「あれ?蓮の隣にいるのはもしかして憬くん?」
「えっ・・・何で・・・」
『1999』を観に行った去年の春休みと同じように蓮と2人で全く同じ映画館のロビーに入ったら、いきなり牧と山吹の2人と鉢合わせた。
「えっ?静流ってたしか今日は仕事だったんじゃ?」
「女優にとっては映画鑑賞も“仕事のうち”だよ」
「嘘つけや仕事の合間に“どうしても観たい映画がある”っつって無理やり時間割いてたくせに」
「もーほんと酷いこと言うよねブッキー、蓮も憬くんもそう思わない?」
「・・・待って、牧さんって“こんな感じ”だったっけ?」
思わぬ形で2人と再会したことはともかく、目の前にいる牧は明らかに俺の知っている“牧静流”のイメージとはかけ離れていたことに先ずは気を取られた。
「“こんな感じ”ってどんな感じ?」
「牧さんの髪の色、俺の記憶が正しかったら赤だったと思うんだけど」
帽子を被っていたから分かりづらかったが、赤髪だったはずの牧の髪が茶髪になっていたことに気がついたからだ。
「“役作り”だよね?」
「そうそう。ビックリしたでしょ?」
トレードマークの1つだった赤髪が茶髪になっている
「言っとくけど“バラしちゃ”ダメだからね?」
「もちろん分かってます」
当然“役作り”で髪を染めたことは公表してないわけだから、牧は至極真っ当に“誰にも言うな”と笑いながら真面目なトーンで話してきた。電話越しで何度も話はしているとはいえ、髪の色が変わると牧はまるで別人のように見えた。
ただ同時に説明のしようがない違和感も感じた。
「おぉ、誰かと思ったらこれはお久しぶりで」
そして俺が見慣れない牧の茶髪に気を取られていると、背後から忽然と長身の男が現れた。
「天馬心・・・」
「それはかつて僕が使っていた“芸名”だよ、夕野くん」
もちろんその男が“天馬心”こと天知だということは目が合った瞬間に分かったが、天知が
「おせぇんだよ心一、忘れ物取りいったぐらいで」
「仕方ないだろちょうど窓口に並んでいたら僕のことをまだ知っている
「お前はもう芸能人じゃねぇんだから無視しろやそんな外野どもは、てか芸能人でも無視しろや」
「とりあえずサインと引き換えに財布の中に入っている有り金を全部僕にくれって言ったら、“頑張ってください”って言って退散してくれたよ」
「悪ぃ、想像してた10倍はお前のほうが腐ってたわ」
「そんなことより間に挟まれてしょーもないケンカを聞かされる私の気持ちにもなったら2人とも?ほら、蓮も憬くんも困ってるし」
「いやいや・・・そんなことないよな、蓮?(俺は普通に困ってるけど・・・)」
忘れ物を取りに行っていく途中で絡んできたファンをゲスいやり方で退散させた天知に、山吹はぶっきらぼうな憎まれ口を叩く。そんな腐れ縁のような2人の間に挟まり“やれやれ”という表情を俺たちに向ける、“茶髪”の牧。
「・・・うそ・・・天知さんってそういう人だったの・・・」
「しっかり大ダメージ喰らってんじゃねぇか」
そして隣にいる俺にギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で分かりやすくショックを受けている蓮。そういえばこいつは、小学校の卒業文集に『有名人になって天馬心に会う!』と堂々と書くほどの天馬心のファンだった。そりゃあ尊敬している人がファンから金を集るようなことを平然とするなんて知ったら、流石に蓮でも落ち込むだろう。
「もちろん本当に金は巻き上げたりしないよ。僕はあくまであの子たちに“知らない人に下手に声をかけたらどんな目に遭うか”っていうのを、身を持って教えてあげただけだから」
「そうですよね?まさか天知さんがああいう“外道”なことなんかしませんよね?」
「もちろんですとも」
「・・・それはよかったです」
だが当の本人が本当か嘘かも分からない弁明をしたら、蓮はそれをすぐに信用した。
「・・・もしかして
「“ファン”でした。もう卒業しましたけど」
そんな蓮を見た俺は“もしかしたらこいつも大概じゃ”と少しだけ心配したが、山吹からの問いかけに堂々とファンを卒業したことを告げ、心配はすぐに稀有に変わった。
「ただ“天馬心”が憧れなのは変わらないんで、ファンは辞めましたが尊敬はしています」
そしてファンを辞めたことを告げられた天知に、蓮は堂々とした態度と真っ直ぐな目つきで自分の思いを伝える。確か去年の春休みに“天馬心”と出くわした時には半分野次馬みたいになっていた蓮も今やすっかり芸能人だ。普段はまず着ることのないような洒落た服装も相まって尚更大人っぽく感じる。
「よかったね、
「そうだね。変わらずこうやって人から尊敬されると、芸能界で頑張っていた日々も無駄じゃなかったって思えるから僕も嬉しいよ」
「環、芸能人だったときの
蓮の言葉を三者三様で受け取る3人の“
「偏見の権化みたいなヤツには言われたくないな」
「チッ、ここが学校の中だったらとっくにお前のこと殴ってるぞ」
そして極力オーラを消しているとはいえ俺たちと同年代の代表格の女優とスターズの人気俳優が揃っても全く見劣りしない天知の存在感は、やっぱり一般人の“それ”じゃない。
「つーかそろそろここ出ないとヤバいんじゃねぇの?」
「あ、そっか」
「そっかじゃねぇだろこの言い出しっぺが」
山吹が左腕にはめた腕時計で徐に時間を確かめ、牧に早く映画館の外に出るように促す。この様子だと本当に仕事の合間を縫って映画を観に来たみたいだ。
「ごめんねこの後普通に
「そっか、お疲れ様です」
「じゃあまたどこかの現場で」
「
「いえ、全然」
「さて僕たちも解散しますか」
「一番関係ねぇ
「まぁまぁまぁ」
同期3人組の息の合ったやり取りに気を配りつつ、俺たち2人も3人に挨拶をして窓口に向かう。いがみ合ってはいるけれど、何だかんだで互いのことを理解し合っているライバルのような腐れ縁的なものを感じた。
「夕野」
「・・・はい」
そしてすれ違いざまで、山吹はいきなり俺だけに聞こえるかどうかぐらいの声量で声をかけた。
「・・・上手くなったな」
山吹から言われたこの言葉が『ロストチャイルド』のことだと俺が気付いたのは、家に帰って今日のことをふと思い出したときだった。
「いまブッキー憬くんと何か話してたでしょ?」
「何も話してねぇよ気のせいだろ?」
「もしかして私たちが“観てきた映画”の話でもした?」
「するわけねぇじゃんこれからどうせ“アイツら”も観るわけだし」
「やっぱりなんか話してたよね?」
「だから話してねぇつの」
「本当に何も話していないにしろあまり強く否定すると図星だと捉えられかねないぞ山吹?」
「
「さて、私たちも行きますか」
「・・・おう」
映画館の外へと出て行く同期3人組のやり取りを見送りながら、俺たちはチケットを受け取りに再び窓口へと足を進めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「思うんだけどさ、牧さんのあの髪型って絶対“役作り”じゃないよな?」
「何で?疑ってんの?」
「疑うっていうか俺的には“違和感”しか感じなかったからさ、あの茶髪。蓮は何か知ってる?」
窓口でチケットを受け取り、目当てのシアターのある4階へ繋がるエスカレーターを昇る途中で、俺は蓮にあの“違和感の拭えない髪型”のことを聞いてみた。
「・・・あれは“
「やっぱりな、何かおかしいと思ったんだよ俺も」
「しかもアレ以外にもあと3つバリエーションあるからね。この前原宿に行った時は
「さすが“同居人”なだけあって何でも知ってるな」
「“同居人”って、それだと私がおまけみたいな言い方じゃない?」
「ハイ、言葉足らずでスイマセンでした(・・・そういう意図で言ったわけじゃねぇのにめんどくせーな)」
「今“めんどくせーな”って思いながら謝ったでしょ?」
「は?何で?」
「顔にそう書いてあるよ。言っとくけど“先輩の眼”は誤魔化せないからね“ユウト”くん?」
「その名前で俺を呼ぶな」
真後ろから馬鹿にされたのはともかく、やっぱりあの髪型は“役作り”なんかではなかった。しかも蓮曰く合計で4パターンも用意しているらしい。多分あれは正体がバレないように街を歩く為なのだと思うが、あそこまでする必要はあるのかとも思ってしまう。ただ俺たち2人はまだ牧に比べたら知名度はさっぱりだからどうこう言える立場じゃないけれど、俺は見ていて違和感を感じた。
“『全く。変装しなければまともに街すら歩けない。こんなことになるくらいだったら
「・・・やっぱり俺たちも“
天知が言っていた独り言を不意に思い出した俺は、気が付くとその言葉と同義の独り言を無意識に蓮へ呟いていた。自分が“有名”になっていくことが嫌なわけじゃないが、意味もなく言葉にして吐き出したくなって呟いた。
「関係ないよ・・・
そんな俺の呟きに蓮は今まで見たことがないくらいに真剣な表情を浮かべて、静かに強く自分の思いを呟いた。
“『やっぱり“プロ”だよなぁ、静流は』”
確か月9の撮影現場にいたとき、こんな感じの言葉で俺の演じていた役の相手役を演じていた牧のことを蓮は感心していた反面、まだ実力不足だった自分に対して負い目を感じているように見えた。
「憬もそうでしょ?」
いま目の前で真剣な眼差しで俺を見上げる蓮に、あの日の“弱さ”は感じられない。同居している相手が相手なだけあってどうしても自分と比べてしまう時間が多いはずだけれど、それらの“しんどさ”も全部糧にして、蓮は先輩女優の牧にライバルとして少しでも追いつこうとしている・・・ことが本当かどうかは分からないが、蓮の隠し持っている
「あぁ・・・俺たちは“誰かの真似”をするために生きてるわけじゃないからな・・・」
あっちはあっち、自分は自分。言われてみればその通りだ。
俺としたことが、自分が出演した映画が無事に公開されたぐらいでそんなことを忘れかけるとは・・・やっぱり俺はまだまだ
「憬、まえ」
「えっ?」
向けられた真剣な眼差しで感傷に浸りかけていた意識に、蓮の言葉が響いて我に返った俺は言葉のままに前に振り返ろうとした。
「うわっ」
その瞬間、エスカレーターのステップと乗降口の境界線に足元をとられた。
“やばい・・・”
均一の速度で動いていた足元が突然止まる恰好になり、段差でつまずくのと同じように身体がエスカレーターの勢いそのままに前へ持っていかれそうになったが、右腕を引っ張られる感覚と共にどうにか俺は体勢を立て直した。
「悪い、助かった」
咄嗟のところで真後ろにいた蓮が腕を掴んでくれたおかげで俺は何事もなく4階に着くことが出来た。いや、たかがエスカレーターで何事もなくというのはおかしいか。
「はぁ、君はエスカレーターもまともに降りられないのかよ?」
「ちげぇよ、ちょっと油断しただけだ」
あからさまな呆れ顔で、蓮は溜息交じりに容赦のない言葉を浴びせる。ていうか油断してたとはいえ、15にもなってエスカレーターの乗降口であわやコケそうになるとは・・・心底情けないし、恥ずかしい。
「これじゃあ先が思いやられるね、“ユウト”くん?」
「だからその名前で呼ぶな」
「あとこんなところでコケられたら一番恥ずかしい思いするのは私だからね?そこんとこは忘れないように」
「・・・うす(これについては何も言えねぇ・・・)」
コケそうになって羞恥心で満たされた心を呆れ気味に笑う蓮から突かれつつ、俺は蓮を連れて300席程度のシアターに入りチケットに書かれている指定の席へと座る。
「結構入ってるじゃん、人」
「休日だからな」
今日は世間が休日ということもあってシアターの席に座る観客の数は多い。
“・・・意外と家族連れが多いな・・・”
そして意外なのは、観に来ている観客の所々に家族連れがいるということだ。舞台挨拶のときに國近が、
“『この作品は家族連れの人が観ることで初めて真価が発揮される』”
とインタビュアーに豪語していたが、早速その効果が出始めているということだろうか。そう言いながらも家族向けにしては攻めた“PG-12指定”で作品を仕上げてきたところが何とも“ドクさん”らしい。ちなみに牧が出演した『ノーマルライフ』を含めてこれまで國近が手掛けてきた作品は今のレイティングシステムの基準によると全て“R-15指定”になるらしく、そういう意味では國近の“家族向け”という言葉もあながち間違いじゃないとも言える。
とは言ってもそれは俺の中で“意外に”というだけで、割合で例えると目視で1割程度だ。
「どう?自分の出た映画を“観客目線”で観るのは?まだ始まってないけど」
隣の座席に座る蓮が、アイボリーの照明に照らされたスクリーンに目を向けたままクールな笑みで俺に話しかける。
「そんなの実際に観てみないと何とも言えない」
映画の内容だとか観客のリアクションは舞台挨拶で既に経験しているが、“出演者”として鑑賞した前回と“ただの観客”として鑑賞する今回では、観客の反応がよりダイレクトに伝わってくるという意味合いでも感覚は大きく異なる。
「強がっちゃって、本当は緊張してるでしょ?」
「・・・まぁな。自分の演技をこんな形で観るのは違う意味で緊張はするよ」
別に強がっているつもりではないけれど、この映画の裏側を知っている人間が自分以外だと誰1人としていない状況で観るのはそれなりに緊張するものだ。
「・・・“逆の立場”になった気分はどう?」
照明に照らされるスクリーンに向けられていた視線が俺のほうに向けられる。
「前に私が出てた映画を憬と一緒に観たとき、私はこんな感じの気分で隣の席に座ってたんだよ・・・」
「・・・知ってる」
「ホントかよ」
「嘘ついてどうすんだよ」
去年の春休み、『1999』の上映時間を待つ隣の座席に座る蓮は珍しく気が立っていて緊張していた。理由は違えど、この後スクリーンに映し出される自分の演技を知っていることを踏まえても一番に襲ってくる感情は“自分の雄姿を自慢したい”とかじゃなく、“今の自分は周りからどう視られているんだろう”という漠然とした疑問と不安。
「これでやっとわかったでしょ?あの時の私が感じてた気持ち・・・?」
俺はこれから観る映画を経て役者として“一応の自信と覚悟”を身に付けたつもりだ。それでも“観客の視点”に来た途端に思わず緊張するぐらいだから、あの時の自信を失いかけていた蓮に襲い掛かっていた “緊張と不安”は相当なものだったことが今になって身に染みてきた。
「・・・こんな気持ちで蓮は
「うん。少なくとも今の憬の10倍は緊張してた」
「・・・そっか」
何より自分のことをよく知っている
って、発展途上の身でありながらそんなことを心の中で思ってしまうこと自体が、思い上がりもいいところだ。
「・・・言っとくけど“ユウトの芝居”がどんなに自分で納得のいくようなものじゃなかったとしても、私は“良かった”としか言わないから」
「何でだよ?」
「君にも“逆の立場”を味わってもらいたくてさ」
「・・・“逆の立場”はもうとっくに味わってるだろが・・・んだよそれ・・・」
蓮が意味深な笑みで意味深そうな言葉を俺に向けたのを合図に、シアター全体を照らしていた照明がゆっくりとフェードアウトしていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「カット!」
視界の向こう側から聞こえてきた國近の声で、俺は意識を“ユウト”から現実に引き戻す。その瞬間、3時間分の疲れが一遍に襲い掛かってきてほんの一瞬だけ景色が歪んだ。
“・・・母ちゃん・・・?”
歪んだ意識を呼吸で整えて3時間の撮影を終えても疲れた素振りを一切見せずに窓の外を横目に眺める入江を見ていると、現実に戻ったはずなのに不意に“リョウコ”のように思えてしまう。アドリブで頼んで半分ほど食べたオムライスの味もほとんど分からない。それほど入り込まなければ“このシーン”を演じ切ることは出来なかった。
「・・・どうですか?ちゃんと最後まで演じ切ることは出来ましたか?」
外を眺めていた蘇芳色の眼がゆっくりと俺のほうを向いた。相変わらず、素に戻った入江の表情は全くと言っていいほど読み解けない。
「・・・感触はあります・・・」
本当に最後まで俺は演じ切れていたのか。それが完全だという保証は『ロストチャイルド』が作品として完成したときに初めて分かるのかもしれない。ただカットがかかって襲い掛かった疲労感は、間違いなく“本物”だった。
「・・・そうですか・・・」
確かに感じた手ごたえを伝えた俺からの真っ直ぐな視線に入江は表情を変えることなく答え、隣の席に座るショウタ役の渡戸は静かに見守るように俺と入江を傍観していた。
「我ながら良い画が撮れたんでリョウコと再会するシーンの撮影はこれでOKです」
午後4時5分。ショウタとユウトがリョウコと再会するシーンの撮影は國近からの演出の変更があったにも関わらず演者3名が的確に順応したこともあり特に大きな混乱も起きず、ほぼ予定通りに終了した。
「・・・・・・あの!」
國近から今日の撮影が全て終わったことを告げられ、スタッフからの拍手がまだ冷めないうちにそのまま席を立ち一礼して着替えのために貸し出された隣の貸事務所へと向かおうとした入江を俺は呼び止めた。
「・・・なんでしょうか?」
呼び止められた入江は、その場に立ち止まって席から立ち上がった俺のほうへとゆっくりと振り向く。もちろん、俺が入江を咄嗟に呼び止めた理由はたった1つだ。
“『・・・・・・それはあなたが俳優として最後まで演じ切る“自信と覚悟”を手に入れた時に初めて分かります』”
「・・・教えてください・・・・・・入江さんはどうやって“自信と覚悟”を手に入れることが出来たのですか?」
“『・・・どうしてもそれを知りたいというのであれば・・・先ずはあなたの中にある“誰かとの記憶”を、次に“
「・・・・・・わたしが
だが“自分の中にある過去”との付き合い方を知り、文字通り“誰かとの記憶”を“過去”のものにして本番に臨みこうやってリョウコと向き合うことのできた俺へ告げられたのは、意外な言葉だった。
「いや・・・でもあのとき」
「そもそもわたしはあなたに“何かを教える”なんて最初から一言も言っていませんが?」
入江からの一言で俺はリョウコがユウトの首を絞めるシーンを撮影した日に投げかけられた言葉を思い出す。役者としての“自信と覚悟”を知りたければ、先ずは自分の中にある“父親の記憶”を次の撮影までに“過去”のものにしろと。
そして俺は今まで生きてきた中で初めて母ちゃんと心の底から本気でぶつかって、これまでずっと隠されていた自分自身の過去を知って、ユウトと自分は全くの“別物”だということを再認識したことでどうにかフラッシュバックを乗り越えることが出来た。
「それでは逆に聞きます・・・・・・夕野君はユウトとして今日ここで
静かに言い放つ入江の一言で、撮影現場の空気が一気に重くなる。あの時と同じ、言葉を1つでも間違えれば全てが終わってしまいそうなほどの緊張感が一点に襲い掛かる。
確かに俺は、『ロストチャイルド』の撮影を通じて“ユウト”を演じるための“自信と覚悟”は身に付けることが出来た。でもそれはあくまでユウトを演じるために必要なだけの武器であって、全く同じ戦い方でこれから先に演じていく別の他人を演じ切れるかと言われたら・・・そんな確証なんて出来るわけがない。
“『他人を最後まで演じ切るという“自信と覚悟”は、何年、何十年と時間をかけてゆっくりと“自我”の中に構築されていくものですから・・・それをたった数日やひと月で克服することなど無茶な話です・・・』”
「・・・それはまだ分かりません・・・・・・ただ、俺がいまこうしてユウトを演じられているのはあくまで“ユウト”を演じ切る“自信と覚悟”があるからであって・・・それが役者としての自分自身そのものというわけではないということは、この映画の撮影と役作りを通じて分かるようになりました・・・・・・多分ですけど・・・というか俺の言ってることが正しいとか間違ってるとか関係なく、これから色んな役を演じるたびに自分と他人を照らし合わせて、落とし込んで・・・“役”として昇華していくことを何度も何度も繰り返し続けていった先に自分だけしか知り得ない“答え”があって・・・・・・それが役者にとっての“自信と覚悟”なんだと・・・俺は思いました」
入江が言っていた言葉をふと頭に浮かべた瞬間、俺はほぼ無意識に本能のままに自分なりの“答え”をぶつけていた。例えそれが入江にとって望んでいた答えではなかったとしても、俺なりの“自信と覚悟”はこういうものだと最後に伝えておきたかった。
「・・・夕野君がわたしの中にある“自信と覚悟”が分からないのと同じように、わたしはあなたの中にある“自信と覚悟”のことは全く分かりません・・・・・・もちろんそれはあなたや渡戸君に限った話ではなく・・・“芝居を生きる全ての
俺なりの“自信と覚悟”に、入江は相変わらずの氷のように微動だにしない感情と優し気で穏やかな声と独白のような語り口で答える。
「だからわたしからは・・・・・・“それ”を知りたければこれからも“芝居”と共に苦しみもがき続けなさいとしか言えません・・・」
そして返って来たのは、入江ミチルという人間が女優として生きてきた日々をただひたすらに感じさせる、これから役者をずっと続けていったとしても全ての“真意”を紐解ける保証すらない、1人の人間が背負うにはあまりに重すぎる覚悟だった。
「では、わたしはこれで」
いまの俺には到底抱えることなんてできない“覚悟”を放った入江は、そのまま振り返り今度こそ撮影現場を後にしようとする。
「入江さん・・・・・・本当にありがとうございました」
振り返った背中に向かって、俺は心から“役者としての自信と覚悟”を教えてくれた入江に感謝の一礼をした。
「・・・あなたが今の言葉の“真意”に辿り着くまでにはまだ時間がかかると思いますが・・・・・・いつかのために今日のことは胸に秘めておいてください・・・」
入江は一瞥することなく、俺と全く同じ方角を向いたまま背中越しに最後の
「・・・・・・ったく、イチイチ怖ぇんだよ入江さんは」
「入江ミチルごときで怖がってたら大作なんて一生撮れないと思うぞ?」
「“大御所慣れ”してる寿一さんには演者に気を遣わなきゃいけない“若手”の気持ちは分かんねぇだろうな」
「言うほど若手かお前?」
「普通に若手でしょまだ?」
入江が衣装から着替えるために店を出て行ったタイミングを見計らって國近が愚痴を溢し、その愚痴に撮影監督の黒山が“阿吽の呼吸”で反応したことで撮影現場に漂っていた重苦しい独特の緊張感が一気に和らいだ。
「・・・憬・・・本当によく頑張ったな」
後ろで傍観しながら見守っていた渡戸が俺の背中を優しく叩いて今日の芝居を称えると、達成感が一気に込み上げてきた。
「・・・ありがとうございます」
だがすぐに撮影がまだ終わっていないことを思い出した俺は寸でのところで我に返り、この達成感を心の中で温存して静かに噛みしめた。ここで喜びを爆発させてしまったら、それこそ自分で言った“自信と覚悟”を自分で仇にしてしまうような気がした。
「よし、ひとまずここの撤収作業が終わり次第、明日以降の撮影に向けたミーティングを軽く行う。今日の余韻なんかに浸っている暇はないからな、すぐに切り替えていくぞ」
そんな俺たち“兄弟”を見たのかただの気まぐれなのか、感化されるようなタイミングで“まだ喜ぶのは早い”と言わんばかりに一旦現場の空気を緩和させた國近が再びスタッフ全員の気を立たせた。
「はい!」
監督からの一言に俺たちは元気のいい返事で答える。撮影はまだ終わっていない。そして『ロストチャイルド』が
“『・・・あなたが今の言葉の“真意”に辿り着くまでにはまだ時間がかかると思いますが・・・・・・いつかのために今日のことは胸に秘めておいてください・・・』”
“それ”をただひたすら繰り返して、苦しみもがき続けた先に“
※補足ですが、本編で触れたレイティングシステムは2000年当時の基準です。
それと何気に46話ぶりに登場のブッキー・・・・・・いや誰だよって思った方はchapter2 を読み返して頂けると幸いです。
さて、話は変わりますが来週はクリスマスです。皆さんはどう過ごされますか?ちなみに作者は夜勤です。めでたく今年は1DKで寂しくケーキを食べるというクリぼっち満喫パターンは回避出来ました・・・・・・万歳。
はぁ