或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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年を越す前にchapter3を終わらせるのが今の目標


scene.54 答え

 午前5時30分_中目黒_狩生家・寝室_

 

 ピッピッピピー_ピピピピピピー_ピピピピピピピッピピピピッピッ_ピッピッピピー_ピピピピピピー_ピピピピピピピッ

 

 「・・・ん~だよ朝一発目からうっせぇなぁ誰だおい?」

 『Good morning HIRO(おはようヒロ)。どっかの誰かに頼まれた“約束のモーニングコール”だよ』

 「・・・その声はトーヤか・・・そういやんなこと頼んだっけなお前に?」

 『自分から頼んでおいて忘れるなんて、ヒドいやつだなお前は』

 

 午前5時30分。ユーロビートの着信音と共に目を覚ました狩生が、自室の部屋の枕元に置いていた携帯電話から流れる十夜からのモーニングコールに出る。

 

 「・・・ていうかトーヤはいまどこで何してんの?」

 『ロケ車で現場に移動なう』

 「何時起きだよ?」

 『4時』

 「うわ早っ」

 『なんてったってオレは“人気者”だからね』

 「はぁ~、人気者は朝っぱらから大変だな」

 

 撮影現場へ向かうロケ車の車内からかけてきた十夜の声に狩生は気怠く答えながらベッドから起き上がり1階へと降りて、キッチンの冷蔵庫に保管されているゼリー飲料(朝食)を取り出して口に運ぶ。

 

 『大変なのはヒロも同じだろ?』

 「あ?何が?」

 『撮影。今日で一編に全部撮るんだろ?学校のシーン?』

 「・・・・・・何だそんなことか」

 

 “事務所(スターズ)の広告塔”として分刻みのスケジュールを連日こなし続けている十夜ほどではないが、今日の狩生のスケジュールも中々に“ハード”だ。

 

 『・・・この後の現場はNGひとつ食らうことも許されないぐらい“タイト”だって言ってたのに、随分な余裕だな』

 「わざわざ俺のことを心配してくれんのか?そいつはありがてぇ」

 『心配というよりは“油断するな”ってことをオレは言いたいんだけどね?』

 

 なぜならば本来は2日間に分けて撮り終える予定だった学校でのシーンを、“急遽1日”で撮り終えなければならなくなってしまったからだ。厳密に言えばNGをひとつも出せないほど時間に余裕がないわけではないが、外野からそう言われてしまっても仕方がないくらいには今日のスケジュールはカツカツだ。

 

 「とりあえず“俺の”心配は要らねぇよ。この前と変わらず“本気”で()り切るだけだしな」

 

 もちろん狩生は自分がスケジュールを乱すハンディキャップになるなど全く思ってなどいない。

 

 「・・・ただ、“ヤツ”がまた“クソ雑魚メンタル”を発症しちまったら・・・って確率もゼロじゃねぇってところが“唯一の心配”、的な?」

 

 だが、不安材料が全くないと言われたらそれは嘘になるどころか、逆に“大アリ”だ。

 

 『なんだよ“クソ雑魚メンタル”って?』

 「たったいま俺が即興で名付けた。悪くないだろトーヤ?」

 

 4日前の撮影、俺はリハよりも腕に力を加えて夕野(ヤツ)の首を掴み力を込めた。当然、本当に殺しにかかるような力じゃなく、実際にはせいぜい5割ぐらいだったと思う。これでも俺は、ちゃんと力加減だとかそういうところは超が付くほど冷静になって役を演じることを心掛けているから、俺が力を掛け過ぎたということは神に誓ってもあり得ない。

 

 しかし予期せぬことに、ヤツは俺が首を絞めたことによって記憶からごっそりと抜け落ちていた“父親”という人の記憶を不意に思い出してしまった。

 

 『・・・“クソ雑魚メンタル”ねぇ・・・・・・良いんじゃない?』

 「本気で思ってんのかソレ?」

 『さあ?どっちでしょう?』

 「・・・・・・本気」

 

 所謂、フラッシュバックというやつだ。あの時の怯えようからして、どうやらヤツはガチで“思い出して”しまったらしい。

 

 『ん~・・・・・・15点』

 「何点中?」

 『100点中』

 「ふざけろ」

 

 

 

 実際、読み合わせの段階から“只者じゃない(ヤバい)”ヤツなのは分かっていた。もちろんその“ヤバさ”はリハになって更に比べられないくらい上がっていた。

 

 “・・・このままじゃ喰われる・・・”

 

 自信のあった役を奪われたちょっとした悔しさもあったから、俺は思い切って本気でケンジを演じた。でもあくまでそれは“作品のため”だった。そうでもしなければ監督も納得などしてくれないだろうからだ。だから“本気”で演じた。

 

 それだけのことなのに、ヤツは勝手に崩れやがった。せっかく久しぶりに“おもしろい”ヤツが現れたと思ったら、これだ。それはまるで9回裏ツーアウト満塁、ただし1点でも獲れば逆転サヨナラというヒーローになれる絶好のチャンスというところでバッターボックスに立された挙句、まさかの初球で“サヨナラデッドボール”によって勝負が決まってしまったかのような呆気なさ。

 

 あれだけ人様を期待させておいて、中身はただの“クソ雑魚メンタル”のクラスに必ず2人くらいはいる根暗タイプの中2だった。なんてオチだけは御免だ。

 

 

 

 “・・・あんな根暗そうな“クソ雑魚メンタル”が4日でどうにか出来んのか・・・?

 

 

 

 「・・・つーかあんな根暗の“クソ雑魚メンタル”を4日でどうにか出来んのかよ・・・もし出来たら少年マンガだぜマジで?」

 

 自分の中の思いを、狩生はそのまま言葉にして吐き出す。

 

 

 

 “・・・むしろ“ガラスのように脆い”からこそ・・・それが“出来ちゃう”んだよ・・・

 

 

 

 それを聞いた十夜は、電波の向こう側で微笑ましく笑みをこぼす。

 

 『・・・・・・ヒロ?オレがおととい言った“アドバイス”は覚えてる?

 「おととい?・・・あー・・・」

 

 

 

 “『・・・・・・今の自分を“過信”するな。多分相手はヒロが思っている以上に強いから・・・・・・』”

 

 

 

 「・・・だな?

 『危うく忘れかけてたっぽく聞こえたけど、ちゃんと覚えていそうでひとまず良かった』

 「フッ、忘れるわけねぇだろ・・・俺を誰だと思ってやがる?」

 

 十夜からの微笑みを、狩生は鼻で笑うかのごとく余裕の態度で返す。

 

 『じゃあせいぜい“自分らしく”演じてこいよ。応援してるから』

 「おう、わざわざ声援ありがとなトーヤ」

 『Good luck(幸運を)

 「Same to you(お前もな)

 

 そして最後はこの2人にしかできないアメリカ仕込みの挨拶で電話を終わらせた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 学校シーン撮影最終日_午前9時_旧野比高校_

 

 「おはようございます」

 「おう、お早う」

 

 小雨が降りしきる不安定な天候の中、今日の撮影における一番の“要”となる憬が撮影現場の廃校に到着した。

 

 「・・・・・・どうやら“自分なり”の答えは見つかったみたいだな。今日の撮影を無事に乗り切れるかは別として」

 

 撮影の準備を指揮する自分の元に挨拶しに来た憬の表情を視た國近は、すぐさま憬が自分の過去に対する1つの“結論(答え)”に辿り着いたことを見抜く。

 

 「えっ?そう見えますか?」

 「あぁ、なんせ俺は1ミリにも満たないような役者の“芝居の綻び”に気付くことのできる“映画監督”だからな」

 「・・・はぁ」

 

 やや自負的に自分のことをわざとらしく棚に上げるように“答えを見つけてきた”ことを当てた國近に憬は思わず面を食らいやや困惑するも、3日前に撮影の見学に来た時の“迷い”はすっかり消えていた。

 

 「・・・じゃあ早速聞かせてくれないか・・・?その“答え”をよ・・・」

 

 準備を進める傍らで國近は憬と共に一旦廊下へと出て、辿り着いた“答え”を聞き出した。

 

 

 

 

 

 

 2日前_

 

 「ただいま」

 

 夜7時を数分ほど回った頃、ほぼ予想通りの時間で母ちゃんは301号室に帰宅すると、“ただいま”と一言だけ声をかけてそのままキッチンの冷蔵庫に直行して仕事終わりに買い貯めた食材などを入れる。

 

 

 

 “『・・・・・・いつまで逃げてんだよ!!』”

 

 

 

 昨日の今日ということもあって、俺たちの間を覆う空気はまだどことなく重い。

 

 でももう、俺の迷いは消えていた。もちろんそれは昨日のような無鉄砲な主張なんかじゃなく、“過去との向き合い方”を自分なりに知った“本当の思い”だ。

 

 「母ちゃん・・・」

 

 俺は覚悟を決めて、食材を冷蔵庫に入れる母ちゃんの背中に話しかけた。

 

 

 

 「・・・・・・俺さ・・・・・・やっぱり“過去”のことなんて考えんのやめることにしたわ

 

 これが、丸一日経った末に辿り着いた自分の“過去”に対する自分の“答え”だった。

 

 「・・・きのう母ちゃんから頬をビンタされて、それでどうしたらいいんだって一晩中考えてもまとまらなくて、そんで学校が終わった後に有島とただの“ダチ”としての時間を過ごして、それで最後は蓮との電話でいま悩んでいることをすっかり忘れるくらい下らない話をして盛り上がって・・・・・・ぁぁ駄目だ全然言葉がまとまんねぇ~・・・これじゃあ何が言いたいのか分かんねぇじゃねぇか」

 

 いざその答えを言葉にして母ちゃんに伝えようとしたらまるで絵日記のようになってしまった自分に思わず自分でツッコむ。何で過去のことを考えないようにしたか、それを説明しようとした結果がコレだ。

 

 「・・・あぁマジで何て言えばいいんだ・・・」

 

 こんな感じでここぞという時にグダグダになるのも俺の悪いところだが、この時だけはどんなにグダグダになろうとも全部包み隠さず母ちゃんに伝えようと思っていた。

 

 「・・・・・・いま撮影してる映画で俺が演じてる役がさ、1歳の時に実の母親から首を絞められた挙句に実の父親から施設に預けられた過去がある役でさ、しかも当の本人はそのことを完全に忘れてんだよね。そして忘れたまま中学生になって普通にクラスに友達もいて部活もしていて、本当に中学生をしてたけどちょっとした喧嘩で同じクラスの奴に首を絞められた瞬間に“母親から首を絞められた”ことがフラッシュバックして・・・・・・俺もその瞬間(とき)に“父親”のことを全く同じように“思い出した”・・・」

 

 悩んだ末に、俺はフラッシュバックを引き起こしたことと、そこから答えに辿り着くまでに至る顛末の全て母ちゃんに打ち明けた。もう過去がどうだとか、そんなことは関係なかった。

 

「・・・ぶっちゃけ、何が起きたのか全く分かんなくなってパニックになったよ・・・何度も忘れようとしても頭の中からそれが離れなかったから・・・・・・紛れもなく“本当の記憶”を思い出したって気が付いた・・・・・・それから俺なりにどうしたらこの“記憶”と向き合えられるんだろうって必死になって考えたけど、全然分かんなくなって母ちゃんにもキツく当たっちまった・・・気持ちとかそういうのを何も考える余裕がなかった・・・・・・昨日のことは本当にごめんな・・・」

 

 いかにもグダグダで人生史上1位2位を争うほど最悪なレベルで纏まりの悪い俺の話を、母ちゃんはただ黙って背中を向けながら聞いていた。

 

「・・・それでさっき話した有島だとか蓮の話に繋がるわけなんだけどさ・・・・・・俺・・・ここんところずっと過去に囚われ過ぎて“”が恵まれていることに気付いていなかった・・・・・・俺のことを“芸能人”だなんて1ミリも思わず今でもクラスで会うたびにただの“ダチ”のまま接してくれる有島とか、何だかんだ俺のことをずっと役者としてだけじゃなくて親友としても応援してくれてる蓮だったり・・・それから俺に“役者としてのあり方”を色々と教えてくれた共演者の剣さんや監督のドクさんだったり・・・・・・本当に俺は恵まれてるなって、過去を思い出したことで色々と気付かされた

 

 口を挟むことも自分の言葉で言い返すこともせず、ただただ黙って俺の話をずっと聞いていた。

 

 「・・・それで思ったんだ・・・“過去”がどうだとか、俺の父親はどこのどいつだとか、そんなことを考えるよりも“仲間に囲まれて充実してる今をとことん楽しんでやろう”って・・・・・・だからもう、“過去”のことを考えるのはやめようと思う・・・

 

 

 

 “『“過去”なんかに囚われないでただひたすらがむしゃらになって前に前に突き進む・・・・・・それが憬の芝居じゃん?』”

 

 

 

 こうして俺は、“過去のことは考えない”という本末転倒な答えに辿り着いた。でもこれは決して過去から目を背いて逃げるためじゃない。

 

 自分自身、そして家族が未來(まえ)へと進むためにはこの方法が一番だと思った。

 

 「・・・でも、あの日に母ちゃんが俺のことを助けてくれなかったら今の俺はいないし、母ちゃんがいたから映画もドラマも演じることも好きになった・・・・・・そのことだけは頭の片隅でも良いから残しておいてほしい・・・・・・

 

 最後は直接言うのが急に恥ずかしくなり遠回しで母ちゃんに感謝を告げたが、逆に自分でも何を言っているんだと思ってしまうレベルで恥ずかしくなってしまった。

 

 「・・・・・・素直にありがとうって言えばいいのに

 

 すると母ちゃんは冷蔵庫を閉めて振り返りざまそう言うと、俺に向けて笑った。

 

 「・・・って、憬の気持ちを何でも分かってたつもりだった私がそれを言う資格もない、か」

 

 その笑みが果たして本心からなのかはたまた気を遣っているのかは関係なく、それまで俺と母ちゃんを覆っていた重い空気が次第に晴れていく確かな感覚があって、俺は説明のつかない“安心感”に駆られた。

 

 「・・・いや、分かってないのは俺のほうだったよ。人の気持ちを何も考えずに自己中に突っ走って・・・・・・そりゃあビンタされても仕方ねぇわ」

 「痛かったでしょ?正直?」

 「・・・ほんのちょっとな」

 「そりゃああれだけ強く引っ叩いたら痛いに決まっているわよ」

 「何だよ自覚あったんかい」

 

 もちろんそれを“態度に示す”のもどこか恥ずかしかったから、俺は自虐を交えつつ誤魔化した。まだほんの少しぎこちなさはあるが、1日ぶりに戻って来た“いつもの日常”。

 

 「・・・まぁそういうことだから、今回のことはこれで“おしまい”ってことでいいか?母ちゃん?」

 

 とりあえず、母ちゃんとの“過去”を巡る喧嘩はやや呆気ない形で幕切れになった。まぁ、ドキュメンタリー番組や映画の中で描かれるドラマチックな展開なんて現実じゃ滅多に起こりはしないから、所詮はドラマじゃない現実なんてそんなもんなのだろう。

 

 とうとう一番肝心の過去のことは聞けずに終わってしまったが、ひとまず良かった。

 

 「・・・実は私もさ、昨日の夜に憬が寝た後に1人で考えてたわけよ・・・・・・“過去”のことを憬に話そうか話さないか・・・

 

 と、すっかり油断していたところで、母ちゃんがいつもの飄々としたテンションで話の続きを始めた。

 

 「それでね・・・今日の夜に帰った後、憬に思い切って話そうってさ。だって憬もまだ子供とはいえもう14だし、一応芸能界に入ってる身だからこれからのことを冷静に考えてみれば少しは話しておいたほうがいいかなって思ったわけ。本当はあんなこと思い出されたらきっと辛いだろうしそんな思いを憬にはして欲しくなかったからずっと言わなかったけど、思い出しちゃったらそんなこと関係ないしね?」

 「昨日あんだけ図星突かれて取り乱してたクセに」

 

 正直このまま終わっても別に良かったのだが、本人に話す意思があったというなら聞いておいて少なくとも損はないと俺は即座に思った。

 

 「それは憬もそうだったでしょ?」

 「そりゃあ・・・あんな過去をいきなり思い出したら誰だって取り乱すに決まってんだろ」

 

 “過去を考えない”ということは“過去を知った”としても普通にできるし、“考えない過去”があるからこそ引き出しも増える。これは普通に一石二鳥だ。

 

 そもそもユウトは首を絞められた瞬間とケンジと仲直りする場面では“記憶の精度”が異なる。それはケンジとの仲直りは、家出してショウタに見つけられて宮入家に戻りそこで毅から真実を聞かされた後の出来事だからだ。

 

 

 

 ・・・てことはどっちにしろ、母ちゃんから過去のことを聞き出さないと駄目じゃね・・・?

 

 

 

 「母ちゃん・・・やっぱり“その話”、俺に教えてくれない?」

 「・・・自分で“おしまい”って言ったくせに?」

 

 いつの間にか“過去の詮索”の目的が“役作りから仲直り”に無意識のうちに切り替わっていたことに気がつき、自分ながらに酷く恥ずかしい気分だったが俺は恥じらいというちんけなプライドを捨てて母ちゃんに頼み込んだ。

 

 「・・・・・・“役作り”でどうしても“必要”なんだよ・・・・・・

 

 本当にいま思えば、なんで“この一言”が最初に出てこなかったんだとつくづく思う。

 

 「・・・・・・最初からそう言ってくれたら全然協力したのに」

 「ホントかよ?」

 「ホントよ。これでも憬のことは応援してるからね、私」

 「・・・それは、どうも」

 

 呆れ半分、からかい半分で笑いかける母ちゃんからの言葉で、俺は“昨日までのやり方”がいかに間違っていたのかを思い知った。

 

 

 

 “あれ・・・・・・何で俺はこんな時に芝居のことを考えてんだ・・・?

 

 

 

 同時に俺は気が付いた。母ちゃんに自分なりの答えを打ち明けたことで頭の中の思考回路が“普段の状態”に戻っているということに。そして、母ちゃんが過去を明かそうとしている覚悟すらも芝居の糧として“利用”しようとしている自分自身に。

 

 “・・・でもなんか・・・今の俺ってすごく役者っぽくね・・・?

 

 だが不思議と罪悪感は全く感じなかった。そのかわり、“ようやく俺も役者っぽくなってきたな”という高揚感に似た何かが一瞬だけ頭をよぎった。

 

 「・・・・・・最初に言っておくけど、この過去(こと)は私たち2人だけじゃどうにもならないようなことだから・・・全部は話せないけど、それでもいい?

 「・・・・・・あぁ、分かった

 

 そして深く呼吸をして心を決めた母ちゃんは俺に、ようやく“過去”のことを打ち明けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・なるほどな。で、“”はあるのか?」

 

 憬からの答えを聞いた國近は、色んな感情が半々に入り交じった反応を見せる。

 

 「はい。とりあえず今はまだ、この“過去”は温存しときます」

 

 そんな國近に、憬は迷いのない感情で堂々と答える。

 

 「“まだ”ってのはどういう意味だ?」

 

 國近は憬の言う“まだ”という部分を掘り下げるが、憬にとっては既に想定していたことだった。

 

 「・・・あの後に1人でユウトのことを考えていて気が付いたんですよ・・・首を絞められた時のユウトも、その後にリョウコを探しに家出するときのユウトも、まだ母親(リョウコ)のことなんてほんの少ししか知らない・・・そもそも毅から過去を明かされる前に過去を全部知ってしまったらそれはもうユウトじゃない・・・・・・だから俺は、“過去を曖昧”にしたままでユウトを演じようと決めました

 

 母ちゃんの口から過去のことを明かされた後、俺はその“過去”をどのようにして芝居に昇華させるかを“感情的”ではなく、“理論的”に考えた。そして辿り着いた答えは、自分の中でその過去を“曖昧”にするということ。

 

 「“曖昧”にするって・・・それこそどうすんだよ?」

 

 過去を“曖昧”にする方法。はっきり言ってそのやり方は0コンマも気を抜くことすら許されないほど繊細に気を使わなければいけないようなやり方だ。これが正しいかなんて保証はないし、人に教えても納得してもらえるとも限らない。

 

 でもこれが、今の俺がユウトを演じ切るための“最善(答え)”だ。

 

 「・・・それは」

 「オハヨーゴザイマス

 

 目の前の國近にその“策”を打ち明けよと口を開いた瞬間、横の方からワザとらしさ全開の“おはようございます”の声が聞こえ、話が中断された。

 

 「オイ、挨拶は“おはようございます”だろが。ふざけないでちゃんと言えって学校で習わなかったか?」

 「スイマセン。自分、あいさつは“LA”でしか習ってこなかったもんで」

 「LAでもそんな挨拶するわけねぇだろ」

 

 声のする方へ視線を向けると、そこには有名ブランドのジャージ姿を着た“ケンジ”がいた。

 

 「言っとくけどそのネタ1ミリも面白くねぇからな?」

 「そんなに怒んないでくださいよカントク。これはジョークっすよジョーク」

 「こないだの撮影でちょっと“良い芝居”したからって図に乗るんじゃねぇぞ、狩生」

 

 

 

 “『狩生尋です。とりあえず俺なりにケンジを演じていくんで、よろしくお願いします』”

 

 

 

 最初の顔合わせや読み合わせの時は至って普通で、芝居も俺からしてみればよくも悪くも普通で、やや自信過剰で尖った自己紹介を除けば特にこれといった印象は全く残っていなかった。そして当日のリハーサルでも、芝居は相変わらず“普通なまま”だった。

 

 

 

 “『じゃあよろしくな・・・・・・俺もガチでやるから』”

 

 

 

 だが本番に入ったその瞬間、狩生は一気に自分の中にあるギアを上げて“本気”で演じてきた。それに触発される恰好になった俺も今までで“一番本気”になってそれに挑み、結果的にユウトと同様のフラッシュバックを起こしてしまった。

 

 

 

 「あ、セキノもいんじゃん。おはよ」

 「・・・おはようございます」

 

 4日前のことをふと思い浮かべていると、ある意味で“因縁の相手”でもある狩生がいきなり馴れ馴れしい態度で俺に声をかけてきた。

 

 「この間は大丈夫だったか?メンタルがクラッシュしてたっぽかったけど?」

 「メンタルがクラッシュ・・・・・・あぁ、フラッシュバックのこと?」

 「そう」

 

 いきなり独特な表現が炸裂して思わず反応が遅れたが、すぐに4日前のフラッシュバックのことを聞いていることを理解した。

 

 「で?メンタルはもう大丈夫か?」

 「はい・・・この4日間の間で俺なりに“答え”を見つけることは出来たので、後はそれを実践するだけです」

 「へぇ~・・・カッコイイじゃん」

 「あぁ・・・そうっすか」

 

 4日前とは打って変わり馴れ馴れしい態度で俺に声をかけてきた狩生は、メンタルを元に戻せた俺を称えるような言葉をかけ、俺の肩に手をかける。明るそうながらもどこか近寄りがたさもある掴みどころのない雰囲気は、正直言って全く慣れない。

 

 「じゃあ今日もガチで行くから。よろしくな

 

 そして狩生はそのまま振り返ることなく着替え場所となる控え室の教室へと歩いて行った。

 

 「・・・・・・ったく、狩生(アイツ)狩生(アイツ)でめんどくせえな」

 

 その後ろ姿に、國近は色んな感情の入れ交じった独り言を呟く。

 

 「・・・やっぱり変わった人が多いですね・・・・・・芸能界(この世界)

 

 それに続いて憬も、頭の中でふと浮かんだ思いをそのまま独り言にして呟いた。

 

 「・・・当たり前だ。言い方は悪いが芝居を生業にする生き方を選んで成功を掴む人間の大半は、一般常識なんて全く通用しねぇ奴らばかりだからな」

 

 かつて街でばったり遭遇した“天馬心”も言っていた。“芸能界は変わり者の巣窟”だと。少しだけ考えてみれば誰だって分かることだ。“他の誰かになりきる”ことでお金を稼ぐなんて、一般社会で働くサラリーマンの人たちからしてみれば異常でしかないだろう。

 

 そういう常軌を逸したような喜びを心の底から好きになれないと、芸能界(この世界)じゃ生き残ることはできないのかもしれない。

 

 「・・・・・・みんなと比べて、俺は“変わって”いますか?」

 

 そして俺はいま、“他人を演じる”という喜びに一歩ずつ足を踏み入れて、この後に待ち受ける“高い関門”に挑もうとしている。

 

 でもそこに、4日前と同じ“恐怖”や“不安”は全くない。

 

 「・・・こういうことは安易には言いたくねぇけど・・・・・・いまの夕野は周りと同じくらい“変わって”いるよ」

 「・・・・・・そうですか」

 

 不安要素を取り払った憬の覚悟に、國近は心の中でほくそ笑みながら彼なりの“激励の言葉”を送り、憬はその“激励”を自信に満ちた表情で静かに受け取る。

 

 「・・・夕野・・・今から20分後にこの教室に集合したのち、カメリハを始めて午前はそのまま通す。制服(衣装)に着替えてこい」

 

 それを見た國近は一旦撮影に向けた準備が行われている教室と左手にはめたデジタル式の腕時計を目で確認し、憬に撮影開始前の“最後の言葉”をかけるとそのまま教室の中に入って再びスタッフ陣の指揮を執り始める。

 

 「・・・・・・“策”、聞かなくていいんですか?

 

 俺のことなど目もくれずに現場の指揮を再びやり始めた國近に、俺は中断していた質問の続きを聞こうと声をかけた。

 

 「・・・・・・あぁ、聞こうかと思ったけどやっぱりやめたわ。お前には従順に俺の言うことを聞いてくれる“優等生”よりも、隠し持った刃で俺に立ち向かってくるような“クソガキ”でいて欲しいからな・・・・・・だからお前が必死こいてこの4日間で考えた“策”ってヤツで演じ切れるっていうなら、それで演じ切ってここにいる連中全員に“見せつけて”やれ・・・

 

 そして返って来た言葉は、今までのような““台本”と睨めっこをする前に、先ずは周りの人間を“視ろ””という言葉とは対照的なメッセージだった。どうしてこのタイミングでそんなことを國近が言ったのか、すぐには意図が分からなかった。

 

 

 

 “『・・・つまんねぇな』”

 

 

 

 だが次の瞬間に最終選考のオーディションで自分のやり方に異を唱えながらも國近からの圧に負けてしまい“降参の言葉”を言ってしまい見限られた少年のことが頭に浮かんだ瞬間、“その意図”が分かった。

 

 「・・・分かりました・・・

 

 役者は共演者やスタッフなど周りの助け舟がなければ“本番”まで辿り着けないが、いざ始まった“本番”では誰も頼ることが出来ないし、頼ってはいけない。

 

 

 

 結局最後まで頼れるのは、自分自身だけだ。

 

 

 

 「・・・見ていてください・・・

 

 憬からの宣戦布告とも取れる覚悟の言葉に、國近は背中を向けたままゆっくりと頷いた。

 




狩生の携帯電話の着信音が何の曲なのか、狩生が挨拶で言っていた「オハヨーゴザイマス」の元ネタをググらずに分かった人は、恐らくその多くが90年代後半に青春を謳歌なさった方たちだと思います(いや偏見がすげぇ)。

ちなみに作者は1998年生まれの厄年ですが、ジャンプ黄金期や“赤い髪のエイリアン”が地上にいた時代をリアルタイムで体験している世代の人たちが、超が付くぐらい羨ましいです。
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