或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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いせおじ延期か・・・・・・おのれコロナ


scene.49 家族

 「ドクさん?」

 

 菅生の車に乗り込み現場を後にした憬を見送った渡戸は、隣で同じく見送る國近に声をかける。

 

 「・・・俺を今日ここへ呼び出したのは“そういう理由”ですか?」

 

 

 

 

 

 

 「あのままじゃ夕野はどこかで壊れる。ごく普通の“精神状態(感覚)”を持つどこにでもいるような奴がメソッド演技を手に入れている状況ほど危なっかしいものはないからな」

 

 あの日のオーディション終わりに、ドクさんは俺に夕野を起用することを前提にした上でこう言った。オーディションの時には芝居の深度が異様に深いくらいにしか感じなかったが、“危なっかしい”と言っていたドクさんの言葉の意味が、この時ようやく分かった。

 

 「じゃあなぜドクさんはそれでも夕野君を選んだのですか?」

 

 それでもドクさんは、数ある中からユウトの役に夕野を選んだ。

 

 

 

 “「・・・・・・力を貸してほしいと頼まれたんだ。海堂さん(おやっさん)から“夕野(アイツ)の心”を“普通の(にんげん)”から“一人の俳優(にんげん)”にするためってよ」”

 

 

 

 

 

 

 「まぁ、7割ぐらいはそうだな」

 

 “そういう理由”が何なのかを直ぐに理解した國近は全く悪びれるような素振りも見せず、隣に立つ渡戸の言葉に答える。

 

 「嫌いになったか?監督(ひと)として?」

 「・・・いえ」

 

 ドクさんがどれだけ夕野が内に秘めている役者としての才能に惚れ込んでいるのかはオーディションの時点で既に知っている。この映画を通じてドクさんは、夕野自身の将来へ投資をするつもりだということも含めてだ。

 

 「俺もそれを承知の上でロストチャイルド(この映画)のオファーを引き受けたわけですから、それについての不満は全くないです」

 「・・・そうか」

 

 この映画における俺の立ち位置は、自分よりも役者としてより良い素質を持つ“1人の新人”が役者として、もとい1人の人間としてこれから成長するために当てられた駒のようなものだ。分かっている。俺は常にスポットライトが当たるような主演より、メインを際立たせるためにその隣で舞台を盛り上げる助演のほうがお似合いだということ。

 

 たった1人で作品を引っ張っていけるような主演俳優として必要な個性や存在感は持ち合わせていないということ。

 

 

 

 “でも・・・・・・

 

 

 

 「でも・・・・・・この映画の主演は俺です。たった1人の新人のために、引き下がるつもりはありません

 

 

 

  “・・・そりゃあそうだよな・・・・・・“巌さんの弟子”が“パッと出の新人(ルーキー)”にやられっぱなしで終わる訳にはいかねぇわな・・・”

 

 

 

 「当たり前だろ。主演(ショウタ)準主演(ユウト)に喰われっぱなしで終わんのは、俺が一番許せねぇ

 

 前に広がる片側一車線の通りを見据えたまま心の内に秘めていた思いを言葉として吐き出した渡戸を横目で見て、國近はわざとらしくムスっとした表情を浮かべて言葉を投げかける。

 

 「・・・それを聞いて安心しましたよ。ドクさん」

 

 そして全ての事情を理解した渡戸が余裕の表情を浮かべながら言葉を返すと、國近は心の中でほくそ笑む。

 

 「・・・渡戸が大口を叩くの、初めて見たわ」

 「俺はただ正直に自分の気持ちを言ってるだけですよ・・・・・・少なくとも巌先生と出会ってからは自分に嘘を吐いたことなんて一度もないです」

 

 

 

 “・・・なぁ、巌のおっさん・・・・・・いい加減俺もアンタの舞台を久々に観たくなっちまったよ・・・・・・すっかり一人前の大人になった“次男坊”と・・・“由高兄(ゆたかに)ぃ”にどこか似ている危なっかしい“末っ子”が俺の前に現れたおかげで・・・

 

 

 

 

 「・・・・・・風が冷たくなってきたな」

 

 その時、西の方角から冷たい風が2人に降りかかった。間違いなくこれは、この後の天気が悪い方向へ変化するという合図だ。

 

 「・・・これは確実に荒れ模様になりますね」

 「だな。本降りになる前にさっさと俺たちもずらかるぞ」

 

 西から迫りくる雨の気配を察知した2人は撤収終わりの立ち話を終え、現場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・雨?」

 

 撮影現場であるマンションの最寄り駅まで残り数百メートルのところで窓の外で雨が降り始め、現場からここまで沈黙が流れていた車内に静かな雨音が流れるのを合図に憬が沈黙を破る。

 

 「天気予報では関東は18時以降に雨が降ると言っていましたので、ほぼ予報通りの天候ですね」

 

 後部座席で呟いた憬の独り言に、運転席でハンドルを握る菅生が反応する。

 

 「・・・・・・マジか」

 

 運転する菅生が放った一言で、俺は傘を持って来ていないことに気が付いた。確か、朝に天気予報を一応は確認していたにも関わらずだ。

 

 「傘、忘れたのですか?」

 「・・・はい」

 

 ここからどうやってできる限り濡れずに帰るかを頭の中で考えるうちに、いよいよ外は本降りになった。

 

 “・・・何でこんな時に限って傘がないんだ・・・”

 

 これから帰って母親に“父親のこと”を聞こうと決意した俺に試練を与えるかように、雨は強くなり雫で窓の先に映る駅前の景色がぼやけ始める。

 

 こういう時にこんな風に不運が起こると、幸先がより一層不安になる。

 

 「私の傘でよろしければ、お貸ししますよ」

 「・・・えっ?」

 

 帰りが不安な俺を見かねたのか、菅生は駅前ロータリー手前の赤信号で車の流れが止まるのと同時に、運転席の隙間から折りたたみ傘を取り出して俺に手渡した。

 

 「いいんですか?」

 「雨に濡れて風邪をひかれたことで万が一3日後に控える撮影を休む羽目になってしまうとなれば、各方面に迷惑をかけることになりますからね

 

 淡々とした律義な口調はそのままに凄まじいほどの圧が後部座席の俺へと押しかかる。せっかくあれだけ覚悟を決めたというのに濡れて帰って風邪をひいて撮影までに治りませんでしたという話になったら、とうとうみんなに合わせる顔がない。

 

 「・・・うす」

 

 当然そんな俺は、申し訳なさそうに相槌を打つので精一杯だ。1つのことに気をかけすぎるあまり他のことが雑になる悪い癖。

 

 「・・・・・・夕野君」

 

 すると運転席でハンドルを握る菅生が少しだけ落ち込み気味な俺に突然語りかける。

 

 「・・・家族たるもの・・・少なくとも1度や2度は本気でぶつかり合うようなものですから・・・・・・そうしてお互いが本音でぶつかり合って、家族というものはひとつになっていくのです・・・

 

 信号が青になり車が駅前ロータリーへ進み始めるのと同時に、菅生が突如今までにないくらいに優し気な口調で前に視線を向けたまま俺に話しかけてきた。

 

 「・・・・・・夕野君(きみ)ならきっと大丈夫ですよ・・・・・・

 

 

 

 毅がそれまでずっと隠していたユウトとの血縁関係を打ち明けたことをきっかけに、4人は初めて本当の意味で4人それぞれの本音でぶつかり合い、本当の意味で“宮入家”というたったひとつの家族になっていく。

 

 そしてショウタの決意に押され“宮入有人(みやいりゆうと)”としてこれからも生きていくということを心に決めたユウトは、ついに実の母親であるリョウコとの対面を果たす・・・

 

 

 

 「と、ついこの間まで縁もゆかりもなかった赤の他人から言われても説得力はないでしょうけどね」

 

 相変わらず律義で淡々とした事務的な口調はそのままだったが、斜め前に座る菅生の目元は緩んでいた。菅生が俺に初めて見せた、彼なりの優しさだった。

 

 

 

 “・・・菅生さんって・・・“こういうこと”も言うんだ・・・

 「・・・・・・菅生さんって・・・“こういうこと”も言うんですね・・・・・・」

 

 

 

 普段のイメージとの違いに驚きを隠せず、心の声がもろに口から出ていた。

 

 「いけませんか?」

 「いや・・・何か菅生さんからこういう感じで話しかけられたのが初めてで、ちょっと驚いただけです」

 

 所詮は赤の他人に過ぎないマネージャーの励ましの言葉が、俺の背中を強く押した。

 

 「でも・・・・・・菅生さんのおかげで気合いが入りました

 

 そもそも、今まで俺は母親に真正面から本音でぶつかり話したことがあったのだろうか?もちろん言い争ってはいるのはいつものことだが、果たしてそれは互いに本音でぶつかっていると言えるのだろうか?

 

 

 

 “『・・・何があっても・・・俺たちは家族だ・・・』”

 

 

 

 劇中でショウタが家族に向けて言う台詞が、菅生の言葉と共に深く胸に突き刺さる。この台詞は今、他でもなく俺たち“夕野家(かぞく)”に突き付けられている。ひょっとしたら俺たちの中にある“時計”は12年前のあの日から進んでいるように見えて、あの日のまま止まっているのかもしれない。

 

 そろそろ“俺たち”も何かを失った12年前の過去から抜け出して、ひとつの家族として次の階段へと登っていかなければいけない。

 

 

 

 “迷っている時間は、ない

 

 

 

 「・・・他人(ひと)の家族に関する問題ですのでここから先のことはどうしても夕野君次第になってしまいますし、無責任なように聞こえてしまうかもしれませんが・・・・・・私は夕野君が“家族との過去”を乗り越えられることを心から祈っています・・・

 

 「・・・・・・ありがとうございます

 

 菅生からの静かな激励を心で受け取り、憬は折りたたみ傘を片手に雨で濡れた歩道に足を踏み入れ、堂々とした足取りで改札の方へと歩いて行った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「大丈夫だった憬?傘忘れてたっぽかったけど?」

 「あぁそれならマネージャーから折りたたみを借りたから平気だよ」

 「借りたって」

 「大丈夫だって次の撮影の時にちゃんと返すから」

 

 家に帰ると、天気予報を見ていたにも関わらず傘を忘れて危うく濡れて帰るところだった俺を母親が珍しく心配そうに出迎えた。まぁ実際のところ、折りたたみ傘じゃ全てをしのぎ切ることは出来ず少しだけ服は湿ってしまったが・・・

 

 「夕飯はもう出来てるから適当に食べてね」

 「おう」

 

 少しだけ湿った上着のパーカーを脱いで手と顔を洗い食卓へと戻り、いつもより少しだけ遅めの夕飯を食べる。

 

 「・・・何でここにいんの?」

 

 そして夕飯を食べ終えた母親は用もないはずなのに俺の向かいの椅子に座りながらテレビを眺める。

 

 「目当てのドラマ」

 「・・・あぁ・・・一色(あれ)か・・・」

 

 母親の言葉で思わずテレビに目線を向けると、毎週日曜の夜9時に放送されている“例の探偵ものの学園ドラマ”がちょうど始まるところだった。言われてみれば今日は日曜日。土日休みなど関係ない生活を送っていると、曜日感覚がついついズレてしまうのはよくある話・・・なのかもしれない。

 

 「ホントこの人のこと好きだよな母ちゃん」

 「そりゃあね、カッコいいし演技も初めてにしちゃ全然イケてるしよく見ると顔が小さくてカワイイところもあるし」

 「結局顔じゃねぇかよミーハーが」

 

 そこそこいい歳の癖にブラウン管に映る主演に釘付けな母親を、やや冷めた視線で見つめながら母親の作った手料理を口へと運ぶ、いつもと変わらない日常。

 

 “・・・どのタイミングで言うか・・・”

 

 目の前に見えている光景の全てはいつも通りの日常のはずなのに、何だか妙に胸の辺りが均等なリズムで何かに押し付けられるような感覚が襲い掛かる。

 

 「いや、そんな死に方するわけねぇだろ」

 「ちょっと黙って今すごくいいとこだから」

 「・・・へいへい」

 

 もちろんそれを先に感づかれてしまったら面倒だからあくまで俺も平然を装い“いつものように”ブラウン管に映るシナリオに軽く野次を飛ばす。普段なら呼吸をするのと同じくらいにはこういう言葉は容易く出てくるはずが、今日は幾分か調子が悪い。

 

 

 

 それもこれも、この後に俺は何としても父親のことを母親(この人)から聞き出さなければいけないという何とも説明できない緊張感とも恐怖とも似た感覚のせいだろう。あれだけ聞き出そうと何度も決意を固めておきながら、いざその場面に直面したら得体の知れない感覚で身体が強張る。

 

 このドラマが終わって欲しいという気持ちと、1秒でもこのドラマが続いて欲しい気持ちが何度も心の中で交差する。ここに来てなにを俺は、こんなにもビビっているのか。

 

 いつも通り、いつもの調子で、ただただ聞けばいいだけ。もしそれでいつもの“返事”が帰って来たら、“父親の記憶(こと)を思い出した”ことを母親に打ち明けるだけ。たったそれだけのことだ。

 

 

 

 “・・・大丈夫だ・・・俺たちは14年も同じ家族として生きてきた・・・・・・たかが過去を思い出したことを打ち明けるだけだ・・・

 

 

 

 そうこうしていると、いつの間にかドラマはエンディングを迎えていた。実際にはドラマが始まってから1時間ほどが経過しているが、その体感時間は約1分ほどだった。

 

 

 

 “『・・・・・・過去と現実の区別がつかないような役者(にんげん)に・・・未来なんてありません・・・・・・』”

 

 

 

 ついに言うべきタイミングが訪れたことで高まり始めた心臓の鼓動を、入江から言われた言葉で幾分か落ち着かせる。心なしか外からごく微かに聞こえる雨音が、さっきより強くなった気がする。そんな全く因果関係もないただの自然現象すら、この後に起こる“ドラマの演出”のように思えてしまって仕方がない。

 

 “駄目だ駄目だ”

 

 思わず良からぬ方向へ脱線し始めた思考をどうにか正す。

 

 「風呂、先入る?」

 「えっ?いやどっちでもいい」

 「あっそ、じゃあ私から先に入るね」

 

 風呂に入る順番を確認した母親はリビングの椅子から立ち上がり、バスルームのある洗面台の方へ向かおうとする。

 

 

 

 “・・・今しかない・・・

 

 

 

 「・・・母ちゃん・・・」

 「・・・ん?」

 

 そして椅子から立ち上がった母親を、俺は呼び止める。

 

 「母ちゃん・・・・・・俺さ・・・思い出したんだ」

 「・・・思い出したって何が?」

 

 どうして俺は土壇場で“いつものくだり”をすっ飛ばしていきなり記憶を思い出したことを母親に打ち明けたのか・・・少なくとも緊張のあまりすっ飛ばしてしまったわけではない。

 

 ただどうせ思ったことを伝えるのなら、今までのやり方じゃ駄目だと直感的に思い始めたら、気が付くと最初の手順を飛ばしていた。

 

 

 

 「・・・・・・俺が父親から首を絞められたときのこと・・・・・・

 

 

 

 俺が母親に向けて真っ直ぐに何の見栄もないバカ正直な自分の本心をぶつけた瞬間、窓の外で落雷の不気味な轟音が鈍くと同時に、母親の目線が一瞬だけ落雷ではない別の動揺で泳いだことを俺は見逃さなかった。

 

 そして轟音が鳴りを潜めると、リビングに流れる空気が一気に重くなった。

 

 「雷鳴ってる・・・こりゃあ夜中は酷くなるね」

 

 案の定、目の前の母親はわざとらしく本題を逸らして作り笑いを浮かべながらそそくさとリビングを後にしようとする。

 

 「待てよ

 

 相変わらず父親の話題になると露骨に避けようとする母親に、俺はありったけの感情を込めて静かに呼び止める。

 

 「・・・まだ話は終わってねぇ

 

 いつもならここまで強い感情で呼び止めることはしなかっただろうが、今回ばかりはそうはいかない。

 

 「・・・・・・憬には何回も言ってるじゃない?お父さんなんて最初からいないって・・・きっと悪い夢でも見たのよ」

 

 それでも母親は飄々とした態度で言い返す。ただそこにいつものような余裕さはなく、どうにかして逃れようとしているのは明らかだ。この瞬間に俺は、フラッシュバックの光景に嘘はなかったという確証を得た。

 

 「じゃああの時・・・父親から首絞められて死ぬところだった俺を母ちゃんが守ってくれたことも全部悪い夢ってことか?」

 

 確かにあの日のことを思い出すと辛いところはあるかもしれない。でもこれ以上、ずっと逃げていてばかりでは俺たちは前には進めない。

 

 「・・・憬?」

 

 それに、あの時に右隣で寝ていた母ちゃんが首を絞める父親に気が付き止めてくれなければ、仮に止めるのが1分遅れていたら、今ここに俺はいないのかもしれない。

 

 「あの日のことまでただの悪い夢にされたら・・・・・・俺は何のために母ちゃんから助けられたんだ?

 

 何を言おうかと考える前に、心の奥に眠っていた想いが言葉となって次々と出てきて、ついこの間まで思いもしていなかった感情が一気に溢れ出す。

 

 「ぶっちゃけ父親のことは思い出したばっかでまだまだ曖昧なとこはある・・・・・・でもな、俺は母ちゃんが今日みたいに雨が降っていた日の夜に必死になって俺を庇って命を救ってくれたことはハッキリと覚えてる・・・そのほんの少し前に、親父から左の頬を思い切りぶたれたことも・・・

 

 気が付くと“ユウトを最後まで演じ切る”という野望に近い自己的な感情は何処かへと消えていて、純粋に家族として“この過去”と向き合い、母ちゃんと共に1つの家族として乗り越えて行きたいという想いで心は埋め尽くされていた。

 

 「・・・撮影で相当疲れが溜まってるみたいね・・・・・・今日は先に風呂にでも入って早く寝な、明日は普通に学校がある訳だしさ。さ、早く」

 

 だが母ちゃんは、飄々と作り笑いを浮かべて俺の肩を一回叩き、早く風呂に入るように急かす。そんな母ちゃんに、俺の感情は限界を超えた。

 

 「・・・・・・いい加減にしろよ

 「・・・ちょっとさっきから変だよ憬?」

 

 俺からの感情に一瞬だけ目に見えて動揺しつつもいつものように振る舞おうとする母ちゃんだが、さすがに無視できなくなったのかようやく俺の感情(ことば)に反応する。

 

 「変なのはそっちだろが・・・

 「・・・・・・え?」

 

 母ちゃんがいつになっても過去と向き合おうとしないことを怒っているわけでも、次の撮影までに過去を過去として向き合えるようにならなければいけない自分自身への焦りでもない。

 

 「・・・俺に父親とのことをなるべく思い出させたくないから気を遣ってんのかは知らねぇけど・・・そういう感じで子供扱いされんのはマジでムカつくから。てか母ちゃんも母ちゃんでいつまでそうやって“昔の男”のことを引きずってんだよ・・・?もう俺らには関係ないんだったらそうやって俺に隠すことも1人で抱え込むことも必要ねぇじゃん・・・違うか?

 

 ただ、“こんな表情(かお)”をするようになるまで誰にも心を開かずにたった一人で過去を抱え続けていたことを知ってしまった瞬間、自分が“家族”として見られていないような気がして、悲しくなった。

 

 「・・・家族だろ?俺たち

 「・・・・・・」

 「・・・・・・何で黙ってんだよ?

 

 

 “・・・こんなに近くに、家族(おれ)がいるのに・・・

 

 

 

 「・・・・・・いつまで逃げてんだよ!!

 

パチン_

 

 知らずのうちに溜まりに溜まっていた12年分の感情が爆発した瞬間、左の頬に12年前と“全く”同じような衝撃が走り、口の中で微かに鉄のような味が染み渡る。

 

 「・・・・・・母ちゃん・・・・・・」

 

 あの時と同じでかなりの衝撃だったにも関わらず、不思議と頬をぶたれた痛みはない。ふと目の前にいる母ちゃんに再び目を向けると、母ちゃんは俺の顔と自分の掌を一度ずつ交互に見ながら“後悔の感情”を浮かべて俺の眼を見ていた。

 

 「・・・・・・ごめん・・・痛かった?」

 「・・・・・・いや、全然」

 

 そして目の前の母ちゃんは再び俺に向けて“余計な心配をさせまい”といつもの笑みを無理やり浮かべてみせる。そんな母ちゃんの感情を視た俺は、頑なに“家族”を頼らずに全てを1人で抱え込もうとする母ちゃんへのやるせない想いと、その苦しみの正体を理解しようとせずにただ自己中に“忘れ去りたい過去”をこじ開けようとした自分自身の無謀さにいたたまれなくなってしまった。

 

 

 

 “『・・・家族たるもの・・・少なくとも1度や2度は本気でぶつかり合うようなものですから・・・・・・そうしてお互いが本音でぶつかり合って、家族というものはひとつになっていくのです・・・

 

 

 

 菅生はそう俺に家族としての喧嘩の仕方や過去への向き合い方を教えてくれたが、俺たち家族の間で知らず知らずのうちに生まれてしまった12年間の“空白”は、思っていた以上に深かったみたいだ。

 

 過去と向き合いたい感情と、過去を忘れたい感情がぶつかり合って生まれたものは、どうすることもできない沈黙だった。

 

 

 

 “・・・だいたい家族って・・・・・・何なんだよ・・・

 

 

 

 「・・・・・・風呂・・・入るわ・・・・・・」

 

 俺はそのまま振り返ることなく寝間着のジャージを取るために自分の部屋へと戻り、部屋のドアを閉める。

 

 「・・・・・・はぁ・・・・・・痛ってぇ・・・・・・」

 

 部屋のドアを閉めた瞬間、行き場のない激しい後悔と左頬の鈍い痛みが同時に襲い掛かり、それらが溜息と共に言葉となって溢れ出る。

 

 

 

 「・・・・・・何やってんだ・・・・・・俺

 

 

 

 結局この日も、俺は母親から“かつて存在していた父親(家族)”のことを聞き出すことはできなかった。

 




人生は基本、空回りの連続だ。でも、動き出さなければ幸せの一つすら回ってこない。だから人は今日も前を向いて歩き続ける。

それが“生きる”ということだと思う。












てかここんところ圧倒的にヒロイン的な何かが不足してね?
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