或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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やはり赤牛はリアムローソンを選んだか・・・・・・言いたいことは山ほどあるけど、タラレバを言ったところで現実は何も変わらない。

だからF1界隈としてこれだけ言っておきます・・・・・・リアム、選ばれたからにはマックスのチームメイトとして相応しい走りを頼むぞ!そしてつのっち、来シーズンは自分を選ばなかったことを後悔させるぐらい大暴れしてやれ!マジで応援してるから!

現場からは以上です。


scene.110 目障り

 午後のファミレス。テーブル席で向かい合って座り注文したフライドポテトと軽食のデザートを食べながら話す新太と亜美。

 

 「何か今日はほんとごめん。普段映画とか全然観ないからどういうのが良いとか良く分かんなくてさ」

 「いいよいいよ。久しぶりに新太くんと2人で遊べたってだけで楽しかったし」

 「そっか・・・なら良かったけど」

 「ふふっ。本当さ、新太っていつもはどちらかというと引っ込み思案なのにたまに冒険するよね?」

 「・・・うるせえ」

 「ごめんごめん。でも、まさか新太がホラー好きなのはちょっと意外で面白かった」

 「あそこまでリアルで生々しいやつだとは思わなかったけどね」

 「うん、それは私も思った」

 

 休日に幼馴染の亜美を誘って一緒に映画を観たものの、映画のチョイスを間違えてしまったことを未だに引きずる新太を、亜美は優しく笑って気遣う。

 

 「・・・正直さ、亜美が陸上やってるって聞いたときはちょっとだけビックリした」

 「いまその話するの?」

 「悪い?」

 「ううん、全然」

 

 注文したポテトとデザートを口にしながら、前触れなく新太は亜美が中学に上がり陸上を始めていた話を始める。その突拍子のなさに一瞬だけ首を傾げるも、亜美は小学校を卒業するのと同時に離れ離れになっていた新太の変わらない様子に微笑ましさを感じて話に乗る。

 

 「なんか僕のイメージだと、言っちゃ悪いけど亜美ってあんまりスポーツとか興味なさそうなかんじだったからさ」

 「あぁ確かに。習い事がどれも文化系だったからね。例えばピアノとか」

 「そうそう。音楽の発表会はクラスで亜美以外にピアノ弾けるやつがいなかったから毎回ピアノの伴奏は亜美だったよな」

 「うわ~懐かしい~」

 「あれよく引き受けたよね亜美?」

 「仕方ないじゃん。みんな人前だと緊張して弾けない弾けないって言うからさ」

 「ホントによく弾けるなって今でも思うよ」

 「人よりあんまり緊張しないってだけだよ」

 「それが凄いんだよ僕からすれば。あんなに無言で人から見られてる中でノーミスでピアノ弾くとか」

 「新太くんだってずっとサッカー頑張ってるじゃん」

 「あれはまぁ、仲間の激励とか応援があるから頑張れるんだよ」

 「試合のほうが緊張しない?」

 「僕からしたら発表会でみんな黙ってる前でピアノ弾くほうがよっぽど緊張するよ」

 「そもそも新太くんってピアノ弾けたっけ?」

 「全く」

 「だよね」

 

 小学校にいた頃の思い出話がいつの間にか弾み始め、2人は物思いに沈みながら静かに盛り上がる。

 

 「そういえば亜美は何で陸上始めたの?」

 「えっ?言ってなかったっけ私?」

 「まだ僕は聞いてない」

 

 思い出話が続く中、新太は亜美に陸上を始めた理由を訪ねる。

 

 

 

 亜美の頭の中で回想となって映る、1人の男子生徒。

 

 

 

 「・・・んー、何て言えばいいのかな?」

 

 新太から理由を訪ねられた亜美は、一瞬だけ複雑そうな顔をしてすぐに平然とした顔を作り、ややわざとらしく理由を考える。

 

 「とりあえず友達が誰もいない新天地に行くんだったら、やったことないことをやってみよう・・・みたいな?」

 

 少し考えて、亜美は新太に陸上を始めた理由を明かす。

 

 「あぁ、“そういうやつ”か」

 「そういうやつって?」

 「いや割とありがちなやつだなって」

 「あははっ、ありがちって何??」

 

 亜美の表情に若干の違和感を感じながらも気のせいだと思いその場しのぎな返答で押し切る新太の様子に、亜美は堪えきれずに笑い出す。

 

 「やっぱり何も変わらないね。新太くんは」

 

 そんな不器用な幼馴染の変わらない様子に、心底嬉しそうな笑みで亜美は新太を見つめる。

 

 「・・・割と変わったよ。あれから」

 

 離れ離れになってから4年ぶりに会って更に可愛くなった亜美に何とも言えない胸の痛みを感じながら、新太は絞り出すように言葉を返してソフトドリンクのコーラを口に運んで気持ちを誤魔化す。

 

 「(そういうとこだよ)」

 

 満更でもない気持ちを誤魔化す新太を心の中でツッコみながら、亜美は無言で見つめながら静かに笑う。

 

 「あれ・・・・・・亜美?」

 

 ちょうどそのタイミングで、ソフトドリンクの偶然通りがかった1人の男が声を掛ける。

 

 「・・・あの、知り合いですか?」

 

 亜美の名前を呼んで声を掛けてきた男に、新太は問いかける。亜美は気まずそうに下のほうを向いている。

 

 「そろそろ帰ろう、新太くん」

 「ちょっ、亜美」

 

 次の瞬間、亜美は新太へそう言うとレシートを握って立ち上がりそのままレジのほうへと逃げるように早歩きで歩く。

 

 「・・・失礼します」

 

 新太も亜美を追うようにファミレスの席を立ち、突然声を掛けてきた同い年ぐらいの男に会釈をして、レジへと駆け足で向かう。

 

 「・・・・・・」

 

 注文したメニューとドリンクを残して新太と亜美がレジへと立ち去った方向を、男は複雑な表情を浮かべて見つめながら立ち尽くす。

 

 「傑~、なに突っ立ってんだよ?」

 

 近くのテーブル席で自分を呼ぶ男友達の声が聞こえ、傑は振り返る。

 

 「悪ぃ、何でもねえ」

 

 いつも行動を共にしているグループの男友達に機嫌よく言葉を返して、傑は座っていた席へと戻る。

 

 

 

 「カット!レストランのシーンはこれで以上になります」

 

 

 

 

 

 

 同日_神奈川県川崎市_

 

 「良い演技だったよ、ヒロ」

 

 午後5時25分。撮影のために貸し切った国道沿いのレストランの中で自分の出ている場面(シーン)のVチェックをし終えた尋に、初日を終えた労いの言葉をかける。

 

 「今日のトーヤもGreat(最高)だったぜ。もちろんアズサも」

 

 俺からの労いに、尋は立ち上がり機嫌よく答える。もうすっかり親友として見慣れてしまったところもあるが、爽やかさのなかに野性的な要素が同居するキリッとした顔立ちと181cmの恵まれた体格は画面映えがとにかく良い。本人の口から“スターズのオファーを蹴った”と聞いたときはこいつにスターズが?と内心では思っていたが、ライバル目当てで観た映画の中で端役ながらも天性のセンスを感じた存在感のあるこいつの演技をこの眼で見てからは、アリサが本気でスカウトしようと考えていたのも頷けるようになった。

 

 「ったく、相変わらず楽しそうに演ってんなヒロは?」

 「それはお前もだろ?」

 

 もしかしたら同じ事務所に所属する戦友になっていたかもしれない尋は、メインキャストというライバルがいようがお構いなしに自分のペースでこのドラマの現場を楽しんでいる。

 

 「あぁ。こういうのは楽しんだもん勝ちだからな」

 

 そんな感じで小学生のときからずっとこの調子な尋を見ていると、良い意味で蓮みたいにバチバチとプレッシャーを掛けてくる助演が必要なように、その逆でいかなる時も自分のペースを貫く助演も現場においてはまた必要だなってつくづく思う。

 

 「こういう作品に出ることにOKを出してくれたアリサには、今回ばかりはマジで感謝だよ

 

 やっぱり主演を際立たせるだけの“引き立て役”に徹する助演しか用意されていない作品より、俺は断然こういう作品のほうが演りがいがあって好きだ。

 

 「That's neat(最高じゃん)

 

 口から出た半分独り言のような本音に、このドラマで亜美にとって中学時代のクラスメイトにして初恋相手である物語の“キーマン”の相川傑を演じている尋はお決まりのネイティブな英語で笑いかけ、俺の背中を優しく叩く。こいつが芸能界に入ったのは昨日今日の話じゃないことは分かっているのに、初めて同じ現場でこいつの演技を見るとどこか違和感にも似た新鮮さを感じて、嬉しいような恥ずかしいような何とも言えない気分になる。

 

 「別にいいって反応しなくても。独り言だし」

 「そーいうなよ褒めてんだから」

 「悪い悪い」

 

 

 

 これでとうとう俺が本音で包み隠さず話せる友達(ひと)は、みんな“ライバル”になってしまった。別に寂しさとかネガティブな感情はないのだけれど。

 

 

 

 「そういえば、時間的にそろそろ杏子の主演映画が始まる頃ですね」

 

 撤収作業に入り始める撮影現場のレストランの光景を眺める俺と尋に、後ろからあずさが語りかける。言われて思い出したが今日は杏子が主演を演じるバトルロワイアル映画『殺戮教室』の公開日で、撮影のない杏子は舞台挨拶に出るために新宿の映画館にいる。

 

 「あ~そっか。ホリミィは今ごろ映画館で舞台挨拶か」

 「それってバトルロワイアルのやつ?」

 「はい、そうです」

 「あれ地味にずっと楽しみにしてんだよね俺」

 「マジ?だったらどこかで休みが取れたらみんなで行くか?」

 「でもメインが揃うってなるとよほどの変装をしないと周りがパニックにならないか?

 「そもそもメインキャストの4人全員の休みが揃う日は来るのかって話だけどな?

 「あの、このやり取りって英語でやる必要あるんですか?」

 「None(無い)」「None(無い)

 

 その話題を帰国子女が相手だから出来る馬鹿げたやり取りをしてはもう一人の共演者に突っ込まれながら話す、一日の撮影が終わったばかりのレストランでの一幕。そういや杏子のやつ、“後輩”を招待したと言っていたような言っていなかったような。

 

 「それじゃ、とりあえずオレらも適当に撤収しますか」

 「そうですね。6時までにはここを空けないといけませんので」

 

 なんてどこかの“ライバル”のことを頭の片隅に浮かべつつ、俺たち3人は約30分後までに完全撤収をしなければならない撮影現場のファミレスを後にした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「いや~あっという間だったねバトルロワイアル」

 「正しくは『殺戮教室』だけどね」

 

 堀宮が主演を演じるバトルロワイアル映画である『殺戮教室』のエンドロールが流れ終わり、シアター内の照明が付くのと同時に牧が機嫌よく話しかける。冒頭約30分ほどの舞台挨拶を含めて2時間半。隣から掛けられていた揺さぶりで最後まで気力が持つかどうか心配していたが、終わってみればバトルロワイアルの世界観にすんなりと入り込めたおかげで本当にあっという間だった。

 

 「さて、先ずは映画オタクらしく評価して頂きましょうか憬くん?」

 「別に映画オタクでも批評家でもないんだけどな俺・・・」

 

 観終えたばかりの俺に、右隣に座る牧は早速この映画の批評を聞いてくる。舞台挨拶のときに感じたただならぬ気配は今は消えていて、纏う空気は芸能活動をしている高2の女子になっている。

 

 「深澤作間って映画監督が観客に対して心情の魅せ方を熟知している監督(ひと)だというのは始まって10分もしないうちに分かったよ。殺し合いをしてもらうことを先生から告げられたときに生徒全員が状況を理解出来ずに叫んだりパニックになったりすることもなくざわざわとしているだけのところが、先生がいきなり銃を取り出して1人の生徒を容赦なく撃ち殺した瞬間に教室の中が一気に錯乱状態へ変貌する場面の対比になっていて、放心状態からパニックに至るまでの心理描写が空気感も含めてリアルに作り込まれていたから観る側としてはすんなりと入り込めた」

 「映画オタクでも批評家でもない割には冒頭のシーンだけでめっちゃ語るね」

 「引かれない程度に抑えようと思ったけど駄目だった」

 「このペースで話されると憬くんの話が終わる前にシアターが閉まっちゃうよ?」

 

 それに気を良くしたのか、感想を聞かれて話してみれば案の定出てしまうガキのときからの悪い癖。ここ最近は出なくなったと思っていたけど、考えてみれば単純に誰かと映画を観る機会が減っていたせいで相対的に癖が出る頻度が落ちていただけというオチだった。いざ人から言われると、今でも割と恥ずかしい。

 

 「でも憬くんが最初に言った通り。作間さんの撮る映画ってああいう感じの人柄からは想像もつかないくらい、人物の心理描写が繊細なんだよね」

 「こういうバトルロワイアルやパニック系は何かと迫力を出したいから大袈裟な演出を付けがちだけど、生徒たちが殺し合いをするっていう突飛な設定を除いたらちゃんと感情表現もリアルだからそういうあり得ない世界観を受け入れられた・・・やっぱり40年も映画に携わってる人の創る映画は違うわ」

 「って憬くんが偉そうに言ってたこと作間さんに伝えておいていい?」

 「もしかしなくても怒られる気しかしないからやめろ何で俺の周りにいる女子共は揃って揶揄い好きなんだ・・・)」

 

 だけど結局は映画の話や芝居の話をするのは楽しいから、つい長々と喋ってしまう。特に今みたいに話が分かる人が隣にいるともう尚更で、ドラマの撮影が真っ只中であることをつい忘れてしまうくらい没頭してしまう。そんな()()があるほど、今は楽観的な状況じゃないのは自分が一番分かっているのに。

 

 「“親友”の演技はどうだった?」

 

 バトルロワイアルを観終えてすっかり気分が休日になりかけていた俺を“現実”へと引き戻す一言が、牧から向けられる。

 

 「蓮の演技か・・・」

 

 

 

 『アンタがもっと早く殺されてたらアキオは死ななかった!!』

 

 

 

 「また上手くなったなって感じかな」

 「あら?さっきとは打って変わってシンプルな感想だね」

 「俺がまともに話したらシアターが閉まるって牧さんが言うから」

 「意外と人の言うこと気にするタイプなんだね憬くんって」

 「まぁ、人間だから多少は気にするでしょ」

 

 結論から言えば、蓮の芝居はこの映画でも光っていた。主人公であるレンコの友人の1人でもあるカスミは最初こそレンコやその幼馴染のケンタ、そしてカスミが密かに片思いをしている男友達のアキオという主人公サイドに協力的だったが、“最後の1人”になるまで行われる殺し合いの中で少しずつ精神をすり減らしていき、レンコを庇う形でアキオが命を落としたことで完全に心が壊れ、カスミはアキオが持っていた銃を取りレンコに銃口を向ける。

 

 『レンコ、お願いだからもういなくなってよ。この期に及んで誰かに守ってもらって自分だけ助かろうとしてるクズなんて・・・ここで死んだほうがいいんだから』

 

 レンコに殺意と共に銃口を向けるカスミの表情は、演じているのが蓮だということを忘れるくらいにやつれていて、殺意に満ちていた。本編を通じてつい昨日まで仲の良かった友達を容赦なく手に掛けようとするところまで追い込まれていくカスミの心情の変化を、蓮は丁寧に演じ切っていた。

 

 「はっきり言って初めて蓮が出た映画で感じた拙さは全くなかった・・・本当に丁寧に最後までカスミを演じ切ってたと思うし、代わりは誰も出来ないって思えるぐらい最初から最後まで演技が安定してた・・・」

 

 

 

 『いいよ、カスミ・・・・・・それでカスミの命が救われるんだったら・・・私はここで死んでもいい』

 

 

 

 「でも・・・それを“レンコ”は余裕で超えてきた

 

 ただそんな渾身の演技を、たったの1カットで主人公(ヒロイン)は上回って俺の親友を“引き立て役”にしてしまった。殺し合いが進んでいく中で最後の最後まで自分のことより周りのことを気に掛けてきたレンコの、色々な感情が詰まった上で成り立つ覚悟の決まった表情。もはや本気で死を覚悟している人の感情の中に、何とも言えない晴れやかさに似た雰囲気があって、それが殺意に支配されたカスミとの対比となって観客に訴えていた。直後に訪れるあまりに呆気ないカスミの死も含めて、こんなときでも正気を保ち続けるレンコの正義感と純粋さが1周周った“狂気”となって際立っていた。

 

 「それはレンコ役の演技がってこと?」

 「いや、確かに演技も凄かったけど・・・演技じゃ説明のつかない“何か”を杏子さんは持っていた」

 

 演じる役と感情がリンクしながらも、レンコを演じる堀宮には演技力で圧倒することで生まれる存在感とはまた違った、主人公ならではの“”があった。自分自身という唯一の武器が、替えの利かない演技を生んでいた。もちろんそれは物語(カメラ)が主人公を演じる堀宮にフォーカスを当てているという側面もあるが、最後まで主演が助演に存在を喰われることなく映り切ることは並大抵の努力では辿り着けない。

 

 「きっとその“何か”が、メインキャストを演じ切れる理由なんだなって」

 

 選ばれている自分が言うのも難だが、これが“メインキャスト”に選ばれる人の演技であり芝居であると俺は感じた。

 

 「・・・同じ事務所の先輩のことを褒めるのも難だけどさ・・・やっぱりこういう芝居を見せられると杏子さんってすげえ役者なんだって、俺は思う

 

 

 

 そういうメインに選ばれる価値のある芝居を、俺はいま求められている。

 

 

 

 「・・・私も観てて演技が上手くなったよなあって思ったよ。確かにあれはただ事務所のゴリ押しで主演を演らされたモルモットじゃなくて、ちゃんと()()()自身の実力で自分の存在意義を証明できていたから」

 

 事務所の先輩を本心のままに褒めた俺に、牧は呟くように毒が交じった共感の言葉をかける。

 

 「けど、ここまで来るのに頑張った努力とかも全部ひっくるめて、私には“普通に上手いだけの芝居”にしか思えなかった」

 

 若手のトップになりつつあるところまで這い上がった堀宮を見てさすがに同年代の“ベテラン”も多少は感心しているのかと思った矢先、冷たい洗礼がピシャリと何も映らなくなったスクリーンへと放たれた。一見手放しで褒めているかのように思えて“大したことがない”という意味を持つ評価が、自分の期待に達していないと言わんばかりにスクリーンを見つめる冷めた視線となって語っていた。

 

 「さすが、牧さんのレベルになってくると評価が厳しいな」

 「ごめんごめん。別にあの子のことを貶すつもりはこれっぽっちもないんだけどさ」

 

 俺が役者としての経験値の違いからくる意見の違いを口にすると、牧は少しばかり申し訳なさそうに決して堀宮のことは貶していないと打ち明ける。この人が嘘を平気で吐くような人なのかどうかはともかく、人のことは決して必要以上に悪く言うような人ではないことは一度だけ共演した最初のドラマのときにはもう知っているつもりだ。

 

 「分かってるよ。きっと牧さんはちゃんと“評価してる”人だから・・・」

 

 こと芝居に関しては本当の意味で正当に視ている人だから、悪く言われてしまったところで言い返せない。そもそも本人にしてみれば、至って悪気はないのだけれど。

 

 「言っておくけどあくまで“一意見”に過ぎないことはお忘れなくね?憬くん」

 「あぁ。それも分かってる」

 

 自分のことを買い被り過ぎと言いたげに笑うと、俺からの返答をタイミングにして牧は席から立ち上がる。

 

 「・・・ここを出る前にどうしても牧さんに聞きたいことがあるんだけど」

 

 このまま立ち去ろうとしていることを直感で察して、立ち上がった牧を呼び止める。この人に一番聞きたかったことを、俺はまだ聞けていない。

 

 「うん。映画を観終えたら本当のことを話すって約束だったからね・・・」

 

 問いかける前に、牧は自分のほうからその話題に触れる。こっちが言わなくてもきっとこの人なら“聞かないの?”と聞いて来ただろうということは、容易に想像が出来ているから意外さは全くない。

 

 「ちゃんと覚えていてくれてたんだな?」

 「当たり前でしょ。これでも私はちゃんと人との約束は早いうちに果たすタイプだから」

 

 ちゃんと覚えていたことに触れると、牧は軽くおどけるように席に座ったままの俺を横目で見つめる。

 

 

 

 

 

 

 “『牧静流(あいつ)はあたしの“居場所”を目の前で何度もすまし顔で奪い去っていった“(かたき)”だから、この地球上にいる誰よりも最高に“いけ好かない”』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・()()()()()のことを一言で言うと、“目障り”かな

 

 『殺戮教室』の本編が始まる前の約束通りに、1トーン沈んだ冷ややかな声で堀宮へ対する本当の気持ちを牧は俺に明かして、座席の通路へと出る。

 

 「じゃ、またどこかでね」

 

 そして何食わぬ顔といつものトーンに戻って軽く手を振り、そのままシアターを後にしていく。もう一度だけ呼びかけようとするが、もうシアターにはいない堀宮のことを下の名前で呼んだその声が立ち去る少し小柄な背中から出てきたものとは思えないほど重く聞こえてしまったせいか、立とうとしても身体が動かない。

 

 「目障り・・・」

 

 出入口へと歩く背中を見つめながら、言われた言葉を意味もなく独り言で復唱する。

 

 

 

 “『あの子とは共演したこともあったけど、これと言って印象には残らなかったからそのときのことはあんまり覚えてないし、ライバルとも思ってない・・・』”

 

 

 

 「・・・目障りか」

 

 何とも思っていないと冷めた眼で言っていたことがどうしても信じられずに聞いてみたら、返ってきた答え。果たして牧は何を思いながら、堀宮に向けてそう言ったのか。ただ単に、あの程度の実力で自分と同じくらい芸能界で注目され出していることが気に食わないのか・・・いや、牧はそんな程度のことで嫉妬したりするレベルの人間ではないはずだ。何せ彼女が今いるのは、きっと俺たちメインキャスト4人が戦っているところよりも、更に先の場所。本当に、牧静流という女優(ひと)は青紫の瞳の奥で何を見つめているのか、どんな感情で周りの人間を視ているのか、全く分からない。

 

 “どうでもいいくせに・・・・・・言ってくれるな

 

 ただ、もしその言葉に期待しているが故の裏の意味があったとしても、この世界においては正しい評価のひとつだったとしても、尊敬している役者のことを目の前で“目障り”だと言われると良い気分はしない。それは単純に役者として尊敬しているだけではなくて、堀宮がメインキャストに選ばれるような役者になるためにどれほどの努力を重ねて来たのか、芝居を通じて知っているから。

 

 

 

 

 

 

 “『あたしが演じる雅のこと、本気で“好き”になってよ・・・・・・“好き”って感情を向けられたあたしが本当に我を忘れて役に入り込んじゃうくらいね?』”

 

 

 

 

 

 

 「牧さん

 

 一方的な“さよなら”をしてシアターの出入口から出て行った牧を駆け足で追いかけ、通路でもう一度呼び止める。声を掛けられ立ち止まるも、目の前の背中は振り返ることはない。

 

 「牧さんにとっては目障りでも・・・俺は努力で今の場所まで這い上がった杏子さんのことを心から尊敬してるから・・・

 

 背を向けたままの牧に、嘘なんて1つもない堀宮への思いをぶつける。きっと今の俺はまだ、メインに選ばれた3人はおろか蓮の背中を追うような場所にいる。それでも目上のスターに対して確たる意思を持って口答えを返せるくらいには、経験を積んできた。だから誰が何と言おうと、俺は“俺らしく”自分だけが出来る芝居を模索して、誰にも譲れないほどの武器にしたい。

 

 「それが憬くんの答え?

 「・・・おう

 

 背を向けたまま向けられた問いに、俺は頷く。尊敬している先輩のことを悪く言われたおかげなのか一本の映画を鑑賞した後で若干ハイになっているだけかは知らないが、つい2時間前までずっと色恋で悩んでいたこの心の中で、何かが吹っ切れた。

 

 「そっか・・・やっぱり憬くんはどこまでも“正直者”だね

 

 振り返ることなく、俺からの相槌に牧は初めて会ったときにも言っていた言葉を返す。顔が視えなくても、表情が笑っているのは優しくなった声色で分かる。

 

 「期待してるよ。7月のドラマ

 

 そして最後に捨て台詞とばかりに振り向いて告げると、去り際にサングラス越しに泣き黒子のある右目でウィンクをして颯爽と牧は歩き去っていく。その“期待”には色んな意味合いが込められているのかもしれないが、振り向いたときの牧の瞳に映っていた感情は、紛れもない本心だった。

 

 

 

 

 

 

 “『あなたが思っているほど強くないよ。私は』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・あんただってそうだろ

 

 言いたいことを言えた俺は、小さくなっていく背中にかつて彼女が口にしていた本音を思い浮かべながら届かない声量で最後の言葉をかけて、反対側の階段へと足を進めてそのまま寮へと帰った。




静かに燃える、この心は_



1ヶ月ぶりです。このところは新たに他作品のSSを書き始めたせいですっかりこちらの更新が滞っておりました。お待たせして申し訳ありません・・・と言っておきながらではありますが、拙作の更新はこれにて今年最後とさせていただきます。

2024年は良いことも悪いことも含めて、本当に色んなことがあったと思います。僕自身としては特定の出来事は伏せておきますが、これまでの1年より人の命について考える機会の多い1年だったと思います。はっきり言って堂々と良い1年だったと言い切れないところはありますが、いざ振り返るとこうしていつもと何ら変わらない可も不可もない普通の日常の繰り返しを最後まで送れただけでも、今年は良い1年だったと言えるのかもしれません。

とにかく来年は、今年よりいい年になることをただ願っています。

それでは最後にまだ気は早いですが、メリークリスマス。そしてよいお年を。
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