或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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チェンソーマンのキャスティング・・・・・・原作同様攻めまくって勝負しまくった配役でしたね。

なんというかもう、期待しかない。


scene.50 勉強会

 「じゃあ、行ってくるわ」

 「鍵は持った?」

 「大丈夫」

 「そっか・・・あと今日、帰りに3日分の食材買ってくるから少し遅くなるから」

 「・・・おう」

 

 どことなくぎこちない感じに言葉を交わして、憬は玄関を出る。結局あれから一夜明けて、母親とは必要最低限の会話しかしていない。

 

 

 

 “・・・・・・いつまで逃げてんだよ!!

 

 

 

 「・・・なにをどうしたら正解だったんだよ・・・」

 

 今日は思い切って気分を切り替えようとしても昨日の後悔は消えることはなく、溜息と共に憤りの言葉が出る。

 

 少なくとも俺のやり方は間違いだった。でも今のままでは俺は、“父親との過去”と向き合うことはできない。だがその選択をするには何としても母ちゃんを説得しなければならない。

 

 “・・・できるわけがない・・・”

 

 俺の頬を思い切り叩いたときの母ちゃんの顔は、玄関を出て通学路に出ても鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。“あんな表情”を見てしまってもなお“追い詰める”ような真似ができるほど、俺は強くない。

 

 そもそも、12年分の空白をたった4日でどうやって埋めようと言うのだろうか。

 

 

 

 “『・・・今のお前の中にある“父親の記憶”を芝居に生かすのか、それともその記憶にお前自身が殺されるのかはここからの4日間にかかってる・・・』”

 

 

 

 「・・・4日じゃ絶対無理だっつのこれ・・・」

 

 行き場のない気持ちを2日前の國近にぶつけ、憬は雨上がりの通学路をやや早歩き気味で歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 「何か今日いつもより機嫌悪くね?夕野?」

 「・・・そう?」

 

 授業が終わり、教室を出ようとしたところで隣を歩く有島が声をかける。ちなみに今日も今日とて有島は俺の家にあるコレクションを借りにくるために、これから俺の家へと向かう予定だ。

 

 「・・・さては誰かと喧嘩でもしたか?」

 「は?何で?」

 「なんかそーいう顔してるからよ」

 「・・・なんだそれ?」

 

 “いつものダチ”からの揺さぶりを軽くいなしながら、俺は帰り支度を始める。

 

 「・・・俺が当ててやろうか?」

 「当てれるもんなら当ててみろ」

 

 だが有島は俺の肩に手をやりながらなおも揺さぶりをかけてくる。もちろんこれぐらいでは簡単に引き下がらないのが有島というやつだということを俺は知り尽くしているから、俺は全く動じない。

 

 「・・・う~ん・・・」

 

 相変わらずの寝癖交じりの癖っ毛を指先でいじくりながら有島は俺の顔を凝視しながら真剣に考え込む。

 

 いつもなら何を考えているかが時々分からなくなり少しだけめんどくさく思ってしまうクラスメイト(ダチ)だが、『ロストチャイルド』の読み合わせや撮影で度々学校を休んで現場に向かうようになってからは、こうして気の合う友達と学校で何気なく話すこの時間がどういうわけか心地よく感じるようになった。

 

 それと同時に、図らずも周りの連中が過ごしている“普通の世界”から遠ざかり始めている感覚も少しずつ感じるようになったが、有島のように変わらず“ダチ”として接してくれる存在が隣にいると俺たちは“同じ世界”で繋がっているということを再認識できる。

 

 

 

 “『・・・役者になってくれて・・・・・・ありがとう』”

 

 

 

 もちろん“普通じゃない世界”に飛び込み、そこで生きていく覚悟もとっくに俺は持っている。

 

 「あぁ分かった。お母さんと喧嘩しただろ?」

 「・・・・・・なんでそう思う?(チッ、地味に当たってやがる・・・)」

 

 そうやってどうしようもない個人的な感傷に数秒ほど浸っていたら、俺の顔を凝視していた有島がダチの機嫌が優れない理由を自信満々な感じに答える。悔しいが、ほとんど正解だ。

 

 「顔にそう書いてあった」

 

 そして子役上がりの誰かさんと同じような原理で、有島はその理由を答える。

 

 「・・・有島はエスパーか?」

 「嘘だよ適当に勘で言っただけだし」

 「勘かよ」

 

 勘だとは言っても、有島(こいつ)の場合はそれが当たってしまっているのが何ともタチが悪い。

 

 「てゆーか喧嘩したことは否定しねぇのかよ?」

 

 当然、当の本人にはその自覚が全くと言っていいほどないというところは尚更タチが悪い。

 

 「・・・まぁ、ほぼ事実だし」

 

 かと言って俺もなるべく隠していた事実を当てられたことに否定はしない。

 

 「ったく、ホント夕野は嘘をつけないよな」

 「“つけない”んじゃなくて“つかない”んだよ」

 「んだよそれ意味わかんねー」

 

 たださすがに、喧嘩の理由が12年前に俺のことを殺そうとした父親のことだとまでは言えない。

 

 「・・・なあ?今日って夕野のお母さんの帰りは遅い感じ?」

 「・・・確か帰りに食材買うとか言ってたから7時過ぎになると思う・・・ってか何でそんなことをお前に言わなきゃいけないんだよ?」

 

 どうせ喧嘩した俺を気遣って部屋でまた気晴らしの映画鑑賞でもやるつもりなのだろうか。有島(こいつ)に家の事情を話さなきゃいけない理由はないが、どっちにしろ今日は帰ったらコレクションを鑑賞して気分をリセットさせる予定だった俺はその話に乗っかる。

 

 何となく今日は、ここ2日間の気疲れの反動でなるべく撮影(ロストチャイルド)のことは考えたくなかったからだ。

 

 「夕野んとこのビデオを借りに行くついでっつーのもアレだけど、今日お前ん()で勉強会的なやつやらね?」

 「・・・は?何で?」

 「いや~なんかさ、一回だけやってみてぇんだよね。気の合うヤツと一緒にゲームとかじゃなくて一緒に宿題をやるみたいな“優等生”っぽいやつ?」

 

 何を言い出すかと思ったら、俺の部屋で一緒に宿題をやりたいと言ってきた。

 

 「・・・有島がまともに勉強してるとこ見たことないんだけど」

 

 ちなみに俺は、有島(こいつ)がまともに授業を受けているところを見たことがない。毎回出される宿題こそ一応ちゃんと提出はしているみたいだが、基本的には授業中は堂々と居眠りをかますか真面目にノートを書いているかと思えばゲームや漫画のキャラクターの落書きを書いていたりするような奴だ。

 

 にも関わらず5科目のテストでは95点を下回ったことは一度もなく、クラスはおろか学年全体でもトップ10に入るほど頭がいいから世の中は何が起こるか分からない。

 

 「まぁあれよ、親子喧嘩の気晴らしってことで、悪くはねぇだろ?」

 「気晴らしだったら映画のほうが良くね?」

 「つってもたまには違うこともしたくね?」

 

 ただ、有島(こいつ)と一緒にくだらない話をしている時間は正直嫌いじゃない。

 

 「・・・分かったよ。どうせ“鑑賞会”になるだろうけど」

 「ならねぇよ心配すんな」

 

 こうして特にこれといった意味も中身もないやり取りをしながら、2人は帰り支度を済ませて教室を出ていった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「夕野ん()に入んの久々だな~」

 「星間戦争のビデオを返してぶりだっけ?」

 「そう、お前が忙しくなりだしたから何だかんだ1ヶ月ぶりぐらいになるわ」

 「そんな経つんか、じゃあマジで久々じゃん」

 

 301号室のドアの前で他愛もない話を繰り広げながら、俺は鍵を開けて有島を約1ヶ月ぶりに部屋の中に入れる。

 

 「なんか・・・全然変わってねぇな」

 「当たり前だろリフォームも大掃除もしてねぇんだから」

 

 1か月前と全く変わり映えのしていないリビングを見渡しながら、有島は当たり前のことを言い放つ。特に理由もなく部屋の中が激変していたら、それはそれで怖い。

 

 「早乙女雅臣のサインも変わってねぇし」

 

 もちろんあれから、早乙女のサイン色紙の位置も変わっていない。最初はすぐ下のブラウン管を見るにも視界に入って仕方がなかったが、季節が変わったらそれにもすっかり慣れてしまった。

 

 「・・・夕野・・・俺はこの部屋を見て心の底から安心したぜ」

 

 するとリビングとその周りを一通り見渡し終えた有島が、いかにも漫画チックな決め台詞を言うかのような口調で俺に言葉をかけてきた。

 

 「・・・安心って、何が?」

 

 当然こいつの言う“安心”の意味が今一つ理解できない俺は溜まらず問いかける。

 

 「普段は余程のことがなけりゃ基本的にポーカーフェイスなお前の顔が“あんなに不機嫌そう”に見えたのは初めてだったから、絶対ド派手に喧嘩でもしたんだろーなって思ってたけど、大したことなさそうでよかったわ」

 「・・・どんな喧嘩を想像してたんだよ?(大したことないって言われたら微妙だけど・・・)」

 「アンパーンチ、的な?」

 「だからそんな派手な喧嘩じゃねぇよ(惜しいところは突いてるけど・・・)」

 

 あれは“必殺のパンチ”を食らったというよりは、12年越しに “二度もぶたれた”という方が正しいだろう。ただ、それを話してしまうと12年前の出来事も言及されるかも知れないから、俺は適当にはぐらかす。

 

 「ちょっと言い合いになっただけだよ」

  

 言い合いというよりは互いにほぼ一方的だったが、別に言い争いをしたことに嘘はない。

 

 「・・・そっか。まぁ俺も人の家族のことを色々言ったりすんのはそんなに好きじゃねぇし、てかまず俺は夕野の家族でもねぇし。とりまこの話はここで終わりっつーことで」

 「勝手に仕切るな」

 

 ともかく有島が勝手に詮索を止めてくれたおかげで、ひとまず“門外不出”という訳じゃないけど今は黙っておきたい夕野家の過去(ひみつ)はどうにか守られる形になった。

 

 「さてやろうぜ夕野。先ずは数学から片付ける感じでいいか?」

 「ぶっちゃけ俺はどれでもいいから数学でいいよ」

 

 そうして俺たち2人はリビングにノートと教科書、ドリルを広げて勉強会を始めた。

 

 

 

 

 

 

 10分後_

 

 「なぁ夕野・・・・・・ウルトラスーパーめちゃくちゃだるいんだけど」

 「だから言わんこっちゃない」

 

 勉強会を始めて10分、言い出しっぺである約1名が予想通りに早くも脱落した。

 

 「てかなんで学校で教わる学業のことを “勉強”って言うんだよ。普通は勉学だろが」

 「文句言う元気があるならさっさと続きやれよ。言っとくけど俺はもう数学はとっくに終わってるからな」

 「そもそも勉強って言葉は学業だけじゃなくてよ、なんかこうもっと広く社会を生き抜くために実用的な知識や技能を身に着けるためにあって、学校で教わる“学問”を勉める場合は勉学なんだよ(※個人的な意見です)・・・・・・いや待てよ、どっちにしろ社会で生き抜くための能力を得るには学問も必要不可欠か・・・じゃあそういう意味じゃ“勉強”も正しいってことか・・・・・・あ~もうメンドクセェしやってらんねー」

 「どっちでもいいわ」

 

 1人で“勉強”という行為の矛盾点を突いたかと思えば学問を勉める“勉学”も結局は“勉強”に繋がっているという難解なのか馬鹿なのか判断に困る議論を勝手に展開して勝手に撃沈する有島を、俺は微笑ましさと冷たさが半分ずつの感情で見守る。

 

 改めて言うがこう見えて有島はクラスはおろか学年全体でもトップ10に入るほど頭が良く、テストでも95点以下を取ったことがないガチの天才だ。

 

 「そうやって愚痴を言いまくる労力を何で普段の授業で使えないんだか」

 「だって勉強嫌いだし」

 

 だがそんな有島の振る舞いや言動は、世間一般の“優等生”からは少なくともかなりかけ離れている。稀に黒板を見たり先生の話を聞いたりしただけで内容を全て暗記してしまうような本当の天才がいたりするが、有島(こいつ)の場合はそれとも違う。

 

 「だいたい勉めることを強いるから、嫌いになっちまうやつはとことん嫌いになっちまうんだよ。好きでもないことを無理やり強いられるんだぜ?そんなの夕野だって嫌だろ?」

 「そりゃあ、嫌に決まってるけど」

 「だから俺はこーやってやる気がない時はとことんサボるんさ・・・そん代わり心の中にある“やる気スイッチ”が入った瞬間に、一気に全部片づけるってワケ」

 「・・・“やる気スイッチ”が入った時の有島を見たことがないんだけど?」

 「当たり前だろ、ソイツは1人ん時しか“発動しない”特殊なスイッチだからな」

 「それでよくテストであんな点数出せるなお前」

 

 ただ1つだけ知っているのは、素振りを全く見せないだけで有島(こいつ)有島(こいつ)なりに努力はしているということ。

 

 まぁ、最初に会った時から思い続けている“天才と馬鹿は紙一重を地で行くような奴”だということは違いない。

 

 「・・・よし夕野、今から映画を観よう!」

 「勉強会は?」

 「終了」

 「・・・どうせこうなると最初から思ってたよ」

 

 

 そんなこんなで開始から15分、勉強会はお開きとなり結局いつもの鑑賞会がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 1時間30分後_

 

 「何か外が暗くなってきたな」

 「だってもうすぐ夜の6時だからな」

 「えっ・・・うわもうこんな時間かよ」

 

 “勉強会みたいな何か”を止めてハリウッドの冒険活劇を観ていると、気が付けばリビングの時計は夕方の5時50分あたりを指していた。

 

 「・・・なんで授業の1時間はあんなになげぇのに映画の1時間はこんなに短ぇんだよ?」

 「確かに」

 「俺たちが映画を観てるときだけマジでバグってんじゃねぇの時間の流れ?」

 「それはないな」

 

 時間の流れが早くなってるなんてSF的なことは絶対にあり得ないが、有島の言うように好きな映画やドラマを観ているときの1時間は、学校の授業の1時間よりも圧倒的に時間が経つのが早く感じる。

 

 「とりあえずまだ4,50分はあるから今日はここまでだな」

 

 だからと言ってこれを全部観るとなるとかなり遅い時間になるのは確実だから、リモコンを手に取りビデオを止める。正直この作品の一番の見せ場は最後の30分なのだが、それを観てしまうと母ちゃんと鉢合わせする可能性が出てくるからだ。

 

 「オイちょっ・・勝手に止めんなよここからが“真骨頂”だろが」

 「もうすぐ6時だ、ていうか元々これを借りにくるために俺のとこに来たんだから続きはそっちで観れるだろ?」

 

 最後の30分を前に寸止めされてたまらず文句を言う有島を尻目に、俺はデッキからビデオを取り出してそれを手渡す。

 

 「続きは勝手にそっちで観とけよ」

 「いや今の俺は完全にジョセフ・ガーディアン(※映画内に登場する主人公の役名)の気分だからこんなところで冒険を止めるっていう選択肢はないぜ」

 「だったらこれ以上踏み込んだら尚更危険だ」

 「なぁ?俺たちって“ダチ”だろ?良いじゃねぇかよ今日ぐらい?」

 「それ言ったらおしまいだろ有島・・・」

 

 しかしどうしても続きをすぐに観たい有島はあろうことか友達に使ってはいけない禁句の1つである“だって俺たち友達じゃないか”という“魔法の言葉”を本気のトーンで言ってくるという暴挙に出るが、そんなものに俺は動じない。

 

 「・・・って嘘に決まってんだろ夕野、さすがに遅くなりすぎるとコッチもコッチで色々メンドーだしな」

 「どっからどう見てもガチにしか見えなかったけどな」

 

 そんな俺を見て諦めたのか、有島は俺の肩を一回だけ叩くと「じゃあ俺はそろそろ帰るわ」と言ってそのまま玄関の方向へ歩き始め、ひとまずこれで鑑賞会もお開きになろうとしていた。

 

 「・・・・・・そういや夕野ってさ、環とは最近会ってんの?

 

 玄関の方向へ一歩ほど進んだところで、有島は振り返りざまに俺にそう言った。

 

 「まぁ会えてはいないけど月1くらいで電話はしてるわ・・・」

 

 そこで俺は何を思ったのか、今でも環と電話で話していることを反射的に思わず正直に話してしまった。

 

 「・・・てことはさ?環の連絡先も知ってんの?」

 

 自分で蒔いた種とはいえ、こうなってはごまかしようがない。

 

 「・・・まぁな」

 

 そして諦め半分の相槌に、有島は分かりやすくニヤつく。これは完全に“電話をする流れ”だ。

 

 「よし夕野、今から環に電話をしよう

 

 “あぁ・・・やっぱり”

 

 「・・・何で?」

 「良いじゃんせっかく俺ら2人いるわけだし。俺もちょうど今なにしてんかな~って思ってたとこだし」

 「・・・ホントかよ?」

 

 別に有島のいる前で蓮に電話をかけること自体に抵抗感は全くない。

 

 「仕事中だったらどうすんだよ?まず電話に出ない可能性もあるぞ?」

 「あぁ~言われてみれば環も芸能人だしなぁ・・・っつっても一回ぐらいなら良くね?出なかったら出なかったでドンマイってことで」

 「いっとくけど蓮から後で色々言われんのは俺だけどな?」

 「大丈夫っしょ、だって俺らってクラスメイトで“友達(ダチ)”やん?」

 「・・・そういう問題じゃねぇっつの」

 

 ただ、普通に蓮へ電話をかける、ただそれだけのことなのに妙な葛藤が走り今一つ気が進まない。せめて1時間だけでも、時間が止まってくれたらなという不意な願いが脳内に流れる。

 

 

 

 “・・・この時間が終わったとして・・・俺は母ちゃんに何を話せばいいんだ・・・?

 

 

 

 「・・・でもちょうどいいんじゃねぇの?いっそのことここで吐き出せるもの全部吐き出しちまえば?」

 

 すると電話をかけることを躊躇う俺に、有島は急に真面目な顔をしながらまるで背中を押すかのような口調で声をかける。

 

 「・・・吐き出すって何をだよ?」

 「決まってんだろ。お前とお前のお母さんとのことだよ

 

 その言葉に、“お前に何が分かる”という気持ちと“気にかけてくれたことへの感謝”の気持ちが半々になって心の中を駆け巡る。

 

 「・・・何があったかは聞かねぇから安心しろよ。だって俺は何の関係もない他人からな・・・でもよ、いつまでもそうやって溜め込んでたって良いことは何もないぜ?・・・俺ははっきり言って芸能界のことなんて全然分かんねぇけど、お前や環みたくカメラの前に立ってキャラクターになりきるようなことをやるんなら、それは尚更じゃね?だったら思ってること全部吐き出して行こうぜ!

 

 

 

 “『感情を吐き出したいときは思いっきり吐き出せ。それも役者を続けていくための処世術(コツ)』”

 

 

 

 言い終えると有島は俺の背中を一回だけ叩いた。ほんの少しだけ痛かったが、不快さは全くなかった。

 

 「それともなんだ?俺みたいな何も知らない奴に言われても説得力ゼロじゃねぇかオイ、ってか?」

 「まだ何も言ってねぇだろ・・・」

 

 本当に有島というやつは、純粋に俺のことを大切な友達(ダチ)として受け入れてくれている。

 

 「でも・・・気遣いありがとな、有島」

 「礼はいらねぇ」

 

 だから蓮の時と同じように、有島の何気ない言葉に“安心”を覚えてつい頼ってしまう“弱い自分”がいる。

 

 

 

 “その度に、せめて俺にも蓮と有島(ふたり)のような“強い心”があればと、ふと思ってしまう

 

 

 

 「言っとくけど出たとしてもちょっとだけだぞ?」

 「分かってるってパッと話してパッと帰るから」

 「・・・パッとってどれくらい?」

 「どれくらいって・・・・・・じゃあ3分、マジで3分以内で帰るから」

 「3分?あぁ分かった」

 

 周りに比べて弱い自分への自己嫌悪を心の奥へとしまい込み、憬は有島の声に耳を傾けながらリビングの固定電話から環の連絡先に繋がる番号を打ち始めた。

 

 「・・・ていうか夕野、さっき環のことさり気なく下の名前で呼んでなかったか?」

 「えっ?」

 

 有島からの一言で、環の電話番号を打つ右手が思わず一瞬止まる。

 

 「いや、別に仲の良い奴を下の名前で呼ぶのは普通じゃね?」

 「じゃあ何で俺は未だに苗字なん?つってる俺も苗字呼びだけどな」

 「・・・あぁ、言われてみたら確かにな」

 

 そういえば何で俺は蓮に対しては名前呼びで、有島は苗字呼びなのかをまだ話していなかったことをこの瞬間にふと思い出した。

 

 というより、俺の中ではそれが当たり前すぎて話すほどのことじゃないとずっと思っていた。

 

 「だってまだ下の名前で呼んでいいって有島から一言も言われてないし」

 「・・・てことは俺が龍太って呼んでいいって言ったら夕野もそうするのか?」

 「おう」

 「・・・じゃあ、今日から俺のことは下の名前で呼んでいいぞ」

 「分かったよ。龍太」

 「・・・・・・おう」

 

 自分の思っていたものとは違った憬からの言葉に、有島は如何にもリアクションに困った何とも言えない表情で明後日の方角に目線を向けて沈黙する。

 

 「・・・・・・なんでそんな困った顔すんだよ?何か変なこと言ったか俺?」

 

 当然どうして有島がそんな顔をするのかを理解出来ていない憬は、そのまま思ったことを続けて口にすると、その様子を見た有島は憬が環に対して“そういう気が一切ない”ということを察した。

 

 「・・・なんつーかさ・・・・・・やっぱ夕野っておもしれーわ

 

 “リアクションに困った”ような表情はそのままで中途半端に芝居がかった口調で有島は俺の疑問に答える。何を考えているのか分からないが、少なくとも有島の言う“おもしれーわ”にはどこか残念がっているかのような感情が垣間見える。

 

 どうしてそんな顔をするのかは、全く分からないが。

 

 「・・・・・・急に何なんだよわけ分かんねぇ」

 

 とりあえず訳の分からないリアクションをした有島に向けて文句をぶつけつつ、俺は蓮の携帯電話に繋がる番号を入力してついに電話をかける。

 

 プルルルル_

 

 右耳に当てた受話器から、一定のリズムで呼び出し音が鳴りだす。何気にこっちから蓮へと電話をするのは初めてのことだ。

 

 プルルルル_プルルルル_

 

 呼び出し音は3コール目に突入するが、蓮はまだ出ない。

 

 プルルルル_プルルルル_

 

 5コール目。未だ出る気配なし。

 

 「中々出ねぇな」

 「・・・もしかしたら仕事かもな」

 

 まだまだブレイクしたとは言い切れないが、蓮はれっきとした女優であって芸能人だ。女優業とは別で雑誌のモデルもやっていると聞いているから向こうも向こうで忙しいのは知っている。だから中々電話に出ないことに特に驚きはない。

 

 プルルルル_プルルルル_プルルルル_

 

 「はぁ~、こりゃあ出ないパターンだな」

 

 そうこうしていたら呼び出しは8コール。斜め後ろで腕を組む有島は、ついに諦めの言葉を発する。

 

 「せっかく環と話せると思ったのに、なんかただ・・・」

 

 プルッ

 

 9コール目に突入したその時、均等なリズムを奏でていた呼び出し音が前触れもなく途切れた。

 

 「あ、出た」

 「マジで?」

 

 ふっと出た俺の独り言に、斜め後ろに立っていた有島がスッと隣に近づく。

 

 『はい、どちらさまですか?』

 

 だが受話器のスピーカーから聞こえてきたのは、蓮ではない別の女の人の声だった。

 

 「あ、えっと・・・環蓮の携帯電話でいいでしょうか?」

 

 蓮の携帯電話の番号にかけたはずが全く違う女の人の声が耳に飛び込み思わず混乱しかけるが、この女の人の声には何となく聴き覚えがあった。

 

 『いえ、違いますけど』

 

 “・・・まさか・・・”

 

 そう思った俺はすぐさま電話機の液晶に目を向けると、そこには蓮の携帯電話の番号ではなく、蓮と牧が共に同居生活をしている部屋の電話番号が表示されていた。

 

 どうやら俺は、間違えて固定電話のほうにかけてしまったようだ。もちろん電話に出ている女の人は、もう間違いない。

 

 「もしかして・・・・・・牧さん?」

 『ふふっ、そーだよ憬くん』

 

 念のために相手を確認すると、案の定からかい半分の小悪魔的な笑みが受話器の奥から耳へと入ってきた。

 




今からちょうど2年ほど前、のちにこれの原型となる別の物語を書き溜めていたことがあったが、結局それは作品として形になる前に幻となってしまった。

無理はない。就活真っ只中という状況の中でアクタージュの連載が終わってしまったやり場のない初期衝動だけで筆を進めてしまったから、すぐに息切れしてぶっ倒れてしまうのは当然だった。

結局その物語は日の目を見ることもなく、今日もノートPCのゴミ箱で静かに眠っている。

だが物語は約1年の月日を経て、“デッドストック”から“プロトタイプ”になった。

人前に出すことすら出来なかった黒き歴史。でもあれがなかったら、そもそもこの物語は生まれなかった。

“プロトタイプの主人公”がいなければ、scene10から先へは絶対に進めなかった。

そう考えると、2年前の挫折も決して無駄じゃなかった・・・と、言えたらいいな。







すいませんただの独り言です。
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