或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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赤坂アカ先生・・・・・・7年半の連載お疲れ様でした!


scene.61 親子②

“『・・・第三回廊(この劇団)も旗揚げから早5年・・・僕らは演劇人として“新しい局面”に立つべき時が来た・・・・・・そのための“序章”として、本日をもって“第三回廊”は演研から“完全に独立”する・・・・・・“プロの劇団”として・・・更なる演劇の発展に尽くしていくために・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・憬には私とかお父さん(あの人)みたいに“辛い”思いはして欲しくない・・・だから憬がどんな選択をしたとしても、私は“家族”として憬が自分で選んだ道をとにかく信じて支えようって、(あなた)と“ふたりだけ”になったときから決めていた・・・・・・それだけかな・・・

 「・・・・・・そっか

 

 母ちゃんから初めて “芸能界に入ることを一切反対しなかった理由”を告げられた俺だったが、やはり“12年前の光景”が脳裏でつい引っかかった。

 

 「・・・・・・じゃあ・・・俺が2歳になるまでにその父親と何があった?

 

 俺は、両親と絶縁をしてまで俺の父親にあたる青年と共に突き進んでいった道の先に待ち受けている“12年前の光景”に至るまでの顛末を、母ちゃんに聞いた。

 

 「・・・あぁ・・・別にどうしても言えないことだったらここまででも大丈夫だけどよ。ていうか元から全部は言えねぇ話だろ、それ?」

 

 たださすがに自分の中にある良心が働き、俺は無意識に“保険”をかけた。いくら役作りで必要なことだとはいえ、人のトラウマを掘り下げるような真似をするのは良い気分はしない。

 

 「・・・・・・“役作り”でどうしても“必要”なんじゃないの?

 

 そんな俺の心配を杞憂するかのように、母ちゃんは余裕の表情を浮かべながら揶揄い気味に言葉を返した。

 

 「・・・大丈夫なんだな?

 「そのために私に聞いてるんでしょ?憬?

 

 あまりに呆気らかんとした母ちゃんに溜まらずもう一度だけ気を確かめると、相変わらずの態度で跳ね返された。そのいつも通りの様子を見た俺は、今度こそ話の続きを聞く覚悟を決めた。

 

 「じゃあ、続きを教えてくれ

 

 リビングのテーブル越しに真っ直ぐ視線を向けた俺に、母ちゃんは一呼吸を置いて静かに話の続きを始めた。

 

 「・・・両親と喧嘩別れした3日後かな・・・・・・“あの人”が“演研から離れてプロとして独立する”って言い出したのは・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 11月20日_午前9時10分_横浜市中区・伊勢佐木町_

 

 「憬はこういう喫茶店に入るのは初めてか?」

 

 11月20日、午前9時10分。俺は主人公のショウタと共に自分の実の母親であるリョウコと13年ぶりに再会を果たすシーンの撮影のため、伊勢佐木町の一角にある喫茶店に来ていた。

 

 ちなみに余談だが宮入家がある場所は伊勢佐木町からほど近い野ケ山辺りとなっているが、実際に宮入家として使われている家があるのは伊勢佐木町から少しだけ逸れた南太田という場所である。國近曰く、“これでも一番近い場所を確保できた”という。

 

 無論、これらの矛盾は映画やドラマの撮影(ロケ)では“割とよくある話”なので気にしてはいけない。

 

 「・・・一度だけ行ったことがある気がします」

 

 20分後から始まるリハを前に準備が進む喫茶店の店内を共に下見している渡戸の言葉に、憬は小さい頃の記憶を頼りに5歳くらいの時にこのような喫茶店に江利と行った日のことを思い起こす。

 

 「・・・幼稚園の時に映画を観終えた帰りに母ちゃんと一回だけ行きました」

 

 記憶が正しければ、5歳くらいの時に“ご都合主義のアニメ映画”を観た帰りの途中で、俺はこんな感じの喫茶店に母ちゃんと一緒に行ったことがある。当然“ムービータウン(あの映画館)”があるのは“西口”だから同じ横浜と言えど場所は全然違うのだが、あの時に入った店もこんな感じの雰囲気だった。

 

 「初めて喫茶店に入った瞬間の気持ちは覚えているか?」

 「初めて入ったとき・・・」

 

 実に退屈な“ご都合主義のアニメ映画”を観終えて、その映画館から少しだけ歩いたところの喫茶店に入った。あの時の感覚を頼りにすると恐らく昼食を食べるために入ったのだろう。

 

 「・・・あんまり記憶にはないんですけど・・・ちょっとだけ緊張したことだけは覚えてます」

 

 その店に入った瞬間、ファミリーレストランとは明らかに違う独特でレトロな空間が目の前に広がっていた。“レトロ”という概念なんか存在しない当時5歳くらいのガキだった俺には、その光景に少しだけビビッていたことだけは確かに覚えている。

 

 「って言っても、本当にそれぐらいしか覚えていないんですけどね」

 

 ただ覚えているのはこれぐらいで、あの店に入って何を頼んだのか、母ちゃんとどんな話をしたのか、そもそもあの店は西口のどの辺りにあったのかも含めて全くと言っていいほど記憶がない。もちろん映画を観た後に生まれて初めて喫茶店に行った日のことを母ちゃんから聞き出すことは普通に出来たかもしれないが、俺は“敢えて”それをしなかった。

 

 「俺は初めてだよ。こういう店に入るの」

 

 一方の渡戸は、このような店に入ること自体が初めてらしい。共演者として“過去”を知っている俺からしてみれば“らしいっちゃらしい”けど、それを口にして本人に言う“余計な勇気”は俺にはない。

 

 「・・・今日まで一度もってことですか」

 「そう」

 「下見は?」

 

 ただ役作りのために自身が世話になった近所の“児童養護施設(友生学園)”に出向き“恩師の人”から施設で暮らす子どもたちの現状やエピソードを聞き出したり、独学で心理学について調べてくるなど役に必要な下準備を欠かさずやってから本番に挑む用意周到で真面目なこの人が、まさか“下見”もせずに今日の撮影に挑むとは思えないと直感した俺は試しに聞いた。

 

 「やってない」

 

 すると渡戸は息つく暇もないほどの早さで即答した。ちなみに俺も、今日の撮影に向けた“喫茶店の下見”は一度もやっていない。

 

 理由は“ただ1つ”だ。

 

 「だって“俺たち”、喫茶店なんて生まれてこのかた一度も行ったことがないだろ?」

 

 そしてそれは聞くまでもなく、渡戸も同じことだった。

 

 「・・・憬も忘れてないよな?」

 「もちろんです。これも全部自分をユウトに近づけるためですから」

 

 ショウタもユウトも、“兄弟だけで”リョウコと会うことになって今まで生きてきて初めての喫茶店。説明するまでもなく、“俺たち”は生まれて初めて喫茶店という店に入ることになる。

 

 

 

 “『・・・大事なのはより役に近づけた状態で演じるために“体験”を積むことだ・・・』”

 

 

 

 國近から言われた“体験を積む”ということを律義に守り続けて役と自分の距離を近づけるために同じ“経験”を積むこと。それは読み合わせの初日の帰りに生まれて初めてコーヒーを口にした時から変わらない。

 

 だから今回の撮影で俺は“生まれて初めて喫茶店に入る”という感覚をなるべくリアルに演じられるように、“敢えて”5歳の時の記憶が曖昧なままの状態で今日の撮影に臨んでいる。

 

 「でも剣さんも“こういうこと”をするって、なんか意外ですね」

 「意外でも何でもない」

 

 もちろん俺は渡戸が“全く同じ”理由でショウタの役作りをしていたことを知った上でそう言うと、渡戸はクールな顔で即座に否定した。

 

 「憬と同じで、俺もずっと“ショウタ”に近づくために役作りをしてきた・・・ただそれだけのことだよ

 

 意外でも何でもない。渡戸は渡戸で自分の中にある“()り方”でずっとショウタの役作りを続けていた。ただこの人が“下見”をしないまま撮影に臨むという選択を選んだことが、俺には少しだけ意外に思えた。

 

 「これでまた“兄弟”として近づけたな、俺たち

 「・・・ですね

 

 ともあれこうして、撮影も佳境に入ったというところで俺たちはまた一つ“共演者(きょうだい)”としての距離を近づけさせることができた・・・

 

 「・・・あれ?入江さんは?」

 

 ことはいいが、リハの開始が20分後には迫ろうかという時間だというのに、最も肝心なリョウコ(入江)の姿がまだ現場にない。

 

 

 

 “何より今日の撮影は・・・俺たちにとっても國近にとっても重要だというのに・・・

 

 

 

 「今日の入江さんの入りは11時00分だよ」

 

 まだ現場に現れる気配すらないミチルを心配した憬に、隣に立つ渡戸が彼女の入り時間を教える。

 

 「えっ?」

 

 当然、“何も聞かされていない”憬は初耳だった。

 

 「ドクさんから何も聞かされていないのか?」

 「はい。いま初めて知りました」

 「・・・ほんとあの人は」

 

 そのことを憬が伝えると、渡戸は店の外でカット割りのチェックをしている國近に向けて小声でややわざとらしく愚痴を溢す。

 

 「・・・剣さんは入江さんの入り時間が遅い理由は國近さんから聞いてますか?」

 

 愚痴を溢した渡戸にほんの一瞬だけ違和感のような“何か”を感じ取ったが、とりあえず“いまの状況が飲み込めていない”憬はミチルが遅れる理由を尋ねる。

 

 「正直、俺もまだ入江さんのことはよく分かってないんだけど・・・」

 

 すると渡戸は憬のほうに近づき、“あんまり周りには言うなよ”と小声で注意した上で國近から聞いたその理由を教える。

 

 「・・・國近さん曰く、入江さん(あの人)は自分が出演するシーン以外はとにかく無関心な人らしい・・・

 「・・・と、言うと?」

 

 案の定、俺はその意味を一発では理解出来なかった。

 

 正直、いきなり“無関心な人”だと言われたところで、それが何なのかは分かる訳がない。

 

 「更に分かりやすく言うと、“役者特有のノリ”ってことで覚えておけばいい・・・だってさ」

 「・・・“役者特有のノリ”・・・」

 

 そう言われても、抽象的すぎて俺には分からない。この世界にいる人たちは役者だろうと裏方だろうと癖が強い人が多く、現にいまの俺もそんな“特有のノリ”的なやつに内心翻弄されている。

 

 “・・・まだまだだな、俺

 

 これでも芸能界に入って早くも5ヶ月。来週には『ロストチャイルド』のクランクアップを目前に新しいCMの仕事も待ち構えていて、少しずつでありながらも着実に俺は芸能人として芸能界(この世界)に馴染み始めている・・・と思っていたが、そう感じるようになるのはまだまだ先みたいだ。

 

 「要するに、“マイペース”ってことだよ」

 「“マイペース”・・・ですか?」

 

 相変わらず國近が伝えた言葉の意味を理解できないでいる俺に、渡戸は意図を分かりやすく噛み砕いて教えてくれた。

 

 「ただし“マイペース”とは言っても、決して“のんびり屋”というわけじゃない。例えばドクさんは必ず撮影スタッフの集合時間ピッタリに現場にやって来るだろ?」

 「ですね、確かオーディションや読み合わせの時も“ジャスト”の時間に来てましたからね」

 「そんな感じで人にはそれぞれ“自分のペース”があるんだよ。スポーツ選手が良くやる “試合前のルーティン”も、そのひとつみたいなものさ」

 「・・・そうなんですね」

 「諸説だけどな」

 「諸説ですか」

 

 渡戸の話が諸説なのかはともかく、俺は入江の“無関心”、“役者特有のノリ”の意味にようやく近づくことが出来た。それは俺が役を演じるときに直接その“感情”に入り込んでから芝居をするのと同じように、彼女には彼女のやり方があるということ。

 

 「細かいことはまだ分からないんですけど・・・きっとこれが“入江さんなり”の役者としての“在り方”なんですかね・・・・・・

 「・・・・・・」

 

 意味に近づけたことで気を良くした俺は、ついつい決め台詞のような言葉を得意げに吐いてしまった。ふと隣の渡戸の顔を見ると、何ともリアクションに困るような表情を浮かべながら沈黙していた。

 

 「・・・・・・スイマセン。俺が間違ったことを言ってたとしてもノーリアクションだけはやめてください。やられるとキツいんで」

 

 無論、これは俺が全部悪い。悪いんだけど、やっぱりノーリアクションをやられるのは何気にメンタルにくる。

 

 「悪い・・・なんかいきなり核心を突くようなこと言ってきたから、ビックリした」

 「あぁ・・・いや、スイマセンでした」

 「何で憬が謝るんだよ」

 「俺のせいで変な空気になったんで、謝らせて下さい」

 

 とりあえずこの場の空気は俺が半ば無理やり謝罪したことでどうにか元通りに戻った。しかしながら渡戸(この人)の外見と内面のギャップもまた、改めて客観的に視ると中々に癖がある。

 

 「・・・役者(ひと)の数だけ芝居の数があるように、人の数だけ“生き方”というものがある・・・

 

 そして約10秒の沈黙を挟み、渡戸は窓の外に目を向けたまま独白のように最後のアドバイスを送る。

 

 「みんなそれぞれ、自分のやり方でベストを尽くそうとしている。だから憬も普段通りに()ればいい・・・・・・“入江さん”に認められることも大事かもしれないけれど、一番は憬がどれだけ悔いなくユウトとして“リョウコ”と向き合うことができるかだからな・・・

 

 

 

 “『どうしてもそれを知りたいというのであれば・・・先ずはあなたの中にある“誰かとの記憶”を、次に“リョウコ(わたし)”と会う時までに “過去”のものにしてください

 

 “『もしそれが出来なければ・・・・・・今すぐ俳優をやめなさい・・・・・・過去と現実の区別がつかないような役者(にんげん)に・・・未来なんてありません・・・・・・

 

 

 

 「・・・って、いまの憬だったら言われなくても分かるか

 「・・・はい。分かってます

 

 「集合

 

 憬が己の中にある決意を相槌として渡戸に返したタイミングで、國近が集合をかけた。

 

 こうして『ロストチャイルド』の撮影は、“リョウコ不在”のまま始まった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 同日_午前10時20分_首都高速横羽線下り線_

 

 「そろそろリハが終わり撮影が始まるころでしょうか?(こう)さん?」

 

 『ロストチャイルド』の撮影現場へ向かう道中の(セダン)の後部座席で小説に目を通しながら、ミチルは運転席でハンドルを握るマネージャーであり自身が所属する個人事務所の社長でもあり、腹違いの兄である入江孝(いりえこう)に“敬語”で声をかける。

 

 「撮影開始が9時30分からだと考えれば、我々が到着する11時には店に入る前のシーンがちょうど撮り終わるか否かといったところなのでそうなりますが・・・あくまで憶測ですので何とも言えませんね」

 

 “敬語”で声をかけてきた妹に対して、兄の孝もまた“社長兼マネージャー”として“敬語”で答える。

 

 「國近監督・・・彼は現場の空気感や演者の“状態”を随時考え、それらを元に場に応じて脚本や演出を変えながら映像作品を構築されるような方ですから・・・・・・そのあたりのことを予想するのは余計に難しいでしょうね」

 「そもそも、“ミチルさん”にとってはこの手の若手映画監督との仕事は初めてになりますからね」

 

 相変わらず表情が一切動かないミチルにバックミラー越しで目を向け、すっかり見慣れた日常として平然とした態度を孝は貫く。孝にとっては14年前にミチルの雇い主になる以前から家族()として妹のことを誰よりも気に掛けていて、ミチルの“女優としての生き方”も兄として熟知している。

 

 「えぇ・・・自分より年下の映画監督の方と仕事をするのは今回が初めてです」

 

 ミチルの“女優としての生き方”。それは“外に一歩でも出たらいかなる場合でも“入江ミチル”として振る舞う“ということ。本来の自分自身である“未散(みちる)”に戻るのは、“家族”しかいない空間でだけ。

 

 「今更ながら、随分と思い切った仕事を選びましたね」

 

 無論、今いる場所は彼女にとっては“現場に向かう車の中”という“外の世界”になるため、車の中にいるのが家族だけであったとしても、彼女は“ミチル”として振る舞い続ける。

 

 「・・・同じような言葉を星さんも仰っていましたよ

 「・・・そうですか

 

 家族だけの空間にいる時の“未散(じぶん)”。外の世界にいる時の“ミチル(じぶん)”。そして、役を演じているときの“他人(じぶん)”。

 

 

 

 この“3人の自分”を使い分けることこそが、ミチルにとって“自分がずっと女優(やくしゃ)で生き続けること”が出来た言わば彼女の処世術であることは、ごく少数の限られた人間しか知らない。

 

 

 

 「・・・しかしいつの時代も嫌なものですね・・・・・・役者を“偶像”として縛り付ける芸能事務所(プロダクション)方針(やり方)は・・・

 

 後部座席に座り眼鏡をかけ小説を読み耽るミチルは、活字に目を通したまま自身にとって一番の“商売敵”とも言える存在に対する思いを吐き出す。

 

 「・・・仕方のないことですよ。芸能界において芝居は商業活動の一環で、俳優はあくまで芸能事務所(プロダクション)が利益を出すために最前線に売り出される商品に過ぎないのが“現実”ですからね」

 「その現実に“わたしたち”は時に生かされ、時に殺され、また生かされては殺されて・・・・・・本当は誰もが純粋に生きていきたいと願って芸能界(この世界)の門を叩いていたはずなのに・・・“偶像という時価総額”が純粋で在るべきはずの人のを狂わせてしまう・・・・・・それでも役者として生きて続けていくためには、自らが“偶像”となって“生きる意味”を見出すしかありません・・・

 

 そして無感情で独特の間を空ける語り口で自身の心の内を吐き出すミチルを、孝は静かに見守るように前を見つめ続ける。

 

 「・・・“偶像”になることを受け入れられない役者(にんげん)が永遠に役者になんてなれないのは・・・・・・今に始まったことではありませんから・・・

 

 

 

 女優としてのミチルの半生は、華々しく順風満帆な活躍とは裏腹に波乱万丈である。

 

 15歳のときにいきなり芝居未経験ながら凄まじい倍率のオーディションを勝ち抜き映画のヒロインとして華々しく銀幕(スクリーン)デビューを果たすと、“清純派”として瞬く間に映画女優のスターダムを駆け上がっていき、若手ながらも“主演(ヒロイン)”として申し分ない演技力と偶像(アイドル)的な大衆からの支持を併せ持つ“国民的女優”となって一世を風靡する。

 

 そして20歳の時に映画『化身(ばけもの)』で日本アカデミー賞において歴代最年少で最優秀主演女優賞を受賞すると、その僅か1ヶ月後に所属事務所を退社し兄の孝と共に個人事務所を立ち上げて独立。芸能界と世間をざわつかせた。

 

 以降の数年間は自身が出演する映画を予告するCMを除き、MHKも含めてメディアへの露出を全く行わない徹底ぶりで今まで以上に活動の場を専ら映画のみに絞るようになり、彼女の芸能人としての振る舞いを快く思わない人たちから“若い癖に大物気取りだ”と揶揄されたこともあったが、それでもミチルは自身の信念を曲げることは一切せずそれらの声を“芝居”で跳ね返した。

 

 一方で世間からは“銀幕(スクリーン)でしか会うことのできない映画女優”としてこれまでと変わらずに支持され続け、同じく映画を主軸としながらもミチルとは対照的にドラマにCM、広告と場所を問わず積極的に活躍し彼女に代わって“国民的女優”になりつつあった星アリサ、そして日本一の女優として死してなおも愛され続けている稀代の大女優・薬師寺真波(やくしじまなみ)を母に持つ薬師寺真美(やくしじまみ)と共に“三大女優”として変わらず邦画界を席巻し続けた。

 

 やがて90年代に差し掛かると映画に活動の重きを置きつつメディアへの出演を再開するばかりか、今まで経験したことのなかった民放の連続ドラマにも主要キャストとして出演するなどこれまで以上に活躍の場を広げ始め、映画とドラマを通じてそれまでの“清純派”のイメージを崩す役柄を次々と好演し“演技派女優”としての地位を新たに確立。かつての全盛期を知らない“新しい世代”からも支持を集めた。

 

 こうして女優としての経験を積み重ねた深みのある芝居を武器にした彼女は“本当の意味”で全盛期を迎えたが、その最中に直木賞作家で自身も彼の小説を愛読していると公言していた小説家・西院玄(さいいんはるか)と結婚。無期限の休養を発表する。

 

 当然ながら女優として人気、実力共に最も脂の乗り切った時期で彼女が出した“引退”とも捉えられかねない決断と“物議を醸した結婚”に世論は賛否で溢れかえり、彼女は夫の玄と共に再び“時の人”となった。

 

 

 

 あれから約4年。すっかり世間から“過去の女優(ひと)”として名前を呼ばれるようになった1999年。入江ミチルは女優として再び表舞台に戻り、今に至る。

 

 

 

 「・・・果たして“あの子”は“未完の大器”に値する器なのでしょうか・・・・・・それとも単なる“偶像”で終わってしまう器なのでしょうか・・・

 「・・・“あの子”とは今回の映画で宮入有人(みやいりゆうと)を演じている夕野憬という少年のことですか?」

 

 玄の書いた小説に目を向けたまま独特な語り口で聞いてきたミチルに孝は目線を前に向けたまま聞き返すと、単行本の活字を追っていた視線がバックミラーへと移る。

 

 「彼以外に誰かいますか?“未完成な俳優”は?

 「いえ。“ミチルさん”の仰る通り、私の知る限りでは今回の映画においては“彼1人”でしょう」

 

 背後から気配なく標的の心臓を仕留める暗殺者の弾丸の如く、自身の心へと襲い掛かった後部座席からの限りなく無に近い氷の感情に、孝は平常心を装いながら“社長兼マネージャー”としていつもの口調で答える。

 

 いくら相手が家族として共に過ごしてきた時間のある妹であっても、女優・入江ミチルの精神状態で生きている彼女の相手をすることは、1秒足りとも気を抜く暇がない。ミチルのことを女優として称える人たちがいると同時に、彼女によって結果的に“潰されてしまった”人もいる。

 

 

 

 そんな未散のことを“誰よりも知っている”兄の孝は、最後まで“女優・入江ミチルを肯定する存在”として未散を守り、支え続けている。

 

 

 

 「・・・・・・楽しみですか?夕野憬()のことは?

 「・・・そうですね・・・・・・つい“余計な期待”をしてしまう程度には、“光る”ものは持っているでしょうから・・・

 

 ハンドルを握り前に視線を向けたまま問いかける孝に、ミチルは表情を一切変えることなく憬への“確かな期待”を口にした。

 




これで私は所持金が底をついたので、草を食べて生きていきます。
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