或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.32 素顔

 「お疲れ様です。千世子さん」

 「おつかれ。待った?」

 「いえ、全然」

 

 午後6時をほんの少し回った頃、黒キャップとサングラスで申し訳程度の“変装”をした千世子がマンションの前で待機しているアルファードの後部座席に乗りシートベルトを締めたことを確認すると、運転席に座る眞壁はギアをドライブに入れてアルファードを走らせる。

 

 「どうでしたか?手応えのほうは?」

 

 アルファードを走らせて開口一番、眞壁は千世子に2人きりの打ち合わせの成果を聞き出す。

 

 「・・・ちょっとだけ苦かった」

 

 眞壁からの言葉に、千世子はサングラスを外しスモークガラス越しに窓の外を眺めながらボソッと呟く。

 

 「その割には満足げな顔をしていますね」

 「うん・・・やっぱり原作を読む前に会っておいて正解だったよ」

 

 千世子さんは夕野憬の執筆した『hole(小説)』ではなく、“俳優・夕野憬”の作品を観て彼に会いに行った。なぜ小説に目を通さなかったのか、その真意は僕ですら分からない。

 

 「・・・夕野先生の小説を読まなかったのは、何か理由があるのですか?」

 

 理由を聞くが、千世子さんはそれっきりラッシュで混み始めた都心の景色に顔を向けて黙り込んでしまった。どうやら僕のようなマネージャー如きに打ち明けるつもりはないらしい。

 

 “相変わらず・・・ただそこに座っているだけで”天使(サマ)“になる・・・”

 

 日没を迎えた曇り空と共に僅かに暗くなり始めた車内を反射(うつ)すバックミラーが、法定速度で流れる景色を思いに耽り眺める天使の横顔を薄っすらと映し出す。

 

 “『百城千世子です。アリサさんからあなたのことはとっくに聞いてるよ。今日からよろしくね、“マクベス”』”

 

 前任から子役上がりの少女を引き継いで早5年。あの日から僕は彼女が“天使(女優)”として羽ばたいていける為の道をアリサさんと共に影ながら作り続けてきた。

 

 「・・・・・・」

 

 5年も千世子さんの専属マネージャーをしているというのに、彼女の考えていることは未だに読めないことが多い。それでもこれまでの5年の間でアリサさん以上に“天使”の努力と進化を

間近(かげ)で見届け支えてきた僕には、“この状態”になった彼女が何を考えているのかだけはすぐに予想できる。

 

 「・・・・・・何を“()んだ”のですか?」

 

 流れるビル街を眺め堅く無言を貫く千世子さんに、僕は食べて来たであろう(他人)の味を問うと琥珀色の眼がバックミラーを捉える。

 

 「・・・・・・ブラックコーヒーだよ・・・・・・」

 

 彼女は流し目で静かに笑みを浮かべ、普段よりも1トーンほど低い声でそう答えた。

 

 青空のように輝く“偶像”とその裏に隠された“素顔”の差異は、彼女が女優としての経験を重ねるごとに大きくなりつつある。

 

 特にデスアイランドの撮影以降は、その傾向が顕著になっている。

 

 「・・・それは“良かった”ですね・・・」

 

 恐らく原因となっているのは、これまでの経験から察するに夜凪景(彼女)に関連することだろう。夜凪景と初めて対面した顔合わせ以降、ふと仮面を外して素顔を見せる回数が明らかに増えた。

 

 “事務所(スターズ)が捨てた脅威(おないどし)新人(怪物)”によって、胎の中でずっと閉ざされていた悪魔の封印を解いてしまったかのように。

 

 「・・・ねぇマクベス?」

 「眞壁です。何でしょう?」

 

 赤信号の列で車が止まるのを合図に、千世子さんはバックミラーを真っ直ぐに見つめながら僕をあだ名で呼ぶ。

 

 「私って・・・“ニセモノ”?」

 

 そして返って来たのは、実に答えに困る質問だった。そんなもの、僕のようなただのマネージャーに聞いたところで何になると言うのか。やはり千世子さんの心の中は、5年経ってもまだ分からないことだらけだ。

 

 「ねぇ・・・早く答えてよ・・・マクベス」

 

 一言ずつ区切りながら、圧をかけるように彼女は僕を諭す。

 

 “『久しぶりに新しい“友達”が出来たんだよ。ほんのちょっとだけ“恐い”ところがあるけど、すごく“面白い”友達でさ』“

 

 今まで彼女は、夜凪景のような女優と同じカメラに収まる経験をしてこなかった。周りを取り囲むのは、中心で燦々と輝く天使を引き立てる助演(二番手)と、その下に広がる群衆(ピラミッド)

 

 

 

 “全ては子供たちの幸せを願いそれに反する“怪物”を良しとしなかったアリサさんの意向だった“

 

 

 

 そのような事務所の方針の下で手塩に掛けて育てられ、幸せになるために細部に至るまで徹底的に作り込んだ星アリサの送る最高傑作こそ、後部座席に座っている百城千世子(彼女)だ。

 

 「私が言える立場ではないことは承知の上ですが、“百城千世子”はこの世界であなた1人しかいませんので、私は誰が何を言おうと」

 「そうじゃなくてさ。私は女優なの?・・・それとも・・・」

 

 でも彼女は今、もう一人の“親”であるアリサさんが最も恐れている女優(怪物)に向けて、本気で“興味”を示している。

 

 「・・・どうしてそれを私に聞くのですか?」

 「・・・・・・・」

 

 再び千世子さんの声が聞こえなくなったことに気付き、再び信号で車の流れが止まったタイミングを見計らいバックミラーを確認すると、天使は眠りについていた。

 この車の乗り心地が気に入っているのだろうか、毎回のように後部座席に座る彼女は何の前触れもなくいきなりこうして“シャットダウン”する。

 

 “・・・人に聞くだけ聞いておいて勝手に寝やがって・・・”

 

 急に居眠りを決め込んだ千世子さんをバックミラーで確認しながら、心の中で尊敬と信頼故の嫌味をぶつける。もちろんそれを直接口にして言うことなど、僕にはできない。

 

 “・・・ホンモノか・・・ニセモノか・・・”

 

 自分を通じて(他人)を探求する“単純作業”が“不知の知”を知るための“喜び”に変わり、大衆を知り尽くした“最高傑作(プロフェッショナル)”が単なる“芸術家(アーティスト)”の本質に目覚めた時、彼女を止めることの出来る者は誰一人としていなくなるだろう。

 

 もちろん。星アリサ(あの人)でさえも・・・・・・

 

 

 

 “なぁリク・・・ハリウッド(そっち)の世界も良いけどさ・・・・・・16でお前が見限ったこの芸能界(くに)だって・・・・・・案外捨てたもんじゃないぞ・・・”

 

 

 

 後部座席で寝息も立てずに静かに眠る千世子の姿を一瞥すると、眞壁は千世子の住むマンションの方角へアルファードを走らせて行った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 『この絵を君にあげようと思う』

 

 3年と少し前くらいだろうか、俺は知り合いの小説家から界隈では名の知られている若手の画家が描いたという1枚の絵画を貰い受けた。

 

 「・・・凄い炎だな、こりゃあ」

 

 目の前に存在するありとあらゆるものを一瞬にして飲み込んでしまうような禍々しさを持った炎は、恐ろしく思えたがそれ以上に“綺麗”に感じた。

 

 『人だろうが街だろうが炎を前にしたらただ飲み込まれていくだけだよ。“綺麗”さっぱり。だからこそ“”というものは美しいと思わないか?』

 

 モノトーンのインテリアを派手に飾る画家の絵画()を眺める俺に、小説家の男はそう語りかけた。

 

 「言葉では説明できないけど・・・確かに綺麗だな・・・」

 

 恐ろしくも“綺麗”に感じる独特な炎。ここまでの感情が詰め込まれた炎というものを体験したのは、生まれて初めてだった。

 

 『・・・そろそろ書いてもいいんじゃないかい?例えばこの“”を利用した新たな物語をさ?』

 

 男の言葉に鼓舞されるかのように、新しい物語が頭の中で産声を上げながら俺に“書け”と激しく語りかける。

 

 「・・・あぁ、そうだな。おかげで久しぶりに新しい物語が書けそうな気がする。礼を言うよ・・・」

 

 

 

 

 「ッ!・・・・・・」

 

 午前9時。書斎のデスクで突っ伏しながら眠りにつく憬は “4時間半のうたた寝”から目覚めた。

 

 ‟・・・今の・・・・・・まさか・・・”

 

 初めて夢の中に出てきた。“あの男”の影。ただし彼の出てきた夢は普通の悪夢を見る以上に体力を消耗するらしく、俺の身体はまるでランニングを終えた後のように火照り、呼吸も少し乱れている。

 

 「痛てぇ・・・クソが・・・」

 

 おまけに悪夢を見た後に必ず襲ってくる頭痛のコンボで何かを思い切りブン投げたくなる衝動に駆られそうになるがどうにか理性でそれを抑え、俺はたった今見た夢を通じてあの男のことを思い起こしてみる。

 

 “・・・やっぱり駄目だ・・・全然思い出せねぇ・・・”

 

 リビングに飾ってある絵画を受け取ったあの日を最後に、小説家の男は俺の前から姿を消した。あの日を境に、俺はリビングに飾ってある絵画を描いた画家の名前と小説家の男のことをすっかり思い出せなくなってしまった。たった今まで夢の中であの男がすぐ隣にいたにも関わらず、顔も名前も声も出てこない。

 

 “・・・やっと少し落ち着いてきたか・・・”

 

 そして男から絵画を受け取った代償なのだろうか、あの日を境にそれ以前の出来事を夢で見ると必ず原因不明の頭痛が襲ってくるようになり、それは3年が経った今でも“呪い”のように残り続けている。

 

 “・・・って、何だったんださっきの夢は?”

 

 そうやって自分なりの推理を頭の中で巡らせた次の瞬間には、俺はついさっきまで見ていた夢を忘れていた。

 

 “・・・それより何で俺はこんなところで寝ているんだ・・・?”

 

 少しずつ意識がはっきりし始め、俺は自分が寝室のベッドではなくデスクの椅子の上に座っているということに気が付いた。

 

 「・・・まさか?」

 

 スリープ状態になっているデスクトップが目に入った俺は、咄嗟にデスクの上に置かれたスマートフォンを確認する。

 

 「・・・やっちまった・・・」

 

 ロック画面の時刻が9:02を正確無比に突き付けると、俺は百城を帰した後にこの書斎で我を忘れて飯も食わずにシナリオを打ち(書き)続けていたことを思い出す。

 

 だが、我を忘れていたとはいえ“あの頃”と比べて体力も気力も落ちている俺は夜明け前ほどの時間に限界を迎え、1時間程度の仮眠を摂るつもりが、4時間以上も寝てしまったことにたった今気が付いた。

 

 “・・・やる気が出ねぇ・・・”

 

 遅くも朝は6時起床を心掛けている俺にとって、9時に起きるということは大寝坊に相当する一大事だ。そしてただでさえルーティンが乱された上に頭痛が襲ってくると、こんな風にやる気のスイッチすら入らなくなってしまう。

 

 

                       天知心一

                        携帯電話

 

 

 

 「!?」

 

 手にしていたスマートフォンから突然着信音が鳴り響き思わず身体がビクりと反応すると、大の大人が本気でビビってしまったというほんの少しの羞恥心がこみ上げる。

 

 ロック画面に表示された連絡先には、“天知心一”の文字。

 

 「・・・ハイ夕野」

 『お早う。早起きの君にしては随分と遅い目覚めのようですね。さては寝坊でもしたのかい?』

 「・・・なぜ分かる?」

 『声のトーンがいつもより僅かに低く、呂律も若干甘い』

 「何だよ呂律が甘いって」

 『おまけに寝起きの君は基本的に機嫌が悪いから分かりやすいよ』

 「OK分かった、次会う時に顔面をぶっ飛ばす」

 

 ただでさえ朝起きて一発目から悪徳プロデューサーの声を聞く羽目になるのは、もはや(タチ)の悪い寝起きドッキリ以上の“拷問”だ。

 

 『よし、イイ感じに目が覚めて来たみたいだね』

 「来世まで祟ってやるからな」

 

 だが悔しいことにそれまで気だるけな状態だった脳細胞は幾分か活性化されたらしく、通常の状態に戻っていた。

 

 「それで何だ今日の要件は?また客の接待か?」

 『安心しろ接待ではない。だが今日は今日で夕野に2つほど“業務連絡”があってね』

 「業務連絡?」

 『“良い話”と“悪い話”の二つがあるのだが、君はどっちから先に聞きたい?』

 

 相変わらず声を聞くだけであの“ニヒルな笑み”が脳内をちらついて癪に障る感覚が付いて回る。しかしこうしてわざわざ電話で連絡を入れてきたということは、昨日に引き続き何かしらの進展があるに違いがない。

 

 「・・・良い話から頼む」

 

 少しだけ迷った末に、俺は先ず相手のお得意であろう“良い話”から聞くことにした。

 

 『(ヒロイン)のキャスティングの件だが・・・正式に百城さんを起用する形で事務所の了承も得られましたよ。それに伴い近日中に会議を行い、情報公開のタイミングを見計らうつもりです』

 「そうか。それはめでたいな」

 

 クールな口ぶりこそいつも通りだが、心の底からほくそ笑んでいることがひしひしとスマートフォンから聞こえてくる。

 

 『・・・計画通りに物事が進んでいると言うのに随分と素っ気ない反応じゃないか。どうした?まさかまだ眠気眼が覚めないのか?』

 

 だが確信に近いものを既に持っていた俺にとっては、喜びの感情よりも“やはりな”という感想が勝った。

 

 「そうじゃない・・・ただ、百城と直接会って話した段階で俺には“手応え”はあった」

 

 無論、ひとまず超えるべき壁の1つを超えられたことの喜びもあるにはある。

 

 『ほう。そこまで言うなら聞かせてくれないか?君の“成果”を・・・』

 

 

 

 「それじゃあ・・・・・・あなたはどのように私を化けさせてくれるの?

 

 ゆっくりと仮面を外すように、百城は天使のベールに包まれていた素顔を曝け出す。というより、思い返すと完璧に制御(コントロール)されていたはずの“感情”が綻んだという表現の方が正しいのかもしれない。

 

 「・・・こんな“怖い顔”も出来るんだな。あんた」

 

 どちらにしろあれは、心の底で静かに眠っていた悪魔が禍々しい炎と共に本性(素顔)を剥き出しにした瞬間だった。

 

 「うん。だって私は“天使”じゃなくて“女優”だから。身の回りにあるものは全部、私にとっては“()べ物”なの」

 

 そう言い切った琥珀色の瞳には“空虚な感情(天使)”の面影など一切なく、瞳の奥には視えるはずのない一筋の炎が静かに燃え上がっていた。

 

 無論、実際に燃え上がっていたのはあり得ない話だが、本当に一瞬だけそう感じるほどの“感情(それ)”だった。

 

 「・・・俺が“喰べ物”か・・・」

 

 彼女は知っている。自分に残された女優としての消費期限がそう長くは残されていないということ。

 

 自分が“ホンモノ”ではなく、“ニセモノ”であること。

 

 「自分がホンモノなのかニセモノなのかはどうであれ・・・自らが“女優”であるという“自覚”があれば、他人からのアドバイスが無くたっていくらでも化けられる・・・」

 

 だが自分が“ニセモノ”であるという“自覚”は、紛れもない“ホンモノ”の感情()だ。そんな“ホンモノ”の感情を1つでも持っていれば、役者(ひと)という生き物は生きていける。

 

 「“感情”なくして・・・役者(ひと)は生きていけないからな・・・」

 

 俺は確信した。百城千世子は紛れのない“ホンモノ”であり、正直な感情を持つ根っからの“芸術家(アーティスト)”であり、心の底から他人を演じる常軌を逸した喜びに魅せられている “ただの女優(少女)”であると。

 

 「・・・ありがとう。じゃあ夕野さんが丹精込めて淹れてくれたこの “ブラックコーヒー”と一緒に、夕野さん(あなた)の感情もいつかのために “盗んで”おくよ・・・」

 

 

 

 「ってところだ」

 『全く女優とはいえ大の大人が現役の高校生を相手に本気で“口説き”にかかるとは、本当に“君たち”は大人げないな』

 「それを言うなら同じ “口説き”で夜凪景を狙っている奴に言われる筋合いはないぞ」

 『私はあくまで“営業”です』

 「何が営業だよ見世物(モノ)好きの“守銭奴”が」

 

 昨日ここのリビングで起こった一連の出来事は、天知によって“口説き”の一言で片づけられた。

 

 ちなみに天知の言った“君たち”というのが俺と黒山のことを指しているということには一瞬で気が付いたが、黒山(あいつ)の名誉のために心の中で留めた。

 

 『だが君が彼女の本性を暴いて口説き落としてくれたおかげでこちらも大いに助かりましたよ。お礼に万年筆の1本でも送ろうと思っているがどうだい?』

 「だから口説きじゃないっつってるでしょ・・・あと俺は“打ち込んで書く”派だから生憎貰ったところで有効活用は期待できないぞ」

 『ははっ、でもふと何かをメモに残しておきたい時ぐらいには役に立つだろうし、有難く受け取ってくれよ』

 

 普通に考えて“スターズの天使”の素顔を暴いて“口説き落とした”対価が万年筆1本というのは明らかに不釣り合いだが、天知(こいつ)の用意する対価(ボーナス)には端から期待などしていなかったため、“やんわり”と断った。

 

 

 

 そして数日後、俺の元に自分宛の封筒と共に“天馬心”のサイン付きで万年筆が届いたということは言うまでもない。

 

 

 

 「しかしアリサさんは何を考えているんだ?ドクさんに加えてあんたみたいな奴が絡んでいる案件にこうも易々とGOサインを出すとは俺は思えないんだが・・・まさか心変わりでもしたのか?」

 

 “俳優は大衆の為に在れ。映画も芸能も芸術ではなくあくまで商業(ビジネス)。芝居だけが上手いような役者は必要とされない”

 

 かつて憧れ芝居に目覚めるきっかけにもなった“天才女優”は、“あの舞台”を最後に単なる大手芸能事務所の“敏腕女社長”になった。

 

 『残念ながら彼女はまだ商業(ビジネス)に翻弄される “守銭奴(あきんど)”のままさ。國近独という映画監督は間違いなく“君たち”と同じく芸術家(アーティスト)の部類だが、彼の映画は興行収入は別として確実に“”にはなる』

 

 彼女とその周りの大人たちは都心の土地に新たな“事務所(いえ)”を建て“幸せ”にするための子どもを迎え入れ、そんな過程で生まれ続けた大人たちの“子孫”が増えれば増えるほど画一的な役者(にんげん)は必然的に増え続け、いつの間にか“それ”が芸能界の常識(スタンダード)となった。

 

 『それに加えて脚本が原作者でもある“小説家・夕野憬”と来たら、“見世物”としての価値は倍増どころの話ではないよ』

 「さり気なく “俺たち”を見世物呼ばわりするな」

 

 そして常識が敷いた“レール”に反旗を突きつけた者の行く末は、芸能界の洗礼という名の暗黙の了解(代償)

 

 「・・・まぁ、何となくそんなことだろうとは思ったよ」

 

 星アリサが変わっていったように、映画界も芸能界もその風向きはこの20年で大きく変わっていった。もちろんそれが時代の求めた“正解”であるとしたら、俺たちは間違いなく“悪人側”なのだろう。

 

 「ただ・・・“百城千世子”さえ使えばヒットを飛ばせる映画監督(作り手)が数多といるにも関わらず、その中から“ドクさん”のような“本物”を選んでくれたことには、意味があるのかもな・・・」

 

 だが“この映画(hole)”は安定した“量産型”ばかりを生み出し続けるようになった“芸能界”が、興行収入が第一主義の映画(ありきたり)がトレンドである昨今の映画界の風向きが変わり、かつての“本当の意味で“芸”が正当に評価されていた時代の復活”への“きっかけ”に繋がることになるのかもしれない。

 

 というより、きっかけに繋がる“きっかけ”にならなければ“映画(俺たち)の成功”はあり得ない。

 

 『確かに君の言う通りかもしれないね。実際のところはまだ何とも言えませんが』

 

 

 

 “てことで頼んだぞ。夕野

 

 

 

 そのために先ずは、“天使”を目覚めさせなければならない。ただ単に演技派女優として開花させるだけでなく、あの夜凪景(怪物)と経験値のみならず己の芝居でも互角以上に渡り合えるようにすることが、黒山(あいつ)からの“至上命令”だ。

 

 「でも・・・“こっち”にはもう一人いる」

 

 そして百城(助演)の芝居が進化すればするほど、夜凪(主演)の芝居も進化する。その為にはピースの1つも落とせない。

 

 

 

 『その“もう一人”について、悪い話がある』

 「・・・悪い話だと?」

 『言っただろ。今日は“良い話”と“悪い話”があると・・・』

 

 だが確かな自信を持った憬の覚悟を打ち砕くかのように、天知は相手の理解が追いついていないことにはお構いなく間髪を入れずに“悪い話”を話し始める。

 

 『・・・先ず“前振り”として君に説明すると、本来であれば君も観に行く予定だった明神阿良也の舞台に、どうやら夜凪さんはスターズの星アキラと一緒に向かったらしい』

 「アリサさんの息子か・・・それよりなぜ星アキラが夜凪(彼女)と舞台を観ていた?」

 『百城さんのマネージャー曰く、本来であれば観劇に行くのは彼女の予定だったが、彼女本人が急遽“君と会ってみたい”ということで“友人”との約束をドタキャンして“代打”で星アキラを向こうに行かせたらしい』

 「・・・なるほどな・・・それよりあの2人はもうそんな“仲”なのか?」

 『それは私に聞かれても分からないさ。ただデスアイランドの撮影を通じて何らかの理由で互いに“意気投合”でもしたんじゃないのか?いずれにしろあの2人が互いを“意識し合う”関係になりつつあるのは“私たち”としても良いことだ』

 「・・・それは言えるな」

 

 黒山との約束から2か月。どうやら事態は俺の知らないところで“順調”に進んでいるらしい。

 

 これが、“現場”との関わりが“彼ら”に比べて少ない原作者・脚本家の“宿命”なのだろうか。こういった“水面下”の話をまざまざと聞かされると疎外感に思わず駆られそうになる。

 

 “俺がいなければ、“ふたつの映画”は生まれていないようなものだというのに”

 

 

 

 “『お前の脚本(シナリオ)じゃなきゃ駄目なんだ』”

 

 

 

 それでも俺の中にある“呪い”が解けるのであれば、甘んじてその宿命を受け入れよう。

 

 「・・・で?“悪い話”というのは何だ?」

 

 だが現実というものは、そう一筋縄では行かないものだ。

 

 『簡潔に纏めると、早ければ明日の朝にも星アキラと夜凪景の熱愛報道の記事やニュースが世に出回ることになるだろう』

 「・・・・・・おい・・・今何て言った?」

 

 理解が全く追い付かない俺に、天知は注意深く再度説明する。

 

 『星アキラと夜凪景の熱愛報道の記事が、明日の朝には世に出回る

 

 天知曰く、千秋楽の後に行われた明神阿良也の舞台挨拶に殺到した記者たち(マスコミ)の1人が偶然インタビューの場に居合わせた “2人”を発見し、それからは制御不能のインタビュー合戦になったという。

 恐らくその実態は、“明神阿良也のサインをねだった夜凪のために星アキラが伝手を使って彼のところに連れて行った”・・・といったところだろうかは俺には分からない。

 

 “・・・何やってんだよあのバカ息子”

 

 「・・・何やってんだよあのバカ息子」

 『心の声が丸聞こえですよ先生』

 

 芸能人としてはあまりに軽率すぎる行動に、思わず心の声が漏れ出した。影響力のあるイケメンが女を連れてマスコミの前に現れれば、このようなのっぴきならない事態に発展することは容易に予想が出来たはずだ。

 

 ちなみに星アキラのことを思わず“バカ息子”と呼んでしまったが、俺は今のところ星アキラと実際に会って話をしたことは一度もない。

 

 「けど、天知さんの元へその情報が既にリークされているということは・・・何かしらの策はあるというところか」

 『ご名答』

 

 ただ不幸中の幸いなのは、事態が手遅れになる前に天知(悪魔)の元へ“爆弾”が送り込まれたということだろう。

 

 『無論、少しばかり利益を度外視した実力行使に出ればどうにか“なかったこと”にすること自体は可能ですが・・・今回は敢えてマスコミ(彼ら)を“野放し”にします』

 「・・・それもれっきとした“策”ってことでいいんだな天知さん?」

 『えぇ・・・ある意味、これほど夜凪さん(彼女)の檜舞台を盛り上げるのに適した “食材(ネタ)”はないですから』

 

 人気イケメン俳優と謎の新人女優による熱愛報道(スキャンダル)。まだロクにスポンサーも付いていない夜凪ならまだしも、“ニチアサの顔”で事務所(スターズ)では百城千世子に次ぐと言っていいほどの人気を得ている星アキラの場合、スキャンダルによる損失というものは計り知れないだろう。

 

 「しかし、これではスターズにとって大打撃だな」

 『はい。でも私たちにとっては寧ろ好都合ですよ・・・スキャンダルによって発生するスポンサーからの“多額の請求”を回避するためには、“アキラ君と夜凪さん”の2人があの場所にいた“必然性”を作る必要がある・・・何を隠そう彼は同じ“遺伝子”を持つ貴重な財産だ・・・・・・この期に及んであの星アリサが無策でやり過ごすはずはない・・・』

 

 そして天知が繰り出した“”というのは、清々しいまでの他力本願だった。

 

 「・・・結局俺たちは何もせずに高みの見物ってわけか」

 

 だが天知の“先を見通す力”がどれだけ優れているのかを知っている俺にとっては、全くと言っていいほど不安というものは感じない。

 

 『・・・もしも仮に私が星アリサだとしたら・・・“アキラ”を巌裕次郎の舞台に出演させるように仕向けるだろうね・・・』

 

 

 

 

 

 

 天知との電話を終えると、俺はスリープ状態になったデスクトップを立ち上げ、百城を帰した後に“箇条書き”したプロットに再び目を通す。

 

 「ひどいシナリオだな・・・」

 

 思わず声が溢れる。我を忘れてハイになった状態で考えたせいだろうか、我ながら酷く醜い“怪物”が出来てしまった。

 

 “でも、やっと先が見え始めた”

 

 それと同時に、ここ1ヶ月半の間に書いては消した数多のシナリオのどれよりも良いものが出来ていた。

 

 “夕野さんが丹精込めて淹れてくれたこの “ブラックコーヒー”と一緒に、夕野さん(あなた)の感情もいつかのために “盗んで”おくよ・・・”

 

 ハイになって書いたシナリオを冷静になって読み直す片隅で、もう一度だけ百城が盗んだ“感情”を俺は思い起こす。

 

 

 

 “だって私は“天使”じゃなくて“女優”だから。身の回りにあるものは全部、私にとっては“()べ物”なの“

 

 

 

 「痛っ・・・まだ収まってなかったか・・・」

 

 忘れかけていた頭痛が再び襲い掛かり、溜まらず憬は添削を中断して頭痛薬(タブレット)の入った箱を取りに寝室へと向かった。

 




どなたか画力に自信のある方で、チヨコエルがマクベスに“ブラックコーヒーだよ”と決め顔で答えるシーンの挿絵を我こそは描けますという方がいらっしゃいましたら、是非とも提供して頂けると非常に嬉しいです・・・はい。

ということで物語は次回から再び過去に戻ります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

・天知心一(あまちしんいち)
職業:芸能プロデューサー(元子役)
生年月日:1982年11月11日生まれ
血液型:A型
身長:187cm(高2:184cm)

・眞壁隆之介(まかべりゅうのすけ)
職業:マネージャー
生年月日:1991年9月30日生まれ
血液型:AB型
身長:164cm
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