何とか間に合いました。
7/29追記:今後の展開を配慮しストーリーの一部を変更しました
月曜日、週明けの学校は普段と変わりなく生徒たちが登校している。ただ一つだけいつもと違うのは、ついこの間まで並んで歩いていた幼馴染がいないことだ。
でも、美沙子のことを考えたらこれで良かったのかもしれない。ここに留まってクラスの連中から苦しめられ続けるくらいなら、全く違うところに行って新しいダチを作るほうがよっぽどマシだ。幼馴染として、親友として、これ以上美沙子には苦しい思いをして欲しくない。
あの事件が起きる前のようにもう一度心の底から笑えるようになってくれたら、それ以外は何もいらない。
“あたし・・・直樹と親友になれて本当に良かった!”
結局俺は美沙子のことを何一つ助けられなかった。でもそんな俺に“ありがとう”を伝えるために、本当に決死の覚悟で学校に来た。
それに比べて俺は、教室から立ち去る美沙子をただ黙って見送っていただけだった。
本当にこのままでいいのか・・・?
“何やってんだよ・・・俺・・・!”
校門を通り抜けた俺は校舎とは反対側へ引き返し、美沙子の元へ一気に走り出そうとする。
「おい!そんなところで何やってんだ危ないぞ!」
突然聞こえた学年主任の声に俺は思わず振り向くと、校舎の屋上に1人の女子がフェンスの外側に立っていた。
“・・・美沙子・・・!?”
屋上に立っている女子が誰なのか、俺は見た瞬間にすぐわかった。
「美沙子っ!」
名前を叫ぶのとほぼ同じようなタイミングで、美沙子の身体は屋上から15メートル下の地面へと落下し始める。
「美沙子っ!!!」
俺は我を忘れるように、屋上を見上げる野次馬を掻い潜るようにして彼女の元へ全力で走る。何度か転びそうになるが、ひたすら俺は足を前に進める。
“・・・今までほんとにありがと・・・じゃあね・・・”
やっぱりあの時、俺は無理にでも美沙子の手を掴んで止めるべきだった。どんなに嫌がられようとも美沙子の話をもっと聞いておくべきだった。
“頼む・・・間に合え!!!”
俺が下敷きになってそのままくたばってもいい。美沙子さえ無事であればそれでいい。何が何でも、今度こそは美沙子を助ける。
“間に合ってくれ!!!”
野次馬の群れを抜けて美沙子の姿が鮮明に俺の目に映った、その瞬間。
目の前で美沙子の身体は激しく頭から地面に叩きつけられ、ほんの僅かバウンドするとそのままうつ伏せに落ちた。そしてものの数秒で、美沙子の周りに血の海が広がり始める。
「・・・・・・うっ・・・・・・」
そのあまりの惨状に、胃酸が喉元にまで押し寄せる。もはやそこに横たわっているのは美沙子ではなく、美沙子の形をした何かのようだった。
「下がれ!これ以上は見るな!!」
学年主任が美沙子を茫然と見つめる俺にそう叫んで何人かを引き連れ美沙子の元へと駆け寄っていく。
「・・・・・・何だよ・・・・・・これ・・・」
全身の力が一気に抜けるように俺はその場で膝をつくが、その感覚は全くなく周囲のざわめきも全く耳に入らない。
全部俺のせいだ・・・・・・俺があそこで止めなかったから・・・・・・
「・・・・・・ァァァアアアアッッ!!!!!」
直樹は悲痛な叫び声を上げながら、何度も自分の手を地面に叩きつけた。
「カット!そのままチェック入ります!」
遠くの方から、誰かの声が聞こえた。実際には10数メートルぐらいの距離しか離れていないのだが、その声が果てしなく遠くから聞こえてくるような感覚が俺を襲う。
“・・・夢じゃないよな・・・?”
だが視界の先に広がっているはずの景色に今一つ現実感を感じないのは、果たして俺だけなのだろうか。俺の視線の先には美沙子が横たわっているはずなのに、目の前で血を流して事切れていたはずの美沙子の姿も、血の海も跡形もなく消えている。
“・・・美沙子・・・”
俺は忽然と姿を消した美沙子の姿を探すために立ち上がろうとするも、思うように身体が動かずその場に仰向けで倒れ込む。手元は小刻みに震え、心臓はまるで100メートルを走り切った直後のように高鳴り、額からは冷や汗が滲み出ている。
「大丈夫ですか?」
仰向けに倒れた俺のことを心配した
“そうだ・・・俺は直樹を演じていたんだ・・・”
「・・・大丈夫です。ちょっと疲れただけなんで」
視界が次第に“10年前”の景色から“現実”へとすり替わっていき、ここで俺はようやく撮影が終わったということを理解した。
「大丈夫か?夕野っち?」
駆け寄ってきたスタッフを気遣いながら呼吸を整えてゆっくりと起き上がると、撮影にエキストラとして参加していた新井が俺に近づいてくる。気が付くと現実と夢の中が混ざり合ったかのようなぼやけた感覚も、完全に消え失せていた。
「・・・・・・俺はちゃんと演じ切れてたか?」
開口一番、俺は新井に問いかける。
“私のことは気にしないで。恐れず思い切って
その言葉を信じて恐れずに思い切って演じてみたが、蓮から背中を押されてから先の
「安心しろよ。夕野っちは誰も殴ってねぇ」
「そうじゃなくて、俺は最後まで直樹を演じ切れてたかって聞いてんだよ」
「・・・そんなの言うまでもねぇよ・・・最後までちゃんと直樹だったぜ」
「・・・ほんとに?」
「ホントに決まってんだろ!冗談抜きでアカデミー賞行けんじゃね?ってぐらい迫真の演技だったぜ!」
「それは大袈裟だって・・・(あと声でけぇよ・・・)」
演じている時の記憶は殆どないが、新井の大袈裟なリアクションや周りのエキストラとスタッフの表情を見る限り、どうやら俺はちゃんと演じ切れていたらしい。
「立てるか?」
地べたに座り込む制服姿の俺に同じ制服を着た新井が手を差し伸べる。俺はその手を掴もうと地面から右手を離すと、痺れるような痛みがした。
「オイ?手ぇ大丈夫か?」
「えっ?・・・うわすげぇ赤くなってる」
痛む拳を見ると、まるで固い何かに思いっきり手を打ち付けた後のように俺の拳は赤くなっていた。
「あれだけの力で何度もコンクリートの地面を叩いたら、そりゃあ手も赤くなるさ。血が出なかったのが奇跡だよ」
新井の背後からヌクっと視界に入るように、月島が俺と新井の前に現れた。
「夕野君は激情に駆られる芝居になると我を忘れる傾向がある。これから俳優を続けるにあたり、先ずはそこを早急に直すことを肝に銘じておくように」
「・・・はい」
話しかけるや月島は運動部の顧問のような口ぶりで俺を諭す。演じている時の記憶がないということは、役に入り込むあまり我を忘れていたという何よりの証拠だ。反論の余地は全くない。
「でも君が掲げていた最後まで演じ切るという目標は無事に達成出来ていたよ。新人であることを差し引いても、素晴らしい演技だった。お疲れ様」
そう言うと月島は俺に向けて拍手を送ると、それにつられるようにして周りのスタッフやエキストラの人たちも一斉に応じる。もちろんこれは気持ち程度のようなものではなく本当に心からの拍手だった。
「・・・蓮・・・みんな・・・」
そしてその中に紛れるようにして蓮、早乙女、山吹、どういう訳かその3人からは少し離れた場所から牧も俺に向けて拍手を送っていた。
“取りあえず “選ばれし者”同士、今日からよろしく”
その光景に、今まで生きてきた14年間よりも密度の濃い2か月間の記憶が一気にフラッシュバックする。
“現場に入れば新人だろうとベテランだろうと皆同じ“役者”なんだから“
“終いまで演り切る覚悟がねぇなら、端から役者なんて名乗ってんじゃねぇよ”
“肝心なのは利用することであって真似はしないことだ”
“ その心意気を待っていたんだよ、“憬””
この気持ちをどうやって言葉にしていいのか、全く思いつかない。ただの感謝では言い表せない、今までに感じたことのない高揚感に似た興奮と緊張。
“君はこうして目の前に転がっていたチャンスを自分の手で掴み取った。その積み重ねが、君の中で眠っている才能を呼び覚まし、路上に転がる原石を唯一無二の輝きを放つ高価な宝石に変えてくれる”
“お前はもう
ただこの言葉を一言だけで表すとしたら、こんな自分を温かい拍手で心の底から受け入れてくれる素晴らしい世界に出会えたことへの喜びと、
“ところで憬はさ、俳優とか目指さないの?”
そのきっかけに踏み出す勇気を与えてくれた
「・・・ありがとう」
憬はゆっくりと立ち上がると、静かに感謝の言葉を呟いた。
午前11時39分_過去パート・ラストシーン_撮影終了。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ・・・」
クランクアップの花束贈呈とエキストラとスタッフを交えた写真撮影を終えた憬は、右手に花束を持ち溜息を吐きながら牧と共に環、山吹の2人が待つ昇降口に向かっていた。
「・・・まぁ憬くん。こんな日もあるさ」
そして合流するや否や牧が憬の肩をポンと叩いて励ますと、憬は恥ずかしそうに下を向く。
「つーか役から抜けたらマジでどこにでもいるガキだよなお前って」
そんな憬の様子を見た山吹が野次を飛ばし、環はそれを微笑ましく見つめる。
“・・・あぁ・・・一刻も早くこの場から立ち去りたい・・・”
遡ること10分前_
「本日の撮影を持って夕野憬さん。これにてクランクアップです。お疲れさまでした」
撮影を全て終えた後、拍手をするスタッフたちの奥から黛が花束を持って現れ、俺に花束を渡しに来た。
「あの・・・この花は?」
「ドラマや映画でクランクアップした役者さんにはこうやって花束のように贈り物を渡す。この業界の習わしみたいなものだよ。3日間という短い間だったけど、夕野君は全身全霊で東間直樹を演じてくれたからね。先ずは、お疲れ様」
映画やドラマで活躍している俳優には詳しくとも芸能界や撮影現場のイロハを知らない俺に、黛の隣に立っていた月島が感謝と共に現場のしきたりを教えると、再び周りが俺に向けて盛大な拍手を送る。ここまでの流れは完璧だった。
問題はここからだ。
「じゃあせっかくだから、なにか一言」
唐突に月島から言葉を振られ、俺は撮影を終えて疲弊している脳みそをフルに回転させてどうにか言葉を紡いだ。
「えーっと・・・なんか・・・他の誰かを演じるって・・・やっぱり最高ですね」
俺が一言を喋った瞬間、エキストラを含め100人以上の人間がいる撮影現場から全ての音が消えた。そう、俺は“盛大にスベった”のだ。
恐らく俺の言葉にどうリアクションをしたらいいのか分からなかったのだろう。せっかく良い感じのムードだったのに全部ぶち壊しだ。本当に俺という奴は、肝心な時に限ってロクな言葉が出やしない。
「こういう時に良い感じの一言で締めくくることが出来たら、一人前なんだけどな」
幸いにもこの直後に月島がファインプレーとなる合いの手を入れてくれたおかげでオチが付いてどうにか場は収まったが、本当にあの“数秒間”は今まで生きてきた中で最大級の地獄だった。
“月島さん。本当にありがとうございます”
ちなみに早乙女は花束贈呈と集合写真を撮り終えた直後にエキストラに見つかって揉みくちゃにされた挙句、今日の夜に行われる撮影に備えて早く撤収したい月島から半ば強制退場させられる形で逃げるように一足早く現場を後にした。
「もっとシンプルに“役者になって良かった”、みたいな感じで簡単に締めれば良かったのに」
「あのなぁ、いきなり“何か言え”って振られてそんな言葉がパっと出るわけねぇだろ。ましてやこういうの初めてだし」
蓮からごもっともな意見を言われ、俺はどうにか苦し紛れの言い訳で言い返す。あれを一言で表現するとしたら、間違いなく“黒歴史”と言ったところだろう。
「憬くんって変にカッコつけようとするところあるよね?」
「は?何でだよ?」
「うん、私もすごいわかる」
「オイ蓮お前もか」
「ていうか憬くんぐらいの年代の男の子って何でみんなそうやって大人ぶってカッコつけるの?」
「みんながそういうわけじゃないし少なくとも俺は違うわ」
「“俺は違う”って自分から言っちゃう時点でね」
「そういうところだよ、憬」
「マジお前ら」
そんなことなどお構いなしに、女子2人組は俺のメンタルを容赦なく吸い取っていく。だがその種を蒔いてしまったのは自分自身だから結局は言い返す術もないという最悪な悪循環で、俺の心は色んな意味でボロボロだ。もちろん、全部俺が悪い。
せめてこの地獄のような時間が早く過ぎ去って欲しいと心の中で唱えると、思いが通じたのかは分からないが“救世主”が現れた。
「俺は夕野の言ってることは間違ってないと思うぜ。みんな違ってみんないいって聞くしよ」
「山吹さん・・・」
俺はそんな“救世主”に精一杯の尊敬の眼差しを送る。
「別にお前のことを庇った訳じゃねぇし、思ったことを言っただけだ。つーかそんな目で俺を見んじゃねぇよ気持ち悪ぃ」
結果は軽くあしらわれ気持ち悪がられたが、2対1の構図という地獄から解放されたような気がして、思わず嬉しさを覚えた。
ただ勘違いしないで欲しいが気持ち悪がられたことに嬉しさを感じている訳ではないし、そもそも俺はそんな奴ではない。
「ブッキーって急に真面目になるよね~」
「別に真面目じゃねぇよ」
「もういっそのことそのヤンキー口調のキャラ封印したら?」
「は?キャラじゃなくてこれが本当俺だし馬鹿じゃねぇのお前?」
「良かったね憬くん、仲間が出来て」
「誰が中2だマセガキゴルァ!」
そして“子役上がり組”は俺ら“幼馴染組”を尻目に取っ組み合いを始める。こうして仲の良い役者仲間と無邪気にやり合う姿をみると、“女優を続ける為なら“鬼”になっても構わない”とまで言っていた牧も年相応の女子なんだなと感じる。
「取り込み中すいませんがそろそろ撤収したいので解散してください!」
すると遠くの方から黛が強く俺たちに話しかけてきて、2人の取っ組み合いは中断となった。
「・・・黛さんも大変ね。あんな“変わり者”の下についちゃったばかりに」
黛に聞こえないくらいの声で牧が山吹に呟く。“変わり者”といった人が誰なのかは、言われなくても明白だ。
「でも、なんだかんだで上手く噛み合ってるよねあの2人は」
「まぁ、性格も価値観も全然違う連中に限って馬が合うって話はよく聞くしな」
「おっ、偶には良い感じのこと言うじゃんブッキー」
「あ?もう一回やるかお前?」
「まぁ2人とも落ち着いて」
そうこうしているうちに第二ラウンドが始まりかけようとしたが、蓮が間に入って止めに入り事なきを得る。
「それより憬くん、そろそろ着替えないとヤバいんじゃない?」
「あ・・・確かに」
牧から指摘され、俺はまだドラマの衣装の制服を着たままだったことに気が付いた。
「じゃあ蓮、“私は”先にマネージャーの
「えっ?うん。別にいいけど」
「じゃあ憬くん、またどこかの現場で会えたらその時はまたよろしくね。みんなお疲れ様」
すると今度はいきなり俺と一緒についていくように牧が蓮を促し、そのまま俺に向かってウインクをして立ち去っていった。このあまりの急展開に、俺は“何か仕組まれているんじゃないか?”という少しの違和感を思わず覚える。
「・・・とりあえず俺も
「えっ?山吹さんもですか?」
「おう。なんせ俺も俺で夜から撮影が控えてるからな」
「・・・そうですか」
そしてこの違和感が本物であることを続けて現場から立ち去ろうとする山吹の反応を見て察した俺は、隣にいる蓮のほうに一瞬だけ目線を向ける。
“ああ・・・これは確定だ・・・”
状況を察した俺と全く同じような表情をしているであろう蓮の横顔を見て、俺は確信した。
「つーことでおつかれ」
だがそれに気づいたところで、大体のことを察してしまった俺には山吹を止めることなど出来ない。
「なぁ夕野」
その山吹は背中を向けたまま去り際に一言、
「このまま役者を続けるなら、何があっても“仲間”のことは大事にしてやれよ」
と言ってマネージャーの車やロケバスなどが待機している裏側の駐車場へと先に歩いて行く。今の状況は一旦置いておいて、直接的な言葉ではないにしろ山吹から正式に“お前は役者だ”と認められた瞬間だった。
「ありがとうございます!山吹さん!」
俺は声を張り上げて山吹に自分のことを認めてくれた感謝を伝えると、山吹は歩きながら無言で右手を挙げてそれに答え、裏側へと続く死角に消えていった。
「・・・完全に“はめられた”ね、私たち」
「・・・だな」
そして昇降口の前に残ったのは、とうとう俺と蓮だけになった。周りを一瞬見回すと、撮影現場の撤収作業もほぼほぼ終わっているようだ。
「別にここまで気を遣ってくれなくてもいいのに」
「あぁ、蓮の言う通りだ」
溜息交じりに呟く蓮に俺は賛同するしかない。せっかく“2人きり”水入らずのシチュエーションを設けてくれた牧と山吹には申し訳ないが、こんな風に“演出”されると例え相手が蓮であろうと逆に気まずくなってしまう。
「・・・取りあえず俺たちもいくか」
「そうだね」
こうして憬と環は着替えの置かれているロケバスまで無言のまま早めの足取りで歩いて行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「本当に良かったのですか?このまま戻ってしまって?」
「あぁ、これでいいんだよ」
お目当てとなる役者の芝居を観終えた十夜は、撮影が終わると早々にどさくさに紛れるようにして駐車場に止まっているマネージャーが待機する車の後部座席に戻り、シートを倒してくつろいでいた。
「せっかく素晴らしいものを観たと言うなら、せめて挨拶ぐらいはしても良かったのでは?」
「オレも最初はそうしようと思っていたよ・・・でも、サトルの演技を見ているうちに気が変わった」
「・・・・・・それはどういう意味なのですか?」
運転席に座るマネージャーの杉田からその意図を聞かれた十夜は、何かを考え込むようにだんまりを決め込む。
幼馴染の“代役”として諦め半分な気持ちで臨んだオーディションは、事務所の社長が母親の知り合いで俺とも顔見知りという全てが綿密に計画された出来レース。勝ったところで、嬉しさは全くない。
当然ながらそんな俺は芝居なんてこれっぽっちも興味などないばかりか、寧ろ芸能界のことは世界で一番と言っていいくらい嫌っていた。
「明日、あなたにはあるドラマの撮影現場に行ってもらうわ。是非この目で見てもらいたい役者が1人いるから」
昨日の朝、俺は社長である星アリサから社長室に1人呼び出された。
「月末から撮影が始まるドラマに向けてお芝居の参考にしろってこと?」
「別に“あの子”の芝居を参考にする必要はないし、真似る必要もないわ」
「じゃあ何でオレをココに呼び出した?」
意味が分からなかった。
「世の中には、技術だけじゃどうすることもできない“領域”を隠し持った役者がいるのよ」
「・・・は?」
「だから今回の現場を通じて覚えておきなさい。あなたが“幸せ”になるために」
アリサの言っている幸せの意味は今一つピンと来なかったが、只者ではないなという予感はした。
「・・・じゃあせめてさ、名前だけでも教えてくれない?」
「名前を知ってどうするの?」
「いいじゃん名前くらい教えてくれたって。事前情報は多い方がいいでしょ?」
俺がそう言うと、アリサは観念したかのようにバツの悪そうな顔をして答えた。
「・・・夕野憬よ・・・」
「・・・セキノ・・・サトル・・・」
「ところで杉田はショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べる?」
「えっ?いや何でまた急に?」
「良いから答えろどっちだ?」
「えぇ・・・・・・まぁ、私は端から順に食べ進んでいって辿り着いたらそのまま食べる派、ですかね?」
十夜からのあまりの急な無茶ぶりに、杉田は困惑して若干しどろもどろになりつつも答える。
「ふ~ん、なるほどね」
「これを聞いて何になるって言うんですか十夜さん?」
「いや、杉田はそうやってショートケーキの苺を食べるんだなって。そんだけの話」
「・・・あまり大の大人を揶揄うのは止めてくれませんか?」
“敦士さんがあそこまで機嫌を悪くする理由が、少しずつ分かってきた気がする”
と杉田は十夜の理不尽な振る舞いを内心で毒吐く。
「酷いな杉田は、オレはただショートケーキの苺をどこから食べるのかを聞いているだけなのに」
「それはもう分かりましたから!」
「マネージャーをイジメてんじゃねぇよ新米坊主」
現場から戻って来た山吹が鬼の形相で助太刀に入り、杉田は山吹をなだめつつも内心でホッと胸をなでおろす。
「うわすげぇブチ切れてるじゃんあっくん」
「当たりめぇだろロクに挨拶もせずに勝手に戻りやがって・・・ナメ腐るにも程があんだろクソボケが」
不平不満を漏らすと山吹はなるべく十夜が視界に入らないように助手席へと座る。
「あぁそうだあっくん、1つだけ聞きたいことがあるんだけど?」
「ア?それ自分の立場分かって言ってんのか?だったら相当ヤベェぞお前の頭」
「まだ何も言ってないんですけどオレ」
2話前でも書いた通り、この2人の関係は良好とは言えない。いや、強いて言うならすこぶる悪い。
「まぁいいや、ところであっくんはショートケーキの上に乗っている苺はどのタイミングで食べる派?」
「ハ?そんなんどうでもいいだろうが勝手に自問自答しとけやボケェ!」
「そんなにキレなくても良くない?」
「俺は今真後ろに座ってるどっかの馬鹿のせいで最高に気分が悪ぃんだよ!これ以上ほざいたら埋めるぞマジで!」
「・・・ハァ・・・おっかない・・・」
流石に本気でキレている状態の山吹の様子を見て観念したのか、十夜は修羅場と化し始めた“ショートケーキ論争”に終止符を打つ。
「ちなみにオレは・・・・・・一番最後に食べる派だよ」
感情に任せて怒りをぶつける山吹を物ともせず、十夜は驚くくらい冷静に言葉を放つ。声を荒げるどころか語気も強めず静かに言葉を発しただけなのに、十夜の言葉は山吹の怒号を一瞬で消し去るように車内の空気を支配する。
“これ”が、一色十夜の持つ素質の恐ろしさにして、最大の武器である。
「チッ、お前のクソどうでもいい拘りなど知るか。杉田、出してくれ」
「かしこまりました」
重苦しい空気を充満させたまま、山吹と十夜が乗る車は次の撮影現場へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「静流さんは行かなくて良いんですか?あの2人のところに?」
「いいの。幼馴染がせっかく2人きりになれたところを邪魔するのは私の美学に反するし、そもそもこれは“作戦”だから」
「言われてみればそうでしたね」
一方その頃、牧は担当マネージャーの中村と共に車の中で待機しながらロケバスの中で着替えている憬を待つ環を観察していた。
「しかし、随分と面白いことになってきましたよね」
「何が?」
「一色十夜さんですよ。まさか、彼が俳優としてデビューする日が来るとは。正直言って僕は驚きです」
「うん。私もほんのちょっとだけ驚いてる」
元々、十夜の持つ“絶世の美少年”と称されるルックスの良さは“一色ファミリー”の知名度も相まってスターズが俳優発掘オーディションを開催するずっと前から業界内では知られていた。そしていくつもの大手芸能事務所がこぞって彼をスカウトしようと躍起になっていたものの、当の本人は“大それた地位や名誉”には全く興味がなくそれらの誘惑を悉く断っていた。
そのような彼が突如として重い口を開いて最も軽蔑していたであろう芸能界に自ら足を踏み入れた。この出来事は芸能界全体に歓喜と同時に激震を走らせた。
「でも私が驚いているのはどちらかというと憬くんのほうだよ。下手したら十夜ちゃん以上に、あの子は脅威になるだろうから」
そしてもう一人、そんな彼とは全く正反対のベクトルを持つ少年がこれまた彗星の如く現れ、月9ドラマの撮影現場にただならぬ衝撃を与えた。
「確かに、あの少年の芝居は衝撃的でしたね」
「うん・・・あれは“マジでヤバい”」
もちろんマネージャーとして共に現場に同行している中村も、憬の役者としての素質の高さをよく知っている。
「・・・これで厄介な敵が2人も増えちゃったよ・・・どうする中村さん?」
車のバックミラーに顔を覗かせながら、牧は怪しげに目を見開いてバックミラー越しに中村へ視線を合わせ問い詰める。
「でも良かったじゃないですか。切磋琢磨できる“
だが彼女の扱いにある程度長けている中村は一切動じず、バックミラーに映る牧に視線を送り毅然とした態度で言い返す。
「もう・・・中村さんは喰えないからつまんないなぁ」
「4年もお供していれば、多少なりとも慣れるものです」
そう言って余裕の表情を見せる中村を横目に、牧は再びロケバスの外で憬を待つ環に視線を移す。
「・・・ホント・・・“あなた”が男の子で良かったよ・・・」
牧が独り言を呟くのとほぼ同じタイミングで、私服に着替えた憬がロケバスの中から出て環と合流した。
「悪い、待たせた」
「いいよ全然」
直樹の衣装から私服に着替え、俺はロケバスから降りてバスのドア近くで待つ蓮の隣へと向かう。
「改めてお疲れさま、憬」
「おう、お疲れ」
これで俺の出番は全て終わった。後は9月中に予定されているオンエアを待つのみだ。
「・・・ふと思ったんだけどさ、テレビに自分の姿が映るってどんな感じなんだろうな?」
2か月前に撮ったCMの時はあくまで後ろ姿だけだったから、こうやって全身がガッツリと画面に映り込むという経験は生まれて初めてのことだ。
「じゃあ憬はモニターに映った自分の姿を見てどう思った?」
「俺か?・・・どうだろう?」
蓮から逆質問を受けて、俺はモニターで自分の演じているシーンをチェックした時の記憶を思い起こす。カットがかかったばかりの時は撮影中の記憶が殆ど飛んでいた状態だったが、時間が経つにつれて徐々にその時の記憶が戻り始めてきている。
“『美沙子っ!!!』”
幼馴染の名前を叫びながら、全力疾走で生徒たちの人混みの中を走り抜ける直樹。もちろんこんな大声を出したことは、今までの人生で一度たりともないだろう。
“『・・・・・・何だよ・・・・・・これ・・・』”
目の前で美沙子が地面に叩きつけられたその瞬間、直樹の表情は一気に青ざめてハイライトの消えた目でその場にしばらく立ち尽くすと、そのまま力尽きるかのように地面に膝をつく。
“『・・・・・・ァァァアアアアッッ!!!!!』”
そしてモニターの中にいる直樹はまるで理性が壊れたかのように悲痛の二文字では言い表せないほどの叫び声を上げながら、激しく自分の拳を何度も地面に叩きつける。
「よく分かんねぇけど・・・なんか恥ずかしかった気がするわ」
どうやってこの心境を説明すればいいのか、形容できるような言葉は思いつかない。ただ、モニターの中に映る直樹の姿が、想像していた直樹とは少し違っていて何だか物凄く恥ずかしく思えたことだけは覚えている。
「自分で自分の姿を見て違和感を感じるのは当たり前のことだよ。私も自分の演技を見直したら想像してたのと全然違うってことが割とあるし、 “あぁ、私って周りからこんな風に見られているんだ”ってことに気付いてさ、見てると段々恥ずかしくなってくるんだよね」
そんな俺の見解を解くように、蓮は何か思うところがあるような表情で俺を見つめる。
“ほんと・・・私ってあんな下手くそだったんだね”
もしかすると、蓮が『1999』の時にあそこまで自暴自棄になっていたのはそういうことだったのだろうか。どんなに自分の姿や形を自身で俯瞰しようとも、実際の第三者から視られる自分との差異というものは多少なりとも起こるものだ。
少なくとも俺たちとは違って感情を持たない
“やっと“あの時”の蓮の気持ちが、全部分かった気がする“
「やっと“あの時”の蓮の気持ちが、全部分かった気がする」
心の内に留めておくはずが、そのまま言葉になって口から溢れ出た。
「でも、憬は私と違って最初から普通に上手いじゃん」
身から出た心の声を、蓮は笑みを浮かべながら自虐的に返す。
「いや、全然駄目だよ俺なんて。今日みたいな迫真の演技ってやつをしたら役に入り過ぎて記憶が飛ぶくらいだし」
俺はたまらず自虐的に言い返す。我を忘れてしまうということはまだ完璧に自分を
「それに俺だってモニターに映った“直樹”の姿を見て恥ずかしいって思った。だから俺は下手くそなんだよ」
そしてモニターに映る自分の姿に恥ずかしさを覚えているということは、まだ自分の芝居に確たる自信を持てずにいるということだ。
「だからさ、これからも一緒に役者として頑張って行こうぜ。恥ずかしがらずに堂々と自分の姿を見れるようになるために」
これは必ずしも正しいとは限らない。でもこれが、このドラマを通じて俺の気付いた役者としての教訓だ。
「・・・・・・こういうどうでもいい時はバチっと決められるのに、なんでいざって時にあんなにグダグダになるんかな~憬は」
だがそんな良い感じに仕上がって来た雰囲気を、隣の“幼馴染”は容赦なくぶち壊す。
「クランクアップのことを掘り返すんじゃねぇ」
「あと“後輩”のくせに生意気」
「はぁ?いや・・・まぁ、そう聞こえてたんなら、すまん」
馬鹿にしたように笑いながら “後輩呼ばわり”する蓮にたまらず言い返そうとしたが、考えてみれば俺はもう芸能界の中では“女優・環蓮”の後輩というわけだ。取りあえず、“先輩”から生意気だと言われた以上は、腑に落ちなくても一旦は謝っておくしかない。
「もう、そんなんじゃナメられるよみんなから」
「うるせーよ“後輩”を弄びやがって」
「でも恥ずかしがらずに自分を見れるように頑張れか・・・・・・だいぶ役者らしくなったんじゃない?憬?」
「当たり前だろ。俺はもう役者なんだからよ」
「フフッ、確かに」
だがこうして俺と一緒にいる時の蓮は生意気だがどこか憎めない、俺のよく知っているたった一人しかいない“ただの親友”だ。
「・・・だったら憬・・・私と勝負しない?」
「勝負?」
すると隣に立っていた蓮は目の前に回り込み、手を後ろに組んだポーズをとって俺と向かい合う。
「そう。私と憬・・・どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ」
向かい合うように俺の前に立った蓮はそう言うと、初めて会った時に見せた笑顔と同じ顔で俺の目を真っ直ぐ見つめる。
「・・・おう。望むところだ」
言い終えると数秒間の沈黙を挟んで、俺と蓮はまたあの時と同じように互いに笑い合った。そんな気の合う親友同士である俺たちの関係は、役者になってからも変わることはないだろう。
「あのぉ良い感じに盛り上がってるところ悪いんだけど、学校側の都合でそろそろ出なきゃ行けないんだわ」
「えっ?」
「いやホント悪いね。でもこればっかりは決まりだから」
「あぁはい、すぐ乗ります、すいません」
俺を最寄り駅まで乗せていくロケバスの運転手のおっさんが、申し訳なさそうに運転席から俺たちに声をかけて来た。確かにこの場所はあくまで今日の撮影の為だけに貸切っていて、夜からは都内で再び撮影を行うという。そう考えると貸し切る時間も尚更限られているというわけだ。
「そういうことらしいから蓮、とりあえず俺はもう帰るわ」
「そうだね。周りに迷惑をかけるような役者は大成しないって早乙女さんも言ってたし、今日はこれで撤収だね」
ということで牧と山吹(ほぼ巻き込まれ)が演出した水入らずの時間は、これにて終了した。
それにしても“周りに迷惑をかけるような役者は大成しない”というのは“どの口が言う?”と思わず問いたくなるが、ある意味早乙女らしい言葉だ。
「じゃあお疲れ。また憬とどこかの現場で一緒になるのを楽しみにしてるよ」
「あぁ、俺も蓮に会うのを楽しみにしてる」
「それともしお互いにスケジュールが空いたりしたら、また渋谷に行って映画でも観ない?」
「映画か・・・良いね」
「あとついでにさ、憬の家の電話番号教えてくれない?」
帰り際、俺は蓮から今住んでいるマンションの電話番号を教えてもらった。これで俺は、一応いつでも蓮と連絡が取れる状態になった。住んでいる場所はどちらも変わらないので物理的な距離はそのままだが、声が聴けるのと聴けないとでは大きく変わってくるだろう。
「じゃあ、今度こそ本当にお疲れ。なるべく身体は壊さないようにしろよな」
「何だよそれ、君はオカンか」
「ちげぇよ俺はただ心配してるだけだっつの」
「あ~もうほんと憬は面白いよな~」
「もう面白いってことでいいからここ出るぞ。迷惑かけてんだから俺たち」
本音を言うともっとこんな感じでふざけ合うような時間が続いていけばと思うが、流石にそろそろ出ないと関係者に怒られることになるだろう。
もちろんそうなった場合は、海堂からのきついお仕置きが待っているに違いない。
当然そんな“最悪な事態”だけは何が何でも避けたい俺は、投げやりに「じゃあな」と言いながらロケバスの車内に足を踏み入れる。
「憬っ!」
だがロケバスの入口にある段差を乗り越えたところで、そんな事情など全く知らない蓮が再び俺を呼び止めた。
「・・・役者になってくれて・・・・・・ありがとう」
“あの時、俺を呼び止めた環が見せた表情は、これまで一度も見たことがないくらい心の底から喜んでいるように感じたことを、今でも俺は鮮明に覚えている”
「あぁ・・・・・・蓮も女優を続けてくれて・・・・・・ありがとう」
憬のありがとうの言葉を合図にするようにロケバスのドアが閉まり、憬を乗せたロケバスはそのまま最寄り駅へと走り去っていった。
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「ごめん遅くなった」
「ううん、全然大丈夫だよ」
親友としばし2人きりの時間を過ごした環は憬を乗せたロケバスを見送り、牧の待つ車の後部座席に戻ってきた。
「どう?言いたいことはちゃんと言えた?出していいよ中村さん」
牧からの小さな合図で、中村はギアをドライブに入れて車を走らせる。
「うん。ちょっとだけ強引になっちゃったけど、ちゃんと言えた」
牧の言葉に、環は満足げな笑みを浮かべて答える。
「そう。それで憬くんはなんて言ってたの?」
「えっとね・・・・・・やっぱり秘密ってことで」
牧からやり取りのことを聞かれて流れのまま答えようとしたが、憬からの言葉を口に出す寸でのところで、環はそれを止めた。
「えぇいいじゃん教えてくれたって~私と中村さんだけの秘密にするからさぁ。ね?中村さん?」
「勝手に僕を巻き込まないで下さい静流さん」
“可愛い後輩”を揶揄う牧と、その飛び火をクールに受け流す
「やっぱりこういうのはさ、“心の中”に留めておいたほうがいいかなって思うから」
ただ1つだけ違うのは、後輩が先輩のいうことに流されなくなったということだ。
「・・・そっか」
そんな最初に会った頃より“少しだけ強くなった”環を見て、牧は静かに微笑む。
隣に立てるようになるにはまだ時間がかかりそうだが、着実に本来の奥底にある自分を出せるようになってきている。
“・・・良い傾向だ・・・”
「どうやら、“作戦”は無事に成功したようですね」
「あら?中村さんからそういう話を切り出すなんて意外ね」
「別に普通のことですよ」
後部座席に座る2人の様子をバックミラーで一瞥し、中村は“作戦”の話題を切り出す。もちろんこの作戦のことは、最寄りのインターチェンジに向かう車の中にいるこの3人しか知らない。
「2人ともごめん。憬とどうしても2人だけで話したいことがあるってだけでこんな風に巻き込んじゃって」
昨日の夜の食卓の中、たった5分で思いついた作戦。その発案者は、環。
「全然いいよ。友達と水入らずで過ごす時間はとっても大事だからね」
そして作戦の演出を“手掛けた”のは、牧。補足すると中村はただ巻き込まれただけである。
「けど山吹さんまで撮影を見に来るとは思わなかったよ」
「私は何となく予想はしてたけどね」
「ほんと・・・山吹さんが話の分かる人で良かった」
山吹は当然この作戦のことを知る由もなかったが、憬と牧が集合写真を撮り終えた後に環がこっそり作戦のことを打ち明けたことでどうにか事なきを得た。
「ああ見えて超が付くぐらい優しいからねブッキーは」
ちなみに環からのお願いに山吹は、「チッ、めんどくせぇな」と言いつつ2つ返事で了承した。
「・・・ただ流石の私でも、十夜ちゃんが現場に来ることまでは予想できなかったけどね」
「うん。でも私にとっては静流と一色さんがいとこだったことの方がもっと予想外だったよ」
「私と十夜ちゃんがはとこ?誰から聞いたのそれ?」
「山吹さん」
環に大まかな事の真実を教えた人物を知った牧は「ほんとブッキーは・・・」と小さく呟きながら呆れて笑うように溜息を溢す。
「別にはとこだからって頻繁に会ってるわけじゃないよ。物心がついた時から仲良くはしてるけどその頃からお互い都合が中々合わなくて年に1,2回ぐらいしか会えてなかったし、今日に至っては3年ぶりだからね・・・・・・ってその辺の話も聞かされてるよね?」
「年に1,2回ぐらいしか会えてなかったのは初耳だけど、それ以外は聞いてる」
十夜の話を山吹と早乙女から既に聞いている環は当然質問するようなことはせず、先輩の話の聞き役にあくまで徹し続ける。
「それで3年ぶりに十夜ちゃんと会ったらさ・・・別人みたいにカッコよくなっててちょっとだけびっくりしちゃった。3年前に会った時は私と同じくらいの背丈で天使みたいだったから」
「えっ?あの“絶世の美少年”って言われてる一色さんが?」
「そう。お世辞抜きで本当に可愛かったんだよ、十夜ちゃんは。5歳くらいまでは本気で女の子かと思ってたくらいだし」
「へぇ・・・全く想像できない」
順当に行けば憬が座るはずだった席を取られ、環や憬にとってはある意味で因縁の相手のような存在でもある十夜だが、流石に彼の幼少期を知る由はなく驚きを隠せずにいる環の表情を牧は微笑ましそうに見つめる。
“そう言えば、聞きたいことがあるんだった”
「・・・ていうか何で一色さんのことずっと私に黙ってたの?」
いくら会う機会が少ないにしろ、疎遠になっていたにしろ、全く話題にすらしなかったのは私なりに違和感を感じていた。というか、そもそも静流が自分の話をしているところを、思い返すと私はほとんど見ていない。
強いて言うなら、麻友の役作りで私が追い詰められていた時に話していた“普通の世界を知らない”と打ち明けたあの時ぐらいか。
「えっ?だって私にそのことを聞いてくれなかったじゃん?」
「・・・・・・え?」
「家族の話とかさ」
だがそんな静流から帰ってきた
「・・・じゃあ・・・私が色々と静流に聞きたいことを聞いてきたら、答えてくれる?」
もちろん、この後に発した一言も。
「そんなの当たり前じゃん。だって私たちはもう“友達”なんだから」
「・・・友達・・・」
私はてっきり、静流は “可愛い後輩”のように私と接していると思っていた。悩んでいる時は女優としてのアドバイスをくれたり、撮影に行くときは出掛ける前に必ずハグをしてくれたりと確かに仲はすごく良かったけど、あくまでそれは先輩後輩の関係の中の話だと勝手に思い込んでいた。
だから目標となる先輩から対等な“友達”だと打ち明けられたことは嬉しい。
「あれ?蓮どうしたの?そんなかしこまったような顔して?」
だがそれと同時に何とも説明のつかない悔しさのようなものが再び込み上げる。それは憬の芝居を初めて見た時に感じた、あの感触と同じだ。
「ねぇ・・・?私たちってまだ“友達”だよね?」
「・・・うん。私たちは“まだ友達”だよ。だから心配しないで」
そう言って私に裏のない満面の笑みで答える静流の表情を見て、私は確信した。
“私は静流から、女優として見られていない”
今まで私は、ずっと逃げ続けていた。弱かったかつての自分と決別すると心に誓いながら、過去に囚われていた。そして心の奥で新たに生まれた嫉妬という感情のせいで、憬と気の合う親友同士でいたいという想いを裏切り全てが壊れてしまうとさえ思っていた。
“芸歴なんて関係ねぇ、まだまだ俺たちは新人だ。可能性は無限大だよ”
そんな私に少しだけはにかみながらも誇らしげに話して、その言葉通りの芝居で撮影現場にいた全ての人たちを釘付けにした憬は、過去に囚われることなくどんどん前に進んでいる。そんな親友の姿を私は、これからも黙って見届けるつもりなのか・・・・・・いや、そんなことをしている場合じゃない。
女優として“ど真ん中”に立つためにはこの
“どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ”
だから、過去に囚われ未来を恐れ続けることはもう止めることにした。まだまだ勉強不足なところもあるけれど、私は女優であり役者だ。どんな困難や挫折がこれから待っていようと、その心意気だけは死んでも手放すものか。
“蓮も女優を続けてくれて・・・・・・ありがとう”
「・・・・・・静流」
「ん?」
一度だけ深く息を吸い込むように呼吸を整えると、環は意を決したように口を開く。
「私はもう・・・・・・逃げないよ」
それは環が役者として、そして親友としてこれから憬とこの世界で共に歩んでいくために“心の内側”と向き合うことを誓った決意の言葉だった。
「ふ~ん。蓮はそれで大丈夫なの?」
決意の意味を瞬時に理解した牧がほんの少しだけ心配げに気遣う素振りを見せるが、環は自信に満ちた表情で再び言葉を返す。
「うん。あんな芝居を魅せつけられて黙ってるようじゃ、私は一生女優なんて名乗れないから」
今までで一番自信に満ち溢れた後輩の表情を一瞥すると、牧は静かにほくそ笑んでわざとらしく呟いた。
「・・・これでまた1人増えちゃったな・・・」
「えっ?また1人ってどういうこと?」
「別に?ただの独り言だよ」
「いや絶対なんか隠してるでしょ静流?」
「ホントに隠してないって」
「“友達”だったら聞きたいことがあったらなんでも答えてあげるって言ってなかったっけ?」
「ごめん、やっぱり乙女心に準じてケースバイケースで」
「言ったそばから約束をとっかえひっかえする人に乙女心はないと思います」
「じゃあ蓮が憬くんから言われた言葉を教えてくれたら答えてあげる」
「嫌だ」
「じゃあ教えない」
「教えて。これは“友達”としての約束なんだから」
「だったら蓮も教えてよ、憬くんから言われた言葉」
「だからそれは秘密って言ってんじゃん!」
「言っとくけど今の蓮って人として相当身勝手で理不尽だよ?」
「静流には言われたくないね」
“・・・はぁ・・・世話の焼ける”姉妹“だ・・・”
そして中村は後部座席に座る2人の他愛のない口喧嘩にやれやれという表情を浮かべながら、都心にある事務所へと車を走らせて行った。
月9編。ついに完結!次週・・・波乱の新章突入!?
的なことを一度はやってみたかった。
どうせならキリの良いところで2021年を締めくくりたい。そんなしょうもない理由でどうにか2章を年内に終わらせることが出来ました。終盤でやや駆け足になった感は否めませんが、やっと終わりました。
つーか長くねぇか今回?文字数だけなら短編1本分と引けを取らないくらいボリュームあるぞオイ・・・・・・まぁ年末年始の暇つぶしってことでお許しください。
ということで2章は今日をもって完結し、次回から新章に突入します。波乱が起きるか起きないかは作者の気分次第ですが・・・
ただその前に、2.5章としてエピローグ兼プロローグ的な話を2話ほど(の予定)お届けしたいと思います・・・・・・詐欺ではありません・・・一応新章突入です・・・はい・・・
では皆さん、よいお年を。