或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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5/15 追記:今後の展開を考慮し、ストーリーを一部変更しました。


scene.30 天使

 「それではパターンA本番行きます。本番ヨーイ、ハイ!」

 

 アシスタントのカチンコを合図に、グリーンバックを背に大手ファストファッションブランドの衣服を着こなす1人の少女がスタジオ内に流れるBGMに合わせるようにポージングを決める。

 

 「ハイOKです!」

 

 その少女は目の前に構えられたカメラに映る自分の姿を瞬時に理解し、ディレクターの理想を一発で上回って見せる。カメラを回せば、ファストファッションで構築された衣装も彼女にかかれば宝石のように美しく輝きを放つ。

 

 「どうですか?今回もちゃんとイメージ通りに撮れてます?」

 「はい、もちろん今回もイメージ以上の出来栄えです」

 

 自分を目に焼き付ける大衆の為に自身を商品として完全に割り切り、徹底的に自己を排除して客観的な美しさを求め続けた1人の少女は、大手芸能事務所の広告塔として今日も芸能界(この世界)を“天使”として生き続けている。

 

 「それは良かったです」

 

 そんな彼女の“天使”として大衆を虜にし続ける華々しい活躍の裏に隠された10年間にも及ぶ血の滲むほどの努力の日々を知る者は、殆どいない。

 

 「では続いてパターンBの撮影入ります!」

 

 東京・青山にある撮影スタジオで行われていた “スターズの天使”こと百城千世子が出演する大手ファストファッションブランドのCM撮影は、予定より1時間以上早く終了した。無論これは彼女が手を抜いたわけではなく、大真面目に“本気”を出しただけの話である。

 

 

 

 「おっきたきた!」

 「すごい本物じゃん!?」

 「千世子ちゃんカワイイよ!!」

 「こっち向いて!」

 

 14時30分。盆過ぎの酷暑をもろともせず野次馬と化して出迎えるファンに軽く手を振りながら受け流し、秋物の撮影を終えた千世子はマネージャーを従えスタジオの正面玄関から颯爽とした足取りでスタジオの敷地内にある3台分ほどの広さの駐車場に駐車している黒のワンボックス(アルファード)へ真っ直ぐ歩みを進める。

 

 ここは大通りから1本入った裏通りに位置しているとはいえ青山のど真ん中。おまけに“おっかけ”にとってこのスタジオは多数の芸能人がCMや雑誌の撮影を行っている“名所”の1つであるため、情報を聞きつけた野次馬が出待ちのように待機する状態になることは決して珍しいことではない。

 

 「待ってアレマネージャーの眞壁(まかべ)さんじゃない?」

 「えッ嘘!?スゲェ超ラッキーじゃん今日!」

 

 正面玄関を出た直後に黒子のように後ろについていた“眞壁さん”というマネージャーが千世子の姿を塞ぐように早歩きで前に出てアルファードのスライドドアを開けると、ごく一部のファンがマネージャーにも注目する。

 

 「ごめんね “マクベス”。ああいうファンの言うことは気にしなくていいから」

 「“眞壁”です。私のことはお気に召さらず」

 

 後部座席に乗り込みがてら“天使のような”笑みを浮かべた千世子が気遣うと、“マクベス”こと千世子の専属マネージャーの眞壁隆之介(まかべりゅうのすけ)は学生と見紛うような童顔に似合わぬ丁寧な口調で気丈に言葉を返す。

 

 そんな眞壁は164cmの比較的小柄な身長と小顔で童顔な出で立ちから学生だと周囲から間違えられた経験が何度かあるが、来月で27歳になるれっきとした大人である。

 

 「それよりホントにマネージャーなのこの人?どっからどう見ても高校生にしか見えないんだけど?」

 

 “スターズの天使”を守るバリケードのようにスモークガラスの入ったスライドドアが閉まるのを確認すると、眞壁は野次馬には一切目もくれずに運転席のドアへと回り込む。

 

 「知らないの?マネージャーの眞壁さん。普段は送り迎えぐらいしか現場に来ないから顔が見れないけど、偶に黒子のように千世子ちゃんと現場に同行することがあるからこの2人が同時に見れる今日みたいな日はマジで貴重(レア)!」

 「ホントに?ていうかよく見たら普通にイケメンじゃない?」

 「そうそれ!私も最初見たとき普通にスターズの俳優さんかと思ったくらいだし」

 「あ~なんか分かる」

 

 ちなみにマネージャーの眞壁の存在は、ある雑誌で“百城千世子の活躍を影で支える第3の立役者”として取り上げられたことがきっかけで一部のファンの間で知られるようになり、現在に至る。

 

 そして彼の存在を知るコアな千世子ファンからは非公認ながらイケメンと認定されているが、そんな連中の言葉は眞壁の耳には全く届いてなどいない。

 

 「直ぐに出して、結構時間ギリギリだから」

 「御意」

 

 運転席に乗り込みエンジンスイッチを入れバックミラー越しに後部座席の視線を合わせ、いつものように律義な口調で挨拶する眞壁に千世子はあだ名呼びをしながら車を出すように急かすと、2人の乗るアルファードは野次馬を背後に追いやりながらスタジオからベイエリアにそびえ立つある男が住む高層マンションへと向かう。

 

 「はぁ・・・ねぇマクベス?なんか今日暑くない?」

 

 AUTO(オート)モードで全開になった冷気が流れ始める車内で、千世子は両手で風を扇ぐような仕草をしながら溜息交じりに運転席でハンドルを握る眞壁に話しかける。

 

 「そうですね。空は曇っていますが今日の東京は猛暑だそうです。というより、今年は記録的どころじゃないくらい暑いですからね」

 「うん。温暖化と高気圧のダブルパンチじゃ地球が暑くなるのは当然だし。今日は曇りだけど」

 「曇りでも晴れでも今年の暑さは異常ですよ」

 「逆にデスアイランドの時の方が今日よりまだ涼しかった気がする」

 「特に今年の7月と8月前半は東京(こっち)の方が色々と危なかった訳ですから、結果的に千世子さんは命拾いしましたね」

 「うん。そのかわり台風直撃(しわよせ)食らって危うく一回死にかけたけどね」

 

 野次馬の姿が見えなくなり、冷気が効き始めた車内で千世子と眞壁は気象の話で少しばかり盛り上がる。

 

 「でも“あの人たち”もあの人たちでよくあんな酷暑の中で元気よく立っていられるよね」

 「そうですね。私だったら絶対に無理です」

 「見ていて思わず尊敬しそうになっちゃったよ」

 「尊敬はしない方が良いと思いますよ千世子さん」

 

 当然そんな2人にとっては、野次馬のように群がる大衆のリアクションにはすっかり慣れっこである。

 

 「・・・夜凪さんと観に行く予定だった舞台、本当に行かなくて良かったのですか?」

 「うん。夜凪さんには悪いけど、どうしても國近さんにGOサインを出す前に“あの人”に会っておきたいから」

 

 話がひと段落したところで、後部座席に座る千世子に眞壁が名残惜しそうに言葉をかける。本来の予定であれば千世子はこのままデスアイランドで共演した夜凪の待つ劇場に直行し、16時から開演する明神阿良也主演の舞台『そのマタギ』の千秋楽を2人で観劇する約束をしていたが、千世子は友人との約束を蹴ってまである男と会うことを決めていた。

 

 「本当に1人で行かれるのですか?」

 「うん。どうせ会うなら1対1で話してみたいし。あぁ、別にマクベスのことを信用していないわけじゃないよ?あなたのことはアキラちゃんやアリサさんと同じくらいには信用してるから」

 「・・・そこまで私は大層な人間ではないですよ」

 

 それも、たった一人で。

 

 

 

 『ゴメンねアキラ君。昨日言ってた夜凪さんと観に行く舞台なんだけど仕事がギリギリになって入って行けなくなっちゃったから代わりに行ってくれない?』

 『えっ?あぁ、僕は別に構わないよ』

 『ほんとにありがとう。それから夜凪さんに会ったら“ごめんなさい”って伝えてくれたら助かる』

 『そうか。せっかく夜凪君と一緒に舞台を観れるはずだったのに、残念だね』

 『ううん、大丈夫。“こういうこと”はもうすっかり慣れっこだから』

 

 

 

 ちなみに補足だが、夜凪の元には千世子と同じくスターズに所属する人気若手イケメン俳優で幼馴染でもある星アキラが“ピンチヒッター”として向かっているところだ。

 

 「・・・もしかして夕野先生次第で『hole』のオファーを引き受けるかどうかを決めるおつもりですか?」

 

 だが5年以上に渡って千世子の専属マネージャーを務めてきた眞壁には、彼女の思考はある程度なら読むことが出来る。

 

 「・・・ならどうする?」

 

 正解を言い当てた眞壁に、千世子ははぐらかすように揺さぶりをかける。

 

 「何もしませんよ。どう転ぼうが私の“仕事”は千世子さんを支えることだけですから」

 

 相変わらずの無表情な面構えで淡々と答える眞壁に、千世子は“フフッ”と笑いかけると斜め前の運転席でハンドルを握る眞壁の左肩に手を置く。

 

 「・・・昨日の夜に國近さんの『ロストチャイルド』を家で観たんだけどさ・・・すごいものを見つけちゃった」

 

 青山通りと交差する信号に差し掛かった辺りで、千世子はいかにも“面白いもの”を見つけたと言いたげに運転席の眞壁に昨日鑑賞した映画の話を持ち掛ける。

 

 「それは原作者である夕野先生のお芝居のことでしょうか?」

 

 『ロストチャイルド』に『hole』の原作者である憬が役者として出演していることや彼の経歴を熟知している眞壁はさも正解を言い当てるように返すが、

 

 「うん、正解・・・・・・って言いたいところだけど、それだけじゃないんだよね・・・」

 

 眞壁の言葉に対して千世子はわざとらしく揺さぶりをかける。

 

 「・・・どういう意味ですか?」

 「どうって・・・マクベスならとっくに気付いてるでしょ?」

 

 千世子からの一言に眞壁の目が一瞬だけ揺らぐと同時に目の前の信号機が青く光り、眞壁の運転するアルファードは青山通りとの交差点を左へ曲がり打ち合わせの目的地となる憬の住処であるマンションへと進路をとる。

 

 「原作の小説は明日、事務所に届くそうです」

 「そう・・・ありがと」

 

 揺さぶりに動じない素振りで話を逸らした眞壁に、千世子は不敵にほくそ笑んだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 午後3時の少し前。マンションのフロントから出てこの後に丸の内で行われる公演の千秋楽に行かなければならないであろう時間に、憬はフロントにあるソファーでくつろぎながら中庭の庭園を眺め来客を待っていた。

 

 

 

 『どうしても今日、君に会いたいと言っている人がいるから“部屋”に招待して欲しい』

 

 それは突然の電話だった。午前9時過ぎ。日課としている朝のランニングを終えて軽い朝食を摂り、執筆を始めようとしたタイミングで掛かってきた、天知からの電話。

 

 「・・・誰からだ?」

 

 シナリオを白紙に戻すと黒山に告げてから約1ヶ月半。あの映画の題材となるストーリーはプロットの完成すら見えてこない。元々頭の中で物語を作り上げて具現化するのには時間がかかる方だという自覚はあるが、ここまで先が見えないという経験(スランプ)は久しぶりだ。

 

 おまけに名もなき新作の執筆と並行して『hole』の脚本を書かなければならないという状況。『hole』に関しては元のストーリーはとっくに完成しているのは言うまでもないためゼロから執筆するよりは比較的容易ではあるが、今後のキャスティング次第では多少のシナリオ変更も考えなければならない。

 

 だがこれらのことは全て自らが望んで引き受けたことだから踏ん切り自体はとっくについている。

 

 『それは私の口からは言えないね』

 「だとしたら悪いが夕野先生は別件で忙しいと伝えておいてくれ」

 

 とは言えプロットを考えては捨て、考えては捨てを繰り返す終わりどころか始まりも見えてこない作業をし続ける日常。運良く今日は“昔の夢”を見ずに済んだが、このところは“夢”に魘され頭痛に襲われる頻度が増え、心なしか嗜好品に頼る回数も増えていた。

 

 『普段あまり感情を表に出さない君にしては珍しく苛立っているな』

 「当たり前だろ。こんな状況でどっかの誰かも分からねぇ相手をするために時間を割けと言われて、ハイ分かりましたと納得する奴がどこにいる?」

 

 こんな上記のような状況で“物語のヒントになり得るであろう”舞台を諦め“、“得体の知れない謎の来客”の接待をしろとあの“悪魔”から言われたら、多少なりとも気は立ってしまうものだ。

 

 『・・・じゃあもし君がこの話を断ったことによって『hole(映画)』の話がなかったことになるとしても断るかい?』

 

 そんな俺の事情をある程度知っていながら、天知はなおも優しい口調で問いかける。

 

 「なかったことってどういうことだ天知さん?」

 『そのままの意味だよ。もう一度聞く、この話を聞いても君は断るのかい?』

 

 もちろん俺が来るか来ないかで『hole』の企画が破綻することはあり得ない。

 

 「・・・天知さんがこんなあからさまな嘘吐くなんて、らしくないな」

 

 だがあまりに出来過ぎた天知の半ば脅しに近い感情の入った嘘を聞き、俺は天知の言っている相手が誰であるかを直感した。

 

 「よし分かった。ならこうしよう・・・俺に会いたいと言っている客が“百城千世子”であるならば、快く引き受ける」

 

 恐らく来客の正体は百城千世子で間違いないだろう。

 

 『・・・ご協力に感謝します、夕野先生』

 

 そして天知も端から俺に対して隠すつもりは全くなかったようで、来客の正体をあっさりと打ち明けた。電話の向こうであのニヒルな笑みを浮かべているのが容易に想像できる。

 

 「どういうつもりだ?天知さん?」

 『そんなことは本人に直接聞いてみないと分からないさ。あくまで私は彼女から君へ伝言を頼まれただけなので』

 

 俺からの問いかけに、天知はいかにも“あの笑み”を浮かべているのが容易に想像のつく口調で答えた。

 

 『ただ、君にとってはこの後に観る予定だった舞台と同等かそれ以上の“ヒント”を得られることだろう。それだけは私が保証するよ・・・』

 

 

 

 結局天知から手渡された明神阿良也主演の舞台のチケットは僅かな希少価値が付く程度の紙切れと化し、俺は15分ほど前からこうしてフロントの片隅でソファーに座り中庭を眺め百城千世子が来るのを待ちながら気分転換をしている。無論、電話の後は予定にはなかったリビングの大掃除をやる羽目になったせいで、今日も今日とて手応えのあるシナリオは浮かんでいない。

 

 “・・・一体何を考えている・・・百城千世子・・・”

 

 俺はまだ、繁華街の看板やスクリーンやリビングの55型に映る煌びやかな“天使”としての彼女しか知らない。だが当然俺は 、“俳優は大衆の為に在れ”という事務所の意向を1から100まで全てを飲み込んだ“究極生命体”のような彼女の姿が本当の姿であるとは全く思っていない。

 

 果たして百城千世子は、小説家の俺に興味を持ったのだろうか。それとも昔を含めた俺自身のことなのだろうか。

 

 “私たちは“スターズの天使”として今をときめく彼女ではなく、“天使”としての“消費期限”を使い果たした2年後に投資をすることを考えなければなりません”

 

 いや、間違いなく百城は後者だろう。彼女だって1人の人間に過ぎない。だから時間が経てば老いていき、彼女が老いれば需要も変化していくということを百城千世子は他の誰よりも理解している。

 

 ただ事務所の指示に従い続けることに慣れて、自分自身に課せられている需要という名の “消費期限”を理解することを忘れたような奴が、10年も生き残れるほど芸能界(あの世界)は甘くはない。

 

 “・・・会ってみたら思いの外 “ちゃんと人間”なのかもしれないな・・・スターズの天使も・・・”

 

 「・・・って当たり前じゃねぇか」

 

 当たり前なことを心の中で呟きながらそんな自分にツッコミを入れ、左手首にはめたスマートウォッチで時間を確認すると1.78インチのディスプレイに表示された時刻は14:55を指していた。

 

 “そろそろ行くか”

 

 天知から15時頃にそっちへ着くということを電話で知らされていた俺は歩き慣れた高級ホテルのようなエントランスホールを通り抜け、透明なセキュリティーで覆われている二重の扉を通り抜け、エントランスの外に出る。

 

「・・・暑っ・・・」

 

 よく冷房の効いたエントランスから外に出た瞬間、猛暑に迫る猛烈な熱気に襲われ思わず声が漏れる。暑さは全く変わらないのに青空ひとつ見えない曇天の空は、俺の心を生き写しているのではないだろうかとすら感じてしまう。

 

 「そろそろ来てもいい頃だよな・・・」

 

 ちなみに天知からは電話で“『夕野の住むタワーの場所は知らせてあるから君はエントランスの近くで待っていればいい』”と事前に知らされていたとはいえ、15時になろうとしても百城が来る気配は全くない。

 

 “・・・マジでいないな・・・”

 

 試しに周囲を見渡しながら中庭まで足を進めるが百城の姿は何処にもなく、当然気配も感じない。

 

 “・・・本当にこの場所分かっているんだろうな・・・?”

 

 この世界に生きている人間は誰しもが何かしらの弱点を抱えているものだ。どんなに世界で活躍するアスリートやノーベル賞を受賞するような科学者であっても、必ず得手不得手というものはある。

 

 完璧な人間なんて誰一人いないように、大衆を魅了する完全無欠の主演女優である百城千世子が実は重度の方向音痴であったとしても、それはそれで不思議なことではない。当たり前のことだが、彼女はあくまで広いくくりでは俺と同じただの人間なのだから。

 

 “まさかドタキャンはないだろうな・・・”

 

 再びスマートウォッチで時刻を確認すると、時刻はジャスト15:00を指す。約束の時間になったが、依然気配は一切なし。もしかしてどこかで入れ違えたのだろうか?と感じた俺は、中庭から引き返して再びエントランスに戻ろうと振り返る。

 

 「こんなところで何を黄昏てるんですか?」

 

 エントランスに戻って様子を見ようと振り返ったその瞬間、目の前には白のワンピースに黒い無地のキャップ、そしてコパーの入ったラウンドのサングラスをかけた1人の少女が立っていた。

 

 「15時00分。約束通り、時間は守りましたよ」

 

 キャップを被っていてもはっきりとわかる、白銀のように輝く少し癖のあるふわっとしたショートヘアの髪に透明感のある色白の肌。

 変装用のサングラス越しでも分かる、天真爛漫だがどこかミステリアスな雰囲気を纏うぱっちりとした瞳に、可愛らしさと美しさが絶妙なバランスで合わさった可憐な容姿。そして聴き覚えのある“天使”という言葉がよく似合う綺麗に透き通った声色。

 

「・・・百城千世子・・・」

 

 振り返ると、“大衆”がよく知っている“百城千世子(天使)”がそこにいた。目視で認識するまで気配はおろか、足音の1つすら聴こえなかった。だが彼女の姿をこの目で認識した次の瞬間、地上を覆い隠す曇天の空もうだるような酷暑もどこかへ消え去るように、俺の視線は1人の天使に吸い寄せられるように動かなくなる。

 

 まるで本当に空の上から降りてきた“天使”を目撃しているかのような錯覚に襲われる。

 

 「・・・本当に“天使”のまんまだな」

 「フフッ、そう言ってもらえて光栄です」

 

 俺の目を見て無邪気そうに笑みを浮かべるその姿は、スクリーンやリビングの55型に映っていた“天使”そのものだ。

 

 「俳優は大衆の為に在れ・・・だったか・・・」

 

 より多くの大衆を魅了する者が正義で、より多くの数字を取れる者が主役の座を勝ち取る。例え事務所のゴリ押しだと揶揄されようとも、スターは作り上げるものである。全ては役者の“幸せ”のために。

 

 百城千世子という女優は、まさにスターズの掲げている“幸せの象徴”である。もちろんこうして“外側の人間”が目の前に立っている今この瞬間においても、彼女はその“象徴”を崩そうともしない。

 

 「何であんたは外に出ても、そうやってずっと“天使”を演じ続けている?

 

 目の前で可憐に微笑む天使の姿が、本来の“百城千世子”ではないということは数秒と足らずに感じ取れた。足を一歩でも踏み出せば身体に手が届きそうな距離で対峙していながら、彼女の姿が全く“視えない”のだ。

 

 俺が役者だった頃に、今の彼女とよく似た役者がいたからよく分かる。

 

 

 

 “あまりに“綺麗すぎる”彼女の容姿を見れば見るほど、 “あいつ”の顔が思い起こされる”

 

 

 

 「・・・さすが、“実力派の俳優さん”なだけあって物分かりが早いですね」

 

 すぐさま自分の顔に張り付けた“仮面”を見透かした俺に、百城はクスっと笑いながら変装(カモフラージュ)を解いて正体を露にする。

 

 「っおい・・・!」

 

 マンションの共用施設内である中庭にいるとはいえ、いきなり一般人も普通に出入りする空間でカモフラージュを解いた彼女に思わず動揺を隠せず絞り出すような声で驚く。

 

 「私が周りから“美少女”とか“天使”のように見えていることは私が一番よく知ってます」

 

 ここの住人ではない“百城千世子”が突然現れたとあって、下手をすれば観衆に囲まれて後々ネットで上げられ“えらい”ことになる最悪のパターンが脳裏によぎったが、幸いにも天候と中途半端な時間帯のおかげか周囲に人影はほぼおらず、少しばかりの安堵が心を撫ぜる。

 

 「でも、私は自分のことを“天使”だなんて全く思っていない

 

 とはいえ一歩間違えば何を考えているのか分からない不特定多数の野次馬によってプライベートをバラされるかもしれないという、そんな状況に置かれても全く臆することなく彼女は余裕の表情で周囲を一瞥すると、再び変装用のキャップとサングラスをかける。

 

 その瞬間、ほんの僅かではあるが“天使”の心の底で眠っている“悪魔”を垣間見たような気がした。

 

 「って、勘の鋭い夕野さんならこんなこと言われなくても分かってますよね?」

 

 だが百城が本性(それ)を見せたのは一瞬で、確証を得られる前にすぐさま表に出てきた悪魔は心の奥底に引っ込んでいき、いつものよく知る“天使の顔”が再び浮かび上がる。

 

 「・・・話すことはまだ山ほどあるだろうから、一先ず続きは部屋で聞こう。こんなところで立ち話をして下手に周りから騒がれてマスコミ(変な奴ら)に嗅ぎつけられたら俺らの立場がないからな。それとシンプルに暑いし」

 「アレ?もしかして夕野さんって世間体を気にするタイプですか?ちょっと意外

 

 “やはり彼女を見れば見るほど・・・何故かあいつの姿が脳裏にちらつく・・・”

 

 「・・・あまり目上(大人)をおちょくる態度を取っていると干されるぞ、百城さん」

 

 

 

 スターズの天使、女優・百城千世子。彼女は天使の皮を被ったただの人間、なんて生易しい役者(いきもの)ではなさそうだ。

 

 




お待たせしました・・・お待たせしすぎたかもしれません。

scene30(キャラ紹介も含めて34話)にして・・・・・・ついにチヨコエルの登場です。

いやぁ、マジでお待たせしすぎてしまいました。としか言いようがないですね。ホンマにどんだけ待たせんねんと。

ただ実際は他の誰よりも出したくて出したくてウズウズしていたのは作者本人であった・・・ってことでいざ本編に出してみたところ・・・まぁ書いててカロリーの消費が半端じゃないんスわ。

それだけ真剣に愛をもって向き合わないと、百城千世子という“天使”は書けないってことですよね・・・はい。







愛と平和しか勝たん
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