或る小説家の物語   作:ナカイユウ

33 / 145
※ストーリーの都合により、一部で地震関係の表現があります。


scene.29 睡眠 / 煙草

 「よし、じゃあエチュードでもやるとするか」

 

 國近の合図で、最終審査となるオーディションはいよいよ“実技”へと移った。

 

 「ちょうど椅子があるから椅子(コイツ)を使って何かやろうと思うんだがいいか?」

 「はい」

 

  足を組んで椅子に座ったまま國近はとって付けたような理由で、椅子を使ってエチュードを行うと言い出す。ここに来てようやく気が付いたが映画『ロストチャイルド』の台本らしきものは、ここにはない。

 

 「さて・・・・・・エチュードの内容はどうするか?」

 

 俺の座るパイプ椅子に目線を向けながら、國近は少しばかり考え込む。

 

 ここで俺は、このオーディションでは映画の内容は一切明かされないということを完全に理解した。もちろんオーディション自体が相性を確かめるお見合いに近いものだと聞くから、そもそもオーディションに“予習復習”は意味をなさないも同然なのだろう。

 

 「・・・震度1の地震が来た時の演技をやってもらおうか」

 

 数秒ほど考え込んだ末、國近が課したエチュードの演目は“震度1の地震が来た時の演技”というピンポイントにもほどがある設定だった。

 

 「震度1・・・ですか?」

 

 震度1という気付く人もいれば気付かない人もいそうな何とも中途半端な揺れを表現しろというどう考えても突飛な演目に、俺は思わず動揺が表に出る。

 

 國近からしてみれば『ロストチャイルド』のオファーを受けた理由はどうでもよく、四の五の言わず実力を確かめたいというだろうか。

 

 「震度1は震度1だろうが。それ以上も以下もねぇよ。渡戸、相手役をやってくれ」

 「はい」

 

 そんな俺の動揺などお構いなく國近は“出来て当たり前だろ?”とも言いたげに疑問の言葉を突っぱねると、返答も待たずに渡戸に相手役をするように指示をして國近は立ち上がり自分の座っていたパイプ椅子を俺の正面に移し、その椅子に渡戸は座る。

 

 「地震のタイミングは夕野に任せる」

 

 

 

 “『・・・揺れてる』”

 

 幸か不幸か、俺は震度1の地震を体験したことがある。正月のこと、母親と共にリビングでテレビで正月特番を観ながら夕食を食べていた時、ふと母親が“『揺れてる』”と唐突に呟いた。

 

 “『いや気のせいだろ』”

 

 しかしその揺れに気付かなかった俺は母親の言葉を受け流したがその数分後、テレビから独特なアラームがなると共に地震が起きたことを伝える“ニュース速報”のテロップが現れ、横浜市で震度1という情報が流れた。

 

 “『おいマジかよ』”

 “『だから言ったじゃん』”

 

 一体なぜ、こんな本当に些細な日常の一コマを思い出せたのかは分からない。現についさっきまで俺はこの日のことなどとっくに忘れていたが、思い出してあの日のことを振り返ってみると不思議な感覚だった。

 

 揺れを一切感じなかったのに地面が揺れていたという体験は、生まれて初めてだった。

 

 

 

 “これの逆をやればいいのか・・・でも、どうすればいいのだろうか・・・いや、思い出せ・・・あの時の”感覚“を・・・”

 

 

 

 

 “さて・・・お手並み拝見だ・・・”

 

 

 

 

 「・・・お前たちは兄弟で、リビングのテーブルに座りながらテレビを観ている・・・」

 

 憬と渡戸が既定の位置についたことを確認すると、國近は前触れもなくいきなり独白を始める。その言葉を合図に、2人は誰もいないスタジオの壁の方向に目線を向ける。

 

 “・・・もう“入り”始めているな・・・“

 

 エチュードの設定を言うや否や、夕野(コイツ)は瞬時に自分の“置かれている”環境を把握し、渡戸と同等のスピードでリビングに意識を落とし込んだ。やはり、コイツは役にどっぷりと入り込む人種(タイプ)か。

 

 「うわ危なっ、あと1歩遅れてたらアウトだな今の」

 

 視線の先にあるであろうテレビを観ながら、渡戸が先制を仕掛ける。ちなみに渡戸は今、スポーツ番付という特番を観ているという設定でエチュードを進めている。

 

 「次は室戸(むろと)かぁ、コイツマジで強ぇんだよなー」

 

 それをすぐに察したのか、夕野は番付で無双している室戸という陸上選手の名前を挙げ渡戸のアドリブにも瞬時に対応したばかりか、先に観ている番組に映っているであろう人物の名前を入れることで、同時に会話の主導権をも握ってきた。

 

 「強すぎるから何か嫌いなんだよね俺」

 

 ここまでの控えめで真面目な振る舞いからは想像がつかないほど、役者としての勘は鋭く肝も据わっている。ドラマのオンエアを観た時からコイツは只者ではないという確信はあったが、まさかここまでとは。

 

 だがそれ以上に、声のトーンや喋り方、仕草の一つ一つが恐ろしいくらいにリアルだ。

 

 “というか、本当にリアルだ”

 

 「あぁ、確か去年の王座決定戦もぶっちぎりだったしな」

 

 無論、当たり前だが相手の渡戸も一切負けずに夕野と張り合う。巌裕次郎の元で鍛え上げられた表現力に加え、ここにきて映像芝居に求められる繊細さもすっかり板に付き始めている。

 

 「兄ちゃんはどっちが勝つと思う?」

 「どうせ今年も室戸だろ」

 

 2人は互いにテレビに視線を向けたまま何もない空間に“片手”を置き、気怠く“口だけ”で会話をし続ける。

 

 “さて・・・どこで仕掛ける・・・?”

 

 震度1の地震。こんなマニアックすぎるシチュエーションを取り入れるのは、舞台を含めて普通はあり得ない。だがこのような状況は現実(リアル)では幾らでも起こり得る。

 そんな普段なら演じる必要のないようなリアルを敢えて演じさせることによって、1人1人が隠し持っている“化けの皮”の内側が見れるものだ。

 

「・・・・・・?」

 

 テレビに目をやる夕野が、突如何の前触れもなく一瞬だけ天井の方に目線を向ける。

 

 「・・・揺れてる」

 

 そして一言だけ夕野がそう呟いた瞬間、俺たちのいるスタジオルームが本当に揺れ始めた・・・・・・かのように感じた。

 

 震度1に気が付いた時の仕草があまりに“リアル”すぎて、思わず俺は本当に地震が起きたのだと錯覚した。

 

 

 

 “やはり・・・俺の予想通りだ・・・”

 

 

 

 「OK、もう十分だ」

 

 國近からの一声で、震度1の揺れは瞬時に収まり一気に現実に引き戻される。

 

 “・・・もしかしてミスったか・・・?”

 

 “あと1歩遅れていたらアウト”という渡戸の言葉を連想し、あの時に観ていた正月特番を俺たちは観ていると仮定して先手を打った。改めて冷静になってみると本当に一か八かを左右する選択だったが、瞬時に俺の観ている番組を把握した渡戸のおかげで関門は突破できた。

 

 じゃあ問題はやはり“気付き”なのだろうか。いや、一応自分なりに揺れをリアルに表現できたつもりだが、流石に目は誤魔化せないというやつか。

 

 何の前触れもなく突然終了を告げられたエチュードを前に、俺の頭の中には疑心暗鬼の心情が渦巻き始めていた。

 

 「渡戸。夕野(コイツ)の芝居を視て気付いたことはあるか?」

 

 國近はポーカーフェイスを崩すことなく、エチュードの相手役を務めた渡戸に感想を述べさせると、渡戸は「そうですね・・・」と前置きをして頭の中で言葉を紡ぐかのように考え込むような仕草をする。

 

 考え込むように沈黙をしていた時間はざっと3,4秒程度だっただろうが、その間の沈黙が恐ろしく長く感じた。

 

 「リアルでしたね。思わず俺も本当に地震が起きたのかと錯覚してしまうくらいに」

 

 数秒の沈黙の末、今までのタメが嘘のような淡々とした口調で俺を真っ直ぐ見ながら渡戸は感想を述べる。どうやら芝居自体は問題なかったようだ。

 

 「・・・そうですか、ありが」

 「ただ芝居が繊細すぎて、“演技”の一線を越えているなと感じました」

 

 だが渡戸は、ありがとうございますという言葉を遮るように芝居の総括を始め、『“演技”の一線を越えてしまっている』と評した。

 

 「・・・一線を越えている・・・どういうことですか?」

 

 渡戸の言うフィクションの一線を越えているという意味を今一つ理解出来ずにいる俺に、全てを理解した國近が言い放った。

 

 「分かりやすく言うと、夕野の芝居は“リアル”すぎて演技じゃなくなってんだよ」

 「・・・演技じゃない・・・?」

 

 俺の芝居は演技じゃない。一体どういう事なのだろうか。いくら理由を考えても原因が分からず、頭の中が少しずつ混乱していく。

 

 「・・・感情を表に出すのではなく、感情にそのまま入り込んで憑依する・・・今まで同じ舞台に立って芝居をした先輩方で同じようなタイプの人が何人かいたから、俺には夕野君の芝居がどういうものなのかは大体分かる」

 

 その俺を一点で見ながら独り言のように語りかける渡戸の言葉が、混乱していた頭の中をギュッと正すように脳裏に突き刺さる。確かに俺は、役の感情に入り込むことによって今の芝居を身に着けていた。

 

 「夕野、レム睡眠とノンレム睡眠の意味は分かるか?」

 

 渡戸の隣に座る國近が組んでいた足を正して静かに問いかける。

 

 「・・・確か、浅い眠りと深い眠り、でしたっけ?」

 「あぁ、分かってんなら話は早い」

 

 レム睡眠、ノンレム睡眠。数日ほど前、偶然食卓で目にしていたテレビ番組で睡眠のことを取り上げていたことを目にしていた俺はたまたまその意味を知っていた。

 

 「でも睡眠と芝居って関係あるんですか?」

 

 だが睡眠と芝居が、一体どのように関係しているのだろうか。そこまでは理解できなかった。

 

 「普通人間ってのは眠っている間この2つを何度か交互に繰り返すことによって睡眠を摂る生き物だ。それは芝居でも同じようなことで、稀に例外はいるが基本役者って生き物は使いたい感情をノンレムに掘り下げると同時に、その掘り下げた感情を表現するためにレムのところまで出そうとする。そして表に出た感情が表現力となって演技として観客や視聴者に伝わんのさ。睡眠に例えるとこれが“夢を見ている”って状態なわけだ」

 

 芝居の本質を睡眠に例えて説明する國近の話は分かりやすいというより独特で見地の浅かった俺には少しだけ難解に聞こえたが、睡眠を通じて伝えたいことはある程度は直ぐに掴めた。

 

 「・・・てことは、俺は常に“爆睡”している状態ってことですか?」

 「端的に表すとしたらそういうことだな」

 

 爆睡。それは少しのことでは目が覚めない深い眠りに入っているという状況だ。例えばものすごく疲れた日の夜に眠りにつくと、目を閉じた次の瞬間には次の日の朝になっているという、“あの感覚”だ。分かりやすく言うと、夢を一切見ていないということだ。

 

 ちなみに俺もドラマの撮影が終わった日の夜に、それを経験しているから知っている。

 

 「正確には役の感情に入り込んだはいいが、それを表現力として昇華するところをすっ飛ばして演じている状況だ。だから”HOME”のように感情がダイレクトに表に出る“迫真の演技”をやらせればピカイチだが、逆にそれ以外はまるで伝わらない」

 「・・・伝わらない、ですか?」

 

 國近から言われたこの言葉に、俺は思わず耳を疑う。少なくとも相手役をしていた渡戸にはしっかりと伝わっている手応えを感じていたから、余計にそう感じた。

 

 もちろんそれは、思い上がりもいいところだということを数秒後には思い知ることになるのだが。

 

 「確かに俺たちのように免疫のある目の肥えた連中には、お前の芝居は伝わる。百歩譲って玄人好みってところだが、残念ながら世の中にいる大半の観客の目は所詮“節穴”みたいなもんだ・・・そんな連中からしてみれば、はっきり言ってお前の芝居は “棒演技”のように見えてんだよ」

 「棒ですか・・・」

 

 國近から下された芝居の評価は、“棒”だった。まだこの世界のことは分からないことだらけな俺でも“棒演技”の意味はとっくに分かっていたが、流石にショックは隠せない。

 

 「ある意味、震度1の地震みたいな芝居だな。掘り下げただけの芝居は伝わる人にしか伝わらないし、そんな些細な揺れじゃ眠った人は起こせない」

 「おぉ、珍しく口を挟んだと思ったら中々秀逸なこと言うじゃねぇか渡戸」

 「珍しいは余計ですよ」

 

 新人俳優と監督のやり取りを“不機嫌(クールな)”顔で黙って見届けていた渡戸がフォローするかのように口を挟み、それに監督の國近が感心して乗っかると、スタジオルームの空気は一瞬だけ再びフラットに戻り始める。

 

 「1つだけ教えてやるとしたら、あくまでお前の場合は棒ではなく“意図に反した形で伝わってしまう”ってことだ」

 

 そして俺をフォローするかのように、國近が言葉を付け加える。

 

 「・・・別に演技力や表現力が全くないって訳じゃない。ただその芝居は“揺れ”を“正しく”感じた人にしか正確には伝わらない。だからいざスクリーンに映し出された時、異質なお前の演技は“違和感”となって現れる。俺が撮りたいのは “自然(リアル)演技(フィクション)”というやつであって“ただの現実(ノンフィクション)”じゃねぇからな」

 

 続けて國近の言った言葉で、オーディションの対策として鑑賞した『ノーマルライフ』の記憶がフラッシュバックする。牧を始め、映画に登場した役者の演技は恐ろしくリアルだったが、それと同時に演技に対する違和感というものは全く感じなかった。

 

 鑑賞した時は気付けなかったが、今になって思い返すと出演していた演者たちはちゃんと“芝居”をしていた。それはあくまで“芝居”をするというくくりの中で“自然な演技”をしていたということだ。

 

 どおりで最後まで観ても“映画としての違和感”を1秒たりとも感じなかったわけだ。

 

 「てことなんだが、そんな夕野にとって足枷になっている “震度1(ノンレム)の芝居”をお茶の間の節穴にも伝えられるようにするにはどうしたらいいと考えている?」

 

 映画を鑑賞した時は気付けなかったが、今になって思い返すと出演していた演者たちはちゃんと“芝居”をしていた。それはあくまで“芝居”をするというくくりの中で“自然な演技”をしていたということだ。

 

 そして俺は、あの日のモニターに映っていた直樹の姿に覚えた違和感の正体にようやく本当の意味で気が付き始めた。あの時に感じた、理想(自分)現実(自分)の差異。

 

 「自分で自分の演技を振り返った時、全く恥ずかしさや違和感を感じないような思い通りの芝居をする」

 「そのためにお前はどうする?」

 

 考える隙も与えず間髪入れずに國近は言葉を続けるが、今までの経験や言葉を思い出して俺も臆せずに堂々と返す。

 

 「他を圧倒するだけでなく、自分の感情をコントロールしてそれをしっかりと周りに伝わるように意識して芝居が出来るようになることが、俺の課題です」

 

 言葉や意味では分かっている。俺はまだ、それらの目標を達成できているとは言えない状況だというのも分かっている。

 

 “もちろん今の芝居が通用するのも、HOME(あのドラマ)までだということも”

 

 「・・・こうやって言葉にすることは簡単だが、これらを実践することは生半可な決意じゃ絶対に不可能だ・・・」

 

 答えを一通り聞き終えた國近はスッと椅子から立ち上がると、対面で椅子に座る俺の目の前でしゃがみ込み顔を近づける。

 

 「夕野・・・この映画を引き受けたが最後、お前はもう二度と“引き下がれない”ぞ・・・それでも引き受ける覚悟はあるか・・・?」

 

 真っ直ぐに狂いなく捉えるその目は、紛れもなく“本気の眼”だった。今まで感じたことのない、“死”すら感じるほどの恐怖にも似た感覚が一気に襲い掛かる。だが、こんなところで怖気づいていたら芸能界じゃ通用しない。

 

 “私と憬・・・どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ”

 

 せめて蓮との約束を果たすまでは、俺は死に物狂いな思いをしてでも踏みとどまらなければならない。

 

 “俺は・・・”

 

 「・・・もちろんあります・・・・・・俺は役者だから・・・」

 

 國近からの覚悟に臆することなく、憬は真っ直ぐに役者としての覚悟をぶつけた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「お、揺れているな」

 「揺れてますね」

 

 製作委員会との会議を終えた憬と天知は監督の國近を始めとした他の面々が帰った後、会議室と同じ10階にある喫煙室にいた。

 

 「これは震度1ってところだな・・・」

 

 その2人の元に震度1の地震が襲い掛かって来る。正直言って襲い掛かるという表現は大袈裟なぐらいだが、10階にいる2人はその揺れに直ぐに気が付いた。

 

 「よく分かるな夕野。本当にそれが当たっているのかは置いておくが」

 「冗談だよ。何となくだ」

 

 左隣で嗜好品(セッター)を吸いながらクールに笑いジョークを嘯く憬を天知は正面を向いたまま半笑いで受け止めながら、スーツのポケットから嗜好品(ザ・ピース)のケースを取り出す。

 

 「・・・意外だな。天知さんも煙草吸うのか?(何気に一箱1000円するぞそれ)

 

 ちなみに憬と共に喫煙室にいる天知もまた喫煙者であるが、天知が煙草を吸っているところを見たことがない憬にとってはそこそこ衝撃的な光景だった。

 

 「吸うとは言っても一日一本、オフィス(ここ)の喫煙ルームでしか吸わないと決めていますが」

 「どおりで知らなかったわけだ」

 「恐らく私が煙草を吸っているのはここの人間しか知らないだろうね」

 

 だが幾ら煙草を吸っているとはいえ、そんな“限定的”な嗜み方をしていればここの社員を除けば殆ど知らないのも合点がいく。

 

 「夕野」

 

 その天知は憬の名前を呼ぶと、天知は煙草を親指と人差し指と中指で挟み憬の口元の方へ煙草の先端を向ける。

 

 「・・・へいへい」

 

 それを見た憬は溜息交じりに煙を吐くと、人差し指と中指の間に煙草を深く挟んだまま、右隣の天知の煙草に火を移す。

 

 「どうも」

 

 天知は最低限のお礼を済ませると、憬と同じように背中で壁にもたれかかるような姿勢で至福の一服を始める。

 

 「・・・君はそうやって煙草を持つんだね・・・」

 「・・・は?」

 

 一息(タール)を静かに吹いた天知が、急に意味深な薄笑いを浮かべながら俺に聞く。

 

 「煙草の持ち方なんて人それぞれだろ・・・」

 

 何故急に天知がこんなことを聞いてきたのかさっぱり分からない俺は、思わず曖昧な答えで返す。

 

 「・・・それもそうですね。君のように人差し指と中指を使って一服する人もいれば、私のように三本の指で煙草を持つ人もいる・・・すいませんが今の質問はひとまず忘れて下さい。私としたことが無粋なことを聞きました」

 「忘れて下さいっておい」

 「全ては私の“くだらない独り言”なので。あーやはりストレスが溜まってしまうと独り言が止まらない止まらない」

 「あんたほんとに “天馬心”か?」

 

 元・天才子役の面影が一切感じられない大根芝居で言葉を遮りやたらと質問の無意味さを主張する天知に、俺は言い返す気力もツッコむ気力も失せてしまった。

 

 第一、大の大人が煙草の持ち方一つで喧嘩をするなんて餓鬼臭くて馬鹿馬鹿しい話だ。

 

 「とにかく俺は、この持ち方が落ち着くんだよ」

 

 そう捨て台詞を放った俺に、天知は再び不敵で意味深な笑みを俺に見せる。

 

 「私はこの持ち方が一番落ち着くんですよ。特に深い意味はないけどね」

 「・・・そうかよ」

 

 そして煙草トークを終わりにした2人は黙々と一服を嗜み、喫煙室にはしばらく換気扇の微かなノイズだけが残り、副流煙が吸い込まれていくように舞う。

 

 

 

 「・・・君は“尋也(ひろや)”のキャスティングについてはどう思っている?」

 「今の言葉も大根役者の独り言か?」

 「いや、今度は本気だ」

 

 互いの煙草が半分ほどにまで減ったところで、天知は憬に『hole』の会議で上がったキャスティングの話を掘り下げる。ちなみに天知が口にした尋也とは、原作の『hole』に登場する主人公(ヒロイン)である(はる)の相手役となるもう一人の主人公である。

 

 「・・・どうって言われてもな・・・」

 

 天知からの話に、憬はイマイチしっくりこないような顔をしてボソッと呟く。

 

 

 

 「俺としては尋也を単なる“百城千世子(ヒロイン)”の引き立て役で終わらせたくねぇんだ。それじゃあこれまで飽きるほど量産されまくった“スターズの天使を使えばどうにかなる的な安易な発想で生み出された娯楽品(ガラクタ)”と何ら変わらないからな」

 

 昔から健在である國近からの忖度無しの一言に、何人かのスポンサーとなる企業の代表がざわつく。

 

 「誰か20前後で俺の要望に添えられるような骨のある若手はいねぇのか?」

 

 國近が尋也という役に求めている人材は百城千世子の引き立て役ではなく、あくまで彼女と最低でも対等な存在感と実力を兼ね備えている役者だった。

 

 「しかしですね國近監督。仮に華役に“百城千世子”を起用するとしても、主演女優として絶対的な“支持”を持っている彼女の存在を喰いかねない“怪物”のような役者を持ち込むことは世の中(大衆)が求めているニーズからはズレていますし、あのスターズがそれを許してくれるとは思えませんよ」

 

 だが國近が求めている役者や俺たちの求めている役柄というものは、百城千世子と共に映画を作り上げていくことになるかもしれないスポンサーにとってはあまりに求められているものから逸脱した条件であった。

 

 「まずヒロインを百城千世子にする必要は本当にあるんですか?設定を見る限り、少なくとも華というヒロインはこれまで彼女が演じてきた役柄とは色んな意味で正反対ですよ。このような役柄を演じるにはいくらスターズの天使とはいえリスクが」

 「それはあくまで“今”の話だろうが。俺たちは“2年後”の話をしてんだよ」

 

 このような形で保守派(スポンサー)といきなり対立するような恰好になってしまった会議は、平和とは言い難いものになっていた。

 

 「・・・國近監督の言う通り、私たちは“スターズの天使”として今をときめく彼女ではなく、“天使”としての“消費期限”を使い果たした2年後に投資をすることを考えなければなりません。需要というものを十二分に理解しているであろう皆様には言わずとも分かると思いますが、百城千世子はあくまで1人の女優であり1人の人間に過ぎません。本物の天使とは違い年月が経てば老いていき、その都度求められる需要というものも常に変化していきます。特に彼女のような常にスポットライトを浴び続けている偶像というものは、需要が移り変わっていく速度も段違いに速い・・・」

 

 そんな緊迫した状況を嘲笑うように、天知は啖呵を切るかの如く有無も言わせず國近のフォローをしつつ場を仕切りながら“例の資料”を製作委員会(スポンサー)の面々に配る。

 

 「変わることを恐れたままでは、2年後に墓穴を掘るのはスポンサー(あなたたち)ですよ」

 

 天知の言葉を合図にスポンサーの面々が配られた資料に目を通すと、次第に会議室はどよめきに包まれていく。

 

 「天知さん・・・これって私たちに見せて本当に大丈夫なものなんですか・・・?」

 

 スポンサーの1つである商社の代表が恐る恐る質問をすると、天知は“待ってました”と言わんばかりにほくそ笑む。

 

 「既に事務所から直々に許可は得ていますので心配は無用です。ただし、絶対に門外不出という条件を厳守すればの話ですが」

 「ハッ、流石手段を選ばない敏腕プロデューサーはスケールがちげぇな」

 

 星アリサから直接許可を得たことを打ち明ける天知に、國近は相変わらずの“マイペース”を貫き皮肉を込めたジョークで合いの手を入れるが、返って空気は何とも言えない感じになってしまい、巻き添えを食らった天知はほんの一瞬だけ“戦犯”を睨むように一瞥する。

 

 「・・・皆さん、この資料に目を通した上でもう一度よく考えてみてください。これは本当に“良い話”です」

 

 天知は百城千世子の“次の映画”が書かれた資料を真剣と不安が交差するような表情で読み漁る面々に言い聞かせるように、お決まりの常套句を駆使しながらプレゼンを続ける。

 

 「・・・夕野先生に聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 「はい、何でしょう?」

 

 その直後、小説版の『hole』を出した出版社の代表である野島が質問をぶつける。

 

 「そもそも先生は華役に百城千世子を起用したいという國近監督の意向について、どうお思いですか?」

 

 野島からの質問に、憬は期待に胸を膨らませるかのような表情で答えた。

 

 「・・・もちろん俺は喜んで首を縦に振りますよ。若手トップ女優として大衆を魅了し続ける“スターズの天使”が、その殻を破って演技派女優としてより多くの大衆を振り向かせる・・・『hole』という作品がそんな“新生・百城千世子”の踏み台になれると言うのであれば、作家人生としてこれほど光栄なことはありませんので・・・」

 

 

 

 こうして俺たちは何やかんやで最悪の事態はひとまず避けることができ、百城千世子についてはどうにか9月いっぱいまでの猶予を与えられたというわけだ。企画の立ち上がりで撮影開始までは早くて来年の4月以降ということも結果的に幸いした。

 

 「いないんだよな・・・俺の知ってる若手の中には」

 

 ただ問題なのは、尋也を演じることのできる俳優が思い浮かばないということだ。引き立て役ならともかく、あの“百城千世子”と対等に渡り合えるような若手俳優は、俺の頭の中にはいない。

 

 「ドクさんと近々もう一度話し合って、オーディションでもやってもらうように仕向けるか・・・」

 

 探しても見つからないなら、発掘をすればいい。だが、それで理想となる若手が見つかるという保証もない。

 

 「・・・それはあくまで君が知らないだけであって、視野を広げれば必ずいるものさ・・・」

 

 そんな俺をまるで嘲笑うように、隣で壁にもたれかかる天知が一枚のチケットを取り出して俺に手渡す。

 

 「何だこれは?」

 「今週末に千秋楽を迎える舞台のチケットです。本当は人にプレゼントする予定はありませんでしたが、演劇には少しばかり疎い君にはちょうどいい機会だと思いましてね」

 「・・・そのマタギ・・・明神阿良也(みょうじんあらや)・・・確か舞台役者だよなこの人・・・」

 

 

 

 明神阿良也(みょうじんあらや)。実力派若手俳優として真っ先に名が上がる劇団天球所属の舞台俳優で“憑依型カメレオン俳優”、または“演劇界の怪物”の異名を持つ。彼が出演する舞台はチケットが発売されるや否や毎回のように即日完売するなど役者個人としての人気も非常に根強い。

 

 

 

 「まさか明神阿良也のことをあろうことか名前程度にしか認識していなかったとは・・・本当に君はこの10年もの間演劇から離れていたということを痛感させられますよ」

 「仕方ないだろ。俺はもう役者じゃなくてただの小説家なんだから」

 

 だが彼の舞台はおろか役者を辞めてからの10年間、一度も劇場に足を運んだことすらない俺にとってはミーハー以下の知識量しか頭の中にはない。

 

 「言っておくがそのチケットは初日から千秋楽にかけて全て即日完売した代物だよ」

 

 天知曰く、手渡された明神阿良也主演の舞台『そのマタギ』のチケットは上演される丸の内にある3000人超のキャパシティ7ステージ分がたった一日で売り切れたという。

 

 「メディアに全く出る気のない文字通りの舞台役者(筋金入り)の芝居を観るためだけに3000人超の座席が一日で全て完売するとは、私からしてみれば異常ですよ」

 

 明神阿良也。ミーハー以下の知識しかない俺にとっては未知数な存在だが、天知の言っていることが全て真実であるとすれば、とんでもない逸材だということは間違いないだろう。

 

 だから俺は、何となく返ってくる答えが分かっていながらも敢えて聞いた。

 

 「・・・なぜ明神阿良也の名前を出さなかった?」

 

 チケットを左手に持ち右手で最後の一服をしながらに揺さぶりをかける憬に、天知は憬と同じように最後の一服を味わうように嗜むと、いつものニヒルな笑みで答える。

 

 「・・・ 全ては“タイミング”です」

 「・・・やはりか」

 

 

 

 ニヒルに笑うプロデューサーの隣で、小説家の男はゆっくりと煙草の火を消した。

 




読者の中にはもしかしたら既に察している人もいるかと思いますが、そうです・・・前半の下り・・・・・・思いっきり原作オマージュです。本当にごめんなさい。

「流石にまんますぎないか?」と頭の中にいる“分身”からご指摘を喰らいましたが、結局これより良いシナリオを書くことができなかった自分を、どうかお許しください。

厳密に打ち明けるとひょっこりレベルの原作ネタは割と高確率でどこかしらにぶっこんでいるわけなのですが・・・

もしかしたらこの先も今回のような‟がっつりはん”が数回ほどあるかもですが、その時が来たら「あ、こいつやったな」とでも思っておいてください。




PS.やはり土台のない過去よりも、原作の土台がある現在の方がまだ書きやすいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。