるということ。そもそも普段の2人がどれだけ仲良くしているかを俺は知らないから案の定憶測になってしまうのだけど、この4人でお台場にお忍びで遊びに行ったときはもう少しお互いの距離が“近い”ような感じがした。
“『あずさはそこまで肝は据わってないよ』”
「じゃ、オレとあずさは仲良くこの後に予定入ってるからそろそろお暇するわ」
「マジで?
「それはホリミィとサトルもだろ?てことで割とガチめに急ぎだから2人ともお疲れ」
「お疲れ様でした」
「お疲れ~」「お疲れ様です」
撮影が終わって程なく、2人揃ってこの後にも仕事があるという“スターズ組”はそそくさと帰り、俺はまた堀宮と2人だけになった。まぁ、正確に言うと少し離れたところに蓮と新井を含めた助演組がいるのだが。
「さて、俺たちも帰りましょう。明日も明日で撮影がありますので」
どっちにしろ今日の予定がもうない俺らも俺らでここに留まる理由なんてないから、後は私服に着替えて真っ直ぐお家へ帰るだけだ。
「・・・ねえ、さとる」
と、スターズの2人が帰ったタイミングを待ち構えていたかのように、堀宮は俺の前に立って悪戯に笑いかける。もうこの時点で、“何かしらの用がある”ことを俺は察した。
「どうしてもさとると2人だけで話したくなったからさ・・・着替える前にちょっとだけ付き合ってくれない?」
2人きり、何も起きない、はずもなく?_
魔男のイチ、読みました。原作が『魔入りました!入間くん』の西先生の時点で間違いなく面白いだろうとは思っていましたが・・・4年の歳月を経て更に洗練さを増した宇佐崎先生の作画も相まって、文句無しに最高の1話でした。まだ1話しか読んでいませんが、もしかしたらマジでジャンプの看板になっていくかもしれないと1話の時点で予感させるほどの衝撃を覚えました。それぐらい、マジで面白いです。
ただそれでも、やっぱりアクタージュは一大ムーブメントを巻き起こしている【推しの子】と双璧を成すほどの看板作品になり得るはずの傑作だったと今でも思っています。原作者のことを考えると複雑な思いではありますが、リアルタイムで触れてきた読者としては魔男のイチという作品を通じて、アクタージュを知らない人にも“実はかつてジャンプにはこんなにも素晴らしい作品があったんだよ”という事実が少しでも伝わっていけばいいなと、僕は思います。
どうか魔男のイチがジャンプの看板と呼べるほどの作品になって宇佐崎先生とアクタージュが報われることを祈りながら、ジャンプのこれからを見守っていきたいと思います。