5/15 追記:今後の展開を考慮し、ストーリーを一部変更しました。
「こいつは思った以上だな」
新宿の繁華街にある映画館の客席で、本郷は知り合いの監督仲間が手掛けた映画を鑑賞していた。
「これがまだ15だなんて、将来が楽しみで仕方がない」
「撮影したのはコイツが14の時だけどな」
「別に14も15も変わらないでしょ。本当にドクさんは細けぇよな~」
そして本郷の隣には“ドクさん”という、この映画を撮った張本人が座っている。エンドロールが流れ終わり、まばらになった客席で2人の映像作家は余韻に耽りながら、出演した少年の芝居を回想する。
「しかし・・・あのCMの時から随分と成長してきたな」
「なら次の映画で使うか?どうせお前、ずっとコイツのことを狙ってんだろ?」
「そりゃあ狙うでしょ。最高の役者を使って最高の大作映画を撮ることが、俺の目標であってポリシーだから」
アイボリーの照明に照らされたスクリーンに目を向けクールに問う隣の映画監督に、本郷はギラついた笑みを浮かべて言葉を返す。
今から約1年前、海堂のおやっさんと上地が突然連れて来た演技経験の全くない中2の少年が魅せた衝撃の芝居。あれから1年、ちょっと見ないうちに随分とこの少年は役者らしくなったものだ。
その気になれば今すぐにでも手に入れてフィルムに収めたい、1人の才能。だがそんな才能を使って最高の大作を撮るとなると、話は変わってくる。
「でも“大作”を撮るには、俺もこいつもまだ青い」
目の前のスクリーンに映る果実を摘むにはまだ早い。青い果実をかじったところで、滲み出てくるものは深みも何にもないただの苦味だけだ。
加えて俺にはまだ、それを撮る為の力が足りない。もちろん、少年もだ。
「ってわけで俺はもう少し赤くなるまで待つことにするよ、ドクさん」
石の上にも三年ということわざのように、“最高の役者を使って最高の映画を撮る”ためには辛抱強く“
「なぁ本郷。熟すタイミングを待つのはいいが、そのきっかけは自分自身で作っていかないと獲物は逃げていくぜ」
目をギラつかせながらどこか余裕の笑みを浮かべる本郷を横目に見ながら、隣の男は生意気な後輩に忠告をする。
「言われなくても分かってるよ・・・獲物を撮り逃しちまうのはもう二度と御免だからな。そのためだったら俺は何でもするさ・・・」
そんな先輩に対してあんたの忠告など知らんがなと言わんばかりに、本郷は不敵に笑いながらギラついた目で隣の男を横目で凝視する。
「・・・本郷、この後空いてるか?」
「暇じゃないって言いたいところだけど、残念ながら今日は空いてる」
「こんなところで無駄話をするのは映画に対する冒涜だ。この続きは飲みながらでも話そう」
「えっマジで?今晩の飯奢ってくれんの??ドケチなドクさんが珍しい」
「ぶっ飛ばすぞクソガキ」
誰もいなくなったスクリーンの客席から立ち上がった2人の映像作家は映画館を後にし、歌舞伎町の飲み屋街の方角へと歩みを進めて行った。
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「君の“新作”、売り上げが絶好調なようで私は自分のことのように嬉しいですよ」
「そりゃあ、あんな“売名行為”をすれば是が非でも あんたの“金”になるだろうからな」
“僚友”が成し遂げた手柄を皮肉を交えながら祝福する芸能プロデューサーの言葉に、後部座席の隣に座る小説家は同じく皮肉を交えて彼の言葉に答える。
「トレンド1位&増刷おめでとうございます、 “夕野先生”」
「その呼び方やめろ、天知さん」
8月15日。憬は天知の用意した黒の
「そんな先生がこの間の収録終わりにリポーターからの質問攻めに遭い堪忍袋の緒が切れ挨拶もせず帰るとは・・・全く君といい黒山といい
ブランチのブックコーナーで10年ぶりのテレビ出演を果たした俺の話題はたちまちSNSを通じて拡散していき、オンエア直後にトレンドで1位を獲得するほどの注目を集め、それらを含む世間からの反響がそのまま比例するかのように新作『hole』は増刷に次ぐ増刷で、月末までには10万部に達するほどのセールスを叩き出すペースで売れている。らしい。
「あの場面。結局削ってもらったのか?」
「当たり前だろ?もしも“あの場面”が間違って放送されようものなら、今頃君は炎上の嵐だ」
ちなみあの場面とはインタビュー終了後の俺と秋本のやり取りのことだが、その一部始終が実際にオンエアされることはなかった。
「君のために言っておくが秋本さん、あの後ショックのあまり小一時間ほど号泣したらしい」
「・・・そうか」
天知曰く、去り際に俺がみせたという氷のように冷たい笑みに秋本はなすすべもなく立ち尽くし、やがて俺がスイートルームから出て行きその姿が見えなくなった瞬間、堰を切ったかのように彼女の目から涙が溢れ出したという。
「でもご安心を。“火消し”はもう済ましてあるから、君が咎められることはない」
当然このような不測の事態に備え、天知は既に打つ手は打っていることを俺は知っている。先ず俺が出演したあの番組の総合プロデューサーと秋本が所属する芸能事務所の社長はいずれも、天知の息が少なからずかかっている人間だ。つまり“鶴の一声”さえかかれば、余程のことがない限り天知の意見が通るという状態らしい。
「あんたみたいな奴に借りが出来ちまったのは気に食わないけど礼を言うよ。天知さん」
「いえいえ、今回の件に関してはお互いイーブンってことで構いませんよ。ただし、君には向こう3年は私の“歯車”として動いてもらうことになりますが・・・」
「・・・全く、相変わらず抜かりないな・・・」
重要な“歯車”から些細な“部品”に至るまで徹底的に抜かりなく配置してそれらを全て的確に手玉に取る策士ぶりもさることながら、この男の恐るべきところはそれらの計画に裏打ちされた把握しきれない程の人脈の広さだ。
「さすが、“裏で芸能界を牛耳っている”と噂されるだけあるよ」
あくまで噂話になるが、その人脈はマスコミを含む芸能関係全般は勿論のこと、ハリウッドを始めとした複数の大手配給会社や制作プロダクションとの強力なコネクションに加え、挙句の果てにはMHKを含むキー局の上層部にはいずれも天知の “息がかかった”人間が複数人いるという現実味の欠ける訳の分からない噂まで聞く。
そうした根も葉もない噂が独り歩きし、いつしか天知は一部の人間から“裏で芸能界を牛耳っている”という噂話や、目的の為なら手段を選ばないやり方から “悪魔”と言われるようになった。
「あんな与太話を君はまだ信じているのかい?」
「そんなわけないだろ」
もちろんこれらは “根も葉もない噂”にすぎず誇張されているのは言うまでもないが、少なくとも今の芸能界において隣に座るこの
「・・・もしも“芸能界を牛耳っている”というふざけた風の噂が本当だとしたら、私たちはこんな苦労をしないだろうさ」
「あぁ・・・そうだな」
「だが今回は君が重い腰と口を上げてくれたおかげで、幾分かは事が楽に進みそうだよ」
「そうか。そいつは何よりだ」
芸能プロデューサー・天知心一。中2の春休みに渋谷で偶然遭遇してから紆余曲折を経て20年が経とうとする今でも、俺は本当の彼のことをまだ知らない。
「・・・君には感謝していますよ・・・私の歯車になってくれて」
「・・・言っておくが・・・事が済んだらあんたのことは存分に利用させてもらうぞ」
笑みを浮かべ隣同士で顔を合わせるも、その眼からは互いの野心が殺気となって火花を散らす。2人はあくまで“あの映画”の為にこうして手を組んではいるが、そこに仲間意識というものは存在しない。
「しかし、何だかんだ手堅いと思っていた夕野が“同業者”の女の子を泣かせるとは思わなかった・・・こればかりは想定より甘く見ていた私の不届きでしたよ」
そして互いに視線を再び前に戻すと、天知は再び収録の話に話題を戻す。
「“火消し”が済んで一件落着したんじゃなかったのか?」
「もちろんこの件はとっくに解決しているよ。でも君のおかげで秋本さんの事務所からは大目玉を食らいましたけどね」
いくら息がかかっているとはいえ、苦情を言われるのは当然の話だ。所属するタレントが泣かされたと聞いて、それを黙って見過ごすような“親”がどこにいるというのだろうか。
「そうか、悪かったな」
「全く反省していない癖によく言うよ」
そんな事態になった場合の後始末の大変さを知っている憬は気持ち程度に謝るが、一切の敬意がない謝罪に天知は一瞬で気付いて呆れ返るように言葉を返す。
「・・・でも、彼女が泣いたと聞いて俺は少しだけ安心している」
「それは一体どういう意味かい?」
憬からの意味ありげな呟きに、天知は半ば呆れ気味に問いかける。
「・・・“泣く”ということは、それだけ自分の実力を理解しているという表れのようなものだ。これから先の未来でどちらの選択を選んでも、その意識さえあれば彼女が道を踏み間違えることはないだろう・・・逆に最悪なのは己の未熟さを認めることが出来ずに傷つくのを過度に恐れ、他者へと責任を押し付けるようなどうしようもない奴さ。そんな弱虫にすらなれない傲慢な人間の末路は、本当に悲惨なものだよ。だから天知さんから彼女が前者だったということを聞いて・・・俺は安心しているんだ」
彼女の涙は俺が言い放ったであろうあまりに初歩的で酷な逆質問によるものか、はたまたそんな“初歩的”なことに答えられなかった自分に対する自責なのか。それは本人にしか分からないが、これだけは確かだ。
「・・・話は変わるが、夕野は
まるで台本に書かれた台詞をそのまま独白で喋るかのような口調で持論を展開した憬に、天知は前を向いたままニヒルな笑みを浮かべて憬に夜凪景の話題を振る。
「よなぎけい・・・?誰だそいつは?」
「とぼけるな。既に黒山と接触している夕野なら分かっているはずだ」
天知が唐突に夜凪の話題を振ってきた。この男のことだから、彼女に目を付けるのも時間の問題だとは思っていたが、まさかここまで早く嗅ぎつけるとは。あの黒山が自ら天知のような奴にリークすることは人間性からしてまずあり得ないが、少なくともこの男は既に夜凪のことを把握している。
「・・・・・・流石、“悪魔”と言われているだけあるな」
それを確信した憬は、無駄に抗わず白状するように嫌味をぶつけた。
「悪魔とは随分と物騒な呼び名じゃないか、夕野」
「“自覚”している癖によく言うわ」
それよりも気になるのは、天知がどのタイミングで夜凪のことを知ったかだ。彼女はついこの間まで、スターズの面々たちと共に八重山諸島で缶詰めにされた状態でデスアイランドの撮影に挑んでいた。撮影が行われていた時点でスターズの“リポーター要員”のおかげでロケ地は白日の下に晒された状況だったとはいえ、撮影自体は厳戒態勢で行われていたということは容易に想像が出来る。
現に、夜凪の存在はまだ世間はもちろん業界内でも殆ど無名に等しい状態だろう。ましてやスターズ絡みとなると、その辺りの対策も抜かりないはずだ。
「・・・どうやって
だがそこは何が起こるか分からないのが、芸能界という世界だ。夜凪がスターズに落とされた代わりに“別の男”に拾われていったように、俺もスターズから振るい落とされた直後に“別の男”から拾われ、役者になった。
そんな漫画じみた展開が時に連続して巻き起こるのが、
「残念ながら芸能人ではなくなってしまった夕野には詳しくは言えないね」
だからこうやって話を切り出し始めた天知の言う言葉は、手に取るように分かった。
「ただ、特別に物好きな君の為に簡潔に話すと」
「こういうありえないことが常日頃で巻き起こっているのが“
天知の言葉を先読みした憬が言葉を被せる。19年前、天知と同じプロデューサーの男から言われた、“魔法の言葉”。
「・・・って、あんたの親父ならそう言うだろうな」
その瞬間、切れ長の三白眼から一筋の血筋が翡翠色の瞳へ突き刺さるように宿る。
「・・・言っておくが夕野、こう見えて私は喧嘩という非生産的なやり口は大嫌いなんだ」
不敵な笑みを浮かべ冷静さこそ保っているが、憬からの“仕返し”を受けた天知の眼は心の奥底で眠る感情を如実に表している。
「あぁ・・・俺も喧嘩は大嫌いだ」
それを自らの眼で確認した憬は、心の中で静かにほくそ笑む。
「まぁ、仮に私が君からの喧嘩を買って負けたとしてもありったけの賠償金を絞り取るけどね」
「・・・そうかよ。じゃあ今回は止めておくわ」
勝てば賠償金をぼられ負ければ奴隷 VS勝てば官軍負ければ賠償金GET。対戦相手は目的の為なら手段を一切選ばない。買えば買ったで読者からすればシナリオ的には盛り上がっておいしくなりそうだが、こんな先の知れた八百長試合を買って出るほど、俺は馬鹿ではない。
「君が話の通じる人間で本当に助かったよ」
そう言うと天知は怒りの感情の抜けた笑みで再度煽り返し、憬はそれを無言で一旦受け流して核心に迫る。
「何手先まで読んでいるかは置いといて・・・夜凪を使って何をするつもりだ?」
「それはもちろん・・・手始めとして夜凪さんには“良い話”を持ち込もうと思っているところですよ」
「だと思ったよ」
全く悪びれる素振りも見せることなく、天知は平然と夜凪を“
「ただし、そのタイミングはもう少しだけ後にしようと考えていますが」
「へぇ、意外だな。いつもは先手必勝の天知さんがみみっちくタイミングを待つとは」
「どんなに輝かしい素質を持った原石と言えど、正しく光り輝かせるには正しいタイミングで磨かなければ“見世物”として破綻してしまうからね」
とは言えこの“悪徳プロデューサー”の力があるかないかで、例の大作映画の完成までには最低でも5年の差が生まれることは紛れもない事実であろう。
“お前もこれから地獄への道連れになるんだからな”
しかし“地獄への道連れ”とは、
「で?勝算はあるのか天知さん?」
「勝算ね・・・・・・」
すると天知は一呼吸を挟んで、俺の耳元でとある情報を呟く。
「・・・墨字が巌先生の舞台に夜凪を売り込んだ?それは本当か?」
「君を迎えに来る途中でご本人から電話があってね、『お前の狙ってた案件、代わりに俺がお膳立てして引き受けてやったぜ』ってご丁寧に報告してくれましたよ」
「そうか・・・ドンマイ」
俺が申し訳程度に励ましの言葉を送ると、それを天知は冷酷なまでに無感情な視線で一瞥する。恐らくこれを察するに、ビジネスチャンスとして虎視眈々と狙っていた獲物をまんまと横取りされたといったところだろうか。それはやられた側からしてみれば面白いわけがない。
もちろん俺は、
「でも黒山のおかげで助かりましたよ。
そして天知もまた、 そんな“天敵”を黙って見過ごすような平和主義者ではない。
「巌先生の舞台・・・確かに口説くには最高のタイミングになるってところか」
「順調にことが進めばそうなりますね。彼女は必ず惚れさせます」
「今回ばかりは墨字に感謝だな、天知さん」
「えぇ。世知辛い世の中を生き抜く為には“ギブアンドテイク”、“施されたら施し返す”・・・偶には私も黒山に感謝しなければなりませんね」
「凄いな天知さん。説得力がまるで皆無だ」
ただ今回ばかりは“一枚先”までを見越した天知の戦略勝ちと言ったところだろうか。夜凪が舞台で成功を収めれば最高の見世物として利用でき、失敗しても大損するのは劇団と大黒天だけであって自身にとってはどっちに転んでも一応金にはなるからだ。
「それに今回の舞台は巌裕次郎にとって最後の公演になる。ビジネスとしてこれ以上の機会は早々ないよ」
「最後?」
だがこの舞台が巌裕次郎にとって最後の公演になるという情報は、俺も驚きを隠せなかった。
「9月末に銀河劇場で打つ予定の公演を最後に、巌裕次郎は己の全てを劇団天球の未来に託すつもりでいるらしい。 “世界のイワオ”も、歳には勝てなかったみたいですよ」
別名、“世界のイワオ”。また同業者や彼の元で育った役者などからは“巌先生”として親しまれている。
そんな巌裕次郎も御年78歳。人によってはまだまだやれないことはない年齢ではあるが、演劇に全てを捧げ、恐らく常人の倍以上のペースで生き急いでいたであろう彼の人生を考えると、身を引くというのは致し方ないのかもしれない。
というよりも、23で役者を辞めてしまったこの俺が巌裕次郎の引き際をどうこう言う権利なんて、果たしてあるのだろうか・・・
「もしその話が本当だとしたら、巌先生の舞台も今度こそ見納めになるわけか・・・」
ちなみに憬は、巌裕次郎の舞台に立ったことは今まで一度もない。
「・・・一度だけでいいから観てみたかったよ。“巌先生”の舞台に主役として立つ君の姿を・・・」
そんな憬が巌の舞台に立つ姿を想像しながら、天知は少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「・・・仕方のないことさ。“タイミング”が合わなかった」
タイミングが合わなかった。言ってしまえばそういうことだ。
女優・星アリサにとって最後の作品となった“あの舞台”を上演して以降、巌裕次郎はしばらくの間表舞台から姿を消し、数年の年月が経った頃に劇団天球を旗揚げする。
それ以降、今まで築いてきたものを全て捨てるように同劇団の発展に専心するようになると、彼の作品に対する評価や業界内の風向きが変わり始め、巌裕次郎という演出家はすっかり“過去の人”として世間からも業界からも埋もれることになる。
俺が役者として活動していた期間は、まさに彼が“周囲との関わりを絶っていた”時期だった。やがて劇団天球が軌道に乗り始めて今のような地位を確立した頃には、俺はもう役者ではなくなっていた。
“『お前にはあと10年早く生まれてきて欲しかった』”
「そんな君の末路を見て私は大いに勉強させてもらったよ・・・
憬のタイミングという言葉を耳にし、天知はニヒルに笑いながら憬に語りかける。
「利益とタイミングは理解できるとして、まさか天知さんの口から“心が1番大事”っていう言葉が出てくるとは思わなかったわ」
すると天知は脳幹を人差し指で指す。
「私は何より人の心が最も大切だと考えています」
人の心が分かると言いながら脳幹を指す理由はキャラ設定のようなものなのか何なのかはずっと謎だが、何となくその仕草は分厚いベールに包まれている天知心一という人間が自身の本性を垣間見せる貴重な瞬間のようだと俺は勝手に感じている。
「ビジネスとはつまるところ人の心の売買だからね」
「ずっと思ってるけど心と言って脳幹を指すのは意味あるのか?」
「心が動かなければ金もタイミングも動かない。人の心無くしてビジネスは成立しない」
「聞く耳持たずか」
だが当の本人はその真実を意地でも一字一句言葉にすることはない。そういうところも含めて、何とも天知らしい。
「・・・それにしても今日は随分と天気が良いと思わないか?」
隣に座る天知の言葉で、憬は窓の外に視線を送る。ついさっきまで頭上の空をシャットアウトしていたはずの首都高の高架は消え失せ、ビルが立ち並ぶオフィス街の隙間から昼過ぎの眩い光が不規則なリズムで車内を時折照らす。
「あぁ・・・そうだな」
数日前まで猛威を振るっていた台風が過ぎ去った影響もあるのだろうか、確かに天知の言う通り空は清々しいくらいに晴れ渡っている。
「まるで君と初めて会った時と同じ空だ」
中2の春休みの渋谷。確かにあの日は今日と同じように雲一つない晴天だったような気がしなくもないが、はっきり言ってあの日の空はあんまり覚えていない。
「よく覚えているな。俺はそんなこととっくに忘れたよ」
そんな少しの虚しさを含ませた憬の言葉を横目で聞き入れると、天知は本当の思いを打ち明ける。
「・・・あの日、君のことを見つけた私の目に狂いはなかったよ・・・」
「フッ・・・・・・冗談じゃねぇよ」
その思いを鼻で笑いながら、憬は前を向いたまま捨て台詞のような言葉を吐く。
あの日、天知が渋谷にいなければ・・・あるいは俺たちが渋谷に行かなければ・・・スカウトに来たのが天知ではなく別の人間だったら・・・運命は変わっていたのだろうか・・・?
いや、今更それを考えたところで無駄な話だ。どうあがこうと過去という運命を変えることは不可能だからだ。
こうなることは、最初から決まっていた。
「この辺りでよろしいでしょうか天知様?」
「ここで良い、止めてくれ」
天知からの合図で運転手はハザードを焚いて路肩に停める。ベイエリアの自宅から15分。憬と天知を乗せたアウディは製作委員会の面々との会議場所となる広告代理店の入るオフィスビルの前に着いた。
「さて行きますか。“映画界の異端児”がたった一つの大作映画のために私たちへ課した宿題を終わらせるために」
「おう」
2人は左右別々のドアからそれぞれ降り、一定の距離感を保ちながら広告代理店の入る地上10階地下1階建てのオフィスビルの正面玄関の扉を潜っていった。
原作を読んでいた時からずうっと気になっていたことがあるんですよ。
天知Pって夏でもあの服装なんでしょうかねぇ?
天知Pの服装(夏ver)は?
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年中黒スーツ(某無免許医スタイル)
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クールビズ(流石に酷暑には勝てず)