或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.37 過去

 「やっぱり良いですね映画館は。ロビーの空気感だけでどんな憂鬱も直ぐに吹き飛ばしてくれますから」

 「随分と気分が良いな阿笠さん」

 

 交差点(スクランブル)から歩いて約5分。映画館のロビーに着いた寧々は、真面目で落ち着いた口調や身振り手振りはそのままに分かりやすく舞い上がっていた。彼女を見ていると、どんな仕事であろうと息抜きは重要だということをつくづくと思う。

 

 「でも意外だな。阿笠さんがアクション映画を観るなんて」

 

 そんな彼女が鑑賞のために予約していた映画は、ハリウッドはおろか世界を代表する映画俳優の1人であるレオン・フラナガン主演のハリウッド映画『諜報員(エージェント)』シリーズの第5弾。普段の言動や雰囲気からして俺はてっきりヒューマンドラマか玄人好みの邦画を好んでいそうだと勝手に思っていたため、このチョイスは意外だった。

 

 

 

 そして俺はこの後、この映画を観たことを“個人的に”少し後悔することになる。

 

 

 

 「アクション映画が好きというよりは、レオン・フラナガンの雄姿見たさで選びました」

 「そうか、阿笠さんも俺と同じでストーリーよりも演者や演出に目を向けるクチか?」

 「いえいえそんな、私はただ単に“レオン様”を推しているだけの“ミーハー”ですので」

 

 ともかく謙遜しながらも嬉しそうに推しをカミングアウトする寧々を観て、彼女がこの映画をチョイスした理由に合点はいった。

 

 「思い出した、確か王賀美陸(おうがみりく)とレオン・フラナガンの“死闘(アクション)”で話題になっているやつか?」

 「えっ?ひょっとして今気が付いたんですか?映画好きの夕野先生が珍しいですね?」

 「生憎俺はこういう類の映画にはちょっと疎くてね。(さり気なく馬鹿にされた?)」

 「確かに、あまり先生の口からこういう類の映画の話は聞きませんでしたからね」

 

 『諜報員(エージェント)/ブラックアウト』。レオン・フラナガン演じるCIAの諜報員:アッシュ・フェリックスが主人公の人気スパイアクション映画(シリーズ)の第5弾にして最新作である本作は、公開から1ヶ月以上が経過した今でも客足が途絶えることはなく日本だけでも既に興行収入50億円突破が確定しており、国内におけるシリーズ最高記録である前作の54億円を超えるのは時間の問題とメディアでも取り上げられるほどの話題作である。

 

 なぜ本作がここまで日本で話題を独占しているのか、その理由は実に単純な話だ。

 

 「“レオン様”と“リッキー”をまさか同じスクリーンで観れる日が来るなんて、本当に夢のようですね先生」

 

 

 

 極東の島国からたった1人で世界へ飛び立った孤高のハリウッドスター・王賀美陸(おうがみりく)

 

 15歳の時に星アリサに才能を見出されスターズから俳優デビューを果たすと一気に頭角を現し、初主演作でいきなり日本アカデミー賞新人俳優賞&最優秀主演男優賞のダブル受賞を始め数々の賞を総なめにして瞬く間に一世を風靡。同年には別の主演作でカンヌ国際映画祭男優賞をカンヌ史上最年少で受賞する快挙を成し遂げ、“リッキー旋風”を巻き起こした。

 だがそれから程なくして所属先のスターズと喧嘩別れをした挙句に移籍交渉先だった別の芸能事務所の社長を殴るなどの問題行動で世間をざわつかせ、16歳で日本の芸能界に見切りをつけてハリウッドへ単身渡米した“唯一無二の主演俳優(スーパースター)”。

 

 「王賀美陸・・・俺からしてみても本当に規格外な役者だったよ」

 

 以降は様々なハリウッド映画で脇役と端役を転々と演じるような下積みの日々が暫く続くことになるが、持ち前の天性のカリスマ性による根強い人気が後押しし、日本のメディアでは一切取り上げられなくなっていた時期でも国内では一定数の支持を得ていた。

 

 「“先生”がそれだけおっしゃるということは、それだけ王賀美さんは人気だけではなく役者としても凄かったということですか?」

 

 それから数年が経ち、ハリウッドにおいて脇役(バイプレーヤー)の地位を確立するようになりスクリーンでの出番が増えると、それに比例するかのように日本国内でも彼の人気が再燃し始め、その根強い人気ぶりに昨今ではいよいよメディアも無視出来なくなりつつある。

 

 「・・・彼の場合は演技力があるとか云々じゃないからな。“何を演じても王賀美陸”だと皮肉交じりに論ずる輩もいるけど、“何を演じても同じ”だからこそ彼の芝居は成立し、無論それを“芝居”として十二分に補えるだけの実力と説得力も兼ね備えているから、王賀美陸は“唯一無二”で在り続けられた。本来はこんな言葉を軽々しくは使いたくないけど、あの芝居を一言で表現するなら “キリスト”だよ・・・ある意味、彼のような役者は日本の芸能界よりもハリウッドのほうが向いてる」

 

 そんな日本を代表するハリウッドスターが、ハリウッドの中でも“絶対的な存在(スター)”として君臨するレオン・フラナガンと同じ映画(スクリーン)で“主人公VS敵対組織の刺客(キーマン)”として共演を果たすとなれば全国の“リッキーマニア”が熱狂しないわけがないだろう。

 

 とはいえ、あの“王賀美陸(リッキー)”でさえもここまで辿り着くのに10年近くの歳月が掛かったことを踏まえると、いかにハリウッドの世界が選ばれし天才たちの“巣窟”であるかが身に染みて分かる。

 

 

 

 “まぁ、にはもう関係のない話だが”

 

 

 

 「一時期、先生と王賀美さんが色んなところで比較されていたことが懐かしいです」

 

 事前に予約していたチケットをフロアで受け取り、ここの中でも最もキャパが大きいスクリーン3へ向かう途中で、隣を歩く寧々が懐かしむように俺が役者だった頃の話を始める。

 

 「そういえば阿笠さんはちょうど中学生だった頃か?」

 「中学2年生から3年生の時ですね」

 「てことはドンピシャだな」

 

 あんまり覚えていないが、当時の俺は王賀美と共に“これからの日本の映画界を牽引していく俳優はどっちか?”といったニュアンスだったかは曖昧だが、俺の知らないところで色んな媒体を通じて彼と比較されていたことは何となく記憶にある。

 

 もちろんその結末は、言うまでもない。

 

 「でも先生と王賀美さんって、結局一度も共演していないんですよね?」

 「・・・よく知ってるなそんなこと」

 「知っているも何も、私はリアルタイムで2人を見てましたから」

 「言われてみれば」

 

 寧々の言う通り、俺と王賀美はとうとう一度も共演することのないまま2人揃って“日本の芸能界”を去った。

 

 なぜ共演しなかったのか、その理由はこの一言に尽きる。

 

 「まぁ色々あるんだよ・・・芸能界ってのはさ」

 

 とにかく寧々のような一般人にこの俺が説明できるのは、“色々ある”ということぐらいだ。

 

 「えぇ・・・それは私も分かっています」

 

 込められるだけの意味を込めた“色々”を伝えた憬に、寧々はあたかも全てを知っているかのような表情で答える。

 

 「あぁ・・・美々さんか

 

 一瞬だけ寧々が“分かっています”と言った意味に心の中で憬は首を傾げたが、彼女の妹が女優の阿笠みみであることを直ぐに思い出し、意味を理解した。

 

 “やっぱり心配だよな。“一番近い身内”が芸能界(あの世界)にいるっていうのは・・・“

 

 ただでさえ仕事で過酷な思いをしている寧々のために直接言葉として伝えて慰めたい衝動をグっと堪え、俺は心の中で彼女に向けて声をかける。

 

 

 

 ““寧々”さんは彼女にとっての“帰る場所”として支えてあげて欲しい

 

 

 

 「大丈夫ですよ。私は美々のことを、誰よりも信じていますから

 

 俺の心配は杞憂な世話だったのだろうか。エレベーターホールの列に並び隣に立つ寧々は自信に満ちた表情でそう答えた。

 

 「阿笠さんは本当に強いな

 「えっ?何か言いました?」

 「あぁいや、ちゃんと“帰る場所”として支えてくれているんだなってさ」

 「当たり前ですよ。これは姉として当然の役目ですので」

 

 寧々に憬が温かく見守るように目線を送った瞬間、スクリーンへ向かうエレベーターの扉が開いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 14時35分。少し遅めの昼飯(ラーメン)を食べ終えた憬と渡戸は、駅の方角へ向かい歩みを進めていた。

 

 もちろん、渡戸にとっての思い出の“場所”へと向かうために。

 

 「お疲れ様です、渡戸です」

 

 駅へ向かう中、隣を歩く渡戸がいきなりポケットから真新しい折り畳み式の携帯電話を取り出して誰かに電話をし始める。

 

 「ちょっとバタバタして予定より少し遅れるかもしれませんが大丈夫ですか?・・・はい・・・ありがとうございます・・・・・・はい・・・いえとんでもないです・・・はい・・・ではあと30分後ぐらいにはそっちに着くと思いますんで、よろしくお願いします。失礼します・・・」

 「・・・・・・あのー、誰に電話してたんですか」

 

 随分とかしこまったような口調で電話に出ていた渡戸。一体誰に電話をしていたのだろうか。家族か?いや、この感じからしてそれはあり得ない。

 

 「一時期俺の面倒を見てくれていた人だ。今でもこうして偶にこっちに帰った時には必ず挨拶してる」

 「・・・もしかしてこれから行く場所がその家ですか?」

 

 多分違うだろうなと半信半疑で予想しながら、俺は渡戸に聞く。

 

 「違うっちゃ違うけど・・・ある意味俺にとっては今から行く場所も家っちゃ家かな?」

 「・・・・・・どういうことですか?」

 

 聞いてみた結果ますます渡戸の思い出の場所が分からなくなったのと同時に、西口の駅ビルが目の前の視界に飛び込んで来た。

 

 「・・・それは行けば分かるよ」

 

 

 

 

 

 

 「・・・あの・・・もしかしてここですか?」

 

 ここは、俺の住むマンションの最寄り駅からマンションの方角とは逆の方向に10分ほど歩いた場所だ。

 

 「どこからどう見ても何かの施設にしか見えないんですけど」

 

 敷地内の前には学校の校門のような門が構えていて、その奥にそびえ立つのは校舎と集合住宅を足して割ったような外見の3階建ての建物。1つだけ言えるのは、この施設が何なのかを俺は既に知っているということ。

 

 「当たり前だ。ここは児童養護施設っていうところだからな。ほら、憬がこのあいだ出てたドラマの舞台も確かそうだったろ?こんな立派な建物じゃなかっただろうけど」

 「・・・そうですね。ていうか家が近いんで何ならずっと前から知ってます」

 「あぁ、そういや憬は大中(ダイチュウ)に通っているんだっけ?じゃあ見覚えがあるわけか」

 

 俺の通っている大中(ダイチュウ)の学区内にある児童養護施設、友生(ゆうせい)学園。

 

 “・・・まさか・・・”

 

 「・・・もしかして剣さんの家族って・・・・・・すいません何でもないです」

 

 嫌な予感が口からこぼれかけたが、それを決めつけることが何を意味するかを察した俺は、間一髪のところで自重する。

 

 「・・・まぁ、世の中の家族がみんな1つ屋根の下で普通に仲睦まじく過ごしてるとは限らないからな」

 

 憬の独り言に、渡戸は意味深な言葉で答える。

 

 

 

 “俺は今・・・とんでもない局面に立っているのかもしれない・・・”

 

 

 

  “ショウタ”の抱えている過去は、考えうる限り相当 “ワケあり”なようだ。そう思い始めた瞬間、これ以上こうやって人の過去を詮索するのは止めたほうが良いんじゃないのか?そもそも俺のやっていることは人としてどうなんだ?という良心が邪念(リミッター)となって俺の心に立ちはだかる。

 

 ともかく、これは共演者を知るとかそういう範囲の話じゃないのは明らかだ。

 

 「・・・あの」

 「謝るな

 

 明らかに“何かありそう”な過去につけ込むような形になってしまった憬は居たたまれなくなり謝ろうとするが、渡戸はその言葉を遮る。

 

 「とにかく気にすんな。今の俺にとってはもう全て“過去”のことだ。(自分)の気持ちを理解したいから共演者(あいて)の過去に踏み込むのは、役者として間違ったことじゃない」

 

 俺の抱える罪悪感に近い迷いに感づき、渡戸は気丈に振舞い続ける。

 

 「・・・ありがとうございます」

 

 ひとまず俺は、覚悟を持ってここに来たであろう渡戸のために罪悪感を無理やり封じ込めた。

 

 「・・・じゃあ入るぞ。“施設長”をこれ以上待たせるわけにはいかない」

 「・・・はい」

 

 渡戸の言葉を合図に、2人は施設の門を通過して敷地内に入った。

 

 

 

 

 

 

 「すいません。お待たせしました」

 

 施設の入り口付近に手を後ろで組むような姿勢で立っている施設長である壮年の男と目線が合った瞬間、憬と渡戸はその男に礼を言いながら頭を下げる。

 

 「いえいえ、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ」

 

 その2人を見た友生学園の施設長の村澤(むらさわ)は、予定より少し遅れて到着した憬と渡戸を優しく迎い入れる。

 

 「友生学園の村澤と言います。それで剣くんの隣にいる君が確か・・・えーっと」

 

 そして村澤は渡戸の隣にいる憬の名前を言おうとするが、口から出る寸前でド忘れする。

 

 「夕野憬です」

 「・・・あぁそうだ、セキノ君でしたね。名前が出てこなくて申し訳ない」

 「いえ、こっちこそ急に来てしまってすいません」

 

 自ら名乗り出たことで忘れかけていた俺の名前を思い出した村澤が優しそうな笑みを浮かべたまま申し訳なさそうに謝り、俺も謙遜して急に施設を訪れたことを謝る。

 

 「いえいえ、私の方こそせっかくの休みを潰してしまう形にしてしまって申し訳ない」

 

 しかしながら話し方や優しい目つきからして、この人は本当に心の底から優しい人なんだろうなという空気がひしひしと伝わってくる。

 

 「ここへ来たばかりの頃は引っ込み思案でいつも1人だった剣くんが“後輩”を連れて一緒に役作りをするようになるとは・・・本当に立派になりましたね剣くん」

 「憬の前であんまり大層なことを言わないで下さいよ村澤さん」

 

 そんな優しさオーラを全開にしたまま村澤は渡戸のことを大袈裟に褒め称えるが、同時にあることが引っかかった。

 

 「あのー、村澤さんは何で俺らが今日“役作り”をしていることを知ってるんですか?」

 

 この状況を“何も知らない”俺は思ったことをそのまま聞く。

 

 「そりゃあ今日のことは剣くんから事前に聞いていますからね・・・・・・ってあれ?もしかして剣くんから何も聞いてない?」

 「はい。何も聞いてないです」

 

 当然そんなことを、当の本人からは一言も聞かされていない。

 

 「すいません。余計な先入観を与えないようにするために、憬にはここに来ることを黙っていました」

 「あ~いやいや、私は別に夕野君が特に悪い思いをしていなければいいんだけどね」

 

 村澤が何かを言いかけようとする前に、渡戸が黙っていた理由を白状して「すいませんでした」と頭を下げ、それを村澤が責めることなく宥める。

 

 「憬も悪かったな」

 「いえ、俺は大丈夫です」

 

 続いて渡戸はここに来ることをずっと黙っていたことを詫びるが、悪いことをされたという気分は全くなかった。確かに渡戸の言う通り、共演者(あいて)を知るための役作りにおいて余計な先入観を与えてしまうとそのイメージに引っ張られてしまうこともあるのかもしれない。

 

 これに関しては、ラーメンを食べていた段階で何となく頭の片隅で予想はしていた。

 

 「ということはこれから向かう予定の場所も聞かされてないってことですね?」

 「それは聞いてます。剣さんの実家ですよね?」

 

 そんな様子の憬に、村澤はやれやれとした笑みを浮かべる。

 

 「・・・ひとまずここから車で20分くらいのところだけど・・・詳しいことは実際に向こうに行ってから説明したほうが良さそうですね。それでいいかい剣くん?」

 「はい、ありがとうございます」

 「本当にごめんなさいね夕野君。色々と振り回してしまって」

 「あぁいえ、ホントに俺は大丈夫なんで」

 

 そして憬と渡戸は村澤の(セダン)に乗り、かつて渡戸が住んでいた実家へと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「さて、もうそろそろ着きますよ」

 

 渡戸が一時期過ごしていたという施設から更に先の方へ進み20分強、村澤の運転するセダンは近郊の駅前から程近いところにあるコインパーキングに着いた。

 

 そしてパーキングに駐めたセダンを降りて、渡戸を先頭に3人は思い出の場所である実家へと歩みを進める。

 

 

 

 「・・・剣くんは今回のことで一度役作りを兼ねて私のところに訪れていてね、流石に預かっている子どもたちには事情もあって直接は会わせられないけど、こっちもこっちで昔のよしみがあるから話せる範囲で色んな話を私が渡戸君に聞かせているんだよ。せっかく自分の手で掴んだ夢だから、私としても出来る限り彼の夢を応援したくてね」

 「へぇ~、そうなんですね」

 

 渡戸の実家へと向かう道中、村澤は俺に渡戸がかつて世話になった施設に役作りのために訪れていることを話してくれた。渡戸の演じる“ショウタ”という役は、児童福祉司を志す大学生。確かに役への理解度を深めるにはとっておきの場所だ。

 

 「・・・・・・」

 

 “・・・さっきから全然喋らないな剣さん・・・”

 

 そしてショウタを演じる張本人は、遅くも早くもないペースで先頭をただひたすら黙って実家の方向へと歩みを進める。

 

 “今の俺にとってはもう全て“過去”のことだ”

 

 と言いながらも、きっとまだどこかにやりきれないところがあるのだろうか。家族が母親しかいない俺も傍から見れば特殊な家族なのだろうが、寧ろその環境が俺にとっての日常そのものだからか、その環境が不幸だと思ったことは一度もない。

 

 だから渡戸の抱えているものが何なのかを掴めず、中々話しかける言葉が思い浮かばない。

 

 そもそもこういう相手の家族の話を、どうやって聞けばいいのか分からない。

 

 「・・・剣さんは実家に戻るのはいつぶりですか?」

 

 悩みに悩んで、取りあえず当たり障りのなさそうな範囲の無難な質問で話かける。

 

 「1年ぶりくらいかな」

 

 すると前を歩く渡戸は案外すんなりとした感じで答えてくれた。

 

 「じゃあ正月とかまとまった休みがとれた時とかに」

 「いや、俺が実家を出てからここに来たのは1年前の時だけだ」

 

 実はわざと大袈裟に言って俺の反応を確かめているのでは?と一瞬だけ本気で思いかけたが、それが如何に馬鹿げていたのかは直ぐに思い知らされることになる。

 

 

 

 「・・・ここが俺の住んでいた“実家”だ」

 「あぁここ・・・・・・ってどっからどう見ても空き地なんですけど?」

 

 渡戸が実家だと言った場所は家どころか建物すら立っておらず、土台も何一つ残っていない雑草が茂る殺風景の空間が住宅街の一角に広がっていた。

 

 「実家は去年の火事で跡形もなくなったからな」

 「・・・・・・えっ」

 

 あまりの衝撃に、俺は言葉を失った。

 

 かつて2階建ての一軒家が立っていた場所は更地として物の見事に開けており、そこに家があったという痕跡は四角に広がる雑草交じりの空間だけだ。どんな思い出だろうと、自分にとって思い入れのある場所が跡形もなくなってしまうという切なさは、祖父母と父親を知らない俺でも想像がつく。

 

 「・・・家族は無事だったんですか?」

 「その頃には剣くんのご両親はとっくに家を出ていましたから、火事には遭っていないです」

 「付け足すとその前に俺はこの家を出ているけどな」

 

 渡戸の言葉に続くようにこの家が跡形も無くなってしまった理由をかいつまんで教えてくれた村澤曰く、渡戸の父親がこの家を売りに出してどこかへ“消えた”後に別の住人が3年ほどここで生活し、やがて再び空き物件になり売りに出されていた矢先に、愉快犯の少年による放火で全焼したという。

 

 「・・・じゃあ家族は?」

 「さぁな・・・15の時に親父と面会したのを最後に一度も会ってないし、今はどこで何をしているのか、生きているのかすら分からねぇ」

 

 ちなみに両親は今だに行方不明である。

 

 

 

 “もしも唯一の家族すら突然姿を消してしまったら・・・”

 

 

 

 不意に母親が突然と俺の前から姿を消した時の想像が浮かび出す。何故こんなタイミングでこんな想像をしたのかは自分でも分からないし、別に嫌いではないがウザったく思う時はとことんウザったく思えてしまうくらいには平凡な親子関係。でもそんな平凡な日常すらも、ここにはもう残されていない。

 

 「・・・本当に何にもないんですね・・・」

 「当たり前だろ。ここはもう更地なんだからよ」

 「あぁ・・・そうっすね」

 

 どうしようもない想像をしていたら思わず言葉が漏れ、隣でかつて実家があった空間を眺める渡戸にツッコまれた。そりゃそうだ。ここはもう更地だから何にもないのは当たり前だ。

 

 “俺は何を言っているんだ”

 

 と自分に問いかけつつも、目の前に広がるあまりに寂しすぎる“殺風景”を目にしてしまえばどうしても同情してしまう。

 

 「・・・でも俺には“視えちまう”んだよ。ここで過ごしていた景色が」

 

 そんな同情する俺をよそに、渡戸は痕跡が跡形も無くなった更地(実家)の空間を、頭の中で一つ一つ記憶を辿って確かめるように歩く。

 

 「・・・このあたりに階段があって、階段を上がって右に曲がったところに俺と兄ちゃんの部屋があった・・・それでこっちが食卓(キッチン)でその奥に親父の部屋があったっけ・・・・・・何でこんなことをいつまで経っても覚えているんだろうな俺は・・・」

 

 独り言を呟きながら、渡戸は何もない空間を歩き回る。

 

 何度眺めても住宅に囲まれた殺風景の空間しか映らない俺にはそんなことなど全く分からない。でも、きっと渡戸にはかつてここにあった“決して思い出したくないであろう”光景が鮮明に映っている。

 

 「・・・何で剣さんは・・・ここまで協力してくれるんですか?」

 

 心の中で渡戸の言葉を信じると決めたにも関わらず、人の過去に踏み入るという罪悪感が再び大きくなり始め、どうしてここまでして全てを教えてくれるのか俺は分からなくなり始めた。

 

 「協力も何も、“兄弟で家族”だったら互いのことを共有するくらい当然のことだろ・・・違うか?」

 

 だが渡戸は俺の中にある迷いを断ち切るかのように、かつて自分の部屋があった場所を見下ろしたまま俺に向けて言葉を投げかける。

 

 「これで俺たち2人が“ショウタとユウト”になれるなら、恐れるものは何もない・・・・・・って俺は思うけどね」

 

 

 

 “じゃあ俺たちが “ショウタとユウトになる”ためにはどうしたらいいと思う?

 

 

 

 

 そうだ。俺は一体何のためにここにいる? “剣さん”が役の為にこうして心を開いて全てを託そうとしているのに、何を俺は弱気になっている?

 

 “この映画を引き受けたが最後、お前はもう二度と“引き下がれない”ぞ・・・それでも引き受ける覚悟はあるか・・・?

 

 ここまで来て目の前の現実から逃げてしまったら、それこそ剣さんや“ドクさん”たちに泥を塗ることになる。

 

 

 

 “覚悟には覚悟で応えるのが・・・・・・役者(おれたち)の術だ

 

 

 

 「・・・聞きたいか?俺が役者になる前の話?」

 「・・・・・・お願いします」

 

 覚悟を決めた憬は、渡戸の目を真っ直ぐ見つめながら静かに頷いた。

 




今年のGWはシフトと執筆で無事終了する模様

※カンヌ国際映画祭の開催時期を改めて考慮したところ、王賀美陸の経歴にかなり無理があったことが判明したため、内容を一部変更しました(5/12:追記)
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