或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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2日遅れですが・・・・・・ハッピーバースデー。Ms.チヨコエル




scene.33  前日 / 2人の大物

『えっ!?國近監督の映画に出るの!?』

 

 夜の10時半。風呂と夕飯を済ませて自由時間を過ごしていた憬は部屋の子機で環と電話をしていた。

 

 「どういう映画だとかどういう役なのかはまだ言えないけど、まぁ割とメインの役」

 

 撮影現場で電話番号を交換して以降、俺と蓮は月に1,2回ほどこうして電話越しに互いの近況を話している。蓮のことはつい先月まで毎週月曜にブラウン管を通じて欠かさず観ていたが、電話越しとはいえこうやって直接声を聞くのは全くの別物だ。

 

 『それはやばいわ・・・っていうか國近監督の映画に出れるって冗談抜きで凄いじゃん』

 「あぁ・・・ほんとにな・・・」

 

 ちなみにこの間の『ロストチャイルド』のオーディションは無事に突破し、明日の10時から都内の会議室で初顔合わせが行われ、映画の台本は顔合わせの時に初めて配られることになっている。

 

 この時点で俺が知っているのは、映画のタイトルと“ユウト”という自分の役柄の大まかな設定だけだ。

 

 「まだ台本は届いてないけど明日から顔合わせで、来月から撮影だよ」

 『ねぇ?オーディションに受かってちょっと気が抜けてるかもだけど口は滑らせないようにね?』

 「は?当たり前だろ俺はもう“芸能人”で“役者”なんだからよ」

 

 それにしてもこうして蓮と話していると、ついつい気が抜けて余計なことを口にしてしまいがちになる。現に俺はこうして誤魔化しては見たが、蓮からの“注意”がなければ危なかったかもしれない。

 

 『でも本当は私が注意しなかったら絶対言ってたよね?』

 「いやいや大丈夫だって」

 『“先輩”には全部お見通しだからね、君の思ったことは』

 

 そして案の定、芸歴だけ1年先輩の同学年は心の内を言い当てる。トーンからして、これはガチだ。

 

 「・・・あざす」

 『えっ?何?』

 「あざます」

 『いや?さっきから何言ってんの全然聞こえないんだけど?もしかしてナメてる?』

 「(職権乱用しやがってコイツ)・・・注意して頂きありがとうございました・・・」

 『よろしい』

 「これで満足か?」

 『うん』

 「うんじゃねーよ」

 

 良くも悪くも生意気なのは相変わらずだが、ひとまず口ぶりとテンションがいつも通りで向こうも向こうで順調なようだ。

 

 環が変わらず元気で芸能活動も順調そうなことを確信した憬は、話題を再び映画の話に戻す。

 

 「・・・オーディションのオファーが来た日にさ、海堂さんから國近さんの『ノーマルライフ』って映画のビデオをプレゼントされたんだよね」

 『あぁそれ静流が出てるやつ』

 「何だ牧さんが出てるの知ってんのか?」

 『当たり前じゃん。静流と2人暮らししてるからそれぐらいのことは知ってるよ』

 「そうだった、蓮と牧さんは一緒に生活しているんだった」

 

 蓮に言われて思い出したが、この2人は同じ部屋で生活を送っている。

 

 「牧さんも変わらず元気?」

 『うん。相変わらず仕事が色々あって忙しいしおまけに12月に舞台もあるからここのところは夜ぐらいしか一緒にいないけど、いつも通り私たちは元気だよ』

 「そっか、よかった」

 『いい加減人の心配するより自分の心配したら?あの國近監督の映画だし』

 「さっきからお前はオカンか?」

 『違うよ行き当たりばったりでバカな君のことを心配してるだけだよ』

 「バカは余計だ」

 

 まるで撮影現場で繰り広げられたやり取りをそっくり逆にした会話が、2人の間で展開される。

 

 『・・・でも強いて言うなら、稽古に入ってから私に凄く甘えるようになったかな?』

 「甘える?何で?」

 『なんか“私が近くにいると心が落ち着く”って言って、凄い甘えてくる。あぁ、別に変な意味じゃないよ?』

 「変って何が?」

 『えっ・・・・・・いや分かってないならいいや』

 「・・・あぁそう」

 

 “友達”に甘えることのどこが変なのかはさておき、蓮曰く牧は今12月に控える舞台に向けた稽古漬けの日々を送っているという。話を聞く限り初出演にして初主演の舞台なだけあって、今まで以上に気合いを入れて臨んでいるようだ。

 

 「・・・何かよく分かんねぇけど、きっと蓮に甘えたくなるくらい頑張ってるってことじゃねぇの?」

 

 現場で見た仕事ぶりや、同い年にして“女優を続ける為なら“鬼”になっても構わない”と言い切るプロ意識からして、きっと少なからず“疲れ”が出ているのだろうか。

 

 まだ役者としての経験と見地が数センチぐらいの俺も直樹を通じて“未経験の感情”を体験したから、その直後に襲ってくる何とも言えない疲労感だけは知っている。

 

 「多分牧さんって役の感情にがっつり入り込むような芝居をするから、きっとその反動だと思う。俺が言うのもアレだけど」

 

 だから自分自身が“素”でいられる大事な存在を前にしたら、ついつい肩の力が余分に抜けてしまうのだろう。

 

 『ホントだよまた良い役貰えたからって偉そうに』

 「偉そうにはしてねぇっつの」

 

 そして役者という職業には、土日休みのような決まった休日は存在しない。現に俺は寝て起きた後、『ロストチャイルド』の顔合わせで新宿に行かなければならない。だからこうして“同じ世界にいる”気の合う親友と他愛のない話ができるというのは、実は貴重な一日なのかもしれない。

 

 『ついでに静流にも直接言っとく?』

 「いいよ何か恥いし」

 

 高望みなのだろうが、もし俺が“この映画”で何かしらの賞なんかを獲って一気にブレイクなんてことになったら、こんな時間はどんどん減っていくのだろうか。でもそれは、蓮だって同じことだ。定期的に電話をかけてくるほど、相手も暇な訳じゃない。

 

 『じゃあそろそろ切るね。明日10時から本読みがあるわけだしさ?』

 「・・・うん。確かにあんまり遅くなって明日に響くのはな」

 『そうだね。じゃあそっちの撮影がひと段落でもしてお互いまとまった休みが取れたらまた一緒に映画行こう』

 「おう」

 

 そんな少しの寂しさが一気に込み上げ始めた俺は、ここぞとばかりに“あの事”を話した。

 

 「なぁ蓮」

 『ん?何?』

 「・・・HOMEのことなんだけどさ」

 『えっ?HOMEがどうかした?』

 

 今までずっと言おうと思っていながらなぜか恥ずかしくなってしまい今日まで言えずじまいだった、“8話(ドラマ)”の感想。

 

 「麻友の芝居、凄く良かったよ」

 『・・・あぁ、あれね。うん・・・私なりに結構頑張ったからね。ありがとう』

 

 突然ドラマのことを褒められたのか、珍しく蓮の言葉がたどたどしくなる。電話越しに聞いているだけで心底喜んでいそうだ。

 

 「特に“8話”が凄くよかった・・・」

 

 

 

 小学校の卒業式の日に自分を捨てて何処かへ逃げたはずの母親が突然施設にいた麻友たちの前に現れ、深々と頭を下げて自分を捨てたことを詫びる。

 

 “「出てって!どっかに消えて!!・・・もう・・・顔も見たくないっ・・・!!」”

 

 だが自分を捨てた癖に都合よくよりを戻そうと言って来た母親を許せるはずもなく、麻友は感情を爆発させる。すると偶然その場に居合わせていた6歳の謙太郎(けんたろう)が号泣してしまい、弟のように可愛がっていた謙太郎を恐がらせてしまった罪悪感と明るいムードメーカーを演じ続けた自分の虚しさからのショックで部屋へと引きこもってしまう。

 

 “「・・・こんなクズが言ってもなんも響かねぇかもしれねぇけどよ・・・たまにはオレたちにもあんな風に思いっきりぶつかって良いんじゃねぇの・・・?オレは・・・なんつーか・・・・・・やっとオマエの”本体“を見れた気がして・・・ってさっきから何言ってんだオレ・・・悪ィ、やっぱ今のナシ、忘れろ」”

 

 直樹や美優紀たちからの励ましも虚しくすっかり自分の部屋に閉じこもってしまった麻友に、同じような境遇で育ち彼女のことを密かに想っている侑汰が不器用ながらも諦めずに部屋のドア越しに声をかけ続ける。

 

 “「・・・私ってさ、人を愛せないんだよね・・・」”

 

 そして侑汰の不器用な優しさに少しずつ心を開き始めていた麻友は、ついにこれまでずっと1人で抱え込んでいた心の内を打ち明ける。

 

 

 

 「あの台詞のところ、顔が視えないのに感情が凄く伝わってきた」

 

 月島による演出の妙があったとはいえ、あの場面を見たときに本気で鳥肌が立ったことを覚えている。

 

 きっとこれが國近の言う、“節穴にも伝わる芝居”というものだろうと今にしてみれば思う。そんな芝居を習得している蓮は、俺の想像していた以上に前を進んでいる。

 

 

 “正直ちょっとナメてた”

 「正直ちょっとナメてた」

 

 そんな心の内が、思いっきり声に出ていた。

 

 『・・・へぇ~、やっぱりナメてたんだ私のこと』

 「いや、違う、これは良い意味で」

 『いいよいいよ、もう私はなりふり構わず君のことを置いてどんどん先に進んでいくから』

 「マジでごめんて」

 

 もう何回目だろうか。気を抜いてしまうとついつい余計なことを口走ってしまう悪い癖。麻友ではないが、いっそのことこのまま部屋に引きこもりたい気分だ。

 

 『ま、せいぜい私にナメてかかったことを後悔しないように頑張れよ、じゃ』

 「おいちょっ・・・・・・はぁ・・・めんどくせぇ」

 

 結局弁明の余地が与えられる前に、蓮との月1,2回の通話は終わってしまった。あいつの性格上、本気で怒っているわけではなさそうなのが唯一の救いか。

 

 「・・・あと “やっぱり”って何だよ・・・」

 

 でもある意味、芸能界じゃ俺と蓮は同業者にしてライバルの関係だから多少の緊張感はあった方が良いのだろうか・・・

 

 “・・・こうやって言葉にすることは簡単だが、これらを実践することは生半可な決意じゃ絶対に不可能だ・・・”

 

 脳裏にふと國近の言葉が浮かぶ。

 

 

 

 “憬・・・私と勝負しない?

 

 

 

 すると何故か、絶対に“期待を超えてやる”という野心とも対抗心とも似つかない何かが心の中で燃え始めた。

 

 「・・・『ノーマルライフ』の感想言いそびれた」

 

 心の中で何かが灯ったのと同時に、言い忘れたもう一つのことを憬は思い出した。

 

 

 

 

 

 

 「だ~れと電話してたの蓮?」

 

 憬との電話を切ったとほぼ同時にバスルームでシャワーを浴びていたはずの静流が後ろから抱き着き、背中に重力と温もりがかかる。

 

 「急に抱きついて来ないで静流」

 「も~怒んないでよレンレン」

 「別に怒ってないし、ていうかレンレンって何?」

 

 “きっと蓮に甘えたくなるくらい頑張ってるってことじゃねぇの?”

 

 ここ1ヶ月ほど静流は12月に“聖夜(クリスマス)の特別篇”として放送予定のオムニバステレビドラマの撮影やその他諸々に加えて、同じく12月に控える初舞台の稽古期間に入ったことで殆ど休みを取っていない。今日も今日とて稽古終わりで、やや疲れ気味なのを肌で感じる。憬の言う通り、確かに静流はそれぐらい頑張っている。

 

 「それよりさっきの電話は誰?」

 

 ちなみに明日もまた、稽古があるという。

 

 「彼氏?それとも憬くん?」

 

 背中に抱き着くような体勢のまま静流が甘えるような声で私の耳元で囁く。初舞台の稽古に入ってからというもの、静流はいつもに増して私に甘えるような態度を取るようになった。

 

 「憬に決まってんじゃん」

 

 まぁ、静流の独特な距離の取り方(コミュニケーション)自体にはすっかり慣れているからどうってことはないのが本音だ。

 

 「ていうかガッツリ聞いてたでしょ?憬との電話?」

 「うん。見ていて微笑ましかったからつい」

 「・・・ったく」

 

 もちろん静流が電話でのやり取りを盗み聞きしていたことも、私の中では想定内。

 

 「・・・憬から言われたよ。“正直ナメてた”って」

 「ナメてたって蓮のこと?」

 「うん」

 

 “『正直ちょっとナメてた』”

 

 言われた瞬間は意味が分からずに本気でイラっときたが、それが私に向けた称賛の裏返しだということにはすぐに気が付いた。

 

 「・・・へぇ~・・・良かったじゃん。“そういう風”に想ってくれて」

 「・・・うん。そうだね」

 

 静流の言う通り、憬が私のことを“親友”ではなく“女優”としてちゃんと思ってくれたことが素直に嬉しく思えた。

 

 

 

 “何だかそれが、純粋に憬との距離が近づいたような気がして嬉しかった

 

 

 

 「こりゃあ私もウカウカしてられないな」

 

 どこか勝ち誇ったような表情を浮かべる環を見て、牧は視線の死角でほくそ笑む。

 

 「・・・ねぇ?寝る前に第二幕の “本読み(自習)”やりたいんだけど相手役で付き合ってもらってもいい?」

 「うん。いいよ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日_新宿_

 

 土曜日。憬は最寄り駅でマネージャーの菅生と合流し、映画『ロストチャイルド』の初顔合わせが行われる貸し会議室の入るビルへと向かっていた。

 

 「あれ?ここって前来たところとほとんど一緒じゃ?」

 「そうですね。全くの偶然とはいえ真向いだと知った時は私も少々驚きました」

 

 ちなみにビルの場所はオーディションの行われたレンタルスタジオの真向かいにそびえ立つビルの中だという。

 

 

 

 「あ、渡戸さん、お疲れ様です」

 

 9時45分。菅生と共にエレベーターで顔合わせが行われる3階のフロアに出ると、その斜め右前にある自動販売機に白いラインの入った黒ジャージ姿の渡戸が立っていた。

 

 「お疲れ様です」

 

 そして俺と菅生の二人の姿を確認するや、渡戸は軽く会釈しながら被っていた白のキャップを取り礼儀正しく挨拶を返す。

 

 「先日はありがとうございました。どうやら監督の國近さんと共に夕野を審査して頂いたとのことで」

 「いえいえ、俺はただ相手役を引き受けただけで、オーディションでは特に審査するような大したことはしていないですよ」

 

 茶髪パーマのマネージャーと見た目がほぼヤンキーな主演が礼儀正しい口調で挨拶代わりの話を始める。それにしてもこの2人は、外見と中身の落差がすごい。

 

 「あの、渡戸さん」

 「ん?」

 

 “俺が怖いか?”

 

 そしてオーディション以来初めて渡戸の顔を見た俺は、真っ先に“あの事”を思い出した。

 

 「・・・オーディションの時、渡戸さんのことを “怖い”と言ってしまってすいませんでした」

 

 オーディションに挑んだ時にとにかく絶対に嘘はつかないことを決めていたとはいえ、流石に失礼なことを言ったと感じた俺は、思うがままに渡戸に詫びを入れた。

 

 「本当にそんなことを言ったのですか夕野さん?

 

 その謝罪に反応したのか、普段は大人しそうな菅生が斜め後ろから圧をかけて来た。

 

 心なしか、とても怒っているように感じる。

 

 「いや、違うんすよ菅生さん。これはオーディションで絶対に嘘は吐かないって決めていたからってだけであって、悪意はマジでないです」

 

 目線を渡戸に向けたまま俺は弁明をするも、斜め後ろから放たれている見えない“波動”が凄すぎて振り向きたくとも振り向けない。

 

 1つだけ分かったことは、本気で怒らせたら実は海堂より菅生の方が怖いのかもしれないということだろうか。

 

 「俺は全然気にしてないですよ。逆にああいう感じで変に媚びを売らずに正直に言ってくれてやりやすかったです」

 

 菅生に気圧されかけている俺と、そんな俺のフォローに回る菅生をまとめて庇った渡戸は俺の前に歩み寄り、

 

 「役者は飾らないありのままの自分でどれだけ役を引き出せるかが大事だからな」

 

 と言って肩を一回だけ軽く叩いた。

 

 「はい。ありがとうございます」

 

 こうして渡戸のフォローもあってひとまず事態は丸く収まり、俺は渡戸の後についていくように顔合わせの行われる会議室へと入った。

 

 

 

 そして9時55分。3階にある会議室にはエキストラを除く『ロストチャイルド』の出演者とスタッフ陣が一堂に会していた。

 

 役者とスタッフ共々、今日が初めての顔合わせなだけあって会議室の雰囲気は少々重めな雰囲気と緊張感に包まれている。

 

 “うわぁ・・・ほとんど知らねぇ・・・”

 

 おまけに多分この業界の中では名の知られている人たちなのだろうが、月9の時とは違い普段からテレビなどで見かけるような俺の知っている役者(ひと)は少なく、そのせいか余計に緊張する。

 

 “・・・あれ・・・この人はどこかで・・・”

 

 そんなまだまだ無名な俺が唯一認識できたのは、俺の座る列の左端で小説を読み耽りながら座る“大物女優”だった。眼鏡をかけていて雰囲気は少し違っていたが、彼女は間違いなくどこかで観た記憶があった。

 

 “・・・思い出した。“アキコ先生”か”

 

 4年くらい前に観ていた小学校を舞台にしたドラマを最後にすっかり見なくなってしまったが、彼女は間違いなくあの“アキコ先生”だった。

 

 

 

 入江(いりえ)ミチル。10代の時から映画女優として活躍しこれまでに数多くの名作と評される作品で主演を張り、20歳の時に日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞するなど同世代の天才女優でありライバルだった星アリサと共に芸能界で一時代を築き、80年代からの邦画界を牽引してきた実力派女優の1人である。

 

 90年代に入るとテレビドラマにも出演するようになり新たな境地を開きつつ主戦場の映画でも変わらずに第一線で活躍していたが、4年前に直木賞作家との結婚を発表すると同時に休養を宣言して以降は表舞台から遠ざかっていた。

 

 そして今年の4月、彼女は芸能活動の再開を発表した。

 

 

 

 リアルタイムで入江ミチルの姿を見たのは4年くらい前に観たドラマぐらいで俺にとっては“過去の人”のイメージだったが、母親のコレクションには彼女が出演している作品が幾つかあって、その中のどれかは忘れたが彼女の出演していた映画は観た記憶がある。

 

 一見すると良くも悪くも普遍的で印象に残るような派手さはないが、彼女の芝居は素朴ながら何気なく観ているうちに段々と引き込まれる説明し難い存在感と説得力を感じたことを覚えている。例えるなら感情や五感をダイレクトに揺さぶる星アリサとは対照的で、“噛めば噛むほど味が出る”ような芝居だった。

 

 “アキコ先生”の冷淡かつ特徴的な役柄(キャラクター)しか知らなかった俺にとっては、そんな彼女の素朴で普遍的な芝居は逆に新鮮に見えた。

 

 

 

 “・・・この感覚はなんだ・・・”

 

 それにしても彼女から放たれる独特でどこか近寄り難そうなオーラは流石は大物女優といったところで、席についた時には気付けなかったがいざ端の席に座る女の人が入江ミチルだと分かってからは、ついつい意識が持っていかれそうになって仕方がない。ただ席に座って小説を読んでいるだけなのに、映画の1シーンを観ているかのような感覚に陥る。

 

 というか大物過ぎて、俺には物凄く場違いにすら思えてしまう。

 

 「・・・!」

 

 何気なく憬がミチルに目を向けていると、小説を読んでいた彼女が眼鏡越しに目線を向けたことで大物女優と不意に目が合う形になった憬は、思わず座ったままミチルに無言で会釈する。

 

 “・・・えっ?”

 

 だがミチルは憬に会釈を返すこともなくスッと目線を本に戻すと、再び自分の世界に浸るように小説の続きを読み始める。

 

 “・・・マジか・・・入江ミチルってこんな感じの人なのか・・・”

 

 彼女の映画を観た時とはまた違ったベクトルの衝撃(ショック)が、憬を襲う。

 

 「・・・あの、入江ミチルさんって結構気難しい感じなんですか?

 

 あの一瞬でミチルが物凄く気難しい人だと直感した憬は、彼女に気を遣うように隣に座る渡戸に小声でミチルのことについて聞き出す。

 

 「・・・悪い。正直俺も入江さんと共演するのは初めてだから分からん

 「・・・了解です・・・

 

 渡戸から“有力な情報”を得た憬は、気を紛らわすように周囲を見渡す。よく考えてみれば本来の主戦場はそれぞれ違うわけだから無理はない。

 

 「・・・って國近さんは?」

 「あぁ、ドクさんはまだ来てないよ」

 

 そして気を紛らわしながら周囲を見渡すと、憬は顔合わせの時間の5分前になっても監督である國近が来ていないことに気付いた。

 

 「・・・何かあったんですかね?」

 

 案の定國近の“拘り”をまだ知らない憬が、しびれを切らすように小声で左隣に座る渡戸に聞く。

 

 「この前のオーディションの時、13時ジャストにドクさんが来なかったか?」

 

 渡戸からの言葉で、憬はオーディションの時の光景を思い起こす。

 

 「・・・はっきりとは覚えてないんすけど、かなりギリギリだったと思います」

 

 振り返ってみると、確かに國近はオーディションの集合時間と同時ぐらいのタイミングでドアを開けてきたような記憶がある。ただ、いちいちそんなことを最初から意識しているはずもなく、この後に最終審査があったことも相まってその程度しか覚えていない。

 

 「俺もこの映画で初めてドクさんに会って知ったけど、基本あの人は集合時間ピッタリに現場に来るんだよ。どんな時でも」

 「えっ?何でですか?」

 「流石にそれは俺も分からねぇ。でも、多分あれもドクさんなりの“拘り”なんだと思うわ」

 「・・・こだわり?」

 

 ジャストの時間に現場につくことが果たして拘りと言えるのかは分からない。でも『ノーマルライフ』を思い返すと、國近独という監督の映画に対する“拘り”はしっかりと伝わっていた。

 

 きっと映画と同じように、普段の生活においても絶対に譲れない自分のルールというものがあるのだろう。

 

 「やぁ剣君久しぶりやなぁ!」

 

 すると後ろの方から誰かが関西弁で元気よく話しかけてきた。

 

 「誠剛(せいごう)さん、ご無沙汰です」

 「アレ?もしかしてまた背ぇ伸びた?」

 「多分気のせいですよ。感覚的には17あたりから成長してないですし」

 「なんや剣君は成長しとらんのか~」

 「そういう誠剛さんこそ、また伸びたんじゃないですか?」

 「ワイか?言うまでもなくワイは常に伸びとるがな。“俳優”として」

 「あーなるほど、そういう意味でしたか」

 「ったく、剣君もまだまだやね」

 

 席から立ち上がって挨拶する渡戸と軽口を交わしながら握手をする渋めで長身な関西弁を喋るもう1人の“大物”の姿は、確実にテレビで何度も観た記憶がある。

 

 

 

 紅林誠剛(くればやしせいごう)。映画や舞台を中心に幅広い演技力を武器に活躍する個性派俳優で、映画と演劇でこれまでに数々の賞を獲った実績を持つ実力派としても知られる。

 

 一方でドラマを含むテレビ関連への出演にはやや消極的で、テレビにおいては数年前までは散発的な活動に留まっていた。しかし、一昨年から去年にかけてMHKの朝ドラと大河ドラマにおいて重要な役どころを立て続けに演じたことでお茶の間の知名度が上がり脇役(バイプレーヤー)として地位を確立して以降は、テレビドラマやCMにも精力的に出演するようになるなど活動の場を広げている。

 

 ちなみに監督の國近とは短編映画に主演で関わって以降親交が続いており、渡戸とは巌裕次郎の舞台で共に共演した経験もある。

 

 

 

 「ほんで隣におる彼は?」

 

 目の前に大河俳優がいるという光景に油断していると、紅林が俺の方に視線を向けて話しかけてきた。HOME(ドラマ)の時にこういう光景が当たり前だと分かっていたつもりでも、いざブラウン管で見たことのある顔を間近にすると思わず圧倒される。

 

 「“ユウト”役をやらせて頂くことになった夕野憬です。よろしくお願いします」

 「せきのさとる・・・・・・ええ名前やな」

 「・・・そうですか?」

 「ちなみにワイのことは知っとるか?」

 「あ、はい。『うつけもの』の池田恒興を演じていましたよね?」

 「おぉ『うつけもの』観てくれたんか?それは嬉しいなぁ」

 

 圧倒されるがままに挨拶をしてしまったばかりに自分でも驚くぐらいしどろもどろになってしまったが、そんな俺を紅林はクールに笑って受け止めてくれた。

 

 ちなみに『うつけもの』とは去年MHKで放送された安土桃山時代を舞台にした織田信長の半生を描いた大河ドラマで、紅林は主人公である信長の側近である池田恒興を演じ注目を集めた。

 

 「・・・ってそういや名前も聞かんし初めて見る顔やけどさては新人か?」

 「はい。実は役者になってまだ3,4ヶ月ってところです」

 「ほぉ~、それは中々大変やな」

 

 そして渋めで硬派な出で立ちとは対照的な紅林の明るい人柄もあってか、それまで緊張感に包まれていた会議室の空気が次第に穏やかになっていく。まるで彼を例えるとしたら、早乙女のようなムードメーカーだ。

 

 「はい、大変っちゃ大変ですけど、なるべく國近さんの“拘り”に応えられるよう、頑張ります」

 「・・・・・・憬君。これから“為になる”ことをひとつだけ教えたる」

 

 俺はやや緊張しつつもどうにか無礼のないように挨拶すると、紅林はいきなりニヒルに笑うと俺の耳元に顔を近づける。

 

 「・・・何ですか?」

 

 いきなり耳元に顔を近づけたことに理解が追い付けずにいる俺に、紅林は囁く。

 

 「“ドクちゃん”の前ではあんまり“國近さん”呼びで言わん方がええで」

 「・・・えっ?」

 

 そう言うと紅林は左から押し寄せている入江のオーラをシャットアウトするように俺の左隣にある椅子に座った。

 

 「一応言うとくとワイは初めてドクちゃんと面と向かって“國近”って呼んだら、“ドクと呼べ”ってマジなトーンで言われたわ」

 

 言われてみれば、渡戸もオーディションの時から國近のことを終始“ドクさん”と呼んでいた。

 

 「・・・それもひょっとして國近さ、“ドクさん”の拘りってやつですか?」

 「別に今は國近さんでもええで」

 

 國近(ドクさん)という映画監督がどれほど“拘り”の強い人なのかは予想できないが、両隣で展開する会話で徐々に“ドクさん”がどんな監督なのかが少しずつ見え始めてきた。

 

 「拘りかどうか詳しくは知らんが、ドクちゃんは堅苦しくされるのがホンマに嫌いな奴やからな。そのくせどういうわけか当の本人は苗字呼びやし自分より下の人間には敬語を徹底しとるけどな」

 「そう言いながらキャスティングの件でプロデューサーと相当揉めたと俺は本人から聞いていますが?」

 「良くも悪くも何を考えとるのかわかれへん自己中でエキセントリックな奴やからなドクちゃんは。おかげで業界じゃすっかり“態度のデカい生意気な若手”で通っとるけど、ワイからしてみれば演出家はそこそこ自己中で生意気でエキセントリックなくらいが丁度ええ・・・・・・ま、呼び名を強制してるって話は嘘やけどな」

 「・・・えっ?」

 

 ただ、“ドクさん呼び”は紅林のジョークだったらしい。

 

 「すまん。ちょいと憬君のことを試した」

 「試したって、一体?」

 「こういうノリに慣れてない新人ですのでお手柔らかにお願いします誠剛さん」

 

 “そういう渡戸さんこそ普通に悪ノリにノってんじゃねぇか”

 

 と心の中で呟いた俺は、徐に入江の方へ目線を向ける。

 

 “・・・本当に本から目を離さないな入江さん・・・”

 

 一方入江(彼女)入江(彼女)で、周囲のことなどお構いなしに小説を手に微動だにもせず自分の世界に浸り続けている。この独特でカオスな状況にまだ平然を保つのでやっとな俺は、やっぱりまだまだだなと痛感する。

 

 「あれ?よく見たらミチルちゃんもおるやないか」

 

 そして俺の視線でその存在に気が付いたのかあるいはわざとか、紅林は小説を読み耽る入江に空気を読まず「よぉ久しぶり」と手を振り元気よく声をかけるが、当の本人は目線すら動かさず“シカト”でやり過ごす。

 

 「ハハッ、ほんまにミチルちゃんは昔から相変わらずやな」

 

 そんな彼女に紅林は微笑ましそうに独り言を呟き、再び身体を前に向ける。やはり、入江ミチルは思っている以上に気難しそうだ。

 

 「はぁ・・・さて、あと1分か」

 

 そんなこんなで気が付くと開始時刻の1分前。周りを見渡すと俺のように監督が現れないことを心配する人もいれば、渡戸や紅林のように何食わぬ顔で待っている人もいる。日常茶飯事なのか、少なくともスタッフ陣は1分を切っても姿を見せない監督に対して心配する素振りすら見せない。

 

 「あのー・・・本当に間に合うんですか?“ドクさん”は?」

 

 “本当にピッタリに来る人なんだな”と内心で思いつつ、それでも國近が現れる気配すらなく心配になった憬は、しびれを切らすように紅林に聞く。

 

 「いらん心配はせんでええ・・・ドクちゃんは必ず“定時”にやって来る」

 

 そんな憬に紅林はクールに笑みを浮かべながら優しく気遣うと同時のタイミングで、1人の男が会議室に入る。

 

 「な?ワイの言うた通りやろ?」

 

 自分の“拘り”をよく知らない一部の出演者の心配をよそに、『ロストチャイルド』の監督である國近は何食わぬ顔で1番前で反対側に向けられた主要スタッフ陣の真ん中に空けられた椅子に歩みを進め、何事もないように座る。

 

 「監督の國近です。この度は各々お忙しい中こんな“時化(しけ)”た会議室にお集まり頂きありがとうございます」

 

 

 

 國近(ドクさん)が席に座り第一声を発したその瞬間、ちょうど真上の壁に飾られた時計の分針が10時ジャストを指した。

 




毎話ごとに上手く話をまとめられる作者先生の方々が純粋に凄いなと、添削を重ねる中でふと思いました・・・・・・はい。

ちなみに分かりづらいですが今回は2本立てになっています。




それと急に話が変わりますけど1999年ってどれくらい携帯電話が普及していたんでしょうかね?(※展開の補足すると環は携帯から電話をかけている一方で、憬は携帯を持ってません。)

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