或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.68 繋いでいい?

 「芸能人やってると色んな事が起きまくりでてんてこ舞いになることもあるけど、これであたしたちもいよいよ“人気俳優”の仲間入りだねさとる?」

 「そうなるといいですね・・・っていうか、杏子さんはもうとっくに“人気者”じゃないですか?」

 「あたしが“この程度の地位”で満足するとでも?」

 「全く思いません」

 「その通り!何てったってあたしの“標的”はまだまだ先を歩いているからね」

 

 海堂から来年の夏期に民放の“火曜10時枠”で放送することが水面下で計画されている連続ドラマ『ユースフル・デイズ』の出演オファーを承諾した後、俺は堀宮と共に事務所の中にある4名用のミーティングルームで奢られたグレープフルーツジュース(缶ジュース)を飲みながらテーブルを挟む形で椅子に座り、時間を潰していた。

 

 「もう嬉しすぎてこの後の“打ち合わせ”のことを完全に忘れかけてたよあたし」

 「分かりやすく喜びが爆発してましたからね」

 「そんなに爆発してたのあたし?結構抑えてたつもりなのに」

 「そうですね・・・思い切りダダ漏れでしたよ・・・」

 

 ちなみに俺がミーティングルーム(この部屋)で時間を潰している理由は、今から30分後にあるという“別件”までの堀宮の暇つぶしに付き合わされたからだ。もちろん、これに関してあくまで“部外者”の俺は全く関係ないし、何ならもう帰りたい気分だ。

 

 「てゆーかさっきから元気なくないさとる?せっかく海堂さんからあんな“ビッグチャンス”を貰えたっていうのに。今回みたいなのは滅多にないよ?」

 「いや、もちろん俺も今回のオファーは滅茶苦茶嬉しいんですよ」

 「嬉しいんならもっと素直に喜べばどうよ?」

 

 そんな俺の本音など知る由もなくテーブルを挟んで真正面に座り自分が奢ったものと全く同じ缶ジュースを飲む堀宮は、先ほど見せた“第三の顔”がまるで嘘の記憶だったかのように普段通りの“人当たりの良い気さくで明るい先輩”に戻っている。

 

 「ただ・・・」

 「心配ご無用、お悩み相談なら杏子先輩が幾らでも乗ってあげるから、ね?」

 「別に悩みとかじゃないんですけど」

 「じゃあなに?ほら?何でも言ってごらん?さあ遠慮せずに」

 「だから今から言いますから一旦黙ってください

 

 初めて垣間見た一面に未だに戸惑っている俺を雲一つない青空の如く輝く碧眼の瞳と感情が、少し息の混じったややハスキーな声と共にわざとらしく俺の感情を凝視する。

 

 「・・・海堂さんから企画書を渡されたときの横顔をみたら、なんか杏子さんが本当はどういう人なのか分からなくなってしまって」

 「・・・あ~・・・あはははっ、何だそれかぁ~」 

 

 しつこく問いかける堀宮に内心で戸惑っている理由を話すと、彼女は心当たりのある何かを思い出してわざとらしく笑った。

 

 「笑い事じゃないですよ・・・あんな“極限まで自分の感情を押し殺した”表情をする杏子さんを見るのは初めてだから、正直なんか変な気分です」

 

 

 

 “『はい・・・・・・誠心誠意、引き受けさせていただきます』”

 

 

 

 海堂から渡された企画書を見るや否や“別人”が乗り移ったかのような感情を露にした堀宮。どこか不気味な眼をして無邪気そうに笑う表情は一昨日やついさっきも含めて何回かこの眼で確かめているが、あんな横顔(かお)”をした彼女を視たのは初めてだった。

 

 「なんか、杏子さんが急に違う人になったみたいで・・・」

 

 あの横顔を視た瞬間、事務所でバッタリと会うたびにダル絡みしてきた堀宮は果たして本当の堀宮なのか?という漠然とした疑問符が今まで見たことのなかった“彼女の内面”と共に理由のない戸惑いになって、こうして残っている。

 

 「・・・だったらさとるは何だと思ってる?

 

 そして社長室を出てすっかり“元の調子に戻った”ことで再び戸惑う俺に、堀宮はいつもの調子をそのままに逆を突く。

 

 「・・・あり得ないことだと思うんですけど」

 「ん?」

 

 理由を聞こうとして逆に理由を問われた俺は、絶対にあり得ないことだと頭の中で言い聞かせながら浮かんできた言葉をそのままの形で口にする。

 

 「・・・杏子さんは“二重人格”なんですか?

 「うん、そうだけど

 「・・・・・・え?

 

 俺からの問いかけに、堀宮は無邪気な笑みと明るい声で間髪入れずに答える。その表情に偶に見せる不気味さは感じなかったが、その嘘の無さげな笑顔と“本気すぎる”声のトーンで思考回路がショートした俺は何もリアクションが取れなくなった。

 

 「どう?ビックリした?

 

 俺からの“二重人格”という半ば冗談のような答えを、堀宮は如何にも正解であると言いたげにまじまじと見つめたまま天真爛漫に笑う。もしかして彼女は本当に“二重人格”なのか?それともただ単に俺を弄んでいるだけなのか?

 

 「・・・あの・・・・・・本当なんですか?

 

 こうして二つの答えが頭の中で交錯している真っ只中の俺は、結論を出す余裕もなく本能のままに堀宮にあの“横顔”の真意を問う。

 

 「・・・・・・うん・・・・・・

 

 すると堀宮の表情からスッと笑顔が消え失せて、再び“別人”が乗り移ったかのように真面目な顔をして俺の眼を真っ直ぐに見つめながら静かに頷く。

 

 「・・・・・・

 

 その表情(かお)はまさに、海堂の眼光を真正面から受け止めていた横顔と全く同じだった。まさかとは思っていたけど・・・堀宮ってやっぱり・・・

 

 「・・・・・・ていう感じのドッキリをバラエティーとかで芸人さんに仕掛けたらウケるかな?」

 

 といった具合に完全に“二重人格”だと信じかけていた俺に、堀宮は“テッテレ〜”という掛け声と共に着ていた薄手のジャンパーのポケットから自分で書いたであろう“ドッキリ大成功”の七文字が書かれた小さな紙を取り出し広げて見せびらかした。

 

 ガタンッ_

 

 「ちょっとさとる大丈夫!?

 

 次の瞬間、いっぺんに色んな感情が襲い掛かって脳内がキャパオーバーした俺は冗談抜きでコントのように“ズッコケ”てイスから崩れ落ちた。

 

 「はい、大丈夫です。一応とっさで受け身は取ったので全然痛くも痒くもないです」

 「現実で本当にズッコケる人を見たのは生まれて初めてだよ」

 「・・・でしょうね」

 

 幸いにも条件反射的に受け身を取ったから怪我1つ負うことなく済んだのだが、こんなリアクションをした自分自身に若干驚いた。もちろん、堀宮からの“二重人格ドッキリ”の余波には遠く及ばないが。

 

 「・・・それで、結局“二重人格”のことはドッキリなんですか?」

 「だ~からそ~言ってんじゃん、さとるはいちいち冗談を真に受けすぎだよ」

 「冗談だとしても疑いたくなりますよあんな顔見たら。椅子ありがとうございます

 

 自力で立ち上がり半信半疑の感情を言葉に乗せる俺に、堀宮は俺と共に床に倒れたイスを元の状態に戻しながら笑顔で答える。

 

 

 

 “『・・・・・・その言葉に異論はないな?』”

 “『・・・ありません』”

 

 

 

 「だったら・・・さっきの表情(やつ)は何だったんですか?」

 

 本人がどんなに“ドッキリ”だといつもの笑顔で言い張っても、その理由を聞かなければ堀宮の言っていることを信じることができない。それぐらい彼女の横顔は、普段とは大きくかけ離れていた。

 

 「ん~何て言えばいいのかな~」

 

 横顔の答えを聞かれた堀宮はどうやって説明するかを考えながら自分が座っていたイスに戻る。

 

 「例えばだけど・・・さとるは“感情がどうにかなっちゃいそう”になったときは逆に感情を抑えるタイプでしょ?」

 

 テーブルを挟んだ反対側のイスに座り缶ジュースを徐に一口だけ口に運び、ジュースの残る缶を片手に持ったまま再び逆質問をしてきた。

 

 「・・・全部が全部って言い切れるわけじゃないですけど・・・大抵のことは抑えてると思います」

 

 堀宮からの言葉で今まで感情が爆発したことのある記憶を探りながら言葉を紡いで、俺は記憶(それ)を呼び起こした。

 

 「うん。聞かなくてもそれはわかる」

 「だったら何で聞いたんですか?」

 「一応気にはなってたから」

 「・・・はぁ、なるほど(言ってることが滅茶苦茶だよこの人・・・)」

 

 予め覚えているのは、俺には“素の感情”で涙を流した記憶が全くないということ。かつていた“父親”から左の頬を思いっきりぶたれた時でさえ、俺は泣いていたのかまでは覚えていない。

 

 「じゃあさ、本当に“マジのマジで感情が抑えられなくなった”ときはどうする?」

 

 ただ素の感情が思いっきり表に出たことは3回だけある。

 

 

 

 “『オーディションを受けて、蓮と同じように俺も役者になる』”

 

 1度目は蓮の出演していた『1999』を観に行った帰りに蓮と喧嘩した日のこと。

 

 “『今日をもって環さんは大倉中学校を離れ、東京都内の中学校に転校することになった』”

 

 2度目は突然担任から蓮の転校を告げられてHR(ホームルーム)が終わると同時に無我夢中で蓮の実家まで走った日のこと。

 

 “『いつまで逃げてんだよ!!』”

 

 そして3度目は“自分の過去”と向き合うために母ちゃんに初めて心の底から感情をぶつけた日のことだ。

 

 

 

 「・・・普通に表に出しますね。相手によりますけど」

 

 それ以外で感情的になった記憶は、俺の中にはない。

 

 「で?そのあとは?」

 「その後は・・・特に何もないですよ。俺は一度発散したら割りとすぐに冷めるほうなんで」

 

 にしても、さっきから堀宮(この人)は何を聞いているのだろうか。そして俺は何を真面目になって受け答えしているのか。

 

 「・・・あの、いま俺が話していることって杏子さんと関係あります?」

 「そんなの大アリに決まってるよ。だからさとるに聞いてんじゃん」

 

 まるで真意が読めない意図に対する気持ちをそのまま伝えると、堀宮は笑いながらも真剣な眼差しを向けて缶ジュースをまた一口だけ口にして缶を置いて頬杖をつく。

 

 「実はあたしってさ・・・本当に感情がどうにかなっちゃいそうなときはああやって抑えているんだ・・・

 

 そして俺の眼を真っ直ぐ見つめたまま、静かに呟くように自分のことを打ち明け始めた。

 

 「しかもタチが悪いのがさ・・・さとるみたいに熱したらすぐ冷めるとかじゃなくて、一度熱しだしたらもう止まらないんだよね、あたし・・・・・・だからどうしても“ヤバイ”って思ったら、“ヤバイ”ときだけ“あたしじゃない別の自分(あたし)”に変わってもらうんだよ・・・・・・ま、早い話がただ単に“感情を極限まで殺す”っていう自分(あたし)の演技力を無駄遣いした“処世術”なんだけどね・・・

 

 堀宮が“処世術”だと言い張るその方法は、ある意味かつての俺が使っていた“役立たずのメソッド”とどこか似たようなものだった。

 

 「処世術・・・

 「ちなみに海堂さんと将大さんはこのことを知ってるよ」

 「・・・そうなんですね」

 

 海堂や菅生が“処世術”のことを既に知っていたことはともかく、俺も役者になる前は似たようなやり方で“自己防衛”をしていた。言うまでもなく堀宮のそれと比べたら何の役にも立たない演技(やつ)だけど、おかげで俺をいじめていたガキ大将が距離を置くようになったことや渋谷で蓮に絡んできたチンピラを結果的に撃退することができたと考えると、ある意味では役には立っていた。

 

 もちろんそんな“黒魔術”、わざわざ同じ芸能事務所の先輩女優に打ち明けるほどの話なんかじゃない。

 

 「多分。ていうか絶対“処世術(アレ)”を使ってなかったらほんとにヤバかったよさっきのあたし?」

 「・・・夏ドラのオファーですか?」

 「そう・・・もうなんていうか・・・・・・“今までの努力がようやく実を結んだ”っていうのかなあの感じ?・・・ちょっと待ってまだ感情がヤバくなってきたから一旦寝てリセットするね?」

 「えっ?」

 「じゃあ5分経っても起きなかったら起こして」

 「いや杏子さん話がまだ終わってないって・・・・・・」

 

 俺の思っていることなどつゆ知らずな堀宮は再び“感情がヤバくなった”と言い張ると“ドッキリ大成功”と書かれた紙を折り畳んで近くにあるゴミ箱に投げ入れ、唐突にそのまま目の前でテーブルの上に突っ伏す体勢で強引に眠りへと就き始めた。相変わらず、彼女は“自由気儘(じゆうきまま)”をダイレクトに体現している人だ。

 

 「・・・zzz」

 「(・・・本当に寝やがったよこの人・・・)」

 

 右腕を枕代わりにテーブルに突っ伏して眠る堀宮の寝顔を少し覗くように見てみると、彼女は小さく寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。ものの数秒で爆睡できる人間なんて漫画の世界の話だろと心の中でツッコミながらも、ついさっきコントのような“ズッコケ”をした自分を思い出して心の中で軽く“自爆”して再び視線を真正面で眠る堀宮へ移す。

 

 “・・・今までの努力か・・・

 

 

 

 “『言っとくけどあたしは本気だからね。牧静流なんてスッと追いついて、グッと一気に突き放してやるから』”

 

 

 

 “・・・そりゃあ嬉しいよな・・・

 「・・・そりゃあ嬉しいよな・・・杏子さん・・・

 

 心に留めておこうとしたはずの言葉が思いっきり出てしまい、咄嗟に堀宮へ意識を向ける・・・・・・大丈夫だ、全く気付いていない。

 

 “・・・どんな夢見てんだろう・・・

 

 何の感情も飾ることなく“無防備”になって気持ちよさそうに眠る堀宮。見るからに良い夢を見ていそうなのが顔に出ている。ふと思ったが、人の寝顔をこんなにも直接的にまじまじと見るのは初めてだ。

 

 “やっぱり俺なんかと違って“強い人”だよ・・・堀宮(あんた)は・・・

 

 堀宮が一方的にライバル視している牧の活躍は俺が知っている限りで今年だけで10社のCMに出ては3本の映画に主要(メイン)キャストで出演してそのうち2本で主演を張り、来年の3月には新たな主演映画が公開されるなど月9の顔合わせで初めて会ったときから勢いは全く落ちていない。だが当然その裏では、子役だったときの堀宮のように“主演”によって“居場所”を奪われた敗北者(やくしゃ)が数えきれないくらい存在する。それは俺も決して例外なんかじゃなく、先週公開された『ロストチャイルド』でユウトという役に選ばれた俺と引き換えに、何人もの他人が俺によって居場所を奪われた。

 

 “『夕野憬、13歳。横浜市立大倉中学校2年です。よろしくお願いします』”

 

 逆に俺もまた、女優を諦めかけていた蓮の苦しみを理解しようと飛び込んだ芸能事務所(スターズ)の新人発掘オーディションでついに勝負させてもらえることなく“スターズの王子様(一色十夜)”に“敗北”している。オーディションは実力が全てじゃないということや、実は光明に仕組まれた“出来レース”だったなんて噂が一部で流れていたりしているけれど、理由はどうであれ俺が負けたという事実は変わらない。

 

 “『夕野・・・お前の役者としての“素質”、見せてもらうぞ』”

 

 だからこそ俺は今の事務所(カイプロ)に拾われ、“ここ”で俳優になれたからこそ体験できた景色が必ずあるから、憧れだった星アリサから認められなかったことに後悔も悔しさもない。

 

 もちろん女優時代の星アリサのことは今でも憧れていて、星アリサが俺の中にある役者としての“指標”であることに変わりはない。

 

 芸能界で頂点になりたいとか、そんな大層なことはまだ望んだりできるほどの立場にはいないけれど、プライム帯の連続ドラマで主要(メイン)キャストの1人として自分を求めてくれている人がいるという事実は、これまでの芝居で学んだ経験や努力が認められたような気がして純粋に嬉しく思う。

 

 “『おっつかれ~さとる~』”

 

 そしてそれは、10年も牧静流(主演)の影で居場所を奪われ続けていた堀宮にとっては計り知れないものだろう。

 

 

 

 “『・・・夕野君がわたしの中にある“自信と覚悟”が分からないのと同じように、わたしはあなたの中にある“自信と覚悟”のことは全く分かりません・・・』”

 

 

 

 『ロストチャイルド』の撮影現場で入江が俺に言っていた言葉をふと思い出す。その言葉の通り、俺は堀宮や蓮が抱えている“自信と覚悟”の正体なんて知らない。

 

 “『関係ないよ・・・静流(あっち)静流(あっち)。“私は私”だから』”

 

 知らないけれど、2人ともそれぞれ“ゆずれない覚悟(モノ)”を抱えて芸能界(この世界)を生きていることだけは分かっている自信だけはある。

 

 最も今の俺も、2人に比べればか弱いかもしれないが“自分なりの覚悟(モノ)”は秘めているつもりだ。

 

 「・・・“ユースフル・デイズ(夏のドラマ)”・・・・・・正式に決まると良いですね・・・

 

 気が付くと俺は、眠っている堀宮へ無意識に声をかけていた。何で咄嗟にこんな言葉が出てきたのかは、自分でも分からない。

 

 

 

 “『・・・・・・ここまで相手のことを嫌いになれるまで自分と向き合える堀宮さんは、本当に“女優(やくしゃ)”として生きる覚悟がある強い人なんですね』”

 

 

 

 仮に無理やりにでも理由を付けるとしたら、無邪気な笑みの裏にある感情を初めて見たときと同じようなものかもしれない。年齢も学年もたった1つしか違わないのに、芸歴は10年近くも離れている俺と堀宮。シェアウォーターの広告と同じような天真爛漫で青空のように曇りのない無邪気な笑みに隠された女優(やくしゃ)の覚悟は、今の俺じゃ到底敵いはしないだろう。

 

 

 

 “『だったらさ・・・・・・ここからスタバに着くまで私と手でも繋いでみる?』”

 

 

 

 不意に昨日の蓮の姿が頭の中で浮かび上がり、俺は自分の左手を自分の顔に近づけるようにして見つめる。

 

 “『望むところだ』”

 

 と、月9の現場の帰り際に蓮が言い放った“宣戦布告”の約束にこんな感じの言葉で喧嘩を買ってから1年と約3ヶ月。果たして俺はいまの(お前)にどれだけ近づけたのだろう・・・昨日のことを振り返ってみて思うことは、“親友”としては良くも悪くも相変わらずなのはともかく、“役者”としては寧ろ差を付けられてしまったと思っている。

 

 “『“過去”なんかに囚われないでただひたすらがむしゃらになって前に前に突き進む・・・・・・それが憬の芝居じゃん?』”

 

 『ロストチャイルド』の時だって、高い壁の乗り越え方を知っている蓮の言葉がなければ“過去”を乗り越えることは出来なかったかもしれない。

 

 

 

 “『ところで憬はさ、俳優とか目指さないの?』”

 

 

 

 そもそも蓮と出会ってなかったら、多分役者になんてなってなかったかもしれないし、蓮がいなかったら“宇宙人”と呼ばれながら教室の隅で燻っていた日々から抜け出せなかっただろう。そして、こんな自分を温かく迎い入れてくれる“素晴らしい世界”があることにも気づけなかった。思い返すと俺はずっと誰かの背中を追いながら、ずっと誰かに支えられながら何とか自分を保って芝居の世界を生きている。心の中でどれだけ“俺は役者だ”と言い聞かせても、終わってみれば自分1人じゃ自分の過去の1つすら超えられやしない。

 

 

 

 “そんな初めてカメラの前に立ったときから何一つ変わっていないこの俺は、(お前)にはどう視えている?

 

 

 

 「・・・・・・ほんとリョージってギーナ好きだよね?

 「?」

 

 蓮のことで思い耽っていた意識に、堀宮の消え入りそうなほどか細い声が入ってきたような感覚がした。

 

 「・・・杏子さん?」

 「zzz・・・

 

 試しに真正面で眠る堀宮の名前をギリ起きるぐらいの声量で呼んでみたが、当の本人は絶賛爆睡中のままだ。

 

 “寝言か・・・”

 

 ミーティングルームの壁に飾られた壁掛け時計に目をやると、堀宮が寝始めてから大体2分あたりの時間を指していた。確か“5分経っても起きなかったら起こして”と言っていたけれど、この爆睡具合じゃほぼ確実に俺が起こすことになるだろう。

 

 「・・・・・・別に私は聞いてない

 

 と、壁掛け時計に意識を向けていたらまたしても堀宮のか細い寝言が聞こえてきた。

 

 “・・・マジでどんな夢見たんだこの人?”

 

 微かに聞こえた寝言に何となく“聞き覚え”を感じた俺は、堀宮のほうへと意識を傾ける。

 

 「・・・リョージは子どもか・・・

 

 次に放たれた寝言を聞いた瞬間、俺は夢の内容を理解した。今まさに堀宮(メイ)はギーナを片手にリョージと一緒に阿佐ヶ谷のアーケードを歩いている。突っ伏して寝ているその表情は、眠っているにも関わらず本当に“メイ”そのものだ。“感情をリセットするから寝る”と言っておきながら、夢の中で思いっきり“芝居”をしている。

 

 そんな堀宮を視た俺は、“この人は本当に芝居の世界で生きている人なんだ”と感じた。

 

 「zzz・・・・・・ねぇ

 

 すると思い切り自分の寝言を聞かれていることなど全く知らない堀宮は、寝返りを打つかのようにだらしなくテーブルの上で伸びている左腕を動かす。そして左腕は机からずり落ちて宙ぶらりんの状態で静止する。

 

 「手・・・・・・繋いでいい?

 

 直後に “メイ(堀宮)”が“リョージ”に言ったのは、お蔵入りになった本来の“シナリオ”に書かれていた台詞(ことば)だった。

 

 

 

 “『いやマジかぁ~、完全に手を繋ぐつもりで気持ち作ってきたから割とショックだわ~』”

 

 

 

 堀宮は自分の努力を絶対に他人(ひと)には見せない人だから実際にどれくらいの熱量で役を作っているのか俺には全部は分からない。ただこうやって夢の中で()るはずだった“本当のシナリオ”で演じているということは、堀宮にとってはそっちのシナリオでやりたかったのだろうか。“健気なヒロイン”のような可愛い顔をして芝居の系統は俺と同じメソッド演技を武器にした“演技派”だから、そういう不安定な一面も彼女にはあるのかもしれない。

 

 “『それに良かったじゃん。結果的にさとるが最初に言ってた意見が通った形になったし』”

 

 そして同時に、間接的とはいえ“メイ”にとって理想だったシナリオを潰してしまったことへの謎の罪悪感がほんの一瞬だけ俺を襲って消える。

 

 というか、そもそも何で俺はこんなことをいま考えて、訳も分からず罪悪感に襲われているのか。

 

 「・・・zzz・・・・・・zzz・・・

 

 なんてことを頭の中で巡らせていたら、堀宮は左腕をだらしなくぶら下げる体勢のまま寝言の台詞が途切れて再び爆睡状態になった。とりあえずこの体勢だと身体を痛めそうだから起こそうかどうか悩んで時計を見ると、まだ30秒も経っていない。

 

 テーブルに突っ伏して眠る先輩と、それを何とも言えない気分で見ているだけの後輩。こういう何とも言えない気まずさがある時に限って、時間の経過が異様に遅い。

 

 

 

 “『いや、別に、何でもない』”

 

 

 

 目のやり場に困った俺は、一旦海堂から受け取ったドラマの企画書に目を通そうとしたが集中できず、10秒足らずで再び視線を眠る堀宮へと移す。顔は直接見せなかったが“バカ真面目に仕事してたってつまらない”と事務所へ向かう車の中で拗ねていた彼女の姿は、『1999』を観た後に俺から気を遣われて苛立っていた蓮の姿と少しだけ似ているように感じた。

 

 「・・・そんなに繋ぎたかったんですか?手?

 

 夢の中でメイを演じながら眠る堀宮を見て、無意識に俺はまた声をかけていた。

 

 “・・・マジで何言ってんだ俺・・・

 

 自分の中でも全く思いつかなかった想定外の言葉が出て説明のつかない羞恥心が一気に込み上げてきた俺は、音を立てずにゆっくりと自分の座っていたイスから立ち上がってミーティングルームの隅へと忍び足で移ろうとした。

 

 「・・・・・・繋いでいい?

 「!?

 

 立ち上がろうとした瞬間、堀宮は再び寝たまま何かを呟いたから俺は“不意打ち”で少しだけビクついてしまった。

 

 「・・・zzz

 

 まさか今の言葉を聞かれたのかと思ったが、当の本人は相も変わらず小さく寝息を立てて爆睡している。本当に、さっきから堀宮の寝言はややこしいにも程がある。

 

 “・・・繋いでる?

 

 ふと“何か”を感じた俺は堀宮の隣について目を向けると、夢の中で“繋いでいい?”と聞いていた左手の指が微かに動いていた。まるで本当に、手を繋ごうとしているかのように。

 

 

 

 “『じゃあ・・・・・・繋いでみる?』”

 

 

 

 前触れなく昨日の蓮の姿がまた頭の中に浮かんだ俺は、音を立てずに堀宮から見て左隣のイスに座り夢の中で隣を歩く誰かと手を繋ごうともどかしくぶら下がる左の掌に自分の右の掌を近づけた。




なんか2か月ぐらい前に投稿頻度が落ちるとかほざいてましたが、ちゃっかり平常運転の今日この頃・・・と言いつつも、正月休みを良いことに執筆をサボった結果ストックの残高がクリスマスウィークに書き上げた次回分しか出来てないという体たらく・・・・・・はい。

突然話は変わりますがジブリと出会うきっかけになったハウルの動く城も今年で19年前になるんですよね・・・・・・どんだけ時間が経つのが早いんですかマジで。

そして最後に作者からのクソみたいな願望ですが、どなたか我こそはという方がいらっしゃいましたらソフィーの衣装を身に纏ったチヨコエルの絵を描いてくれメンス。
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