或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.12 顔合わせ

 ここはSMSのスタジオの中でも最大規模を誇るA1(エーワン)スタジオ。ドラマのセットが目いっぱいに組み込まれたこのスタジオで、『HOME -ボクラのいえ-』の撮影は順調に行われていた。

 

 「本日の撮影はこれにて以上になりますが、17時より第10話の打ち合わせを会議室Aで行いますので各自支度を済ませて集合してください。では一旦解散」

 

 そして脚本兼演出である月島の合図で、第8話のドラマセットでの撮影パートはこの日をもって全て撮り終えた。

 

 

 

 「月島さん。子供の“成長”っていうのはつくづく見ていて驚かされますよね」

 

 撮影が終わり、“アサガヤ”と縦に描かれた白いTシャツにジーンズというシンプルかつ独特な衣装を着た主演の早乙女は演出の月島の隣に並びドラマのセットを見つめていた。

 流石に8話まで来ると、主人公の着ている“おもしろTシャツ”はすっかり見慣れた光景となっている。当然ながら月島は、そんな主人公の“Tシャツ姿”には全く動じない。

 

 「何の話だ?」

 

 そんな月島をよそに早乙女はスタッフ達に挨拶をしてスタジオを後にしようとする1人の少女に視線を向ける。

 

 「・・・『1999(前の映画)』の時はあんなに“下手”だったのに。1年足らずであそこまで上手くなるとは」

 「・・・環か。大器晩成ではあるが、元から(彼女)は女優としての才能を持っている。芝居と言うのは上手いとか下手で決めつけるものではないよ」

 「そんなことは“6年前”からとっくに知っていますよ。だから月島さんはやらせたんでしょ?蓮にあんな“難しい役”を」

 

 このドラマで環が演じている新藤麻友(しんどうまゆ)は、児童養護施設『ピュア』に入所している中学2年生。普段は底抜けに明るいポジティブなムードメーカーとして振る舞っているが、実は母親から捨てられたことによるトラウマで人を信用できなくなっているという二面性を持つ、芸歴2年目の新人が演じるには非常に難しい役である。

 

 「別に深い意味はないよ。新人に難易度の高い役をやらせるという僕のどうしようもない趣味なだけで」

 

 そう月島は嘯いて見せるが、早乙女はオーディションを行った上で環の素質を見抜いて彼女を抜擢したことを知っている。

 

 「(本当は全部分かってるくせに)もし趣味で起用(キャスティング)をするのがまかり通るなら、そこら辺の中学生を拾ってきても成立するじゃないですか?」

 

 月島は決して新人に対して無暗に難しい役を与えている訳ではなく、しっかりと一人一人の素質の有無を見定めた上でキャスティングをしている。

 

 「役を演じるには演じられるだけの才能(モノ)がないと最後まで演じきれない。趣味とは言え、限度ぐらいは持っているさ」

 

 月島は企画の段階で麻友の役には新人を起用すると決めていたが、その中で麻友役に選ばれたのは誰よりも芝居が “下手”だが誰よりも軌道修正(フィードバック)に優れていた環だった。

 演出家との1対1の場面において演出面での注文にすぐさま対応できる力は、ある意味で芝居の上手さ以上に重要な武器である。

 

 「じゃあ、10話で直樹(ボク)の少年時代を演じることになっている“中学生(少年)”も同じ理由(キャスティング)ですか?」

 

 早乙女からの言葉に、月島は少しだけ間をあけて静かに答えた。

 

 「・・・・・信用出来ない役者は演者として使わない。それだけはずっと心に決めている」

 「・・・それを聞いて安心しましたよ。ではまた会議室で」

 

 颯爽としているがどこか意味深ともとれるような口調で早乙女はそう言うと、そのままA1スタジオを後にした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「芸能界に入って最初の仕事が主人公の少年時代の役だなんて普通はあり得ない話だよ。しかもいきなり月9って」

 「似たようなことを海堂さんからも言われたよ」

 

 憬は牧と共に顔合わせが行われる会議室Aに歩みを進めていた。

 

 「おかげで撮影現場は“大物新人”が来るって噂で持ち切りらしいよ」

 「大物新人って・・・」

 

 もちろんその“大物新人”が誰であるのかはおろか、誰が主人公の少年時代を演じるのかを月島はまだ一部の人間にしか伝えていない。

 しかしどこからかは分からないが、それは根も葉もない噂としてスタッフの間で広まっていき、やがてキャスト陣の方にも飛び火していった。

 

 「ある意味早乙女さんより有名人だよ。憬くん」

 「・・・マジか」

 「あれ?もしかしてビビってる?」

 

 不意に斜め前を歩く牧が振り向きざまに背伸びをして抱きつくような体勢で憬の肩に両腕を乗せ、眼前に顔を近づける。互いの息がかかりそうな程に顔を近づけてきた牧に、憬は思わずたじろぐ。

 

 一度だけ環からも似たようなことを仕掛けられたことがあるが、牧のそれは表情や手の仕草一つとっても明らかに “格が違う”。

 

 「・・・そりゃあビビるだろ。いきなり顔をこんな風に近づけられたら」

 

 あどけない少女のような可憐さと人の心を一瞬で惑わす妖艶さを併せ持つ彼女の姿は、息がかかるほど近くにいるのに目の前を透明なスクリーンで遮られているかのような独特の距離感を感じる。

 

 まるで、画面の向こう側の世界で生きる住人と対峙しているかのように。

 

 「そうじゃなくて・・・」

 

 眼前に映りこむ青紫(バイオレット)の瞳がブラックホールのように意識を吸い寄せる。おかげで俺は金縛りに遭ったかのように身動きが取れない。

 

 「顔合わせのことを聞いてるの」

 

 “芸能界は変わり者の巣窟”だとあの時天知は言っていたが、確かにこんな世界じゃ、まともな考えを持つ人間は潰されていくだけなのかもしれない。

 

 「当たり前だろ。どれだけやる気とか覚悟を持っていても恐いものは恐いし、そもそも俺はこんな風に最初から期待されるのは好きじゃない」

 

 だから俺は、奇をてらうようなことはせず馬鹿正直に本音で答える。ここに来たからには役者として全うする覚悟は持っている。でも恐いものはどんなに強がっても恐いままだ。後で化けの皮が剥がれるくらいなら、皮を被る必要もない。

 

 「そっか・・・憬くんは“正直”なんだね」

 「・・・何が?」

 「だから、憬くんは本当に“正直者”だなって」

 「・・・まぁ、嘘を吐くのは嫌いだし」

 

 そう言うと牧は憬の肩から腕を放し、軽やかな足取りで後ろに2歩ほど下がる。

 

 「ごめんね憬くん。いきなりこんな真似しちゃって」

 「ホントだよ。おかげで寿命が1年縮んだわ」

 「・・・私っていつもこうなんだよね。初対面の人とか何色にも“染まっていない”人を前にすると、こうやってその人の持っている“色”を確かめないと気が済まない」

 

 牧の言っている言葉の意味はよく分からないが、どうやら俺は彼女から自分の中にある“色”というものを探られたらしい。

 

 「・・・もしかして、初めて会う人には片っ端からこういうことをやってんの?」

 「流石に知ってる人にはやらないよ。あくまで初めて会う人にだけ。確か、最初にやったのはブッキーと(テン)くんあたりだったかな?」

 「“ブッキー”ってあのブッキーのこと?」

 「そうだよ」

 「さすが芸能人」

 「それはあなたもでしょ」

 

 “ブッキー”はここ1,2年でドラマや映画に次々と出演している今注目の若手俳優で、彼のことはテレビでも度々顔を見ていたから知っている。

 

 「・・・ていうかさ、“テンくん”って誰?」

 

 だが、テンくんに関しては一体誰なのか全く持って見当がつかない。

 

 「天馬心だよ。もう辞めちゃったけどね」

 「えっ!?」

 

 さり気なくとんでもない事実を言ってきた牧に、俺は驚きを隠す暇もなかった。

 

 「何だかんだ10年くらい一緒にいたかな、あの2人とは」

 「・・・牧さんとあの2人って、どんな関係?」

 「う~ん・・・強いて言うなら、“幼馴染”でもあり“同期”でもあり“戦友”でもある、みたいな。もちろん仲は良いけどね」

 

 児童劇団の27期生として共に過ごした “幼馴染”であり“同期の戦友”でもある3人の子役は、時にライバルとして互いに切磋琢磨し合っていた。

 そして月日は流れ1人は芸能界でもトップクラスの大手芸能事務所に移籍し、1人はかつての天才女優(スター)が立ち上げた新しい芸能事務所に引き抜かれ、そして1人は役者を辞めた。

 

 

 「だからって毎回こんなことしてたら嫌われないか?」

 「嫌われないか、ね・・・そんな心配までしてくれるなんて、憬くんは優しいんだね」

 「・・・別に優しくなんかねぇよ俺は」

 「いや、こうやって他人に嫌われないかとか気にかけてくれる時点で憬くんは十分優しいんだよ」

 

 当たり前のことをしただけだが、こうしていざ他人から言われてみると案外当てはまっているようなものだ。ほじくり返されたところで余計なお世話なのだが。

 

 「じゃあついでに、そんな“優しい”憬くんに1つだけ良いことを教えてあげる」

 

 すると牧は前を向いたまま爛漫で明るめな声色(トーン)をそのままに、

 

 「芸能界はね・・・嫌われてなんぼの世界なんだよ。女優だろうと男優だろうとね」

 

 と言った。

 

 「だから私は、女優を続ける為なら“鬼”になっても構わないって思ってる」

 

 彼女の口から出た言葉からは、とても14歳の少女とは思えないほどの重い覚悟を感じた。

 

 「今はまだ受け入れる必要も知る必要もないけど、憬くんもそのうち分かると思うよ。それまで役者を続けていればの話だけど」

 

 2歳という幼さで異端の世界へ足を踏み入れ、14歳という若さで“女優・牧静流”という十字架を背負っている彼女の重圧に比べれば、俺の掲げている“覚悟(モノ)”なんてちっぽけなカスみたいなものかもしれない。

 

 「牧さんって・・・本当に強いんだな」

 

 そんな彼女を目の前にして、果たして今の俺は役者の名乗れるのだろうか。

 

 「・・・あなたが思っているほど強くないよ。私は」

 

 俺からの言葉に、牧は声色を1トーンほど落とした穏やかな口調で答える。

 

 「だから他の人に比べて自分が劣っているとか自分にない才能(モノ)に無理に縋る必要もない。私だって女優である以前にあなたと同じ“人間”だからね」

 

 そして俺の思っていることを全て知っているかのような口ぶりで、牧はトーンを再び戻して明るめ言った。

 

 「とにかく顔合わせはリラックスして行こう。現場に入れば新人だろうとベテランだろうと皆同じ“役者”なんだから」

 「・・・そうだな」

 

 気が付くと顔合わせが行われる会議室Aが目の前まで迫っていた。だが、相手役となる牧との距離は1ミリも近づいていないような気がした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「お疲れさまでーす」

 

 軽く流すような口調で牧が会議室に入るのに続くように、憬も挨拶をして会議室に足を踏み入れる。

 

 まだ全員が揃っている訳ではないが、そこには月9ドラマのキャスト陣がそれぞれの席に座っているという“異世界”のような空間が広がっていて、その面子は大河や朝ドラには負けるが中々に豪華な顔ぶれである。

 

 もちろんここには、これからの期待がかかる新人()もいる。

 

 「・・・憬?」

 

 俺が俳優として事務所に所属していることを知らない環にとっては、噂の“大物新人”の正体がまさか俺だとは思っていなかったのだろうか珍しく目に見えて動揺している。

 

 「久しぶり・・・元気そうじゃん」

 

 動揺を隠せずにいる環につられるように、憬の言葉もとってつけたかのようになる。

 

 当然ここに環がいるということは知っていたが、いざ面と向かってみると思うような言葉が出ない。

 ここに来るまでに言いたいことは自分なりに考えてきたはずだが、それらは牧と鉢合わせした衝撃でどこかに飛んでいった。

 毎日のように語り合ってた仲の良い親友が相手でも、久々の再会というものはどこか気まずくなるものだ。

 

 「え?待って蓮と憬くんってもしかして知り合い?」

 

 2人の間に覆いかぶさる気まずい空気を取っ払うように、牧が憬と環に割って入る。

 

 「うん。ついこの間転校するまでクラスメイトだった」

 「ホントに?どういう偶然それ」

 「それはこっちが聞きたいよ。どういうこと憬?」

 

 牧が会話に入った瞬間、気まずさは次第に消えていき環は本来の気さくさを取り戻していく。

 

 「どうって言われても、最初に来た仕事が月9(これ)だっただけの話だよ」

 「・・・さすが、“大物”の言うことは違うね蓮ちゃん

 「ホントね。しかもド新人の癖に月9を“これ”呼ばわりって

 「あの、全部丸聞こえなんですけど」

 

 コソコソ話をするかのような仕草でおちょくる2人を見て、憬は千晶の言っていた同居人の女優仲間が牧であることを察した。

 

 「でも噂の“大物新人”がまさか憬だったなんて」

 「だから何なんだよ“大物新人”って」

 「そりゃアンタしかいねぇだろ」

 

 斜め後方から1人の男の声がして、憬は声のする方へ振り向く。

 

 「大手芸能事務所にいきなりスカウトされて、最初の仕事がいきなり月9でしかも与えられた役は主人公の少年時代。大物どころかバケモンだよ、アンタ」

 「・・・ブッキー・・・」

 

 突然の出来事に、俺はつい“愛称”でその男の名前を口にしていた。

 

 

 山吹敦士(やまぶきあつし)。スターズに所属する若手イケメン俳優でこのドラマでは入所者の1人である猪野侑汰(いのゆうた)を演じている。

 俳優として一躍ブレイクしたのはスターズに移籍する前後のここ1,2年の話だが、彼自身は牧と同様に子役時代も含め10年以上に渡って地道に活動しており、俳優としてのキャリアは長い。

 

 通称、“ブッキー”。

 

 

 「つーか見た感じマジモンの中学生じゃん。大物だって聞いて身構えてたんだけど」

 

 やや尖った言動とストリートファッションに金髪頭の風貌は、両親の教育ハラスメントに耐えかねて不良グループに入り盗みや暴力を繰り返し、家を追い出される形で入所してきた劇中屈指のトラブルメーカーである猪野を彷彿とさせる。

 

 「ねぇブッキー、一応私たちも中学生なんだけど?」

 「アンタらはもう“役者”だろ。だからノーカンだよ」

 

 ちなみに子役時代からの“戦友”で芸歴も同じである牧からは普通にブッキーと呼ばれている。

 

 「一応、俺も役者です」

 「オイ新人」

 

 俺の放った言葉が気に障ったのか、山吹は低いトーンで呼びかけるとポケットに両手を突っ込んだままメンチを切るような目つきで睨みつける。

 背丈は俺とほぼ同じか少し高いぐらいだが、渋谷で遭遇したチンピラとは比べ物にならないほどの威圧感。対峙した時のこの空気はただの若手イケメン俳優とは一線を画す独特な存在感を醸し出している。

 

 「(えっ?何?俺なんか怒らせるようなこと言った・・・?)何ですか?」

 「・・・名前は?」

 

 事務所(スターズ)躍進の立役者である早乙女やオーディションに合格した十夜のような王道とは違った“華”を持つ山吹の存在感(キャラクター)は、誰が付けたか知らないがまさに“スターズの異端児”という異名に相応しい。

 

 「・・・夕野憬です」

 

 蹴落とされそうな気持ちをどうにか抑え込んで自分の名前を言うと、山吹はポケットに突っ込んでいた右手を出す。

 あまりの威圧感に“やられる”と感じた俺は、本能的に一歩後ずさりする。

 

 「俺は山吹だ。よろしくな」

 

 そう言うと山吹は握手を求めるようにポケットから出した右手を差し出し、俺もそれに応じる。

 

「(あれ?もしかして割とまともな人?)・・・はい。よろしくお願いします」

 

 握手を交わした瞬間、安堵の感情が頭の中全体に広がった。

 

 「駄目だよブッキー、新人さんをいじめるような真似しちゃ。おかげで憬くんビビってるじゃない」

 「別に何もしてねぇよ。つーかそもそもいじめなんてクソみたいな真似するわけねぇだろ俺が」

 

 もちろん当の本人にその気は全くないのだが、ストリートファッションの金髪男にいきなりメンチを切られたらビビるに決まっている。ていうか普通の人にいきなりやられても恐い。

 

 「あまりウチの新人(ルーキー)をいじめないでくれる?“あっくん”」

 

 すると今度はまた別の方向から、女性の声が聞こえてきた。

 

 「その名前で呼ぶなって言ってんだろ、“姐さん”。それにいじめなんてやってねぇっつの」

 

 山吹が“姐さん”と呼んだこの女性のことも当然俺は知っているし、何なら彼女とは事務所で既に一度だけ会っている。

 

 「お疲れ様です。令香さん」

 「ごめんね。いきなりこの金髪(ガキンチョ)がややこしいことしちゃって」

 「誰がガキだ」

 

 

 水沢令香(みずさわれいか)。憬と同じカイ・プロダクションに所属している人気トップ女優で、朝ドラのヒロインに抜擢されたこともある同事務所の広告塔の1人。このドラマでは児童養護施設『ピュア』で働く職員で、本作のヒロインである西野美優紀を演じている。

 

 無論、俺にとっては事務所の先輩にあたる人物だ。

 

 

 「それにしても初仕事がいきなり“月9(コレ)”って、ホントに大変ね」

 「周りからもよく言われます」

 

 もしかしたら変人に囲まれ過ぎて感覚が麻痺しているだけかもしれないが、彼女は“変わり者の巣窟”であるこの世界においては珍しい“まともな人”のようだ。

 

 「オファーが来たときは流石にビックリしたでしょ?」

 「ビックリはしたけど・・・役者になりたくてこの世界に入ったので、断る理由はなかったです」

 「おぉ~カッコいいじゃん」

 「・・・そうっすか?」

 「ンンッ」

 

 水沢から煽てられて一瞬だけまんざらでもないような顔をした俺に向けて環が咳払いで諭す。

 

 「あんまり調子に乗らない方が良いんじゃないの?新人さん?」

 「言われなくても分かってるわ」

 「・・・やっぱりこの“ふたり”はお似合いだな~」

 

 そんな2人を、牧は微笑ましそうに見つめながらボソッと呟いた。そして牧の呟きに、2人は互いに恥ずかしくなって思わず視線を反らす。

 

 「・・・あのさ、こういうことをいきなり聞くのも難だけど」

 「ただの元クラスメイトですよ」

 

 “2人はどういう関係なの?”と聞こうとした水沢の言葉を遮るように環は答える。

 

 「だよね、憬」

 「お、おう」

 

 言っていることは間違ってはいないが、あまりに環がサバサバした口調で言うものだから何とも言えないショックのような感覚が身体を襲ってくる。

 

 「でも驚いたでしょ?こんな形で同じクラスの友達と再会するって」

 「まぁ驚きましたけど、正直(コイツ)かよって感情の方が今は勝ってますけどね」

 「オイ蓮」

 

 環の一言で、周囲からは笑いが巻き起こる。数か月前、渋谷で“天馬心”に遭遇した時とは比べ物にならないくらい周りに溶け込んでいる環は、今ではすっかり撮影現場で愛されキャラとなっている。

 

 「月9どころか現実(リアル)じゃ“麻友”のクラスメイトって・・・漫画でも早々ねぇぞ」

 「麻友はリアルにいないでしょブッキー」

 「例えばの話だ。つーかこれだと俺が馬鹿なこと言ってるみてぇじゃねぇか」

 「だってバカじゃん」

 「んだと赤毛この野郎!」

 「(全く、山吹と静流(アンタら)も大概ね)」

 

 子役時代からの付き合いである“戦友同士”のやり取りを、水沢は一歩引いてまるで母親のように微笑ましく見つめる。

 

 「随分と楽しそうだね」

 

 突然割って入ってきた渋めなバリトンボイスの男に、思わず水沢たちは一旦会話を止めて挨拶をする。

 

 「君が “海堂さんの秘蔵っ子”という噂の夕野君かな?」

 

 

 尾方重行(おがたしげゆき)。星アリサや乾由高(いぬいゆたか)などをはじめ、更には薬師寺真美(やくしじまみ)など名だたる大物との共演経験を持つ芸歴30年越えのベテラン俳優である。

 このドラマでは児童養護施設『ピュア』の所長である“おやびん”こと六平丈(むさかじょう)を演じている。

 

 

 「秘蔵っ子って・・・随分大袈裟ですね」

 「そうか?俺に言わせれば、それだけ海堂さんから期待されているってことだろうよ」

 「・・・そうなんですか?」

 「とにかく色々大変だろうけど頑張れよ、新入り!」

 

 尾方はそう言うと豪快に笑いながら憬の背中を一回叩き、そのまま自分の定位置に向かう。

 

 悪気が一切ないのは分かっていたから何とか耐えたが、尾方からの“激励”は結構痛かった。そしてふと周りを見回すと、いつの間にか俺は注目の的になっていた。

 

 「今日来たばかりの“新人”がこんなに注目されるって、異常だよホント」

 

 呟くように環は俺に声をかける。こうしてあらゆる方向から視線を送られた俺は、ようやく牧の言っていた“大物新人の噂”というものを身をもって痛感した。独り歩きした噂が引き起こす恐ろしさと共に。

 

 

 

 「お疲れ様です皆さん」

 

 開始時刻のおよそ5分前、このドラマのプロデューサーの上地と脚本兼演出の月島が会議室に入ってきた。

 

 「初日からすっかり人気者だね、“大物新人俳優・夕野憬”くん」

 

 この2人こそ、今回のドラマのキャストに大物新人をぶち込んだ“元凶”である。

 

 「・・・誰のせいだと思ってんすか?」

 「あれ?ひょっとして仕事(オファー)受けるの嫌だった?」

 「別に、嫌じゃないっすけど」

 「だよねぇ?だからここにいるんだよね」

 「当たり前です(なんかよく分かんねぇけどぶん殴りてぇ・・・)」

 

 どうやら俺は、上地という男をどうしても好きにはなれないらしい。プロデューサーとして本当に凄い人なのは分かるが、この男とは全くもって波長が合う気がしない。

 

 「そう言えば早乙女(主演)はどうした?」

 「あれ?言われてみれば早乙女さんまだ来てないじゃない」

 

 尾方からの一言で、一番肝心の“主演俳優”がまだ来ていないことに気付いた。

 

 「まぁ、主演(ヒーロー)は遅れてやって来るものだからね」

 「いや、どうせウン」

 

 牧の独り言に“ストレート”な合いの手を入れようとした山吹の頭を、水沢が寸でのタイミングで引っ叩く。

 

 「なぁ蓮。早乙女さんが遅れることっていつものこと?」

 「いや、いつもだったら誰よりも早く現場入りしてるような人だから普段なら考えられないよ」

 「だとしたら何かあったんかな?」

 「さあ」

 

 憬と環が小声でやり取りをしていたその時、何やら尋常ではないような得体のしれない気配が会議室一体を襲う。

 

 「お、来たみたいですね」

 

 月島が独り言を呟いた瞬間、会議室の空気が一気に変わった。

 

 「遅いぞ。主演(ヒーロー)

 

 空気を一変させた主演(ヒーロー)に、水沢(ヒロイン)は声をかける。彼が会議室に足を踏み入れたその瞬間、まるで誘導されていくかのように視線を持っていかれる感覚に襲われる。

 

 この感覚はまさに“釘付け”というやつだろうか。

 

 “イケメン俳優の頂点”と称される凛々しさと爽やかさが合わさった男前な顔立ち(ルックス)に雑誌モデル出身ならではのスタイルの良さからなる華やかさと、それらに裏打ちされた確かな演技力。

 安定した芝居と天性のカリスマ性を兼ね備えた彼の存在は、まさしく大衆を虜にする“スター”そのものと言えるだろう。

 

 「すいません。楽屋で10分だけ仮眠を取るつもりが30分寝てました」

 

 

 

 その男の名は、早乙女雅臣(さおとめまさおみ)。今、日本で最も“視聴率”を稼ぐ主演俳優である。

 

 

~~~~~~~~おまけ~~~~~~~~

 

 

 このドラマの主人公である直樹が劇中で着ている Tシャツのうちの一つである“アサガヤTシャツ”は、阿佐ヶ谷の商店街に行けば普通に手に入る。

 

 『HOME -ボクラのいえ-』の放送から18年。ドラマの影響と価格の安さから放送当時は飛ぶように売れていた“アサガヤTシャツ”も、今では観光客や物好きぐらいしか買わない代物となっていた。

 

 「あ、これ凄くいい・・・見た目もシンプルで“オシャレ”だし。値段は・・・大丈夫、これならどうにか買える」

 

 そんな “アサガヤTシャツ”を購入した彼女の話は、また別の機会で。

 

 




まず、タイトルに顔合わせと書いておきながら顔合わせが始まる前に話が終わってしまったことを、この場を借りてお詫びいたします。俗に言うタイトル詐欺というやつです。申し訳ありませんでした。

でもヒーローの登場はギリギリ間に合ったのでどうかお許しください。

そして作者の気まぐれで始まったおまけコーナー、【或る小説家の四行小説 ※タイトル変えました】もスタートしました。ただしこれは完全な思いつきと悪ノリですので今回限りで見納めになるかもしれないし、またどこかで再登場するかもしれません。










11/12追記

PS.【或る小説家の四行小説 ※タイトル変えました】は諸事情によりただのおまけになりました
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