或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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クロアチアPK強すぎだろ

※2/14追記:劇中に登場する霧生学園の偏差値を変更しました


chapter 3.5.逆の立場
scene.64 久しぶり


 「ごめんね・・・・・・憬・・・

 

 父親との過去を全て話し終えた母ちゃんは、うっすらと目に涙を浮かべながらも優しく笑みを作って俺に向けて短くも重い懺悔の言葉を呟くように言った。

 

 「・・・ありがとう・・・・・・父親のことを教えてくれて

 

 そんな母ちゃんの感情を真正面から受けた俺は、同じく自分の思いを真正面に母ちゃんへと伝えた。

 

 「・・・全部を言うことはできないけれど・・・いま話したことが“私たち”の全てだよ・・・」

 「・・・おう。分かってる」

 

 とにかくこの問題は残った俺たち2人ではどうすることもできない。そんな過去だった。後になってこうすればとかああすればよかったと言っても、離れ離れになってしまった俺たちが“また1つ”になることなんて、もう二度とあり得ないことだ。

 

 「でも、母ちゃんから父親のことを聞けて本当に良かった・・・」

 

 ただ重要なところは“俺自身”の過去のことじゃない。あくまで俺は、ユウトの役作りのために自分の過去を母ちゃんから聞いた。そして俺は自分の過去を知った上で、ユウトを最後まで演じ切るために絶対に必要となる“最大の武器”を手に入れることが出来た。

 

 

 

 “・・・ユウトと俺は全く“別の人間”で、全く“違う人生”を歩んできた・・・・・・だから“俺たち”はただの“赤の他人同士”だってことに“気付けた”から・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2000年_10月_

 

 「よっ」

 「!?」

 

 メイが学校帰りに立ち寄ったコンビニの商品棚に並んでいたギーナを取ろうと手を伸ばすと、隣から不意に声を掛けられびっくりしながらも声のする方へと振り向く。

 

 「なんだリョージかビックリした~」

 

 メイが思わず横を向くと、そこには小学校の時からとずっとクラスが同じの幼馴染であるリョージがいた。

 

 「おっ、ギーナみっけ」

 

 驚くメイを横目に、リョージはメイが取ろうとしていたギーナを取ろうとする。

 

 「ちょっ、これは私のだから」

 

 商品棚に並ぶギーナを手に取ろうとしたリョージの手を払いのけ、メイはギーナを手に取る。

 

 「そういやメイってチョコなんか買ってたっけ普段?」

 「そりゃ買うでしょたまには」

 「甘いものが嫌いなくせにめずらしい」

 「ギーナは甘いだけじゃないから」

 

 幼馴染へ揶揄うように笑いかけるリョージにメイはツンとした態度で商品棚に置かれたギーナを手に取ると、そそくさとレジへ向かおうとする。

 

 「メイ?来週のクリスマス、部活もないしどうせ暇だろ?」

 

 そんなメイにリョージは1つ奥に並んでいた自分の分のギーナを手に取りながらレジに向かって歩こうとしたメイをいつもの調子で呼び止める。メイ、リョージからの言葉に思わず立ち止まる。

 

 「・・・暇だけど、何?」

 「せっかくだから2人でどっか行かない?」

 

 メイ独白“『普段は超がつくほど鈍いくせに・・・なんでこういう時に限って・・・』”

 

 「うん・・・いいよ」

 

 リョージからの“2人でどっか行かない?”という言葉に、メイは必死に照れ隠しをしながら小さく頷いて答えるが、リョージはメイの気持ちに全く気付かない。

 

 「えっ?何でちょっと照れてんの?」

 「何でもない」

 「あとなんか、耳が赤い」

 「外が寒いからだよ」

 

 

 

 「ハイOKです!本日の撮影はこれで以上になります!お疲れ様でした!

 

 

 

 

 

 

 「撮影おっつ~さとる~」

 「あぁお疲れ様です、杏子さん」

 

 東京・青山にある撮影スタジオ。そのスタジオの楽屋でコンビニの店内を再現したセットの中で行われたCMの撮影を終え着替えを済ませた憬を、共演者で12月から始まるギーナチョコレートのクリスマスキャンペーンのCMキャラクターに抜擢されている女優の堀宮杏子(ほりみやきょうこ)がノックもせずに楽屋を訪ねて労う。

 

 「ていうかノックぐらいしてくださいよビックリするから」

 「えぇ~いいじゃん“仲間同士”だし」

 

 人が着替えているかもしれない楽屋をノックもせずにいきなり入ってきて馴れ馴れしく絡んできたこの人の名前は、堀宮杏子(ほりみやきょうこ)。今年の1月に俺の所属しているカイ・プロダクションに移籍してきた1コ上の子役上がりの先輩女優だ。

 

 

 

 “『あたしは堀宮杏子。2年後ぐらいには牧静流を名実共に追い抜いてる予定だけど、基本的にみんなとは仲良くするのがモットーだから気楽な感じでよろしく』”

 

 

 

 子役時代は同世代に牧静流というあまりに強すぎる天才子役がいたため今一つ芽が出なかったが、今年に入ってカイプロに移籍すると大手製薬会社として知られる元井(もとい)製薬の清涼飲料水・シェアウォーターのイメージキャラクターに抜擢されるなどして、早速頭角を現している。

 

 正直言ってお茶の間の知名度だけで言うと、受験を控えていることもあって活動を幾らかセーブしている今の俺よりは全然上なのだが海堂曰く、

 

 “『お前の本格的な出番は来年だ。ただし・・・来年からは一気に忙しくなるから覚悟しとけ』”

 

 らしい。現実感はまだ今一つ湧かないが、来年のために俺はいま役者としての力を溜め込んでいる、というところだ。

 

 「一瞬マジでヤバい人が部屋に入って来たかと思いましたよ」

 「えっ?あたしってさとるからヤバく見えてんの?ショックだわ~」

 「誰も杏子さんだって一言も言ってないですよ」

 

 ちなみに今日はギーナチョコレートのクリスマスキャンペーン用のCM撮影のために青山の撮影スタジオにCMキャラクターの堀宮と、その相手役の俺は来ている。CMの内容はずっと一緒にいる幼馴染のことを密かに想っているメイと、メイからの恋心に全く気付かない幼馴染のリョージの2人によるクリスマス前の甘くもほろ苦い“カカオ84%”な片思いを2パターンに分けて描くという。今日の撮影はその1回目にあたる。

 

 「相変わらずツンツンしてんなさとるは~、まだ明後日が残ってるから仲良く行こうぜ~」

 「普通に仲良く行きますから安心してください。あと、距離が近いです」

 「別に近くたって良くない?だって“幼馴染”なワケだしさあたしたち?」

 

 そんなCMのイメージキャラクターでもある堀宮は、普段通りの振る舞いのまま着替えを終えて楽屋の畳に座る俺の背後から抱き着く。彼女と撮影現場が同じになるのは今回が初めてだが、打ち合わせや野暮用で事務所に顔を出すたびに必ずといっていいほど“ばったり”会ってはダル絡みされていたから、俺にとってこの状況は堀宮と会うときの日常茶飯事となっている。

 

 「あくまで“CMの中”だけの話ですからね?」

 

 もちろん言うまでもなく、堀宮は初対面のときからずっとこんな感じで俺と接している。そんな彼女を一言で例えるなら、蓮をさらにはっちゃけさせたような感じだろうか。とりあえず、俺とは何もかもが正反対な性格の人だ。

 

 「冷たっ」

 「はいこれ、先輩からの奢りとして有難く頂け」

 

 そんな俺とは性格も価値観も真逆な同じ事務所の先輩女優が、俺の頬に何かを当ててわざとらしくかしこまった口調で頼んでもいない“奢り”を渡す。

 

 「・・・今日はシェアウォーターですか」

 

 会う度の恒例となった先輩からの奢り。今日はシェアウォーターだ。

 

 「アレ?駄目だった?」

 

 そして堀宮は今年のシェアウォーターのイメージキャラクターに選ばれているから、何ともシュールな感じが否めない。

 

 「いえ、ひと仕事終えた身体には寧ろちょうどいいので、助かります」

 

 シェアウォーターのイメージキャラクターからシェアウォーターを奢りで貰い、それを口に運ぶという光景。きっと傍から見たらもの凄いことが起こっているのだろうが、紛いなりにも芸能人としての“耐性”がこの1年ですっかり染み付いた俺にとっては逆にこれがいつもの日常になってきていて、今では驚きも感じなくなった。

 

 「それは良かった」

 

 感謝の言葉を添えてシェアウォーターを飲む俺に、堀宮は“後輩を可愛がる”視線と感情で見守りながら言葉をかける。人としては俺とは全く正反対だが、彼女は先輩としてまだ知らないことが多い俺のことをよく気に掛けてくれる。

 

 「にしてもさとるってさ、真面目なフリして割と尖ってるよね?」

 「どこがですか?」

 「ほら、打ち合わせのとき担当の人に結構ガチな感じで詰め寄ったじゃん?」

 「アレは詰め寄ったんじゃなくて俺が思ったことをそのまま口にしただけで」

 「でもあたしがあそこで咄嗟にフォローしてなかったら担当者からブチ切れられてた思うよ?」

 「それについては・・・本当に助かりました」

 

 そして時には先輩らしく俺のことをフォローしてくれることもあったりと、彼女は本当に同じ事務所の女優だとか役者としての先輩だとかいう以前に、人として純粋に良い人だ。

 

 「素直でよろしい。この天才女優・堀宮杏子がさとるを褒めて遣わそう」

 「あの恥ずかしいんで頭を撫でるのはやめてもらっていいですか?(てか天才女優て・・・)」

 「だってさとるって何か雰囲気が“犬っぽい”からついちょっかい出したくなっちゃうんだよね~」

 「“犬っぽい”って何なんすか・・・(あぁもう、(あいつ)のゲス顔がちらつく・・・)」

 

 ただ何かと俺と会うたびにちょっかいを出したりするところは、どことなくうざったいときの(あいつ)の顔がちらついてくるから少しだけいけ好かない。

 

 「あぁそうだ、さとるの出てる映画ってもうすぐだよね?」

 「いや、もう先週からとっくに公開してますよ?ていうかこの前の打ち合わせのときに舞台挨拶のこと杏子さんに話しませんでした?」

 「えっ?そうだっけ?」

 「覚えてないならいいっすよ」

 

 他にもどこか抜けていたり言ってることが“その場のノリ”でコロコロ変わる掴みどころのない謎な部分もあるものの、こんな感じで俺は堀宮と気の合う“先輩と後輩”として長所も短所も受け入れ(時々妥協)しつつすぐに打ち解け合って今に至っている。

 

 ある意味で堀宮は、芸能界の中じゃ蓮の次に仲が良い・・・のかもしれない。

 

 「さとるはもう観たの?って、舞台挨拶に出てたから当たり前か」

 「舞台挨拶に出席しておいて本編観ずに帰る度胸は流石にないです」

 

 隣に座って自分の分のシェアウォーターを二口ほど口に運んだ堀宮が、普段の口調はそのままでシェアウォーターのポスターに写る雲一つすらない青空のようなキラキラした碧眼の視線と感情で声をかける。芸能界(この世界)に入りあっという間に1年と4か月が経って芸能人特有の“オーラ”に対する耐性はついたとはいえ、本気の視線を向けられると気が引き締められる。

 

 「でも改めて明日観ようと思ってます。ちょうど休みだし受験の息抜きにもなるし、何より観客目線でも一度観てみたいと思っているんで」

 「へぇ~エラいじゃん」

 

 心の中で静かに渦巻く動揺を隠しながらいつもの調子で俺は言葉を返す。同じ事務所の人間で、何度も会ってはいるとはいえ相手はシェアウォーターのイメージキャラクター。自分で思うのも恥ずかしいが、こんな感じで視線を向けられるとそれなりの動揺はする。

 

 「ねぇ?誰かと行くの?」

 「・・・なんでそんなことまで杏子さんに言わないといけないんですか?」

 「だって気になるから(誰かと行くことは否定しないんだ・・・)」

 「・・・はぁ」

 

 特に隠すつもりもないが、俺は明日久しぶりに蓮と映画を観に行くことになっている。

 

 「幼馴染の親友です。といっても、転校してからは電話かEメールでしかやり取りしてなかったので、会うのは1年ぶりになります」

 

 連絡は普段からそれなりに取り合っているからそんなに実感はないが、俺と蓮は何だかんだで1年前の月9の撮影現場で“約束”を交わして以来、一度も会えていない。正確に言うとタイミングさえ合えば何度かは会っていたはずだったが、蓮が実家のある横浜に帰っていた年末年始は有島からうつされた季節性の風邪にやられたせいで会えず、その後も絶妙にスケジュールがお互いに合わない日々がずっと続き、気が付けば1年以上が経ったわけだ。

 

 同じ芸能界(せかい)に入ったことで離れ離れになった距離が縮まる・・・なんて甘い話はない。

 

 「その幼馴染ちゃんは“女の子”?」

 「・・・そうですけど、それが何か?(っていうか“ちゃん付け”してる時点で決めつけてんじゃねぇかこの人)」

 「・・・ほぉ~」

 「いや、だから何すか?」

 

 すると幼馴染が女子だということを知った堀宮が、如何にも何か企んでいるような雰囲気を醸し出しながら“謎な”リアクションをしてきた。

 

 「もしかして可愛い?

 

 

 

 “『えっ?そのレンって彼女は可愛い?』”

 

 

 

 「可愛いってより、“”がある感じですね」

 「・・・・・・待ってそれ絶対可愛いパターンじゃん」

 

 そう言えばこんな感じのやり取りをいつか誰かと一度やったことがあったなと思いつつ、俺はあの時と全く同じことを言って、あの時と同じようなことを堀宮から返された。ここから色々と厄介なことを聞かれようと、俺から見た蓮は本当にそういうふうに視えているから、特にどうってことはない。

 

 「・・・じゃあさ・・・いっそのこと付き合っちゃうのはどう?

 「・・・・・・は?」

 

 と、すっかり油断していた俺の心持ちに予想の斜め上を行く“ストレートパンチ(ひとこと)”が襲い掛かり、思わず反応が大きく遅れた。

 

 「って冗談だよ。だってあたしたちは芸能人だからその辺は色々と気を付けなくちゃいけないしさ」

 「・・・冗談にもほどがありますよ(蓮も芸能人だけど・・・)」

 

 結局は彼女なりの冗談だったが、向けられた感情がどこか“不気味”で一瞬だけゾッとした。

 

 「それに、“将来有望”なさとるがこんなところでスキャンダル起こして追い出されちゃったらあたしも悲しいし」

 「サラッと不吉なこと言わないでください」

 「“将来有望”なのは否定しないんだ?」

 「否定しないっていうか、それを否定したら俺たち役者は“負け”じゃないですか?」

 「うぃ~いいこというじゃんさとる~」

 「だから頭を掴まないでください杏子さん」

 

 頭を鷲掴みにして当たり前に思っていることを言った俺をやや大袈裟に堀宮は褒める。とりあえず何度かこういう絡みを受けてきた中で、適当にスルーすることが最適解だということを理解した俺はいつものようにスルーでやり過ごす。

 

 「それと、(あいつ)は“親友”なんで付き合うような関係にはならないですよ」

 

 恋愛はやったことがないから分からないけれど、少なくとも俺は蓮に対して“そういう感情”を持ったことは一度もない。

 

 「・・・じゃあさ、さとるにとって“幼馴染ちゃん”はどういう存在?」

 「どうも何も、何でも話せる“親友”ってだけですよ」

 

 感覚としてはクラスメイトの有島と同じように、男女とか関係なく何でも気兼ねなく話せる“ダチ”という感覚。ただそこに同じ“芸能人”だということと、初めて心の底から分かり合えた“親友”という要素が加わっただけのこと。

 

 「って何でこんなどうでもいいことまで言わなきゃいけないんですか?」

 

 それだけのことなのに何でこんなに掘り下げられなければいけないのか、俺にはイマイチ理解が出来ない。

 

 「どうでも良くなんかないよ。芝居をする上じゃ普段の人間関係も重要になってくるし」

 「まぁ・・・そりゃあ人間関係とかはそうですけど」

 「それに異性とかの壁を超えた“何でも話せる親友”がいるってことはさ・・・・・・どんな理不尽があっても自分を保っていくためのすっごく大事な“財産”になるんだよねって、あたしは思う

 

 しつこく襲い掛かる質問にげんなりし始めていたそんな俺の言葉を遮るように、堀宮がいきなり核心を突くような言葉を投げかけた。

 

 「だから“孤高の人”っぽいさとるに“何でも話せる親友”がいるって知れて、何か自分のことみたいにあたしは嬉しい」

 「何かそれだと俺が“友達少ない”みたいな言い方ですね?(犬の次は孤高かよ・・・)」

 「えっ?多いの?」

 「少ないですよ。正直」

 「だよね?やっぱり初対面のときから何となく“友達少なそう”って思ってたんだよね~あたし」

 「あまり作ろうとは思わないってだけです。あと、いまの言葉は普通に酷いです」

 「そのかわり“友達になった人”のことはとことん大切にするのが、さとるのいいところだってあたしは思ってるよ」

 「今さらフォローしても遅いっすよ」

 

 直後にまあまあ酷いことを言われたことはともかく、堀宮はこんな感じでふと心に突き刺さる格言ような言葉を俺に言ってくる。それに何だかんだでいざという時は“芸能界の先輩”としてきっちりフォローしてくれる頼もしさと優しさもあるから、俺は会うたびにダル絡みしてくる堀宮のことを先輩(ひと)として、そして同じ役者として尊敬している。

 

 「でも待って・・・・・・さとるは幼馴染ちゃんと“2人だけ”で映画を観に行くんだよね?」

 「はい・・・ってさっきから何なんですかほんと・・・」

 

 その堀宮は何か意味深そうに俺と蓮が2人だけで映画を観に行くことを聞くと、シェアウォーターを片手にそのまま立ち上がり、俺の目の前に膝を抱え込みながら座り込む。

 

 「それってさあ・・・・・・もうデートじゃね?

 

 次の瞬間、青空のようにキラキラしていた碧眼(輝き)がほんの一瞬だけ不気味にざわつく感覚を覚えた。

 

 「・・・デート?」

 「うん。デート」

 

 ような気がした。

 

 「なわけないじゃないですか。ただの“映画鑑賞”ですよ、気の合う友達と一緒に行くのと同じ」

 「でも幼馴染ちゃんは“映画館デート”って思ってるかもよ?」

 「神に誓ってないですね。(あいつ)はただの“親友”なんで」

 「本当に“ただの親友”って言い切れる?」

 「言い切れるもなにも事実なんで」

 「・・・あぁそう」

 「そうです」

 

 堀宮からの揺さぶりに憬は平常心を保ったまま平然と答え、そんな憬を見た堀宮もこれ以上の詮索をするのをやめた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日_午前11時55分_渋谷・ハチ公前_

 

 「久しぶり」

 

 改札を抜けて案内板を頼りにダンジョンの如く入り組んだ駅構内から外に出て集合場所のハチ公前に待ち合わせの5分前に辿り着くと、見慣れない少しだけ洒落たよそ行きの服装をした蓮が俺を見つけるなり声をかけてきた。

 

 「少し伸びたよな?背?」

 「まぁね。この1年で5,6センチぐらいは伸びたと思う」

 

 久しぶりあった蓮は、ブーツを履いていることも相まって前の撮影現場であったときより少しだけ背丈が大きくなっていた。

 

 というか蓮がブーツなんて洒落たものを履いているのを見ること自体、俺にとっては初めてだ。

 

 「でも憬も伸びたでしょ?差はちょっとだけ縮まった感じがするけど」

 「こっちは1年で3センチしか伸びてないからな。このペースじゃもうじき蓮に追いつかれるかもしれない」

 「流石に170ぐらいで私は止まるわ。っていうか止まってほしいわ」

 「でも背丈があるのはいいことじゃね?画面映えもするだろうからさ」

 「言っとくけど私は外見で売ってないからね」

 「それは知ってます」

 

 厳密に言えば蓮に比べて俺の成長速度が遅いということになるが、1年と少し前にあったときと比べて、普段は滅多に着ないような少しだけ洒落た服装も相まって3歳分ぐらいは大人びたように見えた。

 

 「じゃあ行くか」

 

 こうして1年と少しぶりに目と目を合わせたやり取りをして、俺と蓮はスクランブル交差点を渡ってセンター街に入り、目当ての映画館へと手を繋がず横に並んで足を進める。

 

 「憬は覚えてる?」

 「何が?」

 「去年の春休みに私が出てた映画を観に初めて渋谷に行ったときのこと」

 「・・・『1999』か」

 

 去年の春休み、無謀ながら蓮にじゃんけんを挑んで負けたことで半ば無理やり連れて行かれる形で渋谷まで行って『1999』を2人きりで鑑賞した日のことは、言われなくてもちゃんと覚えている。

 

 「そこで自分の出てる映画を観て自分の芝居の下手さに絶望して、それで憬から変に気を遣われて私が勝手にムカムカしてたらチンピラみたいな人たちに囲まれてさ」

 「あぁ、あれはマジで怖かった」

 「嘘つけよく分からない“ジキルとハイド”みたいなやつで追い払おうとしてたくせに」

 「喧嘩に巻き込まれたときの最終手段だよあれは」

 「もしかして今も使ってんの?」

 「なわけねぇよ。逆にあんな“黒魔術”みたいなやつを未だに使ってたらそれこそただのヤバい人だしな」

 「ヤバいっていう自覚あったんだ」

 「当たり前じゃん。まぁ、あのときは半分ガチだったけど」

 「半分どころか100パーでしょ?」

 「うるせえ」

 「あ、確かこの辺だったよね?」

 

 この通り、『1999』を観終えた後に俺たちはチンピラに絡まれ、遅れてやってきたヒーローのように颯爽と現れた天馬心に助けられ、群がる野次馬を背に3人でセンター街を走った。

 

 「よく覚えてんな」

 「えっ?憬は覚えてないの?」

 

 右側にあるゲームセンターの辺りを見ながら蓮はその場所を指さすが、はっきり言って俺はそこまで鮮明に覚えていない。

 

 「覚えてないっていうか、蓮を守ろうと必死だったからそれどころじゃなかった」

 

 とにかくあの時は、蓮に傷一つ負わせたくない。親友として絶対に守るという思いだけで動いていたから、周りを意識するなんて全くしていなかった。からの天馬心の登場で、ここから先の記憶はまるでジェットコースターのように駆け巡っている。

 

 「・・・・・・なにそれ?

 

 ほんの少しの何とも言えない間が空いて、蓮が言葉を返した。

 

 

 

 “『うん・・・いいよ』”

 

 

 

 「いや、そのままの意味だよ」

 

 その瞬間、どういう訳か昨日撮ったギーナのCMで堀宮が演じるメイが照れ隠しをしながら小さく頷く姿が脳裏に浮かんだ。

 

 “いや、なぜ?

 

 「話変わるけどさ、高校はどうすんの?」

 「・・・えっ?」

 

 かと思ったら蓮はいきなり何の前触れもなく話題を変えてきて、俺は不意に反応がワンテンポほど遅れる。

 

 「急に変わったな話題」

 「そういえば聞いてなかったなって思ってさ」

 

 “・・・なんかいつも違う・・・?

 

 「・・・とりあえずこれからの活動(こと)を考えて、芸能コースのある霧生学園に行くことに決めたわ。海堂さんからも薦められたし」

 

 と心の中で一瞬だけ思いつつも、俺は素直に志望している高校のことを蓮に打ち明ける。

 

 「霧生とかすごいじゃん。進学校で“ザ・スター”って感じの学校だし」

 「別に大した理由じゃない。勉強に時間をあまり使いたくなかったってだけで」

 「でもあそこって芸能人だろうと関係なく入試みたいなのやらされるらしいよ?」

 「それは許容の範囲内」

 「随分な自信だこと」

 「これでも勉強は出来るほうだからな俺は」

 

 ちなみに霧生学園を選んだ理由は芸能コースがあるばかりでなく、校風も自由かつ学校側の判断によっては“俳優活動に専念”したまま進級・卒業が出来るからだ。もちろん偏差値65と言われる進学校で入学するには芸能コースであろうと面接に加えて一般入試と同レベルの学力テストを受けることになり、それらを総合した成績次第で合格できるというそれなりにハードなものだが、クラスで有島の次ぐらいに勉強は出来ている俺からしてみればどうにかなる範囲内の話だ。

 

 あと、シンプルに俳優活動をしていく上では横浜にある実家から撮影現場や渋谷にある事務所に向かうよりも都心に引っ越した方が明らかに効率がいいという側面もあり、そこも同じぐらいには重要なところだ。

 

 「・・・でもそっか・・・・・・憬“も”霧生なんだ・・・

 

 そして俺が霧生学園を志望していることを打ち明けると、隣を歩く蓮の様子が再び変わり始めた。

 

 「・・・“も”ってどういうことだよ?

 

 普段と比べてどこかよそよそしい蓮の雰囲気に呑まれ、俺までどこかよそよそしくなった。

 

 考えてもみれば今日の蓮はいつもと何かが違う。まず普段着で膝上スカートやブーツのようないかにも女子っぽいものを身に付けている蓮を見ること自体が初めてで、そもそも蓮はこんなよそ行きの格好はめんどくさがっていることを俺は知っている。

 

 

 

 “『幼馴染ちゃんは“映画館デート”って思ってるかもよ?』”

 

 

 

 またしても、不意に堀宮の言っていた言葉がまた脳裏に浮かんだ。

 

 「あのさ・・・・・・実は・・・

 

 きっとそれは、1年と少しぶりに会ってみたら雰囲気が違っていた親友()に驚いているだけなのか。いや、絶対にそうだ。1年も電話とメール越しでしか会ってなかったら雰囲気が多少は変わっていてもちっとも不思議なことじゃない。絶対そうに決まっている。

 

 

 

 “・・・って、さっきから何で俺はこんなにも馬鹿みたいに自分に言い聞かせているんだ・・・?

 

 

 

 「私も志望してるの霧生なんだ。驚いたか憬?」

 

 何がしたいか分からない堂々巡りと化していた思考回路に、俺のよく知っている普段通りの蓮の声が響いた。

 

 「えっ・・・・・・えっ?」

 「なんちゅうリアクションしてんだよ」

 

 状況を理解するのがタイムラグになって遅れたせいで、奇天烈なリアクションをしてしまった。そしていつも通りの感じでツッコまれ、恥ずかしさがどっと込み上げる。

 

 「けど驚いたでしょ?私も霧生に入ろうって思ってることを聞いて」

 「そりゃ驚くって・・・まぁ蓮ぐらいの頭だったら霧生もいけるだろうけど」

 「これでも勉強とスポーツは負けなしだからね」

 「知ってるわそんなこと。あと言い出す前とかすげぇよそよそしい感じだったから、何を言い出すかちょっとだけ恐かった」

 「あははっ、どうだ見たかこの私の“演技力”を」

 「下衆が

 

 そして蓮は自慢げによそよそしくしていたのが芝居だったことを俺に打ち明けた。やっぱりそうだ。(こいつ)はいつも通りの俺を揶揄うことが好きな親友だ。何も変わったことはない。

 

 「・・・言っとくけどあんまりこういう事やってるといざって時に誰からも信じてもらえなくなると思うぞ?」

 「珍しいじゃん。私のことをストレートに心配してくれるなんて」

 「当たり前だろ、蓮は大切な親友なんだからよ」

 「大丈夫だよ。こういうことは憬にしかやんないから」

 「逆に信用失くすわ」

 

 たかが着こなしている服装がかわったぐらいで、俺は何を動揺していたのか。終わってみれば(こいつ)が時折仕掛けてくる茶番にまたしても付き合わされたってだけの話だ。さっきまで勝手に脳内で狼狽えていた自分がマジで馬鹿馬鹿しい。

 

 「あと、こんな洒落た格好した蓮を見るのは初めてだよ。急にオシャレにでも目覚めた?」

 

 ただ馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、俺は蓮に普段は絶対に着ないような服装(ファッション)の話を振った。

 

 「あぁこれね~、ちょっと前に静流とお忍びで原宿に行ったときに買い揃えたやつなんだけど・・・やっぱ多分着るのは今日限りになると思うわ」

 「マジで?これはこれで似合ってると俺は思うけど?」

 「うん、私も店でコーデ決めたときは“すごい似合ってる”って思ってさ、それで今日着てきていざ普通にこうやって憬と歩いてみたら・・・なんか違うなって」

 

 牧と一緒に原宿で買ったというコーデのことを聞いて、返って来た答えはこんな感じだった。このやり取りで、俺は普段より洒落た格好で来たのに深い意味はないことを察した。

 

 「だけど1回きりってのも勿体ないし・・・・・・どうしよっかこれ」

 

 ついでに言っておくと、普通にこういう女子っぽいファッションも全然似合ってはいる。

 

 「とりあえず何かのドラマに出るときの衣装ってことで取っておけばどう?」

 「おっ、憬にしてはマトモなこと思いつくじゃん」

 「“しては”じゃねぇよ人をバカにしやがって」

 

 と同時に、何の意図もなかったことに自分でも理解できない“謎の安心”を覚えた。

 

 「あ、ここだ」

 

 そうこうしているうちに、俺たちは『ロストチャイルド』が上映されている目当ての映画館に着いた。




申し訳程度のクリスマス要素。ちなみに本編の補足でどうして“カカオ84%”なのかというと、ギーナチョコレートのカカオの配合が84%だからです(※原作111話より)。83%でも、85%でもなく、84%なのが“ミソ”なんですよね・・・・・・ここから先の解説はギーナの回し者説が浮上しているYさんにお任せします(※原作111話より)。

でも冷静に考えてみればカカオ84%のチョコレートって、まあまあ苦い気がする(※作者は某白夜叉レベルの甘党です)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【人物紹介】

・堀宮杏子(ほりみやきょうこ)
職業:女優
生年月日:1984年9月5日生まれ
血液型:B型
身長:159cm
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