或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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スランプなう


scene.115 腐れ縁

 あれは、よく晴れた中学1年の始業式の日のことだった。

 

 「まさかあの天馬心とこの学校で会えるなんざ夢にも思わなかったぜ」

 

 1限目にあたる始業式だけ出て、映画の撮影というスケジュールもあって学校を早退して校門の前に待機するマネージャーの車へと向かう途中の廊下で、僕は初めて()に会った。

 

 「もしお会い出来た暁にはっつーことでずっと言いたかったことがあんだけど・・・お前って芸能界でチヤホヤされてる割に随分と()()()()()()()してんな」

 

 開口一番、彼はまだ顔すら直接見たことのなかった僕のことを“つまらない芝居をする奴”だとこき下ろした。当然、こんなことを言われていい気分になる人はよほど感性が歪んだ快楽者ぐらいしかいない。

 

 「いまの言葉は僕に対して言ってるのかい?」

 「たりめーだろ。じゃなかったら俺は空気と喋ってんのかって話だ」

 

 心の中で渦巻いた僅かばかりの苛立ちを表情で蓋をして、僕は平然な態度に終始しながら言い返した。

 

 「・・・なるほどね」

 「あ?何がだ?」

 「いや失礼。君の顔をよく見てみるとちゃんと面影があるなと、つい思ってしまってね・・・」

 

 正直、撮影の仕事がこの後に迫っていたこともあって二言程度に会話を済ませてもよかったのだが、彼のことは同じ中学校(がっこう)の廊下で出会ったこの日よりも前からある日の撮影現場一緒になったことのある1人の撮影監督を通じて、僕は知っていた。

 

 「これから僕が演者として撮影に行く映画のスタッフに黒山寿一という撮影監督がいるんだけど・・・その人って君のお父様でしょ?黒山墨字君?」

 

 だから僕は、隣のクラスにいた黒山墨字というその撮影監督の一人息子である彼に、少しだけ興味を持った。

 

 「・・・ハハッ」

 

 軽く話に付き合うついでで核心を突いた僕を見て、黒山は小さく笑った。

 

 

 

 「やっぱお前、役者向いてねえよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2001年_6月10日_

 

 もう間もなく日付が変わろうかという、夜が更け出した新宿中央公園。深夜になろうとも眠ることさえ知らずの如く灯りのついた超高層ビル群から大通りを挟んだ先に広がる大都心のど真ん中に鎮座するオアシスは、頭上の空が暗闇に包まれようとも都会の喧騒を忘れさせてくれるような静けさと心地良さを訪れた者たちに感じさせる。

 

 “噂では聞いていたが・・・実際に目の当たりにするとやはり多いな”

 

 控えめな街頭の灯りを頼りに木々が囲む遊歩道を歩くと、その隙間から段ボールやブルーシートで建てられた簡易というにはあまりに即席的なテントが不気味な存在感を影から歩行者へと放つ。かつてはこの近くの地下通路や広場に“ダンボール村”と呼ばれる200人規模のホームレスのコミュニティーがあったというが、動く歩道の設置という名の強制撤去に始まり、死傷者を出した不審火が原因の火災事故がきっかけで村のコミュニティーにいたホームレスたちは都が用意した施設への移住が決まり、程なくしてダンボール村は消滅した。

 

 とまあ、文字通りに路頭に迷うホームレスの人に期限付きの部屋を与えたぐらいで解決する程度の社会問題であれば、こんな場所に即席の住処を建てることを強いられる人なんて生まれるはずがないだろう。しかしいざ現実に目を向ければこの公園だけでも100人規模の住処を失った人たちが、こうして今日も木々の下で過酷な生活を強いられている。幸運なことに芸能界で一定の成功を収め、そのときの伝手もあって大学1年生の身分にして映像制作会社への将来的な内定も確約されている僕にとっては、今のところ縁もゆかりもない世界・・・なんて割り切れることが出来たなら、どれだけ楽なことだろうか。

 

 “ある意味で公園(ここ)に住んでいる人たちがいる世界と僕の生きる世界は、紙一重くらいに近いのかもしれないな・・・”

 

 バブルが崩壊して10年が経ち、IT界隈で小さな盛り上がりは度々起これど景気は一向に上向かず、世間からは“失われた10年”と言われ始める始末で、衣食住と愛すべき家族に囲まれながら生涯を終えるだけでも勝ち組なのではないかとさえ思えてきてしまう21世紀の幕開け。ここに雨風を凌ぐには頼りないテントを建てて生活している人の中にはつい最近までスーツを着て通勤時間の群衆に紛れながら歩いていたサラリーマンだった人がきっといるように、かつて僕がいた芸能界という世界も弱き者は容赦なく淘汰される場所だった。一見すると異世界並みにかけ離れているように見えてしまうふたつの世界も目を凝らせば共通点は多く、上手く生きるために身に付けるべきものも同じだ。

 

 “命が一番大事って言う人は、この有り様を見てもそう言い切れるのか・・・少なくとも僕には無理だ”

 

 そして、何よりもこの世界で生きていくことにおいて最も人生を左右していくものは、()()だ。

 

 

 

 

 

 

 “『僕はあなたのような自己欲求に溺れた哀しい人間にはなりませんよ・・・・・・父さん』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・はぁ」

 

 この公園に最近よく出没するという1()()()()に会いに遊歩道を歩く途中で、表舞台を降りてからほぼ絶縁状態にある父親のことを思い出して、溜息が出た。絶対にあの人のような弱気を助ける善者の皮を被った独裁者にはならないと決めて縁を切ったはずが、いざあの人から離れると自分もまた“同じようなこと”をして生きている現状にいつの間にか行き着いてしまっている。これが切っても切れない親子の関係と言われてしまえばそれまでだが、本当であるならあまりにも酷い話だ。

 

 

 

 別に同じ穴の狢だと言いたい人がいるのであれば好きに言えばいい。ただ僕は、目を付けた“才能”というものを自分にではなく役者という生き方に魅了され散っていったあの人が()()()()()へ少しでも還元して、商業(エンタメ)へと過剰にシフトしつつある芸能界を本来の在るべき姿に修正したい・・・だからこそ僕は、“本物”だけがいる世界で新たな知見を得るために裏方として映画界へもう一度踏み込んだ。

 

 

 

 “・・・あの人か?”

 

 遊歩道を歩いて暫し公園の奥のほうまで進むと、木の影となった暗闇にパッと見ただけでも分かる()()()()()ではない金髪の男がちょうどテントを離れてややくたびれた気だるげな足取りで遊歩道へと現れた。外灯と周りのビル群の灯りにやんわりと照らされた白のラインが入った黒いジャージ姿の男の右手には、片手で事足りるサイズのハンディカム。

 

 “間違いないな”

 

 本郷さんが言っていた。敷かれたレールには絶対に乗らないと一度はカメラを捨てていた“日本で一番忙しい撮影監督”の一人息子が、ここ最近カメラを持ってよく新宿付近に現れてはホームレスを捕まえて()()()()()を奢る見返りでホームレスの日常を自前のカメラに収めて、朝から晩まで行動を共にしているという。当然こんな夜道を大学生1人に歩かせるわけにはいかないと言うことで万一に備え近くに本郷さんが車を止めている状況ではあるが、彼を乗らせるとしたら僕1人で接触したほうが可能性としては絶大であることは誰よりも人間性を知る自分が一番よく知っているから、どうにか本郷さんを説得して僕は1人で彼のもとを訪れた。

 

 「・・・お世話になっている恩人から聞いたよ。牛丼で餌付けしたホームレスに丸一日かけて密着取材している“不届き者”が新宿によく出没するらしいとさ」

 

 遊歩道に出て、自分と同じ方向へ歩くその背中に、中学を卒業して以来に声をかける。黒い髪が金髪になっても、着ている服が同じ学校の制服からジャージになっても、手隙になった左手をポケットに突っ込みながら歩く後ろ姿は変わらない。

 

 「不届き者?・・・“人助け”の間違いだろボケ」

 「全く、口の悪さは相変わらずだな君という奴は・・・」

 

 声を掛けてから約3秒。彼はその場で足を止めて、ゆっくりとこちらへ振り返りぶっきらぼうに言い返す。耳が隠れるあたりまで無造作に伸びた髪の隙間から覗く面影が残る少し大人になった眼つきが、僕を睨みつけるようにこちらへ視線を合わせる。

 

 「久しぶりだね。黒山」

 

 中学を卒業してから・・・というよりは、僕が芸能界という表舞台(せかい)を降りてから今この瞬間まで一度も会うことなく、すっかり疎遠になっていた腐れ縁。ただ、初対面で僕に“役者に向いてない”と鼻で笑い侮辱したこの男を()()()と言ってしまうのは、僕としては癪な話だ。

 

 「誰かと思ったら、尊敬していた大女優のせいですっかり引退したことすら忘れ去られてしまった“元天才子役”じゃないすか」

 「御託は結構。君なんかと言い争うのは時間が勿体ない」

 「ハッ、本当は嬉しくて仕方がないくせによく言うぜ」

 「この僕が君との再会を嬉しく思っていると本気で信じているようなら、その眼と耳は節穴にも程があるんじゃないか黒山?」

 「んなクソどーでもいいことより、風の噂で聞いたんだが最近巷で“鬼才”とか呼ばれてる映画監督に弟子入りしたらしいじゃねえか天知」

 「どこでどうやって聞いたかは今回は見逃してあげるとして、僕は弟子入りするために事務所に入ったわけではないということだけは伝えておくよ」

 

 数年ぶりの黒山との会話は、オブラートな誹謗から始まる。どれだけお互いに嫌っている者同士であっても、数年ぶりの再会となればごく僅かでも感動が伴うものだというのはあくまで映画やドラマの中での話で、現実はと言うと感動も減ったくりもなく心にあるのは嫌悪感のみ。それは恐らく相手も同じで、僕たちにとっての腐れ縁というものはこういうものだ。

 

 「変わらないな。その無駄に鼻に付くような言葉遣い」

 「今の言葉、そのまま君に返すよ」

 

 ただお互いに変わったことがあるとするならば、それぞれが義務教育から解放されて選択することが出来る()()になったということか。

 

 

 

 

 

 

 “『俺が映画を撮りたいって言うと、絶対にあのクソ親父は手助けはしねえって言いながら裏でコソコソ手回しする・・・・・・そんなんで手に入る生温い感動なんざ、俺ぁ1ミリたりとも興味ねえよ・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・こうやって俺に話しかけてきたってことは、どうせ用があるってことだろ?

 

 ハンディカムを右手にぶら下げたまま、鋭い眼光で黒山が核心を突く。本当にこの男というのは、出会ったときから無駄に勘が鋭いから質が悪い。

 

 「そうさ。君のような()()()をいつまでも野放しにしていると、ただでさえ住む場所のない浮浪者をまた1人増やしてしまうことになりかねないからね」

 「チッ、久しい再会だってのに随分と言ってくれんじゃねえか」

 「僕はあくまで友好的に君と映画の話に花を咲かせたいところなんだが、そんな態度じゃ穏便に済ます気力も失せるよ。まず第一にいけ好かない相手にこうして目を合わせて親身に話を聞いてあげようとしている存在がいるだけでも有難いと思ったほうがいい・・・・・・もし君が映画界に本気で()()を開けたいと思っているのであればね?

 

 黒山墨字。僕からすれば人間性という観点においては最悪の部類に値する人間で、もし仮に自分が映画プロデューサーになって契約できる人間が彼しかいないという事態になったとしても、出来ることなら絶対に契約は交わしたくない。

 

 「何だお前?まさかこの俺に()()()()()でもしに来たってのか?」

 「不本意極まりないが・・・ある意味そうかもしれないね」

 

 はっきり言って、黒山という男には1円たりとも使いたくないというのが紛れもない本心だ。

 

 「単刀直入に言う・・・・・・もう一度僕と手を組まないか?

 

 

 

 だが、中学3年の文化祭で父親に黙って密かに撮った一本のショートムービーを通じて僕が彼の計り知れない才能に触れてしまった瞬間・・・・・・僕たちは縁を切ろうとも断ち切ることの出来ない“腐れ縁”という名の因果に飲み込まれてしまった。

 

 

 

 「明日の10時。この場所で待ってる

 

 目元まで伸びた前髪の隙間から視える感情が僅かに変わり出した瞬間に合わせて、僕は一枚の紙を目の前に立つ黒山の左手へと託す。

 

 「もし約束通りに来てくれたら・・・とっておきの“いい話”を黒山(きみ)にプレゼントしてあげよう

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 同日午後_都内近郊・貸しグラウンド_

 

 「あの、夕野さんは“腐れ縁”の意味について知っていますか?」

 

 次のシーンまでの休憩時間。亜美を演じる永瀬から俺はあることを問いかけられた。

 

 「腐れ縁・・・俺が知ってる限りだと、離れようとしても離れられないみたいな好ましくない関係って認識ですね」

 

 この言葉の意味を、どこかのタイミングで聞いた覚えがあった。縁を切ろうと思って離れようと思っていても離れることが出来ない、好ましくないような関係でかなりネガティブな意味合いが強いというものだ。

 

 「私もずっと腐れ縁はそういう意味なんだって信じてたんですけど・・・ついこの前に同じ学年にいる友達が、“腐れ縁というものはもともと悪い意味ではなくて、鎖縁。つまりどんなに離れていても鎖で強く繋がれているような、互いに心を通わせ合い許し合える強い信頼関係で結ばれた2人のことを指す”・・・って、私に教えてくれたんです」

 

 そんな自分の認識を正直に告げると、永瀬は俺に友達から聞いたという腐れ縁の本当の意味を教えてくれた。永瀬の友達曰く、腐れ縁とはあくまでよく知られているネガティブな意味合いではなく、むしろ良い意味だということ。

 

 「でもそういう強い絆を意味する腐れ縁の意味が、いつからか夕野さんや私が思っているような“離れようとしても離れられないみたいな好ましくない関係”になってしまった・・・・・・そう考えると、腐れ縁って物凄く曖昧な言葉だなって思いませんか?」

 「・・・永瀬さんって結構物知りなんですね?」

 「あっ、ごめんなさい。撮影中ということもあって普段と心持が違っているせいでつい・・・迷惑でしたか?」

 

 いつの間にか正反対の意味合いで広まってしまったその言葉を、曖昧だと言って永瀬は静かに笑った。顔合わせで会ってから初めて俺の前で見せた打ち解けた表情に、共演者として役柄に一歩近づけた感覚を覚えた。

 

 「ううん、全然。というよりやっと永瀬さんの打ち解けた表情が視れた気がして、ちょっと嬉しいです」

 「・・・あまり言われ慣れてないのでどうリアクションしたらいいのか分からないですが、ありがとうございます」

 

 それを伝えると、永瀬はまたいつもみたいに謙遜した。ただ何気なく俺に話し始めたこの話題をきっかけに少しずつこの人のことが自分の中で分かり始めた気がした。

 

 もちろん堀宮と間にあった“何か”の正体についても、ほんの少しだけ。

 

 「でも、どうして急にそんなことを?」

 

 頭に浮かんだ確信に近い予感をもとに、俺は永瀬へと聞いた。

 

 「別にこれといった意味や思惑とかではないんですけど、私には“腐れ縁”という言葉がこのドラマでメインキャストの4人を演じていく上で()()()()()だって、そう思ったんです・・・

 

 

 

 

 

 

 「(・・・腐れ縁)」

 

 定められた就寝時間になり、部屋の明かりを消して真っ暗になった天井を見上げると、永瀬から言われた言葉がふと浮かぶ。

 

 「・・・って、何なんだろうな」

 

 その言葉を永瀬は、それぞれが役を演じるために“重要なこと”だと俺に言った。本来の意味は鎖で固く繋がれたほど強い絆を意味していたひとつの言葉だったはずが、いつの間にか鎖で繋がれている部分だけを残して意味合いは湾曲していき、本来の意味とは()()の意味を持つ言葉として浸透していった。

 

 

 

 “『どうしてさとるは“あたしたち”を見てそう思ったの?』”

 

 

 

 幼稚園から続いていると聞いていた、堀宮と永瀬の関係。これはどっちの意味が正しいのか。それが今回の役作りとどう関係していくのかは本人の知るところだけれど、きっとあの2人はそういう関係なんだろうなというのは確信した。

 

 

 

 “『_ありがとう。でも芝居バカな君のことだから映画の感想返してくるかと思った_』”

 

 

 

 そしていまの俺は、純也の役作りを通じて蓮への気持ちを自覚している。これもまた、拾い括りで言うなら腐れ縁ということなのだろうか。幼馴染で、親友で、向こうはどう思っているかは知らないし、これを言ったら大笑いで馬鹿にされる気しかしないけど・・・()()()()だ。

 

 

 

 “『私は親友なんていらない』”

 

 

 

 とはいえ、このことをもし言ってしまったら俺たちの関係は一気に変わってしまうかもしれない。少なくとも、今まで通りの親友というままじゃいられなくなるだろう。この気持ちは役作りのために利用していることが重要であって、このままの関係でいたいという気持ちを尊重するなら、伝えることが正しい選択ではないことは分かっている。

 

 

 

 “腐れ縁というものはもともと悪い意味ではなくて、鎖縁。つまりどんなに離れていても鎖で強く繋がれているような、互いに心を通わせ合い許し合える強い信頼関係で結ばれた2人のことを指す

 

 

 

 いや・・・それぐらいのことで変わってしまうくらいの関係なんて、果たしてそんなの()()だなんて言えるのだろうか?

 

 

 

 「駄目だ。脱線してきた・・・」

 

 真っ暗の天井を見上げていたら、全然関係ないようなことを考えていたことに気付いて強制的に頭の中を冷静にする。この話はあくまでドラマの役作りに関することであって、蓮との関係自体が云々ということは重要じゃない。大事なのは蓮に対して現在進行形で思っているこの気持ちを()()()()()として落とし込むことで、どうしたいかではない。

 

 

 

 【・・・ペンギンってさ、どうして飛べなくなったんだろうな?】

 

 

 

 「・・・はぁ」

 

 冷静になろうと足掻き、考えれば考えるほど混乱していく堂々巡りで、再び目を開ける。未だに理解しきれない、純也の感情。雅への恋心がはっきりとし始める水族館での撮影は、もう今週の金曜にまで迫る。完璧に演じることが正解じゃないと堀宮は言っていたけれど、恐らくまだ俺はその領域にも達していない。撮影は今日も順調に終わり、ちゃんと純也として形には出来ている。だけどそれ以上もそれ以下もなく、これだといった手応えもなく、感触的には初日から前に進めていない気さえする現状。

 

 

 

 “『結末に近づくことが役作りの全てじゃない』”

 

 

 

 言葉にするのは簡単だとは言うものの、確かにあのときは純也の人物像が視えた感覚があった。だけどここに来て、再びそれが曖昧になり出している。そもそも蓮に対する俺の感情と雅に対する純也の感情は同じではあるものの、それはあくまで持っている()()だけが同じであって、役者の俺と普通の高校生の純也は別人同士で全く違う人生を歩んできている。更に言えば、明日から本格的に撮影に向けた準備が進んでいく映画の仕事のことも考えていかなければならない。

 

 ひとつ確かなのは、今回の役は今まで通用してきた経験(モノ)だけでは演じ切れないということ。そこに加えて、純也とは真逆の人物を俺は演じなければならない。

 

 

 

 いまの俺は・・・はっきり言って純也を演じるための“自信と覚悟”が明らかに足りていない・・・役者として生きてきて初めて実感する、()()()()()()()()()()()()という不安と焦り・・・

 

 

 

 

 

 

 “『“それ”を知りたければこれからも“芝居”と共に苦しみもがき続けなさい』”

 

 

 

 

 

 

  「(・・・ずっと何がしたいんだろうな、俺)」

 

 自問自答の果てに半ば投げやりにも似た心境に至った俺は、モヤモヤとした気持ちを道連れに今度こそ目を閉じた。




覚悟を決めた青年と、決めきれない少年_



前半で登場した墨字の髪型のイメージは、ロストマンを世に出した頃の藤原基央さんです。
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