或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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世代的に2年弱くらいでしたが、視聴者として大山さんの演じるドラえもんをリアルタイムで観れたことは本当に誇りです。ありがとうございました。


#014. たまには

 “『母さん。今日は千夜子も遊びに来たよ』”

 

 生きていく上において、一番“残酷”な思い出というのはいったい何なのか。例えば家族の誰かが不治の病や事故、あるいは事件に巻き込まれて帰らぬ人になる。何十年もかけて自ら積み上げてきた栄光と功績をたった一度の過ちで全て失う。恋人や親友に裏切られて昨日までの思い出がぐちゃぐちゃになる・・・といった感じに、その瞬間はきっとこの世界にいる人たちの数だけ多種多様にある。

 

 “『おばあちゃん!久しぶりっ!』”

 

 だけど人の数だけ存在する思い出の中でも一番残酷なのは、大切にしてくれた人が相手のことを“忘れてしまう”ことだって、わたしは思う。その人は今もまだちゃんと生きているのに、自分の存在(こと)を忘れてしまう。これは誰が何を言おうと、自分にとっての大切な人を亡くすこと以上に残酷なことだと“あの日”からわたしはずっと思っている。

 

 “『・・・小夜子・・・この可愛らしいお嬢ちゃんは、誰かしら?』”

 

 

 

 そんなわたしの“残酷”な思い出は・・・おばあちゃんとの思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・出ないな。千夜子のやつ」

 

 朝の4時半。一般的なモーニングコールにしては早めの時間に、朝から仕事がある日のルーティンとして千夜子へ電話を掛けるが、今日は1分経っても出る気配がない。いつもだったらとっくに起きてるはずの千夜子は3コール以内に必ず俺からのモーニングコールに出てくれるのに、さては珍しく寝坊でもしたのだろうか。

 

 「っし、久しぶりに起こしに行くか」

 

 一切出る気配のない電話に寝坊したと判断した俺は、寝起きで“あるがまま”の姿になっている上半身にトップスを着せて外を出歩ける最低限の服装を纏い、大雑把に寝ぐせを直しながらリビングの棚に保管している千夜子の部屋の合鍵(スペアキー)を取って隣の部屋へと向かう。いくら日頃から“完全無欠な天使”を演じていると言えど、所詮は人間だから寝坊ぐらいはするものだ。

 

 “・・・なんだか懐かしいな・・・”

 

 千夜子が住む3412のドアを前に、同じように珍しく寝坊した千夜子を起こしにこの部屋へと入った去年の春の記憶が頭を駆け巡り、軽い懐かしさを覚えた。こういう些細なデジャブに懐かしさを感じてしまうのは俺がまたひとつ大人になったということなのか、それとも単純に年を取ったということなのか。日々のトレーニングでどれだけ身体が若々しさを保とうとも精神(こころ)は相応に年を重ねていくと、天使が大人へと成長していくたびに思う。気が付けば30代も折り返しだ。芸能界じゃまだようやく若手を脱したぐらいの部類だろうが、一般的に見ればもうそれなりに“いい大人”だ。

 

 ピッ_

 

 なんて感傷に耽るのもほどほどにして、スペアのカードキーをドアノブのセンサーにかざして中へと入る。こっちはこっちで今日も今日とてドラマの撮影だから、のんびりしている暇なんてない。

 

 ガサゴソッ_

 

 「!?・・・・・・はぁ・・・」

 

 3412の部屋へと入り、千夜子の眠る寝室へと歩く途中で夜行性の(けもの)が起こしにきた俺を閉ざされた部屋の奥からご丁寧に出迎えてくれたものだから、思わず口から出そうになった声を溜息で抑える。はっきり言って、一度も中を覗いたことすらない“この部屋”を通り過ぎるときは、生きた心地が全くしない。両親や知人からは俺と千夜子はよく似ていると言われているが、大の虫嫌いな俺とは違って虫やゲテモノ類が好きで、逆に車は寝れるくらい快適で静かだったら何だっていい(※そのせいで俺の愛車が不評なのは言うまでもない)と全く拘りがなかったりと、昔から俺と千夜子は本当に趣味や価値観がまるで真逆だ。

 

 

 

 わたしは王賀美さんや十夜さんのような天才になれる?

 

 →なれない。かわりにどんな手を使ってでも追いつくしかない。

 

 

 

 もちろん芸能界に入りたった1年で同世代の頂点(トップ)まで駆け上がった一色十夜(オレ)と、その俺が見ていた景色に10年かけて辿り着いた百城千世子(千夜子)は、役者としても真逆だ。

 

 

 

 「・・・・・・Zzz」

 

 前に起こしに来たときのような“寄り道”はせずに寝室の扉をそっと開けると、キャミソール(部屋着)姿の千夜子が掛け布団を乱雑に抱きしめながら胎児のように身体を丸めて小さく寝息を立てて眠っていた。いつもは天使のイメージが崩れない程度には寝相が良いこいつにしてはこれまた珍しく、人間臭さ全開の姿勢で寝てやがる。まぁ、これはこれで俺からすれば“天使”なのだけれど。

 

 「千夜子。そろそろ起きないと遅刻するぞ」

 

 いったいどんな夢を見ているかは知らないが、百城千世子として多忙を極める日常を送る千夜子にとって貴重な睡眠時間とはいえ起きてもらわないと色んな人に迷惑がかかるので、布団を抱きしめて眠るキャミソールから露出する肩に手をかけて揺さぶりながら声をかける。

 

 「千夜子・・・って、全然起きねえし」

 

 だが肝心の千夜子はよほど深い眠りにでも就いているのか、揺すってもなかなか起きてくれない。全く、こっちはこっちで撮影があるからさっさと朝食作って食べて支度して現場に行かなきゃいけないのに、呑気に爆睡こきやがって。

 

 「・・・Zzz」

 

 まあ、寝ているときの無防備な表情(かお)が相変わらず天使のように可愛いから、怒る気には全くなれないのだけれど。

 

 「ほんとにお前は、生まれたときから“罪な天使(おんな)”だな・・・」

 

 薄暗い部屋の照明に照らされる天使の頭を、優しく触れるようにそっと撫でる。ふわふわとした白銀の髪から伝わる、推定36度台のほのかに暖かな体温。早く起こさないといけないというのに、俺は何をやっているのか。

 

 「・・・ちゃん」

 「?」

 

 そのとき、小さく寝息を立てていた千夜子が誰かの名前を寝言で呼んだ。

 

 「・・・おばあちゃん・・・」

 

 そして夢を見ている“天使”の閉ざされた眼から、演技では流せない一筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。俺にとっては6年ぶりに見る、“本物”の涙。

 

 

 

 

 

 

 “『おばあちゃんが・・・おばあちゃんがわたしのこと忘れちゃった・・・・・・おばあちゃんがっ・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!』”

 

 

 

 

 

 

 「?」

 

 頬を伝う涙を拭おうとした俺の右手を、千夜子の左手がすがるように掴む。千夜子はいま、夢の中で6年前の“あの日”と同じように俺に抱きついて、泣きじゃくっている。

 

 「嫌だよ・・・おばあ、ちゃん・・・」

 

 11歳の子どもが受け入れるにはあまりにも残酷な辛い現実を目の当たりにしたあの日、受け入れることなんて出来ない悲しみに泣き疲れて眠るまで、千夜子は俺と両親にその感情を爆発させた。そしてあの日を最後に、千夜子は芝居以外では涙を見せることも落ち込んだ表情を見せることもなくなった。

 

 

 

 

 

 

 “『やっぱり・・・泣くんじゃなかった・・・・・・いつもみたいに笑えば良かったんだ・・・そしたらおばあちゃんはきっと・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「泣くなよ、()()()・・・天使に涙は似合わないぜ?

 

 悲しみの深層を彷徨うその意識に、敢えて俺は千夜子ではなく()()()に向けて話しかける。

 

 「・・・?」

 

 すると一筋の涙を流していた眼が、少しずつ夢から現実へと目覚めていくようにゆっくりと開き、涙で濡れた琥珀の瞳が掴んだ俺の右手を少し虚ろ気味に見つめる。どうやら俺の呼ぶ声はちゃんと千夜子に届いたらしい。

 

 「起きたか?千夜」

 

 バッ_

 

 意識が夢から現実へと完全に戻った瞬間、千夜子はパッと目を見開き掴んでいた手を離して声をかける俺の言葉を遮って飛び起きる。

 

 「・・・ねえ、いまって何時?」

 「朝6時」

 「さすがに嘘だよね?」

 「ホントは4時半を少し過ぎたあたり」

 「ほんと?」

 「ホントのホント」

 「・・・・・・あ、ほんとだ」

 

 悪い夢を見た直後でいつもの余裕がない千夜子は、“6時”とあからさまな嘘を吐く俺の言葉を真に受けてモーニングコールの前にアラームが鳴り終わった枕元のスマホの画面で本当の時間を確認して、堪らず安堵の表情を見せる。滅多に見ることができない天使が本気で取り乱した姿を見て、こいつもまだまだ等身大の女の子なんだなと俺は心の中で微笑む。

 

 「“いい夢”は見れたか?」

 

 スマホの画面に映されている時間を目にして普段の落ち着きを取り戻し始めた千夜子に、俺は見ていた夢の感想を聞く。

 

 「・・・わたしの顔を見て分からないかな?十夜さん?

 

 ベッドの上で膝を抱えたままスマホを置いた千夜子は、同じ視線にしゃがんだ俺に静かに笑いながら眼で苛立ちをぶつける。

 

 「分からないわけないだろ。俺も役者だ

 

 明らかに“1人にして”と言わんばかりに鋭く向ける視線を視て、“あの人”の夢を見て泣いているところを見られていたことを察しているのを俺は理解した。

 

 「演技以外で千夜子が泣いてるところ、久しぶりに見たよ」

 「夢の中で流す涙はノーカウントでしょ」

 「残念ながらそんな身勝手な理論は存在しないぞ、千夜子」

 「知ってる」

 

 あの日から一度も見せたことのなかった本当の涙のことを言うと、“城原家の天使”は意味の分からない持論で“ノーカウント”だとゴリ押す。世間はこいつのことを美少女だ天使だと言って孤高の存在に仕立て上げて煌びやかな表情だけにしか目を向けないが、俺にとっては見られたくないところを見られるとこんなふうに分かりやすく不機嫌になるくらいには人間臭くて、自分のことだけで手一杯な健気で可愛いただの姪っ子だ。

 

 「てことで天使もいい加減お目覚めなわけだから“王子”はこれで失礼するよ」

 「“オジサン”の間違いじゃなくて?」

 「それはどっちの意味で言ってんだ千夜子?」

 「そんなの自分で考えれば?」

 「じゃ、とりあえず良い意味ってことで捉えておくわ」

 「用が済んだなら早く出てって」

 「はいはい分かりましたよ天使様(いつになく荒ぶってんな今日は・・・)」

 

 悪い夢を見たあとにしょうもないいたずらを叔父から仕掛けられたせいで機嫌を損ねたままの千夜子を横目に、“寝坊を未然に防ぐ”という任務を果たした俺は捨て台詞を吐いてそのまま部屋から出る。

 

 「なあ、千夜子」

 「・・・何?」

 

 と見せかけて、寝室を出ようとするタイミングで俺は千夜子へ“ある提案”する。

 

 「たまには今日みたいに互いに仕事がある日も、同じテーブルで同じご飯を食べないか?

 

 もちろんこれは“あの人”の思い出を夢で見ながら辛そうな表情で魘される千夜子を見て、このままじゃまずいと直感して思い立ったことだ。

 

 「・・・まさかとは思うけどわたしに“同情”してる?」

 

 振り返った視線の先で、千夜子はベッドに座り込んだままそっぽを向いて問いかける。寝起きのせいだけじゃない普段よりも1トーンほど低い声が、悪い夢に魘されいつも以上に追い込まれた天使の抱える“孤独”を俺に伝える。こんなにも近くに千夜子(おまえ)の何もかもを受け止められる家族がいるというのに、どうしてお前は家族すらも遠ざけてまで“天使”になろうとする?

 

 

 

 一色家の“苦しみ”を背負うのは・・・俺で終わりにしたいのに。

 

 

 

 「同情じゃなくて“心配”な」

 

 大人へと近づいていくにつれて“孤高の天使”になっていく千夜子へ、今度は叔父として言葉をぶつける。

 

 「“そんな状態”で撮影なんかに臨んだら、納得のいく演技なんか出来ないのは自分でも分かるだろ」

 「現場に着くまでにはちゃんと切り替えるよ。ほんと十夜さんは心配性なんだから」

 「心配するのは当たり前だ。お前は俺にとって大切な“家族”だからな」

 

 今更ながら、家族という十字架に歯向かい続けたまま大人になった俺から“こんな言葉”が出てくるなんて思いもしなかった。きっと18の“オレ”が今の俺を見たら、軽蔑の1つや2つはするだろう。平穏だった家族をバラバラにしかけた(おまえ)が、何を罪滅ぼしみたいなことをしているのか。

 

 「これから役者としてどう生きていくか、それはあくまで千夜子の選ぶ生き方だから自分の好きにすればいいって、俺は思う・・・

 

 そう言いたければ好きなだけ言えばいい。少なくとも千夜子だけは、何があろうと俺が踏んできた轍は踏ませない。

 

 「けどさ・・・あんな夢を見て泣いたことを1人で背負い込むくらいなら、その痛みを少しくらいは頼れる人に分けてもいいんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 “『わたしって十夜さんみたいな“天才”なんかじゃなくて周りより少しだけ器用なだけの“普通の女の子”だから、これぐらいのことをしないとわたしはこの世界で“主役”になんてなれないんだよ・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「あとこう見えて俺、そうやってお前からそっぽ向かれるのって割と本気でショックだからよ」

 「・・・ぁははっ・・・もう、十夜さんが筋金入りの寂しがり屋なのは知ってるよ小さいときから」

 「筋金も寂しがりも余計だ」

 

 最後の最後で“王子様キャラ”も丸潰れの渾身の自虐で締めくくると、ようやく不機嫌な天使の感情に笑顔が戻ってベッドから立ち上がる。はっきり言って自分で自分の弱みを口にするのは中々にメンタルへのダメージがあるが、ひとまずこれで“おあいこ”ってところだ。

 

 「言っとくけどわたし、十夜さんの想像してる10倍は心が強いから

 

 立ち上がって目の前まで寄った千夜子は、宣戦布告するかのように眼前に立つ俺に向かって目を細めて言い放つ。

 

 「そうじゃなきゃ俺が困る」

 「ふふっ、十夜さんは本当に心配性だもんね」

 

 その普段見る千夜子の笑みを見て、天使が背負う心の荷物が少しだけ軽くなったことに俺は内心で安堵する。

 

 「千夜子。20分あれば“時短”のペイザンヌサラダとトーストぐらいは用意できるけど、食べるか?」

 「・・・じゃあ、悪い夢を見た今日だけは“王子様”の言葉に甘えて」

 「普通に“叔父さん”でいいよそこは」

 「自分からそう言ったくせに」

 

 こうしていつもの機嫌を取り戻し始めた千夜子に軽く足を一回蹴られながら、俺は2人分の朝食を作るために3411の部屋へと戻った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 約20分後_

 

 『だぁいすきよ あなたと1つになれるのなら こんな幸せはないわ お味はいかが?』

 

 「久々に聴くわその曲」

 「でしょ。これ、わたしがまだ幼稚園に通ってたときに観てたアニメのやつ」

 「今思うとおおよそ幼稚園児が観るようなアニメじゃなかったけどな(まさかゲテモノ好きになったのはコイツの影響(せい)か?)」

 「そんなことないでしょ。ピノコとか可愛かったじゃん」

 「あ~あのちんちくりんな女の子か。そういやよく真似してたよな千夜子」

 

 どうにかほぼ約束通りの20分で作った時短バージョン(※レンジ使用)のペイザンヌサラダとトーストをテーブルに運ぶ俺を横目に、3412でシャワーを浴びて私服に着替えて3411の部屋に来て朝食を待つ千夜子は、徐にスマホを開いてもう10年以上も前によく録画して観ていたアニメで流れていた曲を見せびらかすかのようにイヤホンもつけずに流し始めた。とりあえず様子を見る限り、この20分でリフレッシュは出来たらしい。

 

 「で、それをカラオケで歌ってるのは誰だ?」

 

 だがスマホのスピーカー越しに聴く限り、これは明らかに本人ではなくカラオケに行って撮られたやつだ。

 

 『ずぅーと会いたくて待ってたの』

 

 しかも、そんなに上手くない。決して音痴というわけではないものの、抑揚やテクニックがほぼないに等しいからよく言えば素朴、悪く言えばやや棒読みみたいになっている。

 

 『あみの上に優しく寝かせて』

 

 だけど通りの良さそうな声から伝わる一生懸命さのおかげか下手な人の歌を聞くような不快さはなく、意外にも普通に聴けてしまう微笑ましさを感じる。

 

 「どう?まあまあ魅力的でしょこの人の歌声?」

 「そうだな・・・お世辞にも歌唱力があるとは言えないけれど、確かに聴いてると何故か微笑ましい気持ちになるような不思議な声だな。例えるなら“癒し系”ってとこか」

 

 例えるならそう、こんな感じだ。

 

 「それって褒めてるの?」

 「一応褒めてる」

 「ほんとに十夜さんって人のことになると素直じゃないよね」

 

 素直にありのままの感想で答えた俺に、千夜子はわざとらしい疑念を込めた視線を向けてペイザンヌサラダを載せた皿をテーブルに置く俺を揶揄う。

 

 「で、誰だよ歌ってんの?」

 

 それより千夜子が視ているであろう動画の中で歌っている女の人は誰なのか、朝食をテーブルに置きながら俺は急かす。

 

 「わたしの“友達”」

 

 別に気になるというわけではないけれど・・・ぐらいのテンションで何気なく聞いた俺に、千夜子は微笑ましそうな感情と声で答えた。

 

 『だぁいすきよ もっと もっとあたしを愛して』

 

 「友達か・・・少なくともなっちゃんじゃなさそうだな(あの子は歌上手いし)」

 「そもそも新名さんは卒業公演まではわたしより忙しいから遊んでる暇もないよ」

 

 良くも悪くもかなりの伸びしろを感じる歌声で懐かしい曲を歌う、俺の知らないところでいつの間にか新しく作ってきたであろう、友達の声。小さい頃から周りの子と一緒に走り回ったりするよりも、自分の周りで走り回っている子たちを観察するように1人で眺めていたり、遊ぶにしても周りから離れて1人だけで遊んでいる“一人好き”な子供だった千夜子に出来た、俺の知らない友達。

 

 「その動画、俺にも見せてくれないか?」

 「どうして?」

 「気になるんだよ。“スターズの天使”が認めた友達がどんな人なのか」

 「そう言ってわたしのフォルダー漁ったら“同盟解消”だから」

 「そんなことしねえよ。視終えたらすぐに返す(やったらマジで“食卓同盟”が終わりそうだからな・・・)」

 

 それがどんな人物なのかが気になって、俺は千夜子からその友達が映っているスマホを借りる。本当にどこにでもいるような素朴な歌声に、どういうわけか俺の“第六感”が働いた。

 

 「これか」

 

 スマホの画面を埋め尽くす千夜子と同年代くらいの黒髪の女の子が両手でマイクを持ち、歌詞の流れるモニターに向かって歌を歌う動画を再生する。

 

 『“だぁいすきよ あなたと1つになれるのなら こんな幸せはないわ お味はいかが?”』

 『いいねえ夜凪さん』

 『大丈夫かな千世子ちゃん?ちゃんと歌えてるよね私?』

 『自信あるんじゃなかったのこの曲?』

 『だってルイとレイに聴かせるために歌ったりはしてたけど画面に向かって歌うのは初めて_』

 

 

 

 “『今はまだ発展途上にも程がある危なっかしい小娘ってとこだけど、夜凪は間違いなく“ホンモノ”だよ・・・・・・化ければ女優時代の星アリサすらも凌駕する可能性も秘めてる』”

 

 

 

 『Aメロ来るよ』

 『えっ!?嘘、あっ“ずぅーと会いたくて待ってたの”』

 

 誰かの口から聞いたことのある名前と、地味な色合いの私服を着ても綺麗に纏まっている素材の良さと、彼女の“真っ直ぐさ”がよく伝わる決して上手いとは言えないけれど一生懸命に行き慣れていないカラオケでマイクを両手に持って不器用に歌う、友達の声と姿。

 

 「(・・・発展途上とは“こういうこと”か、墨字(クロ))」

 

 墨字が夜凪景(彼女)に対して言っていた、“発展途上”という言葉。きっと彼女の芝居はこの歌のように粗削りで不安定でまだ危なっかしくて、だけれどそれ以上に果てしない“伸びしろ”を感じさせてくれる、ただの天才では一生かけても辿り着けない無限の可能性を秘めた素晴らしい芝居なのだろう。

 

 『“キラキラ光る粒の飾りで オシャレ”』

 

 無論、千夜子が“思い出”として撮ったこの動画で全てを決めつけることは勘に自信がある俺でも出来はしない。だけど彼女の真っ直ぐなその歌声だけでも、夜凪景という役者は“嘘”ではなく“真実(ほんとう)”の感情で演技をしているというのだけは、彼女と同じ人種(タイプ)の役者と対峙したことのある俺には分かる。

 

 “これはますます・・・“舞台”が楽しみだ”

 

 「随分と聴き入ってるね」

 

 曲が再びサビに入り出したタイミングで、スマホの画面の中で必死に歌う夜凪景へ意識を傾けていた俺に千夜子が優しく声をかける。

 

 「いや・・・本当に“良い友達”が出来たよなって、思ったからさ」

 「ふふっ、何それ。ただ歌ってるのを見ただけでそこまで分かるものなの?」

 「分かるさ。あからさまに機嫌が良い千夜子を見てたらな」

 

 何気ない一声に、千夜子が彼女に対してどれだけ“特別”に想っているのかが六感に伝う。それは単純に馬が合うからなのか、それとも夜凪景に対して色んな感情の詰まった“何か”を感じたのか、いずれにしろこいつにとって彼女の存在は“大きい”ことは明らかで、遠かれ早かれ脅威になり得るだろう。

 

 「お前もまだまだ“発展途上”だな。()()()

 

 何せ彼女は星アリサを超える役者を時代に求めている墨字が“育てるに値する”と判断した、()()だからだ。

 

 「そうね・・・だって()の芝居はこれから色んなものを盗んで、もっともっと上手くなっていくんだから

 

 

 

 それ以上に俺にとっては、千夜子が幼馴染にすら曝け出せずに抱えている“孤独”にようやく手が届くかもしれない存在(ともだち)に出会えたという事実が、ただただ嬉しい。

 

 

 

 「てことだからそろそろスマホ返して、十夜さん」

 「あぁ、分かってる」

 

 俺からの役者としての言葉に千世子(てんし)の仮面で答えると、千夜子はすぐさま仮面を解いて家族にしか見せない素の感情でスマホを返すよう俺を急かす。気が付くと1番を歌い終えたカラオケの動画は終わっていた。

 

 「ちなみにその子、劇団天球って劇団が月末に上演する舞台に出るよ」

 「知ってる。例の“熱愛騒動”のやつか」

 「ははっ、十夜さんにまで弄られるなんてアキラちゃんかわいそう」

 「“幼馴染”のお前は弄ってやるなやまぁ俺もニュースを見たときは“あの(あきら)君がついに遊びを覚えたか”とちょっとだけ感心はしてたけど・・・)」

 

 急かされスマホを返す俺に、幼馴染のやらかしを交えて夜凪景が“あの舞台”に出ることを得意げに教える。言うまでもなく、墨字や心一から彼女のことは聞いているから驚きどころか“そうなんだ”という感情すら湧かない。

 

 「さすがに初日はもう埋まっちゃったみたいだけど1ヶ月ぐらいやるらしいからさ、十夜さんも良かったらどう?」

 

 ちなみに千夜子には言っていないが、俺が観る予定の初日の客席は既にソールドアウトしたらしい。さすがは演劇界の巨匠と謳われる巌裕次郎の舞台なだけあり、影響力は絶大だ。

 

 「・・・まあ、考えとく」

 

 ただいずれにしろ、千夜子が20歳(成人)*1になるまでは暗黙の了解で百城千世子が“一色家の人間”だということは公には秘密にしなければいけないから、この2人で一緒に仲良く劇を観るなんて真似はまだ出来ない。

 

 「うわ、絶対行かないやつじゃん」

 「いいから食うなら早く食うぞ。お互い時間に余裕はないんだから」

 

 寂しいかなんて聞いたところでこいつは適当な理由ではぐらかすのは見えているから聞かないが、少なくとも俺は今もこうやって千夜子とはちゃんと食卓で会えるから、特に寂しさはない。

 

 「と、見せかけてちゃっかり予定とか入れてたりして?」

 「だったらどうする?」

 「別にどうもしないよ。だってお外で十夜さんといるところを撮られたらアリサさんに怒られるし」

 「俺に至っては怒られるどころかまた“干される”かもだけどな」

 

 こうして千夜子が元気そうにしているところをこの眼で確かめられるだけで俺は十分に幸せだから、寂しさなんてものはない。

 

 

 

 

 

 

 “『千夜子のこと・・・・・・よろしく頼みます』”

 

 

 

 

 

 

 「十夜さん」

 

 朝食を用意し終えて自分のイスに座ると、“こういう日”には食卓にいないはずの千夜子がテーブル越しに向き合うイスに座り俺の名前を呼ぶ。

 

 「今日は来て良かったよ。“ここ”に」

 

 そして次に出た言葉と表情は、大方予感していた通りの一言と天使よりも素敵な可愛い姪っ子の笑み。そんな特に普段と変わらない食卓が広がるこの光景が、俺にとっては一番の“癒し”だ。

 

 「もしまた悪い夢を見たときは、千夜子の分も作るからいつでも来ていいぞ」

 「じゃあ、今日と同じ夢を見たときはそうする」

 

 どうかこれが千夜子にとってもそうでありますように・・・と願うのはさすがに烏滸がましい気もするが、そうであってくれたら俺は嬉しい。

 

 「では、美味し糧」

 「美味し糧」

 

 なんて叔父が密かに思っている心の内など全く知る由のない千夜子と2人で食卓を囲み、いつもの挨拶をして俺は朝食を食べた。

*1
2022年より成人は18歳からとなっていますが、本編の舞台は2018年のため成人は20歳からとなっています




自分で書いてて今更ながら気付いたのですが、131話もやってるのにアキラ君ってまだ本作に登場してないんですよね・・・・・・別に避けてるつもりはないんですけど、物語のメインが原作前の過去話なのに加えて現在も現在でこんな感じなので、どうしてもそうなってしまうんですよね・・・・・・はい。とりあえずアキラ君に関してはそう遠くないうちに本編に出す予定ではいますので、もう少々お待ちください。

と言った傍ではありますが、本編は再び2001年に戻ります。それと年末あたりまで本業を含め色々と忙しくなるので、今年いっぱいは投稿ペースを月1,2本ほどにセーブさせていただきます。
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