或る小説家の物語   作:ナカイユウ

53 / 145

1人だけで寂しく切り盛りするのも悪くはないけれど、やっぱりみんなでワイワイ投稿し合うほうが100倍楽しい


scene.48 高円寺ラプソディー Ⅱ

 2018年3月下旬_東京都杉並区高円寺_

 

 高円寺の環状七号線沿いに建てられた劇場で、巌裕次郎が主宰を務める劇団天球はこの日も稽古を行っていた。

 

 「何の前触れもなくいきなり目の前に現れやがって。ハイエナか黒山?」

 「あ?誰がハイエナだ?ただのキャスティング目的の見学だ。真っ当でしょうが」

 

 そしてこの日、各自で自主練を始めている団員たちを音響調整卓や照明機材などが鎮座する2階から静かに眺める巌の隣には“招かねざる客(黒山墨字)”も来ていて、共に団員たちの自主的な稽古風景を観察していた。

 

 「お前がこんなところに顔を出す理由は大体察しはつく・・・だが、そう簡単にここの連中は渡せねぇよ」

 「そんなの百の承知ですよ・・・つっても、やっぱり俺の映画と舞台役者は相性が悪い。邪魔しましたね」

 

 だが墨字はほんの10分ほど稽古の様子を観察しただけで、そそくさと劇場を後にしようとする。

 

 「何だもう帰るのか?」

 

 舞台役者というものは1つの舞台を通じて、己の感情をダイレクトかつ的確に壇上から客席に座る観客へと伝えることで観客と役の境目をなくし“物語を共有”する。そうすることによって観客は壇上に立つ役者の感情に移入し、作品の世界へと没頭していく。

 

 一方で映画はカメラが役者に直接寄り添ってくれることで、役の内面だけに集中していてもかえってそれが武器になる。逆に言えば舞台のように“1対1000”で観客へ感情を伝えようとすると“1対1”を求められる映像では放たれる感情のバランスが許容範囲を超えてチグハグになり、悪い意味で世界観(レンズ)から浮いてしまう。無論、その逆も然りだ。

 

 「あぁ・・・“もしかしたら”と可能性を探ってみたけど、どうやら今回は俺とおたくの連中との縁はなかったみたいだ」

 

 確かに“観客への意識”は映画だろうが舞台だろうが役者においては絶対に必要な能力ではあるが、やはり彼らの求める芝居というものは“俺の撮りたい映画”と相性が悪い。

 

 

 

 “もしかしたら女優時代の星アリサに限りなく近い原石が1人はいることを期待してここへ来たが・・・・・・どうやらそれは単なる俺の高望みだったようだ・・・

 

 

 

 「いつまで星アリサの幻影を追っている?

 

 そんな俺の心情を汲み取ったのだろうか、巌さんは劇場を後にしようとした俺をピシャリとした口調で呼び止めた。

 

 「・・・悪いか?」

 「別に悪いとは言ってねぇだろが・・・・・・だが、そいつはあまりに無謀な話だ」

 

 無謀な話。巌さんのその言葉に異論は全くない。星アリサのような歴史に名を残すほどの才能なんて一生に一度出会えるかどうかだ。

 

 「まるで透明な水のように何色にも染まってしまう・・・放っておいたら2度と戻らないほど黒く濁ってしまう・・・」

 

 それでもかつて、俺の知り合いで1人だけ “その領域”に辿り着いた役者(おとこ)がいたが、“その領域”に足を踏み入れた瞬間にアイツもまた役者をやめてしまった。

 

 あれから10年、歴史に名を残すほどの才能を持つ“新星”は未だに現れていない。

 

 「・・・もう出て来ねぇよ。ああいう役者は

 

 もう出てこない。巌さんは自らが手塩にかけて育て上げている教え子たちを複雑な感情で見下ろしながら静かに“つよがり”の台詞を吐いた。誰よりも星アリサの才能に惚れ込み、誰よりもその才能を壊してしまったことを悔やんでいるこの男が、そう易々と諦めに似た弱音を吐くとは思えない。

 

 何だかんだで子供(ガキ)の頃から親父に連れられるように“この人”の舞台を観て、“あの人”の下で助監督をしていた時からずっと面識がある“このジジイ”の考えていることは、どんな被写体よりも容易く読み取れる。

 

 

 

 “幻影を追ってんのはお互いさまじゃねぇかよ・・・クソジジイ・・・

 

 

 

 「・・・見つけたらあんたに紹介してやってもいいぜ

 

 巌の心情を察した墨字は、わざとらしく不敵に笑いながら去り際の捨て台詞をぶつける。

 

 「興味ねーよ・・・今の俺にはあいつらがいる」

 「・・・・・・そうだったな」

 

 墨字に心の内を勘づかれたことに気が付いた巌は年甲斐もなく再び“つよがり”の言葉を向け、全てを理解している墨字はそれをすんなりと受け入れ今度こそ立ち去ろうと裏口の通路へと歩みを進めた。

 

 「・・・黒山・・・・・・俺は今年の秋にやる舞台で・・・演出家をやめる

 「・・・!?」

 

 団員にバレないように裏口へ歩みを進めようとした墨字を巌は呼び止める。そして巌から放たれた言葉に、墨字は思わず足を止めて振り返る。

 

 「・・・ってオイオイ、ちょっと待ってくれその冗談は星アリサの引退よりもキツいぜ巌さん?まだ10年はやれるでしょうが」

 「いや、俺は至って本気だ

 

 あまりに突然のカミングアウトに墨字は一瞬の動揺を隠しながら冗談交じりに茶化すが、そんな墨字に巌は淡々とした口調でそれが紛れもなく本当のことであることを告げる。

 

 「・・・本当は“罪滅ぼし”が終わるまでは“この場所”に居座り続けたかったがな・・・」

 「・・・・・・何があった?

 

 

 

 “『俺は芝居で役者としての人生が必要な奴らを救いたい・・・・・・その為ならどれだけ周りに馬鹿にされようが代償でこの手足が千切れようが最期の一瞬まで奴らの“生き様”を見届けなければならない・・・・・・それが“演出家”ってやつだ』”

 

 

 

 そうまで豪語していたこの演出家(巌さん)が、自らの意思で舞台から離れなければならない理由は何なのか。少なくとも“良い話”ではなさそうなのは覚悟を決めた表情を見れば明らかだった。

 

 「・・・誰にも言うんじゃねぇぞ・・・・・・“墨字”・・・

 

 俺はこの日、巌さんから“舞台を降りなければならない”理由を打ち明けられた。

 

 

 

 スターズのオーディションで夜凪と出会ったのは、その一月後だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 2018年9月1日_午後8時_高円寺_

 

 「この店、だったよな?」

 

 夜の8時。低気圧が停滞したせいで昨日の朝方から振り続く雨の中、憬は傘をさし1週間ほど前にトークで交わした墨字からの飲みの誘いで高円寺の商店街にある大衆居酒屋についた。

 

 「・・・案外忘れてるもんだな」

 

 そこそこに年季の入った雑居ビルの一階に鎮座する、オープンテラス付きの居酒屋。黒山曰く、“『お前が役者だった頃は何度もここで俺と酒を飲んでいた』”らしいが、俺の記憶の中にある居酒屋は、もう少しこじんまりとしていた気がする。

 

 単純に俺の記憶違いか、あるいは大胆に改装でもしたのか。いずれにしろ黒山と最後に酒と飯を食らったのはもう10年も前のことになるから、多少なりとも変化があっても仕方のないことなのかもしれない。

 

 「よぉ、おせぇぞ小説家

 

 そうこうしているとオープンテラスの奥にある店の入り口から、見覚えのある顎に無精ひげを生やした男が俺に声をかけてきた。

 

 「悪い。もうちょっとこじんまりした感じだった気がして疑心暗鬼になってた」

 「どこの店だよそれ?・・・まぁいいか、こうやってお前と外で酒を飲むのも10年ぶりぐらいだから勘違いの1つは起きるか」

 「あぁ・・・多分そうだな」

 

 とにかく俺と黒山の記憶の中にある景色は少し違っているが、どうやら場所はここで合っていたようだ。

 

 「さて役者が揃ったところで飲みますか」

 「互いの近況でも話しながらな」

 

 入り口の前で軽く挨拶を交わすと、憬と墨字は居酒屋の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、乾杯」

 「乾杯」

 

 2階へ上がった先にある個室の一部屋で、憬と墨字は10年以上ぶりに酒の席で乾杯を交わす。

 

 「美味いわやっぱ」

 

 ガラスのコップに注がれたビールを一気に流し込んだ黒山が、コップを置きがてらに独り言を漏らす。

 

 「何かさ、誰かと一緒に飲む酒っていつもより美味く感じないか?」

 「本気で言ってんのかそれ?」

 「本気だわ」

 

 実際には店側の徹底した品質管理の下で提供されていることもあって同じブランドでも普段から家で飲むような酒より美味いのは当然のことだが、こうして互いに知れた間柄と交わす酒と料理は思った以上に五感に染み渡る。

 

 案外こういう息抜きも、偶には悪くないのかもしれない。

 

 「でもホントに久々だぜ夕野とこうやって飲むの、いつ以来だっけ?」

 「アレだよ、墨字が“カメラ1つで旅に出る”とか言ってたとき」

 「・・・そんなこと言ってたっけお前に?」

 「覚えてないのか?」

 「もう10年も前のことだ。曖昧になって当然だ」

 「嘘だろ」

 「お前もお前で店のこと覚えてなかったじゃねぇかよ」

 「・・・じゃあとりあえずこれで“あいこ”だな」

 「勝手に畳めんな」

 

 

 

 そんなこんなで2人の酒の席はアルコールとアテとつまみをお供に大した中身のない他愛もない話がしばらく続いて約30分_

 

 

 

 「そう言えばプロットの感想をまだ墨字から聞いてなかったな」

 「・・・あぁ、アレか」

 

 何気ない談笑をしながらタイミングを伺っていた憬が本題を切り出す。

 

 

 

 “『どうせなら直接会った時に感想を言いたい』”

 

 

 

 百城から送られた無防備な感情で眠る夜凪の写真を視たあの日の夜に、黒山からの飲みの誘いに乗るついでで送った第一稿(プロット)。正直言ってあの時はアルコールが完全に抜け切れていなかったこともあってか何の躊躇もなく“ノリ”に近い形で思わず送ってしまったが、それに対する最終的な返事が“あれ”だった。

 

 「本当は完璧な状態に仕上がるまで温存するつもりだったけど、ひとまず現段階での墨字の意見を一度聞いておきたいと思ってね」

 

 あの黒山がこんな回りくどい真似をしてきたのは意外だったが、ともあれようやくプロットの改善点やヒントがこうして得られるわけだ。

 

 

 

 “『真剣よ!!味見してみる!?』”

 “『ねぇ千世子ちゃん、じゃなかったカレン?ここが噂の・・・何だっけ?』”

 

 

 

 そして、夜凪の前に立ち塞がる靄が誰なのかも分かるかもしれない。

 

 「・・・・・・良いんじゃねぇの?」

 「・・・・・・えっ?」

 

 そんな自分勝手な思惑と期待に反して返って来たのは、予想からは少し逸れた返答だった。

 

 「二人芝居・・・将来有望な2人の女優を使うにはもってこいの題材だ。あの百城が舞台に立ったらどうなるかは夜凪以上に未知数なところだが、そんな百城に敢えて真逆であろう内面的な芝居をさせる・・・・・・俺は良いと思うぜ、そういうの」

 「・・・・・・マジで言ってるのか?」

 「マジじゃなかったらこないだメールを送った意味がねぇだろが」

 「・・・そうか」

 

 あまりの呆気なさで逆に疑ってかかる俺に、黒山は真っ直ぐ視線を向けて“マジだ”ということを訴える。他人(ひと)が撮った映画はおろか、自らが描くシナリオにすら一切の妥協をしない黒山のことだからまだまだ不完全なこのシナリオは当然“こんなものじゃ駄目だ”とこき下ろしてくるものだと思っていたから、良くも悪くも裏切られた気分だ。

 

 「・・・何だ?不満か?」

 「いや・・・不満も何も・・・・・・このシナリオはまだ“未完成”で終わりも見えてないものだ」

 「そんなもの見れば分かる」

 

 そもそもこのシナリオが最終的に何処へ向かい、何処へと着地するのかも決まっていない。そんな未完成な代物を突きつけられても、なぜこの男は文句の1つも言わないのか。

 

 「・・・もう一度聞く・・・・・・墨字はこれを本当に“良いシナリオ”だと思って言ってるのか?」

 「当たり前だろ。こう見えて俺は嘘吐くやつが大嫌いなクチだからな」

 「それは昔から知ってるよ」

 

 やはり、返って来た答えは“マジ”だった。

 

 「・・・ありがとう。散々にこき下ろされるかと思ってたけど、そんなに気に入ってくれているんなら良かったよ」

 「何言ってんだよ、俺の映画にはお前の脚本(シナリオ)が必要だからな。お前が好きなように手前の物語(生き様)を書いてくれたら、それを俺は映画として昇華させるまでだ」

 

 

 

 “『お前の脚本(シナリオ)じゃなきゃ駄目なんだ』”

 

 

 

 黒山の構想する“大作映画の始まり”となったあの言葉の意図が、ここに来て再び分からなくなり始めた。

 

 

 

 “『真剣よ!!味見してみる!?』”

 

 

 

 “・・・夜凪景・・・・・・彼女の感情が・・・・・・俺の心を搔きむしる・・・

 

 

 

 「・・・ならこのままシナリオの続きを書くにあたって、墨字に聞いておきたいことがある」

 

 墨字からの本心を聞いた憬はコップの中に残っていたビールを飲み干し、一番の本題をぶつける。

 

 「・・・シチューのCMを撮影していたとき、夜凪は誰のことを思い浮かべながら“カレーライス”を作っていた?

 

 カメラの先にいたのは、“仕事から帰ってくる父親のために生まれて初めてキッチンに立ちシチューを作る少女”を演じる1人の少女。厳密に言うと彼女はあの時、父親のためではなくそれに代わる誰かのために“生まれて初めてカレーライス”を作っていた。

 

 「・・・なんでそんなことを俺に聞く?」

 

 それが夜凪なりのメソッド演技だということはすぐに分かった。それが夜凪景という少女の人生であることも分かった。全てを分かっていたつもりだった。

 

 

 

 “・・・そんな夜凪景(彼女)の“無防備な感情(寝顔)”を視るまでは・・・

 

 

 

 「・・・夜凪景の背後にあるバックボーンを知りたい・・・・・・夜凪(彼女)はあの時、誰のことを思い、誰のために“カレーライス”を作っていた?・・・この先の脚本(シナリオ)を書くためにどうしてもそれを知る必要が俺にはある

 

 生気に満ちた(ギラついた)目で静かに言葉を紡ぎながら語る憬の表情を吟味するように見つめると、墨字は頭の中で考えていた1つの言葉で憬に問いかける。

 

 「だったら直接聞くか?」

 「直接・・・・・・」

 

 墨字からの一言に、憬は思わずそのまま考え込む。

 

 

 

 “『夕野、最後に1つ頼みがある・・・・・・脚本(シナリオ)ができるまでは夜凪とは会わないで欲しい・・・これだけは絶対に守ってくれ・・・』”

“『・・・それは何か重大な理由があるから俺にそう言っているのか・・・?』”

 “『・・・・・・そうじゃなかったらわざわざお前には言わねぇよ・・・・・・』”

 

 

 

 「いや、確か墨字、CM(メイキング)を見せた日の帰り際に“脚本(シナリオ)が出来上がるまでは夜凪には会うな”って言ってなかったか?」

 「あ?・・・あぁ、言われてみれば言ってたなそんなこと」

 「俺に向かって結構ガチな感じで言っていた癖にあんたはそれを忘れるのか?」

 「わるいわるい」

 「これで俺の2勝だ、ざまぁみろ墨字」

 「さっきのやつまだ引っ張ってたのかよ(・・・そういやコイツ酒が回ると精神年齢が下がるってのを忘れてたわ)」

 

 右手でピースサインを作りながら2勝したことを嘯く酔いが回り始めた憬を、墨字は何とも言えない感情を抱きながら見つめる。

 

 「・・・俺が夕野にそう言ったことはともかく、とりあえず酔いが完全に回る前に言っておくほうが良さそうだな」

 「何だよ墨字ぃ?もったいぶらないでさっさと教えろよ墨字ぃ」

 「(こりゃあマジで早く言わないと“二度手間”になりそうだ・・・)・・・ホントお前は酒が回るとめんどくさくなるよな」

 「何が?」

 「何でもねぇ独り言だ」

 

 ついに普段の冷静かつクールな口調が崩れ始めた憬に、墨字は夜凪の抱えている事情を話し始める。

 

 「・・・・・・夜凪(あいつ)には母親と双子の弟妹(きょうだい)がいるんだが、数年前に母親を亡くしてからはその母親に代わって弟妹の面倒をあいつはたった一人でずっと見続けて来た・・・・・・

 

 

 

 “それまでずっと料理を作ってくれてた人が突然いなくなって、弟妹が毎日泣いてて、私は2人に笑って欲しくてお母さんがよく作ってくれたカレーを作ろうと思って・・・包丁なんて初めて持ったから、2人とも心配そうに私を見ていて・・・・・・とても痛かったけど2人が泣くといけないから、笑ってごまかしたの・・・・・・

 

 

 

 「・・・・・・で、結局そん時に指を切ってまで苦労して作ったカレーは見事に焦げちまったってワケさ」

 「・・・・・・そうか・・・・・・夜凪が今まで生きるために使ってきた感情は・・・・・・弟妹(きょうだい)を幸せにするためにあったのか・・・

 

 回り始めていた酔いから一気に覚めるかのように、憬は目を見開き余分な興奮(呼吸)を整えながら静かに言葉を紡ぐ。

 

 「・・・ありがとう墨字・・・・・・感謝する・・・

 「・・・・・・どうやらシナリオへのヒントは見つかったみたいだな

 

 シナリオの続きへと繋がるであろうピースを手に入れて軽くハイになりかけている憬に何とも言えない感情のこもった微笑みを墨字は向けると、ポケットから1枚のチケットを憬へと手渡す。

 

 「・・・これは何だ?何かのチケットか?」

 「今月末に上演する舞台のチケットだ。ここに夜凪も出演する」

 「・・・あぁ、銀河鉄道か」

 

 今月末に銀河劇場で上演が予定されている巌裕次郎演出の最後の舞台『銀河鉄道の夜』。この舞台で夜凪は劇団天球でもない“無名の新人”ながらカムパネルラという大役に抜擢され、早くも一部の界隈では“カムパネルラ役の女優は何者なのか”と話題になっている。

 

 無論これらは全て、墨字による策略であることは言うまでもない。夜凪が女優として誰にも負けないくらいの“強い心(プライド)”を手に入れるには、巌裕次郎の舞台が必要不可欠だからだ。

 

 「でもいいのか?墨字曰く俺は夜凪(彼女)とは会っちゃいけないんだろ?」

 「別に夜凪の顔すら視界に入れるなとは言ってねぇよ・・・ついでにもう一枚あるけどそいつを使って適当に “女”の1人でも誘って気軽に観るのもアリだぜ?久しぶりの舞台」

 「いや、元々こういうのは基本1人で鑑賞する派だから1枚あれば十分だ。それにそんなことして“どっかの誰か”のように熱愛スキャンダルになるのだけは御免だよ」

 「ハハッ、確かに」

 

 憬の言う“どっかの誰か”が誰のことを指しているのかを、墨字も当然ながら瞬時に理解して2人は真剣な話題から再び談笑に入ろうというタイミングで、憬は脳裏にふと浮かんだ疑問をぶつける。

 

 「・・・・・・そういや父親は何処にいるんだ?」

 「父親?どういうことだ?」

 「夜凪の父親だよ

 

 

 

 “『・・・俺が初めて父親に料理を作ったことを思い出せと言ったら、『父親に料理を作ったことがなかったから“戻るべき過去”がない』と言ってきた・・・』”

 

 

 

 「・・・・・・危うく一番重要なヒントを貰い損ねるところだったよ。父親は今どうしてる?約束を守る代わりにこれだけは教えて欲しい

 

 “小説家として”1つでも多くの“ヒント”を得るために紅い瞳をギラつかせながら父親の存在を問う憬の感情を視た墨字は、“心を決めて”父親の存在(こと)を憬に打ち明ける。

 

 「・・・あいつの親父は家を捨ててどこかへ消えてるよ。つっても仕送りだけは送ってるらしいが、当の夜凪は“あいつのお金は使いたくない”っつって1円足りとも親父の金に手を出してない状態だ・・・」

 「・・・なるほど・・・随分冷え切っているんだな」

 「まぁ詳しい事情は俺も知らねぇが、夜凪が親父に対して尋常じゃないくらいの恨みを持っているのは確かだな」

 「・・・・・・その尋常じゃない恨みが死んだ母親や残された弟妹への“愛情”として変換され、自身が女優として必要な“感情”を手に入れる伏線になった・・・・・・ってところか」

 「そいつが正解か不正解かはともかく、シナリオとしては悪くない線だ」

 「ったく、素直に褒めてんのか見下してんのか相変わらず分からないな墨字は」

 「・・・悪かったな」

 

 

 

 “『・・・お前ら3人暮らし?』”

 “『うん。おかーさんは昔死んでー、おとーさんはどっかにいてお金振り込んでくれるんだって・・・でも、おとーさんのお金はイヤだから使わないんだって』”

 

 

 

 “・・・夜凪には遅かれ早かれ、“父親への憎悪”という“感情”と向き合わなければならない時がくる。そして 夜凪が“父親への感情”を受け入れられなければ、俺の映画に必要なシナリオには辿り着けない・・・

 

 

 

 「それでさ・・・・・・夜凪の父親がどんな人間なのかは分かるか?

 

 引き続き夜凪の父親のことを掘り下げようとする憬に、墨字はぶっきらぼうに言葉をぶつける。

 

 「・・・だから詳しい話は知らねぇって言ってんだろ」

 「・・・・・・

 

 その瞬間、2人の間に10秒ほどの不自然な沈黙が流れ、憬は墨字の視線を疑うかのように凝視する。

 

 「・・・・・・何だよ夕野?」

 「・・・どうやら墨字の言ってることは本当みたいだ」

 「・・・当たり前だろ・・・ビックリするわ・・・」

 「悪い、“小さい時”からの癖でつい」

 「・・・・・・はぁ、お前ってやつは“酒”と“スイッチ”が入ると5割増しでめんどくせぇな」

 「墨字はいつもめんどくさかったけどな」

 「ぶち殺されたいんかてめぇ?」

 

 10秒ほどの凝視の末、詮索を終わらせた憬に墨字は思わず安堵の溜息を溢した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「じゃあな、また何か良いシナリオが思いつくか思い詰めるかしたら俺を呼べよ」

 「思い詰めるって極端だなオイ・・・でもひとまず銀河鉄道の夜(今回の舞台)はありがたくシナリオの参考にさせてもらうよ」

 

 酒の席を終えた帰り際に挨拶代わりの会話を交わすと憬は待機していたタクシーに乗り込み、タクシーはそのまま憬の住むマンションの方角へと走り去って行く。

 

 「・・・・・・」

 

 その始終を墨字は、雨の上がった駅前の歩道で傘を片手にただ無言で見つめていた。

 

 

 

 “『・・・その尋常じゃない恨みが死んだ母親や残された弟妹への“愛情”として変換され、自身が女優として必要な“感情”を手に入れる伏線になった・・・・・・ってところか』“

 

 

 

 「・・・まさかな」

 

 すっかり見えなくなってしまったタクシーの走り去った方角へ無意識の独り言を呟くと、墨字はそのまま事務所兼住処にしているスタジオ大黒天へ歩みを進める。

 

 

 

 「暗い夜道を1人で歩くのは危険ですよ、ミスター黒山

 

 

 

 事務所の方向へ足を踏み出した次の瞬間、聞き覚えのある無駄に甘い小生意気な声が真後ろから聞こえ、墨字は思わず立ち止まる。

 

 「・・・・・・何の用だ?天知?」

 「いや~“偶然”ここを通りがかったら“どこぞの映画監督”が夜の街で1人黄昏ているのがこの眼に入りましてつい・・・・・・何なら乗っていくかい?もちろんタダでは乗せませんが」

 「それならそこら辺の酔っ払いでも適当に捕まえておけ、そのほうがよっぽどぼったくれるだろうしな」

 

 神出鬼没に背後から現れ不敵に話しかける天知には目もくれず、墨字は正反対の方角に視線と身体を向けたまま悪態をついてそのまま歩みを進めるが、そんな墨字を天知は再び呼び止める。

 

 「・・・“父親”のことは話したかい?

 

 “不敵な笑み”を外して真面目な表情で話しかけた天知に、墨字は再び立ち止まるとその場で振り返る。

 

 

 

 “『それでさ・・・・・・夜凪の父親がどんな人間なのかは分かるか?』”

 

 

 

 「・・・いま話したところで俺たちには何の“メリット”もねぇだろが・・・

 「・・・・・・やはり君は“タイミングを待つ”選択をしましたか・・・・・・無論、私も同じですけどね」

 「てめぇの選択は聞いてねぇよ、とっとと帰れハイエナが」

 

 墨字からの返答に天知はいつもの“笑み”を浮かべると、「今日は失礼しました」と言って真横の路上に待機していた黒のアウディの後部座席のドアに手をかける。

 

 「天知

 

 後部座席のドアを開けた天知に墨字は意を決したように声をかける。

 

 「・・・俺はあくまで映画監督だ。だからもう余計な詮索はしないことを約束する・・・・・・そのかわりこれ以上“人の頭”ん中を(いじく)るような真似したら

 「全ては“彼の状態”次第だよ黒山。もし仮に今この瞬間“全てを思い出され”てみろ・・・・・・それこそ“僕ら”は夜凪さんもろとも共倒れになって、君の“大作映画”はご破算だ

 

 意を決して声をかけた墨字の言葉を遮り、天知も心の内に秘めている覚悟をぶつけながら反論する。

 

 「・・・・・・分かってんのか天知?・・・お前が今やってることは

 「心配するな黒山・・・・・・いざという時は私が全ての代償を背負う覚悟はできている・・・

 

 天知からの只ならぬ覚悟を目の当たりにした墨字は、もう引き返すことが出来なくなったことを改めて悟った。

 

 「・・・チッ・・・意地でも聞かねぇってか・・・

 

 

 

 天知は俺と同い年(タメ)ながらも既に芸能界において敏腕の芸能プロデューサーとしての地位を欲しいままにし、腹立たしくて仕方がないが実際にプロデューサーとしての腕は超が付くほど優秀ということは認めざるを得ない。

 

 無論、俺が構想している“大作映画”を実現させるには天知(コイツ)がいるかいないかで5年以上の差は出ることだろう。

 

 だが天知という男は、利益と目的を達成するためなら“本当の意味”で手段を選ばない悪名高き守銭奴(プロデューサー)にして、“この手の人間”においては稀に見る正直者だ。

 

 

 

 「・・・・・・私は私のやり方で必ず夜凪さんを芸能界の頂点に導く・・・・・・どんな手を使ってでもだ

 

 

 

 だからこそ俺は天知(コイツ)の企みを利用しつつ、何としてでも夜凪を守らなければならない。

 

 

 

 “せめて撮りたいと思い続けていた映画が完成し、夜凪が名実ともに歴史に名を残す女優として開花する、その時までは・・・・・・

 

 

 

 「・・・・・・間違って潰したりしたら本気で殺すからな

 「・・・御意・・・またどこかで会おう

 

 墨字からの並々ならぬ殺気に天知は心の中でほくそ笑みながら二つ返事で承諾すると、そのまま墨字には目もくれずアウディに乗り込み、天知を乗せたアウディは先ほど憬を乗せたタクシーが走り去っていった方角へと進路を進めていく。

 

 「・・・・・・あーメンドクセェ・・・・・・」

 

 それを見送った墨字は色んな感情が入り混じった苛立ちを吐き出すと、そのままスタジオ大黒天まで歩いて帰った。




近いうちにこれと並行して新連載でも書き始めよーかな・・・・・・でもこれ以上忙しくなるのも面倒だからやっぱりやめよーかな・・・・・・













PS.実は名前を中井悠からナカイユウに改名(というかカタカナになっただけ)しました。てことで改めてよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。