或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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前回のあらすじ。勉強会からの鑑賞会からの間違い電話←今ココ。以上。




scene.51 電話

 『最近どう?元気?』

 「うん、元気元気」

 『その割には随分と緊張してる感じがするんだけど?』

 「そうかな?俺は至って普通だけど?」

 『いま絶対カッコつけたでしょ憬くん?』

 「えっ?いや全然普通でしょ何言ってんだよ?」

 『ははっ、蓮の言う通り憬くんは弄りがいがあるわ~』

 「なっ・・・あのアマなんか知らんけど余計なこと吹き込みやがって

 『憬くんが“アマ”呼ばわりしたことあとで言っとくね』

 「それはマジでやめろ

 

 間違えてかけてしまった電話番号の先から流れる、もう一人の同居人の声。相変わらず向こうは向こうで、目に見えている感情が何を考えているのかまるで分からない。

 

 「・・・オイ、さっきから誰と話してんだよ夕野?

 「ちょっ、邪魔すんな話してんだから

 「ていうかおもくそ女子の声が聞こえた気がしたんだけど?てか絶対女子だろ相手

 「マジで黙れ

 

 案の定、蓮ではない誰かと話していることを秒で察した有島が受話器の反対側から妨害してくるのをいなしながら、俺は牧との電話を続ける。

 

 『誰か隣にいるの?』

 「いや誰も?ちょっと手が滑っただけだよ」

 「ホント嘘つくの下手だな~お前

 

 別に隣にいても困ることはないが、俺は珍しく咄嗟に嘘をついた。しかも我ながらかなりベタなやつだ。

 

 『まぁいいや・・・あ、そうだそうだ、蓮から國近さんの映画に出るって聞いてるんだけど?』

 「えっ?あぁあれは」

 「どーも、何かよく分からないけど夕野君がいつも世話になってます」

 

 そしてとうとう騙し騙しの防御も虚しく、一瞬の隙を突かれて受話器を有島に強奪された。

 

 『・・・ごめん、誰?』

 「あぁこれは失敬、俺は夕野君と“友達(ダチ)の契り”を交わした中学2年生、有島龍太です」

 「“友達(ダチ)の契り”って何だよ?っていうか話し相手が誰なのか分かってんのか?」

 

 電話に出ている相手が“牧静流”であることに全く気付いていない有島は、どこで覚えどこで学んだかも分からない紳士的な口調と“友達(ダチ)の契り”というこれまた訳の分からない謎のワードを使ってクールに自己紹介をする。

 

 『有島龍太くんね・・・うん、名前は覚えた』

 「ありがとうございます。ところであなたのお名前は?」

 「(さっきからどこで覚えて来たんだそんな言葉遣い・・・)」

 

 “でも・・・どういうわけか妙にサマになってやがる・・・”

 

 口に出すと図に乗りそうなので黙っておくが、ひょっとしたら有島(こいつ)には役者の才能があるのかもしれない。そう思わせてしまうぐらい、普段は全く使わない紳士的な口調が何となく噛み合っている。

 

 “いや、それは考えすぎか”

 

 これくらいのことで役者になれるなら、役者を目指す奴らがもっと周りにいてもおかしくないだろう。どんな人間だろうと、人前では無意識に自分を良く魅せようとしてしまうものだとどこかのテレビでどこかの専門家が言っていた気がするが、それと同じようなものかもしれない。

 

 『私は牧静流。さすがにご存知かと思うけど女優やってます』

 「へぇ〜まきし・・・・・・は?

 

 その証拠かは分からないが話し相手が“あの牧静流”だと知った瞬間、有島は驚きすぎて硬直状態になった。当たり前だ。何にも知らずに電話に出てみたら相手が“牧静流”だったなんてことが起これば、そりゃあ普通はこうなる。

 

 正直、俺ですら初対面の瞬間は現実感の無さと驚きのあまり記憶が曖昧だ。

 

 「えっ・・・ホントにマジのガチで牧静流?」

 『うん。ホントにマジのガチで牧静流だよ』

 「・・・・・・うわぁぁぁぁ・・・マジかぁぁぁぁ・・・・・・」

 「(なんちゅうリアクションしてんだよ)」

 

 そして相手が牧であることが証明された瞬間、有島は受話器を持ったまま声にならない声を上げて狼狽えながらその場を右往左往する。普段は常に余裕ぶっていて取り乱しているところを見たことがない俺にとって、こんなに動揺している有島を見るのは少しだけ驚きだった。

 

 「・・・ヤベェよオイ、(ナマ)の牧静流だよオイ、どーする夕野?コレマジで今年で地球滅ぶんじゃね?」

 「何で牧さんと電話しただけで“大予言”が当たんなきゃならないんだよ」

 

 受話器を耳から外し、興奮気味に有島は俺に語りかける。有島(コイツ)が“牧静流”のファンだということは、激しく動揺する様を見てすぐに分かった。

 

 「・・・ていうか龍太って、牧さんのファン?」

 「・・・実はな・・・驚いただろ?」

 

 数秒ほど狼狽えた末、有島は覚悟を決めたかのようにドヤ顔で決め台詞的な言葉を吐いて一度だけ深呼吸をすると、再び受話器を耳に当てる。

 

 「んんっ・・・牧静流さん・・・俺・・・・・・子役の時からずっとファンです」

 『えっ?ホント?それはうれしいなぁ~』

 「オイヤベェよ、牧静流が俺のこと

 「図に乗るな龍太(さっきからお前は乙女か・・・)」

 

 知らなかった。まさか有島が牧のファンだったなんて。まぁだからと言って、俺にとってはそれ以上もそれ以下もない話だということは変わらない。

 

 

 

 “『人っていうのはよ、フカンなんてしなくても生きていけるんだぜ』”

 

 

 

 ただ意外だったのは、そんな風に飾り気なくありのままの自分を豪語していた有島が、牧に対してはこれでもかとあからさまに“自分を演じ”ながら話をしていることだった。

 

 “なにが俯瞰なんてなくても生きていけるだよ・・・言っとくけど今のお前、思いっきり“俯瞰”使ってるからな”

 

 友達(ダチ)だって言ってる癖に、俺らは互いのことをまだまだ知らずにいるばかりだ。

 

 

 

 “・・・それは多分蓮のこともそうだし・・・何より母ちゃんとのこともだ・・・

 

 

 

 『ところで有島くんは憬くんと何してたの?』

 「あぁ、俺は夕野君とちょっと“勉強会”を」

 『へぇ~、偉いじゃん』

 「いやぁそれほどでもないっすよいつものことなんで」

 「牧さん、コイツの言ってることは全部嘘だから聞かなくていいよ」

 

 ちょっとだけ我を忘れて油断しているといよいよ有島が本格的に図に乗り始めていたため、俺は受話器を強奪して牧に話しかける。

 

 「ちょっ、オイまだ話の途中だろうが!」

 「牧さんに余計な嘘を叩き込んでんじゃ」

 

 そして俺が文句を言いかけた隙をついて、有島が再び受話器を奪う。

 

 “・・・もう今日はいいや・・・”

 

 これで心の中で何かが折れた俺は、受話器を奪うことを諦め牧からの電話で有頂天になっている有島を“温かい目”で見守りつつ、2人のやり取りを傍観することにした。

 

 「そうだ、ところで静流さんは今日仕事すか?」

 『ううん、今日は一日中オフだから久しぶりにフルで学校の授業受けて来た』

 「マジすか?静流さんって学校行くんすね?」

 『当たり前だよだってまだ中学生だし私』

 「あーはは言われてみればそれもそうっすよね、で?学校はどーでした?」

 『う~ん・・・やっぱり学校は“チョットだけ”退屈だったかな。なんかお芝居をしている時みたいに“身体が燃えてる”感じがしなくてさ』

 「“身体が燃える”・・・・・・何かいいっすねそれ」

 

 “いや・・・・・・こいつコミュニケーション能力高すぎないか?”

 

 元々有島(こいつ)はクラスのムードメーカー的存在なだけあって社交性が高いことはとっくに知っていたが、相手が初対面かつあの“牧静流”だというのにいきなりこんなにもフランクに人気女優と話せるほどの奴だとは思わなかった。もう最初のしどろもどろ感は皆無だ。

 

 相手のことを考えると、芸能人に全く耐性のない連中は大抵、終始緊張気味のまま空回りして結局大した話題も出来ずに終わるのがオチのはずだ。いや、そう決めつけてしまう俺の思考もそれはそれで問題か・・・いやでも相手を考えたら・・・

 

 “・・・まあ・・・有島(こいつ)ならあり得なくはないか・・・”

 

 と、何秒かの時間の間で考え辿り着いた結論は、“有島ならあり得る”だ。そもそも有島という奴に、一般常識が通用しないのは初対面の時から知ってはいたからだ。

 

 『全然大した意味じゃないんだけどね。なんかこう、“不完全燃焼”、みたいな』

 「やっぱり女優は芝居をしてナンボっすよね?」

 『まぁ、四六時中お芝居のことを考えてるわけじゃないんだけどね』

 

 にしても何で有島(こいつ)は、相手が大物の芸能人であろうとこんなに自然に打ち解け合える・・・?

 

 

 

 “『ぶっちゃけ俺は芸能界のことなんてさっぱり分かんねぇし、きっとそっちの世界じゃ朝起きて飯食って学校にいくような俺らとは一日が違うかもしれねえ。でも俺はそんな世界にいる奴とこうやって話してるわけよ。それってつまり、お前や環がいる芸能界も俺のいるフツーの世界も全く一緒ってことじゃねぇの?』”

 

 

 

 “・・・そっか・・・そういうことか・・・

 

 俺は“俯瞰が無くても生きていける”有島でも“自分を演じている”という考えを撤回した。有島(こいつ)はあくまで、自分に対してとことん正直なだけだ。

 

 “やっぱり、俺はまだこいつには敵わないな・・・”

 

 はっきり言おう。俺はそんな有島のことが本当に羨ましい。きっとこんな感じで何にも恐れずに自分を貫き通せる奴が、この世界を上手く生き残っていくのだろう。

 

 せめて有島のようなポジティブ思考を最初から俺も持ち合わせていたら、母ちゃんとの諍いも父親との過去もとっくに乗り越えられていたのかもしれない。

 

 

 

 “役者になる、ずっと前に

 

 

 

 「・・・ってあれ?そういや何で環んちの電話に繋がってるはずなのに静流さんが出てるんすか?」

 

 再び我に戻ると、有島がごもっともな質問を牧にぶつけていた。言われてみれば、まだ有島にあの2人が同居していることを言っていなかった。

 

 『・・・言っとくけどこれは“私たち”だけの秘密ね?』

 「えっ秘密っすか?うはマジか」

 『いや、公にバラされたら多分色々面倒になるから、そこはマジでよろしく

 「あ、はいスイマセン」

 

 いつもの調子で話しかけたらガチなトーンで諭されたのか、有島は一瞬だけ素に戻って平謝りをする。

 

 『あ、ちょうど帰って来た』

 「えっ?」 「えっ?」

 

 次の瞬間、受話器の奥から聞こえた牧の言葉に反応した憬と有島(ふたり)のリアクションが見事にシンクロした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ただいま静流」

 「おかえり蓮。随分と遅かったね」

 「うん、さっきまで伊織(いおり)たちとマックで勉強したりゲーセンとか行ったりしてたから」

 「いいなぁ~青春してて」

 「静流もたまには同じクラスの友達とかと一緒に遊んだりすればいいのに、堂々としてれば案外バレないもんだよ?」

 「それはダメだよ。だって私は“超有名人”だから蓮みたいに制服着たまま下手に出歩いたら人だかりが出来ちゃうし(そもそも学校で一緒に遊ぶような友達なんて私にはいないし)」

 「・・・あ~なるほど。何となく静流の言いたいことは分かるわ(なんだろ、いま静流からすっごいさり気なく見下されたような気がする)」

 

 午後6時の2分前、仲の良いクラスメイト数人と放課後をひと時を楽しんだ環が牧と共に暮らすマンションの部屋に帰ってきた。

 

 「それより今ちょうどさ、どうしても蓮と話したいって人から電話が来てるんだよね」

 「えっ?誰?」

 「・・・誰だと思う?」

 「・・・ごめん一回手だけ洗ってからでいい?」

 

 牧からの揺さぶりを手を洗いに行くことを口実に一旦回避し、洗面台に向かい手と顔を洗ってリビングに戻る。

 

 「・・・どうせ憬でしょ?」

 

 リビングに戻りがてら環はさも当然のように電話してきた相手が誰なのかを予測しながら、牧から固定電話の受話器を受け取る。

 

 「じゃあ私バスルーム掃除してくる」

 「えっ?あぁうん、ありがと」

 

 そして受話器を環に渡しがてらに牧が“当番制”になっていた風呂場(バスルーム)の掃除に向かうと、リビングにいるのは環だけになった。

 

 「・・・もしもし憬?」

 

 

 

 

 

 

 『・・・もしもし憬?』

 

 牧の口から同居している事実が有島に打ち明けられてから10秒ほどの間が経ち、受話器からもう一人の同居人の声が流れ出した。

 

 「よぉ、久しぶりだな環」

 『・・・・・・その声は龍太?』

 「そーだよ龍太だよ」

 『・・・あぁ・・・超久しぶり・・・』

 「・・・あれ?反応薄くね?もしかして俺のことはあんま覚えてない感じ?」

 『ごめん、そういうことじゃないんだけどさ・・・』

 

 元気よく話しかけた有島に対して、蓮の反応はどこか冷めている。きっとあの牧のことだから、“蓮に会いたいって人がいる”っていう程度の大雑把な説明しかしてないのだろう。

 

 『・・・なんで龍太がここの電話番号知ってんの?

 

 受話器から微かに聞こえる言葉の限り、蓮は本当に何も知らないようだ。いきなり自分の部屋の電話番号なんて教えたはずのない相手から電話がかかって来たら、例え知り合いだろうと嬉しさよりも困惑が勝つに決まっている。

 

 「実は夕野んちの電話からかけてんだよ。ちょうど俺らイツメンで夕野のとこで“勉強会”をやっててさ」

 「“鑑賞会”の間違いだろが」

 『・・・何だそんなことか』

 

 とりあえずこの何とも言えない混乱は有島の説明によってあっさり解決した。

 

 「まぁ、元は夕野が掛ける番号を間違えたっぽいけどな」

 「オイそれは言うな龍太」

 『アハハッ、絶対そうだと思った』

 

 ついでに蓮からは思い切り馬鹿にされた。

 

 「ていうか環お前スゲェな!牧静流と同居してるなんてよ!」

 『同居っていうか、一応静流は事務所の先輩だし』

 「マジか・・・ヤベェな芸能界」

 『うん、ヤバいよほんと』

 「え?じゃあ飯とかも一緒に作ったりしてんの?」

 『さすがに夕飯とかはマネージャーに作ってもらってるけど、掃除とか洗濯は当番制で静流とマネージャーの3人でそれぞれやってるよ』

 「・・・うわエラッ」

 

 俺はもう既にこの辺の事情はとっくに知っているから全く驚きはないが、ただでさえ牧と同居している上に事務所まで同じで牧と一緒に部屋の掃除や洗濯までやっているという事実は、何も知らない有島からしてみればかなりの衝撃だったことだろう。

 

 まぁ俺も初めてそのことを聞いた時は、同じくらいには驚いたが。

 

 

 

 「じゃあそろそろ憬に変わるか?」

 『えっ?もういいの龍太?』

 

 そんなこんなで体感的に2,3分ほど話した後、有島は俺に変わるように促す。別に早く帰ってくれることに越したことはないが、話好きの有島にしては珍しくすんなりと会話を終わらせたことに俺は少しの違和感を覚える。

 

 「この後に塾あるからそろそろ行かないと間に合わねぇし」

 

 それは次の一言で確信に変わった。

 

 『えっ?龍太って塾なんか通ってたっけ?』

 「通い始めたんだよ。これでも俺、進学校目指してるし」

 『へぇ~意外』

 

 意外どころか、真っ赤な嘘である。仮に有島(こいつ)が塾に通い始めるにしても、その可能性はノストラダムスの大予言が当たるのと同じくらいには低いだろう。

 

 「じゃあ今度またここに来た時に気が向いたら夕野に頼んで電話するわ!またな!」

 「勝手に俺を巻き込むな」

 

 無理やり連との電話を終わらせた有島が、俺に受話器を渡す。

 

 「つーことで環と“2人きり”の時間、せいぜい楽しめよ」

 

 そして渾身のドヤ顔でどこか意味深な決め台詞を吐きながら俺の肩を2回叩き、そのまま振り向くことなく逃げるように301号室を後にした。

 

 「・・・“2人きり”って何だよ・・・」

 

 にしても“2人きり”とはどういうことだろうか・・・

 

 

 

 “『ちょうどいいんじゃねぇの?いっそのことここで吐き出せるもの全部吐き出しちまえば?』”

 

 

 

 もしかしたら、そういうことなのか。だとしたら有島も随分と粋なことをしてくれるものだ。

 

 

 

 “・・・といっても、マジで何を話そう・・・

 

 

 

 『・・・・・・憬?聞こえてる?』

 「・・・あぁ悪い、大丈夫、聞こえてる」

 

 受話器から蓮の呼ぶ声が聞こえ我に返り、少しだけ慌て気味に言葉を返す。

 

 『珍しいじゃん、憬から電話よこすなんてさ。間違えで家電(こっち)にかけちゃったらしいけど』

 「間違えたことはいいってもう」

 『でさ、何かあったの?

 

 話を始めて僅か10秒足らずで、いきなり蓮は俺が電話をした理由(わけ)にふれようと揺さぶりをかける。当然俺は平然を装っているつもりだが、蓮からしてみればいつもと微妙に違って聞こえているというのか。

 

 「何かって、すげぇ急だな」

 『だって憬が私に話しかけてくるときって大抵何かしらあるときだからさ?』

 「そうとは限らねぇだろ」

 『・・・じゃあ当ててやろうか?君が私に電話をしてきた理由』

 

 

 

 “『・・・俺が当ててやろうか?』”

 

 

 

 「当てれるもんなら当ててみろ

 

 奇しくも授業終わりに有島が俺に向けて言った言葉と全く同じ言葉(こと)を蓮から言われた俺は、気が付くと有島に向けて言い放った返しと全く同じ返しを蓮へとぶつけていた。

 

 『・・・・・・どうせ芝居のことでまた悩んでるでしょ?』

 「・・・・・・あぁ・・・ほぼ合ってる・・・」

 

 そして見事に2問続けて正解を出されてしまった。どうして俺の周りにいる連中というのは、どいつもこいつもやたらと勘が鋭いのか。いや、逆に言うとそれだけ俺のことを分かっているということだろうか。

 

 ありがた迷惑なような、ほんの少しだけ嬉しいような。

 

 『だいたいさあ、憬が考えてることなんてお芝居か映画かドラマのことぐらいでしょ?単細胞か君は?』

 「誰が単細胞だよ普通にそれ以外のことも考えてるわ」

 『じゃあ“芝居バカ”?それとも“芝居オタク”?』

 「馬鹿にしに来たんなら切るぞマジで」

 『えっ?別に私は馬鹿にしたつもりで言ってないんだけど?』

 「そんなテンションで言われても説得力がねぇよ」

 『うわ酷っ、それが人に悩みを聞く態度ですか?』

 「さっきから面白おかしく弄り倒してるだけじゃねぇか、いい加減にしないとマジで切るからな」

 

 からの同い年の後輩をこれでもかと嘲笑い弄り倒す、同い年の先輩女優の図。

 

 『・・・憬ってホント最低だね、せっかく人が悩める後輩の話を聞こうとしてるってのに

 

 そうこうして弄りを適当にいなしていたら、蓮は今まで聞いたことないゾッとするような冷めた口調で俺を非難する。

 

 「・・・一応聞くけど・・・芝居だよな?」

 『これが芝居に見える?

 

 “さすがに蓮のことだろう”と高を括った俺はいつもの調子で芝居なのかどうかを確かめるが、蓮は冷めた口調はそのままで更に俺を追い詰める。

 

 

 

 “『そういう真似をされるのが一番ムカつくんだよ・・・』”

 

 

 

 春に蓮と映画を観に行った帰り道の記憶が頭を流れる。それを脳内で視た俺は、蓮の感情が“ガチ”だと言うことを理解した。

 

 「・・・・・・ごめん・・・蓮のこと何にも分かってやれなくて・・・

 

 

 

 一緒に役者として勝負する約束までした親友の気持ちすら理解出来ない俺に、家族のことなんか・・・

 

 

 

 『・・・・・・ブッ』

 「・・・?」

 

 その時、受話器の向こうから女子らしさの欠片もないゲラゲラした豪快な笑い声が響く。

 

 『・・・あ~あ、もうあと20秒ぐらい黙っててやろうって思ったけど・・・やっぱりダメだわおもしろ過ぎて』

 「完全に騙されたよチクショウ」

 

 どうやらさっきの“怒り”はとんだ茶番だったようだ。

 

 『ハハハッ、ヤバい待って・・・笑い過ぎて片腹痛い』

 「そんな笑うことか?」

 『だって落ち込み方が“本気すぎて”さあ・・・もう逆に可哀想になってきたわ』

 「言っとくけど本当に覚悟したからな俺」

 『うん知ってる』

 「ホントにやめてくれよこういうの今ので寿命が5年は縮んだわ絶対」

 『私は今のやつで腹筋が死んだよ』

 「知らねぇよ人の不幸を嘲笑いやがって」

 

 そして不覚にも俺は、蓮の“小芝居”に完全に騙された。同じ小芝居でも、スターズのオーディションに落ちた俺を励ますためにやった時の小芝居に比べると、やっぱり蓮の芝居は本当に上手くなっている。

 

 「・・・ていうかさ・・・本当に芝居上手くなったよな、お前?

 

 そんな一瞬だけ表に出てきた本心が、そのまま言葉になって口から溢れた。

 

 “・・・マジで何言ってんだ、俺・・・”

 

 次の瞬間には“何を俺はこんなどうでもいいところで感心しているんだ”という少しの羞恥心にすり替わっていた。でも、本当に上手くなっていた。

 

 『・・・・・・“勝負”をしかけた言い出しっぺがいきなり君のようなド新人にボロ負けでもしてるようじゃ女優は名乗れないからね』

 

 俺からの本心に、蓮は妙に喧嘩腰のような口ぶりで言葉を返してきた。

 

 

 

 “『私と憬・・・どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ』”

 

 

 

 「・・・そうだな。蓮と約束したからな・・・どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか勝負しようってさ」

 

 一瞬だけ蓮がそういう態度をとったことに俺は戸惑ったが、理由はすぐに理解出来た。

 

 『・・・何だよ分かってんじゃん』

 「そりゃあそうだよ。“親友”だからな、俺たち」

 

 俺が思っていた以上に、蓮は“あの日の約束”を大切にしているみたいだ。それは今日の“小芝居”だけでも十分に伝わった。

 

 

 

 本当に蓮が女優(やくしゃ)でいてくれて、そして俺の親友でいてくれて、只々良かったと心から思う。

 

 

 

 『・・・・・・じゃあ同じ役者の先輩として、いや、1人の親友として確認しておきたいことがあります

 「(・・・何だよ急に敬語使ってかしこまって)・・・はい、なんでしょう?」

 

 現実へと引き戻すかの如く突然かしこまった口調で話しかけてきた蓮に、渋々俺も敬語で返す。

 

 『“HOME(ドラマ)”の現場で言ってなかったっけ?経験なんて関係ない、俺たちは新人だ。可能性は無限大だよ・・・って?

 

 蓮に言われて、俺はドラマのリハが始まる直前にそんな感じの言葉を蓮に向けて言ったことを思い出した。

 

 「・・・・・・・・・・・・あぁ・・・そんなこと言ってたわー俺」

 

 ただし蓮に言われるまで頭の中からすっかり消えていたこともあって、意図せず反応が遅れた。

 

 『絶対覚えてないでしょ?』

 「いや、たった今ちょうど思い出した」

 『結局忘れてんじゃねぇかよ』

 

 そしてそのことを当たり前のように蓮からツッコまれた。これに関しては、言い返す術はない。

 

 

 

 “『“早乙女さんとか周りがどうだとか関係ねぇ”って言ったのはどこのどいつ?』”

 

 

 

 不意にドラマの顔合わせの帰りに蓮から言われた言葉が頭の中を駆け巡る。本当に俺という奴は、人から言われた言葉はどうでもいいことまで結構覚えている癖に、自分が誰かに言った言葉は片っ端から忘れてしまう。

 

 『全く・・・言い出しっぺがそれを忘れちゃおしまいだよ。憬

 「・・・ごもっともです

 

 同い年の1年先輩の女優からのお叱りを真に受けて自分でもびっくりするぐらいの本気のトーンで返すと、受話器の向こうから“ただのクラスメイト(親友)”だった時から変わらない笑い声が再び聞こえてきた。

 

 「やっぱさっきから俺を馬鹿にしてんだろお前?」

 『ハハッ、いやだって、さっきからこっちは冗談半分で言ってんのに全部真に受けてめちゃくちゃ落ち込むからさ・・・もうずっとそれが可笑しくて・・・』

 「そんな可笑しいか?」

 『今のやつ真似してやるよ・・・・・・“ごもっともです”・・・ハハハハ

 「オイなに笑ってんだよ?」

 『オイなに笑ってんだよ?』

 「真似すんじゃねぇよ」

 『真似すんじゃねぇよ』

 「・・・本気で切るぞ

 『・・・本気で切るぞ

 

 そこら辺の馬鹿な男子小中学生と同レベルなモノマネの下りをしたのち、気が付くと俺たちは“あの時”と同じようにまた笑い合っていた。

 

 『ていうか憬のマネ上手くない私?お世辞抜きに割と特徴掴んでると思うんだけど?』

 「俺は絶対に認めないからな」

 『後で静流にも見せようかな?』

 「次に会うことがあった時に100パー馬鹿にされるからやめろ」

 

 そして気が付くと、俺の家族の過去だとかユウトを最後まで演じるために課せられている課題のことなどすっかり忘れ、蓮との会話をただひたすら楽しんでいた。

 

 『・・・てことだよ、憬

 「てこと・・・・・・って何が?」

 

 

 

 その瞬間だけは完全に、“過去”のことを忘れていた。

 

 

 

 『芝居のことで悩んでいるか他のことで悩んでるのか知らないけど、途中から自分が悩んでたことなんか忘れてたでしょ?』

 「・・・・・・確かに」

 『それで忘れられるくらいの悩みだったら、その悩みを忘れるくらい芝居に集中すればいいだけのことだよ・・・・・・まぁ別に?これはただの“生意気な先輩”が自分なりに考えて出したアドバイスだから、参考にするかは君に任せるけど?』

 

 母ちゃんとのことや家族のことはとても安易に言えるような事情じゃないから、きっと真実(それ)を知らない蓮にとってはドラマの時のように“また監督や共演者にこっぴどく叱られた”程度にしか思われていないかもしれない。

 

 でも有島と何の意味もなく映画を鑑賞したり、蓮とただただこうして話しているだけで心の中が大分ラクになった感覚がある。

 

 そして俺は“過去”のことなど、一切考えてすらいなかった。

 

 『・・・とにかくつまんないことで悩んでないでさ、役者だったら余計なことは考えずただひたすら“芝居バカ”になってバカ正直な気持ちで演じてみたら?・・・“過去”なんかに囚われないでただひたすらがむしゃらになって前に前に突き進む・・・・・・それが憬の芝居じゃん?・・・多分だけど』

 

 

 

 “『ようは過去なんて“その程度”のものなんだよ』”

 

 

 

 俺はずっと勘違いをしていた。過去は真正面から立ち向かって乗り越えるからこそ向き合えるとずっと思いこんでいた。

 

 

 

 “『・・・・・・憬には何回も言ってるじゃない。父親なんて最初からいないって』”

 

 

 

 母ちゃんはただ逃げているわけじゃなく、きっと自分なりの方法で過去と向き合い続けている。全てはたった1人の家族である俺に不安な思いをさせないために、自分で過去の全てを受け入れて過去を自分だけのものにした。過去への向き合い方なんていくらでもあった。

 

 

 

 過去に囚われていたのは母ちゃんというより、寧ろ俺自身のほうだった。

 

 

 

 「・・・・・・蓮

 『おぉどうしたどうした?いかにもこれから凄いことを言いそうなオーラなんか出しちゃって?』

 「別に凄いとかそういうことじゃねぇよ」

 

 

 

 過去というものは立ち向かって乗り越えるものじゃなくて・・・・・・思い出したり忘れたりしながら未来(まえ)へと進むためにあるものだ・・・・・・

 

 

 

 「・・・ただ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 『・・・ただ・・・・・・今日は蓮の声を聞けて本当に良かった・・・・・・ありがとう・・・

 「・・・・・・・・・さっきから君は二枚目気取りか」

 『気取ってねぇわ』

 

 現場では体験することのできない何気ない普通の日常を通じて、自分の過去と向き合うための糸口を掴んだ憬からの素直な気持ちに、環は一瞬の胸の高鳴りを抑え込みながらいつもの調子で言葉を返した。

 

 ~~~~~~~~おまけ~~~~~~~~

 

 「(・・・ほんと仲が良いこと・・・)」

 

 ちなみにこの時、憬と蓮(ふたり)一部始終(でんわ)をバスルームの掃除に行くフリをして牧が死角からこっそりと盗み聞きしていたことは、言うまでもない。

 

 

 

 “・・・やっぱり私は、“蓮と憬くん(あなたたち)”のような役者が羨ましくて仕方がない・・・

 

 

 

 私はみんなが知っている“普通”を知らない。なぜなら私は生まれた時から、“女優”になるためだけにずっと育てられてきたから。 “女優になりたい”とか、 “女優になりなさい”とか、そういうことじゃない。気が付くと私は、 “女優”になっていた

 

 いや、生まれる前から私は、“女優”になる“運命(こと)”が決まっていた。

 

 

 

 “『静流・・・役者は自分に嘘をついてしまったら、その瞬間に終わりなのよ・・・』”

 

 

 

 だから“普通の世界”を知らない私は、どんなに足掻いても“彼ら”のようにはなれない。

 

 

 

 でも、“それ”でいい。“それ”に想い焦がれ“それ”に抗い続けることが、私にとって牧静流(女優)で在り続けるための原動力(血液)になるのだから・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 「・・・全部あなたのせいだよ・・・・・・“真波さん(おばあちゃん)”・・・

 

 声にならないほどの小さな声で複雑怪奇な心情が渦巻いた感情を吐き出すと、牧はそのままバスルームへ静かに歩いて行った。




※作中に登場するマックは我々のよく知っている“マック”とは無関係です。

ということで次回から一旦物語は現在(2018年)に戻ります。 












黒山監督ハピバ
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