或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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ルリドラゴン・・・・・・よき


scene.43 嵐の前

 夜明けの薄暗い空。降りしきる雨の中、毅は駆け足で傘もささずにマンションの外に出る。その背中には、レインコートを羽織る1歳の男の子がおんぶされながら眠りに就いている。

 

 雨が降り注ぐ夜明けの空の下、毅は誰かから逃れるように駆け足で通りへと足を進める。

 

 「・・・本当にごめんな・・・でもこうするしかないんだ・・・」

 

 背中で眠る自分の子供に懺悔の言葉を吐きながら、毅は偶然通りがかったタクシーに手を挙げる。

 

 雨の降る中で傘もささずに手を挙げる毅の姿を確認したのか、タクシーが毅の元に止まる。

 

 「・・・どちらまで?」

 

 ずぶ濡れの状態で1歳の男児を背中に抱えた男に、タクシーの運転手はやや警戒しながらも行き先を聞く。

 

 「どこでもいいので“施設”まで行ってください」

 「施設って・・・」

 「とにかく出してください!」

 「・・・分かりました・・・!」

 

 切羽詰まった表情のまま毅は1歳の赤ん坊を背中から座席の方に下ろしながらタクシーの運転手に“施設”まで向かうように急かす。その異様な毅の様子に押されるように、運転手はタクシーのドアを閉め、タクシーはある場所へと向かって行く・・・・・・

 

 

 

 午前7時40分。雨が“一滴も振っていない”曇り空の下、演出付け込みのリハーサルを含めて午前5時前から行われていた過去パートのワンシーンの撮影はどうにか國近の予定していた時間ギリギリで終わった。

 

 

 

 

 

 

 「リアリティーに拘るドクちゃんが“雨降らし”なんて効率のええやり方をするとは、時代は変わったな」

 

 早朝の撮影を終え、スタッフ陣と共に行っていた撤収作業を終え一呼吸を置いていた國近に、毅の衣装から私服に着替え終えた紅林が気さくに声をかける。

 

 「前の映画(ヤツ)でマジの“雨天決行”をしたらエライことになったからな・・・」

 

 ちなみにこのシーンの撮影は“雨降らし”という撮影方法で行われた。理由はただ1つ、最も効率的な方法で“雨を降らせる”ことが出来るからだ。

 

 ついでに補足すると、先ほど紅林が背負っていた1歳の赤ん坊も精巧に作られた“フェイク”である。流石に本物の1歳児を雨でびしょ濡れにしても構わないという親が誰一人としていなかったということは、言うまでもない。

 

 「いくらリアルを追求するとはいえ、自重するところは自重すべきだってあの時に学んだよ」

 

 

 

 『ノーマルライフ』の撮影時、主人公のミライと誘拐犯の男が監禁先のアパートを特定した警察から逃れるために人里離れた森林の中にある空き家の古民家まで逃避行する場面で、雨が降りしきる森林を2人で古民家を目指して歩みを進めるというシーンがあり、國近は“雨”に拘るあまり天気予報から逆算してわざと雨の強く降る日に撮影を強行するという手段に出た。天気予報が的中したことにより撮影自体は一日で終わり、当然雨が降ることを前提にしていた撮影のため万全な雨対策を施しての撮影だったが、降りしきる本物の雨の中での撮影は過酷を極めた。

 

 “「こんな非効率で危険な撮影はもう懲り懲りだ」”

 

 その過酷さは撮影を終えた後、撮影監督として既に経験豊富だった寿一も思わずそうボヤくほどだったという。

 

 

 

 「当たり前や。あの時に主演の身になにかあったら、ワイらは事務所からとっくに訴えられてただろうからな」

 「アレ?誠剛さんその映画出てなくね?」

 「あ、バレた?」

 「普通にバレるわ」

 

 撤収作業の終わった撮影現場を『ノーマルライフ』の撮影(ロケ)に思いを耽させながら眺める國近に、『ノーマルライフ』には一切関わっていなかった紅林が小ボケをかまし、それに國近が気怠そうにツッコむ。

 

 「しかしながら今にして思えばあんな大手芸能事務所がよく承諾してくれたもんやな」

 「・・・あぁ、しかも児童劇団から今の事務所(ホリエプロ)に入って最初の仕事があれだからな。ついでに言っとくと、あれは牧静流本人からの逆オファーだったんだぜ?」

 「ホンマか?それ?」

 

 そんな牧がオファーを引き受けた経緯を当然ながら知らない紅林に、國近がその経緯を説明する。

 

 

 

 『ノーマルライフ』が企画された時点での國近は29歳の時に公開された長編デビュー作が一部の業界人の目に止まってはいたが、國近自身は依然として業界内ではドキュメンタリーディレクターという立ち位置で見られており、それは芸能事務所の関係者からも同じだった。

 

 “あの牧静流が?・・・冗談だろ?”

 

 このような背景もあり、当時“天才子役”として飛ぶ鳥を落とす勢いがあり大手芸能事務所(ホリエプロ)へ移籍し更なる飛躍が期待されていた牧静流から、事務所を通じて“是非ともあなたの作品に出させて欲しい”というオファーが直々に来たことに國近自身も驚きを隠せなかった。

 

 “確かに牧静流(コイツ)は同世代の天馬心と共に、従来の子役上がりとは一線を画す芝居とセンスを持っている・・・”

 

 子役としてメディアに出るようになった頃から、牧の演技力は他のどの子役と比べても群を抜いていた。その演技力を武器に彼女は、同時期に活躍していた同じく子役上がりの元俳優・天馬心と共に日本の芸能界における“子役”の敷居を一気に押し上げた。

 

 “・・・だが・・・牧静流(コイツ)の芝居は“出来すぎ”ている・・・”

 

 誰が発端かは知らないが、牧はメディアから“第二の星アリサ”と呼ばれるようになっていた。だが、星アリサと牧静流の芝居の本質は全くもって“正反対”であるのは会う前から知っていた。

 

 これを例えると、星アリサが生粋の天才であるとするなら、牧静流は“作られた”天才ということだ。正直、俺はそういう“型にはまりきった”役者が今でも一番嫌いだ。

 

 「最初に言っておくけど、俺はあんたを子供扱いなんてしねぇからな。俺の映画に出たことでその順風満帆なキャリアが汚されようが、責任は取れないぞ?」

 

 オファーの件で事務所に出向いた時、俺は隣にマネージャーがいようが関係なく牧に敢えてきつい言葉をぶつけた。無論これは、彼女の“役者としての覚悟”がどれほどのものなのかを確かめるためだった。

 

 「・・・何黙って俺の目をずっと見てんだよ?黙ってたら何も分からねぇだろ?」

 

 そういった具合で脅しをかけると、牧は黙ったまま俺の視線を1ミリも逃さないほど凝視してきた。その視線に、俺は久しぶりに心の底から恐怖にも似た感覚を覚えた。

 

 「・・・周りの大人たちは私のことを“天才”だとか“将来は大物女優”だとか言って勝手に褒めてくれるけど、私のことを包み隠さずに“視てくれた”のは國近さんが初めてだよ」

 

 そして俺を凝視したまま、牧は11歳の少女とは思えないほどの大人びた台詞を吐きながら自分の思いを訴えかけて来た。

 

 

 

 “「・・・もういい加減、“天才子役(作りもの)”は卒業したいの・・・」”

 

 

 

 俺の眼を凝視して牧が放ったこの一言は、紛れもなく“ホンモノ”の役者が心の内に秘めている“感情”だった。

 

 

 

 「いやそれドクちゃんが逆に惚れただけやないかい」

 

 國近からの話を一通りほど聞いた紅林は揶揄い半分にツッコみを入れる。

 

 「惚れたわけじゃねぇ・・・ただ(アイツ)がまだまだ“未完成”な役者(ヤツ)だったことを再確認できたってだけの話さ」

 

 紅林からのツッコミに、國近は冷静に言葉を返す。

 

 結局あの時に牧の覚悟を確かめて主演としての起用に踏み切った國近の選択は功を奏した形となり、國近は『ノーマルライフ』で映画監督としての地位を確立した。

 

 「でも我ながら大正解だったよ。牧静流を起用したのは」

 「・・・さよか」

 

 自分の采配を控えめに自画自賛する國近を見て、紅林はほくそ笑みながら呟くように言葉をかける。

 

 「・・・それやったら憬君も無事にそうなってくれるとええよなドクちゃん?

 「・・・どういう意味だ?」

 

 その如何にも意味ありげな言い方に、國近は疑念を向ける。

 

 「ってアレ?随分おとろしい顔しとるやないか?」

 「そりゃあこんな風に“如何にも”って雰囲気出されたら疑ってかかるのが人間の(さが)だからな」

 「あぁいやいや今のは全部ワイの小芝居やから気にせんといて!」

 「こんな下らないことに自分の演技力を使わないでくれるかな誠剛さん?」

 「も~さっきからノリ悪いなドクちゃんは」

 

 その場しのぎの小ボケをかまして誤魔化したが紅林もまた、俺と同様に撮影を通じて夕野に起こっている“変化”に気が付いている。いや、恐らくそのことは共演者はおろか黒山を始め現場にいる殆どの人間が何かしら勘づいているだろう。

 

 「・・・大した話やない。ワイはただ、日に日に憬君の芝居の精度が上がっとるなと思っていてね・・・」

 「・・・そうだな」

 

 ロストチャイルド(この映画)で夕野がクランクインしてから1週間。夕野の芝居は、日を追うごとにその精度と没入が増してきている。この1ヶ月強で、共演者との距離感を意識した芝居を自分の中に取り入れたことで“あのドラマ”の時と比べ物にならないほど“演じる”のが上手くなり、安定感も出始めた。

 

 「恐ろしい子や・・・あれは芝居を始めてたった数ヶ月程度の人間が()れるような芸当やないで。ある意味剣君(主演)よりも“主演”やぞありゃ」

 「・・・稀にいるんだよなぁ、作り手の予想を軽々と超えていくような役者(ガキ)

 「ほんまは全部予想しとった癖によぉ言うわ」

 

 とはいえ元から持ち合わせている素質の高さはオーディションの時点で既に分かり切っていたこともあり、本音を言うと現時点では俺の中で想定の範囲内に収まっている。

 

 「・・・今のところはな」

 

 それはあくまで“現時点”での話だ。夕野は今、明日に撮影をするフラッシュバックの場面、もとい母親のリョウコを照準にしてユウトの感情に入り込んでいる。その後に実の母親であるリョウコを探しに行くためには、確かに必要な感情である。

 

 「でも・・・明日以降は何とも言えねぇ」

 

 生まれたばかりの赤ん坊が“たった1,2年”で大人の何倍ものスピードで急成長していくように、伸びしろしかないガキは時として想定以上の成長を見せつけてくることもある。

 

 役者は常に未完成であり発展途上であるからこそ化け続けることができ、俺たちは映画を撮る甲斐というものを肌で感じることができるものだ。

 

 

 

 “その為だったら、“既存のものを壊す”ぐらいの覚悟がなければだめだ

 

 

 

 「・・・・・・ひとまず今回ばかりは“ミチルちゃん”に感謝やな」

 

 明日以降は予想できないと一見不吉そうな言葉を呟きながら意味深な笑みを浮かべる國近に、紅林が同じような笑みを浮かべ言葉をかける。

 

 

 

 “『なるべく夕野君()とは距離を置きたいんです。出来れば一切コンタクトも取りたくないくらいに・・・』”

 

 

 

 「・・・そうだな。正直なところ悔しいが、夕野(アイツ)がこの短期間であそこまで化けることができたのは紛れもなく入江さんの力が大きいだろうよ」

 

 顔合わせの前日にミチルから彼女の行きつけのギリシャ料理店に呼び出された時にお願いされた言葉を、國近は思い出す。憬にはまだ知らされていないがミチルが憬のことを露骨に避けていたのは、全て自身(リョウコ)の役作りのためだった。

 

 「とは言うてもミチルちゃんはまだ憬君のことを認めてへん感じやけどな」

 「あぁ・・・それは俺が誰よりも知ってる」

 

 もちろんこれらの話を、憬本人に打ち明けるつもりは2人にはない。

 

 「念のためだが、夕野には最後まで黙っていてほしい」

 「おう、心配すな」

 

 隣で念を入れる國近に紅林は肩を一回軽く叩いてそれに答えると、そのまま「ほなおつかれさん!」と元気よく挨拶の言葉をかけて現場を後にしようとする。

 

 「そうやドクちゃん!」

 

 そして数歩ほど歩いたところで、紅林は何かを思い出したかのように國近の方に振り返り名前を呼ぶ。

 

 「・・・明日の撮影・・・・・・うまくいくとええな・・・

 「・・・・・・そうだな・・・わざわざ気にかけてくれてありがとよ、誠剛さん」

 

 直後に発せられた紅林からの言葉に國近は一瞬だけ“不穏”な予感を感じ取ったが、すぐにその激励を素直に受け入れた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日_神奈川県横須賀市_旧野比高校_

 

 「・・・やめろ・・・やめろ・・・!」

 

 クラス内で起きた些細な喧嘩の最中、相手に首を絞められた直後にユウトは突如呼吸を乱し、緊迫した様子で “何かに”怯えるような目線を周囲に向ける。

 

 「・・・なんで・・・どうして・・・?!」

 「・・・お、おい?どうした宮入?」

 

 その尋常ではない怯えに、野次馬の生徒たちはおろかユウトの首を絞めたクラスメイトのケンジすらも困惑を隠せない。

 

 「・・・・・・母ちゃん・・・・・・」

 

 そしてユウトは力なくそう呟くと、その場で気を失った。

 

 

 

 「ハイOK・・・よし、じゃあだいたい今のような感じのままプラス“2割増し”でもう一度リハ通すぞ」

 

 ユウトが気を失うと同時のタイミングで國近がリハーサルを止める。

 

 「・・・・・・了解です」

 

 そして外野から聞こえてきた監督の言葉が耳に入り憬はムクっと起き上がると、その数分後に國近からの助言を元に先ほどよりも“2割増し”でユウトの感情に入った状態で同じシーンのカメリハをこなす。

 

 こうして横須賀市にあるハウススタジオとして改装された旧野比高校の校舎内で行われている『ロストチャイルド』の撮影は、何のトラブルもなく今日も順調に進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 「・・・久々に見たぜ・・・あの“若さ”であそこまでメソッドをものにしている役者っていうのは・・・」

 

 スタッフに指示を出しながらこの後の本番に向けて共に最終調整を行っていた寿一に、國近は呟くように話しかける。無論、國近の言う“若さ”というのは年齢という訳ではなく、“芸歴”のことである。

 

 「今は取り込み中だ、悪いがそういう話をしたければ撮影が終わった後にしてくれ」

 

 いきなり私語を挟んで来た國近に、一回り年上の寿一は苦言を呈す。

 

 「・・・いや、どうしても本番の前にちょっとだけ寿一さんの感じてることを確認しておきたい・・・って思ってね」

 

 そう小声で寿一に言うと、國近は一旦窓の外から教室を照らす照明のコントラストを僅かに下げるよう指示を出す。

 

 「・・・夕野のことか?」

 「あぁ。寿一さんは勘が鋭くて助かるよ・・・」

 

 

 

 「大丈夫か?夕野?」

 

 スムーズにユウトの演技をしてもらうために本番の5割、7割の力を入れた状態で段階的に感情移入させながらのカメリハを行う直前、俺はまだ“オフ”の状態だった夕野に話しかけた。

 

 「大丈夫です、余裕です」

 

 俺からの言葉に、夕野は自信満々な表情でクールに答えた。

 

 「・・・随分自信があるみたいだな・・・」

 「・・・自信っていうか、今ユウトを演じられるのは俺だけですから」

 

 初日の撮影以降、夕野(コイツ)の役の理解度からくる“根拠のない自信”というものは膨れ上がり続けていて、初めて顔を合わせた時の“シャイな中坊”の面影はほぼ無くなってきている。夕野の変わりように何がコイツをそうまでさせるのか、その根底にあるものは明らかだ。

 

 「ならとにかく好きなように()れよ。“本気(マジ)”でぶっ倒れるなんて真似されたら俺は御免だけど」

 「・・・はい」

 

 返事を終えると、夕野はゆっくりとユウトの人格に乗り移るかのように心の中のスイッチを“オン”にしてカメリハに臨んでいった。

 

 

 

 「・・・本番前に不吉なことはなるべく言いたくないが・・・・・・今の状態が続くのは“危険”だな・・・」

 

 カメラ割りの最終チェックを終えた寿一が、國近へ静かに忠告をする。

 

 「そうか・・・・・・やっぱり寿一さんもそう思っているか・・・」

 

 だが寿一からの忠告に國近は半笑いで答えると、

 

 「・・・恐いよなぁ、たった一人の“母親(オンナ)”のためにここまで本気になれるなんてよぉ、ほんとガキの成長には驚かされてばかりだぜ」

 

 とまるで他人事のような一言を寿一に返す。

 

 そんな様子の國近を見て企みを察した寿一は、全てを悟った上で敢えて目の前にいる國近に真っ直ぐに視線をぶつけて再度忠告をする。

 

 「・・・“監督”・・・どういう事情があるかは知らんが・・・これ以上夕野(あいつ)を“追い込ませて”いたら近いうちに“限界”が来る

 

 “今の状態”になっている夕野の心の中にある自信は“ホンモノ”なのか“ハッタリ”なのか、それはレンズ越しでも十分に伝わってくる。こうやって25年もカメラを回していれば、嫌でも被写体の動きに加えて“感情”をも読めてしまうのだ。

 

 その自信が紛れもない“ホンモノ”であればあるほど、何かの拍子にへし折れるリスクも高まる。

 

 「・・・下手したら全てを撮り終えるまで耐えられる保証もできないぞ

 

 夕野の芝居に入った時の集中力の高さは“異常”なほどに高く、もちろんそういう類の役者をこれまでに何人もレンズに収めてきたが、“この若さ”でここまでのメソッドを持ち合わせた役者を相手にするのは初めてのことだ。

 

 故に、“今の状態”になっている夕野は諸刃の剣も同然であまりに油断ならない。

 

 「・・・それぐらいの覚悟は俺も夕野(アイツ)もとっくに持っているさ・・・」

 

 しばらくの沈黙ののち、國近は寿一の目を真っ直ぐに捉えて覚悟を述べる。

 

 「だから俺はユウトの役に夕野を抜擢した

 

 追い打ちを叩かれる前に自らが叩き込むように、國近は眼をギラつかせながら言い放つ。

 

 この眼を見た瞬間、寿一はこの男は何があろうと憬を“好きに()らせる”ことを止めるつもりはないと言うことを察した。

 

 「そうだったな・・・・・・お前さんは“そっち側”の監督(人間)だからな・・・」

 

 

 

 “『映画監督っていう生き物は大きく分けてふたつの人種に分けられる。ひとつはありふれたものしか撮らないが人の道を重んじて人を大切にする生き方を選んだ映画監督(やつ)。そしてもうひとつは・・・誰も見たことのないものを撮るがそのためだったら人の道を外れることを厭わない生き方を選んだ映画監督(やつ)だ・・・』”

 

 

 

 撮影監督として独り立ちして間もない頃、1つの映画を通じて製作を共にしたある映画監督が言っていた言葉を寿一は思い出していた。

 

 どちらが正しくてどちらが間違っているという答えはない。映画監督、ないし演出家が作品を創作する過程で演者の心を壊してしまうことは“御法度”だ。

 

 だが演者のまだ知らない新たな顔を撮るためには、時として人の道を外れる勇気と覚悟を演出家は肝に銘じなければならない。

 

 少なくとも國近独という映画監督は、紛れもなく後者の生き方を選んだ映画監督(やつ)だ。

 

 

 

 「全く・・・映画監督っていう生き物はつくづく呪われているな

 「あぁ・・・・・・おかげさまで常に“死と隣り合わせ”で嫌になるよ」

 

 互いの捨て台詞を合図にするように國近は待機室となる教室へ一旦戻っていった憬や生徒役の役者を呼ぶよう手隙のスタッフを促し、寿一はカメラの最終調整を済ませた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 一方ほぼ同時刻、撮影が行われる教室の隣に用意された待機室の教室内で憬を始めとした生徒役のキャスト陣が本番を前に最後の休憩をしていた。

 

 “・・・リハーサルでアレとかヤバすぎるだろ・・・”

 

 だが本番を待つキャスト陣の視線はある1人の男に向けられ、教室には嵐の前の静けさのような独特な空気が流れていた。

 

 “・・・こういうやつが大物(スター)になるんだろうな・・・”

 

 窓際の席に座り無言でボーっと空を眺める憬に、周囲の視線が集中する。まだまだ無名で名の知られていない新人が見せつけた芝居は5割7割でも衝撃を与えるには十分なものであり、様々な感情が入れ交じった幾つもの視線が憬には向けられている。

 

 “・・・・・・”

 

 だが当の本人はそんなことなどつゆ知らずで、無心になったまま窓の外に広がる曇り空に目をやり続ける。

 

 「夕野・・・だっけ?」

 

 そんな中、1人の生徒役が空を見つめる憬に声をかける。

 

 「・・・・・・そうですけど?」

 

 本番を前に一旦ユウトの感情を排除して何も考えずに空を眺めていたところに、喧嘩の末に首を絞めたことでユウトがフラッシュバックを起こすきっかけとなる生徒・早瀬賢史(はやせけんじ)(ケンジ)役の狩生尋(かりうひろ)にいきなり声をかけられ、憬は一瞬だけ状況が掴めず反応が遅れる。

 

 「1つだけ聞きたいことがあんだけど?いいかな?」

 

 撮影以外で面と向かって話したのは最初の読み合わせの時に一言だけ挨拶したくらいだが、年齢も近く芸歴もエキストラや幼少期の“ショウタとユウト”を除くと出演者の中では憬と共に芸歴1年足らずの狩生のことは、人の名前を覚えるのが苦手な憬でも名前と顔は把握していた。

 

 「・・・今の夕野は“ユウト”か?それとも“お前自身”か?」

 「・・・今は“自分”です。“ユウト”の感情は外してます」

 

 開口一番、あまりに抽象的で直接的なことを聞かれてまたしても憬の反応が鈍る。この返答が正解なのかは分からないが、今ここにいる自分は紛れもなく“俺自身”であることを憬は狩生に伝える。

 

 「そっか・・・悪い、せっかく集中してたところを邪魔したな」

 「・・・狩生さん」

 

 憬からの返答を聞くと、狩生はいきなり話しかけたことを詫びて自分の座っていた席に戻ろうとするが、今度は憬が狩生を呼び止めて最後の確認をする。

 

 「ん?」

 「・・・俺はちゃんとユウトになれてますか?」

 

 ケンジという役はこの後の喧嘩とその後の家出をきっかけにユウトの置かれている事情を知り、物語の終盤には良き理解者となる『ロストチャイルド』の物語上ではある意味キーマンとなるような役柄だ。

 

 「・・・なんで俺に聞く?そんなの監督に聞けば済む話だと思うけど?」

 

 役に入り込めているということは、相対する共演者にも己の演じる感情がしっかりと伝わっているということ。つまりそれを確かめるには、監督よりも近くで対峙する共演者に直接聞くのが手っ取り早い。

 

 「いや・・・ケンジを演じているのは狩生さんだから、“ケンジの感情に入り込んでいる時に俺はユウトに見えているか”っていうのは狩生さんにしか分からないはずなんで」

 

 何の悪意もなく、ただ自分が“ユウト”をちゃんと演じられているかを確認した憬を見つめる狩生の眼に、一瞬だけ野心に似た感情が宿る。

 

 “・・・自分が出来るなら周りも出来て当然ってか・・・・・・“Exciting(おもしれぇ)”・・・”

 

 「・・・出来てんじゃね?少なくとも“ユウト”になってる時の夕野はシバきたくなるくらいムカつくし」

 「・・・そっか・・・ありがとうございます」

 

 衣装の制服のポケットに手を突っ込んだ姿勢でややぶっきらぼうにそう答えると、憬はそれに真っ直ぐな目を向け感謝を込める。

 

 「じゃあよろしくな・・・・・・俺もガチでやるから

 

 

 

 最後に捨て台詞の激励を言うと狩生は今度こそ自分の座っていた席へと戻る。その瞬間、待機室の教室全体の空気がほんの一瞬だけピリついた。




週刊少年ジャンプで新連載をやらせてもらってます、龍と人間のハーフ、その名も、ルリで~す!

朝起きたら、頭にツノ2本、ルリで~す!

クシャミしたら、口から火出た、ルリで~す!













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