或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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ベイスターズ下剋上&26年ぶり日本一おめ!


scene.108 舞台挨拶①

 「最近調子はどう?」

 「調子・・・まぁ“ぼちぼち”って感じか」

 「へぇ~、ぼちぼちね」

 「何だよ?」

 「別に?ただ聞いてみただけ」

 「聞いただけかい」

 

 1週間前の昼休み。私はちょうどスケジュールが丸一日空いていて学校にいた憬を屋上へと呼び出していた。

 

 「で、今日はどんな話だ?」

 「私より先にメインキャストに選ばれた憬にとっては大したことじゃないかもだけど、君に直接言っておきたいことがあってさ」

 「まさかもっと真剣に純也を演じろとかそんなのか?」

 「君が手を抜こうものならその場で怒るから安心して

 「安心できるかそんなのでも容易に想像出来るわ・・・)」

 

 私が憬と昼休みに学校の屋上でこうやって会うのはだいたい決まってどうしても“話しておきたいこと”があるときで、もちろんこの日もそうだった。余談を言えば今のところは、(あいつ)から屋上に呼ばれたことは一度もないのだけれど。

 

 「実は私・・・来週の舞台挨拶に登壇することになった

 

 そして私が憬に明かしたのは、来週から公開される映画で公開初日にやる舞台挨拶に登壇することが決まったということ。いま思えばわざわざ屋上に呼び出して伝えるほどのことじゃなかったかもしれないけれど、こういう場に呼ばれたのが初めてで純粋に嬉しかったし、ドラマの仕事が始まってからは顔を合わせて話す機会も減り始めていたからどうせならこんなふうにあいつに伝えてやろうと思った。

 

 「・・・あー、あの“バトルロワイアル”か」

 

 いざそのことを憬に伝えてみたら、“あー、あれか”くらいの素っ気ないリアクションで返された。

 

 「リアクション素っ気なくない?」

 「そうか?」

 「せめて何か“おめでとう”とかそのぐらいの一言とかないの?」

 「これから言おうとしてたとこだよ」

 「じゃあ、どうぞ」

 「どうぞってお前・・・・・・舞台挨拶、登壇おめでとう。これでいいか?」

 

 別に大袈裟なリアクションなんて元から求めてなかったけれど、こういう良くも悪くもバカ正直なところが憬の“らしい”ところだから、いつもの様子の憬を見て逆に私は安心した。

 

 「ははっ、やっぱ面白いわこの子」

 「ちっ、揶揄いやがって」

 

 憬には言ってないけれど、私がわざわざ舞台挨拶に出るという話を屋上に呼び出してしようと決めたのにはもう一つ理由があった。それは憬が“いつもの憬”のままなのかを、確かめるためでもあった。

 

 「けど、憬の言ってることって嘘がないから、君からおめでとうって言われるのは素直に嬉しいよ・・・」

 

 撮影初日に不意に目が合ったときにふと見せた、まだ私が見たことのなかった憬の表情。撮影に入る少し前あたりからどこかいつもと様子が少しだけおかしくて、その理由が恋愛感情を持つ純也に上手く感情移入が出来なくて悩んでいると思って話を聞いてみたら、“そうじゃない”ことを私は知った。

 

 「それに・・・自分の出た映画の舞台挨拶に出るのってさ、地味にずっと憧れてたんだよね・・・芸能界に入ってからの目標の1つってわけじゃないけど、“呼ばれる”ってことはそれだけ私はこの作品の中で必要とされてたんだっていう“証明”になるって私は思うから

 

 それでもあいつは、本番当日にはどうにか自分の演じる役を形にしてきて、役を全然掴めていなかった読み合わせのときの不安を吹き飛ばして見せた。いざ撮影が始まればいつもみたいに役に入り込んで己の芝居だけで周りを引っ張っていくらしさ全開の演技を視て、本調子じゃない永瀬さんに心の中で憤っていた中ですっかり私はあいつの中でもう“吹っ切れた”とばかり思っていた。

 

 

 

 “『・・・・・・』”

 

 

 

 だけどあのときに私のことを視ていた表情(それ)は、明らかに親友に対して向けている感情ではなかった。それが私には、まるで憬が雅を演じる堀宮さんへと向けようとしている感情でそのままこっちを視ているかのように、見えてしまった。

 

 

 

 「・・・少なくとも(おまえ)努力(こと)を知ってる周りの奴に、お前を蔑む嘘を吐く人なんて誰もいないだろ

 

 親友からの“おめでとう”という嘘のない素直な気持ちにこっちも素直な気持ちで返したら、私の左隣でフェンスに寄りかかるような姿勢で立っていた憬は、横から向けられる視線から逃げるように斜め下へと視線を移して自分の首に手を当てながら少しぶっきらぼうにそう呟いた。

 

 「あれ?もしかして照れてる?」

 「照れてねえ」

 

 もちろん私には、急に無愛想になるその態度が照れ隠しだというのは1秒足らずで分かった。本当に憬はお互いがただの小学生だったときから嘘を吐くのが下手くそで、見ているこっちが笑えてくるほどに不器用なやつだ。

 

 「おいおい、さっきから親友に嘘をつくのはいかんよ憬くん?」

 

 揶揄いたくなったとかではないけれど、誰がどう見ても“吐けていない”のが秒で分かる嘘を意地でも貫き通そうとする憬の様子が微笑ましくなった私は、照れ隠しの無愛想な態度と口ぶりで俯いて首を触るその手を優しく掴んで前に立ち、表情をのぞき込んだ。

 

 「だから照れてねえって・・・

 

 照れてないと言い張りながら、憬は無理やり目の前に立った私に視線を合わせた。

 

 「(あれ・・・私・・・)

 

 普段と変わらないと油断していたせいか、いざ目が合ったのと同時に恥ずかしくなってしまって、気まずさに似た沈黙が自分の首を触る親友の手から伝う体温と共に流れた。

 

 「どうした、蓮?」

 「あぁいや・・・なんか傍から見たらいまの私ってめっちゃ恥ずいなって急に思って」

 

 そして目の前の憬から逆に問いかけられた私は、急に湧いて出てきた自分への恥ずかしさと動揺を何とか誤魔化しながら憬から手を離して右隣に戻った。

 

 「・・・お前こそ照れてんじゃねえかよ」

 

 ゆっくりと首から手を離した憬は、そのまま思いっきり図星を突いた。あいつを前に認めるのは何だか癪で嫌だけど、目が合ったときの表情を見た私は、今まで生きてきた上において何度目かの正体不明の感情に襲われていて、どうかしていた。

 

 「うっさい。私に嘘ついた憬が全部悪いんだ」

 「照れたことは認めるんだな?」

 「私は君とは違って人に嘘はつかないからね」

 「あぁそうかよ」

 

 この気持ちを味わうのは初めてじゃないのだけは分かるけど、知ろうとすると急に頭と心に“黒い靄”のようなものが降りかかって、自分でも何を考えているのか分からなくなってしまう。

 

 「とりあえずスケジュールが空いてたら新宿まで観に来てよ。先輩の堀宮さんあたりにでも頼めば席の1つぐらいは取ってくれるだろうし」

 「おう、空いてたらな」

 「席が取れた暁には、まだ一度も舞台挨拶たるものを経験したことのない君にこの私が“挨拶の手本”というものを魅せて上げよう」

 「メインは杏子さんだけどな?」

 「まだ舞台挨拶“童貞”の君にとやかく言われる筋合いはないよ」

 「“童貞”って言い方はねえだろオイ

 

 結局この日は一瞬の気まずい沈黙が流れたけれど、またすぐにいつもの私たちに戻って昼休みは終わった。

 

 「悔しかったら舞台挨拶に呼ばれるぐらいの役者になってみな?夕野憬くん?

 「別にそこで張り合う気はねえよ俺は

 「そう言うと思った

 

 

 

 本当に、高校に上がって憬と再びクラスメイトになったいまの私は・・・・・・どうかしている。

 

 

 

 

 

 

 6月8日_新宿・シネマピカデリー_

 

 「カスミ役を演じさせていただきました、環蓮です。皆さん、今日は映画『殺戮教室』の上映初日にお越しいただきありがとうございます・・・・・・いや、この挨拶はどう考えても監督が言うやつだろ」

 

 舞台挨拶のためのドレスに着替え、スタイリストの人がセットしたヘアセットとメイクを済ませた私は、楽屋の隅っこで舞台挨拶のときに自分が話す挨拶を本番の直前まで考えていた。

 

 「はぁ・・・マジでなに言おう・・・」

 

 だけど、本番の直前になっても自分の名前のあとに言うこれといった“掴み”の一言が浮かばず、独り言が思いっきり口から出てくるレベルで悩んでいた。別にお笑い芸人みたいにウケを狙う必要はないから無難に行けばそれでいいんだけど、かと言って“今日はよろしくお願いします”だけじゃ何だか物足りない気もする。

 

 「(・・・うわー、やっぱ似合わねー)」

 

 楽屋に籠って挨拶で何を喋るのか考えるのを一旦止めて無意識に下に向けていた視線を前へ移すと、ちょうど真正面にある鏡に映る自分の姿が見えた。恐らくスカウトキャラバンの最終選考から一度も着ていないドレスアップに身を包み、スタイリストがセットしたメイクとヘアアレンジでいつもより少し大人びた私の容姿。自分で眺めれば眺めるほど“着させられてる感”がすごくて、役作り中で髪が短いのも相まって女のくせに女性的な身だしなみが似合ってないその姿にテンションが下がる。

 

 「(もういいや。リハで大まかな流れは覚えたから、なるようにするか)」

 

 ただそれが不幸中の幸いなのかただの不幸か、鏡に映るドレスが似合わない自分(わたし)の姿を見ていたら舞台挨拶で何をどう喋るのかを考えている自分が馬鹿らしく思えて、逆に気持ちは吹っ切れた。だって普段の環蓮(わたし)は自然体で、芸能人になって観客の前に立とうと着飾らないありのままな自分でいるのが私だから。

 

 「・・・ふっ」

 

 もう一度鏡に映る自分に視線と意識を向けて、そっと息を吐く。

 

 「そろそろ行くよ、蓮ちゃん」

 

 息を吐いて心の中にあるスイッチを入れたのとほぼ同時に、同じくドレスアップした主演の堀宮さんが最後まで楽屋に残っていた私に声を掛ける。

 

 「はい」

 

 ドレスが似合わない自分とは対照的にアイボリーホワイトの衣装(ドレス)を“自分のもの”にしている主演女優の輝きに心の中で限りなく劣等に近い悔しさを覚えつつ、私は堀宮さんの後に続いて観客が入り始めたシアターの舞台裏へと足を進めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「(・・・何とか間に合った)」

 

 午後4時50分。堀宮や蓮が登壇するというバトルロワイアル系の映画『殺戮教室』の舞台挨拶が始まる10分前に、どうにか俺は目的地である新宿の映画館(ピカデリー)のロビーに着いた。ちなみに今回は堀宮が代わりに席を取ってくれたことを除けば完全なプライベートであるため、HRが終わるのと同時に速攻で持ってきていた伊達メガネをかけて霧生の制服姿のまま周りからの視線を気にしつつ最寄り駅の中野から新宿まで電車に乗り、新宿駅の構内で軽く迷子になりかけながらもどうにか自力で映画館(ここ)まで来た。

 

 「(しかし、誰にも気づかれなかったな・・・)」

 

 自分で言うのは嫌だが俺はもう自分の出演したCMがテレビや街頭のビジョンに流れたりするぐらいには有名になってしまったから、伊達メガネと雑に下ろした前髪でパッと見だと俺が夕野憬だとは分からない程度に身だしなみをだらしなくして、歩き方や表情もいつもより冴えない感じに振る舞ってみたとはいえ、それ以外は何の変装もしていないから映画館に着くまで生きた心地がしなかった。だがその効果が如実に現れたのか、とうとう映画館に着くまで誰一人としてすれ違う俺を二度見したり振り返ったりする人が誰もいなかったばかりか、気付かれたという気配すらも感じなかった。もちろんそれが一番なのは確かだけど、ここまで見向きすらされないと何とも言えない気分になる。少なくとも“他の3人”だったら、変装をしていても何人かの人は二度見したり振り返ったりしているだろう。とりあえず、完璧に“ただの高校生”を演じ切れたとポジティブに捉えておこう。

 

 “と言っても、『ユースフル・デイズ』が放送されたらさすがに俺もこうは行かなくなるだろうな・・・

 

 「(って、決めつけてる場合か)」

 

 心の中で浮足立ったことを言い出した自分自身へセルフツッコミをして、俺はロビーの自動券売機で教えられた暗証番号を打ってお金を入れて事前に予約されていたチケットを引き出し、堀宮が予約してくれたという席へと向かう。どうでもいいことだけど、俺がまだ母ちゃんと横浜に住んでいたときは必ずカウンターでチケットを買っていたのがたった5,6年で目の前の画面を手で操作してわざわざ受付の人とやり取りをしなくても買えるようになったのは、Eメールを偶に使うぐらいでしかパソコンを使わないレベルで機械類に疎い俺からすれば地味に衝撃だ。ゲーム機の映像も滅茶苦茶リアルになったり(ゲームは全くしないからニュースで見た)、携帯電話の画面がカラーになって音楽まで聴けるようになったりと、何というかさすがは“21世紀”って感じだ。*1

 

 「(やっぱ至福だわ、この空気感・・・)」

 

 なんてどうでもいい感想をロビーに置き去って、2階にある出入口の扉から予約された座席を目指してシアターの中へと入る。ポップコーンや軽食の匂いが僅かに香る何とも言えない心地の良さがある独特な空気と、これから映画が始まる期待に胸を膨らませる席を埋め尽くす観客から溢れる無言の高揚。ありがたいことに仕事が増えてせっかく自由気ままに映画館で映画を観られるくらいには稼ぎが溜まったのに肝心の映画が中々観れない身分が言うのも難だが、何気に俺は映画館のこの空気感も大好きだ。

 

 「(・・・ここか)」

 

 なるべく座っている他の観客と目線が合わないように気を付けながら、堀宮が予約を取ってくれた席を見つけて静かにそっと座る。位置としてはやや後方の下手側の通路から2番目。我儘を言えばバトルロワイアルを楽しむとなると中央からやや前方がさらに好ましいところだが、万一に備えてあまり目立たない範囲で楽しめる席を選んでくれたのだろう。相変わらずあの人は、“こういうところ”が本当に抜かりない。

 

 「(そういえば・・・映画館に1人で行くのって初めてだよな、俺・・・)」

 

 堀宮が取ってくれた座席に座って思い出す。何気に生まれて初めての、たった1人の“映画館”での映画鑑賞。もちろん家での映画鑑賞は横浜の実家のアパートに住んでいたときに母ちゃんのコレクションを漁ってはあらゆる名作映画やドラマのビデオを再生しては留守番の時間を潰すようなことを飽きるほどやってきているけど、1人でこうして映画を観るのは初めてだ。

 

 

 

 “『憬。今日はどんな映画を観に行く?』”

 

 

 

 “『さっきの映画・・・俺は観ていて疲れたな』”

 

 

 

 “『いや~、やっぱハリウッド映画はスクリーンで観るに限るわ』”

 

 

 

 俺が映画館へ映画を観に行ったとき、隣には必ず“誰か”がいた。あるときは良くも悪くも俺を芝居バカにした元凶とも言える母親、あるときは育った地元と通っていた中学が同じだった先輩の役者、あるときは同じドラマで同じプレッシャーを抱えながら今この瞬間も戦っている共演者。

 

 

 

 “『これでやっとわかったでしょ?あの時の私が感じてた気持ち?』”

 

 

 

 そしてあるときは、一緒に役者(ライバル)として高め合っていこうと誓った親友・・・

 

 

 

 “『あれ?もしかして照れてる?』”

 

 

 

 「・・・っ」

 

 心が冷静さを保ち続けるために彼方へ追いやったはずの1週間前の記憶が、いきなり記憶の奥底から表へとぶり返して、一定のリズムで動いていた心拍数が僅かに上がる感覚がこの身体に走る。そりゃあ蓮と分け隔てなく何でも話せる日常が続いていることが、素直に嬉しいことなのはずっと変わらない。だけど何でも気兼ねなく話せるはずの親友に“その先の感情”を持ってしまったいまの俺には、その何気ない一言やいつものように揶揄う仕草ひとつで、普段通りでいようとする心が揺らいでしまう。

 

 

 

 “【・・・ペンギンってさ、どうして飛べなくなったんだろうな?】

 

 

 

 「(って、今日は余計なことは何も考えないで楽しまないとだろ)」

 

 その流れで原作の中で純也が雅と水族館へ行ったときに巨大な水槽の中で泳ぐペンギンを眺めていた雅へ言っていた台詞が頭の中を支配しそうになって、無理やり自分で喝を入れて冷やす。もちろんいまの状態は純也を演じる上では絶対に必要なものであることは分かっていて自分なりに飼い慣らしていく覚悟を持っているつもりだが、約16年生きてきて初めて経験する感情をコントロールするのは本当に至難だ。言葉にすれば “いつも通りの自分(おれ)”でいればいいだけのことなのに、それが難しい。

 

 

 

 “『・・・なんか傍から見たらいまの私ってめっちゃ恥ずいなって急に思って・・・』”

 

 

 

 「(・・・にしても、あのときの蓮の表情(かお))」

 「隣いいですか?」

 「あ、はい」

 

 と言った傍から無意識にまた余計なことを考えかけていた意識に、誰かが呼びかける声が入った。

 

 「ってあれ?もしかして憬くん?」

 「・・・・・・・・・牧さん?」

 

 どこかで聞き覚えのある少し鼻にかかった甘い声と、紺色のキャスケットからチラッと出ている赤い髪と、色付きの伊達メガネ越しの右目の下にある泣き黒子がトレードマークの可憐で凛とした顔立ち。

 

 「私って認識するのにちょっとだけ時間かかったね?」

 「ごめん。だけどあまりにも急だし想定外だから」

 「あははっ、確かにドラマで一回だけ共演してからは渋谷の映画館で一度すれ違っただけだもんね」

 「確かに」

 「ていうか制服で来たんだ?」

 「あぁ、これは単に寮に戻って着替える時間がなかっただけ」

 「来る途中でバレたりしなかった?」

 「いや誰にも」

 「その格好でよくバレなかったね?」

 「うん。俺が一番驚いてる」

 「まあ憬くんはカメラが回ってないときはオーラが“普通”だもんね」

 「何だろう、あまり褒められてる気がしないんですが・・・

 

 周りにバレない程度の変装をしているとはいえ顔と声で隣の“有名人”が誰なのかは一瞬で分かったけれど、会うのが久しぶりな上に現れたのがあまりにも唐突だったから、隣に座ったのが蓮と同じ部屋に住む俺らの世代では群を抜いた実績を誇る子役上がりの“知り合い”だと頭で理解するのに、5秒くらいかかった。

 

 「久しぶり。夕野憬くん」

 

 無理はない。だって俺と牧がこうしてまともに顔を合わせるのは『ロストチャイルド』を蓮と一緒に観に行ったときに偶然すれ違って以来、実に半年以上ぶりだからだ。

 

 「ちょっと会わなくなったうちに随分と“出世”したんじゃない?」

 「いやいや、さすがに牧さんには負けるって」

 「うん。たかだが芸歴3年目に負けてたらお話にならないから」

 「変に謙遜しないところは変わらず牧さんらしいな(どっかの蓮と堀宮(女子ども)もそうだけど)」

 「ふふっ、ありがと」

 「褒めたつもりはないんだけど」

 「うわひどい」

 「嘘吐いたってどうせすぐ分かるでしょ牧さんなら?」

 「そうだね。私は女優だし」

 

 周りの音に馴染むぐらいに声を抑えて話す久しぶりの会話と、小悪魔のように可愛らしく不気味な青紫色(バイオレット)の瞳から向けられる久しぶりの感情。牧とは蓮を通じて偶にEメールや電話でやり取りをすることはあったが、そもそも顔を合わせて話すのは片手で数えられるぐらいでしかないから、いざこうやって会うと相手に話を合わせるので精一杯になる。

 

 「ともあれ、ドラマが始まったらあなたも本格的に“有名人(スター)”の仲間入りだね。憬くん」

 

 そんな久しさと困惑を感じながら言葉を返す俺に、左隣に座った牧はドラマへの出演が決まり本格的に有名人になりつつある現実を突き付ける言葉を抑え気味ながらも楽し気な声色で告げて泣き黒子がある右目でウィンクする。

 

 「俺が“スター”・・・まだいまいち実感は湧かないけど、そうなっていくんだろうなってのは薄々は思ってる」

 

 ウィンクで見つめる牧の視線が、俺の意識を一瞬で支配しようとして離れなくなって、視線がスクリーンへと戻った瞬間に、支配していた感情がスッと身体から抜けて消えていく。もうすっかり芸能界という世界にいる現実に慣れてきても、やっぱり牧のような俺や蓮とは別次元の領域にいる役者が持つオーラと対峙するのは一筋縄ではいかない。

 

 「そっか・・・薄々思い始めてるのなら、次は自分が“スター”だって確たる自信が持てるようにもっと芝居を頑張らないとだね?

 

 そもそも2歳のときから芸能界で生きてきた故にあまりに色々な期待(もの)に晒されてきた牧とは、同じ役者として背負っているものの“重さ”が違いすぎる。これがつい最近になってようやく世間に名前が認知され始めた俺と、10年以上に渡って世間に名前が知られ続けているこの人との大きすぎる差だ。

 

 

 

 “『あなたが思っているほど強くないよ。私は』”

 

 

 

 たかが“1人の役作り”で悩んでいる暇なんて、このまま有名人になっていくかもしれない俺にはもうないのかもしれないな・・・

 

 

 

 「言われなくとも

 

 自分が抱えている苦悩(もの)を一切見せずに平然と微笑む“スター”からの助言に、俺は現状で言える精一杯の強気を返して、左に向けていた視線を前へ移す。まだ空席が少しばかりあったはずのシアターは、いつの間にかほとんど満席になっていた。

 

 「それで、憬くんはどうしてここにいるの?」

 

 視線をシアターのスクリーンへ移して数秒ほどの間を空けて、牧が視線を前にしたまま話しかける。

 

 「主演の先輩から観に来いってチケット奢られた」

 「なるほど。いわゆる“サクラ”だねそれ」

 「まぁ、そういうことになるな」

 

 この映画をわざわざ観に来た理由は一つしかないから、俺はありのままで答える。

 

 「もしかして牧さんも蓮に頼まれたとか?」

 「ううん、私は完全にプライベート。だから蓮は私が来てることは全く知らないよ」 

 「そうなんだ・・・スケジュールが空いてた感じ?」

 「うん。最近は悪魔的に忙しかったときより余裕があるから」

 

 その流れで俺も同じ内容を聞いてみたら、どうやら牧は俺とは違ってスケジュールがたまたま空いていたからプライベートで事務所の後輩でもある同居人()の舞台挨拶を観に来たらしい。

 

 「ここ1,2年でメインの仕事をドラマから映画に移したから、少しだけスケジュールに“ゆとり”が出来たんだよね。それでもまだ忙しいのは変わんないけど」

 「言われてみれば確かに最近は全然ドラマ出ないよね牧さん?」

 「当たり前だよ。もうドラマの仕事なんて1年近く受けてないし」

 

 本人の近況によると、このところは仕事を選ぶようになったことでスケジュールに余裕が出来たという。確かに言われてみれば、変わらず映画には出続けているけれどこのところドラマではすっかり牧静流の名前は見なくなった気がする。

 

 「っていう感じにさ、私たちは自分で仕事を選べるようになってからが“本番”なんだって、憬くんも思わない?」

 「・・・どういう意味?それ?」

 

 そういって油断した瞬間を突くように、牧はいきなり俺たち役者の本質に迫るようなことを俺に向けて言ってきた。いきなり“本番”と言われても、意味が分からない芸歴3年目の俺はその意味を問うことしか出来ない。

 

 「・・・その答えはこれから憬くんが乗り越えていく“正念場”の先に、きっとあるよ

 

 向けられる問いに応えられない俺を嘲笑うかのように、相手がどのような感情を抱えて『ユースフル・デイズ』の撮影やもう一つの仕事に取り組んでいるのかなんて全く知らないはずなのに、牧はあたかも全部知っているかのように核心を突いてくる。まだ数回しか会っていないから当たり前だとはいえ、この人は本当に何を考えているのか分からなさすぎる。

 

 「ただ忘れちゃいけないのは・・・・・・“きっと”ってこと

 

 ひとつだけ俺でも分かるのは、こんなにも一緒にいて油断ならない先輩女優と同居するレベルでずっと一緒にいたら、そりゃあ蓮はあれだけ芝居が上手くなって成長するわけだ・・・ということ。

 

 

 

 

 

 

 “『・・・牧静流(あいつ)はあたしの“居場所”を目の前で何度もすまし顔で奪い去っていった“(かたき)”だから、この地球上にいる誰よりも最高にいけ好かない・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・牧さんって」

 「あ、始まるよ」

 

 左の席に座りまだ何も映っていないスクリーンを一点に見つめながら助言を送る牧を視て、ふと堀宮がカイプロに来てすぐの頃に言っていた言葉を思い出してそのことを聞こうとしたが、上映前の舞台挨拶の開始を告げるシアターのブザーで俺の言葉はタイミングと共に掻き消された。

*1
本編(いま)の時系列は2001年です。




思惑巡る、舞台挨拶_



にしても26年前ってことは俺がこの世に生まれた年から一度も日本一を獲れてなかったってことになるんだよな……長きに渡る暗黒時代があったとはいえ、年数にするとマジで長かったな。
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