いせおじ・・・・・・復活
東京。阿佐ヶ谷。
新宿駅から各駅停車で10分少々の場所にあるこの街に広がっているのは、下町風情が残る商店街に、裏道に入れば所狭しと軒を連ねるアパートと一軒家という、山手線の外側に行けばどこにでもあるような東京の風景。
こんな感じの雨降るありふれた街の片隅で、華と尋也が出会うことで
「・・・3年ぶりぐらいか・・・ここに来るのは・・・」
朝方からの雨が降る阿佐ヶ谷駅南口の光景を、憬は傘を差し駅前のロータリーから眺めていた。
遡ること約5時間前_
「・・・・・・雨?」
30年以上も前に姿を消した父親の“
“・・・こんな時に・・・”
それから10秒ほどで灰色の空から落ちてきた水滴が地上をはじく音が聴こえ始め、それは1分もしないうちに雨音に変わりすぐ先に見えるはずの
「・・・こりゃあ今日は本降りだな・・・」
雨による湿気で湿り始めた煙草を口に咥えたまま、憬は雨の降り出した都心に視線を送ったまま独り言を呟く。
ただでさえ今までで一番“最悪な悪夢”を見たというのに、神様はほんの5分にも満たない“心の至福”すらも奪おうというのか。
“・・・とにかく今は、憂鬱な悪夢をどこかへ吹き飛ばそうと思っていたのに・・・”
悪夢を見た後の憂鬱な気分を完全に消化できないいまま湿った煙草の火を消してリビングへと戻り、何の意味もなく絵画が真上に鎮座するソファーに座り、黒山に送った
“『どうせなら直接会った時に感想を言いたい』”
黒山が何を考え何を企んでいるのかは知らないが、恐らくこのような重要な話はメールや電話ではなく直接話したい程度のことだろうか。
“『墨字はさ、これからどうすんの?』”
“『旅に出る。カメラ1つで』”
そうであるとしか現時点では言いようがない。
だがいずれにしろ、その答えは翌日の酒の席まで平行線という状況だ。再来週からは制作会議を経て『hole』の映画化に向けた製作が本格的に始動するというタイミングながら、一方の“『二人芝居』”は道半ばで止まったままだ。
この日、俺はもう二度と“ダブルブッキング”で仕事は引き受けないということを心に誓った。
「・・・明後日までずっと雨か・・・」
あれから3時間と少々シナリオと睨めっこをするも一向に続きが思いつかずただ時間を消費するのみに終わり、徐にスマートフォンをつけ天気予報をみれば、不安定な空模様は早くても明後日までは続くときた。もしこの予報が本当であるならば朝の
俺にとってルーティンを削がれるということは、一日の活動意欲にもモロに影響を及ぼす。もっと違う家の中でもできるようなルーティンでも考えろと言われたところで、役者だった頃から変わらず続けていて“人生の一部”と化しているルーティンを今更変えることなど、俺にはできない。
“今日は
3時間が経過しても“
どちらかのために片方を蔑ろにすることなど、全くの論外だ。
「さて・・・・・・どうするか・・・」
憬はその場で1分ほど考え込んだ。そしてふとソファーから立ち上がり窓の外に広がる雨空と水滴の靄がかかった都心を眺めると、“ある場所”へと向かうことを決めた。
「・・・・・・阿佐ヶ谷にでも行くか」
「・・・3年ぶりぐらいか・・・ここに来るのは・・・」
そして俺は今、阿佐ヶ谷駅の南口にいる。ちなみに
“・・・確か寮があるのは馬橋公園の辺りだったか・・・今もあるんかな・・・”
とはいえ最寄り駅の阿佐ヶ谷までは歩きだと10分以上はかかるような場所にその寮はある。立地的にはあまり恵まれた場所とは言えなかったが、芸能コース専用なだけあってセキュリティーは当時としてはかなりしっかりしていた記憶もある。
“おっと危ない、今日はそれが目的じゃない”
かつて住んでいた街を懐かしむ感情を、俺は降りしきる雨と共に地面に落とした。今日ここへ来た目的は、昔を懐かしむためではないからだ。
「・・・とりあえず昼まで“ロケハン”がてらこの辺で時間を潰すか」
ひとまず俺は、南口から青梅街道までの約700メートルを南北に貫く
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺が今日、阿佐ヶ谷に来た本来の目的は『hole』のロケハンをする為だ。その理由は『hole』の作中で尋也のバイト先である喫茶店と、華と尋也が出会う公園のモデルになった場所がどちらも阿佐ヶ谷にあるからだ。そして今日の天候は雨。シチュエーションも含めて、ロケハンを行うには完璧な環境だ。
先ずは目当ての1つとしている“喫茶店”に行く前に、阿佐ヶ谷に住んでいた頃に何度か歩いたアーケードをあの時と同じようにどこの店に入るでもなく、ただ歩く。
“・・・何にも変わってないな・・・”
平日昼前の時間帯もあって人通りはいつもと比べると若干少なめな気もするが、新旧様々なジャンルの店が所狭しとアーケードの中で軒を連ねている光景は、あの頃と全く変わっていない。
俺にとっては特に行きつけの店だとかそういうのは一切ないからどこにどんな店があるかなどは気にも留めてなかったが、やはりここに来ると“役者だった頃”の記憶がふと蘇ってくる。
「・・・アサガヤ・・・?」
アーケードの中程まで進んだところで、ふと縦文字で“アサガヤ”とだけプリントされた白いTシャツが店頭に置かれているのが目に留まった。店の様子を見る限り一見するとただのどこにでもある商店街の衣料品店だ。
“・・・そう言えば同じTシャツを・・・誰かが何かのドラマで着てたよな・・・?”
思い出した。HOMEで主演の早乙女雅臣が劇中でこれと全く同じTシャツを着用していて、確かドラマの放送終了後に一時的にファンの間で飛ぶように売れたことをいつかのワイドショーが言っていた気がする。いま視線の先にある“アサガヤTシャツ”が本物か
「・・・安っ」
割引なしの税抜き498円の値札を見て、思わず声が漏れる。徐に生地を確かめるためにTシャツを掴み取ってみると明らかに通気性が良く、品質自体は値段を考えればかなり高い。胴体部分にデカデカと縦に書かれた“アサガヤ”の四文字さえ気にしなければ、これは普通に“買い”だ。
「それねぇ、意外と売れてるんですよぉ~。びっくりでしょ?」
“アサガヤTシャツ”をじろじろと眺めていた俺に、店を切り盛りしているであろう5,60代ぐらいの女性が気さくな口調で話しかけてきた。別にこのTシャツを買う気は1ミリもないので、少しだけ恥ずかしい気分だ。
「へぇ~そうなんですか」
店主と思われる女性の言葉で、俺はもう一度Tシャツの全体像を見る。相当好みは分かれそうだが、デザイン自体は悪くはない。
残念ながら俺の好みとはとても合いそうにないが・・・
「他にもねぇ、色々あるんですよ~」
すると店主は俺を店の中に案内して、いくつかのTシャツを俺に勧めて来た。確認できたものは“無地Tシャツ”に“
「あなたのような“ハンサム”なお兄さんがこういう服を着るっていうのもかえっていいかもしれないわね」
「あぁ・・・そうですか。あと“ハンサム”は言い過ぎです」
「こういうのを巷ではギャップ映え、いやギャップタグ、えーっと何だったっけな?何かそんな感じの若者言葉ってあったわよね?」
「“ギャップ萌え”、だと思います」
「あぁそうそれ、ありがとうねお兄さん」
「いえ、全然(何だろう、全部が絶妙に惜しいところを突いてる気がする)」
どうやら俺は、店主から“そっち系”のセンスがある人だと思われてしまったらしい。
無論この店自体は至って普通の商店街にありがちな衣料品店で、こういったイロモノはあくまで一部のみである。きっと“個性派Tシャツシリーズ”は、“個性派店主”のちょっとした趣味のようなものなのだろう。
「あともう一つ、これからの季節にオススメですよ~」
そして間髪を入れずに店主は、“
「もちろん全て、XLまでちゃんとありますよ」
無論、俺はこの代物たちを買う気は全くない。だが店頭に堂々と商品として並べられているということは、ニッチではあるが一定の需要はあるということだろうか。
「・・・どういう人が買っているんですか?」
俺は失礼を承知で店主に聞いた。
「そうねぇ~、やっぱりどちらかというと“物好きさん”が多いかしらね?」
「あぁそうですか~(やっぱり)」
「でも中にはこれが好きだって言って全種類を買った高校生の女の子もいたわね」
「・・・高校生ですか?(女子高生でこれらを全部買うとは随分と攻めた奴だな・・・)」
見るからにニッチな物好きが好んで買いそうな雰囲気はあったが、まさか女子高生でこの“シリーズ”を全部買う
まぁ家の中で部屋着として着る分には、中々に快適で寧ろベストなのかもしれない。
「そう。最近は来てないけどこの辺りに住んでる子で1人ね」
「・・・なるほど」
しかもその女子高生は“ご近所さん”と来た。“地球は狭い”という言葉をどこかで何度か聞いたように、もしかしたら世間というものは自分たちが思っている以上に狭いものなのかもしれない。
「しかもね・・・」
すると店主は店内の客が俺しかいないことを見計らい、不意に耳打ちをしてきた。
「まるで女優さんみたいに容姿が整ってて、スタイルもモデルさんのようにスラっとした“べっぴんさん”なのよ」
「・・・小声で話す意味はあるんですか?」
正直、これらの服を買った高校生が美人であるかはどうでもいい。しかしずっと素通りしていただけのアーケードの中に、こんな“個性的”な店があったなんて今まで全く気が付かなかった。
「あんな可愛い子が好き好んでこういうのを買うってこと自体が珍しくて、私も思わず最初に“これください”って私に言ってきたときには“ほんとにこれでいいの?”って聞いちゃったよ」
「あ~はは、そうなんですね(一応変わってるっていう自覚はあるのか・・・)」
決して広いわけではない店内にはオーソドックスな洒落た服からこういった個性派までが無秩序に鎮座し、店に入ればフランクで個性派な
その気になれば、この店のエピソードだけで短編の1つくらいは書けそうな気がしなくもない。
“・・・いっそのことシナリオの一部にこの店のエピソードの1つでも取り入れてみるか・・・?”
なんて呑気なことを、気が付くと俺は考え始めていた。
「その時になんか“面影”があるな~って感じてさ、名前も聞いちゃったのよ」
「へぇ~」
「そしたらちょっと前までうちの店によく来てくれた夜凪さんの娘さんの景ちゃんだったのよ~、ついこの間まではこんなに小っちゃくて可愛かったのにあんな“べっぴんさん”になっちゃって、私も年甲斐もなく盛り上がって色々と話したわ・・・って、こういう世間話を言われてもお兄さん困るわよね?」
「・・・・・・夜凪」
店主の言った女子高生の名前が耳に入り、俺は一気に現実へと引き戻された。恐らくこれらの服を買ったのは間違いなく“景”だ。そして景は小さい頃はこの店に母親と一緒によく服を買いに訪れていた。
“じゃああの靄の正体は夜凪景の母親ということか?”
「・・・もしかしてお知り合いの方で?」
「いや・・・」
ここで俺は反射的に“夜凪とは会ってすらいない”ことを正直に話そうとして踏み止まった。
“『真剣よ!!味見してみる!?』”
“『ねぇ千世子ちゃん、じゃなかったカレン?ここが噂の・・・何だっけ?』”
「・・・・・・実は僕・・・夜凪景さんの“親戚”でして・・・」
「・・・あらまっ」
俺は咄嗟に“夜凪景の親戚”であるという設定の芝居で嘘をついた。すると案の定、ものの見事に嘘を真に受けた店主は右の掌で口元を抑えて驚いた
「・・・ただ本当に小さい時にしか会ってなかったので全然近況とかも知らないのですが、この辺りに住んでいると聞いてちょっと驚きました」
さすがに最初からどの辺りに住んでいるかを聞くと怪しまれるので、当たり障りのない範囲で誤魔化す。あんまり表立つような真似はしたくはなかったが、目の前にいる店主が夜凪のことを知っていることが分かった以上、情報を聞く以外の選択肢はない。
“・・・全ては
「景ちゃんとはどういう関係で?」
「あぁ・・・え~っと、簡単に言うと“
我ながらよく咄嗟にこの設定が出たなと脳内で感心しつつ、第一関門をくりぬけた。
「・・・あらそう~・・・でも親戚なだけあって少しだけ面影があるような気がするわ・・・あぁいらっしゃい」
「・・・そう、ですかね?(思いっきり赤の他人なんだけどな・・・)」
俺の顔をまじまじと見ながら私情を交えてそう言うと、店主は店に入った別の客に声をかける。
「・・・元気そうでしたか?景ちゃんは?」
どうやら店主曰く、俺は夜凪と親戚なだけあって少し似ているらしい。無論、俺と夜凪は血の繋がりはおろか親戚ですらないため、顔が少し似ていることはともかくそれは全くの見当違いだ。
しかし、偶然立ち寄った店の常連がまさか夜凪だったとは。これは思わぬ収穫だ。
「えぇ、変わらずお元気ですよ。3,4年くらい前にお母さんが亡くなられてからはお母さんに変わって女手一つで下の弟さんと妹さんの面倒を見ているらしくて、もう本当にお母さん似の健気で優しい美人さんになりました」
「・・・・・・そうですか」
更に夜凪の母親が既に亡くなっていて、今では夜凪が死んだ母親に代わって長女として
“・・・もしや、夜凪はあの時弟妹のことを思って・・・”
それと同時に、あの靄の正体が少しだけ鮮明に視え始めた感覚が走った。
「あの・・・・・・なんで僕なんかにここまで教えてくれるんですか?」
もちろんこうして思わぬ有益な情報が手に入ったことは嬉しい誤算だが、親戚と嘘をついていながらもここまで赤の他人である俺に詳しく話されると、逆に不安になる。
「・・・・・・上手く言葉にはできないけど、何となくお兄さんには“景ちゃん”の面影があるのよ。例えば目とか鼻のあたりとか」
「・・・そんなに、似てますか?」
「私はそう思うわ。やっぱり親戚だからかしらね?」
「・・・・・・はぁ」
“俺が夜凪の親戚”なのを良いことに思った以上に心を開いて話しかけてくる店主に、思わず押され気味になる。やはり親戚という設定は少しばかりやり過ぎたかもしれない。
にしても、そんなに俺と夜凪の顔は似ているのだろうか。
「あの、お手洗いはどちらにありますか?」
「あぁトイレですか、トイレはそこを突きあたったところですよ」
「はい、ありがとうございます」
店主に断りを入れ、俺は店のトイレへと入る。それなりに年季は入っていそうな雰囲気だが、清掃はキチンと行き届いていて中身は清潔そのものだ。きっとちゃんとやるべきところは徹底してやっているのが、この店が長く続いている理由なのだろう。実際そうなのかは知らないし、正直どうでもいいことだが。
もちろん俺はここで用は足さず、洗面器の上に設置された鏡に映る自分の顔とスマートフォンの中にある百城から送られてきた夜凪の写真を見比べる。
「・・・・・・似てな・・・くはないか・・・?」
店主の言っていた通り、確かに目元や鼻のラインは自分で言うのもアレだが似ていると言われれば似ているのかもしれない。
“・・・・・・でも言うほどか?”
でもこの程度の“そっくりさん”なんて探せば幾らかはいるだろう、程度にしかやっぱり似ていない。
“そりゃあ、所詮は他人だからな”
結局俺はトイレで1分ほど時間を無駄に消費して、手だけを洗いすぐさま店内に戻った。
「先ほどはごめんなさいね、色々と話しかけてしまって」
「いえいえ、とんでもないです」
店内に戻ると、カウンターに戻った店主が少しばかり申し訳なさそうな口調で俺に一言だけ声をかける。店の中を見渡す限り、俺が店主と話している間に入ったもう一人の客は既にこの店を後にしたようだ。
“・・・仕方ない・・・買っておくか・・・”
正直言って自分の好みからは逸れているが、夜凪がこの近辺に住んでいることや家族の話も聞くことが出来た個人的なお礼として、俺は“アサガヤTシャツ”のLサイズを買うことにした。
「・・・本当にこれでいいの?」
「はい」
そもそも俺の好みに合わないというだけで別にデザインは悪くはなく、実用性は高そうだから買う価値は十分ある。
着るかどうかは別の話だが。
「ちなみに景ちゃんのところへ挨拶に行くなら、北口のほうにある中央公園と馬橋公園のちょうど真ん中ぐらいのところに家があるから」
「・・・あぁ、そうなんですね」
そして店主曰く、夜凪の家は阿佐ヶ谷の北口側にあるらしい。一時期住んでいたことも幸いしてか、それがどの辺りのことを指しているのかは割とすぐに分かった。
「景ちゃん本人がそう言ってたから、間違いないわ」
俺はここでまた一つ、重要な情報を手に入れた。しかしながら、幾ら相手が“常連さんの親戚”と思い込んでいるとはいえ、ここまで“見ず知らずの赤の他人”に他の家族のことを話してしまうこの店主に危機管理能力の概念はあるのだろうか。
“このままだとあなた、間違いなく詐欺に遭いますよ”
と、思わず注意しそうになってしまうくらいには心配だ。
「はい、ありがとうございました」
千円札を差し出してお釣りと袋に入った“アサガヤTシャツ”を受け取り、俺はすぐさま“夜凪家”のほうへと向かう。
本当は
“・・・3,4年くらい前にお母さんが亡くなられてからはお母さんに変わって女手一つで下の弟さんと妹さんの面倒を見ているらしくて・・・”
店を後にしようと出口の方角へ振り向いた瞬間、1つだけ大事なことを聞き逃したことに気が付き、俺は咄嗟に店主へ声をかけた。
「・・・そう言えば景ちゃんのお父さんは今、どうされているかは知ってますか?」
「・・・どうして?」
さすがにこの質問はまずかったか。ここまで危機感ゼロだった店主が、初めて俺に疑心の視線を向けた。
「・・・いや・・・なんか風の噂だと結構家を留守にしていることが多いとか・・・そういう噂話もあってとにかく個人的に景ちゃんが心配で・・・(さっきから俺はいったい何を言っているんだ・・・)」
とりあえず夜凪が“女手一つで弟妹の面倒を見ている”というワードと“何故か話題に一切上がらない父親”の存在だけを頼りに、
“とは言うものの、やはり外れる予感しかしない”
「・・・そうなのね・・・・・・実は私も景ちゃんのお父さんの話は全然聞かないから、そこだけはよく分からないのよ・・・この店に来るのも景ちゃんとお母さんだけで、お父さんは一度も顔をみせたこともないし・・・」
「・・・そうなんですね」
どうやら俺がでっち上げた人物像は、幸いにもあながち間違いではなかったようだ。
考えてみれば当たり前だ。まずあれぐらいの年頃の少女に弟妹の世話を押し付ける親なんて、やむを得ないよほどの事情がない限り変な噂が立つのは避けられないだろう。
「すいません、変なことを聞きました。失礼します」
とにかくこれ以上聞き込んでも無駄足になるのは目に見えているため、俺は今度こそ店主の言っていた場所へ向かおうと再び出口へ歩みを進める。
「景ちゃん・・・きっと喜ぶと思うわ。お兄さんが来たら」
そんな俺の背中に、店主の嬉しそうな声が刺さった。
「・・・・・・はい。喜んでくれるといいですね」
その言葉にどういうわけか、俺はほんの一瞬だけ“罪悪感”に似た感情を覚えた。
店を出た憬は、来た道を戻るように阿佐ヶ谷駅の北口を目指してアーケードを歩く。
“『・・・・・・上手く言葉にはできないけど、何となくお兄さんには“景ちゃん”の面影があるのよ。例えば目とか鼻のあたりとか』”
“・・・普通に最後まで騙せてたな、俺・・・”
俺は咄嗟に、他人の前でひと芝居を打った。もちろんそこにカメラもなければ客席もない。いや、厳密には芝居というよりは“親戚”を偽って人を騙しただけの詐欺まがいの行為だから、褒めたようなものではない。
“『やっぱり親戚だからかしらね?』”
でも店主が俺に向けたあの眼は、明らかに俺のことを“景ちゃん”の親戚だと信じ切っていた眼だった。血が繋がっていないどころか親戚ですらない赤の他人だというのに、何の疑いもなく普通に俺のことを親戚だと信じていた。
“・・・もしかしたら俺って・・・意外とまだまだやって行けんのかな・・・”
「・・・!?」
無意識に役者として芝居をする今の自分の姿を想像してしまい、そんな自分に思わず驚く。何でこんなことを不意に思ってしまったのか、自分でも分からない。もしもさっきの店主のことを思い浮かべて舞い上がってしまっただけだとしたら、あまりに滑稽な話だ。
“・・・俺は何を考えているんだ・・・・・・もう芝居なんかやらないと心に誓ったはずなのに・・・”
心の中に突如として芽生えた“邪念”を捨て去ると目の前には南口の駅前と中央線の高架が広がり、本降りだったはずの雨も幾分か小降りになっていた。
※拙作はほんの暫しの間ですが、