或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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Merry Christmas, Mr. Lawrence


scene.66 繋いでみる?

 「なんかドキュメンタリーみたいな映画だったな」

 「うん。実際にああいう家族って現実にいそうだから余計にね」

 

 「そう言えば弟とケンカするところで主演の人明らかに一回噛んでたけどワザとか?」

 「この映画を作った國近独って監督がそもそも“俳優が噛んだところをそのまま使う”ような監督だからね」

 「人様に出すやつでそれやるのはクレイジー過ぎない?」

 「でもそれを演出として成立させちゃうのが國近監督なんだよ」

 「さすが映画博士」

 

 「弟の役やってた人めちゃくちゃ上手くなかった?」

 「それは俺も思ったよ。特にあの母親の記憶思い出すところとか母親と再会するところとか」

 「見た感じまだ中学生っぽかったし全然知らない人だけど引き込まれたわ~あれ」

 

 「思ってたより良かったね。家族向けって割には重かったけど」

 「・・・私は親として色々考えさせられたわ・・・」

 

 

 

 

 

 

 「・・・どうだった?」

 

 上映が終わり、照明が再びシアター全体を薄明るく照らしたのを合図に俺は隣の席で『ロストチャイルド』を観ていた蓮に感想を聞く。

 

 「・・・うん・・・」

 

 だが蓮は何も映らなくなったスクリーンを見つめたまま“うん”と一言だけ静かに相槌を呟くと、どこか“納得のいかない”とでも言いたげな表情を浮かべてそのまま黙り込んだ。一体何が不満だったのかは分からないが、(こいつ)なりに“引っかかった”部分でもあったのだろうか。

 

 ただこんな感じで黙り込まれると、変に緊張する。

 

 「・・・別に気なんて遣わなくたっていいよ・・・どんな酷評だって受け入れる覚悟はできて」

 「そういうのじゃないよ」

 

 緊張を紛らわしながら咄嗟に頭に浮かんだ当たり障りのない言葉で途切れた会話を繋げると、蓮は俺の言葉を遮った。

 

 「・・・『ロストチャイルド(これ)』を観る前に、憬に“ユウトの芝居”がどんなに自分で納得のいくようなものじゃなくても私は“良かった”としか言わないって言ったけどさ・・・・・・普通に上手いじゃん・・・

 

  ユウトの芝居を観て“普通に上手い”と言った蓮の表情は、シアターへと昇るエスカレーターで見せた感情(モノ)と同じだった。

 

 

 

 “・・・“逆の立場”って・・・そういうことか・・・

 

 

 

 「・・・・・・悔しい?

 

 蓮の言っていた“逆の立場”に隠された本当の意味を理解した俺は、『1999』の時とは違い気を遣うことなく自分の思ったことをそのまま右隣に伝える。

 

 「・・・悔しいっていうか・・・・・・なんか自分の知らないところで自分が勝手に不戦敗したみたいな気分・・・

 

 そして俺の方へと返ってきたのは『1999』を観た帰りに下手に気を遣われた怒りとも違う、今まで見たことのない感情だった。怒っているわけじゃないけれど、俺のことをただの“親友”ではなく“ライバル”として見ているかのような、そんな感情。

 

 “・・・芝居ならもっとあからさまだよな・・・

 

 少なくともいま俺に向けられているこの感情は、芝居なんかじゃない。

 

 「・・・だったら“芝居で勝つ”だけだろ・・・・・・蓮に勝った感じはしないけど・・・

 

 確かに俺たちは“親友”であることは変わらないが、同時に今は同じ芸能界(せかい)で戦う“ライバル”であることを忘れてはいけない。ならば俺はこの感情に真っ直ぐぶつかっていくだけだ。

 

 

 

 “『私と憬・・・どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ』”

 

 

 

 売られた“喧嘩”は必ず買う。これこそが役者としての礼儀だ。

 

 「・・・憬のくせに生意気」

 

 蓮はそう言うと感情はそのままに何も映らないスクリーンを見たまま左隣の俺に呟き、

 

 「・・・でもおかげで“スイッチ”入った

 

 そして俺のほうへと顔を向け、クールに笑った。

 

 「・・・それは良かった」

 「私がこの程度のことで落ち込むとでも?」

 「全く思ってません」

 

 その少しばかり大人っぽくなった静かな笑みに安堵をして、俺は蓮と共にシアターを後にした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「お、晴れてる」

 「ホントだ」

 

 『ロストチャイルド』を観終えて映画館を出てみると、渋谷(ここ)に着いたときにはまだ晴れているのか曇っているのか曖昧な感じだったセンター街の隙間から覗く真上の空はすっかり晴れ渡っていた。

 

 「そういえばまだ昼食べてないよな俺たち?」

 「あぁ確かに」

 「どおりで観終わったら腹が減ってるわけだわ」

 「ポップコーンとか買えば良かったじゃん」

 「俺は映画を観るときは絶対に何も口にしない派だからな」

 「初めて聞いたよそれ」

 「えっ、言ってなかったっけ?」

 「マジで初耳」

 

 しかし、思えば午後2時をとっくに過ぎたというのに2人揃ってまだ昼を食べていないから腹も大分減っている。正直『ロストチャイルド』をポップコーンやアメリカンドッグを片手に観ることも考えたが、そもそも俺は映画を観るときは水分すら取らずに見入るタイプだから絶対に無理な話だ。

 

 「そういう蓮も何も食ってないだろ?」

 「うん。ていうか『ロストチャイルド(あの映画)』はポップコーン片手に観るような映画(やつ)じゃないでしょ」

 「言われてみれば確かに」

 

 それ以前に『ロストチャイルド』は、そんな気楽な感じで観るような映画じゃない。

 

 「どうする昼?すげぇ今さらだけど」

 

 ひとまず俺は、左隣を歩く蓮に何を食べるかを聞いてみた。

 

 「もちろん“スタバ”の一択で」

 「・・・スタバ?」

 

 返ってきたのは“スタバ”という、聞き慣れない単語だった。

 

 「スタバ。最近ちょくちょく増えてるみたいだけど知らない?」

 

 

 

 “『はいこれ。事務所(ここ)に来るついでにラテ買って来た』”

 “『・・・どこのやつですかこれ?』”

 “『スタバ。フツーに近くにあるけど知らないの?』”

 

 

 

 「・・・あぁ、言われてみれば名前だけは聞いたことがある気がするわ」

 

 事務所に用事があったときにいつかの堀宮が俺に好みでもないラテのテイクアウトを持ってきたときのことを思い出して、ようやく“スタバ”が何なのかを俺は理解した。

 

 「でもどうしてカフェなんだよ・・・?別に俺は構わないけど」

 

 正直言ってこの空腹を完全に満たせるような気はあんまりしないが、もう時間も時間だからしょうがないと言われればしょうがない。というか冷静に考えてみれば、あの“ラテ”は明らかにカロリーが高いからそこにチーズケーキでも付けたらそれなりに空腹は満たされるかもしれない。

 

 「・・・憬は覚えてる?『1999』を観に行った後に天知さんとどこに行ったか?」

 

 なんて馬鹿みたいに下らないことを頭の中で巡らせていたら、蓮が意味深な視線を俺に向けてきた。

 

 「・・・あぁ」

 

 

 

 群がった野次馬を全速力で撒いて、俺と蓮は天知に連れられるように“新しくできたカフェ”に入って何かを頼んで、そこで天知からスターズの“新人発掘オーディション”のチラシと履歴書を渡されて・・・・・・

 

 

 

 「・・・もしかして根に持ってる?“あの日”のこと?」

 

 “もしかしたら”という予感が頭の中で浮かんだ俺は、思った言葉(こと)をそのままの形で口にする。

 

 「まさか。私って小さいときから大抵のことは一回寝ればどうでも良くなっちゃうから絶対にないよ・・・っていうか“あれぐらい”のことを未だに根に持ってるとかどんだけめんどくさい女なんだよって話」

 「あはは、まあそうだよな」

 「一瞬マジで私のことそう思ったでしょ?

 「ホントに一瞬だけな、冗談抜きで悪かった」

 「ほんとに思ってたのかよ流石にこれは3日ぐらい引きずるわー」

 「いやマジでごめん(3日は絶対嘘だろ)」

 

 そうして“もしや”と思い込んだものは、見事に外れてブーメランとなって自分に返ってくる。偉そうに“親友”だと言い張っているくせに、俺は蓮のことをちっとも分かっていない。思えばここ1年は電話かメールでしかやり取りしてなかったから、互いに分からないことが増えていくのも必然なのかもしれない。

 

 「・・・と言いたいところだけど、本当は今でもちょっとだけ根に持ってるんだけどね

 

 だから俺は、蓮が本当にあの日のことをまだ心の中で根に持っているということに言われるまで気付けなかった。別に、だからといって罪悪感とかは感じないが。

 

 「だってほら、あのときってちょっと険悪な感じだったし・・・もちろん『1999』を観に行かなかったら憬は役者になんてなってなかったかもしれないって考えたら良かったとも言えるかもだけど・・・・・・“いい思い出”か?って言われたら、微妙じゃん

 「・・・まぁな」

 

 蓮は隣ではにかむように俺に話しかける。こんなことを思ってしまったらまた自分のことが偉そうに感じてしまうけど、やっぱり声とメールの文章と写真だけじゃ人の心なんて分かるわけがない。

 

 「・・・だからこれを機会にどうしても“いい思い出”に変えたくてさ・・・・・・優しいでしょ私?

 

 こうやって目を合わせて話していても互いの心なんて全部は分からないし、別に無理に分かろうだなんて思わない。

 

 「自分で自分のことを“優しい”って言う奴はこの世で一番信用できねぇよ」

 「えっ酷っ、人の優しさをそうやって踏みにじるとか鬼畜すぎて引くわ」

 「とにかく俺はそういう奴が嫌いなんだよ」

 「ホント憬ってたまにどうしようもないくらい“人でなし”になるよね?」

 「言っとくけどそこそこ性格捻じ曲がってるからな俺」

 「うわ自覚あったんだ」

 「いざ人から言われるとすげぇ腹立つな」

 「自分で言うから悪いんじゃん」

 

 だから俺たち“親友”は偶に互いに容赦のない憎まれ口を言い合いながら、小6の頃と何ら変わらない空気感で好きな映画から大した中身のないふざけた戯言まで何でも話し合う。

 

 

 

 “『オーディションを受けて、蓮と同じように俺も役者になる』”

 

 

 

 もしもまた“いざ”って時が来たら、いつもより一歩だけ踏み込んで親友()の心を理解しようと努力するけれど。

 

 「ところで仕事は順調?」

 「・・・それおとといの電話でも話したよな?」

 「いいから」

 

 そんな服装以外はいつもと何ら変わらない俺の親友は、唐突におとといの電話で話していたはずの近況を聞いてきた。

 

 「いいも何も前に話したときと一緒だよ・・・今は“ぼちぼち”、来年からは一気に“本気”出す。まぁ結果が返って来るのはすぐとは限らないけど」

 「ほんとに全く同じこと言ったよこの人、何かオーディション受けたとかそういう話もないの?」

 「受験シーズンだから今はなるべくセーブ中」

 「なるほど・・・さすがに“芝居バカ”の憬でも“お受験”には勝てないってことか」

 「勝つも何もねぇだろ。あと“芝居バカ”言うな」

 

 もちろん身の回りの状況なんて、2日ぐらいでコロコロと変わることは滅多にない。

 

 「それに受けるのはあの“霧生”だからな。校則だとかが自由な代わりにレベルは高いから多少は“その辺”を気にしとかないと俺でも厳しいし」

 「・・・芝居のことよりも“勉強”のことを気にしてる憬って、なんか憬じゃないみたいで面白い」

 「ずっと思ってんだけど蓮の俺に対する“面白い”の基準がマジで分からねぇ」

 「聞きたい?」

 「聞いたところで大したことなさそうだからどうでもいい」

 「つまんな」

 「勝手に言ってろ」

 

 芝居が7割、勉強が3割という今の比率。確かに前の現場で会ったときの芝居が9割9分の“芝居バカ”と比べたら、芝居の比率を一時的に7割ぐらいまで落としている今の俺は蓮から見たら幾分か新鮮に見えるのかもしれない。どこが面白いのかは相変わらず分からないが。

 

 「・・・それに“勉強”だって好きでやってるわけじゃねぇし」

 

 そもそも俺は有島ほどじゃないけれど勉強は好きじゃないし、芝居の比率を7割までに落としている今の状況は常に不完全燃焼で生きているような状態と同じだ。そんなこんなで俳優として仕事をするようになったことである種の気分転換になるはずの学校の授業は、却って芝居に集中できないストレスの溜まり場となりつつある。もちろん有島という大の勉強嫌いな“ダチ”のおかげでどうにか爆発せずに発散は出来てはいるが。

 

 

 

 “『言っとくけど高校だけはちゃんと出てよね?』”

 

 

 

 全ては中学3年に進級した日に母ちゃんから言われた“後だしジャンケン”にも程がある一言のせいだ。“高校だけは出ろ”という母ちゃんの気持ちは分かるし、元から俺も言われたら二つ返事で返すぐらいの覚悟はとっくにしていた。

 

 ただ人が芸能界に入って1年近くたったタイミングで思い出したかのように言われると、流石に水を差された気分になって無性に抗いたくなってしまう。これが単なる“反抗期”ってやつだと言われてしまえば、それまでなのだが。

 

 「あぁくそ、“勉強”のこと考え出したらストレスしかねぇわ」

 「やっぱり“芝居バカ”のままじゃん」

 「・・・うっせぇ」

 

 隣を歩く蓮がそんな俺のことをこうやって時々“芝居バカ”と呼んで茶化すが、あながち間違いじゃないのかもしれないと内心ではずっと思っている。

 

 「あれ?否定しない」

 「役者なんて“芝居バカ”にならないとやってけないからな」

 「おぉ~かっけ~」

 

 とにかく『ロストチャイルド』の撮影を乗り切る前までは、芝居をせずに受験に向けた勉強をしている時間が “ストレス”になるとは思ってもみなかった。ただあの時はまだ俺は“自分の過去”と向き合えてなかったから、学校で勉強したり有島と駄弁っては映画(ビデオ)を貸し借りしていた普通の日常を過ごしている時間が何よりの“癒し”だったのかもしれない。

 

 「俺から見れば蓮も十分に“芝居バカ”だよ」

 「・・・憬ほどじゃないよ」

 

 そう考えると日常を何気なく過ごすことに“芝居ができない”という説明のつかないストレスが付きまとい始めた今の自分は、着実に心も身体も芸能界(この世界)の住人になりつつある。ということだろうか。

 

 

 

 “『これからも“芝居”と共に苦しみもがき続けなさい』”

 

 

 

 ふと“あの言葉”を思い出して、センター街を歩く周囲の雑踏に目を向けてみる。ここをいま歩いている人たちの殆どは、俺たちとは違う普通の世界で普通な生活をしている人たちだ。当然その人たちから見てみればまだまだ有名なわけじゃない俺たちのことも同じように視えているのかもしれないが、その人たちに俺たちの気持ちなんて分かるはずがない。

 

 「ねぇ?」

 

 “・・・そういや去年(まえ)に蓮と渋谷(ここ)に来たときは・・・俺も”そっち側“の人間だったな・・・

 

 「ねぇ」

 

 もしかしたらこれが“芝居を続ける苦しみ”なのか・・・?いや、あれはそんな簡単なことじゃ

 

 「ねぇ!

 

 完全に我を忘れて“自分の世界”に入り込んでいた意識に蓮の大声が割り込み、視線は無意識に声のした方へと向く。

 

 「うわビックリした!・・・何だよいきなり」

 「それはこっちの台詞だよ、急にうわの空みたいに明後日のほう向くわ呼びかけても全然リアクションしてくれないわ」

 「マジか、ごめん」

 「言っとくけど私って人から無視されるのは人に嘘つかれる次にムカってなるタイプだから、そこんとこよろしく」

 「・・・うす(何気にそれは初耳だ・・・)」

 

 本気のトーンで説教されたことで、俺はようやく無意識に我を忘れていたことを自覚した。俺としたことが、いま考える必要のないことを考えて“暴走”してしまっていた。気分転換で渋谷(ここ)に来て映画を観に来たつもりが、気が付いたら芝居のことで頭の中が埋め尽くされていた。

 

 「・・・これは勉強の“ストレス”が相当溜まってるみたいだね・・・

 

 蓮はまるで難事件を解く探偵のごとく口元に手を当て考え込むジェスチャーをしながら、思考回路が暴走していた俺を吟味し始める。

 

 「・・・かもしれない」

 

 これが“勉強のストレス”のせいなのかは分からないけれど、我を忘れていたということは自分の中にある感情を抑えきれなかったということと同じ。少なくとも心の中で何かが“溜まっている”のは確かなことだ。

 

 “・・・あんなこと考えたって、キリがないってのに・・・

 

 我に返ったうえで、俺は意識をまた雑踏へと移す。すると俺たちの10メートルほど先を歩く制服姿の高校生ぐらいのカップルが互いの指を絡めるようにして手を繋いで歩く姿がふと視界に入った。

 

 

 

 “『ねぇ?さとるは“恋人繋ぎ”って知ってる?』”

 

 

 

 ああいう手の繋ぎ方を俗に“恋人繋ぎ”という・・・と、CMの打ち合わせの時に堀宮が言っていたことを思い出した。

 

 “・・・そういえば明日撮るギーナのCM(やつ)、メイとあんなふうに手を繋ぐんだっけ・・・

 

 「だったらさ・・・・・・ここからスタバに着くまで私と手でも繋いでみる?

 「えっ?」

 「できれば“恋人繋ぎ”で

 「・・・・・・は?

 

 

 

 “『それってさあ・・・・・・もうデートじゃね?』”

 

 

 

 「いや・・・お前・・・どうした?」

 「“この世の終わり”みたいな顔するのやめろ」

 「待って・・・一旦この状況を整理させて」

 

 何の前触れもなくいきなり言い放たれた突拍子のない一言に、俺の思考回路は“ガチ”で止まった。後で蓮から聞いた話だと、このとき俺は“この世の終わり”のような顔をしていたらしい。いやどんな顔だよ。

 

 「・・・もちろん“本気”じゃないよ・・・ただいつか彼氏とデートするような役を演じる機会があったときに、事前にシミュレーションしといたほうがいいかなって思ってさ。ほら、隣に丁度いい“実験台”もいるし」

 「・・・・・・あぁ・・・そういうことか」

 「ホントに分かってる?」

 「とりあえず状況は察した。人を“実験台”呼ばわりするのはいただけないけど」

 

 そして蓮の言葉を聞いて再び正気になって状況を把握して、どうにか思考回路を立て直すことができた。

 

 「でもあそこまで“マジなリアクション”されるとは思わなかったよ。いつもだったら“どうせ芝居だろ?”って疑ってかかってくるのに」

 「お前は俺を何だと思ってんだ?」

 「芝居バカ、ひねくれオタク、単細胞、根暗」

 「それ以上は悲しくなるからやめろ

 

 蓮の“それ”が芝居だということを疑うことすら今の俺は忘れていた。思えば俺と同じ高校を受験していることを打ち明けられた時も、“よそよそしい”様子の蓮を俺は疑おうともしなかった。

 

 

 

 “『本当に“ただの親友”って言い切れる?』”

 

 

 

 こんな感じで調子が狂いっぱなしなのは、言うまでもなく昨日堀宮(あの人)から変なことを吹き込まれたせいだ。考えても見れば“異性とかの壁を超えて“何でも話せる親友”がいるということは自分を保つ上ですごく大事だ”と豪語した直後に真逆のようなことを言い放つようなその場のノリで主張をコロコロと変える人の言葉なんて、真に受けて右往左往するほうが馬鹿だ。

 

 「・・・で?俺は蓮の“恋人ごっこ”に付き合えばいいってこと?」

 「“ごっこ”じゃない、これは役柄を広げるための“鍛錬”だから」

 「“鍛錬”って・・・いきなりお堅くなったな」

 

 普段通りに余裕そうな表情を浮かべて笑う蓮を見て、出来るだけ感情を無にして堀宮の言っていたことを思い返してみたら急に冷静さが戻り始めた。

 

 「じゃあ分かりましたよ。役者は芝居をしてなんぼだから幾らでも“実験台”としてお付き合いします、先輩」

 「あんなに動揺してたくせによくそんな偉そうなこと言えるよね?」

 「ハイスイマセン(マジでコイツ・・・)」

 

 そうだ、俺たちは役者だ。カメラや観客がいない世界で普通に歩いている瞬間でさえ、自分の芝居において利用できるものはとことん利用する。現に“一般人の皮を被って街を歩いている”この瞬間だって、芝居をすることを禁じられているわけじゃない。

 

 「じゃあ・・・・・・繋いでみる?

 

 それにどっちみち明日のCM撮影で俺は“メイ”から恋人繋ぎをされるわけだから、俺にとっても“事前練習(シミュレーション)”になって一石二鳥だ。

 

 「いつでもいいよ

 

 シミュレーションの合図を送ってから5秒くらいのタイミングで、左隣を歩く蓮の指先と掌の体温が左側の指先と掌にぎこちなく絡む。

 

 「いざやってみると意外と難しいねこれ・・・」

 

 “恋人繋ぎ”をするにあたって自分の中で役でも作っているのだろうか、蓮はワザとらしく照れ隠しを笑いで誤魔化しながらぎこちなく絡んだ右手の指先の隙間を手探りで動かし、それに合わせて俺も左手の指先を手探りで動かす。

 

 「よし、できた」

 

 左隣から聞こえたどこか嬉しそうな声と同時に、指先と掌が隙間なく噛み合った。

 

 「そういや初めてだよな。“芝居”とはいえ蓮とこうやって手を繋ぐのはさ?」

 「・・・うん・・・そうだね・・・っていうか当たり前だよこうやって人と手を繋ぐこと自体が私も初めてだから」

 

 ガッチリと指の隙間の一つ一つを離さない力強さの中に、手首から指の先端までを優しく包み込むような温かさを感じる。こんな感じで人と手を繋ぐことが初めてなのは当たり前だけれど、蓮の体温をここまで直に肌で感じる感覚を味わったことは一度もなかったから、特に理由もなく意識が戸惑いそうになる。

 

 「蓮って意外と温かいんだな、手」

 「そうでしょ?静流とか学校の友達からもよく言われる」

 「自覚あんのかよ」

 「憬は逆に冷たい」

 「えっマジ?」

 「ちなみに手が冷たい人は“人付き合いが苦手で内向的”らしいよ」

 「なっ・・・まぁ、社交的じゃないしな俺」

 「普通に根暗の部類でしょ憬は?」

 「少しはオブラートに包めや“ネアカ野郎”」

 「あぁでも、どっかの国の言い伝えだと手が冷たい人は“心が温かい”んだって」

 「・・・それだと手が温かい人は社交的だけど“心が冷たい”ってことになるぞ?」

 「大丈夫だよ。手が温かい人は“心も温かい”から」

 「・・・何だよその謎の理論」

 

 カメラも回ってなければ観客もいない雑踏の中、俺たちは手を繋ぎカップルを演じて“アドリブ”で台詞を回しながらセンター街をゆっくりとしたペースで歩く。正直互いがほとんど素のままで台詞を繋いでいるこのやりとりが“アドリブ”と言えるかどうかは微妙だが。

 

 「・・・憬は緊張しない?」

 「は?何で?」

 

 ちなみに俺は“メイ”の想いに全く気付かない“リョージ”になったつもりで蓮と手を繋いでいるため、こんなふうに手を繋がれたところで特に何も感じない。

 

 「だってほら?知ってる仲同士とはいえ“異性”と手を繋いでいるわけだからさ私たち?しかも“恋人繋ぎ”で?」

 「言っとくけど今の俺は“小学生のときからずっと同じクラスで一緒にいる幼馴染からの恋心に全く気付かない鈍感野郎”だからな」

 「何そのめんどくさいにも程がある設定?」

 「ちょうど今撮ってるCMで俺が()ってる役がそういう役なんだよ。どこの会社だとかはOA(オンエア)まで言えないけど」

 「いや、もっとシンプルに彼氏の役とかできないの?ほら、もしかしたら次の仕事でクラスのマドンナ的な存在に一目惚れする“初心(うぶ)”の役が来るかもしれないし?」

 「それは実際にそういう役を演じる機会になったときにするわ。とにかくいま演じてる役柄と関係ないことをするのは“俺の役作り”に反することだからよ」

 「・・・あっそ」

 

 という設定で演じているつもりが、油断すると理由もなく変に緊張しそうになる。(こいつ)が“芝居”をしていることは分かりきっているはずなのに。

 

 「分かったよ。なら私はそんな“鈍感野郎”が好きで好きで堪らない幼馴染の設定で行くから・・・ってこれだと鈍感野郎の役作りしてる憬の思う壺じゃん・・・・・・馬鹿か私・・・

 

 

 

 “『手・・・・・・繋いでいい?』”

 

 

 

 「・・・なぁ?逆に蓮はなんでそんなに緊張してんだよさっきから?

 「・・・えっ?

 

 そう思った矢先の蓮の様子から、本日何度目かの“メイ”の姿が頭にちらつく現象が起きた。

 

 「別に緊張なんかしてないよ・・・“芝居”に決まってんじゃん」

 

 あくまで芝居で手を繋いでいるだけのはずなのに、掌と指先を通じて緊張感と鼓動の高鳴りが伝わってくる。“芝居”と言い張る声のトーンも心なしか微妙に普段と違うように感じる。

 

 「・・・そうだよな。芝居だよな」

 「・・・当たり前でしょ」

 

 そして俺の目を見つめる視線も、どことなくぎこちない。意識していなければ、もしかしたら本当に俺のことを“そういう感情”で視ているんじゃないかと錯覚してしまうくらいに。

 

 「・・・・・・俺の負けだよ

 

 やっぱり、俺はまだ親友()のことを全然知らないままだ。今日まで1年と少し、電話とメールでしか話していなかった(こいつ)は、俺の知らない間にこんなにも芝居が上手くなっていた。

 

 「・・・何が?」

 「さっき蓮は俺のユウトを観て“不戦敗した”とか言ってたけど・・・・・・俺からしてみればいまのお前のほうがよっぽど芝居が上手いよ

 「・・・もしかしてこの期に及んでまた気を遣ってくれてる?だったらそういうのは“一番いらない”から」

 「そうじゃねぇ

 「じゃあ何?」

 

 こんなに相手役をしていて冷静さを保つのが精一杯になってしまうほどの芝居は、今の俺には到底できない。“だったら芝居に勝つだけ”だと偉そうに言っておきながら、結局のところ負けているのは相変わらず騙される俺のほうだ。

 

 「いまのお前は芝居しているって意識しないと、本気で“勘違い”しそうになる・・・・・・なんというか、いまの俺にはここまで相手の感情を動かせる芝居はまだできない・・・・・・だから、そんな芝居ができる蓮はお前が思っている以上に女優(やくしゃ)として成長してる・・・って、俺は思う

 

 そしてまた雰囲気に飲まれ、俺は無意識に“らしくない”言葉を蓮に向けていた。にしてもたかが芝居で一瞬だけとはいえ感情が揺れてしまうなんて、全く思いもしなかった。

 

 「・・・・・・本当に“惚れる”なんてやめてよね?」

 「絶対ないから安心しろ」

 「・・・そこまでハッキリ言われると逆になんか腹立つ」

 「何でだよ?たかが芝居で」

 「というか憬が偉そうにしてる時点でムカつく」

 「理不尽すぎるだろオイいつまで続けるつもりだよこの芝居・・・)」

 

 謎に機嫌を損ねた掌が、少しだけ俺の掌を握る力を強くする。どうやら芝居はまだ続いているみたいだ。俺が演じているのは“小学生のときからずっと同じクラスで一緒にいる幼馴染からの恋心に全く気付かない鈍感野郎”で、蓮が演じているのは“そんな鈍感野郎のことが好きで好きで堪らない幼馴染”・・・という設定で、互いが自分を演じる。

 

 「・・・けど何だかんだで、こうやって誰かと芝居をしてる瞬間は楽しいよ・・・カメラなんてどこにもいないけど

 

 左隣の蓮が、少し機嫌を損ねたような態度のまま目線を合わさずに右隣の俺に声を掛ける。幸か不幸かさっきの“ストレス”は嘘みたいにどこかへ吹き飛んでいた。確かにあのままウジウジと不平不満を垂れ流していたらせっかくの休日が去年のようにまた台無しになるところだったかもしれない。

 

 

 

 ただ、ずっとただの親友として接してきた相手から疑似的(しばい)とはいえいきなり他の誰かを演じるでもなくこうやって恋愛的な感情を向けられるのは、何とも言えない“やり辛さ”が拭えず普段の芝居より疲れる。

 

 

 

 「・・・次はちゃんと“カメラの前”でこんなふうに芝居が出来たらいいよね・・・私たち?

 

 センター街の雑踏が映る前方に向けられていた視線が、隣を歩く俺へと向けられる。その表情は1秒前までの不機嫌さが消え失せた、芝居を解いたときと同じ微笑み。

 

 「・・・・・・だな

 

 そんないつもと変わらない蓮の感情に、俺は役を解いてありのままの感情で言葉を返す。

 

 「はいおしまい」

 

 素で返した言葉を合図にした蓮は感情の抜けたような軽々しいノリの口調で“撮影の終わり”を宣言して、繋いでいた掌を俺から離す。

 

 「・・・スタバに着くまで続けるんじゃなかったのか?」

 「なんか慣れないことしたら疲れてきた」

 「言い出しっぺが先に疲れてどうすんだよ?」

 「じゃあ続ける?憬がそんなに()りたいんならもう一回やってもいいけど?」

 「別に続けるとは一言も言ってない」

 

 考えるまでもなく、俺たちの芝居は蓮が俺に笑いかけた時点で終わっていた。そして考えるまでもなく、蓮の芝居に思わず“勘違いしそうになった”時点で俺はまたしても蓮に芝居で負けた。

 

 「俺だってちょっと疲れたし、なんか“蓮が蓮じゃない”みたいな感じがして違和感がすごかったわ」

 「・・・うん・・・私もずっと変な感じだった。楽しかったけど」

 「・・・そっか」

 

 設定こそ即席で作り上げていたとはいえ、演じている登場人物はあくまで誰でもない自分自身。おかげで“勉強のストレス”は吹き飛ばせたが、俺と蓮が自分を保ったまま“そういう関係”になるのは演じていて“やり辛さ”がすごく、無駄に疲れた。

 

 「よし、ここからは“普段通り”で行こう」

 

 左の掌に残っていた微かな温もりの感触が、“普段通りで行こう”という蓮の言葉と10月の終わりらしい涼しさと寒さの中間ぐらいの乾いた空気に流され消えていく。

 

 「おう」

 

 

 

 “『・・・じゃあさ・・・いっそのこと付き合っちゃうのはどう?』”

 

 

 

 久しぶりに蓮と2人で映画を観に行くことになった俺に堀宮は冗談ながらもああやって揺さぶりをかけてきたが、やっぱり俺たちは何でも話せる“親友(いま)”の距離感が一番しっくりくるし、この関係性は互いにこれから役者としてどんな道を歩んでいこうが全く変わることはないと思う。

 

 

 

 “少なくとも俺は、そう信じている

 

 

 

 「そうだ、せっかくだから次はスタバまで全力で走ってみる?前みたいに?」

 「やらねぇよ、恥ずいし疲れたし」

 「ここで“やる”なんて言ったら逆にドン引きだよ」

 「一応俺は“常識人側”の人間だからな」

 「憬が常識人とか説得力ねー」

 「悪かったな説得力無くて」

 「・・・そんなことよりさっきの憬の顔、冗談抜きでヤバかったよ?」

 「ヤバかったって何が?」

 「私が“恋人繋ぎしよう”って言ったときの顔。なんかもう、“この世の終わり”みたいな顔してた」

 「どんな顔だよ」

 「思い出そうとすると絶対ツボるから教えない」

 「別に知りたくねぇ」

 「逆に私が恥ずかしかったわ、共感性羞恥って意味で」

 「なんで俺が悪者みたいになってんだよ?」

 「罰として私のフラペチーノは憬の奢りで」

 「ざけんな誰が奢るか」

 

 それから俺たちは芝居のことを一旦頭から忘れ去り、ただの親友になって駅前の“スタバ”とスクランブルの前にある本屋を巡り、あまり良くない思い出のまま終わっていた渋谷の記憶を塗り替えた。




※例の如く補足ですが、本編に登場する“スタバ”は皆さんご存じの“スタバ”とは一切関係ございません。

ということで2022年はアクタージュらしからぬデート回?で“書き納め”となりますが、chapter3.5はもう少しだけ続きます。

そして求められているであろう需要に一切応えることなくマイペース&マイスタイルを貫き続けた結果がものの見事に“UA”という確かな形で反映されているこの作品をここまで根気強く読んで下さった読者の皆さま、まだちょっとだけ早いですがよいお年を。












ていうか、2022年終わるの早すぎひん?
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