先日、週刊少年ジャンプにてあかね噺という新連載の落語漫画がスタートした訳ですが・・・・・・多分、ていうか絶対アクタージュを読んでいた読者は間違いなくハマるやつだと思います。
ちなみに僕は、表紙を見た瞬間に惚れました。
『オイ、元気か』
「・・・先生?」
『何でそんなに疑心暗鬼なんだお前?』
「いや・・・そうじゃなくて、急すぎて理解が追い付かないっていうか・・・それよりかけてくる時は名前を言ってくれないと分からないですよ」
『稽古に休日と色々世話をしたお前なら分かると思ったんだがな』
「逆に俺は一周回ってオレオレ詐欺かと思いましたよ」
夜の10時。16の時からずっと住処にしている野方の1Kに置いてある電話機から、つい“この間”まで嫌というほど聞き馴染んでいた声が耳に入った。
『久しぶりだな、剣』
「お久しぶりですね、巌先生」
1年半ぶりに電話越しで聴く、恩師の声。この人の背中を追い続けて芝居を重ねた4年間はあんなにあっという間だったというのに、“あの日”から今日までの1年半の方が俺にはよっぽど長く感じる。
『國近から聞いたぞ。主演、決まったそうじゃねぇか』
「はい。まさかこんな“不機嫌顔”の俺が映像で主演という大役を頂けるとは思いませんでした」
あれから俺は自分の役者人生をさらに高みに上げるため、周囲の反対を押し切って
おまけに俺は役者として背丈こそ恵まれているが、元来のコンプレックスでもある強面で華のない“不機嫌”な顔のせいで思うようなオファーすら来ず『お前は映像に向いていない』、『
『馬鹿野郎。役者ってのは“顔”じゃねぇ。“臭うか臭わねぇか”だろうが』
「ハハッ、そうでしたね」
それでもかつてのどうしようもない“ろくでなし”だった俺を舞台の上に役者として立たせてくれた巌先生の元で芝居を積み重ねた日々を信じ、辛抱強く自分の足でもがき続けて1年半。ついにチャンスを掴み取った。
『笑い事じゃねぇぞ剣。忘れたなどとほざいたら潰すからな』
「忘れるわけないじゃないですか。あれだけ口うるさく言われたら」
カンヌで賞を獲った実績のある監督が手掛ける長編映画。そんな映画の主演に俺は選ばれた。厳密にいえば監督と先生は年の離れた“腐れ縁”だと聞くが、オーディションは一切の忖度なしで行われたから、結果的に俺は実力で主演を勝ち取ったということになる。巌先生の舞台ではありがたいことに主役として立たせてもらったことがあるが、映像作品においては初めての大役にして初めての主演だ。
既にオファーの来ていた12月の舞台を蹴ってまで出ることを決めたこの映画での経験は、今後の役者人生に大いに生きてくると信じている。
『・・・ったく、暫く会わないうちに随分図太くなりやがって』
そんな俺が役者として誰かの背中に背負わされるだけでなく自らの足で歩けるようになったのは、巌先生の演技指導があったからだ。
「当たり前ですよ。先生から竹刀で背中を突かれ、身体めがけて灰皿やパイプ椅子を投げられ続けた日々に比べれば、1年半の下積みなんて掠り傷みたいなものです」
『
“『舞台の上で死ねる覚悟のない奴は、今すぐ俺の前から消え失せろ・・・』”
巌先生の演技指導は、スパルタという言葉すら生温く思えてしまうほど凄まじく厳しいものだった。芝居に納得できないところがあれば口や手よりも先に何かしらの物が飛んでくることはよくある話で、人格を否定するような暴言まがいのダメ出しも演者に対して平然と言い放つこともあった。それはどんな大物であろうと変わらず、特に周りと比べて年が若く経験も浅かった俺はあまりの指導の厳しさに“「役者を辞めたい」”と本気で思う瞬間もあった。
“『俺が演出家で、お前が役者だからだ』”
それでもこの人に這いつくばってでもついていこうと思ったのは、演者に対して鬼のように厳しかったように、それ以上に自分に対しても鬼のように厳しい姿勢で芝居に取り組み、演者の1人1人を区別せず本当に対等に立って親身に接する、他の誰よりも演劇を愛する
もしもこのまま映像で成功を収めるようなことがあるとしても、俺の役者としてのルーツは巌裕次郎が生きとし生ける“舞台”であり、俺の人生を変えてくれた“演劇”で在り続けるだろう。
『この俺に向かって恨み言とは良い度胸じゃねぇかてめぇ』
相変わらず、凄みを効かせた時の声色は電話越しでも思わずゾクっとする。
「はい。おかげで先生にはほぼ“憎しみ”しか残ってませんから」
そんな恩師に向かって、俺は敢えて憎まれ口を返す。もちろんこれは反語だ。ちょっと凄まれただけで委縮するような“無味無臭”な人間は役者として認めてもらえないことぐらい、俺でも分かる。
『ケッ、この
俺の意思がどこまで伝わったかは定かではないが、電話越しに伝わるその声色は心なしか今までで一番優しく思えた。確かなことは、巌先生の機嫌がすこぶる良いということだ。
『・・・そう言やお前、もう
「はい、2月でとっくに20になりました」
『ちょうど主演も決まったことだ。剣、近いうちに俺と飲まねぇか?』
「・・・酒ですか・・・」
急に話題をそらしてきたかと思ったら、飲みの誘いをしてきた。それもそうか。我が子のように“可愛がっていた”世話の焼ける“バカ息子”がやっと自分の手で主演の役を掴んだ。自分の子供が成し遂げた偉業を祝ってあげたい。子を持つ親としてはきっとこれ以上ない幸福なのだろうか。
「先生と飲みたいのは山々ですが・・・今回は遠慮しときます」
いや、流石にそれは身の程知らずな思い込みだ。俺はまだまだ、恩師に対して何一つ“親孝行”らしい親孝行が出来ていない。それが出来るようになるまでは、俺はまだ・・・・・・
『なんだお前、俺とはもう付き合えねぇってか?』
「いや、そういうことじゃないです」
それにしても暫く声を聞かなくなるうちに、竹刀を持った“鬼軍曹”はすっかり一升瓶の似合いそうな“頑固親父”みたいになったものだ。
「またいつか先生の舞台に出させて頂いた時の楽しみとして、今はとっておきます」
あの日から約1年半、巌先生は一度も公演を打っていない。きっと演劇に対する情熱は失っているはずはないし、そんなことは絶対にあり得ない。でも、今この瞬間に先生と会ってしまうと“演劇”が終わってしまう。そんな予感がした。
「俺はいつでも待ってますよ。巌先生」
“だからすみません。今はまだ先生とは杯を酌み交わせないです”
「・・・2年遅せぇんだよ。ボンクラが」
“愛弟子”である
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新宿駅西口から北の方角へ歩いて10分ほどの所にあるオフィスビル2階のレンタルスタジオ内にある控え室。
ここでは映画『ロストチャイルド』の最終審査に選ばれた8人が、この後に隣室で行われる最後のオーディションに向けて各々心の準備をしていた。
当然この8人の中には、憬の姿もある。
『ロストチャイルド』のオファーを受けたあの日の夜、俺は海堂から宿題としてプレゼントされた國近監督の映画、『ノーマルライフ』を鑑賞した。
映画が公開される約10年前に実際に起きた事件をモデルに、両親からの虐待に耐えかねて家を飛び出した12歳の少女と、ある町で殺人を犯して逃亡中だった青年による2人の約1年にも渡る逃亡生活を描いた映画で、この作品で國近はカンヌを始め数々の賞を受賞するなど、彼にとってこの作品は大きな出世作となった。
“不思議な映画だった”
映画の中で男と少女の2人による生活は物語後半に待ち構える逃避行の末、男が警察に捕まる形で終わりを迎えるが、男はナイフをかざして少女を人質にするなどの“ドラマチック”な抵抗なんてものを一切見せることなく、両手を挙げて少女を解放してあっさりと捕まる。まるでその一連の光景は映画のワンシーンというよりは、ただ警察官が逃亡犯を連行する様子を生々しく映すドキュメンタリーの一部始終を目撃しているようだった。
“不思議な体験だった”
それだけでなく男と少女の2人のやり取りも恐ろしいくらいに“リアル”で、その光景は映画を観ているというより2人の日常をただ映しているドキュメンタリーフィルムのようで、最初は恐ろしいくらいに退屈な映画のように感じていた。
“気が付いたら、引き込まれていた”
アクション映画のようなスピード感もなければ、SF映画のような迫力に満ち溢れた演出もなく、劇半の音楽も本当にここぞという時だけで最小限のシンプルさ。だが目の前で展開されていくドキュメンタリーフィルムが進むにつれてじわりじわりと物語の世界に引き込まれていき、気が付くと“映画を鑑賞している”という感覚が消え失せ、俺は目の前に映る世界に“没入”していた。
「これ・・・牧さんだったんか」
そしてこの映画で殺人犯の男に誘拐され監禁生活を送ることになる主人公の少女“ミライ”の役を演じているのが牧静流だということに気付いたのは、この映画のエンドロールが流れた時だった。ちなみに牧はこの映画で日本アカデミー賞新人女優賞を受賞している。
“出来得る限り“映画”というものに触れ、“映画監督”とはどういうものであるのかを自分の中に叩き込んでおけ“
それから俺は、オーディションの当日までに家にある映画のビデオを片っ端から鑑賞し、誰が演じているかとか、この人の演じ方がどうだとかを一切考えず、“無心”になっていくつもの映画というものを観続け、今日のオーディションに至ったと言うわけだ。
“って、これだけで本当に大丈夫か・・・”
というより、それぐらいの対策しか出来なかった。理由はただ一つ、あらすじを含め映画の情報が一切分からないからだ。
映画『ロストチャイルド』。仮に『ノーマルライフ』と同じ理屈で考えるとしたら、今回もストーリーは恐らく社会派のドキュメンタリーということだろうか。それにしてもここまで一切ストーリーの内容などを明かされないままオーディションに挑まされるとは思わなかった。
“海堂さんにもっと聞いとけばよかった・・・”
もしかしたらそういう監督も居るのかもしれないが、ここまで何も聞かされない状況でいきなり最終選考にぶち込まれるという状況は、CMとドラマを一本ずつしかやっていない新人からしてみればまあまあ不安なものだ。
ていうか、まともなオーディションを受けたのは今のところスターズの新人発掘オーディションだけのような気がするが、それを考えるのはひとまず今は止めておこう。
「・・・・・・」
けれど本当に周りの最終選考に選ばれた応募者も何も知らされていないのだろうか、それも気になるが控え室の空気が重く声を掛けるにかけられない。
前のオーディションの時も確かこんな感じだった。本番前ならではの、ピリピリとした説明のしようがない独特な緊張感。そんな今日のオーディションで1つだけ決めていることは、“嘘をつかない”ということだ。
「おはよう」
緊張感溢れる控え室に、集合時間となる“13時00分00秒”ジャストのタイミングで『ロストチャイルド』の監督である國近が気怠げに挨拶をしながらドアを開け、現れる。
「おはようございます」
國近からの挨拶に俺を含めた8人は一斉に「おはようございます」と元気よく応えると、控え室の緊張感は最高潮に達する。
ちなみにこの業界では、朝昼晩問わず挨拶は「おはようございます」と言うのが常識となっている。
その理由は諸説あるが、由来は歌舞伎の世界で裏方が出番前に練習のために早く楽屋入りしている役者さんに「お早いお着き、ご苦労さまです」という相手をねぎらう言葉をかけていたことがルーツとされ、それが省かれ“「おはようございます」”となりやがてそれがしきたりとなって芸能界全体に広がったというのが、理由の一つと言われている。
と、海堂から教わってから早3か月。やっと俺の身体にもそういった芸能界のルールというものが染み渡り始めた。
「俺はこんなところでおべんちゃらなんてするつもりはねぇから、さっそくオーディション始めるぞ」
そんな自分が芸能人であることに対するちょっと慣れてきたことによる優越感に似た感覚は、オーディションに初めて参加する俺に何一つ説明しないどころか名乗りすらしないオーディションを始めた國近によって一瞬で潰される。
やはりまだ、俺にとってこの世界は想定外のことが起こることが多い。
「じゃあ1番の奴、俺についてこい」
そして國近は間髪を入れず、エントリーナンバー1番を呼び出す。
「はい」
エントリーナンバー1番、つまり俺だ。
「じゃあ残りは俺がこの部屋に戻って来るまでこの部屋を出るなよ」
しかも、オーディションはまさかの1対1で行われるらしい。普通、こういうオーディションというものはスターズの時のように複数人で一斉に行うようなものだと思っていた俺にとっては、またしても想定外。
“普通オーディションって1人ずつじゃなくてまとめてやるよな・・・”
「あ」
「あの・・・普通こういうオーディションって1人ずつじゃなくてまとめてやるんじゃ」
心の中で思った疑問を國近に言おうとした瞬間、席に座る別の応募者の少年が全く同じような疑問を國近に投げかける。どうやらこの状況を不思議に思っていたのは俺だけではなかったらしいと、少しの安堵感。
だが、そんな安堵感は少年に向けて振り向いた國近によってまたしても潰される。
「何だ?俺のやり方に文句でもあるのか?」
振り向いた國近がその少年に見せた感情は決して威圧するような表情ではなく、『俺のどこがおかしいのか?』という純粋な疑問だったが、無垢なまでに間の抜けたようなその言い方に恐ろしいくらいの不気味さを覚えた。
「・・・いえ、何でもありません」
少年は國近に委縮してしまったのか、どこか自信なさげに降参の言葉をかけると國近は無言で俺に隣のスタジオルームに移るように催促すし、俺は國近の後に付いていく。
「・・・つまんねぇな」
控え室を出る間際、國近がボソッと呟いた。恐らくこの言葉は、質問をしてきた少年や椅子に座り出番を待つ他の応募者の耳元には届いていないだろうが、すぐ真後ろにいた俺にははっきりと聴こえた。
それが挽回の余地もない完全な拒絶であることを意味していることは、彼の呟いた口調からして明らかだった。
俺の目の前を歩くほんのわずかに小さな背中が、“魔王”のように“大きく”感じた。
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“俺はまた・・・とんでもないところに連れてこられたな・・・”
心の中で渦巻く不安を抱えつつ平常心を保ち國近の後ろにピタリとついていくように控え室から10歩ほど歩くと、オーディションが行われるであろうスタジオルームの扉の前に着いた。
「実は、お前に会わせたい奴が1人いるんだよ」
そのスタジオルームに入ろうとしたタイミングで、國近が俺に声をかける。
「会わせたい人、ですか?」
「そうだ」
映画の内容も含めて詳細などは一切教えられていない、たった1人きりで挑む最終オーディション。そして扉の先に待っている“誰か”。
追い付かない思考をよそに國近は目の前のドアを2回ほどノックし、そのままドアを開ける。
「失礼します・・・」
取りあえず気持ち程度にかしこまりながら1対1でオーディションをやるには有り余るぐらい広めのスタジオに入ると、1人の男が俺と國近を待つかのようにパイプ椅子に座っていた。
「どうも」
そう言うと男は椅子から立ち上がり、仏頂面のような表情で俺に向かって会釈をする。
「先に説明しておくが、コイツが今回の映画で俺が主演に選んだ
國近はそう言って渡戸という男の肩を一回だけ軽く叩くと、隣に置かれたパイプ椅子に座る。
「
「夕野憬です。よろしくお願いします」
パッと見た感じだと顔立ちや背丈は恵まれているが早乙女や山吹のように華がある感じではなく、どちらかと言うと不良映画やアンダーグラウンド系に出てきそうな半グレを演じさせても違和感のない出で立ちだ。
自分で言うのもアレだが、現時点では渡戸からはあまり主演を張るような雰囲気は感じられない。もちろんそれは悪い意味ではないのだが、逆に言うとそういう強面で“華のない”ところを買われたということだろうか。
「俺が怖いか?」
「えっ?」
そういった考え事をしていたのがバレたのだろうか、渡戸は俺の心を見透かすように仏頂面のままやや低めの声で問いかける。もちろんよく見ると普通に話しかけているだけなのは分かるが、元が強面の為か、終始機嫌が悪いように見えてしまう。
「・・・怖いっちゃ怖いかもしれないですね。もちろん悪い意味ではないですけど」
渡戸からの言葉に悩みに悩んだ末、俺は少しばかり申し訳なさげに本音を溢す。とにかくここでは、絶対に嘘はつかないと決めている。
「オイ渡戸、コイツお前のことが怖いってよ、どうする?」
渡戸の隣で足を組みパイプ椅子に座る國近が向かいに立つ俺に指をさしながら渡戸に茶々を入れる。
「どうにもできないですよ。俺は元から“不機嫌顔”なんで」
そんな監督の揶揄いを主演の渡戸は仏頂面のままローテンションで右から左へ受け流す。別に渡戸は決して不機嫌になっている訳ではなくこれが平常運転なのだろうが、それが分かっていてもこうやって対面しているだけで何とも言えない緊張感が襲ってくる。
“ブッキー”と初めて会った時のナイフのような尖った威圧ともまた違う、ジワリと身体に染み込んでいくような独特な空気。1つだけ確かなことは、ドラマの現場で会ったような役者とは一線を画した
「悪いな、コイツは別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ元の顔が機嫌悪そうなだけでよ」
「はい、もちろんそれは分かってます」
「それより座らないのお前ら?」
「あ、はい」
軽い口調で座るように國近から言われて、俺はずっと座らずに立っていたことに気が付いた。そしてどういう訳か、渡戸もずっと立ったままだった。
「さて、先ずは何から話そうか・・・」
俺と渡戸が座ったことを確認すると、國近はその流れのままに仕切り始める。どうやらこれはオーディションを始めるという合図のようだが、この時点ではとてもじゃないがオーディションが行われているとは思えないほどラフな空気がスタジオルームに流れている。
「・・・夕野だっけ?取りあえずお前どこ中?」
「へっ?」
唐突に國近が発した、オーディションの質疑応答とは到底思えないような突飛な質問。まさかの“ヤンキー形式”の質問に出鼻をくじかれたような形になってしまった俺は、何も対応することが出来ず素っ頓狂な返事をしてしまった。
「聞こえなかったか?どこ中だ?」
「・・・横浜市立大倉中学校です」
正直、これが果たして正解なのかは分からない。というより、どこ中と聞かれたらそう答える以外方法がない。
“ていうか、そもそもこれはオーディションなのだろうか?”
「“
「そうですね。俺の代では少なくとも “
「へぇー、渡戸の世代だとそう呼んでんのか」
「逆にその呼び名以外知らないです」
そんな俺の疑問をよそに、対面で座る2人は俺が“
「“
「あぁ、はい、俺の学年でも呼び名は“
危うく置いていかれそうになったが、渡戸がパスを渡してくれたおかげで何とか俺も“大中”トークに加わることができた。
“もう一度言うが、果たしてこれは本当にオーディションなのだろうか”
「でも渡戸さんも國近さんも“
「あぁ言っておくが俺はちげぇよ?」
「えっ?」
「ていうかドクさんはそもそも横浜出身ですらないでしょ」
「おう、俺は練馬生まれ練馬育ちだからな」
「・・・なんで嘘をついたんですか?」
「どうせ
「ジョークの
ちなみに國近は“大中”出身でもなければ横浜に縁もゆかりもない、都民歴34年である。
「ところで夕野は
「いえ、今日初めて知りました」
「ホントかよ、だって渡戸剣だぜ?言っとくけど演劇界じゃ割と有名だから母校じゃスター並みに大人気でもおかしくないと思うけど」
「いや、渡戸さんには悪いんですけど全然話題になったことがありません」
「だってよ渡戸。お前もまだまだだな」
「色々と恥ずかしいんでその辺にしてくれませんかドクさん」
おだてるように國近は渡戸のことを持ち上げるが、少なくとも俺はこの男のことをこの目で見たことは一度たりともないし、本人から直接名乗られるまで名前すら知らなかった。
「じゃあ夕野、巌裕次郎っていう“臭い好きの
「・・・臭い好きなのは知りませんけど・・・名前だけは知ってます」
巌裕次郎。確か世界的に有名な舞台演出家としてテレビで何度か名前を聞いたことがあったが、最近はめっきり名前すら聞かなくなった。
はっきり言って巌裕次郎のことは、舞台をたった一度しか観ていない俺にとっては名前だけ知っている程度だ。
“ていうか、臭い好きってなんだよ・・・”
「・・・本当にそんな程度しか知らないのかお前?芸能人の癖に?」
そんな俺に國近は、まるで未確認生命体を観察するかのような視線を向けながら問い詰めてくる。その一点の曇りもない無垢な視線が、金縛りのように俺の身体をパイプ椅子に縛りつける。
「そう言われても・・・本当にその程度しか知らないんで」
「・・・ま、ついこの間まで
“あの巌裕次郎”のことを名前しか知らない俺に、國近は渡戸の解説を分かりやすくかみ砕いて俺に説明をする。
巌裕次郎の厳しい指導の下で鍛え上げられた演技力とその実力は本物であり、演劇界では“巌裕次郎の愛弟子”として知られている。
そして今回、渡戸は“役者として更なる高み”を目指すため、未経験だった映像芝居への挑戦を決意したのだという。
國近の話を聞く限り、渡戸は舞台役者として相当の実力者であることが伺い知れる。
「何かすいません・・・渡戸さんのことを何も知らなくて」
知らなかったことが事実とはいえ、あまりにも舞台に対して無知だった自分を本気で恥じると同時に、申し訳ないという気持ちが身体に広がっていく。
「いや、謝る必要も気にする必要もないよ。いくら舞台で主演を張ったところで映画やテレビに出ないと中々“有名”にはなれないから、知らないのは仕方ないことだし」
そんな俺を気遣うように渡戸は優しく語りかける。表情は相変わらず不機嫌そうに見えるが、見た目に反して誠実な語り口から彼の真面目な人柄が滲み出ていることに気付き、俺は少しだけ安心する。
「確かこの映画がダメだったら牧静流の舞台に出るつもりだったんだろ?」
「駄目もなにもオーディションを受けると決めた時点でそれは断ってますよ」
“そう言えば牧さん・・・12月に舞台をやるって聞いてたな・・・”
「牧さん・・・」
「おっ、牧静流はさすがに知ってるのか?」
“牧静流”という単語に反応した俺の何気ない独り言を、國近は逃さずに拾う。
「知っているというか、先月の撮影現場で牧さんにはお世話になりましたから」
「おうそうか、言われてみれば早乙女雅臣主演のドラマに出演したってプロフィールにも書いてあったしな」
「はい。恐縮ながら牧さんの演じる美沙子の相手役を演じさせてもらいました」
「東間直樹の中学時代だろ?実は俺もリアルタイムで10話のオンエアを観ていてな」
「えっ!?・・・そうなんですか?」
まさかあのドラマを実際に観ていたとは思わず、再び素っ頓狂な驚きの声が出た。それと同時に、あの演技がどう見られていたのか?ボロクソに言われるのではないか?という不安が押し寄せる。
「実に面白いものを見させてもらった・・・特に同級生を殴るシーンとラストの咆哮・・・あれは“芝居”というより完全な憑依だ。いや、寧ろ全く違う人格に身体が乗っ取られているといったところかありゃあ・・・思わず観ていてハラハラしたよ・・・」
そんな不安とは裏腹に國近は俺の芝居を褒め称える、ように聞こえなくもないようなそうでもないような何とも反応に困る評価をしてきた。
「・・・ありがとうございます」
予想の斜め上をいく監督からの評価を俺はひとまず受け止めると、國近はニヤリと笑いながら俺の目を凝視するように見つめる。
「ところで“アレ”ってどうやんの?」
ようやくやってきた、オーディションらしい質問。だが、“アレ”を説明するとなると、少しばかり時間がかかってしまう。だがそれ以外に方法は思いつかない。
「少し長くなりますが、いいですか?」
「あぁ構わん。言ってくれ」
悩んだ末、俺は海堂にメソッド演技を習得したいきさつを説明した時と同じように幼少期の経験と初めてのドラマで得た
「・・・なるほど」
いきさつを話し終えると、國近はたった一言だけ静かにそう呟いた。これが肯定なのか否定なのかは分からないが、どういう訳か少しだけだが手ごたえは感じ始めていた。
“本番はきっとこれからだ”
「よし、じゃあエチュードでもやるとするか」
直前に浮かび上がった予感が的中するかのように國近はいきさつを掘り下げるようなことはせず、國近の合図で最終審査となるオーディションはいよいよ“実技”へと移った。
「はい」
ここまで来てこの映画の全容は、『ロストチャイルド』というタイトルを除けば全く見当がついていない。
まさかこのキャラクターを取り扱う時が来るとは・・・僕自身も書き始めた頃は想像すらしていませんでした。
原作では山ちゃんと共に解説役みたいな感じで決して出番は多くなくこれといった見せ場もないのに(クッソ失礼)何故か目に留まってしまう、そんな独特な存在感を放っていた人気投票13位でお馴染みの“ベッケン”さんです。
・・・恐らく彼のことをベッケンと呼んでいるのは地球上で僕1人だけだと思います。
ちなみに原作だと生粋の舞台俳優みたいなキャラになっていましたが、本作では思いっきり独自解釈が入ってます。まぁ、タグ付けてるし本人も独白で「俺のルーツはあくまで舞台であり演劇だ」的なことを言っているので大目に見てくれると幸いです・・・
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・國近独(くにちかどく)
職業:映画監督
生年月日:1965年5月24日生まれ
血液型:B型
身長:167cm
・渡戸剣(とべけん)
職業:舞台俳優・映画俳優
生年月日:1979年2月2日生まれ
血液型:A型
身長:180cm