或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.106 どっちが好き?

 「ユーダイ!マジで最高だったぜ!

 「あざす!」

 

 初日の撮影が全部終わってスタッフの人たちが撤収作業を始める中、少し離れたところでメインキャスト組4人で集まっていた一色さんがちょうど私のすぐ近くにいた新井くんへ大声で話しかけて、新井くんもそれに威勢よく答える。3年と少しこの芸能界で女優をやってきて分かったことだけど、どうやら1日の撮影が終わると演者のみんながいつもより開放的になるのはどこの撮影現場に行っても一緒みたいだ。

 

 「新井くんって一色さんと仲良いよね?」

 「それ、夕野っちからもさっき言われたばっかだよ」

 「マジ?」

 「大マジ。そんな意外に見えんのかな俺って?」

 「さあ?どうだろうね?」

 

 今日一日で知らないうちに一色さんと仲良くなっていたことを直接言ってみると、憬からも同じようなことを言われたと新井くんは私に明かした。高校に入って同じクラスにはなったものの、昼休みは基本的に男子と女子(※主に伊織)で分かれているか、たまに屋上で憬と話すか、そもそも撮影で学校にいないか・・・と、ここ1ヶ月はそんな感じだから、実は新井くんとこうして1対1で話すのは今日がほぼ初めてだったりする。

 

 「ちなみに環さんは意外だと思う?」

 「私?いや、まず私に聞く意味あるそれ?」

 「ついでで気になった」

 「ついでって・・・」

 

 そして新井くんは何故か、私にもそのことを聞いてきた。ただ普段から憬とよく一緒に話しては笑っているところを見ているから、特に私は新井くんが一色さんと仲良くなるのに不思議さは感じない。

 

 「別に私は意外だなんて思わないよ。ほら、新井くんって割と普段から教室にいると色んな人と楽しそうに話してるじゃん。憬ともだけど」

 

 それ故なのか、もしかしたら私と新井くんがそれぞれ凪子と奥田という主役の4人にとっての“友達”ポジションに選ばれたのは人間性の部分もあるのかなと、一瞬だけ思ってしまった。

 

 「それに、そんなふうに誰とでも仲良く出来る新井くんだから奥田が務まるって私は思う」

 

 まぁ、絶対違うだろうからその考えは一瞬で頭の中から消えて行ったけれど。

 

 「そっか。環さんからそう言われると何か嬉しいわ、俺」

 

 答えるついでに役のことを褒めると、隣に立つ新井くんは“あそこ”にいる誰かのような嘘のない笑顔で私に笑いかける。まともに会話するのは今日が初めてだけど、何となく憬と気が合いそうな性格をしてるのはこの明るい雰囲気で分かるし、何気に私より芸歴が長くて振る舞いに余裕がある新井くんがいるからこそ、最初は完全にメインとその他で分かれてピリピリしていた現場の空気も次第に明るくなりつつある。

 

 「ははっ、どういたしまして」

 

 だけど新井くんを見ていると、まだ芸能界(この世界)に入る前の“クラスのマドンナ”だったころの自分の姿が頭の中に浮かんでくるから、懐かしいけど少しだけ複雑な気持ちにもなったりする。

 

 

 

 

 

 

 “『凄いじゃん蓮!グランプリ獲るなんて』”

 “『いやー、何か気がついたら獲れちゃったんだよね』”

 “『え~やばっ!』”

 “『やっぱり蓮ちゃんは可愛いからな~』”

 “『まぁね』”

 “『てことはこれで芸能界デビューじゃん!?』”

 “『ねぇ?映画とかドラマとかってもう決まってんの?』”

 “『あははっ、そんなにすぐには決まらないよ』”

 

 

 

 “『でも、私がこうしてデビュー出来たのは、憬の“おかげ”だよ』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・そうだ環さん。唐突にいま思い出したんだけど今日すげぇ面白い夢見たんだよ俺」

 「ホントに唐突だね」

 

 そんなオンオフ関係なくいつも明るくて気さくな新井くんが、今朝に見た夢の話を明らかに意味あり気なテンションで唐突に始めてきた。にしてもマジで唐突だったから、私はちょっとだけ面を食う恰好になった。

 

 「あーでも、面白いっていうよりかはすげえって感じかな?」

 「面白いが抜けた」

 「いや、やっぱ面白い夢か?」

 「どっちでもいいから早くどんな夢か教えてよ新井くん」

 

 挙句に面白いかすげえかでもったいぶって悩むリアルガチのクラスメイトを、どっちでもいいと半分くらい本気で私は急かす。

 

 「・・・やべぇ何だっけ?」

 「嘘でしょここまできて?」

 「3分間待ってくれ。絶対思い出す」

 「3分待ってくれるのはム●カ大佐だけだよ新井くん

 

 なんて茶番じみたことをしていたら、散々もったいぶった挙句に新井くんはどっかで聞いたことのある台詞と一緒に肝心の夢を忘れてしまったことを私に言ってきた。もう芸能界に3年以上はいるからすっかり慣れっこだけど、やっぱり新井くんも例に漏れず感性が普通の人とは少しズレている。もちろんそこが憬や伊織とはまた違う意味で面白いから、こうやってただ話しているだけでも何だか気分が楽しくなる。

 

 「というか私たちもそろそろ帰らないとだから30秒で思い出して」

 

 そんな忘れた夢を思い出そうとする新井くんを急かしながら少し離れたところに立つ憬のほうへと意識を向けると、ちょうど一色さんと永瀬さんが先に帰り憬と堀宮さんが2人だけになるところだった。

 

 “そういえば昨日送ったメール、憬はどう思ったんだろう・・・”

 

 同時に、昨日の夜に憬へ送ったメールのことを不意に思い出した。なんて送ろうか20分くらい悩んだ挙句に送った、前日で気持ちが立っていたせいで思った以上にシリアスになってしまったメール。

 

 

 

 “『ごめん。明日だけは撮影が終わるまで話しかけないで欲しい_』”

 

 “『分かった。お互いに良い芝居したいしな_』”

 

 

 

 憬はちゃんと“分かった”って返してくれたし、芝居はいつも通りの平常運転で最後までちゃんと純也になりきっていたけど、今日の撮影が終わって振り返るとやっぱり突き放してしまったように思えて、何だか心の中がモヤモヤする。そんなつもりは1ミリもないのに、感情が視えない文字数の限られた言葉だけじゃ思うように伝わらない。かと言って後で謝るのも、それはそれで違う気がする。

 

 

 

 “『サンキュー_』”

 

 

 

 ひょっとしたら私はメールで会話することが苦手なのかもしれない・・・それだけかもしれないと思えたら気持ちは楽だけど、思うように伝わってないんじゃないかと勝手に不安になる自分のもどかしさが(あいつ)との距離をそのまま私に示しているみたいで、何だか悔しくて胸の辺りが痛む。

 

 

 

 じゃあ、撮影の合間に一瞬だけ目が合ったときの憬の表情は、いったい何?

 

 

 

 「あ~はいはい、思い出したわ」

 「全く、新井くんって意外と人騒がせなとこあるよね?」

 「悪い悪い」

 

 堀宮さんと2人だけになった憬を遠巻きで見て何だか“センチ”になっていたところに、夢の中身を思い出した新井くんの嬉しそうな声が聞こえて意識と視線を隣に移す。さすがに憬には負けるけど、新井くんも中々に人騒がせなところがありそうだ。

 

 「じゃあ早速聞かせてもらいましょうか?すげえ面白い夢ってやつ」

 

 ともかく今日は何だか出番の割に疲れたから、新井くんの見た夢の話を聞いたらさっさと帰ろう。

 

 「・・・このドラマってさ、最終的に夕野っちが演じてる純也の彼女になる雅の役を演じてるのって堀宮さんじゃん」

 

 っていう軽い気持ちで、私はその夢に耳を傾けた。

 

 「その夕野っちの隣に立ってる雅がさ、堀宮さんじゃなくて環さんだった・・・・・・っていう夢

 「・・・・・・

 

 新井くんの口から明かされた夢は、聞かされたこっちの気持ちが整理出来なくなるくらいには“すげえ”夢だった。

 

 「どうよ?すげえ面白くね?」

 「私の隣にいるのがあいつかぁ・・・確かにすげえ面白いかも」

 

 どうにか表向きだけは平然を装って役者らしくそれっぽいリアクションで返してみるものの、何というかもう、夢の内容が内容だけに考えることを放棄したいくらい心の中はハチャメチャだ。

 

 「だけどさ・・・雅になって純也の隣にいた環さんも、夢だけど“本家”に負けないくらい超似合ってた・・・

 

 何てことなどつゆも知らない新井くんは、容赦なく無意識に追い打ちをかける。というか、私も私でどうして“憬と私が主演同士で共演してる夢を見た”っていう話を聞いただけでこんなに動揺してるのか、意味が分からない。そもそもこんなのただの夢じゃん。ただ夢の中で、憬と私が純也と雅を演じてるだけのことじゃん。

 

 「・・・そう、なんだ

 

 思わぬ夢の内容に混乱しかけた頭と心を“たかが夢だ”と落ち着かせて、私は再び憬のいるほうへと視線を移す。

 

 “・・・憬・・・

 

 視線を移した先に見えたのは、憬と堀宮さんが並んで歩きながらカフェテリアを出ていく後ろ姿だった。

 

 “・・・待って・・・

 

 その光景が目に飛び込んだ瞬間、無意識に身体は2人が立ち去る方向へ一歩を踏み出し、手を伸ばそうとした。

 

 

 

 “【へぇ~、陸上やってるんだ亜美ちゃんって】”

 

 私が芝居をしているときも、カットがかかって黛さんからの指示を受けているときも、憬は“相手役”の堀宮さんじゃなくて私のことを視ていたのは、少し離れた場所から感じる気配で分かっていた。どうして堀宮さんじゃなくて私を視てるんだろうと思ったけれど、午前の撮影で同じように私も憬の芝居を視ていたから、きっとそういうことなんだろうと思っていた。

 

 “『女子3人、セッティングするのでそこから離れてください』”

 

 だけど私たち女子組の撮影が一旦終わって男子組の撮影準備へと入るとき、堀宮さんと永瀬さんに続いて席を立ってカメラ外のテーブル席に移動しようとしたところで、不意に私たちの撮影を見物していた憬と目が合った。

 

 「・・・・・・

 

 目が合った瞬間、視線の先にいたのは私のよく知っている親友じゃなくて、今まで全く見たことのなかった表情(かお)をした憬だった。

 

 

 

 それは1秒にも満たないほどの一瞬だったけれど、その瞬間だけは今いる世界に自分(わたし)たち2人しかいないような、そんな気がした。

 

 

 

 「環さん」

 「・・・?」

 

 足が一歩を踏み出そうとしたところで、新井くんの声が聞こえて我に戻って立ち止まる。いったい私は何をしようとしてたのか。ひとつだけ分かるのは、堀宮さんと一緒にカフェテリアから出ていく憬を、私は無意識に追いかけようとしたこと。

 

 「もう、今度はなに?」

 「とりあえず夕野っちたちも撤収したっぽいし、そろそろ俺たちも帰ろうぜ」

 

 憬と堀宮さんが歩いていたあたりにもう一度目を向けると、2人はもうカフェテリアの外に出た後だった。そんな2人をどうして追いかけようとしたのかなんて、自分でも分からない。だけど、憬と堀宮さんが2人で並んで歩いているところが目に留まったとき、生まれて初めて体感する言葉にできないモヤモヤとした感情が身体中を巡った。もちろん一瞬だけ感じたあの感情が何だったのか、生まれて初めての感情だから何にも分からないけれど、“それ”に駆られた私は憬のことを追いかけようとした。別に、共演者同士が1対1で話すことなんてありふれた話なのに。

 

 

 

 

 

 

 もう素直になって認めちゃえば?本当の気持ち・・・

 

 

 

 

 

 

 「そうだね。何だか今日は色々あって疲れたし、さっさと帰りますか」

 

 きっと今日は永瀬さんとのこととか昨日からずっと気を張っていたせいで疲れているだけだと自分に言い聞かせて、私は2人のことは追わずにそのままカフェテリアから出た。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「なんかさ、こうやって制服着て2人で中庭歩いてるとあたしたちがマジのマジで彼氏と彼女に見えてこない?」

 「多分それ、杏子さんだけです」

 「うわ冷たっ」

 「まだ“純也と雅(おれたち)”はそこまで進んでないでしょ」

 

 撮影が終わって後は衣装の制服から私服に着替えて帰るだけというところで、俺は堀宮から“2人だけで話したくなった”と半ば強引に付き合わされる形で中庭を歩いていた。

 

 「で?どうして中庭なんですか?」

 「ん?いやほら、あたしだけこのキャンバスの中庭まだ見れてなかったからさ」

 「そんな気はしたけどマジでしょうもないな・・・」

 

 ちなみに堀宮がどうしてわざわざ話す場所を中庭にしたのかは何となく予想はしていたけれど、あまりに予想通り過ぎて正直しょうもないし、俺にとってはまさかの本日2度目の中庭である。

 

 「ちょうどいいからここのベンチに座ろ?さとる」

 「座りながら聞かないでください」

 

 中庭の真ん中にある噴水のオブジェの周りを囲むように置かれたベンチの一角まで来たところで、堀宮が“座ろ?”と言いながらすぐ近くにあったベンチに座る。“一番近い関係の後輩”と2人きりになると普段以上に我儘になる先輩女優の振る舞いにはもう特に何とも思わなくなるくらいには慣れてしまった俺は、堀宮のボケにツッコみながら1人分のスペースを開けて同じベンチに座る。

 

 「いや~今日は疲れたね?」

 「ですね」

 「終わってみればさとるもNGなしで絶好調ときた」

 「絶好調ってほどでもないです」

 「マジであたしの心配返せってくらいだったよ今日のさとる」

 「それは悪かったですね」

 「リアクション冷たっ。一応褒めてるんですけど?」

 「分かり切った上です」

 

 そしてベンチに座って、夕暮れに差し掛かった空を見上げるように今日の撮影を淡々と振り返る。もしこういう会話がわざわざ俺に言いたかったことだとしたら即帰宅してやろうかと思うが、堀宮のことだから何かの“”があるのは俺には分かる。

 

 「ま、あたしはさとるだったら本番までには仕上げてくるって最初から信じてたけどね?」

 「・・・そうですか」

 

 それに俺もまた堀宮へ“聞いておきたい”ことがあるから、寧ろ好都合だ。

 

 「じゃあ前フリはこのくらいにしてぇ、さとる君にど~しても聞きたいこと、そろそろ杏子先輩が聞いちゃおっかな♪」

 「いきなり何すかそのぶりっ子みたいなキャラ・・・」

 

 さっきから反応が薄い俺に痺れを切らしたのかは定かじゃないが、左に座る堀宮は人差し指を口元のあたりに当てながら1トーン声を高くしたぶりっ子のノリで “前フリ”を終わらせる。褒めるつもりはないけれど、漫画の世界にしかいないだろと言いたくなるレベルの痛いノリでも“そういう演技”と意識すれば何だかんだ絵になってしまうところが、この人の恐ろしいところだ。

 

 「でねぇさとる君♪」

 「そのノリで行くんだったらマジで帰ります」

 「あはは~ごめんごめん、撮影とか一日の仕事が終わったときのあたしっていっつもテンションがおかしくなるのよね~」

 「明らかにわざとなのは分かってるわ」

 

 たださすがにこのキャラのまま話を続けられても内容は1ミリも頭に入って来ないし、俺の共感性羞恥もそろそろ限界だから軽く脅しをかけてキャンセルさせた。

 

 「聞きたいなら早く聞いてくださいよ。マネージャーを待たすわけにもいかないんで」

 「も~分かってるってさとるはワガママだなぁ」

 「我儘なのはどっちだよ?

 

 半ば投げやりな態度で返す俺の頭を、声のトーンを戻した堀宮が優しく撫でる。やられ始めたときは恥ずかしいからツッコんでいたけど、これも今じゃやられ慣れてしまったせいで周りに誰もいないときはポーカーフェイスで軽く受け流せるようになった。

 

 「・・・“秘策”を始めたときからずっと気になってるんだけどさ・・・・・・ぶっちゃけさとるって“どっちが好き”なの?

 

 

 

 

 

 

 “『あたしが演じる雅のこと、本気で“好き”になってよ』”

 

 

 

 

 

 

 「“どっちが好き”・・・って、どういうことですか?」

 「“とぼける”のはナシだよ。さとる

 

 いきなり投げかけられた本題(メイン)の話に一旦答えるのを避けようとした俺の言葉を遮って、頭から手を離した堀宮が追い打つ。隣に座る俺を横目で微笑みながら見つめる碧眼に宿る感情は、やはり“マジ”だ。

 

 「だって、“余裕がない”のは自分が一番よく分かってるはずじゃない?

 

 “この眼”をしているときの堀宮からは、基本的には逃げられない。

 

 「・・・杏子さんこそ俺に“隠してる”ことがあるんじゃないですか?」

 「ん?どうして?」

 

 だからこっちも、今しかないタイミングを使って逃げずに堀宮へ聞きたかったことを聞く。

 

 「もしかしたら永瀬さんと“何か”あったんじゃないかって、今日一日見てて思ったんです」

 「午後の撮影のときはずっと蓮ちゃんのこと見てたくせに分かるものなの?」

 「“ずっと”じゃないです」

 「あはっ、蓮ちゃんを一番に見てたことを否定しないのがさとるらしいね」

 

 逆に問われた堀宮の感情が、僅かばかりに綻ぶ。もう1年半近く先輩後輩としての付き合いが続いているにも関わらず、俺は未だにこの人が何を考えているのか読めなくなる瞬間が多々ある。

 

 「じゃあ、どうしてさとるは“あたしたち”を見てそう思ったの?」

 

 ただ、先輩後輩という関係がここまで続いてきたからこそ、裏表が激しいこの人の“”がわかり始めた。

 

 「“距離”を感じたんです。杏子さんと永瀬さんとの間に・・・

 

 

 

 “『もうほんっと“頑張り屋さん”なんだから、あずさは・・・』”

 

 “『で、あずさはどうするの?』”

 

 “『・・・あずさはそこまで肝は据わってないよ』”

 

 

 

 「だからそれはこの前さとるにも話したとおり、あずさのほうから役作りを兼ねて少し距離を置きたい」

 「それだけじゃないですよね?

 

 さっきの仕返しのつもりなのかは知らないけれど、さとるはあたしの言い訳を語気を強めた言葉でシャットアウトしてきた。

 

 「教えてください・・・“何が”あったのか

 

 そしてまたしても仕返しとばかりに、右に座るさとるはあたしに鋭く横目で視線を向けて堂々と言い放つ。恋愛に関しては一色先輩から発破をかけられてようやく本当の気持ちを自覚するぐらいには鈍感なくせに、些細な感情の変化から心を読み解く勘だけは異様に鋭いのが、この子の恐ろしいところだ。

 

 「どうしても気になるんだったらあずさから直接聞けば?」

 「杏子さんだから意味があるんです」

 

 何より厄介なのは、あたしたちのことを知ろうとするのは関係を取り持つことではなく、一貫して自分の役作りのためだけに行動しているということ。本人へ指摘したら“あんたほどじゃない”ときっと言われるだろうけど、純粋だから故にある意味でさとるはあたし以上に手段を択ばない“エゴイスト”で、芝居の世界に魅入られた“悪魔”のように思える。だからこそ、上手く利用すればするほどこの子は良い芝居をしてくれるのが手に取るように分かるから、あたしにとっては最高の共演者(踏み台)だ。

 

 「俺は新太ではなく、幼馴染の純也なので・・・

 

 

 

 こうして蓮ちゃんへの想いを自覚してしまった今、さとるは雅のことを物語序盤の純也と同じくただの幼馴染のようにしか視れなくなって、あたしへの態度も“秘策”を始めたばかりのときと比べてまたいつも通りに戻ってしまった・・・だけど今はこれでいい。ここから少しずつ役に落とし込むためだけの“好き”という気持ちを、蓮ちゃんからあたしのほうへと向けさせる。その“少しずつ”がさとると純也がひとつになっていくための重要な“ピース”になる・・・

 

 

 

 “・・・さて、先輩がさとるに分からせてくれたからもうあたしにやれることはないって思ってたけど・・・せっかくだからあと“一波乱”だけ起こしますか・・・

 

 

 

 「なるほど・・・さとるはそこまでしてあたしのことを好きになろうとしているんだね?

 

 どうして永瀬じゃ駄目なのか、それを抽象的な理由で打ち明けると堀宮は優しい口調で言葉を返して微笑む。ついさっきまで向けられていた黒い感情はその瞳からはもう抜けていた。やはり、永瀬とのことを俺に教えるつもりは毛頭もないらしい。

 

 「でも、まだまださとるには教えられないかな?」

 「そう来ると思いましたよ。今“それ”を知ってしまうのは俺的にも違うんで」

 

 もちろん“いまの俺”には教えてくれないだろうというのは、聞く前から分かっていた。何故なら純也と雅(おれたち)は、まだその感情を自覚していないからだ。

 

 「ははっ、人のことワガママ呼ばわりしてるけどさとるもまあまあ大概じゃん」

 

 俺から理由を一通り聞いた堀宮はベンチから立ち上がり、バレリーナのような軽い足取りで身体の向きを変えてベンチに座ったままの俺の前に立つ。見慣れたつもりでいても、さり気なく魅せてくるこういう所作(アクション)は見せびらかされるたびに綺麗だと思ってしまう。普段の振る舞いのせいでほとんど忘れかけていたが、この人は今をときめく清純派女優だ。

 

 「もちろんあたしは信じてるよ。さとるが蓮ちゃんへの気持ちを純也に昇華して、撮影終了(クランクアップ)までにあたしのことを本気で好きになってくれること

 

 そしてベンチに座る俺を見下ろしながら、堀宮は眩しいくらいに明るい表情でニッと白い歯を見せるように笑う。

 

 「あくまで杏子さん自身ではなく、“杏子さんが演じる雅”にですけどね?」

 「も~そんなの言われなくても分かるやつだっての。言っとくけどそこまであたしは馬鹿じゃないよさとる君?」

 「誰も杏子さんが馬鹿だなんて言ってないですよ(たまに“バカ”なときはあるけど)」

 

 これでも俺は物心がついたときから人を外見だけでは選ばないタイプだと自負しているものの、やっぱり曇りのない笑顔で笑う堀宮は特に可愛いと思う。無論、この人の本当の良さは演技派と評される芝居のほうだけれど、清純派として本気を出したときのこの人の綺麗さをこうやって見ていると、芸能界でブレイクしたのが必然だったことが本当に分かる。

 

 「ただ、永瀬さんじゃないですけど・・・・・・気持ちは“本気”です

 

 それでも、どれだけ外見が綺麗でも、ふと見せる表情が素敵でも、どれだけ性格が良くて優しくても、どれだけ長い付き合いでも、その人を好きになれるとは限らない。“好き”という気持ちがここまで気まぐれで複雑なものだったとは、ついこの間まで知らなかった。

 

 「・・・そっか

 

 

 

 

 

 

 “『やっぱり君は“まだまだ”だね』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・さとる

 

 頭の中にまた不意に現れた蓮の姿を上書きするように目の前から名前を呼ぶ声が聞こえると、堀宮は少ししゃがんで顔だけを俺の眼前へと近づける。案の定、キスする1秒前ほどの距離感で俺の眼を凝視する碧眼に映るのは“あの感情”・・・ではなく、いつものキラキラと晴れ渡った“曇りのない笑み”だった。

 

 「あたしたちって・・・“付き合ってる”よね?

 「・・・・・・・・・はい

 

 不気味なまでに曇りのない笑顔で迫られる、“はい”か“いいえ”かの二者択一。5秒ほど凝視する感情と対峙しながら答えるべき選択を考え、俺は堀宮からの問いに“はい”と答えた。もちろん俺が“はい”と答えたのは役者勘のような直感的なものではなくて、そう答える“理由”が俺と堀宮にはあるからだ。

 

 「ふふっ、な~んだわかってんじゃん」

 

 俺が“はい”と答えると、堀宮は眼前に近づけていた顔を俺から離して得意げな口ぶりで悪戯に笑う。求めていた“答え”が返ってきたのか、あるいは初日の撮影が上手くいったからか、今日は特に機嫌が良い。

 

 「ごめんね無理やり付き合わせちゃって。聞きたいことも聞けたしそろそろ帰ろっか」

 「いいんですか?まだ俺の答え聞いてないと思うんですけど?」

 「聞いてないのは“お互い様”でしょ?」

 「まぁ、そうですね」

 「さあ早く立った立った」

 「無理やり付き合わせた分際で偉そうだなアンタ

 

 蓮と永瀬が昼休みに人知れずひと悶着を起こしたり、撮影終わりに上機嫌な先輩の我儘に半ば付き合わせられたりしながらも、初日の撮影は特にトラブルが起きることなく順調に終わった。結果だけを見れば俺たちメインキャストは上々の滑り出しでスタートを切れたと言えるところだろう。

 

 「だってあたしはさとるの“先輩”だから」

 「だとしたらマジのマジで“ハズレ”だわこの先輩・・・」

 

 こうして上機嫌な堀宮に急かされながらベンチを立った俺は、スターズ組から少し遅れて撮影現場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ憬は、また私に嘘をつくんだね・・・」

 

 

 

 だがこのときの俺は、堀宮からの問いに“はい”と答えたせいで蓮との間に“あの日”以上の亀裂が走ることになるなんて、全く思いもしていなかった。




何を企む?堀宮杏子_



ハーメルンで小説を書き始めて早3年と2か月。あくまで趣味としてずっとマイペースに書き続けてきたから肝心の文章力は3年経っても相変わらず進歩のないカスのままだし、3年書き続けて日間ランキングに載ったのがトータルでたった1,2日だけというまあまあ底辺な体たらくですが、これからも自分なりに他の誰とも被らないアクタージュを書いていきますのでよろしくお願いします。

ということで本編は2018年に一旦戻ります。
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