或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.13.5《幕間》 麻友の感情

 ドラマ『HOME -ボクラのいえ-』の撮影が始まり約2か月。環はこのドラマでレギュラーキャストの1人である新藤麻友(しんどうまゆ)役に抜擢され、忙しい日々を送っていた。

 

 「蓮?先にシャワー浴びていい?」

 「うん、いいよ」

 

 同居人の牧がシャワーを浴びに向かうのをチラッと確認すると、環は台本を手に取って椅子から立ち上がる。

 

 「・・・私ってさ、人を愛せないんだよね・・・」

 

 リビングで1人台本を手に持ち、明後日から撮影が始まる第8話の台本に書かれた自分の台詞を環は復唱する。

 

 「・・・やっぱりなんか違うんだよなぁ・・・」

 

 自分の言った台詞のニュアンスに納得がいかず環は苛立つように軽く溜息をしながら天井を見上げると、そのままダイニングテーブルの椅子に座り込む。

 

 環の演じる麻友は底抜けに明るくポジティブなムードメーカーだが、それはあくまで自分自身を壊さないための仮面。

 その裏では幼少期に両親が離婚し、男をとっかえひっかえするような実母に引き取られて邪魔者扱いされ続けた挙句、小学校の卒業式から帰ったその日に母親から捨てられ一家離散したという壮絶な過去を抱えている非常に難しい役である。

 

 そしてドラマの第8話でついに麻友が笑顔の裏に隠していた過去の全貌が明るみになる、というシナリオ。

 

 「何でこの役をやらせたんだろ・・・月島さんは」

 

 天井を見上げながら環は一言呟く。このドラマの脚本家であり演出としてメガホンも取る月島が役者として実績や経験の少ない新人に敢えて難しい役を与えることは業界内では有名な話だ。

 このドラマで私の演じる麻友は一見すると朗らかだが、周りから常に“愛されてきた”ような自分とは対照的な役。はっきり言って今の私ではこの役が務まる程の実力はないのかもしれない。

 

 “それでも月島(あの人)は私を使ってくれている”

 

 主演を務める早乙女もデビュー当初は周囲から“見た目だけが取り柄”と言われていたが、月島が携わったドラマに出演したことをきっかけに俳優として一気にその才能を開花させていった。

 

 これは月島から与えられたせっかくの試練(チャンス)。こんなところで弱音を吐いたら私は女優じゃない。

 

 “負けてたまるか”

 

 だらっと天井を見上げていた環は姿勢を正し、再び台本に目を向ける。

 

 

 

 親元を離れこの部屋で生活を始めて2週間。本来であれば7月末に引っ越す予定を環は可能な限りで早めていた。全ては役作りのために。

 孤独な感情を自分の中で引き出すために、数少ない登校時間の中でもなるべくクラスメイトと関わることを避けてきた。もちろん、憬とも距離を置いた。

 

 “このままだと私は最後まで麻友を演じきれない”

 

 最後まで演じ切ることを決意した私は、親という存在にポッカリと穴が空いている麻友の気持ちを少しでも理解しようと、予定より早く実家を出ることにした。

 

 “『蓮は本当にそれでいいの?』”

 

 これには放任主義の母もさすがに心配していたが、小一時間の説得で了承を得たことで私は晴れて役作りに専念できる環境を手に入れることができたが、それと引き換えに憬を含む2年2組のクラスメイトとはもう会えなくなってしまった。

 

 “結局何も言えなかったな・・・”

 

 本当は今日、終業式に出席してクラスのみんな、そして憬に自分の口から感謝の言葉を伝えているはずだった。

 だが共演者のスケジュール変更に伴い撮影が1日ずれたことで撮影日が被ってしまい、終業式に行けなくなってしまった。

 今更悔やんでも何の解決にもならないことぐらい分かっている。それでもやっぱり、憬にだけは全てを伝えるべきだったのだろうか。

 

 

 

 「あぁ駄目だ。とにかく今は8話(こっち)に集中しないと」

 

 環は両手で赤くならない程度の強さで自分の両頬をパチンと叩いて再び気合いを入れ、再び台本に目を通す。

 

 

 

 「まーだ台本()読んでんの?」

 

 能天気なテンションでシャワーから上がって部屋着に着替えた静流が背後から抱きついてきた。

 

 「うん。何かまだ自分が麻友の感情を把握しきれてない気がして」

 「そんなことないと思うよ。オンエアを見る限り蓮の言ってた底抜けに明るいけどどこか影がある感じも出てるし」

 「だとしても、今のままじゃ私は8話から先の麻友を演じきれない」

 

 最初は監督の出すOKのサインを信じて疑わなかったが、回を重ねるごとに私と麻友の距離感が一向に縮まっていないという感触が大きくなっている。

 

 「ていうか明日お互いオフじゃん」

 「・・・確かにオフだけど、それが何?」

 「この際思い切って渋谷とかにでも遊びに行かない?リフレッシュって意味で」

 

 そうだ、明日はオフだ。本当は今日だったのが一日ずれ込んでこうなった。だが、明後日からは8話の撮影が始まってしまう。

 

 遊んでいる暇などない。

 

 「ごめん。私パス」

 「えぇ~行こうよせっかくのオフだし」

 

 “それどころじゃないんだよ、私は”

 

 「言っとくけど私は行かないからね。静流と違ってこっちはレギュラーなんだよ」

 「回想シーンだけの出番でも私は本気だよ?」

 

 そう言って静流は余裕そうな笑みを浮かべる。この部屋で同じ釜の飯を食う1学年上の彼女は、基本的にどんな時でもこの調子だ。

 とはいえ、子役から第一線で活躍する静流は女優としても人間としても名実ともに私より遥かに上の存在。

 

 「静流が本気なのは分かってるよ。だから私も早く追いつかないと共演者(周り)に迷惑をかける」

 「気持ちは分かるけど少しぐらい肩の力抜いたらどう?こっちに来てからずっと台本やノートとにらめっこしてても何も始まらないじゃん」

 「それぐらい追い込まないと駄目なんだよ・・・何回も言わせないでくれる?」

 

 横浜の実家を出たあの日も、こんな感じで母にきつく当たってロクに仲直りもしないまま家を後にした。

 自分が最低なことをしている自覚はある。でもそれぐらいの犠牲を伴わないと、この役は最後まで演じきれる気がしない。

 

 だがそこまでしても私は、未だに麻友の感情を上手く引き出せないままでいる。

 

 「・・・ここに来てからあなたはずっと疲れてる」

 

 そう言いながら牧は椅子に座る環の頭をポンと2回叩くと、そのまま優しく頭を撫でる。

 

 「疲れてなんかない。これは私が麻友を最後まで演じ切るために必要なことだよ」

 「でもさぁ、それだけ意地張って本番で空回りしたら虚しいと思わない?」

 

 牧からの一言に、環は言葉が詰まる。心の中で急速に膨れ上がる、負の感情。

 

 「・・・空回りしないためにやってるんだよ・・・」

 

 絞り出した精一杯の言葉。“才能のあるあんたに何が分かる”という感情と、静流から言われた言葉に心の底で納得してしまっている自分が交錯し、自己嫌悪に似た感情に襲われる。

 

 “何やってんだろ・・・私”

 

 「それで?蓮は麻友に近づけたの?」

 

 麻友に近づけていたら、私はここまで思い悩んでいない。

 

 「・・・麻友が感じてる孤独を理解したくてわざと周りと距離を取って、事務所や家族に無理言って予定より1ヶ月以上早くこっちに引っ越した。昨日まで周りにいた家族とか友達をどこかに遠ざければ、麻友の孤独が分かると思ってた」

 

 気がつくと私は、心の内に秘めておいたはずの本音を吐き出していた。そんな私の頭に軽く手を乗せながら、静流は聞き役に徹して相槌を打っている。

 

 「でも今の私はちっとも麻友に近づけてない。思い返すとほんとにバカな話だよね。そんなことをしなくたってもっと効率のいい方法なんていくらでもあるはずなのに」

 「それが分かってるなら肩の力抜けっつーの」

 

 相変わらずのテンションでごもっともなことを言われ、さすがに言い返せない。

 

 「だいたい蓮は役作り以前に演じることに必死過ぎる。だから視野が狭くなって目の前に見えているはずのものも見落とすんだよ」

 「・・・見落とす?」

 「もうこっちに来てから2週間。せっかくここに“お手本”がいるのに全然お芝居のことで相談してくれないじゃん」

 

 静流に言われて初めて気がついた。早く周りに追いつかなければという焦りから、役作りに必死になり過ぎてアドバイスも仰がず全部1人で解決しようとしていたこと。

 

 「それは・・・本当にごめん。でも誤解しないで、私は」

 「分かってるよ。役作りに必死過ぎて気が回らなかったんでしょ」

 

 言葉を被せるように、牧はすかさず環の言いたかったことを返す。

 

 「でも私は好きだよ。蓮のそういう愚直で真っ直ぐなところ」

 「それは・・・ありがと・・・じゃなくてそのせいで視野が狭まってるんでしょ私?」

 「それは常に全力疾走しているからだよ。愚直に前だけ向いて走り続けることは間違いじゃないし、役者としてはとても大切なこと。でも休まずに走り続ければどこかで酸欠になるし、酸欠になれば視界も霞む」

 

 そう言いながら牧はダイニングテーブルを挟んだ反対側の椅子に座り、環を真っ直ぐに見つめる。

 

 「だから一回立ち止まって後ろを振り返ってみなよ?蓮」

 「振り返るって何を?」

 「例えば蓮がまだ小さかった頃の記憶を思い浮かべたりしてさ。案外そういうところにヒントが転がってたりするんだよね」

 「・・・私の思い出・・・」

 「もしよかったら私に聞かせてよ。蓮が女優になる前の話」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 “これは、まだ憬にも明かしていない私の過去”

 

 

 

 幼稚園に通っていた頃から、何故か男女問わずクラスのみんなからモテまくった。周りのみんなと分け隔てなく遊んで、誰かが困っていたら手助けをして、誰かが喧嘩をしていたら真っ先に止める。

 そんな人として当たり前と言われるようなことをただ当たり前にやっていたら、いつの間にかクラスのリーダーのような立場になっていた。

 

 “リーダーになったからには2番手になることは許されない”

 

 そんな幼少期の固定概念が私を負けず嫌いにさせた。幼稚園の時からかけっこや運動会、お遊戯会に習い事でもどんな些細なことも1番でなければ気が済まなくなっていた。

 忘れられないのは年長組の時、組対抗の運動会のドッジボールで1対1のまま時間切れになって最終的にじゃんけんで勝敗をつけることになった時のこと。

 

 “私のせいで負けた”

 

 どんなに他のことで1番になれてもじゃんけんだけは弱いままだった。そして案の定、私はじゃんけんに負けた。同じ組の男子からボロクソに言われたが、すぐにその男子は周りから返り討ちのように文句を言われ、先生からも窘められていた。

 あの後家に帰って、真っ先に母にじゃんけんに勝てる方法を教えるよう泣きついたことを覚えている。

 

 『蓮、じゃんけんにはね、必ず勝てる“おまじない”っていうのがあるんだよ』

 『・・・おまじない?・・・それであたしは勝てるようになるの・・・?』

 『もちろん。コツさえ掴めばキミも無敵さ』

 『・・・むてき?』

 

 母から “必勝法”を教わってから、私はじゃんけんでも1番になれるようになった。

 やがて小学校に上がると勉強も体育もオール5を取り、常にクラス内で話題の中心にいるような人気者になり、担任からも優等生として愛された。

 

 

 

 「へぇ~、蓮はほんとにみんなから愛されていたんだね」

 「・・・そう。だから私は愛を知らない麻友とは真逆なんだよ」

 「けどみんなから愛されてたって言う割に、私には蓮の顔が随分悲しそうに見える」

 

 

 

 最初はまるで自分が王様になったような気分がして純粋に嬉しかった。でも学年が上がるにつれていつしか周りが本当に自分のことを特別(王様)扱いするようになった。

 

 『ほんと蓮は可愛いし勉強もスポーツも出来てカッコいいよね』

 

 『あたしも蓮ちゃんみたいに美人に生まれたかったな~』

 

 『環さんはこのクラス、いや生徒全員のお手本だよ』

 

 いつの間にか私の後ろには“クラスのリーダー”、“クラスのマドンナ”、“みんなのお手本”という肩書きのようなものが付いて回るようになった。

 みんなからは常套句のように可愛いと言われ、私が喧嘩を止めれば“蓮が言うなら”と喧嘩が終わり、関係ない周りは“蓮を困らせるな”と野次を飛ばす始末。

 

 “どうしてこうなっちゃったんだろう?”

 

 私はクラスの人気者(マドンナ)としてではなく、ただの同じクラスメイトとしてみんなと同じように仲良くしたいだけなのに、いつからこうなったのだろう。

 

 “そして私は・・・心の底から笑えなくなった”

 

 贅沢すぎる悩みだと言われたら何も言い返せないかもしれないが、私は次第に周囲の言葉が信じられなくなり心を閉ざすようになった。誰一人として悪気はないという現実が、それに拍車をかけた。だから父の転勤がきっかけで転校することが決まった時は心の底から安堵した。

 

 “もうこんな思いをしないで済むかもしれない”、と。

 

 

 

 「そっか・・・そんなに大変だったんだね」

 「最後の日にみんなからメッセージボードとか花束を貰ってさ、そしたら耐えられなくなってみんなの前で泣いちゃったんだよね」

 

 もちろんそれはクラスのみんなと会えなくなる寂しさというよりは、もう我慢しなくて良いんだという嬉し涙に似たようなものだった。

 

 「今考えたら私も私でホント最低だよね。勝手に自分で悩んで勝手に自分だけで解決しちゃって」

 

 頼れるような、心の内を打ち明けられるような本当の友達は誰もいなかった。ずっと心の奥底に残り続けている思い出したくもない記憶。

 

 「でも私にとっては蓮のそんな思い出すらも羨ましいよ」

 「あんまり羨ましがるようなものじゃないよ。私の思い出なんて」

 

 そう言って自分の過去を自嘲気味に笑う環を見つめ、牧もまた優しく微笑みながら自分の思いを打ち明ける。

 

 「・・・私ってさ、2歳の時に芸能界(このせかい)に入っちゃったから “普通の世界”を知らないんだよね。それなのに女優(私たち)は“普通の世界で普通の人生を送る普通の女の子”を演じなければならない時が来ることもある」

 

 12歳の時にスカウトキャラバンでグランプリを獲ってデビューした環と、2歳で芸能界入りして子役時代から第一線で活躍し続ける実力派の牧。

 同い年で学年も1つしか変わらない2人の間にある、10年分の年月(ギャップ)

 

 「そんな時、私は他のみんなが感じているような“本当の普通”を知らないから、こうやって“普通の人生”を送ってきた人から話を聞かないと、自分の中で満足のいく役作りが出来ない。だから蓮のように最初から“普通の人間”としての過去(バックボーン)を持った役者(ひと)は本当に恵まれているんだよ」

 

 

 

 “私は(あなた)のような人間が本当に羨ましいよ。出来ることなら、もう一度自分の人生を最初からやり直したいって思うくらいに・・・”

 

 

 

 「それに、蓮はもう麻友の感情を“最初”から身に着けてるじゃん。だからあなたは周りと同じように十分に(他人)のことを理解してる」

 

 その言葉に環は首をかしげる。まだどこかピンと来ていない環に、牧はある質問をぶつける。

 

 「蓮は一番辛かった時、どうやってみんなと過ごしてた?」

 

 

 

 心はとっくに限界を迎えていた。それでも私は、クラスメイトの前にいる時だけは明るくポジティブで負けず嫌いな“クラスの人気者”であり続けた。

 

 

 

 「じゃあ何でそうまでして、蓮は人気者(マドンナ)を貫いたの?」

 「・・・そうでもしないと、自分自身が“壊れてしまう”気がしたから」

 「そうだよ。それが答えだよ」

 

 “それが答えだ”という言葉がピシャリと心臓を突き、視界が一気に澄み渡っていくような感覚に襲われる。

 

 「これで分かったでしょ?麻友(他人)は必ず(自分)の中に存在するって」

 

 麻友は、自分を壊さないために笑顔という名の仮面を被っている。状況は違うがある意味、あの頃の私と同じようなものだ。

 

「そうやって勝手に自分の中で壁を作ってる暇があったら、私みたいに(他人)感情(モノ)をどんどん利用して喰って行かないと、骨の髄まで喰い尽くされて抜け殻になるだけだよ?」

 

 “身の回りにあるものは、全て喰い物”

 

 物心がつき始めた時から芸能界に入り、子供も大人も関係ない実力主義の世界でずっと生きてきた牧静流は、こうして子役から女優になった。

 

 普通の世界を知らない少女が普通の世界に生きる人々を演じるために辿り着いた、女優としての美学。

 

 「・・・今更それに気づいても挽回できるのかな・・・?」

 

 だけど私は、静流のようなずば抜けた能力なんて持っていない。自分なりに頑張ってみても、その糸口すら見えてこない。

 

 「気づくのが遅すぎるんだよ・・・」

 

 自分に対する怒りの声が、静かにズシリと響き渡る。間違った解釈のまま、ここまで来てしまった私に挽回するだけの猶予があるのだろうか。

 

 「蓮」

 

 静流の声が聞こえた瞬間両頬にパチンと衝撃が走り、目線が斜め上へと持っていかれる。

 気がつくと静流が私の両頬を抑えながら顔を覗かせていた。

 

「まだ本番も始まってないのに何が遅すぎるっていうの?間に合ったじゃん。“8話(本番)”までに」

「・・・でも、今までずっと“間違って”演じて来たんだよ。もう何もかも」

 

 『もう何もかも手遅れなんだよ』と言いかけた環の言葉を、牧は語気を強めて被せる。

 

「蓮は“間違って”なんかない。麻友だって間違いに薄々気づいていながらも今の自分が正しいと心を偽ってまで無理やり信じて7話(今日)まで生きてきた。そして8話(明日)でそれが間違いだったということを認めざるを得なくなって、それでも“人を愛せない”自分ごと全てを受け入れてくれる本当の“家族”の優しさを思い知る。それってさ、まさしく小学生の時に感じた孤独を乗り越えた今のあなたのことだと思わない?」

 

 “私は知っている。月島(あの人)は蓮の武器である軌道修正(フィードバック)の良さだけでなく長所であり短所でもある愚直で一途なところも利用して、それを見事に“麻友の感情”として昇華させているということを“

 

 「・・・だから蓮は、最初から“麻友”になれていたんだよ」

 

 

 

 『環蓮です。よろしく』

 

 幸か不幸か、私は転校先でも初日からクラスの人気者になった。もちろんそれは、私が物怖じせず馴れ馴れしいくらいに周りの話に乗っていったからだ。なるべく前の学校での思い出を紛らわすために。

 

 “夕野憬”

 

 そんなクラスで、窓際の席に座り自分の世界に耽っている1人の男子がいた。

 

 『ドン引きだろ?いつもこうなんだよ俺って。好きな俳優の話題になると空気を読まずに喋り続けちまう』

 

 このクラスの中では浮いた存在だった役者好きの少し変わったクラスメイトの話は、本当に面白くて引き込まれた。

 でもそれ以上に嬉しかったのは憬が私を特別扱いせず、時には互いに悪口も言い合ったりと本当の意味でただの“友達”として接してくれたこと。

 

 それから程なくして憬とは互いに親友と呼べるほど仲が良くなり、私も次第に本当の意味で心を開けるようになった。

 

 『良いと思うよ。蓮は“華”があるし』

 

 スカウトキャラバンの話を憬に持ち掛けて相談した時、憬は“可愛い”ではなく“華がある”と言ってくれた。何となくその言葉が、本当に自分のことをちゃんと見てくれていると感じて、なぜか心の底から嬉しさがこみ上げた。

 

 だから私はスカウトキャラバンに応募することを決めた。その応募理由には敢えて『よく可愛いと言われるから』と書いた。

 

 それは今までの弱かった自分を糧にして、囚われていた過去と決別するという私なりの決意だった。

 

 『蓮と同じように俺も役者になる』

 

 初めて決まった映画の撮影で自信を粉々に砕かれて、卑屈になってその決意が揺らいでしまったこともあった。そんな時に憬が私に向けたこの言葉のおかげで、やれるところまで頑張ろうと思えた。

 大切な人の気持ちを理解したいという理由だけで同じ道を歩めるほど、この世界は甘くない。それでも、そうまでして私のことを親友として支えていきたいと願う憬の想いは、かけがえのない心の支えとして深く刻まれている。

 

 憬がいるから、今の私がいる。憬がいたから、私は再び心の底から笑えるようになった。

 

 

 

 気がつくと私は目に涙をためていた。憬と『1999』を観に行ったあの時でさえ、涙は一滴も流さなかったのに。

 止まってくれという思いに反して、あらゆる感情を乗せた一筋の涙が頬を伝い始める。

 

 「・・・私の2か月は・・・全部無駄な努力だった・・・でも・・・」

 

 2か月という時間の中で私は色んなものを犠牲にしてきた。そしてその全てが間違いだったことを思い知った。それでも私が選択を間違い続けた2か月は・・・

 

 「・・・無駄じゃ・・・なかったんだ・・・」

 

 両目から大粒の涙をこぼし、声を押し殺して泣いている環を、牧は優しく抱きしめて自分より少し大きな環の背中をさする。

 

 「これであなたは、(麻友)にまた一歩近づけた」

 

 もう少し早くに気付いていれば、きっと麻友をもっと上手く演じられていたかもしれない。気づくのが遅いと言われたら何の反論も出来ない。全部をひっくるめて、これが今の私にとって精一杯の実力。

 

 それでも8話(ここ)から先を演じ切るという自信と手ごたえは確かに掴んだ。

 

 だから後は、今やれることを自分らしくやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 “(あなた)にはここから・・・もっともっと強くなってもらわなければ困る・・・私が私で在り続けるために・・・”

 




これが、2週間のゴミ量産生活の末に辿り着いた1つの結論です。本当に勢いで書いたため後になってう~んって思うようになる可能性も高いですが、この回無くしてscene.10から先は書けなかったと言い切っていいと思っています。

そしてこれを読んだ読者の中には、もしかしたら環に対する見方が少しだけ変わったと思う人もいれば、そうでもない人もいるかもしれません。

つーことで最近は主に劇中のドラマと主人公が創作における頭痛の種という割とヤバめな綱渡りが続いていますが、次週から後編スタートです。














環(タマキ)と牧(マキ)って、なんかややこしくない? by作者
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