或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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チ。があまりにも面白過ぎる。


scene.107 分からない

 「では、美味し糧」

 「美味し糧」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「起きたか?トーヤ?

 「・・・んー」

 

 役作りの相談も兼ねて昨日の夜から俺の部屋に泊まりに来ていた聞き馴染みのある友達のLA仕込みのネイティブな英語と声が聞こえ、意識がゆっくりと現実へと戻されていく。心なしか、妙にこの部屋の外が明るい気がする。

 

 「・・・ヒロ、今って何時?」

 「6時30分

 

 何となく“嫌な予感”がして何故か部屋着のジャージから通っている高校の制服に着替えて起こしにきた尋に時間を聞いてみたら、ハンドサインで5の数字を作りながら“Half-past six”とクールに笑って時間を告げた。口にするほどのことじゃないから言わないが、寝起きから立て続けに外国語で話されるとほんの一瞬だけ自分がいま海外にいるんじゃないかという錯覚に陥りそうになる。

 

 「・・・Goth(やばっ)

 

 そして時間を教えてもらったことで自分の置かれた状況を理解して、一気に目が覚め悪態が出る。恐らく18年ほど生きてきてまだ片手で数え切れるほどしかしていない寝坊というものを、芸能人になって初めてやらかした。とは言っても今日は午前中のスケジュールが空いているおかげで、不幸中の幸いか致命的な寝坊ではないが。

 

 「ごめんヒロ。朝飯作る時間ないからリンゴとパンだけでいい?」

 

 ただ高校生の俺たちはこのまま1限目の授業をお互いに受けなければいけないから、小4からの付き合いである友達に朝食(モーニング)を振る舞う機会はまた後日になってしまった。

 

 「リンゴとパン・・・さすがにそれだけじゃ寂しすぎやしねえか?」

 

 朝食が時間の都合でリンゴとパンになりそうなことを伝えたら、起き上がった俺を見下ろす尋が肩をすくめて文句を言ってきた。全く、こちとらわざわざ役作りの話し合いで来たお前を泊めてやったというのに、生意気な奴だ。しかも俺が寝坊してるの知ってて起こさなかったし。

 

 「ハハッ、無茶言うなよ1時間後にはここ出ないと遅刻するぜオレたち?」

 「だから俺が代わりにキッチンを拝借して作っておいた。つっても、トーヤの作る“Breakfast(朝食)”には負けるかもだけど」

 「オイオイ寝起きから2連続のジョークはいくらオレでもキツいぜヒロ?」

 

 なんて悪態を心の中で吐きながらも仕方のない奴だなと笑ってやったら、どうやら俺が寝ているうちに尋が勝手に朝食を作ってくれたという。幾らなんでも、ジョークが過ぎやしないか?

 

 「何ならバルコニーに来てみるか?もう用意してっから」

 「Seriously(マジで)?」

 「Sure(もちろん)

 

 と思いきや、リアクションからしてこれはマジな話みたいだ。

 

 「・・・うわすげぇ、これマジでヒロが1人で作ったの?」

 「おう。軽く本気出した」

 

 部屋着のままベッドから立ち上がりいつも朝食を食べている自室のバルコニーへと出ると、この部屋に引っ越してすぐのときに買った白いテーブルの上にBLTのホットサンドとくし形切りにされた皮つきリンゴがそれぞれの皿に置かれていた。その真ん中には尋が俺のキッチンで保管しているストックからチョイスしたであろうハーブティーが姉さんから引っ越し祝いでプレゼントされた透明なポットの中で琥珀色の輝きを静かに放っている。

 

 「どうだ?悪くはないだろ?」

 

 寝坊をこいている間に頼んでもいないのに作ってくれた朝食を目にした俺に、尋は満更でもない表情を浮かべて得意げに笑いかける。

 

 「BLTとハーブティーの組み合わせは未知数だけど、オレの代わりに作ってくれただけありがたいよ」

 「No need for formalities.(礼はいらないぜ)

 

 その感想を素直に伝えると、尋はお得意のネイティブな英語で謙遜してみせる。BLTとハーブティーが合うのかどうかは俺も試したことがないから謎だが、まさかこいつがここまで料理が出来る奴だったとは知らなかった。というか、人ん家のキッチンを漁ってこれだけ小洒落た朝食を作るあたり、こいつもこいつで朝からいいもの食っているのが分かる。

 

 「これは昨日の夜食の“借り”だからな」

 「・・・あぁ、そういうことね」

 

 ちなみに尋が朝食を作ってくれた動機は、日付を跨いだぐらいの時間に“腹が減った”と言ってきたこいつに俺が賞味期限の迫っていた白滝と有り余るくらいストックがある野菜類で作った“ちょっとした夜食(白滝ラーメン)”のお返しだという。ただここまで料理が出来るのなら手伝って欲しかったのが本音だが、こういう優しすぎないところがこいつの良さだと俺は友達として思っているから、特に気にも留めていない。

 

 「ってかさ、こんだけ作れるんだったら手伝って欲しかったわ昨日」

 「こういう“かくし芸”はいざってときに出すからSurprise(サプライズ)になるんだよ」

 「オレが目覚まし通りに起きてたらどうする気だったんだよそれ?」

 「また次の機会ってとこかな」

 「ったく、相変わらず行き当たりばったりなことで」

 

 そんな尋とは小4で同じクラスだった1年間から離れ離れになりながらも文通やメールを通じて友達の関係を続けて、俺が日本に帰国して2人して芸能界に入った今ではこうして俺が自分の部屋に泊めるくらいには互いに心を許すほど仲が良くなった。と言っても、さすがにこの部屋に他人を泊めたのは今回が初めてなのだけれど。

 

 「そんなことより食おうぜトーヤ。俺の作ったBLTが冷めないうちに」

 「へいへい」

 

 更に尋のことを深く掘り下げるとするならば、こいつは俺に対して“友情以上”の感情を持っている。もちろん当の本人が直接それを口にしたことは今日に至るまで一度もないが、小4のときに隣の席に座っていた俺のことを本気で女の子と勘違いしていたときから、こいつが仲良くしてきた理由を俺は知っている。

 

 

 

 “『ふと思ったんだよ・・・・・・もしも俺とトーヤのどっちかが“女の子”だったら、俺たちは変わらずにBrother(親友)になれたのかって・・・』”

 “『・・・さあ・・・・・・()には分からないよ・・・

 

 

 

 「えーっと何だっけ?一色家伝統の“いただきます”の挨拶?」

 「美味し糧」

 「そうそうそれ。じゃ、美味し糧」

 

 俺のことを“親友(ブラザー)”と呼んでくれる尋の話はひとまず今日のところはこのぐらいにして、30階のバルコニーで梅雨とは思えないほど晴れ渡った6月の空と都心の喧騒をバックに友達が作ったハーブティーを一口運び、BLTにかぶりつく。これぞまさに成功した芸能人の特権というものか・・・なんて低俗な発想になんて、俺はならない。

 

 「うん。めっちゃ美味いわ」

 「だろ?割とマジで俺の自信作」

 

 それよりも、尋が作ったというBLTが思っていた以上に美味い。カリっと焼けたベーコンの塩味と輪切りにされたトマトの酸味、それを包み込むレタスの食感とオニオンのアクセントに、4つ具材の主張をまろやかに調和させるシーザードレッシング。

 

 「もしかしてパンにはちみつ塗った?」

 「よく分かったな。ハーブティーと合わせることを考えてパンにはちみつを軽くかけて甘めにした。即席の“ハニーオーツもどき”ってとこさ」

 「“オーツ”がないせいではちみつの主張が強めだけど、これはこれでいける」

 

 そしてわざわざハーブティーに合うような甘めな味付けにしたというブレッド。全て俺のキッチンにある食材と調味料だけで作ったとはいえ、普通の人より少しだけ“良いもの”を食べて育ってきた俺からしても、全てのバランスが丁度いいから思わず心から美味いと口にせざるを得ない。

 

 「てかさ、ヒロってこんなに料理作るの上手かったんだな?」

 「ガキのときからおふくろがディナー作るのを手伝ったりしてたからな」

 「なるほど。そりゃあ上手いわけだわ」

 

 にしても他の誰かと一緒に美味いメシをここで食べると、すっかり見慣れてしまった30階から見える都心の喧騒も何だか1人で食べるいつもよりも少しだけ綺麗に見える気がする。

 

 「しっかし、マジで眺めいいよなここ」

 「特に今日は晴れてるってのもあるかもね」

 「こんなとこに1人暮らしで住んでる高校生なんて日本じゃトーヤぐらいじゃね?」

 「まあ、下手をすればな」

 

 いや、やっぱりただ天気が良すぎるってだけかもしれない。

 

 「そういや今日は目覚まし鳴っても全然起きなかったけど、どんな夢見てた?」

 

 なんてBLTを口に運びながら何気なく景色に目を向けていたら、尋がいきなり俺の見ていた夢のことを聞いてきた。

 

 「急に聞くな?」

 「だって気になるからよ」

 「その前にオレを起こせ」

 「起こそうと何回も“Come on!”って結構な声量で声かけたけど起きる気配すらなかったから諦めたわ」

 「それは悪かったな」

 

 その前に俺を起こしてくれと軽くツッコんで見たものの、さすがに尋は寝坊をこく俺を心配して最終的には諦めて勝手にキッチンで朝食を作ることになるが、一応ちゃんと起こそうとしてくれたみたいだ。半分茶化しながらも嘘のない微笑んだ眼を視て、僅かに申し訳なさが心をよぎって消える。

 

 「Don't worry(気にするな)・・・最近のトーヤは働きすぎだから、むしろいい休息になったんじゃねえの?30分だけだけど」

 「ハハッ、そう言ってくれると罪悪感が消えるから助かるよ」

 「お前に“罪悪感”なんざ最初からねえだろ?

 「あるにはあるさ。“飛んできた蚊をうっかり潰しちまった”くらいにはな?

 「そいつは“嬉しい”な

 

 軽く謝ったつもりが心の内を読まれてしまったのか、尋は本場のアメリカンジョークで応戦しながらも気遣う。慰めるにしても一筋縄にはしないところが、いかにもこいつらしいからただこうして話しているだけでも愉快で楽しい。

 

 「で、どんな夢を見たんだ?」

 

 軽いジョークの応酬が終わり、話は本題へと戻る。

 

 「どんな・・・時間が経ちすぎてもうほとんど覚えてないわ」

 

 と言っても、起きてから尋の作ったBLTに舌鼓を打っていたら肝心の内容はほぼ忘れてしまった。

 

 「あーでも何となくだけど・・・まだ会ったことすらないこの間に生まれたばかりの姪っ子がオレたちと同じくらい大人になってて、その大人になった姪っ子と今みたいに食卓を囲んで一緒にご飯を食べてる・・・って感じの夢だったってことだけ薄っすら覚えてる」

 

 何となく頭の中に残っているのは、兄さんの命日(エイプリルフール)に生まれたばかりの千夜子という名の姪っ子が高校生(オレ)ぐらいの年頃の女の子に成長していて、すっかり大人びたその姪っ子とリビングで食卓を囲んでご飯を食べている光景。

 

 「あははっ・・・そんな“幸せな夢”だったら、1秒でも長く見ていたいわな?」

 「幸せね・・・」

 

 成長した姪の顔がどんなだったかさえ朧げな俺の“奇妙な夢”を、目の前に座る尋はBLTを頬張りながら“幸せだ”と言って少しだけ羨ましがる。まぁ、そもそも千夜子のことはいま撮影しているドラマの撮影が終わるまでは会わないと決めているから、会っていないどころか“あの人”から要らないと断ったのに勝手に届けられた写真すらまだ開けていないから全く顔も知らないのだけど。

 

 「確かに悪くはなかったけど・・・所詮は夢に過ぎないさ。将来的にオレが平穏な家庭を持つなんて自分でも絶対ありえないって思ってるから

 

 いずれにしろ、あんな光景なんて家族を遠ざけこの部屋に行き着いた俺からすれば夢物語だ。ファミリーに反逆する一色十夜(オレ)の生き様に、“平穏な家庭”は一番似合わない。

 

 「・・・そういう奴ほど、いざ自分が大人になったら他の誰よりも“家族”を大事にするもんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 “『私は十夜が元気でいてくれたら、後は何も要らないくらい幸せよ』”

 

 

 

 

 

 

 「だってお前、何だかんだで家族のことずっと気にしてんじゃん

 

 英語と母国語で、尋は核心をいきなり突く。クラスメイトのときから普段は大雑把なくせに、たまに俺でも驚くほどの勘の鋭さをこいつは見せつけてきた。これだから“生粋の天才”は恐いものがある。

 

 「もちろん気にするでしょ。“血が繋がってる”から」

 

 気の知れた友達に今更嘘を吐く理由もないから、俺は虚飾を張らずにそのままの心情を告げる。幾ら遠ざけようとも、俺があの人たちと血が繋がっているという事実からは逃れられない。

 

 「だからさ・・・・・・“一括り”にされたくないんだよ。()

 

 

 

 逃れられないからこそ、俺は母さんにとっての“生まれ変わり”として生きることを止めた。

 

 

 

 「Sorry(すまない)・・・その気持ちだけは、俺にはまだ分からないよ」

 「あぁ、オレもヒロには分からないままでいて欲しいよ。こんな気持ちは、知らないほうが圧倒的に“幸せ”だから」

 

 俺が抱えている代償を理解しきれないと申し訳なさそうに謝る尋を、俺はこいつにとっての“ブラザー”として慰める。あくまで俺からすれば、“こいつにとって”に過ぎないのだけれど。

 

 「おう。トーヤがそう言うんならそうするよ。俺は常に人生を楽しみたいからさ」

 「あぁ、それが一番だよ。誰が何を言おうと」

 

 俺が一歩を引いて気遣ったように、どれだけ互いを分かり合えても“踏み込んではいけない”領域はそれぞれあることを達観している尋もまた、これ以上は言及せずに一歩を引く。この距離感が今の俺たちだけど、少なくとも俺にとって“友情”というものはこれくらいがちょうどいい。

 

 「さて、暗い話はこのくらいにして今日の撮影の話でもしようぜヒロ?」

 「えぇ~朝っぱらから仕事の話はしたくないわ~」

 「今日から“クランクイン”の奴がなに呑気にふんぞり返ってんだか」

 「ったく、いきなり“真面目ちゃん”かよ」

 「ヒロのために言ってんだよ」

 

 結局このまましんみりした空気のまま尋の作った朝食を食べるのは御免だった俺は話題を無理やり変えて登校時間までのモーニングを過ごし、一足先に部屋から出て行った尋を見送り制服に着替え、1限目の授業だけを受けるために学校へと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 『_ユースフル・デイズ。7月スタート_』

 

 

 

 6月も2週目に入り、1話の予告も踏まえたティザーPVのCMが全国ネットで公開(オンエア)されるなど着実に7月の放送に向けての製作が進む中、ドラマ『ユースフル・デイズ』の撮影は順調に進んでいた。

 

 「夕野っちと学校(ここ)で昼食うの久々な気がするわ」

 

 そして俺はいま、1週間ぶりに登校したI組の教室で新井と一緒に中途半端に長い昼休みの暇を他愛のない話で潰している。今日は6月8日。ドラマ本編の撮影は午後から新太と亜美の場面(シーン)を撮るとのことで、純也と雅を演じる“カイプロ組”はオフだ。

 

 「つってもたった1週間だけどな」

 「その1週間が案外長いんよ。分かるだろ?」

 「蓮とは1年くらい会えなかったこともあるから俺は長いとは思わないわ」

 「うん。とりあえずお前に共感求めた俺がバカだった」

 

 というわけで今日の俺は、こうして丸一日授業を受けるため“本物”の学校にいる。

 

 「なぁ、今日って放課後暇だったりする?」

 「悪い。先輩から映画の舞台挨拶に誘われてるから無理だ」

 「えっ!?お前また映画に出んの!?」

 「いやただの観客としてだよ」

 「あー、そういやバトルロワイアルの舞台挨拶に招待されてるって言ってたっけ?」

 「あと声デけぇよ」

 「悪い悪い。で、先輩って誰?」

 「堀宮杏子」

 「あー、なるほど“そういう”パターンね」

 

 正確に言えば完全にオフなのはメインキャストの中だと俺だけで、堀宮は今日から公開されるバトルロワイアル(主演映画)の舞台挨拶がある関係で4限目の授業が終わって早々にマネージャーの車で映画館へと向かっている。

 

 

 

 “『あ、そうだ。“さとるの席”はちゃんとあたしが取っておいたから』”

 

 

 

 「やっぱ芸能界で持つべきものは人望という名の“コネ”だよな」

 「急に闇深いこと言ってきたな新井ある意味正解だけど・・・)」

 

 と言っても、“先輩命令”で17時から新宿の映画館で行われる舞台挨拶を観に行くというちょっとした仕事が俺にもあるにはあるのだけど。

 

 「ところで夕野っちは環さんとは最近上手く行ってんの?」

 

 購買で買ったパンを食べ終えた後の前後同士の机で特にこれといって中身のない会話をしていたら、新井がいきなりぶっこんできた。

 

 「なんだよ急に」

 「いや、何となく」

 「何となくで聞くことじゃないだろ・・・」

 

 とりあえず芸歴3年の演技力で外面だけは平然を装うが、他人(ひと)からいきなり(あいつ)の名前を言われると心臓に悪い。こうなってしまったのも全部、いま撮影しているドラマのせいだ。

 

 「別に何も変わらないよ。このところはずっと」

 

 蓮とのことを野次馬のように聞いてきた新井に、俺はありのままの現状を話す。漫画(フィクション)の世界じゃどちらかがその気持ちを自覚すると何かしらのきっかけが次々と押し寄せて物語が進んでいくが、現実世界ではそんなドラマチックなことなんて早々起きない。そもそも高校で再び同じクラスになって、いきなりドラマで初共演している時点で腹がいっぱいになるほど出来過ぎた展開が起き続けているって話だ。

 

 「まぁ、何となく見てれば分かるわ」

 「じゃあ聞くなよ」

 

 ただ強いて変化があったとすれば、『ユースフル・デイズ』の撮影が始まってからというもの、お互いに顔を合わせて話す時間が少し減ったところか。これに関しても俺がドラマの撮影や他に抱えているスケジュールでこのところはあまり学校に顔を出せていないことに加えて、学校にいるときはだいたい俺と蓮は男女のグループで分かれているから、同じクラスに1日中いても案外話している時間は短かったりする。

 

 

 

 “『じゃ、後で映画の感想よろしく』”

 “『おう

 

 

 

 ついでに今日はスケジュールの都合で堀宮と同じく4限目終わりに学校を早退した蓮と、帰り際に軽く話したくらいだ。少なくとも今はこのぐらいの距離感のほうが、心境的にドラマに集中できるのだが。

 

 「・・・思い出した」

 「今度は何だよ?」

 「その映画って環さんが舞台挨拶に出るって言ってたやつ?」

 「今更思い出したのかよ」

 

 もう分かると思うが、俺が放課後に観に行くバトルロワイアルの舞台挨拶には蓮も登壇する。本人の口から直接聞かされているが、あいつにとっては初めての舞台挨拶だ。

 

 「あれ、そういや夕野っちって舞台挨拶やったことあるっけ?」

 「ない。『ロストチャイルド』のときは主演の剣さんと父親役の紅林さんだけだったから」

 「てことは環さんに先を越されたな」

 「あぁ。言われてみればな」

 

 ちなみに俺は、公開前の舞台挨拶には一度も登壇したことがない。まぁ、俺からすればそれがどうしたという話だけど。

 

 「・・・やっぱりめっちゃ楽しみにしてんじゃん。夕野っち?

 

 今更になって蓮が早退した理由を“わざとらしく”思い出した新井が、俺の目を真っ直ぐ見て問いかける。

 

 「何でそう思う?」

 「顔に出てる」

 

 “別に普通だろ”・・・とはもう察せられている身としては言い返す気になれず、半ば白状する形で聞いてみると、そのままストレートに図星を突かれた。

 

 

 

 “『自分の出た映画の舞台挨拶に出るのってさ、地味にずっと憧れてたんだよね・・・芸能界に入ってからの目標の1つってわけじゃないけど、“呼ばれる”ってことはそれだけ私はこの作品の中で必要とされてたんだっていう“証明”になるって私は思うから』”

 

 

 

 「そりゃ楽しみだよ。親友が出てる映画を観るのはよ

 

 相変わらず芝居をしていないときの俺は、考えていることが思い切り顔に出てしまうらしい。だって屋上で嬉しそうに舞台挨拶の(こと)を俺に打ち明けていた(あいつ)がスクリーンの中で誰かを演じている姿をこの眼で視るのは、親友として本当に楽しみに決まっているからだ。

 

 「ほんとさ、夕野っちの嘘吐けないところマジで好きだわ俺」

 「急にどうしたおい」

 

 そんな嘘の下手な俺を、新井はただのクラスメイトとなって茶化す。その様子はさながら、こいつが演じている奥田“そのもの”だ。

 

 「てことで今日ぐらいはドラマのことなんて忘れて楽しんで来いよ。バトルロワイアル

 

 演じている役と同じように、新井から優しくも鋭いアドバイスが送られる。思えば撮影が始まってから・・・いや一色からとんでもない“爆弾”を心に落とされてから、俺はドラマの撮影がない日も蓮への気持ちと、雅を演じる堀宮へその気持ちをどうやって落とし込むかばかりを役作りを通じて考えていた。もちろんその甲斐があってか昨日に至るまで撮影は順調に進み、演出の黛からも好印象を貰っている。

 

 

 

 “『ぶっちゃけさとるって“どっちが好き”なの?』”

 

 

 

 「さっきまで覚えてなかった癖によく言うわ」

 「ははっ、確かに」

 

 だけど、いまの俺には純也を最後まで演じ切るための決定的な“何か”が足りていない。その何かは堀宮との間で撮影が終わるまで続けると取り決めている秘策によって距離が縮まった今でも、分からないままだ。第一、クランクインの日から永瀬とのこともまだ聞けずじまいなままだから、言ってしまえばここ2,3週間で俺の置かれている状況は何も変わっていない。

 

 「でも・・・新井の言う通りたまには休憩することも大事だな」

 「そうだぜ夕野っち。ずっと役のことを考えてたら、心も身体もパンクしちまうからな」

 

 だから、案外新井の言う通りこのタイミングで思い切って“休む”のもアリなのかもしれない。考えてもみれば、忙しくなる前の休むときはちゃんと休むことを心掛けていた俺が、本来の俺だった。

 

 「新井って、たまにすげえ良いこと言うよな」

 「あざます。一応芸歴だけは先輩なんで」

 

 

 

 それに役が云々よりも純粋に俺自身は2()()のことをどう思っているのか、いま一度だけ己の直感を確かめてみることによって()を好きになるための欠けている“ピース”が分かるかもしれない・・・・・・と、休むべきときにも芝居のことを考えてしまう俺は、もうすっかり心が“こっち側の世界”に染まってしまったと、同時に思った。

 

 

 

 「芸歴だけじゃないだろ、先輩なのは」

 「言われてみればそうだな。確か誕生日は俺のほうが早いし」←※6月14日生まれ

 「あ~、そっちの意味ね(そういやそうだったわ)」←※6月30日生まれ

 「えっ?違う感じ?」

 「いや、合ってることは合ってる」

 「それ絶対違うやつやん!」

 「随分盛り上がってるけど何を話しているのかないつメン諸君?」

 「ちょうどいいところに来た。初音さんって誕生日いつだっけ?」

 「わたし?6月24日だけど(めっちゃ急だな・・・)」

 「じゃあ夕野っちが一番後輩だな」

 「なんか大分話が逸れてる気がするのは俺だけか?」

 

 なんていう俺が心中で何を思っているのかなど知らない周りは、今日もいつも通りだ。




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