或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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どういう理由かは分かりませんが、久しぶりにちょいバズりして日間ランキングに載った模様。

特に上を目指しているわけではないのですが、ランキングに載るとやっぱり嬉しいのが正直な気持ちです・・・・・・はい。

純粋にありがとうございます。


scene.62 親子③

 “『・・・第三回廊(この劇団)も旗揚げから早5年・・・僕らは演劇人として“新しい局面”に立つべき時が来た・・・・・・そのための“序章”として、本日をもって“第三回廊”は演研から“完全に独立”する・・・“プロの劇団”として、更なる演劇の発展に尽くしていくために・・・』”

 

 

 

 母ちゃんが俺の祖父母でもある両親と喧嘩別れした3日後、俺の父親にあたる主宰の青年は劇団の団員たち全員をかつての本拠地であるテント小屋に呼び出し、同劇団の“演研”からの“完全独立”、つまり劇団の“プロ化”による“アマチュアからの脱却”という名の方針転換を打ち出した。

 

 「だけど誰にも相談しないまま勝手に決めちゃったもんだから・・・もう一瞬で修羅場になったわ」

 「それって母ちゃんすら知らなかったのか?」

 「うん。あの人がみんなの前で打ち明けた時に、私も初めて知ったわ・・・」

 

 しかし、近しい関係の同期にすら伝えずに強行した青年のこの決断は団員同士で意見が真っ二つに分かれる結果となり、劇団は青年の掲げた新たな方針に対する賛成派と反対派で二極化する事態に発展することとなる。

 

 「・・・自分たちの舞台を突き詰めて“小演劇”を日本中に広げたいって考えていたあの人からしてみれば、どこか“学生気分”が抜け切れていない“演研の空気”が邪魔で仕方なかったんだと思う_」

 

 それでも青年は団員同士の中で意見が真っ二つに割れていたにも関わらず“完全独立”を強行し、更に誰にも相談せずに“演研”とは縁もゆかりもない役者志望や脚本志望の人をオーディションでスカウトして勝手に劇団に招き入れるなど、青年の振る舞いは次第に独裁的になっていった。

 

 「で、劇団はどうなった?」

 「案の定、1人また1人って感じで演研にいた時からの役者仲間は次々と劇団を辞めて行ったわ」

 

 そんな青年の独裁的な支配に賛成していた団員たちからも愛想を尽かされ次々と辞められていき、気が付けばスタッフも合わせて20人はいたという演研出身の団員は青年と母ちゃんだけとなり、残りの団員は青年が外部から引き連れて来た人達になっていた。

 

 「・・・まぁ、あの人は割と最初の頃から自分たちの創る演劇の発展の為なら手段を選ばないっていうようなところがあったから・・・多分遅かれ早かれこうなっていたとは思うけどね・・・」

 

 こうしてかつて演研の中に存在していた1つの小劇団(アンサンブル)は、先祖の原形がほとんど失われていったことによって皮肉にも“小演劇の風雲児”と呼ばれるほど演劇界で名が知られるようになり、劇団として更なる飛躍を果たすことになる。はずだった。

 

 ちなみに母ちゃんと父親が“一線を越えた関係”になったのは、本人曰くこの頃だという。

 

 「そしてこの年の秋に、あの人が旗上げした劇団は解散したわ

 「・・・えっ?

 

 だがその劇団は、まさに“さあこれから”という時に突如として解散することになる。

 

 「勿体ないな、せっかくこれからだって時に」

 

 どんな形であれ、ひとつの信念によって築き上げてきたものが崩壊せざるを得なくなるということは、想像するだけで儚く思える。多分、父親も相当な覚悟で劇団の解散を決断したんだろうと、真実を知る寸前までの俺は思っていた。

 

 「正確に言えば・・・・・・“劇団を乗っ取られた”って言えばいいのかな・・・

 「・・・・・・は?

 

 だが母ちゃんの口から告げられた真実は、俺の予想を遥かに超えてくるものだった。もちろん女優をやめて一般人になった母ちゃんと、2歳のときに寝ている俺の首を絞めて殺そうとした父親のことを思うと、その“結末”は決して穏やかじゃないということは何となく分かってはいたけれど、さすがに驚きを隠せなかった。

 

 「乗っ取られたって・・・一体・・・」

 「ごめんね・・・この辺りのことはあんまり話せないんだけど_」

 

 最初に全部は話せないと言っていた言葉通り、母ちゃんはここで初めて過去の話を濁らせた。

 

 「元を辿れば、悪いのは“私たち”なんだけどね・・・」

 

 母ちゃんから語られた劇団が乗っ取られるまでの顛末を簡潔にまとめるとこうだ。

 

 

 

 父親による独裁的な振る舞いで演研にいた頃の団員が次々と辞めていくという混乱の中で、俺の母ちゃんと父親が“そういう関係”を持っていたことが発覚してしまい、母ちゃんは父親を“守る”ために全ての責任を背負って劇団を退団し、同時に女優もやめた。

 一方でその父親も自身がスカウトした1人の脚本志望の青年が“クーデター”も同然に劇団の軍資金でもある活動資金を持ち逃げし、父親以外の団員全員を引き連れる形で別の劇団を旗上げしたことにより、父親は文字通り団員と5年半の歳月をかけて築き上げてきた劇団(もの)を一瞬で失う形となった。

 

 全てを失った父親はようやく“自分のしてきたこと”に本当の意味で気が付くのだが、気付くのがあまりにも遅かった。

 

 

 こうして演研出身の1人の青年が立ち上げた小さな小劇団(アンサンブル)は、失意の中で5年と7か月という短い歴史に幕を閉じることとなった。

 

 「ちょうどその頃だったと思うわ・・・私が憬のことを身籠ったのは・・・

 

 そして母ちゃんが舞台から降りて一般人になり、父親が5年半をかけて築き上げてきたものを失った秋、母ちゃんの胎の中に“新しい命”が宿った。

 

 

 

 言うまでもなく、俺だ。

 

 

 

 「なんか・・・すげぇ大変な時期に出来ちまったな」

 「ホントにね」

 「ホントってオイ」

 「嘘に決まってるじゃない、憬は何も悪くないよ」

 「いやどう見ても言い方が明らかに“マジ”だったからさ・・・ったくややこしいんだよ」

 

 そんな“一番大変”なタイミングで胎の中に宿ってしまった俺の自虐に、結構ガチめなトーンで言葉を返してきた母ちゃんに不意に申し訳なさが襲ってきたが、考えても見れば身籠るタイミングなんて運次第だということぐらい、俺だってわかることだ。

 

 「・・・それで・・・父ちゃんはそのまま演劇を諦めたのか?

 

 ただ、気になるのはここからの先の話だ。1人のカリスマが1つの劇団を立ち上げて、僅か5年で演劇界から注目を集めるような台風の目になって、そこから1年足らずで全てを失った先に待ち受ける、“12年前の光景”は何だったのか。

 

 「いや・・・・・・あの人は諦めなかったわ・・・

 

 一呼吸を置いて、母ちゃんは過去の続きを話し始めた。

 

 「あんな形で自分の信じてきた演劇(もの)から裏切られても・・・あの人の演劇に対する一途な想いは揺るがなかった_」

 

 自らが立ち上げた劇団を自らの行いがあったとはいえ乗っ取られる形で奪われてしまった父親だったが、幸か不幸か“舞台演出家”としては変わらず演劇界では評価されていたこともあり、一度は劇団を去って行ったかつての仲間にして旗上げの時から苦楽を共にしていた1人の舞台俳優の伝手もあって“団員を持たない劇団”の主宰として再出発を果たした。

 

 この頃には父親はこれまでの独裁的な振る舞いをしていた自分を見つめ返し、かつて辞めていった仲間たち1人1人の元を訪ねては謝りに回りながらも新たな劇団の旗上げ公演のために奔走する日々を送った。

 

 一方で母ちゃんも、父親が新たに立ち上げた劇団の制作スタッフとして胎の中にいた俺に気を遣いながらも家計を支えるためにバイトを掛け持ちしながら公演を打つために首都圏にある小劇場を片っ端から売り込みで周り、主宰の父親と力を合わせて奔走した。

 

 「もちろん色々と大変だったし、倒れそうになったこともあった・・・だけど私にとっては久しぶりに舞台を打つためにみんなが一生懸命になって1つの目標に向かって自分が出来ることをやってる感じが、何だか純粋にあの人の舞台で芝居をしていたときのような“青春”って感じがして・・・全然苦じゃなかったわ

 

 母ちゃんたちのことを応援してくれる人たちが一定数いた反面、風の噂で劇団が解散に至った経緯を知った人たちから数珠繋ぎで“悪評”を流され、酷いときには“面倒なことに巻き込まれたくない”と劇場からブラックリストの扱いを受けて門前払いをされたこともあったりと、再出発には多くの障害が立ち塞がった。

 

 「・・・それは父ちゃんがいたからってことか?

 「まぁ・・・・・・そうなるね

 

 

 

 “『君の芝居が必要なんだ・・・・・・だから“僕の劇団”に入ってくれないか?』”

 

 

 

 それでもそんな自分を女優として引き込み、“一線を越えてしまう”ほどに心の底から女優(ひと)として惚れこんで、女優ではなくなってしまった“ただの自分”をも受け入れてくれた存在が隣にいる。それだけでどんな困難があろうと乗り越えられると信じていた。

 

 「_で何やかんやあって、何とか憬が生まれる3か月前、どうにか演者とスタッフとお客さんを集めて旗上げ公演を打つことが出来たってわけ」

 

 そしてその言葉通り幾多の困難を乗り越えた母ちゃんと父親は、自分の我儘で振り回されたことで一度は愛想を尽かして見捨てたはずの自分を許してくれたかつての劇団仲間の力を借りながらも、無事に旗上げ公演を成功させた。

 

 

 

 俺が生まれたのは、そんな旗上げ公演の千秋楽からちょうど3か月後のことだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ユウトの母親であるリョウコと会うことになったショウタとユウトは、リョウコが兄弟(ふたり)と会って話すための待ち合わせ場所として伊勢佐木町の喫茶店へ徒歩で向かっていた。

 

 「なぁユウト?」

 「なに?」

 「大丈夫か?」

 「大丈夫って何が?」

 「リョウコさんのこと・・・」

 

 伊勢佐木町へと繋がる橋の上で、左隣を歩くユウトにショウタが話しかける。

 

 「・・・・・・ちょっとだけ恐いかな」

 

 自分の首を絞めて殺そうとした過去(こと)のある母親(リョウコ)と直接会うことになった自分を気に掛けるショウタの声に、ユウトは一瞬だけ下を向き考え込みながら本音を溢す。

 

 「・・・だけど・・・・・・もう大丈夫」

 

 大丈夫だと自分に言い聞かせて再び顔を前に上げたユウトを、ショウタは少しばかり複雑な心境で見つめながら歩みを進める。

 

 「・・・・・・お前はいいよな・・・母親がいて・・・

 

 そして声にならないくらい小さな声で、ショウタはユウトに本音を溢した。

 

 「なんか言った兄ちゃん?」

 「いや・・・なんでもない」

 

 だがユウトはショウタの心の声に気付くことなく、そんなユウトを見てつい本音を口にしてしまった後悔を隠すようにショウタは笑いながら誤魔化す。

 

 「・・・そう」

 

 こうして2人はこれからリョウコに会うという何とも言えない緊張感を抱えながら、無言で橋を渡って二つ目の十字路にある喫茶店へと歩みを進める。

 

 

 

 「カット!・・・Vチェックします

 

 午前10時41分。栄橋で撮影したショウタとユウトがリョウコの待つ喫茶店へと向かうシーンの撮影はほぼ予定通りに終了した。

 

 

 

 

 

 

 前日_

 

 「渡戸、夕野、ちょっといいか?」

 

 撮影を全て終えて帰り支度を始めようとした俺と渡戸を、國近が呼び止めた。

 

 「はい、何ですか?」

 「・・・明日に撮る喫茶店の席でリョウコと再会するシーンについてがある」

 

 突然俺たち2人を呼び止めた國近は、普段の比較的ラフで余裕ぶった口調や振る舞いから離れた真面目な口調でこの後の撮影についての話を始めた。

 

 もちろん國近(この人)が直前になって脚本や演出を変えたり、演者が台詞を噛んだところをそのままシーンとして使うなど“演出面”においてはかなり拘りが強い映画監督だということは事前に聞かされていて、現に俺もこれまでにアドリブを要求された場面は何度もあるし、おまけに1回だけ噛んだ部分は“言い直しの演出”を付け足された上でOKにされている。

 

 そういう人が監督としてメガホンを取っているわけだから、この話が何を意味するのか自体は割と容易に“予測”ができた。

 

 「・・・あのシーン・・・リョウコとの会話は基本的に“3人の自由”にしよう思うんだが、()れるか?」

 「・・・“3人の自由”・・・ですか?」

 

 その國近が俺たちに課したのは、翌日に撮るシーンの台詞を“ショウタとユウトとリョウコ(3人)”に任せるというものだった。何が言いたいのかは何となくは分かったが、どこまでをどのように任せるのかまでの具体的な理解は追い付かなかった。

 

 「“3人の自由”に任せるっていうのは・・・“全てアドリブで()れ”という意味ですか?」

 

 今までになかった國近からの指示を今一つ理解出来ずにいる俺の気持ちを代弁するように、渡戸が國近に問いかける。

 

 「いや、ストーリーの展開において“絶対に必要な台詞”だけは台本通りに喋って、それ以外の部分は全て自由に()るってことだ」

 「・・・決められた台詞同士を繋げるためのアドリブってことですか?」

 「厳密に言えばアドリブで行っても構わないし、元の台本通りに行っても構わない」

 「つまり・・・会話をどう進めていくかは俺たちに全部任せると?」

 「そういうことだ」

 

 演出家(ひと)から演出されるという経験を多くしてきている渡戸が色々と質問してくれたおかげで、俺も國近の意図が分かった。

 

 「ちなみに入江さんには既にこの話は伝えてあるから、撮影の直前にでも軽く話し合ってどこまで自由に()るかを決めておけ」

 

 國近が俺たちに課した演出。それは“物語の中の3人”として対面しろという意味を持つものだった。無論それはただ“演じろ”という単純な話ではなく、リョウコが毅の“子供”に会う場面において俺と渡戸と入江が“3人”として自然に演じるために“どこまでをアドリブで喋るのか”、“どこまでを台本通りに喋るのか”を頭の片隅でその時の空気感で考えながら演じろということだった。

 

 「ショウタとユウトとして“兄弟”になったお前たちなら・・・必ず演じられるはずだ・・・

 

 映像芝居に関してはほぼ新人の渡戸と、芸歴5ヶ月の本当の意味での新人である憬に課した國近からの要望は新人はおろかベテラン俳優でさえ思わず身構えてしまうような高難易度な演出だが、これまでの撮影を通じて2人の成長を見てきた國近は迷わず“賭けに出る”選択を選んだ。

 

 

 

 

 

 当日_

 

 「入江ミチルさん入られます!」

 

 午前11時ジャスト。アシスタントの声が聞こえ、俺は渡戸と共に声のする方角へと顔を向けると黒いコートの下にリョウコの衣装を着こなした出で立ちの入江の姿があった。

 

 「おはようございます」

 

 撮影現場に1人の女の人が現れたその瞬間、空気は一気に変わった。初めて彼女と現場に対面した時にも感じた、“大物女優”ならではの風格。役柄の都合上限りなくノーメイクに近い素顔であるにも関わらず、ただそこにいるだけで周囲の全ての視線が奪われてしまうほどの存在感と美しさにスタッフやエキストラは挨拶を終えるとその“オーラ”をただ一身に浴びながら平常心を保つのに精一杯だ。

 

 「おはようございます。入江さん」「おはようございます」

 

 これでカメラが回り出した瞬間に纏う空気が“入江ミチル”から“リョウコ”になるところが、女優・入江ミチルの最も恐ろしいところだ。

 

 「・・・撮影は“順調”ですか?・・・夕野君?」

 

 優し気な雰囲気がありつつも底知れぬ闇も感じる独特な間合いを取るような口調で、入江はこの前と同じ殆ど微動だにしない氷の表情を浮かべながら俺と渡戸の目の前にきて問いかける。

 

 

 

 “『・・・・・・おやすみ・・・・・・』”

 

 

 

 初めて入江の演じる“リョウコ”の芝居をこの眼で目の当たりにしたとき、俺は自分の過去の感情に飲み込まれてしまい“あなたの自信は過信だった”と言われて何も言い返せなかった。

 

 「・・・“順調”ですよ・・・・・・あれからずっと

 

 でも過去と“向き合い乗り越えて行く”ための()り方を知った今なら、俺は堂々とユウト(役者)としてリョウコ(入江)と“対面”することができる。

 

 

 

 これは仮初なんかじゃなく、正真正銘の“覚悟”だ。

 

 

 

 「・・・・・・そうですか・・・・・・

 

 自分なりの覚悟を向けた夕野を、入江さんは意味深な言葉と共に凝視する。相変わらず何を思っているのか全く読めない瞳から凝視されると恐怖心で心が埋め尽くされそうになるが、隣に立つ夕野はどうにかそれを抑えて自分自身を真っ直ぐに見つめる瞳を凝視し返す。その視線に、この前のときのような“迷い”は一切ない。

 

 “それにしても夕野は・・・この1ヶ月で本当に役者(ひと)として強くなった

 

 「・・・今日の撮影は色々と大変だと思いますが、渡戸君も夕野君も“上手く演じよう”とはせず、“ありのままのショウタとユウト”としてリョウコ(わたし)と対話してください」

 

 夕野からの真っ直ぐな視線を受け取った入江さんは、数秒ほど無言で視合った末に静かな口調で俺たちのことを気遣うような言葉をかける。果たしてこれが純粋に“頑張ってください”という意味で言っているのか、それとももっと深いことを考えながら言っているのか。

 

 助言のひとつを取っても、この人がどんな思惑で俺たち共演者のことを視ているのかが殆ど掴めない。

 

 きっとそれは、隣に立つ夕野も俺と同じようなことを思っている。

 

 「・・・では改めて、本日はよろしくお願いします」

 

 そんな俺たちの思想など知らん顔で、入江さんは早々に挨拶を済ませると撮影に向けた準備を始めようとこの後に撮影が行われる喫茶店の店内へと足を向ける。

 

 「待ってください

 

 入江さんが喫茶店に足を向けた瞬間、夕野が落ち着きながらもピシャリと言い放つような口調で呼び止めた。

 

 「・・・なんでしょうか?

 

 夕野からの声に、入江さんは振り向かずにその場で立ち止まって耳を傾ける。

 

 何となくこの直後に夕野が言おうとしていたことを察していた俺は、敢えて引き留めずこの場を“夕野”に託して一歩引いて見守ることにした。

 

 役者としての“成長”を確かめるために。

 

 

 

 「・・・俺と剣さんはまだ・・・入江さんのことを何も知りません・・・・・・入江さんがどういう思いでリョウコという役を演じているのか、入江さんから視た俺たちはどのように視えているのか・・・・・・撮影が始まる前に、それだけ教えてくれませんか?

 

 

 

 “『・・・きっとこれが“入江さんなり”の役者としての“在り方”なんですかね・・・』”

 

 

 

 「・・・・・・夕野君(あなた)が私のことを知ったとして、果たしてあなた自身はこの後ユウトとしてリョウコと“話せる”のでしょうか?

 

 リョウコを演じている時、一体何を考えながら俺たちのことを視ているのか。その言葉に対する答えがこれだった。

 

 「・・・そうですね・・・・・・考えてみれば“俺たちとリョウコ”はこの喫茶店で“初めて”会うわけだから・・・聞いただけ無駄ですよね・・・

 

 この瞬間、役を演じる上で考えていることは、入江も同じことだということに俺は気付いた。俺はただそれを確かめたいがために彼女にわざと“”を言って答えを吐かせ、次に自分も同じことを思っているということを“正直”に言葉にした。

 

 “子供騙し”にも近い真似をするのはあんまりやりたくなかったが、全ては手探りで何も分からない状態から少しずつリョウコという人間の本質を対面して会話をしていく中で、少しずつ理解していくユウトの感情というものを疑似的に体験するためだ。

 

 「・・・全く知らないのかと思ったら・・・・・・もう既にお気づきのようですね・・・

 

 俺たちを背後に捉えたまま喫茶店のドアの方に視線を向け、入江はこの前と同じような感情の読み取れない口調で答える。

 

 「それと・・・“嘘”をついて相手を欺くような真似は、もう少し“嘘をつくのが”上手くなってからのほうがよろしいかと・・・・・・すぐに分かるような中途半端な嘘では、却ってみなさんから嫌われるかもしれませんので・・・

 

 そして入江は、俺の言った問いかけが“”だということに気が付いていた。どのタイミングで“それ”に気付かれていたのか、そんなものは全く分からない。

 

 「やっぱり夕野君(あなた)は・・・・・・“嘘”をつくのが下手ですね・・・

 

 入江は振り返ることなくそう告げると、撮影が行われる喫茶店の店内へと入って行った。果たして彼女の感情は“”をついたことへの“失望”なのか、あるいは嘘をつけない“正直者”だということに改めて気が付いたことへの“希望”なのか、そんなことは本人にしか分からない。

 

 ただ、この時の彼女は背を向けていてどんな顔をしていたのかは分からなかったはずなのに、どういう訳か俺には普段の氷で覆われているような感情の内側がほんの少しだけ垣間見えていた。ように感じた。

 

 「お前ら

 

 背後の方から俺たちのことを呼ぶ声が聞こえ我に返り店とは反対側の方へと身体を向けると、國近がいかにも“何か言いたげ”な表情で俺たち2人を見ていた。

 

 「・・・“マイペース”でいけよ・・・

 

 そして國近から託された最後のアドバイスに、俺たちは無言で頷いて“意地と覚悟”を示した。




今後は本業の仕事に加え、新たに“書きたいものリスト”が増えた関係で投稿頻度が落ちます。

そのため今までのような“ほぼ週1連載”は難しくなりますが、出来る限りのペースでこれからもこちらの投稿を続けていきますのでよろしくお願いします。









キヨさんが日曜劇場に出るってマ?
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