或る小説家の物語   作:ナカイユウ

26 / 145

正月早々、見事に爆死。でも、後悔は一切無死(ナシ)・・・・・・

新年、明けましておめでとうございます。今年も何卒、よろしくお願いいたします。

2/8追記:内容を一部変更しました




chapter 2.5.硝子の仮面
scene.22 操り人形 / 楽しみを希う心


 月9ドラマ『HOME -ボクラのいえ-』第10話過去パートの撮影から20日後の朝_

 

 「寂しくなるわね。十夜がこの部屋から出ていくなんて」

 「せっかく仙台から帰ってきたばかりなのに、ごめんな姉さん」

 

 自分の荷物をまとめて部屋を出る最後の準備をしている十夜を、姉の一色小夜子(いっしきさよこ)は物思いに耽るように見つめている。

 

 明後日からはデビュー作にして初主演となる連続ドラマの撮影がいよいよ始まり、ますますメディアへの露出も増えてスケジュールも過密になっていくことを約束されている十夜は、約3年ほど続いた姉との1LDK+防音室での2人暮らしを終え、今日から事務所(スターズ)が手配した新宿の1LDKでの1人暮らしが始まる。

 

 「それにしても十夜が1人暮らしか~」

 「もしかして心配してくれてんの?」

 「だってこれからは身の回りのことを全部1人でやんないとだから、私がコンサートで居ない時に家事を全部やってくれた十夜でも心配だよ」

 「大丈夫だって俺は全部できるから」

 「でも俳優の仕事となると生活も不規則になるだろうし」

 

 姉の小夜子は自由奔放で我が道を行くような両親(おや)の元で育ったとは思えないくらい、“ちゃんとしている”。少し過保護で心配性なところもあるが、共に“あの人たち”に振り回されつつ育てられた俺にとって、姉は一番の良き理解者だ。

 

 ただしそんな姉も“一色家”の例に漏れず、経歴が案の定ぶっ飛んでいる。

 

 

 

 一色小夜子(いっしきさよこ)。4歳から興味本位で触れたヴァイオリンを習い始めると早くも才能を開花させ、11歳の時に若手の登竜門と言われている全国レベルの音楽コンクールのヴァイオリン部門で1位を取り、それからは国際大会でもその才能と実力を遺憾なく発揮して無双しまくり、高校を卒業するまでにハノーファーやらパガニーニなどといった主要な国際コンクールで1位を総なめにして、小夜子は一躍時の人となった。その後はドイツに留学しヨーロッパ最高峰と謳われている音大に席を置きながらヨーロッパを中心に演奏家(ヴァイオリニスト)として1年の半分を公演に費やすような日々を送り、コンサートで世界中を巡っていた。

 

 そして席を置いていた音大を卒業すると同時に日本に帰国し、それからは活動の拠点を日本に移している。

 

 

 

 とまぁ、姉の経歴をざっくり説明するとこんな感じだ。ぶっちゃけ俺にはその凄さ自体はあまり理解できないが、世界が認めるヴァイオリンの腕前は姉の奏でる音色を知っている俺なら分かる。

 

 「心配は無用だよ姉さん。こう見えて俺って超がつくほどタフだから」

 

 そんな心配性の姉を気遣い、十夜は右手の拳を心臓の辺りに当てながら余裕の表情を浮かべて笑う。

 

 「そう?でもせめてバランスの摂れた食事だけは心掛けてよね?どんな仕事でも一番大事なのは健康であることだから」

 「言われなくてもそれは分かっているよ姉さん。ていうか食事にだけは煩かったあの人たちのおかげで、俺は一日三食と野菜を摂らないと気が済まない身体になってるから」

 「言われてみれば・・・一家揃って健康オタクだったね」

 「あの人たちがそうさせたんだろ。俺たちを」

 「フフッ・・・こういう所だけは親子だよね?私たち」

 「・・・あぁ・・・ほんとにな」

 

 相も変わらず今この瞬間も日本(ここ)ではないどこかで自己表現に没頭し続けているであろう両親のことを思い浮かべながら2人は呆れ半分、愛情半分の感情で静かに笑う。

 

 ちなみにこの姉弟。瞳の色と2人揃って超がつくほど美形であることを除けば、外見も性格も全く似ていない。

 

 「よし、全部終わった」

 

 そうこうしているうちに十夜の荷造りは全て終わった。ちなみに手で持てない荷物や必要な家具などは既に新宿の新居に運ばれ、事務所が用意したスタッフによって事前に指示した定位置に置かれいる。

 

 「・・・ねぇ十夜・・・」

 「ん?どうした?姉さん?」

 

 荷造りを終え深々と帽子(キャップ)を被り部屋から出る準備を済ませた十夜に、小夜子は神妙そうな表情を浮かべて話を切り出す。

 

 

 

 と、ここで一旦補足として余談を挟むが8月9日の撮影以降、十夜はCM撮影や雑誌の取材などで忙しく、小夜子もコンサートの関係で長野と仙台に向かっていたため、この2人が面と向かってまともに会話をするのはこの20日間のうち、今日を含めて2日だけである。

 

 

 

 「・・・芸能界は・・・楽しい?」

 

 相変わらずどこか心配そうに問いかける小夜子に、十夜は数秒だけ考え込むように目線を天井へ向け、静かに口を開く。

 

 「最初はクソくらえと思ってたよ・・・オーディションとは名ばかりの出来レースで“予定通り”に勝ち上がったところで嬉しさとかは1ミリもないし、記者会見の時に言ったコメントだって9割は嘘だし、気が済んだら直ぐにでもこんな世界からは去ってやろうと本気で考えたくらいだ」

 

 まるで舞台役者が壇上で独白を語るかのように淡々と自分の本音をぶちまける十夜を、小夜子は無言で見つめ続ける。

 

 

 

 物心がついた頃から“芸能人”と呼ばれる人たちと何度も会っていた俺は、普段の彼らとスクリーンや壇上で誰かを演じている時の彼らとの落差(ギャップ)に恐怖に似た違和感を覚え、次第に役者(彼ら)のことが人としての自我を奪われた“操り人形”のように見えてしまっていた。

 

 やがて時が経つにつれて両親がともに世界的な有名人という異端な家庭環境を肌で分かり始めるようになり、メディアに“がんじがらめ”にされて徐々に遠い存在になっていく幼馴染(ともだち)を見てその思いは強くなっていき、気が付くと俺は芸能界という世界そのものを嫌うようになった。

 

 そんな俺にも、操り人形ではなく“人間”として憧れに近い感情を持っていた役者が“2人(ふたり)”だけいた。

 

 でもそのふたりの雄姿はもう、今では二度と見ることができない。

 

 

 

 “役者という生き物は所詮・・・自我を奪われた操り人形でしかない。糸が切れてしまえば、微動だにも動けないただのガラクタ・・・”

 

 

 

 「でもこの間見学で行ったドラマの撮影を見て・・・少し気が変わったんだ」

 

 だが、あの日の撮影で役者としてカメラの前に立っていた1人の少年は“操り人形”なんかではなかった。

 

 “糸”なんて存在しない、人として確たる “自我”を持つれっきとした“人間”がそこにはいた。

 

 “美沙子っ!!!”

 

 周囲からの視線や声を気にしない他人の感情が剥き出しになった演技に衝撃を覚えるのと同時に、俺も確たる自我を持つたった一人の人間になりたいと心から思った。

 

 「理由が出来たんだよ・・・芸能界(この世界)で生きるための・・・」

 

 落差(ギャップ)を超越した芝居をする“ふたり”と同じような演技をしていた、あいつ()のように・・・

 

 「だから・・・芸能界は楽しいよ・・・めちゃくちゃ」

 

 言い終えると十夜は、小夜子に向けて雲一つない青空のように晴れやかな笑みを浮かべる。

 

 「・・・ここまで幸せそうな顔をしている十夜・・・久しぶりに見た気がするよ・・・」

 「そう?」

 

 

 

 “『お前らのせいで俺は・・・』”

 

 

 

 「・・・・・・十夜・・・私は十夜に」

 「それ以上は言うな。言ったら姉さんだろうとマジで怒るから」

 

 小夜子が言おうとした言葉の意味を瞬時に理解した十夜は、両親に代わって“懺悔”をしようとした小夜子の口を人差し指で優しく押し当てて言葉を塞ぐ。

 

 「・・・姉さんも、あの人たちも・・・誰も悪くない・・・」

 「・・・・・・ありがとう」

 

 十夜は押し当てた人差し指を離すと、少し罪悪感を滲ませるような晴れない表情の小夜子の身体を優しく包み込むようにハグする。

 

 「もう大丈夫。“それぐらい”の覚悟は出来てる」

 

 ここ2,3ヶ月は互いに忙しくその回数はめっきり減っていたが、家を出る前には必ず行っていた2人の日課。

 

 「十夜・・・どんなにあなたが有名人になっても、十夜はずっと私のかけがえのない家族()のままだから・・・」

 

 もちろんこれは両親から教わった独特な躾なのだが、ここにある愛情は紛れもなく本物だ。

 

 「・・・うん。それは俺だって同じだよ。本当にありがとう、姉さん」

 

 “この家族”の元に生まれてしまった瞬間から、運命というものは決まっていたのかもしれない。どうあがいても背後について回る、“一色家”という看板(ブランド)

 

 きっと芸能界の大人たちや赤の他人たちは、何が何でも俺のことをそうやって一色家(家族)と結び付けて消費し続けようとすることだろう。

 

 だが、それがどうした。親がどうだとか、家族がどうだとか、そんな下らない肩書きや先の知れた未来は、俺の手で全て塗り替えてやる。そう心に誓った。

 

 “俺は、俺だ”

 

 「・・・では・・・行ってきます」

 

 小夜子にこの部屋を出る前の最後の挨拶を済ませると、十夜はゆっくりと小夜子の身体から手を離し、床に置いていたボストンバッグを肩に担いでリビングを後にしようとする。

 

 「待って」

 

 部屋から出ようと背を向けた十夜を小夜子は呼び止める。

 

 「・・・十夜がここを出る前に、どうしても伝えておきたいことがあるの」

 「伝えておきたいこと?」

 「十夜・・・どうか冷静になって、聞いて欲しい」

 「・・・うん。分かったから話してくれよ、姉さん」

 

 妙に神妙そうな口ぶりとその表情に、十夜は戸惑いつつも言いたいことを言うように小夜子を促す。

 

 「十夜はさ・・・城原千里(きはらせんり)って人、知っているよね?」

 「・・・あぁ、確か正月の“名もなき音楽会”で姉さんとセッションしてた作曲家のピアニストだっけ?」

 

 城原千里(きはらせんり)。映画音楽を中心に数々の賞を受賞している作曲家で、音楽に詳しい人の間ではその名を知らない人はいないほど有名な人物である。俺の記憶が正しければ、星アリサのことを知るきっかけになった映画の劇半を手掛けていたのもこの人だった。

 

 “いや・・・まさかな・・・”

 

 「向こうにいるお父さんとお母さんには既に報告しているけどさ・・・」

 

 でもこういう時に限って、“胸騒ぎ”というものは的中するものだ。だから姉が呼吸を整えるように口から出した言葉を一度溜め込んだ瞬間、俺は何かを察した。

 

 「私・・・・・・千里さんと結婚することになった」

 「・・・・・・マジでか」

 

 俺にとって姉は一番の良き理解者なのだが、そんな人でも時にはこのように自分の理解を超えてくることだって一度や二度ぐらいはある。

 

 そしてこの日から数週間後、一色家の家系図にまた1人“有名人”が加わったことは言うまでもない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日、霧生学園高等学校_第二音楽室_

 

 「君が音楽室(こんなところ)に呼び出すなんて洒落た真似をするとは思わなかったよ、山吹」

 「ここしか空いてなかったってだけだ。それにお前、ぜってぇ自分の部屋に人なんか入れねぇだろ?少なくともこの話は教室ん中で話すような内容じゃねぇからな」

 

 2学期の始業式を終えた山吹は放課後にレッスンの名目で芸能コース専用の校舎内にある第二音楽室を貸し切り、同じクラスの天知を呼び出していた。

 

 「心一・・・今日俺がこんなところを貸し切ってまでお前をここに呼んだ理由はただ1つだ」

 

 山吹が天知を呼び出した理由。それは8月8日に新宿の映画館で行われた映画の舞台挨拶に遡る。

 

 

 

 「アリサさん。十夜(コイツ)を現場に連れて行く代わりに・・・1つだけ俺に教えて欲しいことがあります・・・」

 「・・・良いわよ。言いなさい敦士」

 

 優し気な口調ながらも目の笑っていないアリサに臆することなく、山吹は条件をぶつけた。

 

 「何で・・・アリサさんは十夜(コイツ)にここまで拘るんですか・・・?」

 

 この後、アリサの口から告げられた真実は山吹の想像を遥かに超える“ショッキング”なものだった。

 

 

 

 「まさかお前が絡んでいたとはな・・・・・・心一

 

 アリサが早乙女雅臣の後継者として最初に選んだ看板(スター)は、なんと天知だった。芸能界という舞台を降りた彼を自らの手で“天才子役・天馬心”としてではなく、“俳優・天知心一”として全てをリセットさせた上で復活させる手筈だったが、芸能界にはもう未練のない彼がそんなシナリオに首を縦に振るはずはなかった。

 

 そして天知が代わりに“逸材”として連れて来たのが、十夜だった。そこからのアリサ、もとい事務所(スターズ)の行動に迷いはなかった。まず“一色十夜”という少年の人生にドラマ性を加えるため、彼と同じように役者(スター)になることを夢見る“原石(引き立て役)”を新人発掘オーディションとしてかき集めた。

 

 最終的にこのオーディションには2万人の原石が集まり、その頂点に立った十夜は傍から見れば数多の夢追い人の中の頂点に立ったのみならず、スターズがどのような条件の人材であろうと平等に審査をしてスターを発掘しているという宣伝にもなり、それは結果として双方に大きな利益をもたらすことになった。

 

 またこれは補足だが、十夜と共にオーディションを勝ち抜いた永瀬あずさは“本当の意味”で勝ち上がってデビューを果たしている。

 

 「・・・って聞いてんのかオイ?」

 「うん。君の話はずっと聞いているよ」

 「だったら今すぐピアノを弾くのやめろ。人が真剣に話してんだぞ」

 「真剣というものは人それぞれだよ山吹。現に僕はこうして両手と右足で旋律を奏でながら、ちゃんと君の声に耳を傾けているじゃないか」

 「てめぇいつか殺すからな」

 

 アリサから明かされた真実を山吹が真剣な表情で話しているのを、天知は音楽室のピアノを優雅な手つきで弾いて旋律を奏でながら“真剣”に聞いている。

 

 だが彼の“真剣”さというものを本当に理解している人間は、本当にごく一部にしかいない。

 

 「つーかさっきからなんの曲弾いてんだよ?」

 「ケルンコンサート」

 「知らねぇよどうせ弾くならもっとメジャーなやつやれよ、戦メリとか」

 「全く、知らない曲の良さを知ろうともしないくせに僕を音楽室(こんなところ)に呼び出すとは。本当に君はナンセンスの塊だね」

 「音楽のことはよく分かんねぇけどお前に友達がいねぇ理由はよく分かるわ」

 「それは心外だな。僕にも心の底から信頼している友人はいるよ」

 「あぁ確かに性悪野郎のお前にも友達はいたな、十夜(ひとり)だけ」

 

 “外野”からの野次に答えながらも、ケルンコンサートを優雅に奏でる両手とペダルを踏む右足は止まらない。

 

 「んなことより今日はそんなお前の唯一の“友達”の話だ」

 「・・・山吹のことだからそんなことだろうと思っていたよ」

 「否定しねぇのかよ」

 

 脱線しかけた話を再び戻した山吹に、天知はピアノを弾きながら答え続ける。

 

 「何でこの僕が一色をアリサさんに推薦したか・・・?それが聞きたいんだろ?」

 「あぁ・・・先ずはそこからだ」

 

 すると天知は10秒ほど旋律を奏でながら沈黙を貫き、静かに答える。

 

 「一色にはスターダムを駆け上がれる素質がある。それだけのことだよ。僕と同じように彼と何度も遊んだことのある君なら、その意味がわかるだろ?」

 

 正直、この答えが返ってくることは予測出来ていた。確かに十夜は、夕野とは違った意味で元から持ち合わせた素材がとんでもなく飛び抜けている。己の持つ存在感だけで全てを圧倒するような本当の意味での“天与”ってやつだ。

 

 だが本題はそこではない。

 

 「だとしたら心一も知ってるだろ・・・アイツが芸能界を嫌ってたことをよ?」

 「うん。知ってるよ」

 

 “『オレにはお芝居をしている人たちの姿が、操り人形に見えてしまうんだよ』”

 

 「俺たちに面と向かってそう言ってた奴が、有名人になることを誰よりも嫌って役者そのものを侮辱してたような奴が・・・何で“ここ”にいんだよ?」

 

 有名人の親を持つような“二世”が芸能界でどのような扱いを受けるのかというのは、俺でも分かっている。

 

 俺たち役者のことを“操り人形”だと言ったことや十夜の自己中でエキセントリックな振る舞いにはガキの時から腹が立っていたが、アイツが有名人の両親と比較されることに苦しんでいることを知っていた俺は“腐れ縁の理解者”として悩み相談的なことにも乗ることもあった。

 

 別に嫌っている理由にはこれといって深い意味はなく、十夜に向けた個人的な恨み自体もない。

 

 ただ・・・俺たち(役者)を“操り人形”の4文字で片づけた奴がノコノコと芸能界(この世界)の扉を開き、そんな奴の何十倍と努力してきた奴らの出番を奪っていくことが、俺は気に食わない。

 

 そんな奴が仲の良い幼馴染(ダチ)の言葉一つで、芸能界(ここ)に足を踏み入れるとは到底思えない。

 

 「・・・なんか隠してんだろ・・・心一?

 

 山吹からの問いに、天知はケルンコンサートを奏でたまま静かに語り始める。

 

 「山吹・・・人の気持ちというものは、恐いくらいにいとも容易く移り変わっていくものだよ」

 「は?お前何言って」

 「誰がピアノを弾いてるかと思ったらやっぱり心ちゃんだった。あっくんもお疲れ」

 「・・・はて、噂をすればなんとやら」

 

 山吹の言葉を遮るかのように2人だけの音楽室に噂の張本人が姿を見せ、2人のもとに近づく。

 

 「あぁ悪い、俺この後撮影があるんだったわ」

 

 だがその寸前に山吹は十夜と入れ替わるように音楽室を後にしようとする。

 

 「あれ?あっくん今日は撮休じゃなかったっけ?」

 

 すれ違いざまに、十夜は山吹に声をかける。

 

 「うるせーよスケジュールが急遽変更になったんだよバァカ」

 「・・・あっそ」

 

 もちろんこれは嘘である。そして山吹の嘘に十夜も一瞬で気付き、2人は目で火花を散らすように互いを見合う。

 

 「つーか関係ない仕事の話に首突っ込もうとすんなやボケが」

 「そこまで怒る必要はなくない?ていうか何で嘘つくんだよ?」

 「とにかくお前なんかに構ってる暇はねぇんだよ」

 

 山吹は十夜にメンチを切ったまま振り切るように音楽室の出口へと向かうが、数歩ほど歩いたところでピアノを弾く天知に目を向ける。

 

 「心一・・・お前が何を考えてるかは知らねぇけどよ・・・・・・これ以上余計な真似したらぶっ殺すからな

 

 自分へと向けられた言葉を軽くいなすようにピアノを弾き続ける天知を睨むような視線で一瞥し、山吹はそのまま音楽室から出て行った。

 

 「・・・なんであっくんはこのところずっと不機嫌なんだ?」

 「妬いているんだよ。君のような特別な才能を持った天才が現れてね」

 「何それ?嫌味か?」

 「いや、きっとあれは彼なりの君への称賛だよ」

 「称賛にしては随分と乱雑過ぎないか?」

 「山吹は“不器用”だからね」

 

 天知に言葉をかけながら十夜はピアノに近づき、そのままよりかかるようにして天知のすぐ近くに立つ。その出で立ちはまるで、雑誌の表紙のようだ。

 

 「ケルンコンサートじゃん」

 「序盤を弾いてないのによく分かったな」

 「母さんが好んでこの曲をよく聞いてたからね。おかげでこの耳がキースの旋律を覚えちゃったよ」

 

 ピアノにもたれかかったまま、十夜は天知に向けて耳の穴に銃を突きつけるジェスチャーをする。

 

 「けどオレこの曲そんなに好きじゃないんだよね」

 「何故だい一色?これは音楽史に残るほどの名盤とされている傑作だというのに」

 「もちろんケルンコンサート自体はオレも好きだよ。でも、この曲にはあまり良い思い出が無くてね」

 「・・・そうか。だったら違う曲にするか?」

 「うん。そうしてくれると助かる」

 

 十夜の一言を合図に天知はケルンコンサートを奏でていた両手をパタッと止め、音楽室全体に沈黙が走る。

 

 「じゃあ何がいい?」

 「そうだね・・・」

 

 十夜は少しだけ考え込むようにして音楽室の天井を数秒ほど見上げて、

 

 「楽しみを(こいねが)う心

 

 と天知に“注文”を入れた。

 

 「牧が一番好きな映画の曲じゃないか。何故これを?」

 「この間の撮影現場で久しぶりにマキリンと会ったんだよ。だからふと聞きたくなった」

 「理由になっているようでなってないような気もするが、分かったよ」

 

 一色はこうして周りの人間の理解を超えてくるような奇矯な一面を偶に覗かせてくる。だが牧と同じように彼の人間性をある程度理解している天知にとっては、これぐらいのことはもうすっかり慣れている。

 

 「その代わり君からのリクエストを弾く前に1つ聞きたい」

 「うん、いいよ」

 「・・・噂の大物新人はどうだった?」

 

 椅子に座ったまま獲物をじっくりと吟味する野生動物のような目つきを天知が向けると、十夜はそれを嘲笑うようにフッと微笑む。

 

 「・・・思った以上だったよ。サトルの芝居は」

 

 あの時の光景を徐々に頭の中で張り巡らせていくのと同時に、十夜の微笑みは次第に純粋な喜びへとフェードしていく。

 

 「サトルのような人間がいるなら・・・芸能界で役者になるのも悪くない」

 

 “今のところは計画通りと言ったところか・・・”

 

 「それは嬉しいね」

 「ただし、オレは心ちゃんのように“操り人形”のまま終わるつもりはないよ」

 

 “思い通りだ”と言いたげにニヒルに笑う天知に、十夜は満面の笑みを浮かべながら宣戦布告とも言える決意を伝える。

 

 「あぁ、是非ともそうしてくれ・・・くれぐれも僕の二の舞にならないように」

 

 もちろん自分に向けて放った“決意”の意味を瞬時に理解した天知は、自分なりのエールを十夜に送る。

 

 「ところで彼とは現場(あそこ)で話はしたのかい?」

 「いや、話すどころか顔すら合わせてない」

 「随分と勿体ないことをしたな一色。とんでもない逸材と会えたというのに」

 

 天知はなぜ憬と直接顔を合わせなかったのかを察していながらも、敢えて十夜に勘ぐりを入れる。

 

 「・・・心ちゃんならもうとっくに分かってるだろ?」

 

 幼い頃から家族ぐるみで親交があり、学年は違えど幼稚園から今に至るまでずっと同じ学校で過ごしてきた幼馴染のことを、自分で言うのも難であるが一色の家族の次ぐらいには理解しているつもりだ。

 

 「オレがショートケーキの上に乗った苺をどのタイミングで食べる奴か」

 「“一番最後”だろ?」

 

 だから一色が偶にやる一見なんの関連性もないような話題の意味を読み解くのは、小学校で教わる算数を解くのと同じくらいには容易いものだ。

 

 「ご名答」

 

 被せるような速さで正解を導き出した幼馴染(ともだち)を、掌で小さく拍手をしながら十夜は称える。

 

 「要はそういうことだよ。心ちゃん

 「・・・なるほど・・・実に君らしい結論だ

 

 周りの全てを“蹴散らしていく”十夜の一言に臆せず、同じくらいの覇気を込めて天知も言葉を返す。その光景を目の当たりにして、十夜は思わず少しだけ寂しそうに天知へ笑いかける。

 

 「・・・オレからしてみれば、心ちゃんの方がよっぽど勿体ないことをしたと思うよ。せっかくあと一歩のところで操り人形から“人間”になれたはずなのに・・・」

 「・・・一色・・・人の気持ちというものは・・・恐いくらいにいとも容易く移り変わっていくものさ」

 

 天知は一切の感情が消え去ったようなハイライトのない翡翠色の瞳で十夜を見つめ返し、天を仰ぐように目を瞑りながら顔を真上に上げて深呼吸をする。

 

 

 

 “僕が道半ばで役者を辞めることは・・・・・・“あいつ”の息子としてこの世界に生を受けてしまった時点で決まっていた

 

 

 

 伴奏前の最後の言葉を呟き天知は目を瞑ったままそっと触れるように鍵盤に指を置くと、最初の一音に合わせるように顔を下げて“楽しみを希う心(リクエスト)”を静かに弾き始める。

 

 それから曲が終わるまでの間、音楽室には切なくも儚げなピアノの旋律だけが響き渡った。

 




ちょくちょく名前は上がっていたけど何だかんだで約20話ぶりに登場の天知くん。

それと分かりづらいですが、今回は1話2本立てになっています。

ちなみに今回から章のサブタイが“?”表記になりました。
というのも2章ではタイトルを予め決めてしまった影響でストーリー自体が制約だらけでがんじがらめな状態になり、執筆をする上で困難を極めた為です。
ということで以降は現在進行している章が終わり次第サブタイが明かされるというスタイルに変更しましたので、ご了承ください。









2022年。今年もランキング1位なんか一切目指さず、我流でがんばります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。