或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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 その男の名は、早乙女雅臣。今、日本で最も“視聴率”を稼ぐ主演俳優である。


scene.13 選ばれし者

 「すいません。楽屋で10分だけ仮眠を取るつもりが30分寝てました」

 

 会議室に現れて早々、早乙女は顔合わせに参加しているキャストとスタッフ全員に向けて軽く平謝りする。

 

 「珍しいね。どんな時でも一番乗りの早乙女くんが“重役出勤”だなんて」

 

 開始時刻ギリギリになって会議室にやって来た早乙女を、プロデューサーの上地が早々に皮肉る。

 

 「重役出勤じゃなくてただの寝坊ですよ上地さん」

 「自慢げにいう事じゃないぞ早乙女君」

 「勘弁してくださいよ月島さん。こう見えて丸2日寝てないんですよボク」

 

 2日間寝てないのはともかく遅れてやってきた主演俳優(スター)が放つ言葉は、おおよそスターからはかけ離れたごく普通の男の言葉だった。

 

 「まぁ良いじゃないか時間には間に合った訳だし」

 

 “おやびん”を演じる尾方が尽かさず早乙女をフォローする。大御所の芸能人というものは何かと(マナー)に厳しいイメージがあるが、尾方というベテラン俳優は余程のことがなけれは全て笑い飛ばす大らかな心の持ち主だ。

 

 これもまた、大御所故の余裕というものなのだろうか。

 

 「ところでよく眠れたかい?早乙女くん?」

 「はい。おかげさまで今日の夜も乗り切れそうです」

 

 上地からの言葉に早乙女が爽やかな口調で答えると、会議室一体に笑いが起こる。

 誰もが認めざるを得ないスターのオーラを纏いつつ、どこにでもいる青年のような親しみやすさも併せ持っている飾らない自然体なキャラクターこそ、“俳優・早乙女雅臣”が老若男女問わず支持され続けている理由であり、彼自身の魅力の一つでもある。

 

 「チッ、クソじゃねぇのかよ」

 「当たり前でしょ馬鹿じゃないの?」

 「お願いだから今日はもう喋らないでブッキー」

 

 “予想”を外して悔しがる山吹に水沢と牧が揃ってボロクソに叩く。

 

 そんな2人を尻目に空いた席へと向かおうとした早乙女の視界に、1人の少年が映りこむ。

 

 「ん?見ない顔だね」

 

 不意に早乙女と目が合ったその瞬間、恐怖心とも興奮とも似つかぬ感情が心の中に押し寄せる。

 

 「あ、分かった。直樹(ボク)の少年時代を演じる噂の少年でしょ?」

 

 すると早乙女は俺の方へと歩みを進め、俺もまた彼が歩を進めるのを合図に席から立ち上がる。

 

 「東間直樹の少年時代を演じさせて頂きます、夕野憬です。よろしくお願いします」

 

 自分なりに無礼にならないように考えて挨拶をしてみたが、正直に言うとここまでかしこまる必要はあるのかと気が付けば自分に問いかけていた。

 

 「・・・思ったより“礼儀正しい”んだね」

 「・・・そうですか?」

 

 “礼儀正しい”の一言が少なくとも誉め言葉として放たれたものではないということは、早乙女の発した言葉のニュアンスで分かった。

 

 「確かに真面目に取り繕うのは良いことだし大切なことでもある」

 

 そう言うと早乙女は俺の前にグッと近づいて利き手で左肩を掴む。

 

 「でもキミはもう少し無礼で尖ったほうが性に合ってるよ」

 「・・・どういうことですか?」

 

 クールな二枚目を演じているかのような仕草に、俺はまたしても気を取られる。

 

 「役者になったからには、とことん自由にいこうじゃないか。こんな風に優等生ぶってなんかないでさ」

 

 そう言うと早乙女は俺の肩を一回ポンと叩くとすれ違いざまに

 

 「“本当の夕野憬(キミ)”を魅せてくれよ・・・少年」

 

 と囁きながら自分の座る席へと歩き始める。彼から発せられる一語一句の言葉や、一つ一つの所作はまさにブラウン管でよく見ている“トップスター”の輝きそのものだ。

 それは役者として身に着けた技術(テクニック)の産物でもなければ、キャリアを積んだことによる経験値でもない、生まれ持って手に入れた“天性の才能”。

 

 そんな“選ばれし者”の頂点に立つ男を前に、俺は何一つ太刀打ちできなかった。

 

 「では全員揃いましたので、これから第10話の打ち合わせを始めます」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「良かったじゃん。夢が叶って」

 

 第10話の打ち合わせが終わり、憬と環は2人で並ぶようにしてそれぞれのマネージャーの車が待つ正面玄関へと歩を進める。

 

 「おまけに滅茶苦茶良い役を貰えるわみんなから期待されまくるわ、願ったり叶ったりで羨ましいよほんと」

 「・・・みんな期待しすぎなんだよ」

 

 約2か月ぶりぐらいに展開される、いつも通りの環との会話。最初こそぎこちなくなってしまったが、こうして気の知れた仲間と一緒にいると、ただ話しているだけでも心が落ち着く。

 

 「何?嬉しくないの?」

 「もちろんこのオファーが来たときはチャンスだと思って喜んだけど、いきなりあれだけ注目されるとは思わなかったからさ。正直、ちょっと焦ってる」

 

 周りから期待されるという環境とはおおよそ無縁な日常をこれまで生きてきたからか、どうしても過度に期待されると調子が狂ってしまう。

 

 「出番は数分とは言え演技経験のない中学生がいきなり主人公の少年時代に抜擢って、そりゃあ注目されない方がおかしいでしょ」

 「・・・やっぱりそうだよなぁ」

 「どっちだよ」

 

 海堂のような数え切れないほどの修羅場を潜り抜けたであろう男ですら“ある訳がない”と言うくらいだから、確かにそんな新人が来たら注目されない訳がない。

 

 仮に俺が早乙女の立場だったとしたら、間違いなく“大物新人”に注目することだろう。

 

 「でも分かるよ、憬の気持ちは。私もオーディションで麻友の役が決まった時は飛び跳ねるくらい嬉しかったけど、本番が近づくにつれてこんな難しい役なんて私に演じられるのかな?って不安がどんどん大きくなってきてさ・・・プレッシャーは半端じゃなかった」

 

 ドラマを観ていれば分かるが、環が演じている麻友という役は新人が演じるにはあまりに難易度の高い役だ。

 

 「それで私なりに必死に役作りして、何とか今は周りについていけてる。ギリギリだけどね」

 

 そんな一歩間違えれば女優としての将来に影響を与えかねないような難しい役にも、環はひたむきに向き合っている。

 

 「だからごめん・・・憬やみんなと距離を置くようなことしちゃって。本当は終業式の日に謝ろうと思ってたけど、急遽撮影が入ってこのタイミングになっちゃった・・・ほんと今更だよね」

 

 環は麻友という“孤独なムードーメーカー”を完璧に演じる為に、一生に一度しかない学校での思い出を犠牲にして自らを孤独な環境に追いやった。

 

 「全部、役作りの為だったんだ・・・あぁだめだ、何言っても言い訳だよねこんなの」

 「言われなくても分かってるよ。蓮が必死に頑張ってたことは」

 

 そこまでして麻友という役を演じ切ろうとしている環を、一体誰が責められるというのだろうか。

 

 環の真意を知った憬は、終業式の日に“無理やりにでもタイミングを作って話を聞くべきだった”と安易に考えてしまった自分を恥じる。

 

 「蓮がドラマの為に頑張っていることは、クラスのみんなも絶対分かってる」

 「・・・そう?」

 「だからさ・・・悪いなんて思うなよ。俺は蓮がこうして “女優”として周りと切磋琢磨している姿を見れただけで、すごい嬉しい」

 「・・・そっか。ありがと」

 

 少しだけ照れくさそうにしながら、環は答える。クラスメイトとの思い出を犠牲にしてまで役作りに打ち込んでいた環や、俺らと同い年で“女優”としての重圧を全て背負い込んでいる牧を前にすると、今の俺はどうしても場違いに思えてきて仕方がない。

 

 「にしてもすげぇよ蓮は。あの空間にいる人たちと渡り合えているんだから」

 「何が?」

 「俺なんか早乙女さんを前にしたら何も出来なかった。もちろん牧さんや山吹さんも」

 「・・・“早乙女さんとか周りがどうだとか関係ねぇ”って言ったのはどこのどいつ?」

 

 自嘲気味に笑いながら弱気に話す憬の背中を、環が軽く叩く。言われてみればあの時、そんなことを言ったような気がした。

 

 「・・・よく覚えてんな、そんなこと」

 「当たり前でしょ。忘れたくても忘れられないよ、あの日のことは」

 

 あの時、俺はとにかく環を助けてやりたい気持ちでいっぱいで、オーディションを受けると口にしたこと以外は何を言ったのかは自分でもあまり覚えていない。

 

 “必死過ぎて忘れてた。そんなこと”

 

 「必死過ぎて忘れてた。そんなこと」

 

 気が付くと心の声がそのまま口から出ていた。我ながら最低最悪な本音(こと)を言ってしまった。ヤバいと思っても時すでに遅し。

 一瞬だけ環に目を向ける。無表情を装っているが、明らかに少し不機嫌になっている。あまりの気まずさに、ごめんの一言も口から出てこない。

 

 自己嫌悪に陥りながらも再び目線を前に向けると、正面玄関の扉の目の前まで進んでいたことに気付く。扉を抜けた先のロータリーには、2人を待つマネージャーの車がそれぞれ待機している。

 

 「最低だよな・・・俺って」

 

 目線を合わせず、独り言のように俺は語りかける。もう弁明の余地は全くない。

 

 「うん・・・さすがにちょっとショックだよ」

 

 抑揚のない環の声が、心の奥底にズシリと響く。

 

 「でもあの時ってお互い余裕なんて全くなかったじゃん」

 「・・・あぁ、そうだな」

 

 高すぎる壁を前に自暴自棄になりかけていた環と、そんな環の苦しみを理解したいという無鉄砲な理由で芸能界を目指そうとしていた憬。

 

 「それに私だって憬の気持ちも知らずに酷いこと言って八つ当たりもしたし、ドラマが始まってからは役作りの名目でみんなと距離も置いてた。普通に最低だよね」

 

 あの日を糧に1人は女優として頑張るために奮起を誓い、もう1人はオーディションこそ落ちたが、突如として現れた“ややグレー”な救いの手によって晴れて俳優となり、こうして同じ芸能界で同じ世界の住人(芸能人)として再会した。

 

 「だから、今回は引き分けってことで大目に見てあげる」

 「・・・ほんとに良いのか?」

 「うん、いいよ。唯一の親友として特別に」

 「・・・そっか・・・ごめんな」

 「じゃ、この話はもう終わりだね」

 

 2人は互いに視線を合わせることなく、静かに和解する。

 

 「取りあえず “選ばれし者”同士、今日からよろしく。“3日間”だけだし直接共演はしないけど」

 

 正面玄関の扉の前まで来たところで、環は憬に向けて拳を突き出すと憬もそれに無言で答え、拳を合わせる。

 

 「って“選ばれし者”って何だよそれ?」

 「え?何となく憬だったらこんな感じで言いそうだなって」

 「・・・やかましいわ」

 

 そして2人はロータリーに出ると、それぞれのマネージャーが待つ車に乗り込んでいく。

 

 

 

 「クラスメイト同士の友情って傍から見てるだけで面白いよね。学園ドラマみたいでさ」

 「知らねぇよ。つーか静流も行きゃいいじゃん環と仲良いんだし」

 「駄目だよ。せっかくの2人水入らずの時間を邪魔するなんて、私だったら許せない」

 「お前のどうでもいい拘りなんて聞いてねぇ」

 

 そんな憬と環の友情(やりとり)を、牧と山吹は少し離れたところから遠巻きに見ていた。近づくこともなく遠ざかることもなく、一定の距離を取るようにして。

 

 「いつも思うけど明らかにストーカーだよな今やってること」

 「ストーカーじゃないよ。人間観察」

 「どっちにしろ気味悪ぃわ」

 

 俺が“ストーカー”だと言うと、静流(コイツ)が“人間観察”だと返すやり取りをしたのは、もう何度目のことだろうか。

 流石に10年来の付き合いとなると、9歳の辺りから始まったコイツの奇癖にはある程度の耐性がついた。当然それは慣れただけであって、良い気分は全くしない。

 

 だが今回ばかりは、いつもと事情が少し違うみたいだ。

 

 「でも珍しいな。お前が新人如きにここまで“興味”を示すなんてよ」

 

 コイツが毎回のように新人や初対面の役者に対して独特な距離の詰め方(コミュニケーション)を取る理由はとっくに知っているが、新人相手に初対面でこれほど興味を持ったことは少なくとも今までに一度もなかった。

 ついでに俺も一度だけ全く同じようなことをされたが、あれから今日に至るまでコイツからは全く“見向き”もされていない。

 

 「まぁいきなり月島さんから指名のかかる新人なんて前代未聞だからな。注目されて当然ってか」

 

 山吹がわざとらしく独り言を呟いても、牧はその声を気に留めることなくロータリーの方向を凝視する。

 

 “夕野憬・・・”

 

 “海堂正三の秘蔵っ子”、“大物新人”という噂を耳にしてどんな奴かと身構えてみれば、目の前に現れたのは中学生のガキだった。

 顔合わせや環との会話を観察しても、特に肝が据わっているというわけでもなく大役を任せられて普通にプレッシャーを感じているように、どこにでもいる新人と何ら変わった様子はない。

 

 無論、“あの人”がオーディションで夕野を落とした一方、その才能には一目置いていたという話は尚更信じることができない。

 

 だが静流は恐らく、夕野が隠し持っている“本質”というものを既に見抜いている。

 

 “つーか、何で俺まで夕野(アイツ)のことを観察(ストーキング)してんだよ。馬鹿かよ”

 

 そしてこういうところが静流と俺の間に立ちはだかっている差であることは、嫌というほど分かり切っている。

 

 「にしても、何でそんなに夕野を気にしてんだよ?」

 「・・・ねぇブッキー、7、8、9の撮影(ロケ)って来れる?」

 「あ?撮影?・・・ちょっと待ってろ」

 

 話題を反らされるように予定を聞かれ、ひとまず俺は脳内でスケジュールを整理する。

 7日は18時からCMの撮影、8日は出演した映画の舞台挨拶がそれぞれ入っていて、9日は夜にHOME(ワンシーン)の撮影。スケジュールを考えれば・・・

 

 「・・・行けるとしたら7、9ってとこか」

 「じゃあ決まりだね」

 「まだ行くとは言ってねぇだろが」

 

 食い気味に話の主導権を握ってきた牧に、山吹も負けじと食い気味にツッコむ。

 

 「10話のロケ、時間があるなら来てみるといいよ。きっとある意味普段の撮影より有意義な時間になると思うし」

 

 8月7日からの3日間は、直樹がこれまで周りに隠していた中学時代の過去パートの撮影がある。

 つまり、夕野(アイツ)の芝居をこの目で確かめられるということだ。ロケ地の都合で半日分しか見れないが、それだけ静流(コイツ)が興味を持っているのなら行ってみる価値はあるか・・・

 

 「とりあえず気が向いたら行くわ」

 「ホントは興味津々のくせに、素直じゃないなぁ」

 「別に俺はお前と違って普通だわ。ま、くれぐれもやる気を出し過ぎてその新人とやらを潰さないように頼むぜ“美沙子さん”」

 「分かってる」

 

 からかい半分で言ったつもりが真に受けたようなリアクションを取られ、俺は思わず困惑する。

 

 「・・・そんなにすげぇ奴なのか・・・夕野って?」

 「うん。“色”を見た瞬間に分かった」

 「・・・そうか」

 

 その一言を聞いた瞬間、俺は悔しさとも怒りともつかない感情に駆られる。だが、そんなやり場のない感情を解放する場所なんて、どこにもない。

 

 「あれ?ひょっとして嫉妬してる?」

 「は?してねーよ馬鹿じゃねぇの?」

 

 10年来の付き合いでも、こうやって“全てお見通し”と言わんばかりに食ってかかるところだけは未だに嫌いだ。しかも本人には何一つ悪意がないというのが、何ともタチが悪い。

 

「別に気にする必要なんてないよ。ブッキーにはブッキーの良さがあるんだから」

「そういうところが一番ムカつくんだよマセガキ」

 

 そんな静流にとって俺は2コ上の幼馴染であって同期の戦友であるが、“役者(ライバル)”として彼女から見向きされたことは一度もない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ここは都心某所のラジオ局。主演の早乙女は深夜1時から生放送でオンエアされているラジオ番組にゲスト出演するため、顔合わせが終わると早々にSMSから引き上げ次の現場へ向かっていた。

 

 

 

 「お疲れ様です、早乙女さん。本日はよろしくお願いします」

 「おう、お疲れ」

 

 楽屋のソファーに座り込んで台本を読みながら一服している早乙女の前に、ゲスト出演するラジオ番組のMCを務める同じ事務所(スターズ)美藤夏歩(みとうかほ)が挨拶に来る。

 

 「火、消しとくか?これじゃあせっかくの “ティーンエイジャーのシンボル”にヤニがついて台無しになるだろうし」

 「別に大丈夫ですよ。カメラとマイクが向いている時以外の私は基本オフですから」

 

 

 美藤夏歩(みとうかほ)。スターズに所属する人気若手女優で、若者を中心に絶大な支持を集めている。

 前クールの月9でメインヒロインを務めるなど女優として活躍する一方、毎週土曜に放送されている情報バラエティー番組の女性MCを始め写真集も出すなどマルチに活動しており、メディアで見かける機会は早乙女と肩を並べるほどである。

 

 これは余談だが、彼女もまた早乙女と同じ芸能事務所からスターズに引き抜かれた経緯がある。

 

 「それ、HOMEの台本ですよね?」

 「これね。ついさっき貰った最新(10話)のやつ」

 「良いなぁ、私ももっとドラマや映画に出たいのに」

 「何言ってんだよ、夏歩だって前クールの “DAY by DAY”でヒロインをやっているじゃないか」

 「でもドラマの撮影が終わってからはまともにお芝居してないんですよ。そりゃあ欲求不満になりますって・・・」

 

 愚痴を言い終えると同時に美藤はわざとらしく溜息を漏らす。どうやら本人としてはもっと女優としての仕事をしたいらしい。

 

 「まぁ、スターズ(ここ)に所属してる人で最初から“タレント”志望の人間はいないからね」

 「だから今日はありったけの鬱憤をぶちまけようと思っているので全部受け止めて下さいね、先輩」

 「愚痴るのはいいけどくれぐれも一線は越えないでくれよ?そんな真似されたらHOME(ドラマ)が終わる前にボクたちが終わる」

 

 そして自身が金曜日担当(ラジオパーソナリティー)を務める『美藤夏歩のナイトオブジャパン』もそんな彼女のタレント活動の一環であり、番組自体のブランド力も相まって絶大な人気を誇っている。

 

 「あ、そうだ。“上半期1位”おめでとう」

 

 そして今年、美藤は”上半期のCM女王“に輝くなど今や彼女は早乙女と並んでスターズの広告塔としての地位を固めつつある。

 

 「・・・ってあれ?あんまり嬉しそうじゃないな」

 「とって付けたように言われても嬉しくないです」

 

 もちろん称号を貰えるということはとても誇らしいし、それだけ自分自身に価値があるという揺るぎない証明のようなものだ。こうして価値を見出してくれる大人たちがいるおかげで、女優は女優として生きていける。俳優活動というものは、所詮は水商売と大して変わらないのだから。

 

 「何だよもっと喜べよ。1位ってことはそれだけ周りは夏歩のことを必要としてくれてるわけだからさ」

 「・・・もちろん嬉しいですし、本当にありがたいことですよ。こうして芸能人としての仕事をどんどん頂けることは・・・ただ、私もいつかは早乙女さんのように“役者”としてもっとちゃんと評価されるようになりたいんですよ」

 

 美藤はどんな仕事でも嫌な顔一つせず誠実に取り組む真面目さを持つが、かと言って思うように芝居に専念できない現状を二つ返事で受け入れられるほど単純な女優(人間)ではない。早乙女もそんな彼女を見て読んでいた台本を閉じ、煙草を灰皿に置く。

 

 「焦んなよ。広告塔(スター)になったからには誰しもが嫌でも通らなければならない道だ。ボクだって出来ることなら自分の芝居をもっと追及して、もっと強い役者と己の芝居1つで真剣勝負したいし」

 「・・・やっぱりそうなんですね」

 

 その時、早乙女の楽屋をスタッフがノックする。

 

 「早乙女さん、美藤さん、10分後にリハ始めます」

 「ハイ了解」

 

 スタッフからの事務連絡に、早乙女は灰皿に置いた煙草を手に取り軽い口調で答えると名残惜しむかのように最後の一服を口に運んで煙を吐き出し、そのまま煙草を灰皿に押し付けて火を消す。

 こういうちょっとしたさり気ない仕草ですら、早乙女にかかればドラマの1シーンのように華やかになる。

 

 「夏歩は大丈夫だよ。近いうちに必ず、アリサさんも女優としてちゃんとキミのことを評価してくれる」

 

 星アリサが所属している俳優一人一人の将来のことをしっかりと考えてくれていることは、言われなくても分かっている。

 

 「さて、気分を切り替えて行きますか」

 「あの!」

 「ん?どうした?」

 

 だからこそ、私はどうしても聞いておきたかった。

 

 「アリサさんから聞きました・・・HOME(このドラマ)の仕事が終わったら・・・スターズを辞めるというのは本当なのですか?」

 

 

 

 静寂に包まれた楽屋の中で、一筋の煙草の煙が蛍光灯に吸い込まれていくかのように虚しく漂っていた。

 




2章を書き始めた頃はそろそろ終盤辺りまで来ている予定でしたが、あれよあれよと物語が肥大化していき、ようやくここで折り返し地点・・・になる前提で現在ストックの方は書き進めています。

たかだがCM1本とドラマの打ち合わせだけで7週も費やすという展開の遅さ。早く物語を先へ進ませたいという意思に反して、もどかしく停滞する両腕。

どうしてこうなった・・・?

でもスランプに陥り2週間ゴミだけを量産していた時に比べると、今の悩みはちっぽけかつ贅沢なものかもしれない。

てことで次週は2週間のゴミ生活から脱するきっかけとなったこぼれ話をお届けします。







ついでに感想&ご意見がありましたら気兼ねなく書いて頂けるとありがたき幸せです。

10/05 追記:今後の展開を考慮し、ストーリーを一部変更しました。
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